プロフィールPROFILE

iroha047さんのプロフィール

住所
大分市
出身
佐伯市

自由文未設定

ブログタイトル
いろはで歌うほとけの道
ブログURL
http://iroha047.livedoor.blog/
ブログ紹介文
「いろはにほへと…」の47文字に乗せて、ほとけの道をやさしく分かりやすく解説します。道に迷った時、悩んでいる時、何が幸せか分からなくなった時…ふと、このブログに立ち寄ってみてください。大分県大分市にあるお寺の住職がほぼ毎日更新中!
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60回 / 51日(平均8.2回/週)

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iroha047さん
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iroha047さんの新着記事

1件〜30件

  • 恐ろしや・夢に向かって・計画を・「鼻」に匂うが・形を見せる

     美しい花を匂う時、ゴミを臭う時では、「におう」と言う字が違います。しかし美しい花も枯れると臭うとなってしまいます。鼻は一つですが心の状態により違うのです。だってそうでしょう。花でも好きな花は匂いますが嫌いな花は臭うのです。心により、くるくる変わるのが私

  • 留守をする・心なれども・思いつく・人の話を・「耳」にいただく

     聞くものも何事も素晴らしい《美々(みみ)》の時もありますが、先を知れない《未未(みみ)》の時もあります。つまり、《聞く》が《聴く》時もあれば、そうでない時もあるのです。話をする相手や、聞く内容で、聞く時もあれば聴く時もあるのです。耳に門を立てる時、耳に

  • ぬかるんだ・我が目当てをば・紙に書く・読む「眼」もいつか・真の姿を

     目に艮(うしとら)が付き、眼となりました。艮とは、もとる・止まる・難しいと言う意味があります。目を使い色々なものを見ますが、《良》ではなく《艮》です。何とかすると心で見ると思います。観る・視る・看る・診るとなるのではないでしょうか。良い物や良い人が有れ

  • 理屈より・五体満足・求めつつ・「五蘊皆空(ごうんかいくう)」・求めなくなり

     色受想行識を《五蘊》と言います。色は物と身体。受は感受作用。想は心に浮かぶ姿や形。行は意志で心の作用。識は区別して認識することです。つまり、色が物質的な物で、受想行識が精神的な物を表します。以上の物が心身ともに、みな空であると言うのです。目の前に有る物

  • 力添え・「無」に始まりて・「無」に終わる・どう言うことかは・自分で決めよ

     色受想行識の無に始まり、苦集滅道の無に終わるのです。心や体の働きを全て無で表しました。自分の働きを全て正しいと下の人のそれを間違いと決めることを無と言う言葉で、否定しているのです。無いと言うのではなく、自分以外の考えを受け入れないことを否定しているので

  • 突然に・物の荷物を・軽くして・「不」で重ねるは・全ての荷物

     仏教の『中論』では《八不》が説かれます。不生・不滅、不断・不常、不一・不異、不去・不来です。これに対し『般若心経』では不生・不滅、不垢・不浄、不増・不減です。これは物の状態を否定するのではなく、どちらかに捕らわれることを否定しているのです。不上不下、不

  • 変なこと・互いに認め・思うこと・誉(ほ)め合い支える・「不異(ふい)」と「即是(そくぜ)」は

     水は氷と異ならず、氷は即ち是れ水なり。でも、やはり違います、氷と水は。我々は使う立場で、水と氷を見ます。仏さまはそれの本質で見るのです。H₂Oと。このことは見る立場で物事は違って見えることを教えているのです。人の見方に自分を置いて見ることが大事なのです。

  • 他にない・開拓(かいたく)するぞ・人生を・拓(ひら)く「苦厄」が・楽のもとなり

     苦労や厄難を恐れることなく、嫌うことなく、受け取りましょう。苦は楽の種です。種ですから撒きましょう、畑に。畑に撒くとは、仏さまに願い始めることです。撒いた種が花を着けます。水をあげて世話をしたからです。これをお行と言います。やがて花をつけ、実もできます

  • 忍耐は・やってみること・思い切り・夢見るなかれ・「照見(しょうけん)」すること

     どんな事でも、我慢をしてみるのです。嘆くこと無く我慢をするのです。それが忍耐です。照見とは、照らし見ることです。見極めることで、仏教の言う《さとり》に通ずるものがあります。決して夢ではありません。この世を生き抜く中に経験する苦しみを耐えて、仏さまと共に

  • 腹の中・得意なことを・探し出せ・力を注げ・「般若(ちえ)」が生じる

     般若とは、智慧のことです。知恵とは違います。知恵は文字や言葉で表すことができますが、智慧は心に現れた言葉なのです。すから言葉に表せば、その時点で智慧から知恵へと成るのです。つまり仏さまの言葉、我々が持つ仏さまの言葉を、智慧と言うのです。「般若波羅蜜多」

  • 論ずれど・心にかなう・ものは無し・話して知るか・動いて悟るか

     いくら経本の内容を話した所で、真実は一人一人が皆違います。「大好きな花」が一人一人違うように。般若心経の素晴らしさも皆違うのです。読むたびに有難き場所が異なるのです。花の周りの景色によって好きな花が違ってくるのです。身体が動く時・止まる時、心が動く時・

  • いくたびも・称えるお経・「心経」か・その時により・違うぞ教え

     本日より、新たに「般若心経のいろは歌」をはじめます。 いつもと変わらぬ経本を読み、変わりの無い読経をするようにありますが、実は、その日その時の心に合わせて心経の内容は変わっているのです。その違いを正確に聞き分けてくれるのが仏さまです。無限の教えと無量の

  • 仏教は・ん!喜びは・ここに在り・いかなることも・喜び一番

     一番の喜びごとは、喜ぶことです。何でも良いです。喜びましょう。最初は嘘の喜びでも良いです。だんだんそれが本当の喜びごとに変わってきます。だから、喜ぶことが真の喜びを連れてくるのです。今、ここに有るものを、何であろうと、喜ぶのです。それが仏教の始まりなの

  • 仏教は・好きこそ物の・上手なれ・捨てる事無く・拾い喜べ

     何事でもそれを好きに成れば、上手に成るのです。ここで考えてみました。①空(す)きこそ・・・お腹が空いてる時は全てが美味しくなります。②透(す)きこそ・・・小さな空き間に油断をしては、と言うことです。持っている物は簡単に捨てずに、拾ってみようと言うことで

  • 仏教は・善は急げと・言うなれど・急いては事を・仕損ずるとも

     「善」は急げと言いますが、「前」は急げとあわてることがあります。急いでは物事を仕損じるのです。あわててはいけません。善い事に早く気が付き、それを為せと言うのがこの言葉です。『十善』があります。①不殺生②不偸盗③不邪淫④不妄語⑤不綺語⑥不悪口⑦不両舌⑧不

  • 仏教は・桃栗三年・柿八年・修行の年も・同じ程にか

     結果が出るまで、思い以上の時間がかかります。種を蒔き芽が出てから実を作るまで桃や栗は3年で、柿ともなれば8年かかるのです。仏道の修行も同じではないでしょうか。「唯識(ゆいしき)三年倶舎(くしゃ)八年」と言う言葉があります。唯識とは、全ての表れの根本は心

  • 仏教は・他人(ひと)に七癖(くせ)・我は八・ひとつ多きを・気付くが悟り

     無くて七癖。人は癖が無いように見える人でも、良く見れば七つくらいは有るものです。しかし、仏さまを信じる人は、八つあるのです。癖の多い人だと思う時、自分はあの人よりも多いのだと言う反省をして癖の多い人から、長所を探し出すのです。探す心が悟りなのです。人を

  • 仏教は・閻魔(えんま)に舌を・抜かれたる・嘘(うそ)をつくなよ・仏さまには

     人間に対し嘘をついても、舌は抜かれません。しかし、その事が閻魔さまに知られると、残念ですが舌を抜かれてしまいます。ましてや、人間に対してでなく仏さまに嘘を言うと、絶対にダメです。しかそう言いながらも、仏さまは許してくれる時もあります。「嘘から出た誠」・

  • 仏教は・知らぬが仏・見ぬが神・煩悩断ちて・覚らせるまで

     知れば腹の立つこと、目に見えて腹の立つこともあります。それ故、知らない時は仏さまのようになるのです。仏さまは、人が腹を立てるのは煩悩があるからだと言います。しかし、その煩悩はなかなか無くなるものではありません。煩悩を断つとは、無くなることではなく、心の

  • 仏教は・実る稲田(いなだ)は・頭(あたま)垂(た)る・人に挨拶・仏に感謝

     もし、あなたが実った稲に成り実を付けたくなったら、頭を下げなさいと言う教えです。身の回りの多くの人たちにきちんと挨拶をするのです。心のこだわりや疲れを取り除いて下さる仏さまに、感謝をするのです。挨拶・感謝を積み重ねると、稲穂は実り、あなたが頭を下げたよ

  • 仏教は・目は口ほどに・ものを言い・仏に頼む・助けたまえと

     眼は心の窓であり、口で話すのと同じくらいに、いやそれ以上に気持ちを相手に伝えることができます。ですから、目は心の鏡であるとも言われます。ですから、口で願わず眼で願いましょう。眼を閉じていても仏さまには目が良く見えるのです。助け給えと真剣にすがれば、心の

  • 仏教は・夢に夢見て・道を行く・人に語るな・心覚めさせ

     たとえ厳しい状態にいても、そして、それを人が夢だと言っても、その夢を信じて道を行きましょう。一つ一つの夢の説明をする必要もありません。でもね、心が夢を見ていることは、心の眼を覚まさして下さい。心だけはいつもどのようなことがあっても、真実を見るようにしま

  • 仏教は・聞いた百より・見た一つ・聞かぬが仏・聞けば聞き腹

     何事も、百回聞くよりも一度でも良いです自分で見て下さい。そして物事の判断をして下さい。嘘やうわさを聞くよりも、何も聞かない方が幸せです。いや、聞かないことは幸せへの出発です。聞くと見るとは大違いとは、このことを言うのです。私たちは、聞いて極楽、見て地獄

  • 仏教は・三人寄れば・文殊知恵・ならば人寄せ・智慧をもらうぞ

     人が三人集まれば、文殊菩薩さまに等しい知恵をさずかるそうです。三人の意見のどれが素晴らしいかと言うことではなく、三人の知恵をかえりみて、四番目の意見を思いつくことです。それを知恵と言うのです。だとしてら多くの人の意見を基にし、新しい考えに思い付くことが

  • 仏教は・後(あと)の百より・今の十・今の心が・念ずる力

     分からぬ未来に夢を持ち、後半を期待して今の努めを辞めてしまうのです。これではいけません。今の心を大切にしましょう。今の心の仏さま・・・念佛です。今、あなたは仏さまに導かれているのです。今が大切なのです。今の心が大切なのです。今の心を仏さまに伝えることが

  • 仏教は・適材適所(てきざいてきしょ)・人見れば・天上天下・唯我独尊

     その人の持つ才能を、それにふさわしい箇所に置くと、さらに素晴らしい者となるのです。この世界の中で、ただ私一人が尊いのです、と言ったお釈迦さま。これは自分で自分の事を言ったのではなく、全ての人の事をこう言ってくれたのです。唯我独尊の「我」とは、あなたの事

  • 仏教は・縁なき衆生は・度し難し・縁があるなら・痘痕(あばた)もえくぼ

     仏教の世界でも、縁のある人にくらべ、縁のない人は助かりにくいのです。度し難しの度は「渡」と思って下さい。苦しみの世界から安楽な世界へと渡すのです。仏さまと縁があると、私たちの思いや行いが喩え悪い物でも、良く見てくれるのです。いや、仏さまが悪い物を良い物

  • 仏教は・この世の旅は・二人連れ・一人はあなた・一人は仏

     「同行二人(どうぎょうににん)」と言う言葉をご存知ですか?。仏さまの教えを信じ、自分だけでなく共なる人が存在すると言うことです。親子の二人・夫婦の二人・友達同士の二人等です。でも思います。四国八十八ケ所を回る時は、弘法大師さまと私の二人と思っても良いの

  • 仏教は・船に乗れれば・船頭(ひと)任せ・船は帆(ほ)任せ・帆は風任せ

     願いごとを仏教で頼んでも、直ぐに気に入った結果は来ないことがあります。それは、救けの船に乗っても、船は船頭さまに運転を任せねばなりません。その船頭さまも仏さまの頼み、風に頼まなければなりません。目的地に向かい風が吹くように願いましょう。船が仏さま、船頭

  • 仏教は・喧嘩(けんか)過ぎての・空(から)威張り・頼む一念・献花のもとよ

     仏教では理論や道理の上での言い争い、つまり喧嘩はどうでも良いことです。空威張りをしているだけですから。それよりも、頼む心を大事にし、修行の心を大事にすることが大切です。自分の心を落ち着かせるための献花の方が素晴らしいのです。喧嘩は「空(から)」ですが、

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