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ブログタイトル
私の姉は摂食障害(拒食症)
ブログURL
https://kyoudaishimai.hatenablog.jp/
ブログ紹介文
私の姉は摂食障害(拒食症)でした。当時の出来事や気持ち、今思うことを、妹目線で書いています。
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2019/11/21
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haruredさんの新着記事

1件〜100件

  • 幕内秀夫【夜中にチョコレートを食べる女性たち】

    本のカバーのそでに食事をしない「針金女」がアブナイ!と書かれており、気になったので、何年も前に購入。摂食障害をメインとした内容ではない。 第一章 夜中にチョコレートを食べる女 第二章 「女性性」を無視した危ういライフスタイル 第三章 女性の食生活は危険がいっぱい 第四章 現代女性は砂糖と脂肪の依存症 第五章 わかっちゃいるけどやめられない 第六章 だれでも食生活を見直すことはできる 第七章 からだと人生を変えた女性たち 現代人にとって、食べることが、簡単に快楽を感じられることになっているという内容も書かれている。容易にできるからこそ、ストレス発散行為が、「食」に集中するのは危険だと思う。ストレ…

  • NHK 不可避研究中「ルッキズム あなたの中にあるかもしれない」

    NHKの番組、 不可避研究中「ルッキズム あなたの中にあるかもしれない」のメモ。・ムダ毛 ・体型 ・全盲の方に聞くルッキズム ・自分の撮る映像によって、その人がルッキズムにさらされるかもしれないきっかけは叔母が発した何気ない一言。「あら、ヒゲじゃない そろそろ剃らないと」私はまるでムダ毛に支配された奴隷だった。明治時代の終わりぐらいから「ムダ毛扱い」が始まった。日本ほど脱毛広告が溢れている国はない。私たちはいったい誰の目と闘っているのか。脱毛をやりたいのではなく、やらされているのではないか。「自由でいい」のがポイント。人と比べることで、辛い思いをしている。身近な人に言われるのは根深い。「それ嫌…

  • 姉が摂食障害、妹は二度の受験期

    姉が摂食障害(拒食症)ピーク中に、私は受験生(高校受験)だった。姉が回復してはいるものの、拒食脳全開のときに、私は受験生(大学受験)だった。幸い、どちらも合格できた。けれど、受験期間中は特に、私の精神状態はギリギリ。ストレスがパンク寸前。合格したら、今の状態から脱出できる、そういう希望を持つことで自分を保っていた。勉強に集中することが、ストレスからの逃げ道にもなっていた。 『落ちたら、この家で浪人生活…絶対に無理だ…それだけは絶対にしたくない』高校生のときは、学年が上がるにつれ、受験が近づくにつれ、この思いが強まる。 受験期に、家族が摂食障害。本当につらかった。 にほんブログ村にほんブログ村に…

  • 辻野将之【お米を食べるだけでこんなにやせた】

    本の帯に「日本人最後のダイエット」。摂食障害について書かれた本ではない。1章 なぜ、あなたは今までがんばってもやせられなかったの? 2章 なぜ、お米をたくさん食べればやせられるのか? 3章 とにかくお米を食べましょう 4章 「お米食」のカンタンな法則 5章 ゴハンの友を考える 6章 食べ物より大切なこと本では、できれば玄米をよく噛んで食べることをお勧めされている。玄米や雑穀入りのご飯はおいしいので好きなのだが、食べる度に、拒食症の姉が好んでいた(食べる量は少ない)ことが頭にちらつく。お米を食べるだけでこんなにやせた 講談社 辻野将之 / 【中古】afb価格:400円(税込、送料別) (2022…

  • 「どうせ」という思考

    色々あったことから、私は家族、特に親に対して、意思疎通できるものだと思えていない。何か言ったところで、何も変わらなかったからだ。言っても意味がない、言っても伝わらない、言っても変わらない、というのが常に前提にある。すぐに、「もういいや」と思ってしまい、あきらめやすい。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村

  • 安野モヨコ【脂肪という名の服を着て】

    過食嘔吐の話。何年も前に購入。太っていた主人公が、会社や人間関係のストレスを食で解消。過食だったのが、過食嘔吐へ。やせていく。やせたら変わると信じている。結局心の問題で、体の脂肪があるかないかでそれが解決し、幸せになれるということではないということが、よくわかる。主人公がOLなので、人間関係も大人向けになっており、学生よりは大人の方が理解しやすそうな内容。 脂肪と言う名の服を着て 完全版 (文春文庫) [ 安野 モヨコ ]価格:935円(税込、送料無料) (2022/1/12時点)楽天で購入にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村

  • Eテレ チョイス@病気になったとき「摂食障害」

    Eテレの番組「チョイス@病気になったとき」にて、摂食障害が特集されていたので、メモ。 全国の患者数は21万人。精神疾患の中でも、特に死亡率が高い。男性に比べ、女性は10倍多い。ダイエットと、心のストレスによって、発症。ストレスの原因を探ることが不可欠。ストレスと食欲は密接に関わっている。「コロナ太り」という言葉に触発された 人もいるのではないか。代表的な治療法は・支持的精神療法 ・認知行動療法 ・集団精神療法 「食べること以外に憂さ晴らしがあるといい」早めの治療が大切。太っていると錯覚してしまう 「身体像の障害」が慢性化に。気づきのポイントは・食行動の変化 ・体重の減少 ・感情の起伏ささいなこ…

  • 母の根回し

    姉が拒食症真っ最中で、祖父母の家に行った時、ついでに親戚の家へ寄った。なぜ行ったのか覚えていないが、叔父しかいなかった。叔母、いとこ(年下)は不在。 叔父が言った。『今、叔母といとこはいない。急に出掛けるって行って、出て行った。本当に急に』 母が叔母に、姉がいとこに会いたくないということを伝えていたからだ。 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村

  • 祖父母の家で

    拒食症とわかってから、祖父母の家に行ったことがあった。確か姉が入浴のタイミングで祖母から間食を勧められた。『お姉ちゃんがいない、今のうちに』という感じで。特にお腹も空いていなかったが、断ることもできず、私は食べた。大福か、おまんじゅうのようなものだったかな。 姉が来た。『☆☆、何か食べたの?』と、聞いてきた。祖母は、『何も食べてない』と返した。私は無言。母はどうだったか覚えていない。 この空間にいたくない。食べることが、楽しくないし、美味しくない。家族は何もわかっていない。私の気持ちは尊重されていない。 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村

  • ママきらい

    感情的になった子どもから、『ママ、嫌い』と言われることがある。 私は心の中でガッツポーズしている。親に向かって『嫌い』と、言いたいことを軽々しく言えてしまえる関係性を築けているのだと。ノーダメージである。『ママは好き』と返している。 私は子どもの時も、親や家族に、冗談でも絶対に『嫌い』と言えなかった。おそらく姉もそうだと思う。 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村

  • 特別な病気ではない

    私は42kg〜61kgまでなったことがある。ストレスや食べ過ぎ、食べ損ねで、太ったり、痩せたりした。最低体重のときも、最高体重のときも、心は健康ではなかった。太るのも、痩せるのも、疲れる。 姉を見ていたので、ダイエットにこだわりすぎたり、食べ過ぎた時に吐いてしまったら、私も摂食障害になってしまう、入口に立ってしまう、という認識は強烈に持っていた。それが歯止めになっていた。 摂食障害は、特別なものでなく、特定の人がなるものでもなく、誰でもなる可能性のある病気だと思うようになった。 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村

  • 子ども時代を振り返ると

    私も2人の子どもの親となった今、第一子、第二子では、親への甘え方や性格も違い、接し方を考えさせられる。 私は妹という立場を利用し、子ども時代に、自然と親に甘えた記憶があるが、そういえば姉はどうだったろうかと思い出そうとしたことがある。 抱っこやおんぶ、膝に座るといったこと、姉がしてもらっている記憶はない。自分のことではないから記憶も曖昧だが… 第一子が嫌がるまで、親から抱っこしてあげたり、膝に座らせることをしようと思い、日々、意識してやっている。 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村

  • 姉が好んで食べていたもの

    拒食症診断前から、診断後、回復期と、摂食障害に侵されていた姉が好んで食べていたもの。 ・のり ・キムチ ・納豆 ・キウイ ・グレープフルーツ ・キャベツ ・トマト ・海藻 ・豆乳 ・大豆 ・味噌汁 ・ヨーグルト 当時、キウイと豆乳をミキサーにかけたドリンクを使ったダイエット法や、グレープフルーツダイエット、国立病院ダイエット(正式名称ではないかも)等が流行っていたので、それらの影響を受けており、これらの食材を好んでいた。 もちろん私は自由に食べられなかった。嫌な思い出しかない。 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村

  • 神経性やせ症(拒食症)患者

    昨年秋頃、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、神経性やせ症(拒食症)と新たに診断された20歳未満の患者が2020年度は前年度比で約1.6倍に増えたという新聞記事があった。ストレスや不安が影響しているのではないかと分析されているそうだ。 私が中高生のとき、同じような状況になったら、姉や家族との生活からの逃げ場がなくなり、間違いなくストレス過多になっていたと思う。 現役の中高生、学生のみなさんが、上手にストレス発散しながら健康に生活できますように。 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村

  • 感謝

    高校生の時、親戚の叔父さんと母との3人で外食をしたことがあった。 メニューを見て、何を頼もうか考えていたら、母が『これにしなさい』と口出ししてきた。 すかさず、叔父さんが『ダメだよ、本人に決めさせないと』と、母を注意した。 母はたぶん恥ずかしそうにして黙った。 何を頼んだのか、食べたのか、全く覚えていない。 でも、この出来事は忘れられない。 母に、こうやって言ってくれる人、いなかった。 叔父さん、ありがとう。 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村

  • 反抗期

    中学生からこんな調子のメンタルが続いているわけだから、『反抗期が終わらない大人か…』と、自分のことを感じていた。 が、たぶん違う。 反抗期にちゃんと反抗できていなかった。 記憶を辿ると、自分の意見は持っていたし、自分の進路は自己決定してきた。 しかし、親と価値観の違う点や、親の希望に反することにおいては、“諦め”が先立ち、きちんと反論することができなかった。 特に母に対して。 母の機嫌が悪くなったりすると非常に面倒くさいため、自分の主張は完全に諦めていた。 母の声質、声量でヒステリーを起こされること、シクシクと泣かれることは、自分にとって、とんでもなくストレスだった。 それを自然と避けるため、…

  • 悲しい

    自分より、ずっと年下の人が亡くなった。 悩みを相談するとか、打ち明けるとか、簡単なようで難しいよなぁ。 身近な信頼できる人って、まず誰ですかって話だよなー… にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村

  • もう終わったこと

    実家にて、母が孫に諭す場面があった。 『もう終わったことでしょ』 そうじゃないだろうけど、何か私が言われているような感覚だった。 姉が摂食障害だった日々は今はもう過去のことだ。 だけど、そこからつっかえまくっている妹がいる。確かに終わったことだけど、水に流せるような出来事ではない。 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村

  • 久しぶりの夢

    久しぶりに悪夢を見た。 姉が拒食症で私含め、家族が振り回される夢。 怖かった。具体的な夢の内容は忘れてしまった…今回は夢の中でも、現実でも、泣いていなかった。 にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村

  • 否定

    姉が拒食症真っ只中の時、太っている人をものすごく否定する発言をよくしていた。 何と言っていたか覚えていないが、とにかく否定していた。 私はそんなことばかり言っている姉の方が嫌だった。 にほんブログ村

  • ザ!世界仰天ニュース

    9歳で拒食症になった優等生ということで、長く摂食障害と向き合っている方が取り上げられていた。 お姉さんがいらっしゃるようで、家族の方も長く辛かっただろうな。 精神の病気って、終わりが見えなくて途方に暮れてしまう。 苦しいのは本人だけじゃない。 にほんブログ村

  • 1番つらいのは誰?

    いつだったかはっきり覚えていないけど、父に言われた。 『お母さんが1番大変だから』 じゃあ、誰が2番なの?私もこの家族との生活、毎日がしんどくて疲れてるけど、学校も頑張ってるんだが…? 1番とか言っちゃダメでしょ。 にほんブログ村

  • 元担任の先生

    私は幸いにも学校(=家以外)に居場所を作ることができた。 学校での活動や勉強で忙しくすることが逃げ道であった。毎日の自宅での出来事を忘れられる時だった。 姉の拒食症ピーク時、姉の担任をしていた先生から言われた。 『☆☆、何か疲れてるな』 これも、何と返事をしたか覚えていない。 その後、中学の卒業式の日、母はその担任の先生に姉の高校中退を報告していた。私は少し離れた場所で待っていた。先生がものすごく驚いていたことを覚えている。そりゃそうだよな、私、何も言ってなかったし。 今思うと、私が助けを求められるチャンスは何度かあったのかもしれない。 にほんブログ村

  • 高校中退

    姉は入院する前後くらいから、高校へ行かなくなり、中退した。 その後、定時制高校へ入り、卒業した。 中退した高校では、拒食症の姿をコソコソ言われたりしていたみたいだ。 にほんブログ村

  • 怒らないで

    姉が入院中の時だったと思うが、母から姉がこう言っていたと、泣きながら話をされた。 『お姉ちゃんが、☆☆のことを怒らないでって。優しいね、お姉ちゃん』 えっ?それ優しさか?違うんじゃ…姉絡みで私に非がないのに私が怒られてるから罪悪感みたいなものじゃないの? にほんブログ村

  • 元の自分に戻らない

    摂食障害になった人に対して、“元の○○に戻って欲しい”と言うことがある。 私の家族も言っていた気がする。 違和感。元の自分が嫌だったから、病気になったのだと思う。戻らなくていいじゃん。新しい自分に変われば。 にほんブログ村

  • 謝る

    姉が拒食症になったのは、ダイエットがきっかけだった。 ダイエットを始めたのは、周りから肉付きがよくなってきたことを言われたのがきっかけらしい。 そして、母から言われた。『☆☆も、お姉ちゃんに太ったって言ったことを謝って』 確か、姉が退院したらそれを謝れと言われた。 え?何で私が謝るの?それってただの子ども同士のケンカの言い合いだよ?私は毎日姉から監視されたりだの嫌なことされてきたのにこっちが謝るの……? 『うん』面倒くさいから、嘘の返事をした。 にほんブログ村 にほんブログ村

  • 体重計

    姉の拒食症ピークが落ち着いた後も、姉は体重計に乗り続けていた。 母に体重計を隠されたことがある。でも、なぜかすぐに復活していた。 ある日、母と姉が言い合いになり、母が体重計を投げた。壊れた。 姉は自分の体重計を購入していた。 なくても、あっても、困る体重計。 にほんブログ村

  • 病気がしている

    病気がそうさせている、病気だからそう考える、これをすんなり受け入れるのは非常に難しい。

  • 見つけた

    大学時代、とあるサイトで偶然見つけた。 家族が摂食障害になり振り回されたと書かれていた。 振り回された家族なのに病気を理解してあげなかったひどい人だと思われる、病気だろうが愛せないし許せない、というようなことが書かれていた。 精神科で話を聞いてもらうのは本人と親。本に書かれていることは本人と親。 共感しかなかった。読みながら号泣した。

  • 外で泣く

    姉の拒食症ピークの時、母、姉、私の3人で少し遠くにあるショッピングセンターまで出掛けた。 中学生の私、姉を思い切り避けていた。 途中、ベンチで休んだ。 母は、静かに涙を拭い出した。姉は、カロリーのある缶入りの飲み物を購入し、口に運んでいた。あり得ない。母への慰め行為か。 最悪な空気。 『☆☆も飲む?』『いらない』 やっぱり聞かれた。 精神的に疲れる。全然楽しくない。

  • ホラー体験

    姉が入院している時、用があって、姉の部屋に入った。 オーディオ機器から、歌声が聴こえてきた。姉の好きな歌手の歌声だ。 怖くなり、部屋を出て、母に『何か聴こえる!』と訴えた。 母と再度部屋へ戻ると、何も聴こえなくなっていた。 これは幻聴なのか…?思い過ごしなのか…?心霊現象なのか…? あの頃、姉の部屋は異様な雰囲気を漂わせていた。

  • 手にタコ

    会社の先輩の手に、吐きダコのようなものがあるのに気が付いたことがある。もしかしたら吐きダコではないかもしれなくて、聞けなかった。 思い切って聞いていて、もし吐きダコだったら、先輩の力になれただろうか。救えたのだろうか。 会うことのない今でも、時々思い出し、心配している。余計な心配であってほしい。

  • 姉妹で摂食障害に

    姉妹のどちらかが摂食障害になると、もう片方も摂食障害になってしまうことが多い、という話を聞いた。 『だから、あなたが摂食障害にならなかったのは、それだけで、ものすごく親孝行だよ』という言葉をくださった。 心に染みた。ありがとうございます。 ん?ということは、高校時代や大学時代に太ったのはもしかしたら過食症だったのか…!?と、頭をよぎった。

  • 意味不明

    結局、どうしたいのか、どうなりたいのか、よくわからない。 でも、とにかくその瞬間ごとに負の感情を爆発させなかったことの後悔が大きい。我慢してしまったことの後悔が大きい。もー、反抗期なんだから、思春期なんだから、ブワッと弾けてよかったのになーチャンスだったじゃん! 謝って欲しいわけでもない。優しい言葉をかけて欲しいわけでもない。頑張ったねと言って欲しいわけでもない。仲良くなりたいわけでもない。普通には戻れない。 まだまだ苦しみの消化に時間がかかるだけなのかもしれない。自分との闘いは長い。でも、私はやってやる。

  • 結婚式

    姉の結婚式に我が家も出席した時のこと。 当然だが、司会者による自己紹介などで自分が拒食症だったことなど言うはずもない。当たり前だ。 流れる映像を見つめる。あー、何か美化された人生だなーみんな表の顔しか知らないよなー出席してるほとんどの親戚も知らないんだもんなー 結婚式だから幸福感と感動に包まれていていいのだ。不幸になれ、とは全く思っていない。だけど、何か違う。私は勝手に、何かわからないけど期待してしまっている。 この日を境に私は自分の苦しみとしっかり決別しようと決意する。

  • 親戚に会うと

    拒食症ピークの間は、祖父母以外の親戚に会うのを避けていた。姉の希望により。そして、ほとんどの親戚は姉が摂食障害であることを知らない。たぶん。 拒食症のピークを過ぎた頃から、親戚に会うようになった。 何事もなかったかのように会話する姉。本当に気分が悪い。 私はというと、父方の叔母に私の死んだ顔を指摘された。覚えている。というか、正しくは、指摘されかけ口をつぐまれた。 よほど酷い顔つきをしていたのだろう。

  • これでいいの?

    思春期・青春時代に拒食症になった姉、疲れ切っている母を見て、将来、自分に娘ができてこうなったらどうしよう、こんな親になってしまったらどうしよう、という起こってもいない不安を抱えることがあった。起きてもいないのに、無駄だ。 姉だけのために毎日を捧げる母を見るのが辛かった。姉に縛られたような人生でいいの?と、感じていた。 自分のために時間を使い、楽しく生きている姿を見せて欲しかった。 そういえば、母に卒業式で渡す予定だったが捨てた手紙に、“お母さんも何か楽しんだら?”と書いた記憶がある。これだけはマシな一文だったな。

  • 何が食べたい

    食事のメニューは、拒食症の姉が希望するものや、拒食症の姉が食べやすいものばかりになった。 揚げ物などの重い感じのメニューは極端に減っていた。姉が衣を剥がしていた記憶が蘇る。私は脂身が食べられないから皿に残していると、睨みつけられたっけ。 私は、自分の食べたいものが何なのか、わからなくなっていた。

  • 過剰な運動

    拒食症の人は、過剰に動く。姉も例外ではない。 外出すれば階段を歩き、遠くまで自転車をこぎ、自宅でもストレッチや運動を欠かさない。風呂は長風呂。 これらの行動も、視界に入るだけでじわじわストレスが溜まっていく。

  • サイン

    今思い返せば、私も精神的に限界なことや、助けて欲しいという意味につながるサインをいくつも出していたとわかる。 姉と一緒になる食卓では、あからさまに姉から距離をとっていた。 椅子を思い切り離した。私の分の茶碗やお皿を囲うようにできる限り自分に寄せた。 癖のようになってしまって見過ごされたのか。

  • 変な食べ方

    自宅で食事をする時、おかずを小分けにしてわざわざ海苔を巻きながら食べていた。 ローカロリーで食物繊維の豊富な食材でくるめば、吸収されにくく、排出されやすいだろう、という考えだろう。 毎日、そういう食べ方が視界に入る。 じわじわストレスが蓄積される。

  • 残せない

    拒食症ピークの時の朝食だったと思う。私は何かのおかずを食べられず、残そうとした。それを見た姉は『☆☆が食べないから食べない』と言い放った。父も母も、そこにいた。それで、自分はどうしたか覚えていない。その後、どうなったのかも覚えていない。でも、何となくだけど、その場は混乱に包まれた気がする。 姉の口から、私を食事の基準にしていることをはっきりと聞いたのはこれが初めてだった。

  • わからない

    姉の拒食症ピークの時、家庭崩壊しかけていた。いや、していたのかな。傍から見れないので、そこのところがわからない。 父と二人で車に乗る時、『☆☆、お父さんはどうしたらいいんだ…』と一度だけ言われた。 答えようがない。わかってたら、苦労しない!!!子どもにそんなこと言うなー!

  • 父のせい

    姉の病気が発覚してから、 『お父さんが太っているから私も太っているんだ!』 と言っているのを聞いた。 何か色々なことを父のせいにしていた時期があった。 拒食症のピークを脱してから、イベントか何かで姉が姓名判断をして帰宅した時。 あまりよくないことを言われたらしく、すごい勢いで親に文句を言っていた。 親が気の毒だ。

  • バラエティ番組や記事で

    バラエティ番組や何かの記事などで、摂食障害について取り上げられることがある。 摂食障害になった人がどうして病気になり、どのように克服していったのか、というのがメインだ。 だいたいは親や友達、恋人の支えによって治っている。 モヤモヤする。

  • ドラマ

    私が中学生か高校生の時、母とドラマを観ていた。何のドラマだったかは、忘れた。 その回は、主要な登場人物が摂食障害になって、あっという間に回復するエピソードとなっていた。 母は、『全然、摂食障害のことをわかっていない!』と怒っていた。私は、“あなたは、私の辛さを全然わかってないよ”と心の中でツッコんだ。

  • 常に私にイラつく姉

    姉が拒食症になる前から、姉のことは嫌いだった。 私に私の悪口を言ったり、私を小馬鹿にしてきたり、姉はそうやってストレスを発散していた気がする。 その延長で、拒食症になったので、もっと嫌いになった。 常に私にイライラしていた。 そんな中で、私に優しい口調で話しかける時があった。何を食べたか確認する時と、私に食べさせようとする時だった。 気持ち悪い。

  • 新幹線

    高校生の時、母と新幹線に乗ることがあった。 『どうしてお姉ちゃんと仲良くできないの?』『お姉ちゃんのことが嫌いなの?』と、問い詰められ、すぐに涙が溢れた。 適当に首を振りながら、ボソボソと言い訳めいたことを呟いた気がするが、嗚咽で話すことは不可能に。 完全に嘘をついた。嫌いだ。

  • なぜ嫌いになってはいけないの?

    中学生の時も、高校生の時も、大学生の時も、家族が大好き、めちゃくちゃ仲良し、というタイプの人が必ずいた。 そういう人が、『家族の悪口は言っちゃダメだよ!』『なんで仲良くないのー?』と気軽に言ってくる。 いやいや、みんながあなたみたいな家族じゃないから嫌いだって仕方ないでしょ。合わないものは合わないでしょ。と、思っていた。

  • ポロッとサラッと言う

    私が入籍して間もない頃、義母と二人で話していた。 話の流れで『姉が拒食症だったんですー』と軽く話すことがあった。 今までの私なら考えられない。友達の数人に打ち明ける時にもなぜかものすごく勇気が必要だった。それぐらい自分にとって重い出来事だった。 時間が経ったからできるようになったのか。隠そう隠そうとするのに疲れたのか。

  • 今も警戒

    今は、会う頻度もとても減っているが、それでも外食や買い物、おやつの時に姉への警戒がなくなることはない。 手料理を食べるのは無理だなー

  • 悪夢

    今でも、年に1回くらい、姉が摂食障害になっている時の夢を見る。さすがに頻度は減ってきた。 悪夢だ。 毎回、目覚めると泣いている。

  • いちいち言うな

    私が大学生になってから、家族で外食した後、姉がいちいちうるさかった。 『あー、食べ過ぎたー』というようなことを、明るめにずっと言っている。 かなりウザい。イライラする。 拒食症、完全には消え去っていない。

  • フラッシュバック

    実家を出てから帰省する度に、変わらない姉の様子を目にし、実家にいた時の苦しみを再度味わうことになり絶望した。 父や母は、姉の言動に対し、私が姉に対してイライラしていたように怒ったりしていた。 おい!私はそれを叱られてたんですけど!!忘れてんの!? そして、実家にいるとふとした瞬間に“こんなことされたなぁ”“あんなこともあったな〜”と、ひたすら思い出す。 余計にしんどくなる。

  • ついて来る苦しみ

    姉が拒食症になってから、きっと私はアドレナリンが出ているような状態で毎日生活していたのだと思う。辛い最中にいるからこそ、何とか耐え切ってやれてこられてしまったのかな、と。 一人暮らしで離れることはできた。その状況からは逃れられたんだけど苦しみは後からやってきた、というような感じ。 自分の苦しみは、その時々で、しっかり向き合わないといつまでもついて来る。 今でも、ふいに、中学生、高校生の時に、爆発しておけばよかったと思うことがある。 大人になっても苦しいけどどうすることが正解だったのだろう。わからない。 太った私は、大学三年生の時にはベスト体重まで戻った。

  • 大学時代に太る私

    高校生の時は、“大学生になったら家を出る”を目標に勉強を頑張っていた。 家族と離れて解放されたい、一人になりたい、自由になりたい、今の生活を変えたい、という願いが生きる糧だった。 無事、大学に入学し、一人暮らしがスタート。 物理的に姉から、親から離れた。 あれ、おかしいな。何か変わったかな。 念願の一人暮らしとなり、大学の授業も始まった、バイトもしてみた。 離れているのに、なぜこんなにストレスがたまるのだろう、苦しみが残ったままなのだろう、楽しめないんだろう… 大学一年生の時、この時が人生で1番太った! 太りすぎて服が入らなくなった。 もう、めちゃくちゃ辛かった。自分、一人暮らしに期待しすぎ!

  • その話題にはノレない

    高校生、大学生の時は友達との何気ない会話で出てくる『そんなに痩せたら拒食症になっちゃうよー』『私こんなに食べて過食症かもー』がノレなかった。 適当に話を合わせておけばいいものを…摂食障害を間近で見ているだけに“精神の病気って、そんな軽いもんじゃないんだよな…”と心の中で叫んでいた。

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