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プロフィール
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エイミさんのプロフィール

住所
豊島区
出身
東京都

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ブログタイトル
エイミスピリット
ブログURL
https://pr.fc2.com/eimispirit/
ブログ紹介文
哲学と社会について語ります。主な目的は新しい倫理の確立です。私の道徳観は大半の人々にとって受け入れ難いものがあるでしょうが新しい倫理の提唱によって人類に寄与したいと考えています。その他に生活雑記など日々感じたことを率直に記すことにします。
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94回 / 365日(平均1.8回/週)

ブログ村参加:2019/09/14

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エイミさんの新着記事

1件〜30件

  •  夢の主調音は様々である。束の間の幸福感、不可思議・不条理、言いようのない不安、欲望のシンボル、幼年時の記憶、極限的恐怖、体感のシノニム ..... ◇私は古い家屋の周りを歩いていた。通路はとても幅の狭い道で、地面はひどく土埃がしたかと思えばぬかるみで歩くのが難儀な場所だった。外周にはなにも無いはずなのに壁で遮られているような圧迫感があった。いつまでも続くかのような、その通りは鬱蒼として私はなんのた...

  • 九月下旬

    東京では酷暑も終わり、涼しい秋が訪れつつある。しかし、まだ油断は出来ない。我々は今、季節のどのへんに居るのかわからなくなっている。昨年今年と二年続きで梅雨明けが大幅に遅れ、台風がいつやって来るやも知れない。あれ、今年は西瓜を食べたっけ?家族に訊いてみたが、どうだったかなぁという声しか返って来ない。私も一瞬忘れていたが、かろうじて一度だけ西瓜を食べていたのである。例年、巣鴨や江戸川橋に食べに行く鰻は...

  • 政見断章

    昭和から平成にかけての時代に安竹宮と称された安倍晋太郎・竹下登・宮澤喜一が三人手を取り合っている写真を数年前に見たことがある。それは竹下が政権を握った直後に撮影したと思われるもので、勝者となった竹下が中空を見つめるかのように毅然として真ん中に立つ姿とは対照的に、両端の安倍と宮澤が平静を装いながら何気に敗者の落胆を隠せないでいる弱々しい表情が印象的な写真であった。あたかもその三人は現代の菅・岸田・石...

  • 岸 信介

    巣鴨に収監されていた日々を振り返った岸信介は「牢屋で夢精していたのは俺だけだった」と豪語したと云う。これは、所謂、岸伝説である。検察畑から首相にまで上り詰めた平沼騏一郎は牢屋で泣き叫び、他の多くの被疑者・被告人たちの殆ども意気消沈し、我が身の運命を悲観して女々しく嘆息をもらしてばかりいたが、岸だけは生きる気力がみなぎっていたということであろう。結果として岸は不起訴となり、極東軍事裁判で裁かれること...

  • 嫌いなもの

    最近、シャインマスカットという品種(?)の葡萄をよくみかける。ネット上でもスーパーマーケットなどの巷でも葡萄と言えばもっぱらシャインマスカットがもてはやされている。母が一度試しに買ってきたものを食べてみたのだがなんともしっくりこない風味である。ひどく不味いというわけではないが値段のわりに、評価の声が大きいわりに、大したこともない代物なのである。”マスカット”で検索するとシャインマスカットばかりが出て...

  • 夏の料理

    茄子の煮浸し茄子を四分割の櫛形切りにし、皮側に斜め格子状の切り込みを入れる。胡麻油をフライパンにひき、生姜のみじん切りを入れて香付けしてから茄子を炒める。茄子の身が柔らかくなったら、醤油・みりん・酒・砂糖の混合調味料で数分煮込んでから火からおろす。暫く置いて味を染み込ませてから盛り付けをする。焼き茄子これは思いのほか簡単な料理である。ヘタを残してガクを取り除き、皮に縦方向に切り目を入れる。切り目が...

  • 極暑と社会

    依然として猛暑が続く日本の夏である。八月上旬に暑さのピークとなるなどと気象庁が安易なことを言っていたがとんでもない話である。九月になっても40度を超す地域さえある。東京の夏はヒートアイランド現象も相まって格別に暑い。都市開発は緑を減らし、既存の東京住民の生活便宜を奪ってきた。インフラの拡充もその大半は増加する東京人口や隣接県住民の東京エリアの利用のためである。我々既存東京住民の負担する固定資産税と...

  • 原作に目を向けること

    アルプスの少女ハイジアニメとして広く知られるこの作品はハイジとクララが前景化されているが、原作のテーマとしては、ハイジの祖父である おんじ が主人公と言ってもよい。原作は神から遠のいた老人が信仰を回復するまでの過程を描いた改革派の教養小説であるのだが、日本のアニメは宗教的色彩を取り去ってしまった。これは視聴者が日本人であるのだから当然の考慮であるのだが、原作通りのディテールにしたとすればカトリックで...

  • 蝉の声

     今年は蝉の声をあまり聴いていない気がする。全く聴いてないわけではなくて何度か賑やかな声が近所から聴こえては来たのだが例年よりかは蝉の声を堪能してはいないのである。蝉の声があまり聴かれないわけは、今年の梅雨明けが遅くなったこと、コロナ禍で外出する機会が例年より減ったということ、そして猛暑が続いたということが影響しているように思えてしまうが、原因は単に蝉の発生のサイクルに起因するだけなのかもしれない...

  • 内海桂子・好江

     今朝ツイッターにログインして内海桂子さんが亡くなったことを知った。内海さんのアカウントを拝見すると四月半ばまでツイートされていた。毎日欠かさずにびっしりとお書きになっていて、観察力と見識に脱帽した。226事件についても言及している。大昔は佐藤栄作にしろ岸信介にしろ日記をつけている人が多く、著名人の生きた足跡が日々の何げない書き付けによって残されている。そんな他愛もないものが歴史を常に補足し続けて...

  • オムライス考

    オムライスは好物で自分でも家の台所でよく拵える。私の作り方はこんな感じだ。まずはトマトチキンライスを作る。米を洗い、炊飯器の内釜の目盛に合わせて水を注いでから吸水させる。玉ねぎのみじん切り、マッシュルームのスライス、ピーマンの千切り、細かく切った鶏肉をフライパンで炒める。砕いたブイヨン、ケチャップ、炒めた具材を内釜に入れて米と撹拌させてから炊飯する。鶏卵を二個ボールに割り入れ、塩を少々加えてから菜...

  • 遅延した死

    裕次郎: ではまいるぞ和尚、女とは宇野 : 宝よ。裕次郎: では男とは宇野 : 子供よ。しからば問う裕次郎、喜びとは裕次郎: 呑むことよ。宇野 : 悲しみとは裕次郎: 悲しいなぁ。これは松竹梅のCMにおける石原裕次郎と宇野重吉の対話である。途中までは完結的に(モノローグとして)順調に進めていた禅問答が最後に破綻している。これは主体の分裂の一種とみていい。空になった徳利を振りながら酒が切れたことを嘆いて悲...

  • 短いプロポ(3)

    現象哲学で語られる現象という概念が最初理解しづらいのは科学で論じられる現象と異なるからである。前者は人間の認識力への懐疑を前提とするが後者にはそのような前提は無い。毛細管現象や浸透圧現象が哲学上の現象と同次元で語られることはない。プラトンのイデアやカントの物自体のような本物が在る一方で我々が認識しうるのは現象に過ぎないというのが概ね西洋哲学の根底に在り続けて来た。こうした此岸と彼岸の如き二元論は2...

  • 最近の気になるCM(29)

    bitFlyer 乃木坂46 齋藤飛鳥仮想通貨について知ろうとしている飛鳥。「だってCMに出るってそういうことでしょ」これはCMに出演する態度としては至極真っ当なスタンスなのだろう。かつて小林亜星はサービスの質に感銘して「パッ!とさいでりあ」のCM出演を自ら申し出たと云う。しかし実際にCM出演者がそのCMの商品・サービスを評価し現実の生活で積極的に利用しているかどうかはわからない。唐沢寿明はミツカ...

  • 「暑いですね」

    暑い。これは夏であれば誰もが口にする言葉だ。「やぁ、暑いですねぇ」道すがら知人に出くわした際に、これが挨拶代わりとなる。昨今のように熱中症が夏の深刻な問題となり、さらにコロナ禍が追い打ちをかける今夏にあっては、「暑い」という言葉がマスクの内側にひっそりと置かれたまま発せられることもないのだが、それでも暑いという言葉が我々の意識から消え失せたわけではあるまい。挨拶に「暑いですね」と言うことは、その言...

  • コロナ禍の大学病院

     病院に祖母を連れてゆくのはここ数年来、私の役目となっている。それは、私が一番に時間の融通が利くから、というのが当初の理由であった。この取極めは私の家族と叔父の家族との間の空気に因るものであるが、なによりも祖母自身が私を指名する。祖母が通院や入院の際に求めているのは義務的な付き添いではなくて、自分の話相手なのである。最近の大学病院ではコロナ禍の事情で紹介状のある人や従来からの継続通院の患者に限定し...

  • コロナ禍のビーフシチュー

    最近はすっかり外食の機会が少なくなり、家で料理を作って食べることが多くなった。池袋のデパ地下街まで食材を買い求めには行かず、近くの店で済ますようになった理由は、初動としてはコロナ禍に起因してのものであったのだが、しだいにコロナ禍を口実とする出不精に移行してきた。食材を入手できる店で家から最も近い店は小さなスーパー(東京ではこのような撞着語法で表現せざるをえない店が存在するのである)であり、もともと...

  • 七月の憂鬱

    近所の立教大学に雹が降り、落雷に因る倒木騒ぎが起きたのは3年前(2017年)のことであった。世の中のテレワークに3年先立つかのように自宅勤務となり、その年の前年(2016年)の多忙な勤務とは対照的な生活を始め、解放感で一杯であった私にとって、この騒ぎはむしろ愉快なものにすら感じられた。翌年2018年はオウム真理教の麻原彰晃ら13名の死刑が執行された年であった。死刑を課すに満たない者達が死刑囚の半数...

  • コロナシチナ(7)

    概況七月を迎えコロナ禍の時節も半年の月日が経とうとしている。コロナ禍の状況を一言で言うと、政府・行政の対応も世間の反応もチグハグだ、と言うことだ。政府の緊急事態宣言が解除される一方で東京都では小池都知事が東京アラートを発令していた。自粛疲れなどという言葉が流布し、都知事の警戒を尻目に人々がデパート等の公共の場に押し寄せるようになり、そうこうしているうちに東京の感染者数の増加がぶり返してしまった。こ...

  • 北野と大江の男色

    北野監督作品の『座頭市』を久しぶりに観た。「座頭市」のストーリーは、主人公の市が、悪者に虐げられてきた人々と偶発的に出会うことによって始まり、彼らの人となりに共感を抱き、彼らと穏やかな生活を過ごすうちに義憤が芽生え、彼らの抱えている積年の思いを彼らに成り代わり果たす、つまりは悪者達を成敗することで帰結する。市が刃を抜いて悪者集団を壊滅させる時点において市は束の間の日常をともに過ごした人々のもとを去...

  • 生活圏

    高校入学以来私の生活圏は池袋郊外である。立教大を中心とする西池袋界隈を経て緩やかな祥雲寺坂を下り要町交差点からさらに西進し、有楽町線沿線の要町・千川・小竹向原駅界隈が生活圏の中心、南は目白や西武池袋沿線の椎名町・東長崎辺り、北は板橋の大谷口や大山辺りが生活圏の外周である。東京23区の中でもとりわけ交通の便は良い。東京メトロ有楽町線・丸ノ内線・副都心線、JR山手線・埼京線、東武東上線、西武池袋線、都...

  • リンク:夫の半生の動線

    夫の半生の動線(1)https://eimispirit.blog.fc2.com/blog-entry-1053.html夫の半生の動線(2)https://eimispirit.blog.fc2.com/blog-entry-1075.html夫の半生の動線(3)https://eimispirit.blog.fc2.com/blog-entry-1091.html夫の半生の動線(4)https://eimispirit.blog.fc2.com/blog-entry-1101.html夫の半生の動線(5)https://eimispirit.blog.fc2.com/blog-entry-1119.html夫の半生の動線(6)https://eimispirit.b...

  • 短いプロポ(2)

     ◇ポジティブシンキングは一生を無為にしてしまいかねない代物である。依存してはならない。それはせいぜい悲観的(ネガティブ)に考えてはいけませんよという警告の意味でしかないのである。考えることは喜びと悲哀の両立でなくてはならない。 ◆イルミナティ、フリーメイソン、新興宗教などの社会的存在の意義の最大公約数は、集団で群がっていないと寂しいということだけである。その一方で「宗教」は罵倒語になり得る...

  • 苦痛

    苦痛は身心が感ずる否定的経験である。私が今考えてみた、この「苦痛」の、ヘーゲル風定義がどれだけの出来具合かは心もとないが、苦痛を伴う事は深刻だ。それこそが我々の人生の苦悩に直結するからである。苦痛について改めて考えるにあたり、まずは二組の分離が必要となる。一つは苦痛を苦しみと痛みに分けること、もう一つは身心を身体と精神に分けてみること。前者は端的に言語上の操作として捉えることが出来るが、後者は少々...

  • 餃子

    餃子の焼き方は多くのレシピで次のように説明されている。 ・フライパンを強火で熱してから餃子を入れる ・餃子が半分ほど浸るまで水を入れる ・ふたをして強火で蒸し焼きにする ・火力を調整しながら水がなくなるまで焼き上げるこれらの点も大事だが、きれいに焼き上げるコツは餃子の並べ方にあると私は思う。餃子は焼き目を入れる方、つまり皿に盛った際に上になる方を下にしてフライパンに置くのだが、その際に餃子をべった...

  • レスポンス

    京アニ放火事件の容疑者が逮捕された。この事件に関して世間で語られている事柄の多くをここで繰り返すつもりはないし、容疑者の許しがたい所業についてここでは一切言及しない。ただ気になるのは、容疑者の犯行動機が大賞への応募に対しての会社側からの返答(レスポンス)が彼にとって思わしくない結果に終わったということである。容疑者が自分の投稿作品を剽窃されたと言っていることがあまりにも主観的に過ぎると言う以前に容...

  • 歌詞の歪み

    歌詞とは、歌に伴い、歌う人の口から発せられる言葉である。いや、これでは歌詞の定義としては不十分だ。伴うのではなくて歌詞そのものが歌なのだから。誰ぞが言うたか忘れにけるや、節が歌か、はたまた、詞が歌かの論議は置いておくとして、歌詞に内在する言葉がそれが歌われることによって現前するものは常に曖昧さを含んでいるものであることはたしかである。 ◆以前の記事で論じてみた「巨人の星」の”思い込んだら”の件も...

  • 角打ち

     元来、角打ちとは酒屋の店内で、その店で買った酒を飲むことである。升の角に口を付けて飲むことが由来で酒屋の店頭で升酒を飲む習いから来ている。そうした客のために設けられた店内の一角を角打ちと呼ぶのだ。転じて安い値段で酒を飲める立ち飲み屋のことを意味するようにもなったが、角打ちはあくまでも酒を売るのが主で、その場で呑ませるのは副次的であり、客あしらいの一種のようなものであるといってよい。近来ではその場...

  • 哲学と哲学史

     哲学というものは、”哲学史” 的なものである。これは奇妙な言い様であるが哲学の一面を語っている。いかなる分野にも歴史がある。ある土地に郷土史があり、美術には美術史、機械工学には機械工学史があるというように様々な分野の現在(それ自体が過去からの集積であるが)に対して過去を叙述する意識は常に存在する。しかしそれらの歴史はそれらの現在に携わる上で常に参照される用事が必須とされることもなく、横に置かれてあ...

  • ルソーが予見したもの

    : ロシア人が真の意味で開化されることはないだろう。開化の時期が早すぎたからである。ピョートル大帝は、模倣の才能に優れていたが、真の天才はもっていなかった。帝には創造する才能が、無から何かを作りだす才能が欠けていたのである。帝が作りだしたものには、優れたものもあったが、その多くは場違いなものだった。帝はロシアの人民が未開な民であることは理解していたが、まだ文明に開化するほどには成熟していないことは...

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