searchカテゴリー選択
chevron_left

カテゴリーを選択しなおす

cancel
プロフィール PROFILE

hyumamaさんのプロフィール

住所
未設定
出身
未設定

自由文未設定

ブログタイトル
薄毛に悩むモラハラ夫との退職後生活
ブログURL
https://www.hyumama.com
ブログ紹介文
35年間のモラハラ夫との忍従生活で、それなりに効果のあった対処法と、夫の画期的な薄毛のごまかし方をお伝えてします
更新頻度(1年)

146回 / 169日(平均6.0回/週)

ブログ村参加:2019/09/11

本日のランキング(IN)
読者になる

新機能の「ブログリーダー」を活用して、hyumamaさんの読者になりませんか?

ハンドル名
hyumamaさん
ブログタイトル
薄毛に悩むモラハラ夫との退職後生活
更新頻度
146回 / 169日(平均6.0回/週)
読者になる
薄毛に悩むモラハラ夫との退職後生活

hyumamaさんの新着記事

1件〜30件

  • モラハラ母のいた家 母に頼んだ東京のおみやげ その2

    母がいない間の1週間は、3人で焼き肉をしたり、おそうめんを食べてみたり、同じようなもので、少し飽きた。 それに、お喋りな母がいないと、なんとなく家が暗かった。でも、頼んだあみあげの靴をきっとおみやげで持って帰ってくる♪ 田舎のデパートでは、そんな流行の靴など、入るはずがない。ああ!楽しみだなあそんな気持ちで母の帰りを待っていた。 「ただいまあ」「あ!帰ってきた!」夜になり、ちょうど、お夕飯を食べようかというときに母は帰ってきた。 廊下を小走りに玄関まで出迎えると、行くときは「ちょっと派手かなあ」と言っていたグレー地のシルクシフォンのワンピースをそのまま纏い、疲れたようにもあったけど、上機嫌だ。…

  • モラハラ母のいた家 母に頼んだ東京のおみやげ

    はじめに たくさんのアクセスをありがとうございます読者の方から『何故、モラハラに堪えられるのでしょうか?』の声に、私自身の生い立ちや環境に原因があると思い、ここのところはモラハラ母とのことや生い立ちを綴っています。 澄田代議士夫人と母は、夫人がご主人の秘書をしていた時からのお友達。 代議士夫人ともなると、有権者との集いや、政治家のご主人に同伴しての会合などで、奥様方と会うこともしばしば。 百貨店のプレタなどで、買いものをすると、重なると言って、母の仕立てた一点物のお洋服を着るようになってから、長いお付き合いとなったようだ。はち切れんばかりの明るく元気な令子夫人。 仮縫いついでに遊びにくると、兄…

  • モラハラ母のいた家 リゾートホテル編

    できたばかりのリゾートホテルは、室内プールや劇場、結婚式場もあり、その頃、よくテレビでも宣伝されていたホテル。 (わあ~こんなところ行ってみたいなあ~) と、テレビに釘付けになりました。真理ちゃんや恭子ちゃんやアッコちゃん、中学にあがるとなかなか集まれないだろうと、進学する前に、このできたばかりのリゾートホテルにお泊まりしようということになったのです。真理ちゃん達はひとつ年上、兄と同じ学年です。小さい頃は兄もよく一緒に遊びましたが、さすがに高学年ともなると、「僕はいいわ」と兄は遠慮しました。が、私は行く気まんまんです。 そもそも、ひとつ歳は上でもいつも一緒に遊んでいた仲のいいお友達です。アッコ…

  • モラハラ母のいた家 父のお小遣い事情

    はじめに どうして私が母にも夫にも精神的な大人の嫌がらせ(モラルハラスメント)を受けるようになったのか、思い出しながら、生い立ちを綴っています。 私には小さい頃の家族揃ってのお出かけの記憶が殆んどありません。 土曜夜市?デパートには何回か行ったかな?プールや海も、家族で行ったのは1回?2回? なんだか淋しいですね父親が船に乗っていたので、必ずしも土日休みではなかったのが理由のひとつだとは思いますが、子供は外で友達と元気に遊んだらいい という考えだったのでしょう私は遊びに連れて行くのがめんどくさかったのと、外に連れて行けば、それなりにお金がかかるのが嫌だったんだと思います。父はお小遣い制で母から…

  • モラハラ夫 爆発期到来

    ここのところ、ずっと比較的穏やかだった夫ですが、やっぱり爆発しましたねそもそもの原因はこちら⬇️⬇️⬇️ www.hyumama.com「タロが掘り返すから給湯器の回りをかこっといてね」とお願いしといたのにやろうとしなかったんですよね下僕から言われたくない というところでしょうか?今日は朝からヒューヒューと音がする風が吹き、この前の夜にも近所じゅうに聞こえるように吠えまくって迷惑だったんです。その時にはすぐに家の中に入れてやったから良かったんですけど、今日は昼間だし、吠えても迷惑にならないと思ったんだと思います。でも、あきらかに様子がへんでした。「風の音が怖いんじゃない?見に行ってみて」と夫に…

  • モラハラ夫とお味噌汁

    仕事先のお偉いさんに頭を下げられ、「仕事を続けて欲しい」 と言われてから、機嫌の良いモラハラ夫 今はごく普通な夫です。 『ごく普通』というのは私が感じるだけで、一般的から言えば、普通じゃあないかも知れません。長く夫と暮らしていくなかで、私が、夫のモラハラに慣れているだけなのかも知れません。例えば、朝のお味噌汁私は口にするものはなるべく自然のものがいい と思っていて、ペットボトルに昆布といりこを入れて出汁をとっています。毎日、一番だしをとるのも大変ですからね もう、いい加減、私のつくるお味噌汁に慣れてくれたらいいのに、毎朝、お味噌汁に文句をいう。「なにこれ?」から始まり、まるでお経でも唱えている…

  • モラハラ母のいた家

    はじめに どうして私が母にも夫にも精神的な大人の嫌がらせ(モラルハラスメント)を受けるようになったのか、思い出しながら、生い立ちを綴っています。 読者の方から、「モラハラを受けながら、どうして堪えてこれたのでしょうか?」という質問をいただいてから、それは私の生い立ちにあると気づきました。25歳の年まで実家にいましたが、縛りや締め付けがきつく、ほとんど『躾』という名の母の都合で振り回された生活だったと思っています。 昔のことなので、記憶も曖昧、その全てを書くことは、なかなか難しいのですが、ひとつひとつ思い出しながら書いてみようと思います。 とにかく『縛り』や『締め付け』が多かったのです。 見たい…

  • 真理ちゃんから届いた招待状とあの頃の私

    はじめに どうして私が母にも夫にも精神的な大人の嫌がらせ(モラルハラスメント)を受けるようになったのか、思い出しながら、生い立ちを綴っています。 それが家のポストに入っていたのは、私が社会人となって働きはじめて3年ほど経った頃だと思う。 過酷なOL時代 当時、日本経済は、バブル景気の真っ只中。金融のOLとして過ごした間、会社は好景気で、臨時賞与もでるほど。 女性社員はワンレン、ボディコン、肩パットの入った派手めなスーツに、前髪だけ立ち上げた長い髪の毛がお決まり。男性社員は、コロコロと車を買い換え、2日に1度は夜の街に繰り出し酒を飲んでいた。 最初はのんびりした会社だったのに、支店長が変わり、パ…

  • 回顧録 真理ちゃんとの再会

    私が幼い頃、一緒に遊んでいたひとつ上の真理ちゃんとの思い出を綴っています。まだの方はこちらから⬇️⬇️⬇️www.hyumama.comwww.hyumama.comwww.hyumama.comwww.hyumama.com ひとつ上の真理ちゃんが、知らない間に引っ越ししてから、遊びに行ったのは、真理ちゃんのお家の裏山に筍を掘りに行った、その一度だけでした。家からは遠いせいもあり、だんだん疎遠になってしまったのは、しょうがないかなと思いました。年賀状くらいはやりとりしてたでしょうか今みたいに、両方のお母さんが車を運転するわけではないし、行ったり来たりも出来ず、 母も、引っ越しを期に真理ちゃん…

  • モラハラ夫 ハネムーン期はどこまで?

    こんばんはー派遣社員のあすみです モラハラ夫は、お正月明けの勤め先のお偉いさんに「仕事を続けてもらえませんか?」頭を下げられて、続けることになり、機嫌の良い日が何週間か続き、今は、そこそこ普通な感じです。良かった~それは、長女が心配してこの前の連休に帰ってきてくれたことや、義母にベテランケアマネージャーがつき、ホームヘルパーさんもきてくれて、心配な部分が少し軽減されたことにもあると思います♪子供が帰ってくると夫は機嫌が良くなるので本当に助かります♪ 子供の力は大きいです。それに、右手の指を骨折してから水仕事ができなくなったこともあり、洗い物は夫が担当するしかなくなり、毎日というわけには行かなか…

  • 回顧録 真理ちゃんとの出来事 遠足

    真理ちゃんとの強烈な思い出をもうひとつだけ。どこだったか、場所は思い出せません。 きっとそれは、今から書く出来事があまりに強烈な印象で残っているからだとおもいますが。私が小学1年生、真理ちゃんが2年生だったと思います 町内の子供会の遠足にバスに揺られて行きました。カラッと晴れ上がった空の下、とにかくとてもお天気が良かったことを覚えています。今では、町内の子供会で遠足に行くなんてこと、あまり聞かなくなりましたよね当時の、私が住んでいた地域は特に、子供が多く、クリスマス会や児童会など、よく催されてました。春になると遠足があったんです。 その時もバスに揺られて遠足に行きました。たくさん遊んだんです。…

  • モラハラブログ ご挨拶

    たくさんのご訪問、たくさんのアクセスをありがとうございますm(__)m母から受けていたモラハラ、マネハラその背景を綴ってきましたが、具体的な事実については、書いてないですし、あんまりな内容に書くのを迷う部分でもあります。 それは、モラハラ夫とも共通しているところ、モラハラを行う人は、優しい時もあるからです。 その時のことを忘れて、非情なモラハラを受けていた時だけを綴ることは、私自身フェアじゃないと感じています。 その二面性に悩んでいるのも、モラハラ被害者が(私がおかしいのだろうか?私が間違っているのだろうか?)と悩み戸惑うところでもあります。 モラハラを受けている人は皆、同じように言っています…

  • 回顧録 真理ちゃんとの嫌な思い出

    「真理ちゃんによぉいじめられてたよ」と、母が言った「いっつもいじめられて泣いて帰ってきてから・・・もう遊びなさんな!ってよぉ言っとった」子供のだから、時には気にくわないこともある。今日は楽しかったり、今日は面白くなかったり・・・そんなことを繰り返しながら、子供は成長していくんだと思う。 そう、母に言われても、真理ちゃんと一緒に遊ぶのが楽しかったから仲直りして遊んだんだと思う。でも、今でも心の中に強烈に焼き付いている真理ちゃんとの出来事がある。幼稚園の頃かな 宝石のおもちゃ 大好きな恵子おばちゃんは、父方の1番下の弟のお嫁さん。いつも朗らかでおっとりとした喋り方がとても男の子2人のお母さんには思…

  • 回顧録 真理ちゃんの家

    ごあいさつ たくさんのアクセス、ブログをお読みいただき、ありがとうございます 昔を思い出しながら母との関係や、生い立ちを思い出しながら、ここのところは回顧録を綴っています。 ひとつ上の真理ちゃん www.hyumama.com おばあさんが亡くなってからもともとあった自分のお家に引っ越していった真理ちゃんピアノ教室も一緒。公園に行くのも一緒。学校から帰ってきたらいつも一緒に遊んでいたので、引っ越してからは、なんだかぽっかり穴が空いたような気がしてました。いつも真理ちゃんと遊んでいたので、他に誰と遊んでいいかたぶんわからなかったんだと思います。 引っ越してから落ち着いた頃に 「筍が出てきたから堀…

  • 母から受けていたモラハラ マネハラ その背景 9 林さんからの手紙

    「林さんがお参りに来たから、また、香典返しを送っといてくれ」と、父から電話をもらったのは、母の葬儀が終わって暫くたってからのこと。(ああ来てくれたんだ・・・)と、少し安堵をした。 (良かった・・・)49日が過ぎるまで、お店にしていたお部屋の隣の和室に簡易的な祭壇を設えてもらっていた。 遺影はやっぱり母お気に入りの、新婚旅行に行った時に撮った写真。さし障りのないこと以外は、母と面と向き合って喋ることをさけてきた私、遺影となり美しく微笑む母に向かって、何度と思いのたけをぶつけたことだろう。自分の気に入らないことや、意に沿わないことには、一切、耳をかさなかった母。 気に入らないとサッと顔色を変えて怒…

  • 母から受けていたモラハラ マネハラ その背景8 閉店

    こんにちはたくさんのアクセスをありがとうございますm(__)mどんな生い立ちだったか、思い返すことで、何故、わたしが、モラハラに合わなければならないのか、考え、整理するためにも、ここのところは、実母とのことを書いていますが、今日、こんなブログを見つけました。dokumorabattle.hatenablog.com自己愛性人格障害が、育てられ方の後天的なものによる障害なら、依存性人格障害も、幼少期に虐待(これは、身体的なものだけではなく、言葉や無視などの心理的なものも含めて) されておこる後天的な人格障害なんだそうです。まさしく自己愛性人格障害=夫依存性人格障害=私の構造が見えてきます。割れな…

  • 母から受けていたモラハラ マネハラ その背景 7 引っ越し

    15年ほど前になる。夫は長男で、地元に家もある。 子だくさんでは、ゆくゆく教育資金もかかってきて、とても大変と、マイホームをもつことなど、考えてはいなかったのだけど・・・とにかく、住んでいた社宅が山の上にあり、また、一番長い時間を過ごすキッチンに冷房がなくて、安普請の台所は夏には40度になった。夫は一日中エアコンの効いた会社で仕事をし、晩酌すれば、2階の冷房の効いた部屋でテレビを見ながら寝れば良かったが、私の方はただでさえ、過酷な子育てに、毎日の暑さで熱中症になりそうで、「引っ越ししたい」と夫に提案してみた。「この前ここに越してきたばかりじゃないか」夫はムッとした。確かにそうだった。以前住んで…

  • 母から受けていたモラハラ マネハラ その背景 6 新興宗教

    何かしら、お金と人が集まるところには、良くない考えの人がやってくる。サロン風で繁盛していた母の店にも、いつからか、胡散臭いお客さんが来ていた、そう教えてくれたのはお姑さんだった。 「お客さんがとってもいいお客さん連れてきてくれたんよ♪」 と、母はたくさん買ってくれたそのお客さんのことを嬉しそうに話していたけど・・・ そういう人達って最初はそうやって、普通のお客さんとして近寄ってくるんだと思います。普通に、お喋りし、普通よりはたくさん商品を買って母を良い気分にさせ、母の話を「ふんふん」と聞いて、「あなたって物知りね~」とか「よくお勉強してきたのね~」などと褒めるんです。お店を何度か訪れると、今度…

  • 母から受けていたモラハラ マネハラ その背景 5 母からの電話

    あれから1年余り、私達家族は夫の転勤に伴い新しい土地に引っ越してきた。マンションのお友達には子供達のことから、日頃のお付き合いに至るまで、本当によくしてもらって、名残惜しい別れだった。 でも、生活は前に進んでいる。 新しい小学校に新しい幼稚園。どんなところに毎日の食材を買いに行くのか、子供達に遊び相手ができるのか、土地に早く馴染みたいという思いになった。そんなある日、実家の母から電話がかかってきた。私から電話をすることはあっても、母からかかってくるのは珍しい。 いつものことだか、電話では、「こんにちは」や「元気かね?」などの挨拶もなく、いきなり用件から話しだす。「たらいで漂白しようと思って浸け…

  • 母から受けていたモラハラ マネハラ その背景 4 入院

    そういえば、市民病院はこの春から新しくなって埠頭の方に移転したと聞いた。 中庭には大理石で造られた滝があると聞いていたが、ストレッチャーに乗せられていたのでは天井しか見えない。「小川さん、もうすぐですよ、しっかり」救急車の担架に移るまで、激痛で2時間を要し、脂汗でべっとり、体じゅうのエネルギーを使い切り、朦朧とした。 遠くから、心地よく落ちる水音が聴こえ、近づいてきて、また遠ざかった。そこを通るときだけ、肌寒く感じたのは、きっと大理石で造られた人口の滝の前を通りすぎたからだろう。半開きの目で見上げた天井に嵌め込まれたダウンライトが走り続けるストレッチャからは、まるで火の玉が飛んでいるように見え…

  • 母から受けていたマネハラ その背景 3 林さんという女性

    母の葬儀の様子 林さんという女性 過酷な子育ての果てに 母の葬儀の様子 「林さんは?林さん、何で来てないの?」「ありゃあ 来んじゃろう」父は言った。 死期を悟って、ピンクの胡蝶蘭や白いカサブランカで飾った祭壇、会場やらをすべて自分で準備しただろう、母のお葬式。たくさんの人がくると思ったのか、借りた会場は広過ぎて、振り返ると、ガランと誰も座ってない椅子だけが目立ち、座っているのは、父方や夫の親戚ばかり。親戚以外は町内会長と、私の高校時代からのお友達、晩年にのめり込んでいた新興宗教の顔も知らないおばさんが3人。 祭壇の写真は母が気に入って自分の部屋に飾っていた、父と新婚旅行に行ったときのもの。「ま…

  • 母から受けていたマネハラ その背景 2

    今日、1日、家族と過ごした幼少期をずっと思い返していました。 思い返すと楽しかったこともちょっとはあったかなと思い出しました。 私は、母のことが嫌いでした。門限は冬場は5時、夏は6時。 見るテレビ番組は2つ、30分以下 流行りのテレビ番組が見られなくて、学級の中で話の輪に入れず、まるで見ていたように友達の話しに頷くだけで、いつかバレて仲間はずれにされないかとはらはらしました。小学生のうちはおこづかい月300円、学校で必要な文房具もそこから買う 結婚するまで、お泊まり禁止生活はいろんな縛りが多く、息苦しい家でしたが、だからこそ、心は外へと向いて、多くの出会いを求めて世界を少しばかり広げていったの…

  • 母から受けていたマネハラ その背景

    モラハラを受けているのに、それをモラハラとわからなかったのは、実家にいた時の母から受けていたモラハラとマネハラがあったからだと思います。厳格な実家の躾は、後から考えると、それは『躾?』ではないでしょう。と思えるものでした。 私は家がとても居心地悪くて好きではなかったです。(いや、これは楽しいはず)と自分自身、言い聞かせようとしたところがあります。また、昭和という時代背景もどこかしらあったのでしょうか。 皆さんはどうですか? 子供時代に、親と一緒にたくさん遊びましたか?戦後の復興、高度成長目覚ましく発展していった日本の国、男は脇目もふらず働き蜂となり、家を守る奥さんは、内職をしながら子育てをする…

  • モラハラ夫を選んだのはきっと私の恋愛不足から

    本当にご機嫌なモラハラ夫です。勤め先のお偉いさん、さまさまですm(__)mとりあえず、大学生の学費、仕送り、家賃は確保して、今までの長い緊張から解き放たれて、なんだか、眠たくて眠たくて仕方ないです。寝不足で眼底出血、胃が痛い日が続いたし、2ヶ月近く、不正出血も続き・・・プチセレブで専業主婦してたのに、「働けよ」と言われて50歳過ぎてるのに、本気の就職活動その間、自分のお金で高級外車に、早期退職(500万円の損) 7時間半の立ちっぱなしの仕事・・・ この前、長女が帰ってきたときに笑いながら 「こんな歳になってお金に困って走り回るとはね」本当にそう・・・亭主関白を宣言してるんだったら、せめてお金の…

  • モラハラブログ 5ヶ月めのブログ報告

    こんばんは派遣社員のあすみです。ここのところ、ご機嫌がすこぶるいいモラハラ夫 今日も指を骨折して、たいしたことができなかったのに、「美味しい!」を連発して食べてくれました。おいしい と言って食べだしたのは、この事件からです。⬇️⬇️⬇️ www.hyumama.com子供達が、みな自立して、夫婦2人、今までは子供の前で喧嘩をするまいと、理不尽なことを言われてもニコニコ笑って堪えてきましたが、もう、誰に遠慮することもないと、この時、本音でぶつかったのですモラハラ夫にとって奥さんは下僕、家来 絶対に逆らってはいけないのです。いつか仕返ししてやろうと狙っていたのかも知れません。 今日はブログ報告です…

  • ハネムーン期のご機嫌がいつまで続くか心配

    こんばんはモラハラ夫は機嫌がいいです。 私は理解に苦しみます。ニコニコ笑っている夫、穏やかに喋る夫が急に豹変し、恐ろしい言葉を発しあびせる。怒鳴る。脅かす。 www.hyumama.com↑↑こんな風に急に顔色を変えて怒り出す。同じ人のようには思えません。私は悲しいです。結婚の決めては夫がいつも穏やかで優しく、思いやりを大切にしていたからです。でも、新婚旅行から帰ってきた日から、見たことない夫の姿を見るようになり、 (どうしちゃったのかな?) と思うことがたびたびありました。毎日の食事が気に入らず、いちいち文句をつけ、気に入らないと箸をつけないこともありました。私は料理は嫌いではありませんでし…

  • モラハラ夫の家事手伝いと現代の子供達のお手伝い事情

    ぶつぶつ言いながらも、今、山になったお茶碗と鍋を洗ってくれている、モラハラ夫です。ぶつぶつ言ってもいいから、洗ってくれると助かります。骨折でもしないと、家事を手伝ってくれるなんて、年に数回しかありませんからね 子供時代どんなお手伝いをしていましたか? 今時の子供達は家のお手伝いをしているのでしょうか? 終わりに 子供時代どんなお手伝いをしていましたか? うちの実家では、お夕飯の後の洗い物は小学 6年生から結婚して家を出るまでずっと私の当番でした。 こちらは、現代の子供達のお手伝い事情⬇️⬇️⬇️ 買い物7割強、料理やお風呂掃除は6割強…子供達のお手伝いの実情を確認する(最新) - ガベージニュ…

  • モラハラ夫のハネムーン期は優しい

    ハネムーン期のモラハラ夫は、昨日の朝と、今日の朝、洗い物をしてくれてました。「ありがとう、本当に助かる」と褒めちぎりました。夫は上機嫌です。ハネムーン期でもあるし、機嫌は悪くないです。 奥さんが骨折で洗えないだけなのに、夫が洗い物をしたということが、すごい事をしたように思えるって、普通に考えたらおかしいのですが、そのことで、私自身がものすごく安心し、(良かった~)と思えて、今までの夫のハラスメントがご破算になってしまうような感覚。モラハラを受けている人はみんなそうだと思うけど いつもは顔色を窺うばかりで、どんなに暴言をあびせられても、機嫌がいいと安心し、やっぱり優しい人なんだと思い込んでしまう…

  • ハネムーン期のモラハラ夫はどのくらい家事に協力してくれるのか?

    こんばんはモラハラ夫と暮らす派遣社員のあすみです。ハネムーン期のモラハラ夫、もうすぐ私の誕生日。 高級レストランにランチの予約をしてました。モラハラ夫にとって記念日は大切。 記念日の花束やプレゼントは、奥さんを大切にしているアピールをするのに、またとないチャンスです。www.hyumama.com気が進まなくても、行って「あなた、本当に美味しいわ、本当にありがとう」 と、褒め称えないといけません。 でも、機嫌がいいとこちらも楽です。 こんな機嫌のよい日がずっと続くといいのに と思ったりするし、こんなんだったら、お互いに歳をとっても、思いやりながら生活できそうな気がしてくるのです。 実は昨日の夕…

  • モラハラの母も「ありがとう」は言わない

    『モラハラ夫は奥さんに「ありがとう」を言わない』 という記事をかきました。 www.hyumama.com亡くなったモラハラの実母も、「ありがとう」はあんまり聞いたことがありません。お客様には言うんですよでも、自分の兄弟、母は一番上でしたし、父方のほうにも「ありがとう」と言った言葉を聞いた記憶がありません。でも、お誕生日や母の日にはちゃんとプレゼントするんですよ母は自分の欲しいものをちゃんと決めていて、兄と私から「3000円ずつ出してね」といい、それにお金を足して欲しいものを買ってました。小学校くらいの時ですが・・・小学生の時にもらっていたひとつきのお小遣いは300円。3000円なんて大金は持…

カテゴリー一覧
商用