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プロフィール
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iroha047さんのプロフィール

住所
大分市
出身
佐伯市

自由文未設定

ブログタイトル
いろはで歌うほとけの道
ブログURL
http://iroha047.livedoor.blog/
ブログ紹介文
「いろはにほへと…」の47文字に乗せて、ほとけの道をやさしく分かりやすく解説します。道に迷った時、悩んでいる時、何が幸せか分からなくなった時…ふと、このブログに立ち寄ってみてください。大分県大分市にあるお寺の住職がほぼ毎日更新中!
更新頻度(1年)

366回 / 365日(平均7.0回/週)

ブログ村参加:2019/09/24

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iroha047さん
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iroha047さんの新着記事

1件〜30件

  • お彼岸だ・誓願不思議・あればこそ・西岸助かる・不思議あるかな

     誓願とは不思議です。何故なら、誓願があればこそ阿弥陀如来の居る西の岸に住むことができるのです。それが不思議なのです。つまり、有難い事が、不思議です。この世の中で、不思議ほど正体がはっきりせず、そうは言うもの、有難いこともないのです。ご先祖さまは「西方丸

  • お彼岸だ・木魚たたこう・この時は・読経、念仏・応援するぞ

     普段から木魚を叩いている人は良いのですが、そうで無い人に。お彼岸の間だけでも、木魚を叩いて『心経』をあげたり、念佛を称えましょう。木魚の音に合わせて、喜んで、楽しんで、踊るのです。まるで、盆踊りのようにね。言葉で表すことのできない喜びを、踊りに表わすの

  • お彼岸だ・百千万の・人よりも・一人の先祖が・尊き人ぞ

     多くの人より、たった一人で良いです。それは、ご先祖さまです。大事にしましょう。大切にしましょう。ご先祖さま一人に真剣になりましょう。多くのご先祖さまには大変で、真剣になれません。故に、一人だけを大切にと言いました。我々の知らぬところで、真剣に唱えた念佛

  • お彼岸だ・笑顔で仏に・お念仏・仏も笑顔で・ともに合掌

     仏さまに笑顔で手を合わせましょう。そして、念佛を称えましょう。仏さまも笑顔で答えてくれます。ともに幸せになります。それ程に笑顔と言うものは、有難いものなのです。お念仏を称えたら、さらにありがたくなり、お彼岸の良さが現れます。念佛を称える人、聞く人が、一

  • お彼岸だ・信ずる心の・奥を見る・念仏称える・その口に阿弥陀

     お彼岸の間に、お彼岸を素晴らしく思い、信ずる人の心の奥を見ると阿弥陀さまがいます。それほど、お彼岸の間に念佛を称えると言うことは有難いものです。念佛も有り難いのですが、念佛を称える時に使う口も有り難いのです。その口にこそ、阿弥陀さまがいるのです。

  • お彼岸だ・弥陀の名号・称えつつ・浮かぶ光明・我が身も洗う

     阿弥陀さまの名号は、ご先祖さまのためだけではないのです。この世にいる、この私が、身も心も洗うことができて、有難いものなのです。特に、お彼岸間は、そうなのです。『オン・アミリタ・テイセイ・カラ・ウン』 阿弥陀如来の真言です。私たちに、大きな光明を授けてく

  • お彼岸だ・恵みの雨も・大事なり・草木を育て・恩を表す

     お彼岸とは、恵みの雨のようなものです。飲む水を増やし、育てる野菜や草木を育てます。「恵む」ですが「芽ぐむ」と言う言葉もあります。情けやあわれみをいただくことが、恵む。春になり芽を出しかかるのを、芽ぐむと言います。両方とも、授かっている恩を言っているので

  • お彼岸だ・唯一無二(ゆいいつむに)なる・仏さま・ご先祖さまも・同じことなり

     仏さまは、私たちに対して「別々なもの」と言う感触を持っていません。区別が無いのです。一つなのです。これと同じ考えを、ご先祖さまも持っています。具体的なことを言いますと。ご先祖さまは「血液」として、私の身体の中にいます。仏さまは、心として、私たちの中にい

  • お彼岸だ・境遇(きょうぐう)大事・それだけに・先ずすることは・自分の心か

     お彼岸では、身の置き所の大切さを教えます。どのような地位や立場に置かれているかを、よく理解することが大切です。仏さまやご先祖さまを無視してはいけません。ですから、先ずすることは自分の心を改めることです。それが、彼岸供養なのです。生きている私たちのために

  • お彼岸だ・さてもさても・かたじけない・我と先祖が・ともに称える

     ご先祖さまと私は、いつの間にか、さても・さても・かたじけないと唱え始めました。これで、良いお彼岸を迎えることができました。こう言う時に称えるお念仏「南無阿弥陀仏」は、本当に尊い物です有難いものです。私とご先祖さまは共に「南無阿弥陀仏」と称えるのです。こ

  • お彼岸だ・案ずるよりも・生む安し・渡る世間は・阿弥陀一声(ひとこえ)

     お彼岸とは、ご先祖さまだけでなく、どのようなことでも、例えば、私たちのことでも、案ずるより生むが安しです。ですから、元気を出して念佛を称えましょう。念佛を積んで、厳しい世間に負けぬ力を生みましょう。物事の渡りを得ることを、得度と言います。仏さまの弟子に

  • お彼岸だ・転成(てんせい)智慧の・お念仏・ただ称えるは・南無阿弥陀仏

     お彼岸の間に、念佛を称えれば、全ての災いや失敗ごとも、皆有難い智慧となります。失敗は成功のもととなるのです。ご先祖さまも喜びます。辛い、悲しいと言う言葉はいりません。全てが智慧により転成するのです。それは、転生(てんせい:生まれ変わること)することです

  • お彼岸だ・笑顔で仏に・お念仏・仏も笑顔で・ともに合掌

     仏さまに笑顔で手を合わせましょう。そして、念佛を称えましょう。衆生が笑顔で念佛を称えると、仏さまも笑顔で答えてくれます。ともに幸せになります。悲しく、辛いことがあっても、お彼岸の間は、笑顔で仏さまに会いましょう。すると、ご先祖さまも、私たちの笑顔を見ま

  • お彼岸だ・ここに居るぞと・親の声・唱える念仏・親子の声ぞ

     お彼岸間に、念仏を唱えますと「私なら、ここに居るぞ」と親(仏さま)の声が聞こえます。仏さまとお互いが無事であることを喜び合うのです。仏さまと心と心を結ぶのは、念佛です。ご先祖さまと心と心を結ぶのも、念佛です。親が子に声をかけ、子供は親に救いを求める声をか

  • お彼岸だ・風鐸(ふうたく)なるか・霊前に・風も吹け吹け・音が念佛

     お寺参りをした時に、屋根の四隅に鈴を下げています。風鐸と言います。ご先祖さまも、本堂で落ち着いていると思います。そして、彼岸の時期になると、子供たちが次から次とお参りをしてくれますから、多くの念佛を聞きます。更に、風の吹いた時の音までが、称える念佛に聞

  • お彼岸だ・現生(げんしょう)きついと・思うなら・後生(ごしょう)大事の・ご先祖供養

     今生きているこの世がきついと思ってはいけません。今を耐え忍ぶと、生まれ変わる後生が楽になります。いや、仏さまが楽にしてくれるのです。現在があるから、未来もあるのです。今は、ご先祖供養をする身ですが、来世になると供養をうける明王と成ります。しっかりと子や

  • お彼岸だ・迷える心を・落ち着かせ・道を教えて・光り与える

     お彼岸と言うのは、ご先祖さまの供養だけではありません。生きている私たちの、迷う心を安定に導いてくれる時でもあります。八十八ある道を、迷うと言うのです。多くの道の中から、一つの道を選び、進んでいかなくてはなりません。その時に、道を教えてくれるのが、ご先祖

  • お彼岸だ・山越えするか・念佛で・心経つんで・谷を渡り行く

     お彼岸です。禍や災難を失くす為に、「南無阿弥陀仏」の念佛を称えねばなりません。『般若心経』も称えなければいけません。それはちょうど、幸せをつかむ為に、山を越え、谷を渡るのと同じです。そう言う時も、仏さまやご先祖さまも見守ってくれています。お彼岸とは、生

  • お彼岸だ・苦難重なる・その中で・心配するな・楽に変わるぞ

     苦労や災難が続く中にあっても、お彼岸を迎えれば大丈夫。全ての災いや災難は無くなります。ご先祖さまが救ってくれるのです。ご先祖さまが目に見えないものを、取り除いてくれるのです。だからご先祖に手を合わすのです。ご先祖さまの供養とは、私たちの災難を失くす為の

  • お彼岸だ・往還(おうかん)の道・歩きつつ・念佛一つ・有難き道

     この世界と極楽世界を往復して感ずることがあります。何が有難いと言っても、念佛にかなうものはないです。ご先祖さまが言いました。ご先祖さまは、彼岸になると、あの世とこの世を生き返りをします。行く道・還る道に関係なく、上り道・下り道に関係なく、念佛を称えなが

  • お彼岸だ・野仏(のぼとけ)なるか・無縁さま・我に縁あり・有縁となるか

     お彼岸の時には、無縁仏の供養を必ずします。「無縁」と言えば、縁が無いと言うことになります。そこで思うことは「無数」です。数がないことではなく、数が無限にあることですね。それでは無縁も、縁が無限にあることと理解しても、誤りとは言えません。平安時代やさらに

  • お彼岸だ・一心不乱に・唱えれば・慈悲の念仏・智慧の念仏

     お彼岸の間だけは、ご先祖さまのために一生懸命に念仏を唱えましょう。また、一心不乱に唱えれば、それが慈悲の念仏となり、やがては智慧の念仏となるのです。仏さまから、慈悲と智慧をいただくのです、私たちが。正に仏さまです。それを知って一番喜ぶのがご先祖さまです

  • お彼岸だ・右往左往(うおうさおう)の・この心・手合わす中に・修(おさ)めしのばす

     お彼岸だと言って、私たちの心が右往左往することは、ご先祖さまが歎きます。人に聞いて供養するのは止めて下さい。あなたのご先祖さまが喜ぶことをして下さい。色々なことをする前に、ゆっくりと仏壇に手を合わせ、先ずはあなたの心を落ち着かせて下さい。昔の思い出を楽

  • お彼岸だ・無量の徳を・今受けて・感謝の言葉・南無阿弥陀仏

     お彼岸の間に、念佛を称えると、たくさんの徳を授けてくれます。ありがたいものだ。ご先祖さまに称えた念佛も徳に姿・形を変えるのです。いや、仏さまが変えてくれるのでしょう。仏さまの慈悲の力が、そうしてくれるのでしょう。故に、仏さまに感謝をしましょう。そして、

  • お彼岸だ・落葉なれど・それもまた・新修起こす・我の心ぞ

     秋のお彼岸。淋しいですが、落葉を経験しなければなりません。落葉も、植物にしてみれば、成長なのです。何よりも、新しい芽を出して、新しい花をつけ、新しい実を作り上げる、準備なのです。私たちも、いつも同じ修行をするので無く、新しい願いごとに合わせて、新しい修

  • お彼岸だ・南無阿弥陀仏・ありがたし・佛を拝み・我も助かる

     南無阿弥陀仏は有難いです。特にお彼岸の時の南無阿弥陀仏は特別に有り難いのです。その期間は、本当に私が助かる時でもありますから。ご先祖さまも、助かる時なのです。「仏さま」と「ご先祖」と「私」は、正三角形の頂点です。一つを助ける為に、他の二つが力を合わせる

  • お彼岸だ・念仏称える・衆生にも・念仏いただく・ご先祖さまにも

     お彼岸間に、念佛を唱える人、つまり私たち衆生も、念佛をいただく人、つまりご先祖さまも、仏さまがきちんとした功力を授けてくれます。ですので、仏さまに、全てを任せましょう。何も考えずに、ただ念佛を称えれば良いのです。仏さまが積み上げられた念佛を、上手に使い

  • お彼岸だ・仕(つか)え導(みちび)く・心なる・我を見守る・ご先祖さまか

     春と秋。年に二回のお彼岸です。その時に、私たちは何をして、何を思うか?お彼岸と言えば、ご先祖の世話をやることと思いがちです。実際にそうかも知れませんが、仏さまの思いを聞いてみると、どうもそればかりではありません。私たちの、目的の成就が、実は彼岸に渡るこ

  • お彼岸だ・即身成仏・これあるぞ・念仏成仏・これもあるかな

     この身がそのままで、仏さまに成れます。そのことを、即身成仏と言います。もう一つあります。念佛を称えると、直ちにそれが仏さまに成るのです。それを、念佛成仏と言います。二つの共通することは何かと言うと「心」です。心の持ち方が美しいのです。つまり、仏さまは、

  • お彼岸だ・蓮華座つくり・ふし拝み・いつの間にやら・手合わす姿

     お彼岸になれば、仏さまが蓮華座を作ります。お不動さまの頭の上に乗せる為に、作るのです。私たちやご先祖さまを、その座にすわらせるのです。つまりは、助けると言うことです。私たちはそう言うこと知らなくても良いのです。お彼岸を迎えたら、ただ手を合わせて、ご先祖

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