うまくは生きて来られなかった。馬鹿はやったけれど、ズルいことはしなかった。まだしばらくの間、残された時間がある。希望を抱けるような有様ではないが、それでも生きていこうか。
山道を登る歩き方には、コツがある。 説明が難しいが、膝を前に持ち上げるのではなくて、逆の脚の膝の裏をぴんと突っ張るようにすると、楽なのだ。自然、男性らしからぬ、尻を左右に振る歩き方になるが、周りの先輩方は皆そうしていた。それを真似することに気付いてから、少しづつ息が続くようになった。 毎朝、山道を登る。気温は低く、吐き出す息がまるで雲のようだ。泥が混ざり汚れた雪の筋を残しながら、私たちは登る。 初日は、森林組合の人が道脇の若木を鉈で切り、杖にして渡してくれた。有難く使わせてもらったが、数日後には要らなくなった。 幾重にも重ねていた服装は、Tシャツ一枚の上にウィンドブレーカーという格好に落ち着い…
人間というのは、強くない。 体や心の悲鳴を無視していると、必ずどこかに歪みが溜まる。程度が過ぎるとひどいことになる。 ある日突然、起き上がれなくなったことがある。 脊髄を駆け上る痺れに襲われ身動きが取れなくなったこともある。 人と会話を交わすことさえ耐えられなくなったこともある。 弾けてしまったゼンマイのようなもので、どうにもならない。 限界まで来たことが、自分自身にはわかっている。抗うのは止そう。これ以上無理を重ねることは、おそらく命に関わる。 社会への義理は、出来そうならば果たしておけばいい。まずは立ち止まることだ。時の流れから自分を引き剥がすことだ。安全な場所に身を横たえることだ。 見て…
坂というのは不思議なものだ。 そこに身を置いている時に、その角度を体感できる人というのは少ない。例えば、人が頭で理解している45度というのは直角の壁の半分の傾きだ。でもそれに向き合ったときに感じる傾斜は、上り下りいずれでも遥かに急なものになる。徒歩や自転車で上るのに骨折るところでも、実際には分度器にあてれば5度もない。 わたしたち人間は平面で進化したからだ。 森林組合での仕事の初日。 幸いにしてまだ雪もない山の麓の集合場所で、朝礼をする。無駄話をして煙草など吸う。装備の点検など準備をする。それから山を登る。 登山をする方には解るだろう。山道を登る事それ自体が結構な運動だ。私は登山などやったこと…
「…この業務は東日本大震災の緊急雇用対策として発注されたものです。既に研修は受けていただきましたが、未経験の皆さんは指導員の指示を守って、事故の無いよう作業にあたってください」 11月を過ぎれば東北はどこも冷える。しかも山の上でやるのだという仕事に備えて厚く着ぶくれした私は、窮屈なタートルネックの襟を引っ張って息をしながら森林組合の職員の訓示を聞いていた。 ハローワークでは15人募集していると聞いたが、その日集合場所に来ているのは森林組合の職員を除けば3人。私と20代半ばほどだろう痩せて背の高い青年、そして小柄で真っ黒に日焼けした初老の男性。挨拶した際に漏れ聞いたところでは、二人ともどうやら未…
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