ブルガリアで医師になった話
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ちゃんたさん
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ブルガリアで医師になった話
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https://lifeinbg.hatenablog.com/
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ブルガリアの医学部を卒業して、ついに念願だった医師としてのキャリアをスタートしました。これから留学を考えている方の役に立てたらと始めたブログです。
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ブルガリアで医師になった話
  • 電線泥棒の末路

    電撃傷、電気による怪我は、日本では溶接や電気を扱う仕事をしている人に多いそうです。 ブルガリアの電撃傷の受傷動機はひと味違います。貧しい国なので、電線をちょん切って芯の銅を売ろうとして感電してしまう人が多いそうです。 日本で1度もお目にかかったことはありませんが、外科実習中に電気熱傷の患者が何人か入院していました。 その中の1人がジプシーの電線泥棒で、通電の影響で手足が根元から1本ずつ切断され、臀部は組織壊死で大きくくぼんでしまっていました。 デブリ中(壊死した組織を取り除く処置)に痛みで絶叫悶絶する患者にT医師が一喝! 『お前がやったことなんだからな!!しっかりしろ!!!』 当時は流石にT先…

  • 励みになったこと

    『あなたはきっといいドクターになるから頑張って勉強を続けなさいね。』と期末試験の終わりに色々な先生から言ってもらえたのは、本当に励みになりました。 他国で学ぶ上で、言葉の問題で誤解されたり、思いが伝わらないことは本当に悲しいし、ストレスが溜まることだと思います。 自分よりも成績がいい人はたくさんいたし、社交的で積極的な子も多い中で、ただただ地味でパッとしない自分がコンプレックスでしたが、ブルガリアの先生方、本当によく見ていてくれているんだなぁととても嬉しかったです。 授業でわからなかったことを時間外に聞きに言っても嫌な顔ひとつしないし、期末試験のまとめノートを1から全てチェックしてくれたり、医…

  • ブルガリア留学に対する後悔・本音

    日本の医学部に対する憧れはあって、もし日本の医学部に入学出来るのであれば日本の大学に行きたかったと言う気持ちはあります。一緒に働いていて、やっぱり日本の医大を卒業した先生たちはスマートだと思うし、自分もあのくらい頭が切れればとつい憧れてしまいます。 それに相反するように、海外生活を続けたかったという気持ちは常にあります。自分の中の理想の留学生活、各国の友達に囲まれて、意識高く医師を目指すみたいなものから程遠い生活の中で、人間関係や言葉、文化の壁に感じるストレスと将来の不安で疲れ果てて日本に帰ることを決めて、こんなはずじゃなかったという気持ちが残っているからなのでしょうか。 海外でこれから活躍す…

  • ブルガリア語で試験を受けた話

    産科のインターンは、ついてくれた先生がブルガリア語しか話してくれない先生で、ブルガリア語が全くわからないとただただ空気に成り果てると言う地獄みたいな時間でした。 ブルガリアの病棟実習を生き抜いた必殺テクニック、『ブルガリア語がわからなくても病名がわかればなんとなく何を話しているのか補完できる術』を発動させるためにブルガリア語の産科の教科書を購入しました。 質問に対してブルガリア語で病名だけでも答えられると、ものすっごい喜んでくれるんですよね。ブルガリア人の先生たち、ブルガリア語を知ってるかなんてインターナショナル生にちっとも期待してないから。 『わかってるじゃねーか。君は将来産科医になるのか?…

  • 国試がブルガリア語になりかける

    ブルガリアの医学部のカリキュラムでは、6年目はインターンで、内科、外科、産婦人科、小児科、公衆衛生の5科目をラウンドします。 1科目ごとにラウンドする期間が決まっていて、終了したと同時にその科目の国家試験を受けることになるので、5回国家試験を受けることになります。 国家試験を執り行ってくれるのは、国から国試執行の認定をもらった先生のみなので、英語を話せる先生が国家試験に来てくれるかは当日の運次第でした。 インターナショナルコースの学生は、日常会話としてブルガリア語を話したり理解できても、医師として必要な言語力がない人が大多数。そんな状況を危惧してか、『国家試験をブルガリア語で行う』と学務課が言…

  • 大学の授業の教材

    科目にもよりますが、講義で使う教材(マテリアルと呼ばれていた)やスライドを授業の終わりにいただけることがあります。 特に低学年の時は、マテリアルをグループに1枚ぽんと渡されて、コピーしてグループの他の子達に配ってと言われます。 街のいたるところにコピーショップがあるのですが、店員の雰囲気とかコピーの速さとか、センターの中にあるショップが1番クオリティが高いです。ただ大学から歩いて20分くらいかかるので授業で疲れた日や時間がない時には非常にめんどくさい!!それに加えて、外国人、非常にいい加減なので、2週間くらい経ってコピーが回ってきたり、コピー代が払われなかったり、気をもむ事が多いです。 最終的…

  • 日本で働く事に決めた理由

    2年生の時にはどこの国で働くかを考え始め、3年生で日本で働くことを決めました。 留学する前はEU共通医師免許を取得したら海外で働こうと思っていましたが、日本で働こうと思いだした理由は4つ。 ① 人に馴染めなかった 残念な事に、自分と同じようなモチベーションで留学生活を送っていて、信じられる外国人の友達がなかなかできませんでした。知らない国で1人で死んでいくのかと思ったら、日本に骨を埋めたくなりました。 ② さらに言語を学ぶのが苦痛だった 言語は得意ではありません。就職先の国の言語を医師としてプロとして、使いこなせるレベルまで高められる気がまったくしませんでした。 ③ 日本という国に対して愛国心…

  • 医学部留学を自分の子どもに勧めるか

    『医学部留学を自分の子どもにも勧める?』 よく聞かれる質問ですが、答えはNO! 理由は、 ①半分近くの日本人が退学していたり留年しているから 学習面でも生活面でもストレスが半端ないです。メンタルマネージメントがうまくできる人でなければ確実にドロップアウトします。今ブルガリアに対して前向きな気持ちでいられるのは、ブルガリア医学部を卒業するだけではなく、就職して医師として活動できているからにほかなりません。 留学中は1日に1日が本当に辛かったです。 lifeinbg.hatenablog.com lifeinbg.hatenablog.com ②国政に振り回される事になるから ブルガリアはEU圏内…

  • 忘れられない患者 ①

    ブルガリアには旧ソ連時代の建物を取り壊す資金がないため、いたるところに廃墟や廃工場があります。中でもお酒を作っていた工場にはエタノールが放置されているそうで、こっそり忍び込んではエタノールを飲んでアルコール依存症になる人がいると聞いたことがあります。 そんなブルガリアなので、消化器内科病棟の入院患者ははアルコール依存症患者ばかりでした。 その中の1人が入院着として着ていたのが、●●ダニエルズTシャツ。 『あれは禁煙でいうニコチンパッチなのか?』 果たしてあのTシャツを着て断酒を出来るのか 今でも疑問です。 にほんブログ村

  • 授業と病棟実習

    うちの大学はブルガリアコースとインターナショナルコースに分かれていて、ブルガリア人が9月入学、留学生は2月入学でした。 授業は基本英語です。 年配の先生は英語がわからないので、英語で話しながら、ところどころにブルガリア語の単語が混じります。 2年後期から始まる病棟実習は、病棟の先生は英語で説明してくれますが、患者さんとやりとりする時はブルガリア語です。 どの患者さんも、ゆっくり話してくれたり、問診の答えを紙に書いてくれたり、何度も質問しても嫌な顔しないし、すごく気遣ってくれた(普通逆だが)印象です。 ただ、授業をさぼりがちになったのもこの頃でしょうか。 英語でのコミュニケーションもままならない…

  • 6年間の勉強スケジュールまとめ

    医学部3年生の時に卒業後は日本に帰ることを決めました。 『国試はみんなと同じことをやっていれば受かれるよ』 という日本の医学部に通う知人の言葉を信じ、 日本とブルガリア医大の学習内容をすり合わせることを目標に勉強していました。 6年分のノートとテキストたち ● 1〜4年前期 大学のマテリアルや英語の教科書で勉強。 教科書を読んでシノプシスの項目を1トピックごとにひたすらまとめる日々。 lifeinbg.hatenablog.com ● 4年後期〜 日本の教科書を使って日本語で試験勉強をする。 漢字が読めないからグーグル翻訳を多用する。 4年間で初めて日本語で知識をインプットして、英語でアウトプ…

  • 現地語を話せないということ

    『ブルガリアに商売の交渉をしに来ているのに英語で商談を進めようとするのは失礼だ。』という話を内科医のP女医に言われたことがあります。 『なんでお前はブルガリアに住んでいるのにブルガリア語を話せないんだ。話せないなら手続きにはブルガリア語を話せる人間を連れて来い。』 何度もブルガリア人に言われた言葉です。 当時はブルガリア語なんて難しいマイナー言語じゃなくて、そっちが英語を話してくれればいいじゃないか、と思っていました。 日本の臨床現場で、外国人の患者が受診した時に、日本語で会話できる外国人患者はほんの一握りです。 それでうまく意思疎通できなかった時に、日本人の先生達が、自分の語学力を恥じたり、…

  • 入学時の英語力

    TOEFL ibt 53点 (うちReading 21点) アメリカの大学の入学基準がTOEFL ibt 60点以上で、医学部になると100点近かったはずだから相当低いです。 英語力がなければPreparation courseという、医学部の授業が始まる前に1年間英語、化学、物理、生物を英語で学べるという準備コースに入学することも可能ですが、卒業が遅れるという理由でPrepには通わず直接医学部に入学しました。 あまり英語にできない人が、医学部留学のために語学力を磨くなら、まずはReadingではないでしょうか。家に帰って復習して内容が理解できるのであれば授業についていくことは可能です。 ただ…

  • 学校を辞めた人たち

    10年前の退学率は約45%でした。 今はもう少し辞める人は減ったのでしょうか? 日本人で辞めていった人のほとんどが、留学を開始して3ヶ月以内に日本に帰国していきました。理由は様々でしたが、他にやりたいことができたという意見が1番多かった気がします。 生活言語はブルガリア語、日本と比べて生活水準も下がりますし、いざブルガリアに来てその現実を目の当たりにすると、その中で6年間の留学生活を維持していくというビジョンが急に描けなくなってしまうのでしょうか。 逆に卒業できた人達は、日本人に限らずポジティブに医師になるぞというよりも、『失敗したら後がない。』とか『地位が欲しい。』とか、負のエネルギーで医師…

  • プレヴェンについて

    日本に帰ってきてブルガリアの医学部を卒業したと言うと、よほどの年配の方でない限り、そもそもブルガリアってどこにあるの?何があるの?と聞かれます。 そんなブルガリアの、首都からバスで3時間の田舎町プレヴェン。 プレヴェンはブルガリアの第8都市で、ブルガリア1方言が強い、汚いブルガリア語を話すと言われている都市です。 10年前の娯楽といえば、ボーリング、クラブ、映画くらいしかありませんでした。 (今はだいぶ町がきれいで住みやすくなったと聞きますが) 5年生の時に、バスターミナルの近くに大型ショッピングモールが出来て、 その中にマクドナルドが出来てすごく感動したのを覚えています。 プレヴェンの町の真…

  • 留学を成功させるには

    成功=大学を卒業するってことにだけフォーカスを当てるとすれば、1番は仲の良い『日本人』の友達を1人作ることだと思います。 留学に関するあれこれを見ていると、よく日本人は日本人同士つるんでしまって、、とか聞くけれど、医学部留学と語学留学は全く別物。極論を言えば、語学力をつけるためでも、その国の文化や他の人の価値観を知るための留学でもないんです。たまたま医学を学ぶ場が海外だけだった、それだけです。 (在学中は、教師たちには随分日本人は勉強以外に興味がない、周りと交わらないと言われたが。。) 日本人同士つるんで、同じ目標に向かって励まし合いながら切磋琢磨したって別にいいじゃないと思っています。 (最…

  • 留学の経験を活かせるか

    留学してよかったことは、、、 珍しすぎて研修先で話のネタになること。 ブルガリア先生ということで上級医の先生に覚えてもらえることかな。 以上!! 日本の医療現場で海外医学部留学の経験をスキルとして活かすってかなり難しいと思う。 英語を話せたって、外国人がたくさん受診してくる地域じゃなければ意味ないし、日本の先生方も英語論文を読んでいる人はたくさんいるわけで。学会に行くと英語で発表されている先生方で英語が上手くない人もいるけれど、発表の内容が興味深いから、外国の先生も真剣に話を聞いて質問もしているし。英語で医学を学んだことで日本で他の医師と差別化出来るかっていうとそうではないと最近つくづく思って…

  • 期末テストの話②

    ブルガリアの期末テストは、基本的に筆記+口頭試問+マルティプルチョイスまたは実技で構成されています。 シノプシスという各科目の試験範囲のリストは大学のホームページからダウンロードすることができます。 実際の試験では、生徒は試験官の前に1列に並んで、このリストを1つ1つ細切れにした物が入っている封筒の中から2つ、3つ、くじ引きの要領で紙を引いて、当たったトピックについて知っている事を白紙に書きなぐるというものでした。 まさに暗記至上主義。 この知っている事を書け方式だと、みんなが共通して知っているべき事がぼんやりしている分、知識に差が出やすいです。 日本の国家試験を受ける場合は、ブルガリアの試験…

  • 期末テストの話 ①

    うちの大学のローカルルールだったのかもしれませんが、student cardという時代を逆行した超アナログ成績表がありました。 期末テストを受ける前に、student cardにその学期に受けた全ての科目の教授と助教授全員からサインを貰って、学務科に提出して印鑑を貰わないと試験を受けることができませんでした。 このサインを貰うっていうのが本当に厄介で。 ブルガリア人、かなりアバウトな人が多くて、特に病棟実習だと先生を捕まえることから授業が始まるのですが、なんだかんだでなかなか捕まらないことが多いんですよ。 授業も決まった時間に始まるわけではないので、グループのメンバーも同じ時間に集まるというこ…

  • ブルガリアにいる恩師の先生の

    私の恩師の1人である生理学のR先生は授業初日に『トルコ人は授業は真面目に受けないくせに、主張が強くて嫌いだ!!』と言い放ったり(私のグループは3/7がトルコ人だった)、大きな口を開けてガハハと笑う豪快な先生。 ご自身もアメリカに留学されたそうで、最初の2年間で関わった教員で英語がダントツに堪能で、留学経験があるからこそストイックで厳しい先生だったのでした。 最初の2年間、特に1年後期から2年前期にかけては本当に忙しくて、その時期の主要教科である生理学、生化学、解剖学は期末試験に向けてある程度まで授業が進むと確認の小テスト(Colloquiums/コロキウムと呼ばれていた)が、毎週1回はあって、…

  • ブルガリアが恋しい

    部屋の窓から見えるこの景色が大好きでした。 『海外医学部留学をしていて、自分がいた国をそんなに良く言う人はいないよ』と言われたけれど、私はブルガリアを第二の故郷と思っています。 ブルガリア生活で失った物もそれなりにあったと思います。 日本の友達がFacebookで大学のサークルの写真をアップしていたり、恋人とおしゃれなお店でデートしている写真をあげているのを見るととてもうらやましかったです。特に覚えているのがブルガリアで成人式を迎えた時のこと。同級生が着物を着て楽しそうにしている写真を目にした時に、こんなに同世代の友達は楽しそうにしているのに自分は何をしているのだろう、何でこんなに苦しんでいる…

  • ブルガリアで医師になった話

    日本を出国して、ウィーンで乗り継ぎをして、初めてブルガリアという国に降り立った時に、『なんて灰色な国なんだ』と思ったことは今でも鮮明に覚えています。 2月のブルガリアは吹雪いていて、乗り込んだバンの車窓から共産党時代の名残の廃墟を眺めながら、大学のある町まで荒い道をがたがた揺られ3時間。 学生寮の外観。灰色の空。 あの灰色の衝撃を超える瞬間に、10年経っても出会えていません。 ブルガリア生活を超える刺激が欲しい。 ブルガリア生活を思い出すためにブログを始めてみました。 昔やっていたブログ記事の焼き増しなのでフェイクが入ることと、今のブルガリア留学の状況と異なることだけご容赦ください。 A28 …

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