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鬱ママさんのプロフィール

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ブログタイトル
鬱ママの闘病日記
ブログURL
https://utumamacamp.hatenablog.com/
ブログ紹介文
鬱になっちゃったママの闘病日記✏️ 趣味はキャンプ⛺ 鬱ママはキャンプに救われる?!😂 3歳と5歳の子どもをもつ普通のママがうつ病になっちゃった話。
更新頻度(1年)

21回 / 37日(平均4.0回/週)

ブログ村参加:2019/11/03

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鬱ママさんの新着記事

1件〜30件

  • キャンプ

    仕事を退職することになり復帰へのプレッシャーや不安はなくなった。 ただ仕事への心残りや胸のざわざわ感があり気持ちが落ち着かなかった。 家にいてものんびりテレビを観たりする事ができない。 でも外に出ると誰か知り合いに会うんじゃないかと思って家に引きこもっていた。 そんなある日、ふと「ブログ始めようかな」という気持ちが沸き上がってきた。 大好きなキャンプの事をブログに書いてみようと思った。 キャンプは自分が小学生の時に家族で行きだしたのが最初だった。 それからキャンプが大好きになり結婚して子どもができてからは週末ファミリーキャンプを楽しんでいた。 キャンプの事を考えてブログを書いているとだんだん胸…

  • 大きな決断

    保育士の仕事。 それは私が大好きな仕事だった。 年長クラスに所属していたのでこの子達と大好きな相方と卒園式に出るのが夢だった。 うつ病になってしまったけどどうにか早く元気になって子どもたちと散歩に行ったり以前のように笑顔で過ごしたいと思っていた。 しかし、うつ病はそんな簡単に治る病気じゃなかった。 中には「気合が足りないだけなんじゃないの?」と思う人もいるかもしれないが、気持ちだけでどうにかなるもんじゃなかった。 そして職場に復帰した後、また悪化するんじゃないか…という不安も大きかった。 今まで色々手伝ってもらっていたお母さんもおばあちゃんの癌の看病で大変だし、これ以上負担をかけるわけにはいか…

  • 仕事復帰への不安

    うつ病と診断され仕事を休み始めて1ヵ月が経った。 まだ体調に波があり、昼間眠かったり頭痛やめまいといった症状が続いていた。 そして知り合いに会うのが億劫なのも続いていて通院以外外に出ていなかった。 息子たちの保育園の送り迎えも私のお母さんや旦那さんが交代でやってくれていた。 しかしいつまでもお母さんや旦那さんを頼る訳にはいかないし、お母さんもおばあちゃんの癌の通院で忙しかったので勇気を出して保育園の送り迎えを始めることにした。 久しぶりに行く息子たちの保育園。 心臓がドキドキした。 保育園までのたった5分の道のりも、ふわふわと雲の上を歩いているような変な感覚だったがなんとか無事に到着。 保育室…

  • 薬を飲み始めて2週間

    薬が効いてきたのか沢山寝て休養をとっているからか全身のだるさは楽になってきた。 ただまだ前頭部の痛みや締め付け感、ぼーっとする感じがある。 相変わらず外に出たくないし知り合いに会いたくないので子どもの保育園の送り迎えはお母さんや旦那さんにお願いしていた。 私がうつ病と診断された日、同時に私のおばあちゃんの癌が分かった。 食道と胃の間に癌ができているそうだ。 そして私のお父さんも病気がわかり手術することになった。 よく不幸は重なるというが本当に悪いことが一気に押し寄せてきた感じだった。 一番大変なのはお母さんでみんなの看病に追われていて申し訳ない気持ちで一杯だった。 早く元気になって自立しなきゃ…

  • 心療内科に通いだして1週間

    うつ病と診断されて1週間がたった。 うつ病の薬は効くのに時間がかかるらしく抗うつ薬を飲んでから劇的変化はまだないが涙が出ることは減った。 しかしまだ全身がだるく少し起きてケータイをいじるとすぐに疲れて横になっていた。 相当体力が落ちている。 もともと体を動かすのが好きで20代前半は夏は海、冬はスノーボードを楽しんでいた。 キャンプも好きで週末は家族でキャンプ場を訪れ、子どもたちと生き物探しを楽しんでいた。 そんな私がまさかうつ病になるなんて…。 今は何もする気力がない。 家にこもるのが嫌いだったのに今は外に出たいと思えない。 私は完全に病気にやられていた。 20日後に迫っていた沖縄旅行もキャン…

  • 治療が始まる

    心療内科でうつ病と診断され、2か月の休職が必要と言われた私。 帰宅してすぐに職場に電話した。 園長は理解してくれてゆっくり休むように言ってくれた。 職場で一緒にクラスを持っていた相方にもLINEした。 大好きな相方。2か月も休むのは本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。 でも相方は私の体調を心から心配してくれて温かい言葉をかけてくれた。 本当に本当にありがたかった…。 周りの人たちが理解してくれたおかげで療養にはいることができた。 初めての抗うつ薬、安定剤の服用。 飲んだらどうなるんだろう…人格が急に変わったりするのかな… と少し怖かったが急な変化は見られなかった。 安定剤も眠たくなると聞いてい…

  • 初めての心療内科

    心療内科の予約日がきた。 正直この日を待ちわびていた。 今のこの状態が辛くて、先生に助けてほしかった。 この日はたまたま旦那さんが夜勤だったので病院まで車で一緒に付き添ってくれた。 車の中で若い頃大好きだったケツメイシの曲が流れる。 しんみりした曲が続いてまた私は泣いていた。 初めての心療内科はドキドキした。 駅からすぐ近くの古いマンションの一室に病院があった。 中に入ると1組の親子が待合室に座っていた。 三歳くらいの子どもを連れたお母さんだった。 自分と同じようなママさんも心療内科にかかってるんだなーと少し安心した。 特に問診票などはなく先に待っていた親子の後に呼ばれた。 私だけ診察室に入っ…

  • 今まで味わった事のない辛さ

    今回の体調不良になってから病院への通院がやっとで子どもの保育園の送り迎えもできなくなった。 布団でずっと横になっているか外を見てただただ泣いていた。 食事が摂れないので私の体は弱っていった。 内科の看護婦さんに脱水を起こしていると言われたので頑張って水分だけはとるようにした。 この時は6月。 予約していた沖縄旅行まで1ヵ月を切っていた。 あと1週間でキャンセル料がかかってしまう。 旦那さんは私に「旅行はどうするの?」と聞いてきた。 私は何も考えられなくて返答ができなかった。 そんな私に対しイライラしている旦那さん。 色々考えなきゃいけない、でも脳みそが動いてくれない。 それを理解してもらえず悲…

  • 体調悪化

    夜中にトイレで目が覚める事が続いていた。熟睡できず疲れが取れないからか風邪もずっとよくならず耳鼻科でもらった薬を飲んでいた。 そしてついに私は倒れた。 一本の線が突然切れたように…。 喉が凄く痛くて全身だるかった。 食欲もない。 熱はないので最初は出勤するつもりで準備していたがやっぱりだるさと喉の痛みが辛くて休むことにした。 これだけしんどいってことは扁桃腺炎にでもなったかな…と耳鼻科に行った。でもお医者さんは「また同じ薬出しときますね~」と。 たいした風邪ではないらしい。 私は帰宅したが何も食べる気にも飲む気にもなれなかった。 それにしんどいのに寝れずただただ横になっていた。 いつもインフル…

  • 疲労感がとれない

    仕事は仲間にも恵まれ、人間関係はうまくいっていた。 でもやはり保育は体力仕事。 毎日片道30分から45分かかる公園まで散歩に行き、その後は保育室の掃除。 仕事中もバタバタの毎日だった。 そして帰宅したら激しい兄弟喧嘩、長男の癇癪、次男のイヤイヤ…。 本当に毎日必死に生きていた。 気付いたら夜中に二回位トイレで目覚めるようになった。 しかも一度起きると一時間くらい眠れなかった。 そしてやっと寝付いたらまたトイレ。 そんな睡眠でちっとも疲れは取れなかった。 朝起きた時の疲労感が凄くて毎朝栄養ドリンクを飲んでなんとか出勤していた。 たまにすれ違う先生に「なんか凄い顔疲れてるけど大丈夫?」と言われたり…

  • 長男の癇癪

    長男の癇癪は酷くなっていった。 嫌な事があったり思うようにいかないと怒鳴ったり物を投げたりとにかく激しかった。 でも保育園では相変わらずいい子だった。 あまりに激しすぎる息子を前にどうやって関わったらよいか沢山悩んだ。 インターネットでも色々調べて真似できることは実践してみた。 でも大きな変化はなかった。 そして家族だけでなく私と旦那さんの両親の前でも癇癪を起こすようになった。 親戚で集まってる時なんかに癇癪を起こすとみんなから注目を浴び、その時間が辛かった。 子育てにどんどん自信がなくなっていった…。 親族の人に会うと「大変だねー。」「◯◯君大丈夫かね」と心配性された。 親族の集まりに行くの…

  • 育休からの復帰

    育休中はなんとか順調に子育てと家事の両立を行っていた。 次男は一人で寝てくれるし長男も赤ちゃん返りもほとんどなく成長していった。 そして次男が10ヵ月の時、保育園に入園。 私も職場復帰した。 そこから人生が変わりはじめていった…。 二人目を保育園に預けてフルタイムで仕事して家事をして毎日本当にバタバタだった。 そして今まで大人しかった次男が一歳を過ぎた頃から自己主張が激しくなりよく泣いたりぐずるようになった。 長男も癇癪がひどくなり弟ともよくケンカした。 気付いたら二人とも手がかかるようになって家でゆったりと過ごせる時間が少なくなっていった。 私もイライラしたり怒る事が増えていった…。 でも忙…

  • 家族が増える

    長男は恥ずかしがり屋さんで大人しい子どもだった。 保育園でも友だちに手を出すような事はなかったし控えめなタイプだった。 子育ても仕事も落ち着いてきた頃、私は二人目を妊娠した。 二人目も男の子だった。 私のお腹が大きくなるにつれ長男も赤ちゃんの存在に気付きはじめ、私のお腹を触って「ちゃーーん!!(赤ちゃん)」と言うようになった。 長男が二歳一ヶ月の時、次男が無事に誕生した。 噂通り二人目は余裕があり入院中も快適な生活が送れていた。 次男は泣くことも少なく手がかからない子だった。 里帰りしてからもほとんど寝ていたので私は長男と沢山関わってあげるようにした。 「お兄ちゃんだから」とプレッシャーをかけ…

  • 新生活

    あっという間に月日が流れ4月、息子は保育園に入園した。 そして私は別の保育園に就職した。 長男は保育園に慣れるまで毎朝泣いていたが1ヵ月くらい経つと朝泣かないでバイバイできるようになった。 先生にも可愛がられ、安心して保育園に預けることができた。 私は新しい職場に最初は戸惑い、失敗も多々あったがだんだんと慣れ仕事にやりがいを感じるようになった。 家事と育児をそれなりに両立させ充実した日々を送っていった。 にほんブログ村

  • 心の変化

    2度目の里帰りから自宅に戻ってからはちょくちょく母親が手伝いに来てくれた。 乳腺炎は相変わらず何度か繰り返したが日に日に長男はおっぱいを飲むのが上手になり布団で寝てくれる時間も増えてきた。 生後四か月経ったころ、育児にちょっと余裕がでてきた。 長男も泣く時間が減り、表情が出てきて沢山笑うようになった。 可愛い 心からそう思えるようになった。 それからは産後の大変さが嘘のように息子に手がかからなくなってきた。 添い寝で寝てくれるし離乳食も順調に進んだ。 にほんブログ村

  • 二度目の里帰り

    「死にたい」と言い出して二日後、私と長男は実家に帰った。 私の母は午前中はパートに出ていたがそれでも孤独感からは大分救われた。 私は自分は産後鬱なんじゃないかと思った。 夜も疲れているのに寝付きづらかったし…。 このままじゃ息子が可哀そうだしずっと親に世話になってるわけにもいかないので病院に行ってみようと思った。 産後鬱 病院 と調べて行けそうな場所に予約の電話をしてみた。 しかし帰ってきた言葉が「もう予約が一杯で1ヵ月先になります」と。 そんなに予約が一杯なのか…。 私は病院に行くのを諦めることにした。 しばらく実家で過ごしていると気づいたら死にたい気持ちはなくなっていた。 旦那さんを一人に…

  • 孤独な子育てが始まった

    出産から1ヵ月が経ち里帰りを終え自宅に戻った。 旦那さんはシステムエンジニアの仕事をしていて毎日深夜の帰宅。 朝家を出ていくのも早いので平日に旦那さんが長男と関わる時間はほとんど無かった。 私と長男の二人っきり。 孤独な子育てが始まった。 毎日泣いてばかりの息子…。 食事を作る時も、自分がご飯を食べる時もずっと抱っこだった。 抱っこばかりの日々は想像以上に辛かった。 私の手は腱鞘炎になっていた。 ちょっとでも気分転換をしようと毎日スーパーに買い物に行ったり河原を散歩した。 河原を散歩していると保育園の子どもたちが先生とお散歩に来ている。 その光景を見ていると働いていた頃が懐かしく感じた。 そし…

  • 初めての子育て

    初めての出産、初めての入院で変に興奮していたのか入院中全然眠れなかった。疲れているのに眠れないのが辛くて先生にそれを相談し睡眠薬がもらえないか聞いてみた。 しかし、夜中は三時間毎に授乳しなくてはならないので睡眠薬はあげられないと言われてしまった。 そして長男は本当によく泣く子だった。 授乳してもろくに飲まずに寝てしまうためすぐにお腹が減っておっぱいを欲しがって泣いていた。 一時間おきに授乳していたのですぐに私のおっぱいは傷んでしまった。 布団だと寝てくれなくて一日中抱っこしていた。 あっという間に入院生活も終わり1ヶ月間実家に里帰りをした。 やはり長男は授乳の間隔も一時間おきだし本当によく泣い…

  • 結婚、母になる

    三年間の交際後、結婚。沢山の友達に祝福され、大好きな人と結婚できたのは本当に嬉しくて幸せだった。 そして結婚から二年後に長男が誕生。 出産はスムーズにいかなくて痛くて苦しくて泣いていた。 へその緒が腕に絡まっていてなかなか下がってこなくて長い陣痛に私も弱ってしまっていた。 急遽、無痛分娩に変更。 すると力が抜けたのかそこからはスムーズに生まれてくれた。 ずっとずっと会えるのを楽しみにしていた長男に会えて本当に嬉しかった。 両家の両親も病院でずっと待っていてくれたので生まれてすぐに長男と対面し、とても嬉しそうだった。 そこから私の母としての人生が始まった。 にほんブログ村

  • 子どもから大人へ

    高校時代は部活のマネージャーになり日々汗を流しながらグランドを走り回っていた。“誰かのために頑張る”ってことにやりがいを感じていたので毎日がとても充実していた。 高校卒業後は保育士、幼稚園教諭の資格がとれる専門学校に進学。 小さい頃から幼稚園の先生になるのが夢だったので学校の授業も楽しかった。実習や課題など大変な事も沢山あったけど、同じ夢を目指す仲間たちがいるから頑張れた。 無事に学校を卒業し、幼稚園に就職。 社会人になり色々あったけど誰にも弱音を吐かず毎日必死に頑張っていた。大好きな子ども達に囲まれ、とても充実した日々だった。 幼稚園で3年間持ち上がりで担任をし、子ども達の卒園と共に自分も退…

  • はじめまして

    私は四人家族の長女として生まれた。両親にも愛情いっぱいで育ててもらったし、お金にも困っていなかったから何不自由なく暮らしていた。 小さい頃から精神年齢が高く、自分はお姉ちゃんだから…と妹にも優しくしていたし両親にワガママを言ったことも一度もなかった。 いわゆる「育てやすい子」だったと思う。 そんな手がかからなかった私が大人になりママになりある日突然「うつ病」と診断されたのだ…。 このブログに私がうつ病と闘う日々を書いていきます。 にほんブログ村

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