chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
二十四孝に会いに行く! https://shousin.hatenadiary.org/

社寺巡りをしていると、お堂や社殿に彫刻が施されているのを見ますよね!日本の神話や中国の仙人、鳥や動物。その中でも中国の孝子たち、「二十四孝」の彫刻に絞って見ていきます。

小心
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2019/09/30

arrow_drop_down
  • 書籍/御伽草子 二十四孝・4 孟宗

    孟宗。この絵の季節は初夏ではなく、真冬です。 国立国会図書館デジタルコレクションより 孟宗 泪滴朔風寒 蕭々竹数竿須臾春笋出 天意報平安孟宗は。いとけなくして父にをくれ。ひとりの母をやしなへり。母年老てつねにやみいたはり。食のあぢはひもたびごとにかはりければ。よしなき物を望り。ふゆのことなるに竹子をほしくおもへり。則孟宗竹林に行もとむれ共。ゆきふかき折なれば。などかたやすく得べき。ひとへに天道の。御あはれみをたのみ奉るとて。祈をかけて大きにかなしみ。竹によりそひける所に。にはかに大地ひらけて。たけのこあまた生出侍りける。大きによろこび。則とりてかへり。あつものにつくり。母にあたへ侍りければ。母…

  • 書籍/御伽草子 二十四孝・3 丁蘭

    亡くなった親の像を生きている人のように大切に敬った丁蘭。 国立国会図書館デジタルコレクションより 丁蘭 刻木為父母 形容在日新寄言諸子姪 聞早孝其親丁蘭は。河内の野王と云所の人也。十五のとし母にをくれ。永わかれをかなしみ。母のかたちを木像につくり。いける人につかへぬるごとくせり。丁蘭がつま。ある夜のことなるに。火をもつて木像のおもてをこがしたれば。かさのごとくにはれ出。うみちながれて。二日を過しぬれば。つまのかしらの髪が。刀にてきりたる様になりて落たる程に。おどろひてわびことをする間。丁蘭もきどくに思ひ。もくざうを大道へうつしをき。つまに三年わびことをさせたれば。一夜の内に雨かぜのをとして。木…

  • 書籍/御伽草子 二十四孝・2 漢文帝

    大舜の次は漢文帝。 国立国会図書館デジタルコレクションより 漢文帝 仁孝臨天下 巍々冠百王漢廷事賢母 湯薬必親嘗 漢の文帝は。漢の高祖の御子なり。いとけなき御名をば。恒(ごう)とぞ申し侍りき。母 薄(はく)太后に孝行也。よろづの食事をまいらせらるる時は。まづみつからきこしめしこころみ給へり。きやうだいもあまたましましけれども。此みかどほど。仁義ををこなひ孝行なるはなかりける。此故に。陳平周勃などいひける。臣下達 王になしまいらせたり。それより漢の文帝と申し侍りき。然に孝行の道は。上一人より下(しも)万民まで。あるべき事なりとしるといへども。身にをこなひ。心に思ひ入ことはなりがたきを。かたじけな…

  • 書籍/御伽草子 二十四孝・1 大舜

    トップは大舜。 大舜 隊々耕春象 紛々耘草禽嗣尭登宝位 孝感動天心大舜はいたつて かうかう(孝行)なる人なり。ちちの名は。こそう(瞽䏂)といへる。一たん(段) かたくなにして。はは(母)は かだましき人なり。おとと(弟)は おほひに おごりて。いたづら人なり。しかれども大舜は。ひたすら孝行をいたせり。ある時歴山と云所に。耕作しけるに。かれが孝行をかんじて。大象がきたつて。田をたかやし。又鳥飛きたつて田の草をくさきり。かうさくのたすけをなしたるなり。扨其時天下の御あるじをば。尭王と名づけ奉る。ひめぎみまします。あねをば。蛾皇と申し。いもとは女英と申し侍べり。尭王すなはち舜の孝行なることをきこしめ…

  • 書籍/御伽草子 第13冊 (二十四孝)

    さて明日からは御伽草子 第13冊 (二十四孝)をご紹介していきます。 岩波文庫「御伽草子」の解説には、”郭居敬の「全相二十四孝詩選」に基づいて和訳を加え、草子化したもの” ”二十四孝の代表作として後代にも大きな影響を与えた”と書かれています。 花迺家文庫(花廼家文庫)の押印。 国立国会図書館デジタルコレクションの説明には 「室町物語。異国物、孝行譚。中国古代の孝子の事蹟を24話に纏めて各1図を添えたもの。絵巻、奈良絵本、屏風絵などもあるが、近世初期の嵯峨本を始め多くの版本が行われた。 当館本は、横本の書形で23編の作品を組で版行したいわゆるお伽草紙の第13編であるが、最終巻に大坂の書肆渋川清右…

  • 成田市 滑河観音・24 庾 黔婁 (完)

    さていよいよラストになります。建物内側、中央には「観世音」の額が掛けられています。 見上げると、観世音の額の奥に、蟇股の左右部分が見えます。 額の左側から蟇股を覗くと、王裒が見えます。 額の右側から見上げると二人の人物が見えます。右に少年、その左に成人男性。男性は首が破損しているように思えます。 子どもは両手で何か捧げ持っているようです。 これは庾 黔婁だとは思うのですが、庾 黔婁なら祭壇があるはずですね。 二十四孝諺解(1686) ARC古典籍ポータルデータベースより 飯綱神社の庾黔婁。 燭台や香炉などの置かれた祭壇があれば庾黔婁確定なんですが、額の陰でよく見えない。私のポンコツ写真ではなん…

  • 成田市 滑河観音・23 大舜

    滑河観音の本堂。 本堂の階段を上り、まず見上げる一番良い位置には額があります。中央に白っぽい「滑河山」の扁額。その右側には坂東二十八番御詠歌の額。 この滑河山の額の後ろにも二十四孝の彫刻が隠れています。センター位置なのに、すこぶる見にくい場所に大舜が。 ほとんどの人が気づかない、舜の笑顔。 舜の左側の丸っこいのは象ですね。破損していますが象の上と右には鳥がいます。 象の顔はどこかな~。 舜も日の目を見たいでしょうね。「滑河山」の額を左にずらしてもらうわけにはいかないかなあと思っているかも。 滑河山の額の右側には御詠歌の額があるので、大舜の彫刻の右側部分はほぼ見えません。蟇股の右端がちらっと見え…

  • 成田市 滑河観音・21 孟宗

    タケノコ掘りは楽しそう。でも真冬は勘弁。昔は彩色してあったようなので、雪景色だとすぐにわかったことでしょう。

  • 成田市 滑河観音・22 丁蘭

    亡き母に似せて作った木像を実の親のように大切に扱った丁蘭。 お供え物を運ぶ丁蘭に比べて母親がかなり小さいので木像なんだろうな、と推測できます。 こちらは「二十四孝諺解」の「丁蘭」。この母親は丁蘭とそれほど大きさが変わらないし、たたずまいが生きている人のようなので漢文帝と似てますね。でも壇の上に安置してある感じはします。 二十四孝諺解(1686) ARC古典籍ポータルデータベースより ちなみにこちらが二十四孝諺解の「漢文帝」。 侍女が扇を持つてそばに立っていたり、母親の服装が豪華。でも主役の漢文帝は丁蘭とあまり服装は変わらないような。漢文帝の後ろにいる人は奥さんだったり少年だったり。丁蘭の方は大…

  • 成田市 滑河観音・20 黄香

    父親の寝床を仰ぐ黄香。お父さんを連れてくる子のほうが重労働に見えます。 二十四孝諺解(1686) ARC古典籍ポータルデータベースより 野趣豊かな寝床。蚊が心配。

  • 成田市 滑河観音・19 郭巨

    私が彫刻を普通に見上げるとこんな感じ。右側に手を合わせる男性、左にはもう一人。 ちょっと離れた高い位置から撮影すると二人の間に・・・。 釜があることがわかるんですよね~。昔の人って今より小柄な人が多かったはずなのに、みんな見えたの?郭巨の釜が?

  • 成田市 滑河観音・18 蔡順

    盗賊と米俵の組み合わせなら蔡順ですね。「なんで桑の実を二つの籠に分けてるの?」と盗賊に尋ねられて、蔡順は「熟した実は母に、まだ未熟なものは自分用に」と答えました。それを聞いて盗賊は感心して、肉と米俵を蔡順に与えました。 蔡順は左手に何か持っていた様子です。桑の実か、もしくは籠か。 二十四孝諺解(1686) ARC古典籍ポータルデータベースより 千手院観音堂の蔡順。滑河観音の彫刻も肉や籠が昔はあったんでしょうね。

  • 成田市 滑河観音・17 剡子

    鹿に変装して目の悪い両親のために鹿のミルクを集めにいった剡子。 よーく見ると鹿皮を身にまとってますね。おそらく下の絵のように、右手には矢を握っていたはずです。 剡子の彫刻には猟犬もしばしば登場します。右端の人はリードを持ってるようです。 針金かな? もともとは犬の首輪にひっかけてあったんでしょうね。

  • 成田市 滑河観音・16 陸績

    袁術のおうちにお邪魔して、出されたミカンをこっそり袂に入れて持ち帰ろうとした陸績。別れの挨拶するときにミカンが転がり出て袁術に咎められました。母が好きなのでお土産にしようと思って、と陸績が言い訳をしたら袁術は「親孝行な子だ」と感心します。 中央の男性が袁術だと思われます。袁術の左側にももう一人誰か座っているようですね。女性かしら。 ミカンはここですね。 二十四孝諺解(1686) ARC古典籍ポータルデータベースより ミカンに彩色。

  • 成田市 滑河観音・15 董永

    これも人物全員、顔が消滅。 雲の上の天女たちは二人なのか三人なのかしら。顔が残っていればよくわかるのにね。 二十四孝諺解(1686) ARC古典籍ポータルデータベースより

  • 成田市 滑河観音・14 田真兄弟

    現地では理解できなかった彫刻、田真兄弟。両脇の人物は存在がわかりますが、中央の人物は輪郭のみ。 本来はこの絵のように人物が彫られていたと思います。彫刻の方はスペースの関係で幹が大胆に曲がってますね。 二十四孝諺解(1686) ARC古典籍ポータルデータベースより

  • 成田市 滑河観音・13 曽参

    遠く離れていても、母親と心を通わせる曽参。山中で薪を採っていたとき、胸騒ぎを感じたので「母に何かあったのか」と急いで帰宅しました。 曽参の母親は指を噛んでいるように見えます。 息子よ、早く帰ってきて~のおまじない。指ガブ~。 曽参の背後にはトレードマークの薪。 下の絵のように、二つの束を結んで一つにしているようです。 二十四孝諺解(1686) ARC古典籍ポータルデータベースより

  • 成田市 滑河観音・12 張孝兄弟(たぶん)

    さてこちらの彫刻は主役が不在です。盗賊っぽい二人はほぼ無傷なのにね。 手掛かりはここに見える小さな手だけ。 飯高神社の張孝兄弟。 滑河観音の彫刻も、こんな感じで兄弟が向かい合ってるんじゃないでしょうか。 「肉付きの良い僕を食べてください」「いいえ、僕を」と譲り合う兄弟。「じゃあ二人とも」とは言わなかった根は優しい悪者。

  • 成田市 滑河観音・11 王祥

    真冬に生魚を食べたいと言い出した母親の為に水辺に来た王祥。水辺は本によって池だったり川だったりします。この彫刻では橋があることで、ここが川や池などの水のある場所だと表現しているんでしょうね。 で、その水は凍っていたので王祥は体温で氷を解かして魚を捕まえようとします。この行動を良い子が真似したら大問題になりそうです。 二十四孝のお話は「真似しちゃだめ」系のお話が多いです。

  • 成田市 滑河観音・10 楊香

    虎に立ち向かう勇気ある少女、楊香。それにしても顔の部分の破損が多いですね。 楊香は走ってたりバンザイしてたり虎を抱え込んだり、いろんなパターンがありますが。 雨引観音の楊香。滑河観音の楊香も、こんな感じで祈るポーズだったのかな。

  • 成田市 滑河観音・9 姜詩

    姑にけなげに尽くす姜詩の奥さん。3人いるうち、右側の嫁と中央の姑の顔がありません。 右側で柄杓を手にしているのが姜詩のお嫁さん。 手の下で二つ丸っこいものが見えてますね。鯉二匹ですね。 二十四孝の欄間や蟇股の彫刻では小柄な人だと下から見上げても見えないアイテムがいくつかありますが、姜詩の鯉もその一つですね。あとは郭巨の釜、陸績のミカンなど床や地面に転がっているものは背が高くないと見にくいです。 「二十四孝諺解」より 国文学研究資料館所蔵 クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 ライセンス CC BY-SA 滑河観音の彫刻も左手には水を汲む桶を持ってたものと思われます。

  • 成田市 滑河観音・8 呉猛

    上半身裸になり、父親が蚊に悩まされずに安眠出来るよう、体を張る呉猛。 この彫刻だけ見ても、どんな親孝行なのかさっぱりわからないですよね。お父さんのそばで子どもが寝てる、としか見えません。 呉猛の腕が取れてしまっていますが、おそらく下の絵のように顔を覆うような感じだったと思われます。 二十四孝諺解(1686) ARC古典籍ポータルデータベースよりこういう住環境で、蚊が呉猛を集中攻撃している図を想像してくださいねー。爆睡しているお父さんへの怒りがふつふつと沸いてくるはずです。

  • 成田市 滑河観音・7 漢文帝

    皇帝という立派な立場でありながら、母親の世話は人任せにしないで自ら行う漢文帝。 破損していますが漢文帝の後ろの童子?は真ん丸なものを運んでいるように見えますね。なんでしょね。母親の薄太后は下の千手院観音堂の彫刻同様、右手に軍配みたいな扇を持って座っているようです。 鹿沼市千手院観音堂の漢文帝。ボケボケ~。童子は何を運んでいるのかわかんないしー。 二十四孝諺解(1686) ARC古典籍ポータルデータベースより

  • 成田市 滑河観音・6 朱寿昌

    生き別れの母にようやく会うことが出来た朱寿昌。 子どもの肩を借りて、杖をついた老母が家から出てきました。朱寿昌は旅の荷物を脇に置いて、恭しく姿勢を低くしています。 子どもの顔は破損していますね。 「二十四孝諺解」13朱寿昌 ARC古典籍ポータルデータベースより

  • 成田市 滑河観音・5 黄山谷

    唐夫人の右側は黄山谷。 病床の親御さんは脱走してしまった様子。右側の枕に頭を乗せて臥せっていたものと思われます。 背景の板に残る、黄山谷の肩から上のシルエット。このうつむき加減は黄山谷ね。 ↑ この黄山谷の持っている尿器は注ぎ口のついた小さな器のようですね。 飯綱神社の黄山谷。お母さんは床についてます。でもあまり重病そうには見えない。 「ごはんまだなのー?」とか文句言ってそう。

  • 成田市 滑河観音・4 唐夫人

    建物の外周、この位置にある彫刻は唐夫人。参拝客がみんな見上げる良い位置ですよね。 歯がなくなって物を噛めなくなった姑に乳を飲ませる唐夫人。 なぜ女同士とはいえ、セクハラじみた「唐夫人」が二十四孝彫刻の中で人気のある題材だったのかしら。

  • 成田市 滑河観音・3 老莱子

    年老いた両親に老いを自覚させまいと、子どもの振りをして派手な格好で踊る老莱子、70歳。意味わかりませんよね。 両親は老莱子の気持ちを汲んで、喜んでいるふりしてるに違いありません。誰が見たってわかるでしょ。右端に本当の子どもがいるから、年齢差は歴然。肌ツヤも声もね。 こちらは千手院観音堂の老莱子。太鼓叩かされている子はバイト代貰ったのかな。 「戯綵娯親」と書いてゲンジツトウヒと読む。嘘です。 「戯綵(ぎさい) 親をたのしましむ」。子供の着るような派手な服を着て親を喜ばせる、という意味です。

  • 成田市 滑河観音・2 王裒

    中央の「観世音」の額の奥、ここの蟇股にも彫刻があります。 真正面からだと蟇股の彫刻は全然見えないですね。 斜め左方向から覗くと、見えるのは王裒ですね。お墓に何か語りかけている風情。頭上には怖い顔の雷神が。 王裒の母親は雷が嫌い。そんな母親の死後、雷が鳴るたびに王裒は母親のお墓へ飛んで行って「私がいるから大丈夫」と励ますのでした。 中野市右衛門 二十四孝 王裒 ーーー お堂が建てられた当時は「観世音」の額を飾ってなかったのかしら。最初から額の裏だったとしたら王裒かわいそう。 額の右側にも人物が二人見えますが、これは全部の二十四孝彫刻を紹介した最後に考察を綴ろうと思います。

  • 成田市 滑河観音・1 閔子騫

    内陣の左側から。閔子騫ですね。 閔子騫の王道の構図になります。右側に赤ちゃんと幼児を連れて追い出される継母、左側には怒っている父親、間に入って夫婦仲を修復しようとする健気な閔子騫が中心で正座しています。 主役なのに目立たない閔子騫。服の色が後ろの大木と同じ色なので保護色になってしまってますね。 中野市右衛門 二十四孝 閔子騫 国立国会図書館デジタルコレクションより 八千代市飯綱神社の閔子騫。

  • 成田市 滑河観音(滑河山 龍正院)

    成田市の坂東28番札所、滑河観音(なめがわかんのん)。平地にある社寺はそれだけで有難いと思う今日この頃。 成田線滑川駅からてくてく歩いていきました。15~20分くらい。 こちらの本堂の外陣と内陣の蟇股に二十四孝彫刻があると・・・龍元洞さんのブログで知りました。龍元さんありがとうございます。 明日から一点ずつご紹介していきます。 重要文化財の仁王門。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・15 丁蘭 (完)

    亡くなった親に似せた木像を作り、死後も敬った丁蘭。 国立国会図書館デジタルコレクションより 丁蘭父母を失いて 木像を作り これを拝しける 隣家に張叔といふ者木像を打ちけり 妻この由を丁蘭に告ぐ大に怒り張叔を打ちければ 役人丁蘭を捕らへけるこの時木像泪を流しければ 役人その孝に感じて許しけり ーーー この挿絵には出てこないけれど説明版には隣人の張叔さん登場。 ーーー 玉蘭貞秀画 二十四孝 (終) ーーー

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・14 大舜

    農作業する大舜。象と小鳥がお手伝い。 国立国会図書館デジタルコレクションより 大舜父親頑なにして後添ひの妻も心悪しき者なり 弟の象(せう)といふを愛して大舜を殺さんとすること 度々なれど これを少しも恨まずただ父母の心にかなはざることを悲しむ 後に上げられて天子となる ーーー 何度も殺されかけても親孝行しましょう、って無茶な話。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・13 朱寿昌

    生き別れだった母とようやく会うことが出来た朱寿昌。 国立国会図書館デジタルコレクションより 朱寿昌七才の時父その母を去りて 後の妻を迎へける この人 常に孝行を尽くし それより五十年を経て 父母みまがりてより真の母を尋ねしに いまだ息災にてめぐり逢ひ 喜び合ふこと限りなしこれ孝行の徳なりけり ーーー もっと早く会いたかったよねー。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・12 郭巨

    郭巨。フライドポテトみたいな黄金がどっさり。 国立国会図書館デジタルコレクションより 郭巨母を養ふに我が子は妨げなりとて 夫婦云ひ合わせ 我が子を埋めんとしたりけるに黄金の釜を掘り出しけり これより家富みて心のままに母を養ひけるとぞ ーーー 生活が苦しくて老母に満足な食事もさせてあげられない。若夫婦は解決策を話し合い、一人息子の殺害を計画。穴を掘ってたら黄金が出てきたのでリッチな生活ができるようになりました。 この話から何を教訓として学べばよいのでしょう。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・11 呉猛

    息子の呉猛が蚊の大軍に襲われている中、父は爆睡。貧しくて蚊帳がないというか、壁もないというか。 国立国会図書館デジタルコレクションより 呉猛幼くして母を失ひ 父に仕へけるが 家貧しくして蚊帳を吊る事ならねば父のそばに臥してある 裸になり己が身を蚊に喰わせて父を眠らせける ーーー 現代なら児童虐待で炎上案件ですね。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・10 王祥

    体温で氷を解かし、鯉を捕まえるお王祥。鯉は池から顔だけ出してるパターンもありますが、こちらは元気に高く飛び出すパターンですね。 国立国会図書館デジタルコレクションより 王祥継母に仕へて孝行なり あるとき鯉の羹をのぞみけるに池には氷張り満ちて 捕るべきやう(な?)し 王祥嘆きて その上に臥しければ 氷解けて鯉二匹出ければ 捕りて母にすすめけるとぞ ーーー 氷を割る道具を持っていこうとは思わなかったんですね。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・9 唐夫人

    姑に乳を飲ませる唐夫人。 国立国会図書館デジタルコレクションより 唐夫人この人 常に姑に仕へて孝行なり 姑年老いて歯も無く食事心に任せざれば 夫人乳を含ませて養ひける 姑これを喜ぶこと限りなく 身終はりけるとぞ ーーー 歯がなくても御粥とかスープのほうがいいと思うの。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・8 陸績

    おもてなしで出されたミカンを黙って袖の中に入れて持ち帰ろうとした陸績。 国立国会図書館デジタルコレクションより 陸績六歳の時 袁術といふ人のもとへ行き 馳走に出たる橘を袖に入れけるを袁術咎めければ 持ち帰りて母へ与へたしと云ひけるにぞ 孝行の名あらはれける ーーー 袁術にとがめられて、「母へのお土産にしようと思って」と言い訳をしたら孝子として後世まで褒めたたえられた陸績。「母への土産」は本心からだったのか、咄嗟に思い付いたアドリブだったのか、真相は闇の中。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・7 剡子

    鹿の格好をして鹿の群れに入り、猟師に射られそうになった剡子。 国立国会図書館デジタルコレクションより 剡子二親目を患ひけるが鹿の乳を用れば癒ゆべしといふによりあるとき鹿の皮をかぶり 鹿の群れゐる中へ入りて 乳を得んとしけるが 狩人 真の鹿と思ひ弓にて射んとしければ急に声をかけて 逃れぬといへり ーーー 何してんのー?と猟師に呆れられてる剡子。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・6 江革

    江革。物騒な国から母を連れて脱出していましたが、状況が落ち着いたので故郷に帰りました。お母さんは幌付きの車に乗ってご満悦。 国立国会図書館デジタルコレクションより 江革親に孝行なる人なり あるとき国の内に戦起こりければ 親を伴ひ 他へ逃げけるが ほどなく乱治まり それより親を車に乗せて連れ帰りけるとなんこのことを聞きて 世の人その孝行を誉めけるとぞ ーーー 虫食い部分は他のサイトの画像を見て確認させていただだきました。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・5 董永

    崖の上の董永。さよなら天女さま。織姫は薄い色の雲の上に乗ってるように見えます。 国立国会図書館デジタルコレクションより 董永父死して葬りの手当てなく その身を奉公に売りけるに 天女 天下りて妻となり数多の絹を織りて 主人へ返し董永を助けけり ーーー 長いお話を短い文章にまとめる能力が求められますね。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・4 子路(仲由)

    孔子の愛弟子、子路。 国立国会図書館デジタルコレクションより 子路 孔子の弟子にて十哲の人也 若き時貧しくして 米を負ひて賃銭を取りて父母を養ひけるが 後に楚の国に仕えて富貴となり何事も心にかなはざる事なし しかれども今は父母なし 昔の事を思ひ出してつねに泣きけ(り?) ーーー こういう文章読むと句読点の有難さを感じます~。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・3 曽参

    薪を担いで山道を駆け下りる曽参。 国立国会図書館デジタルコレクションより 曽参孔子の御弟子にて大孝行の人なり あるとき山へ入り 木を伐りてありけるが 折節母の親しき人来たりければ もてなしたく思へども曽参がゐざれば 早く帰れかしと指を噛みければ 曽参山にありて胸にこたへ 早速帰り来たりとぞ ーーー 左に見えるのが母の待つ我が家ですね。お客さん帰っちゃう前に曽参は家に着けたかな。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・2 閔子騫

    二番目は閔子騫。 国立国会図書館デジタルコレクションより 閔子騫継母に仕えて孝行なり 継母これを憎み 実の子には綿を入れ閔子騫には葦の穂を入れて着せける 父これを知りて離縁せんとしけるに今の母を置き給はば我一人寒し 又去り給はば三人とも寒からんと諫めてとどめけり ーーー 文章が書いてある飾り枠は毎回形が違います。大体こういう枠に書こうとすると最初はゆったり目で書いてて、文末になると窮屈になっていくものですね。もうちょっと右から書き始めればよかったかな~。

  • 玉蘭貞秀画 二十四孝・1 漢文帝

    玉蘭貞秀(1807~没年不明)、玉蘭斎(ぎょくらんさい)貞秀・歌川貞秀といろんな名前のある絵師さんの二十四孝をご紹介していきます。国立国会図書館デジタルコレクションには残念ながら15枚しかありませんでしたが。 母の薄太后に食事を運ぶ漢文帝。 国立国会図書館デジタルコレクションより 漢文帝漢の文帝はすでに天子にましますゆへ 百官仕え奉るにより何一つ事欠き給ふことなしといへども母君に孝行にましまして常の食事も自ら試みてすすめ他人の手にかけ給ふことなし ーーー 国立国会図書館デジタルコレクション書誌情報での古典籍区分は「錦絵」となっていました。錦絵とは「浮世絵の多色刷り木版画の総称」だそうです。やっ…

  • 再訪・市川市徳願寺の剡子

    久しぶりに行徳の徳願寺に行きました。 4年前の記事は 前回よりは多少鮮明な画像が撮れました。 右手では猟師が矢をつがえようとしています。鹿のお腹の下にもぐりこんでいる怪しい男。 輪郭を描くとこんな感じなのかな? 呑気に鹿の乳しぼりをしている剡子。鹿の扮装をしているのかどうかはよくわかりません。

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・25 伯兪 (完)

    二十四孝のお話ですが、25人目がいました。伯兪さんです。えーと・・・誰? 「伯兪泣杖(はくゆ きゅうじょう)」という言葉があるそうです。初めて聞きました。 漢の伯兪さんがある日母親に鞭で打たれたところ、その力の弱弱しさに、母親が年老いたことを知り涙した、というお話。いい年してどんな悪さしたんでしょうね。 国立国会図書館デジタルコレクションより 二十四孝終 伯兪 或本無黄山谷有伯兪厳母終朝責 軽々力不加應心頻泣涙 天命更還賖 韓伯兪至孝 時有過母杖之大泣母曰 往者杖汝常悦受之 今者杖汝何得悲泣 兪對曰 往者得杖常痛 知母康健 今杖不痛知母力衰 是以悲泣 注 所以悲傷而至於哭泣也 ーーー 「或本無…

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・24 陸績

    最後は陸績。袁術は戦闘の出で立ちですね。陸績は戦場編とお屋敷編の2パターンあるようですね。こんなことしてる間に敵が近づいてきたらどうするんでしょう。 国立国会図書館デジタルコレクションより 陸績孝悌皆天性 人間六歳児袖中懷緑橘 遺母報含飴 陸績字公紀 年六歳於九江見袁術 術出橘 績懷三枚去拜墮地 術曰 陸郎作賓客而懷橘乎績跪答曰 欲帰遺母 術大奇之 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・23 田真

    親の遺した木を伐って分ける相談をしている田真・田廣・田慶の三兄弟。木はそれを聞いてショックで枯れてしまいます。伐るのやめたと知ったらまた元気になりました。めでたしめでたし。 国立国会図書館デジタルコレクションより 田真海底紫珊瑚 群芳捴不如春風花滿樹 兄弟復同居 田真田廣田慶 兄弟欲分財産堂前紫荊一株 花葉茂盛 夜議斫分為三 暁即憔悴 真乃嘆曰樹本同株 聞分斫尚如此 人何不如也兄弟由是不復分焉 其花再發 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・22 張孝・張禮

    お互いに自分が犠牲になろうと主張する、張孝・張礼の兄弟愛。「じゃあ二人とも殺そう」とはならないあたり、血も涙もある盗賊ですね。そもそも「お母さんに御飯食べさせてから戻ってくるので僕を殺すの待って」という願いを了承するくらい人のいい賊ですからね。 国立国会図書館デジタルコレクションより 張孝・張禮偶値緑林児 代烹云瘦肥人皆有兄弟 張氏古今稀 張孝張禮家貧 兄弟二人 礼養母拾菜於路遇賊将烹食之 禮云 乞回家 供母早食 却来就死 孝聞自詣賊曰 礼瘦不如孝肥 願代弟命礼曰 禮本許殺 勿殺吾兄 賊見二人孝義倶捨之 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・21 呉猛

    茣蓙の上で衣服を緩め横たわる呉猛。 蚊が描かれていないようです。親孝行というより、少年が昼寝しているようにしか見えない・・・。実は父親のためにかなり身体を張っているのに。 国立国会図書館デジタルコレクションより 呉猛夏夜無帷帳 蚊多不敢揮恣渠膏血飽 免使入親闈 呉猛年八歳 有孝行 家貧無帷帳夏不驅蚊 恐去己而齧其親也 ーーー 渓斎英泉の呉猛。虫よけガンガン焚いてますが、煙は父親の方向へ。父親がのうのうと寝ている横で呉猛は蚊に喰われまくってます。これだと親孝行の状況がわかりやすいですね。

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・20 庾 黔婁

    ゆ黔婁。祭壇を作って北の星に祈ります。 国立国会図書館デジタルコレクションより 燭台が二つ、間にあるのは香炉? 左上隅には北斗七星。 庾 黔婁到縣未旬日 椿庭遘疾深願將身代死 北望啓憂心 庾黔婁南斉時人也 為孱陵令到縣未旬日 忽心驚流汗 即棄官帰家父疾已二日 醫云 欲知瘥劇 但嘗糞甜苦 則為佳黔婁輙取嘗之 味轉甜滑心愈 憂苦至夕稽顙北辰求以身代 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・19 蔡順

    桑の実を母の分と自分の分、二つに分けて収穫していたことで幸運を招いた蔡順。カゴ二つ、お米、牛の肉、盗賊と手下のフルコンボ。手下は「本当にこれあげちゃうんですか?」と盗賊の頭に目で訴えているよう。 国立国会図書館デジタルコレクションより 蔡順黑椹奉親闈 啼飢涙滿衣赤眉知孝順 牛米贈君歸蔡順汝南人 王莽末天下大荒 順拾桑椹黒赤異器盛之 赤眉賊見而問之 曰黒者奉母赤者自食 賊知其孝 乃遺米三斗牛蹄一隻而去 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・18 剡子

    目の悪い両親のために、鹿に化けて鹿の乳を取りに来た剡子。猟師に狙われてます。 鹿の子まだらな毛皮着てますね。洞窟(?)の奥で本物の鹿が訝し気に剡子を見つめています。 国立国会図書館デジタルコレクションより 剡子老親思鹿乳 身掛褐毛衣若不髙聲叫 山中帯箭帰 剡子父母 年老倶患雙目 思食鹿乳 剡子衣鹿皮入鹿群之中 以取鹿乳猟者見欲射之 告訴乃免 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・17 朱壽昌

    母を訪ねてはるばると、仕事も捨てて会いに来た朱壽昌。 国立国会図書館デジタルコレクションより 朱壽昌七歳生離母 參商五十年一朝相見面 喜氣動皇天朱壽昌生七歳 父出其母 母子不相見者五十年 壽昌行四方求之不已与人言輙流涕 熈寧初棄官入秦与家人訣誓 不見母不復還 行次同州得焉 劉氏年七十餘矣 東坡有詩美之 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・16 郭巨

    郭巨。郭居敬の本「全相二十四孝詩選」では失われていた郭巨。 国立国会図書館デジタルコレクションより 「黄金一釜」はインゴットや中国の昔の通貨ではなく、釜で描かれてますね。 国立国会図書館デジタルコレクションより 郭巨貧乏思供給 埋児願母存黄金天所賜 光彩照寒門郭巨字文挙 妻生一子三歳母常減食與之巨謂妻曰 貧乏不能供給共汝埋子 々可再得 母不可再得妻泣而從之 遂掘坑三尺 得黄金一釜上云 天賜孝子郭巨 官不得奪 民不得取 ーーー 「黄金一釜」についてはこちらをどうぞ。

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・15 王裒

    雷嫌いだった母。彼女の死後も、雷から母親を守ろうとする王裒。 国立国会図書館デジタルコレクションより 王裒慈母怕聞雷 氷魂宿夜臺阿香時一震 到墓遶千廻王裒字偉元 至孝奉母平生畏雷既死而葬 毎遇雷震 即至墓曰裒在此勿懼 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・14 黄香

    父親の寝床を扇いで涼しくしている黄香。 国立国会図書館デジタルコレクションより 黄香冬月温衾煖 夏天扇枕凉児童知子職 千古一黄香黄香字文強 年九歳而失母 事父盡孝 暑則扇其床枕席寒則以身温被 太守劉護表而異 ーーー 郭居敬の「黄香」も、父親不在で後ろ姿の黄香、という点は共通ですね。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 葛飾戴斗の「黄香」は父親と黄香のほかに、川のほとりで黄香を讃える高札を読む人々まで描かれています。 the British Museum Nijushiko zue 廿四孝図会 Museum number 1979,0305,0.537.a ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・13 董永

    董永。草っ原でお別れ。織姫にお付きの者は同行せず、単独で天へご帰還。 国立国会図書館デジタルコレクションより 董永葬父貸方兄 天姫陌上迎織絹償債主 孝感盡知名 董永字延年 後漢人 家貧傭力父死貸錢一萬而葬 道遇一婦人求為永妻 倶詣主人家令織絹三百匹一月而畢 輒辞永曰 我天上之織女 聞君至孝天帝令我助君償債 言訖 凌空而去 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・12 楊香

    楊香。楊香は勇ましいけれど本当は優しい女の子~。 いや、女の子・・・ではないような気がする。 男性ですね。 国立国会図書館デジタルコレクションより 楊香深山逢白額 努力搏腥風父子倶無恙 脱身饞口中楊香其父為虎曳去 香搏虎遂免於害 (確かに「娘」とは書いてないわね) ーーー こちらは郭居敬の楊香。なんとなく女の子っぽい後ろ姿ですよね。 屈強な青年が虎と戦うよりも、かよわい女の子が父を守るために猛獣と立ち向かう、という筋書きのほうがインパクトが強いですね。

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・11 唐夫人

    幼子のほかにお姑さんの世話まで献身的にこなす唐夫人。 国立国会図書館デジタルコレクションより 唐夫人孝敬崔家婦 乳姑晨盥梳此恩無以報 願得子孫如 崔山南家之盛郷族 罕比山南曽祖 王母長孫夫人 年髙無齒祖母唐夫人事姑至孝 毎旦櫛縰拜於階下即升堂乳其姑 長孫夫人不粒食 數年而康寧一旦疾病 長幼咸集 宣言無以報新婦恩願新婦有子有孫 皆得如新婦孝敬 則崔之門安得不昌大乎 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・10 黄山谷

    病床の母の世話をする黄山谷。黄山谷が手で抱えているものは溺器=尿器、いわゆる尿瓶ですね。 国立国会図書館デジタルコレクションより 黄山谷貴顕聞天下 平生孝事親汲泉涓溺器 婢妾豈無人 黄山谷宋時人 時推爲江西詩祖元祐中爲太史 性質至孝奉母安康郡君 毎夕親爲母滌溺器未嘗頃刻不供子職 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・9 姜詩

    9人目は姜詩。水辺にいるのは男性みたいですね。ということは奥さんではなく姜詩本人ですか。いやそれが当然なんでしょうけど。後ろにいるのは母親ですよね。こき使われてる奥さんがいないと不思議な感じがします。 烏帽子をかぶったおじさん・・・ですよね。鯉は二匹ですね。 国立国会図書館デジタルコレクションより 姜詩舎側甘泉出 一朝雙鯉魚子能知事母 婦更孝於姑 姜詩事母至孝 奉順尤篤母好飲江水 妻出六七里沂流而汲 姑嗜魚鱠 夫婦常力作供鱠呼鄰母共之 舎側忽有湧泉 味如江水毎旦輙出雙鯉魚以供二母之膳 ーーー さて前回の書籍「全相二十四孝詩選/郭居敬」の姜詩がこちらです。 上の絵のように右側の人が姜詩なら、真ん…

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・8 老莱子

    老親の前で踊る老莱子。玩具や楽器も持たず、普通の服で踊ってる感じですね。これがだんだんヒラヒラの派手な服着て太鼓やラッパ持って、近所の子供も呼ぶようになっていくんですね。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 老莱子 戯舞学嬌癡 春風動綵衣雙親開口笑 喜色滿庭闈 老萊子至孝 奉二親 行年七十 身省五色斒斕之衣 為嬰児戯於親側 養極甘脆 言不称老為親常取食上堂 詐跌而偃 作小児啼以娯親 ーーー こちらは八千代市飯綱神社の老莱子。老莱子の、これが最終進化形態?

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・7 王祥

    裸で氷の上に寝そべる王祥。服は木の枝に掛けてあり、割れた氷から鯉が二匹顔を出している、「王祥」の基本形ですね。それにしても鯉が大きいです。一人では持ち帰るの大変そう。 国立国会図書館デジタルコレクションより 王祥継母人間有 王祥天下無至今河水上 一片臥氷模 王祥魏時人 早喪母 継母朱氏不慈 数譖之 由是失愛於父母 常欲食生魚時天寒氷凍 祥剖氷求之 氷忽自解雙鯉躍出持帰供母 毎氷凍天寒有人形臥氷上 今在肇慶府 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・6 曽参

    山で薪採りの最中、胸騒ぎがして急いで帰宅した曽参。束ねた薪を脇に置いて、母親の身を案じています。曽参の不在中に客が来た、というだけのことなんですけどね。親子の心が通い合った、というところが重要なポイントです。 国立国会図書館デジタルコレクションより 曽参母指纔方齧 児心痛不禁負薪帰未晩 骨肉至情深曽子名參 字恭輿 其母一日有親客至 家貧無具 母齧其指參採薪山中 忽心痛即負薪以歸 跪母問其故 母乃云 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・5 閔損

    仲違いした両親の仲裁をする閔損。怒る父親、子供二人とともに追い出される継母、継母をかばう閔損。社寺彫刻でもよく見かける代表的な構図ですね、 国立国会図書館デジタルコレクションより 閔損閔氏有賢郎 何曽怨晩娘尊前留母在 三子免風霜 閔損字子騫 早喪母 父娶後妻生二子 母嫉損所生子衣以綿絮衣損以蘆花絮 冬日令損御車躰寒失靷 父察之 欲遣後母 損啓父曰母在一子寒 母去三子單 母聞之悔改 遂成慈母 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・4 孟宗

    雪の積もる竹やぶで泣いている孟宗。 タケノコ3本あるようですね。孟宗は泣いていて、まだタケノコが生えてきていることに気づいていない様子です。早く収穫しないとタケノコは立派な竹になってしまいそう。 国立国会図書館デジタルコレクションより 孟宗涙滴朔風寒 瀟々竹数竿須臾春笋出 天意報平安 孟宗 字恭武 母年老病篤冬月思笋食宗往竹林中泣竹而告天有頃地上出笋數莖 持歸作羹供母 食畢而病癒 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・3 丁蘭

    三番目は丁蘭。 木像と言われなければ、生きている両親に食事の支度をしているところに見えます。家の中にこんなリアルな等身大の像が並んでたら怖いわ。 国立国会図書館デジタルコレクションより 丁蘭刻木爲父母 形容在日新寄言諸子姪 聞早孝其親 丁蘭父母死 思慕骨肉乃刻木為象而事之以報其本 其妻不敬 以針刺之 血出 蘭帰見之棄妻 大泣不止 令人父母倶存者 可不敬乎 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・2 漢文帝

    恭しく母親に飲み物を運ぶ漢文帝。 国立国会図書館デジタルコレクションより 漢文帝仁孝臨天下 巍々冠百王 漢廷事賢母 湯藥必親甞 前漢文帝 高祖之子 母薄太后 帝奉養無怠 湯藥必親嘗而後進母 乃爲仁孝之賢君也 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)・1 大舜

    トップは大舜。挿絵に「帝国図書館蔵」のハンコがドーンと押されています。もうちょっと描き込みの少ない部分に押してほしかったです。わざわざ大舜の顔に押さなくても。 国立国会図書館デジタルコレクションより 象の背中と、上から垂れている木の枝との間に、鳥が二羽飛んでいるようです。 新刊全相二十四孝詩選 延平尤溪郭居敬撰 大舜隊々耕春象 紛々耘草禽 嗣堯登寶位 孝感動天心 大舜至孝 父頑母嚚 弟象傲 舜耕於歷山 有象為之耕 鳥為之耘 其孝感如此 堯聞之 妻之二女 譲以天下 ーーー

  • 書籍/二十四孝詩選(禿氏祐祥1946)

    明日からは「二十四孝詩選(全国書房) 禿氏祐祥 編 1946年」を見ていきます。国立国会図書館デジタルコレクションの中にあります。 禿氏祐祥(とくし ゆうしょう)さんは仏教学者であり、また龍谷大学の名誉教授でもあった方だそうです。 「龍谷大学蔵 甲本」と呼ばれるものです。「乙本」には挿絵がないそうです。 ↓一枚目の画像。黒の無地の表紙に見えます。 ↓二枚目の画像。左側に題字が書かれているのがわかります。 上の二枚は明るさを変えた、同じ表紙のようです。右上の管理シール(311ー106)が一緒ですね。 こちらが表紙の次のページです。 ハンコが押されてますね。拡大してみます。 「写字臺(台)の蔵書」…

  • 書籍/全相二十四孝詩選・24 陸績(完)

    ラストは陸績。果実は「三枚」と文章に書かれているので三個転がってるところです。この袁術がいる場所はお屋敷ではなく野外の陣営みたいですね。何も戦の最中に袁術を訪ねていかなくても・・・。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 陸績孝悌皆天性 人間六歳兒袖中懷緑橘 遺母報含飴 陸績字公(紀?) 年六歳 於九江見袁術 術出橘 績懷三枚去拜墮地 術曰 陸郎作賓見懷橘乎績跪答曰 欲帰遺母 術大奇之 ーーー 上の絵の袁術の雰囲気は鳥居清経の「陸績」の袁術と似てますね。 ーーー 全相二十四孝詩選 終 ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・23 楊香

    残り二人になりました。まずは楊香。 虎と戦う楊香。虎はカメラ目線? 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより楊香 深山逢白額 努力搏腥風父子倶無恙 脱身饞口中 楊香其父爲虎曳去 香搏虎遂免於害 (饞七咸石???) ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・22 田真

    22番目は田真・田廣・田慶の三兄弟です。 親の遺した木を伐る相談を兄弟三人でしていたら、一晩で枯れてしまったというお話。伐るのやめたら木は再び元気になりました。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 田真海底紫珊瑚 群芳總不如春風花滿樹 兄弟復同居 田真田廣田慶兄弟 欲分財産堂前紫荊一株 花葉茂盛 夜議斫分爲三 暁即憔悴 真乃嘆曰樹本同株 聞分斫尚如此 人何不如也兄弟由是 不復分焉 其花再發 ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・21 張孝張礼

    21番目は張孝兄弟。お兄さんが張孝、弟が張礼ですね。弟の張礼が母親の食料確保のため出掛けたところ、賊に襲われて張礼は食べられそうになりました。 張礼は母親に食事を与える時間をくれるよう賊に乞い、急ぎ帰宅して母の食事の世話をして、再び賊のもとへ。 お兄さんの張孝が追いかけてきて、「僕のほうが太ってるから僕を食べて。弟は助けて」と賊に嘆願。賊は兄弟愛に感動して二人を解放しました。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 張孝張禮偶値緑林兒 代烹云瘦肥人皆有兄弟 張氏古今稀 張孝張礼家貧 兄弟二人 礼養母拾菜於路遇賊將烹食之 礼云 乞回家 供母早食 却来就死 孝聞自詣賊曰 礼瘦不如孝…

  • 書籍/全相二十四孝詩選・17~20

    右側のページは剡子とゆ黔婁。左のページは張孝張礼と田真兄弟。いろんな文献を調べたところ、どうもこの間に本来あったページが失われているようです。2ページ分の、4人の孝子が見られません。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 17~20番までの4人は郭巨・朱壽昌・王裒・黄山谷のようです。見られなくて残念です。

  • 書籍/全相二十四孝詩選・16 ゆ黔婁

    ゆ黔婁が16人目。自分が身代わりになるので病気の父を救ってください、と星に祈っています。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 庾 黔婁到縣未旬日 椿庭遘疾深願將身代死 北望啓憂心 庾黔婁南斉時人也 爲孱陵令人到縣未旬日 忽心驚流汗 即棄官歸父疾已二日 醫云 欲知瘥劇 但嘗糞苦則爲佳黔婁嘗之甜滑 心愈憂苦 至夕 稽顙北辰 求以身代 ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・15 剡子

    さて15人目は鹿の毛皮をまとった剡子です。 剡子の絵や彫刻では猟人が放った矢を剡子が手で掴んでいる構図を時々みかけます。この絵もそうじゃないかなー。馬を引っ張っているように見えますが。剡子と馬の間にあるのは鹿のミルクを入れる容器でしょうね。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 剡子老親思鹿乳 身掛褐毛衣若不髙声語 山中帶箭歸 剡子父母年老 倶患双目 思食鹿乳 剡子衣鹿皮 入鹿群之中 以取鹿乳獵者見欲射之 告(斬) 乃免 ーーー 香取市府馬愛宕神社の剡子。

  • 書籍/全相二十四孝詩選・14 呉猛

    14番目の孝子は呉猛くん。服・・・着てるよね?? ↓ この文章を見ると、確かに「服を脱いだ」とは書いてない・・・。「蚊を追い払わなかった」とは書いてあるけれど。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 呉猛夏夜無帷帳 蚊多不敢揮恣渠膏血飽 免使入親闈 夏の夜 帷帳なく 蚊多けれども 敢て 揮はず渠(かれ)をほしいままに 膏血に飽かしむ親闈(しんい)に 入らしむることを 免れしむ 呉猛年八歳 有孝行 家貧無帷帳夏不驅蚊 恐去己而(噬?)其親也 ーーー こちらは鍥便蒙二十四孝日記故事の呉猛(右側)。挿絵では上半身脱いでますが、こちらも文章には裸になったとは書いてないですね。でも服を…

  • 書籍/全相二十四孝詩選・13 唐夫人

    13人目は唐夫人。 中国のサイトで唐夫人の銅像について説明しているのを翻訳してみたら、「姑に乳をあげるという彫刻は、二十四孝のひとつで、昔の先祖が代々受け継いできたもので、今の若い人には理解できないかもしれませんね」と書いてありました。 昔の若い人でも理解しにくかったのでは。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 唐夫人孝敬崔家婦 乳姑晨盥梳此恩無以報 願得子孫如 崔南山家之盛 室比山南曾祖王母長孫夫人 年髙無齒祖母唐夫人 事姑至孝 毎旦櫛縰拜於階下即升堂乳其姑 長孫夫人不粒食 數年而康寧一旦疾病 長幼咸集 宣言 無以報新婦恩願新婦有子有孫皆如新婦愛敬 則崔之門安得不昌大乎 …

  • 書籍/全相二十四孝詩選・12 蔡順

    12番目の孝子は蔡順。カゴは二つ。一つに見えるけれど二つ。積み重ねてるのかしら。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 蔡順黑椹奉親闈 啼飢涙滿衣赤眉知孝順 告米贈君歸蔡順汝南人 王莽未 天下大荒 順拾桑椹赤黒異器盛之 赤眉賊見而問之曰 黒者奉母赤者自食 賊知其孝乃遺米三斗 牛蹄一隻而去 ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・11 姜詩

    11人目の孝子は姜詩。さあ三人のうち、どれが姜詩でしょう。 右側の女性は姜詩の奥さんですね。魚が二匹水面から顔を出しています。多分左の人物が姜詩の母親で、中心にいるのが姜詩だと思います。中心の姜詩が左の母親に飲み物を手渡しているところかな?鯉はまだ捕まえてないから魚料理ではないですよねっ。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 姜詩 舎側甘泉出 一朝雙鯉魚子能知事母 婦更孝於姑 姜詩事母至孝 妻奉順尤謹母好飲江水 妻出六七里沂流而汲姑嗜魚鱠 夫婦常力作供鱠呼憐母共之 舎側忽有湧泉 味如江水毎旦輙出双鯉魚 以供二母之膳 ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・10 董永

    董永。右の天女の前にあるものは雲ですよね。ということはお別れの場面ですね。すでに乗っているのか、今しも雲に乗るところなのか、どちらにも見えます。一人乗りって感じですね。お付きの人もいません。董永が「僕も一緒に」と言っても定員オーバーで却下されそうです。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 董永 葬父貸方兄 天妃陌上迎織縑償債主 孝感盡知名 董永字延年 後漢人 家貧傭力父死 貸錢一万而葬 道遇一婦人為永妻 倶詣主人家 令織縑三百匹一月而畢輒 辭永曰 我天之織女 聞君至孝 天帝令我助君償債 言訖 凌空而去 ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・9 黄香

    9人目は黄香。団扇で布団を扇いでます。お父さん不在。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 黄香冬月温衾煖 炎天扇枕凉兒童知子職 千古一黄香黄香 字文強 年九歳而失母 事父尽孝 暑則扇其床枕寒則以身温被 太守劉護表而異之 ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・8 孟宗

    社寺彫刻でお馴染みの孟宗。竹を前にして泣いています。 奥にタケノコが生えはじめている・・・のかな。鍬もないですね。雪が積もっている感じもないです。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 孟宗涙滴朔風寒 瀟々竹數竿須臾春筍出 天意報平安 孟宗 字恭武 母年老病篤冬月思笋食 宗往竹林中泣而告天有頃 地上出筍數莖 持帰作羹以供母 食畢而病癒 ーーーこちらは秩父市・宝登山神社の孟宗。 防寒着を身に着け、鍬で土を掘る孟宗。タケノコは雪中からにょきにょき生えてます。だんだんわかりやすい表現になっていったんですね。

  • 書籍/全相二十四孝詩選・7 丁蘭

    7人目の孝子は丁蘭です。丁蘭は泣いているのでしょうか。 両親の像がほぼ実物大なので、話を知らない人は家族団らんの絵かと思うような気がします。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 丁蘭 刻木爲父母 形容在日身寄言諸子姪 聞早孝其親丁蘭父母死 思慕骨肉乃刻木爲像而事之 以報本其妻不敬以針刺之 血出蘭見之 棄妻大泣不止 令人父母倶存者 可不敬乎 ーーー 社寺彫刻の丁蘭は木像が両親の像だったり母親のみの像だったりしますが、郭居敬は両親の像として描いていたんですね。 ↓ 君津市三石山観音寺の丁蘭は両親バージョン。 ↓ 桜川市雨引観音の丁蘭は像がひとつバージョン。お母さんの像でしょうか…

  • 書籍/全相二十四孝詩選・6 老莱子

    六人目は老莱子。 子どものふりして踊っている老莱子。中心のお父さんがニコニコと隣のお母さんに話しかけています。でもお母さんは心なしか伏し目がち。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 老莱子 戯舞學嬌癡 春風動綵衣雙親開口笑 喜色滿庭闈老萊子 至孝 奉二親 行年七十 著五綵斒斕衣 為嬰兒戯於親(側?) 養極甘脆 言不称老爲親取食上堂 詐跌而偃 作小兒啼 以娯親 (斒)通閉友 (斕)離閉友 下線部は漢字がよくわかりませんのであてずっぽうです。 ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・5 王祥

    5番目の孝子は王祥。木に脱いだ服が掛けられ、割れた氷からは鯉が二匹顔を出す。この王道の構図はおそらくここから始まったんでしょうね。 氷を自分の体温で解かして魚を捕まえるという、画期的かつ無謀な漁法。命がけな親孝行。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 王祥 繼母人間有 王祥天下無至今河水上 一片臥冰模 王祥 魏時人 早喪母 継母朱氏 不慈数譖之 由是失愛於父母 常欲食生魚時天寒冰凍 祥臥冰上 氷忽自解 雙鯉躍出持帰供母 毎冰凍天暁 有人形臥冰上 今在肇慶府 ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・4 曽参

    4人目は曽参。お母さん、指は噛んでないのね。 座っている曽参。後ろに薪がなかったら朱壽昌と間違えそう。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 曽参 母指纔方噛 兒心痛不禁負薪歸未晩 骨肉至情深曾子 名參字子輿 其母一日有親客至 家貧无具 母齧其指參採薪山中 忽心痛即採薪以歸 跪母問其故母乃云云 ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・3 閔損

    3番目は閔損。左端で立っているのがお父さん。その右で膝をついているのが主人公の閔損。右側の女性は継子の閔損をいじめたため、子供二人を連れて追い出されそうになっているところです。 自分に冷たくあたった継母をかばう閔損。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 閔損 閔氏有賢郎 何曾怨晩娘尊前留母在 三子免風霜 閔損 字子騫 早喪母 父娶後妻生二子 母嫉損 所生子衣以綿絮衣損以芦花絮 冬日令損御車体寒失靷 父察知之 欲遣後母 損啓父曰母在一子寒 母去三子單 母聞之悔改遂成慈母 ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・2 漢文帝

    二番目は漢文帝。食事は味見してから母親の薄太后に渡します。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 漢文帝 仁孝臨天下 巍々冠百王漢廷事賢母 湯藥必親甞 前漢文帝 高祖之子 母薄太后 帝(本?)養无怠 湯藥(必?)見嘗而後進母 乃爲仁孝之賢君也 ーーー

  • 書籍/全相二十四孝詩選・1 大舜

    トップは大舜。素朴な絵ですね。鍬を持った少年と象、空には鳥。象は前を向いてます。 右側が大舜、左は明日ご紹介する漢文帝。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 全相二十四孝詩選 延平尤溪郭居敬撰 大舜 隊隊耕春象 紛紛耘草禽 嗣堯登寶位 孝感動天心 大舜至孝 父頑 母嚚 弟象傲 舜耕於歷山 有象為之耕 鳥為之耘 其孝感如此 堯聞之 妻之二女 譲以天下 ーーー 参考までに、こちらは鍥便蒙二十四孝日記故事・1大舜。象が振り向いてます。社寺彫刻では振り向いているものが多いです。 太田市長建寺の大舜。振り向いてます。見返り象さん。

  • 全相二十四孝詩選 郭居敬(1368-1424)

    明日からご紹介する郭居敬の「全相二十四孝詩選」。出版時期が1368~1424年ということで、これまで当ブログでご紹介してきた書籍の、どれよりも古いものになります。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 二十四孝 奉親詩選 郭 居敬作 二十四人行(孝弟) 百千萬載振綱(常) ーーー

  • 書籍/鍥便蒙二十四孝日記故事・24 黄庭堅(完)

    いよいよラスト。黄庭堅。この構図には既視感が。 これですね。19の姜詩。床下浸水中。 黄庭堅(左の絵)の母親は病床にいるはずなのですが、この絵の母親はシャンシャンしてそうに見えます。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 〇滌親溺器宋黃庭堅 號山谷 元祐中為太史 性至孝 身雖貴顯 奉母盡誠 每夕 親自為母滌溺器 未嘗一刻不供子職 詩曰 貴顯聞天下 平生孝事親 親自滌溺器 婢妾豈無人 全像二十四孝畢 ーーー shousin.hatenadiary.org 蔡順と黄庭堅のほかで、背景の構図が似てるものを集めてみました。 江革・姜詩・ゆ黔婁は違和感ありまくり~。 ーーー 鍥便蒙二十…

  • 書籍/鍥便蒙二十四孝日記故事・23 蔡順

    採取した桑の実を分別していた理由を賊に説明する蔡順。こっちの黒いのは熟してて美味しいから母親にあげるの。で、赤い実はまだ熟してないから僕が食べるの。 山の中のアジトとは思えない立派な室内。桑の実の入った籠が一つ。籠の前の四角い箱はお米だと思います。あと牛の肉。籠をもう一つ描いてほしかったと思いますね。 蔡順と黄山谷。間取りほぼ一緒。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 〇拾椹供親漢蔡順 少孤 事母至孝 遭王莽亂 歲荒不給 拾桑椹 以異器盛之 赤眉賊見而問曰 何異乎 順曰 黑者奉母 赤者自食 賊憫其孝 以白米三斗牛蹄一隻與之 詩曰 黑椹奉萱闈 啼饑涙滿衣 赤眉知順孝 牛米贈君…

  • 書籍/鍥便蒙二十四孝日記故事・22 黄香

    父親の布団を仰いで涼しくする黄香。 長袖で扇いでいたら汗だくでしょうね。労力に比べて布団が冷える効果は大して期待できないような。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 〇扇枕温衾後漢黃香 字文強 年九歲 失母 思慕惟切 鄉人稱其孝 躬執勤苦 事父盡孝 夏天暑熱 扇涼其枕簟 冬天寒冷 以身温其被席 太守劉護表而異之 詩曰 冬月温衾煖 炎天扇枕涼 兒童知子職 千古一黃香 ーーー shousin.hatenadiary.org

  • 書籍/鍥便蒙二十四孝日記故事・21 ゆ黔婁

    ゆ黔婁。祭壇の上の道具が不鮮明。おそらく燭台とか香炉みたいなものとか。 テーブルの脚、手前の一本が浮いてる・・・。なぜ室内の、こんな場所から北天の星に祈っているのか。 左の黄香も背景の窓や手前の床の二段積みレンガはほとんど一緒ですね。黄香も右足が浮いてます。どういう工程で挿絵が描かれたんだろう。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 〇嘗糞憂心南齊ゆ黔ろう 為孱陵令 到縣未旬日 忽心驚流汗 即棄官歸 時父疾始二日 醫云欲知「やまいだれに差」劇 但嘗糞苦則佳 黔ろう嘗之甜 心甚憂之 至夕 稽「桑頁(1字)」北辰求以身代父死 詩曰 到縣未旬日 椿庭遺疾深 願将身代死 北望起憂心 …

  • 書籍/鍥便蒙二十四孝日記故事・20 王祥

    裸で氷の上に横たわる王祥。左の人物はだあれ? 鯉二匹が氷の上に顔を出してますね。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 〇臥氷求鯉晋王祥 字休徵 早喪母 繼母朱氏不慈 父前数譖之 由是失愛於父母 嘗欲食生魚 時天寒氷凍 祥觧衣臥氷求之 氷忽自觧 雙鯉躍出 持歸供母 詩曰 繼母人間有 王祥天下無 至今河水上 一片臥氷模 ーーー shousin.hatenadiary.org

  • 書籍/鍥便蒙二十四孝日記故事・19 姜詩

    姜詩。水を汲まされている奥さんは画面の中にはいませんね。姜詩が手に持って母親に捧げているものは何でしょう。お皿に乗せた鯉? ↓こちらは初頴日記故事の姜詩と母。 姜詩の手元を拡大。これはサカナみたいですね。 鯉つながり(?)で、右は姜詩、左は王祥。 中国国家図書館•中国国家デジタル図書館ウェブサイトより 〇涌泉躍鯉漢姜詩 事母至孝 妻龐氏 奉姑尤謹 母性好飲江水 妻出汲而奉之 母又嗜魚膾 夫婦常作 召鄰母共食 舍側忽有湧泉 味如江水 日躍雙鯉 時取以供母詩曰 舍側甘泉出 時時雙鯉魚 事親如夫婦 萬古永留題 ーーー shousin.hatenadiary.org

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、小心さんをフォローしませんか?

ハンドル名
小心さん
ブログタイトル
二十四孝に会いに行く!
フォロー
二十四孝に会いに行く!

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用