田舎教師ときどき都会教師
住所
出身
ハンドル名
CountryTeacherさん
ブログタイトル
田舎教師ときどき都会教師
ブログURL
https://countryteacher.hatenablog.com/
ブログ紹介文
テーマは「小学校教員の働き方、生き方」&「本、旅、人」
自由文
-
更新頻度(1年)

18回 / 17日(平均7.4回/週)

ブログ村参加:2019/08/30

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CountryTeacherさんのブログ記事

1件〜30件

  • 「よそ者、若者、ばか者」に期待したい、教育現場の働き方改革

    リンダ・グラットン教授によれば、近未来の2025年は50億人が携帯端末で結びついている時代。主体的に選び取るのであれば、みんなの力で大きな仕事をやり遂げることができるに違いありません。OECD(経済協力開発機構)が進めている世界的な学力調査・PISA「生徒の学習到達速度調査」(Programme for International Student Assessment)でも、2015年から「コミュニケーション力」に加え、「コラボレーション力」が新学力として測られることが決定されています。21世紀型の学力は、主体性と協働が大きなキーワードになっているのです。(平川理恵『あなたの子どもが「自立」し…

  • 心でっかちな社会のベースとなる「コモンセンスの構築」と「働き方改革」を

    宮台 中国は、アメリカと違い、AI統治と信用スコアを全面化しつつある。前者から言えば、ネットを使っていると公安が訪れて「あなたはAIによってマークされた」と連行される。「政治ネタは書いていない」と反論しても「AIの判断。我々には分からない」で終了。AIで得られた情報が優先される。僕の言葉を使えばAIを用いた脱人称化によって統治コストを下げる戦略です。~中略~。マイケル・サンデルがアリストテレスを援用して言うように、罰を受けて損するから人を殺さない社会よりも、殺したくないと思うから人を殺さない社会のほうが、よい社会だとされてきました。それはどうなるのか。むろん中国政府に言わせれば、そんな呑気なこ…

  • 会おうと思えばいつでも会えると思える人には、絶対に会えない

    小学生の学力が低下したとか言われているけれども、テストの点数に一喜一憂するよりも、もっと大切なものがあることを忘れてはいけない。小学校6年までの教育では、周りにいる人間が仲間なんだ、という意識を身につけることが決定的に重要なんだよ。人間はその仲間意識さえ持っていればそれからの人生は大丈夫なんだから、と言うのです。(上田紀行『かけがえのない人間』講談社現代新書、2008) 先日、といっても少し前ですが、教え子から「2人がドイツに遊びに来てくれて、4年生のときの話をたくさんしました🎵」というメッセージをもらいました。当時は10歳、現在は20歳。地元の公立中学校を卒業した後に単身ドイツに渡り、バレエ…

  • 先入観が目の前の現実によって崩される、という未来を期待します

    残された学生時代の詩や作文、官僚時代の福祉についての論文を一つひとつ繙くと、行政側に立ったひとりの良心的な人間が福祉切り捨ての時代のなかで自己崩壊していく過程が感じられました。このように、取材で発見したものを構成に組み込むことで、番組はより複雑な現実に対峙できる強度を持つ、ということを僕はこのとき身をもって実感しました。 それは、自分の先入観が目の前の現実によって崩される、という快感でもあったのです。(是枝裕和『映画を撮りながら考えたこと』ミシマ社、2016) やや都会寄りの田舎にある小学校で働いていたときの同僚に、もとそろばん日本一という異色の経歴をもった先生がいました。10487✕3853…

  • 変形労働時間制の前に、もっとできることがあるだろう、という話

    でも結局、その感想、批判、中傷、様々な意見、ポジティブな意見も含め、すべてはそれを発信した「その人自身」なんじゃないかと思うんです。 さっきFMラジオで、ある女性シンガーソングライターの曲がかかっていて、「人が見る自分は鏡に映る自分だから」みたいな歌詞があったんですけど、「それは違う、気にするな!(笑)」と思ったんです。そうではなくて、「人が見ている僕はその見ている人が見たい僕。だからその『僕像』が語り得るものは僕ではなくて見ている人自身じゃないか」と僕は思うわけです。自分の姿が、相手に投影されているのだと。(井上雄彦『空白』スイッチ・パブリッシング、2012) 漫画『スラムダンク』で知られる…

  • 働き方を変えて、ただの「よその人」をもっと身近な存在に!

    でもひとつだけ目に見えて変化したことがある。それは電車に乗ったときに、まわりの乗客をごく自然に見渡すようになったということだ。そして、「ここにいるこの人たちみんなに、それぞれの深い人生があるのだな」と考える。「そうだ。僕らはある意味では孤独であるけれど、ある意味では孤独ではないのだ」と思う。この仕事をする前には、そんなこと思いつきもしなかった。それはただの電車であり、ただの「よその人」でしかなかった。 (村上春樹『雑文集』新潮社、2011) 今日は日本語教師をしている友人と10年ぶりに再会し、ご飯を食べつつ、それぞれの人生についてのこれまでとこれからを喋りまくってきました。で、30分ほど前に帰…

  • 2016→2019→「?」 見たいと思う世界の変化にあなた自身がなりなさい

    もちろん、人間だってそうです。ひとりひとりみんな違う。 それなのに、それこそリンゴ箱のようにひとつの教室に同じ年齢の子供を集めて、みんな同じという前提で教育をしています。それがそもそもの間違いだと思います。 1本のリンゴの木になるリンゴの実だって、ひとつとして同じものなんかないのです。まして、ひとりひとりの子供は、みんな違っているのが当たり前なのです。(木村秋則、石川拓治『土の学校』幻冬舎文庫、2015) みんな違うという前提で教育をすると、ひとつの教室に違う年齢の子どもたちが集まってもOKとなります。また、授業・学習形態は必然的に「一斉」ではなく「自学、或いは個々(孤立ではない)」となります…

  • 『〈学級〉の歴史学』を読み、教師のコントロール欲求について考える

    パックツアーにせよ「学級」にせよ、制御工学的にいえば、フィードフォワード・コントロール(事前制御)の世界である。フィードバック・コントロールが、対象の変化に応じて制御を変えていくのに対し、フィードフォワード・コントロールとは、先まわりして事前にすべての外乱要因を統制し、あとは単純な作業を繰り返すことによって、目的を達成できる仕組みである。 遊びの世界で形成されるパックツアーのグループと、学習活動のために形成された「学級」という集団とは、この事前制御という点でまったく同じ仕組みからなる集団なのである。(柳治男『〈学級〉の歴史学 自明視された空間を疑う』講談社撰書メチエ、2005) 大型の台風の接…

  • どろぼうにかじられない働き方を、すべての大人に

    時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしていることには、だれひとり気がついていないようでした。じぶんたちの生活が日ごとにまずしくなり、日ごとに画一的になり、日ごとに冷たくなっていることを、だれひとりみとめようとはしませんでした。 でも、それをはっきり感じはじめていたのは、子どもたちでした。というのは、子どもにかまってくれる時間のあるおとなが、もうひとりもいなくなってしまったからです。 けれど時間とは、生きるということ、そのものなのです。そして人のいのちは心を住みかとしているのです。(ミヒャエル・エンデ『モモ』岩波少年文庫、2005) パパ、どろぼうにかじられるよ。 …

  • 小学校の「夏休み作品展」に表れる、家族のかたち

    私からすると、トッドがトランプ当選を理にかなっていると言ったのには、もっと大きな理由があるはずのように思えます。 それは家族類型のちがいによる教育熱心の度合いの差が、ここに来て顕在化してきていることではないでしょうか? つまり、アメリカ合衆国の家族類型である「絶対核家族」というのはその本質からして教育熱心ではありません。しかし、移民集団によって濃淡があります。ドイツ系、北欧系、ユダヤ系、日本系、韓国系はもとは直系家族ですから、核家族に移行してもエスニック集団特有の思考法は保持されることが少なくありません。(鹿島茂『エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層』ベスト新書、2017) まだ学生だっ…

  • 過労死レベルという言葉を必要としない、あたらしい日を!

    ある単語の不在は、出発点ではなくて結果である。 たとえば、「オオカミ」という単語をもたない言語があるとすれば、それはその言語の使い手たちが、オオカミを特別に認識する必要をもたなかったからに過ぎない。認識の必要だけでなく、さまざまな事例ごとにさまざまな事情があるだろう。それは個別に検討してみなければ分からないことである。 思考する主体は常に何らかの現実のなかにいる。だから言語が思考を直接に規定するということは考えられない。言い換えれば、言語の規定作用を、思考という規定されるものへと直接に差し向けることはできない。(國分功一郎『中動態の世界』医学書院、2017) 〇月△日。ネパールの首都カトマンズ…

  • 対話の今と昔、中原淳さんのラーニングバーを思い出しつつ

    私がラーニングバーを始めたのは、アメリカ留学がきっかけだった。当時は、MITとハーバードのちょうど中間辺り、ケンブリッジのセントラルスクエアにアパートを借りて住んでいたのだが、毎日が知的興奮に満ちていた。その理由の一つが、両大学のキャンパスのあちこちで開かれる参加型のオープンな研究会の存在だった。そういう場にはさまざまな人が集まり、ワインを飲んだり、フィンガーフードをつまんだりしながら、できたてほやほやの理論やデータや実践の話に耳を傾け、意見を交わしていた。(中原淳、金井壽宏『リフレクティブ・マネジャー』光文社新書、2009) おもしろい本を読むと、著者に会いたくなります。本を読み、著者に会い…

  • 映画『新聞記者』を観ました。そして再び「勇気」のこと。

    もちろん官僚の界隈にも「勉強も遊びもできる人」がいます。でも、そういう人から順番にスピンアウトしていきます。麻布の同級生を見てもそう。なぜでしょう。 ポストにしがみつく「正しさよりも損得」という生き方にウンザリするから。そう。劣等感に支配された「勉強田吾作」の特徴は「正しさよりも損得」にあります。(宮台真司、岡崎勝、尹雄大『子育て指南書 ウンコのおじさん』ジャパンマシニスト舎社、2017) 8月末に「滑り込みセーフ」で以前から気になっていた映画を観てきました。参院選のときに話題となっていた映画『新聞記者』(藤井道人 監督)です。場所は渋谷のユーロスペース。大好きな映画館です。 新聞記者 (角川…

  • ぼくが子どものころ、ほしかった先生になる。

    もしも間に合うのなら、いろんな仕事をしている僕の友だちや知り合いを、息子に会わせたい。夢によって、叶えやすい働き方と、そうでない働き方もあるだろう。会社員のメリット、フリーランスのメリットも、実際にやっている人に聞いたほうがよくわかるだろう。 息子にたくさんのことを教えるには、僕自身が世界を広げて、さらにいろんな人と出会う必要もあると考えている。 (幡野広志『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』PHP研究所、2018) 先日、八重洲ブックセンターに足を運んで、幡野広志さんの話を聞いてきました。子どもにたくさんのことを教えるには、教師自身が世界を広げて、さらにいろんな人と出会う必要がある。…

  • コミュニケーションの本質とは、職員室から遠く離れて

    大学院で原研究室に進んで驚いたのは、いつ行っても研究室に誰もいなかったことです。ゼミなんていうものもなくて、原先生は学生のことにはまるで関心がなく、自分のことにしか関心がありませんでした。先生も先輩もいなくて、研究室は面白いほどに静かでした。誰も何も強制しないし、何も教えてくれない空白の場所でした。 それが僕にとっては幸いでした。「自分でやるしかないんだ。自分で何か起こすしかないんだ」ということを思い知らされたからです。 これは教育というものの本質にかかわるとても大事なことです。 (隈研吾『僕の場所』大和書房、2014) 夏休みの学校に特徴的なこと、それは、いつ行っても教室に誰もいないことです…

  • 歩むごとに見えてくる虚偽、所変われば教育変わる

    歩むごとに、ぼく自身と、ぼく自身の習って来た世界の虚偽が見えた。(藤原新也『 印度放浪』朝日文庫、1993) 8月が終わってしまいました。この夏は家族で沖縄に行ったことがいちばんの思い出です。家族としてははじめての、個人としては10年ぶりの沖縄でした。ちなみに10年前のひとり旅のメインディッシュはこちら。旅先(カルカッタ)で知り合った日本人の女医さん(当時、沖縄在住)が橋渡ししてくれた、ちょっと変わった学校の見学です。 女医さんに勧められて、「Busy Bee School」の見学 午前は米国の教科書を使って英語で学び、午後は日本の教科書や学習塾で使われているテキストを使って日本語で学ぶ。学習…

  • 遊びと学びと退屈から考える、働き方改革

    國分 うまく遊べないときに、人は退屈する。だから、うまく遊べなかったり、楽しめなかったりすると、人は外から仕事や課題を与えられることを求めるようになる。自ら自由を捨てて、何かに従いたくなる。人間が従属へと向かう契機の一つには、自分で楽しめないということがあると思う。自分で楽しめないと退屈してしまうから、外から仕事を与えられたほうが楽だという気持ちになるんだよ。だから俺は、人はきちんと遊べるようになる必要があると思っている。小さいときからとにかく遊ぶことが大切だと思うね。それができてないと、隷従したがる人間ができ上ってしまう。古市 近代人はうまく遊べないから仕事をするんですね。 (國分功一郎、古…

  • 自信と鈍感さを携えて、中堅&ベテラン教師の旅

    今このイスタンブールでも、思いがけない成り行きから名前も定かではないオンボロ宿に泊まり、これからどうなることやらと考えている。 しかし、同じような状況にありながら香港の時のような湧き立つような興奮がないのはなぜだろう。 (沢木耕太郎『深夜特急5 トルコ・ギリシャ・地中海』新潮文庫、1994) デリーからロンドンまで乗り合いバスで行く。ここ数日、沢木耕太郎さんの『深夜特急』を読み返していました。多くの若者を異国へと駆り立てた、バックパッカーのバイブル。その昔、ご多分に洩れず、思いっきり「駆り立てられた」身としては、原点回帰というか、定点観測というか、何年かに一度、無性にその世界に入っていきたくな…

  • 夢中は自由の中にしかない、だとすると……

    何かを達成したアスリートの足跡を見て、それが努力の集積に見えてしまいがちだが、ほとんどの場合それらは夢中の結果である。だから努力は本質ではない。努力は夢中の副産物。 最もやってはならないのは夢中の子どもに、夢中の仕方を押し付ける事である。夢中は自由の中にしかない。 (為末大『走る哲学』扶桑社新書、2012) 先日、某NPO法人が主催する「集中」をテーマにしたワークショップに参加してきました。15人程度の参加で、職種はバラバラ、教員は私だけ。ここ最近、見渡せば教員ばかりという状況(研修、学習会、セミナーなど)に食傷気味だったので、正直、ホッとしました。 ごっちゃ(多様)こそ、万物の礎。 で、五感…

  • 田舎教師と都会教師の違い ~保護者編 その2~

    不平等な社会においては、学校はしょせん不平等を再生産する装置にすぎない。著者たちの真意はともかく、これがコールマン・レポート(Coleman etal. 1966)、およびジェンクスの『不平等』(Jencks 1972)という著書が提示した学校観であった。エドモンズのエフェクティブ・スクール論の出発点は、この学校無力論に対する批判であった。(中略) そこで彼は、コールマン調査のデータを用いて、新たな枠組みでの再調査を企図したのである。その調査は、「効果のある学校を探す」と名づけられた(Edmonds 1977)。 (鍋島祥郎『効果のある学校』解放出版社、2003) 人種や階層による学力格差を克…

  • 田舎教師と都会教師の違い ~保護者編 その1~

    あるいは村でいちばん話のうまい老人が冬の夜長に子供たちにせがまれて、昔話をする。おもしろいストーリーの中に子供が知っておくべき自然の法則や倫理が巧みに配置されていて、それを聞きながら子供たちは大人になるための心得を身につけた。老人の話を聞いて育った子供の中から次代の話し手が生まれた。 (星野道夫『魔法のことば 自然と旅を語る』文春文庫、2010) 池澤夏樹さんの解説より。5年生の国語の教科書に掲載されている『大造じいさんとガン』のプロローグを彷彿とさせる内容です。老人の存在は、大きい。上記の本も、今は亡き著者がアラスカの老人たちから聞いた叡智を集め、語ったものです。 魔法のことば。 10年前に…

  • ただ「生きられた」時間を、毎日の生活の中に確保すること

    バザールだけでなくてたとえばバスを待つみたいな時間でも、田舎だったら「午前」に一本、「午後」に一本くるというバスを日だまりで待っているうちに、ペルーでこちらが日本人ならフジモリ大統領に似ているとか似ていないとかいう話題で、すぐにみんなで盛り上がってしまう。バスを待つ時間は、無駄だという感覚はなくて、待つ時には待つという時間を楽しんでしまう。時間を「使う」とか「費やす」とか「無駄にする」とか、お金と同じ動詞を使って考えるという習慣は「近代」の精神で(“Time is money”! )、彼らにとって時間は基本的に「生きる」ものです。 (見田宗介『社会学入門』岩波新書、2006) 旅でふしぎに印象…

  • 私たち教員が目指す「本来の働き方」を阻むラスボスは?

    成長意欲の高い人の中には、日中はめいっぱい仕事をし、家に帰ってから新しいことを勉強するために時間を投入する人もいます。私たちはそういう人を「向学心があり成長意欲が高い」と賞賛します。 たしかに目の前の仕事をこなすのに手いっぱいで、新たな勉強が何もできていない人よりはマシでしょう。しかしこれは、家に帰ったら仕事も育児もまったく手伝わない、昭和型の男性社員にしか許されない成長方法です。家では家事も育児も介護もしない、コミュニティ活動もボランティア活動もしない、趣味もない、仕事人間のための成長法なのです。 ~中略~。 そうではなく、仕事の生産性を上げ、目の前の仕事だけでなく今後の成長のための投資や新…

  • クリエイティブとは、勇気のこと

    あるとき、人にだまされるのは、だまされる側がだまされやすいからで、それをさけるには、幼いときに、だまされて口惜しい思いをするのがいちばんである。危険をさけるには、危険を経験するよりほかに手はない。こどもには適度の危険教育は必要ではないのか、と考えた。そして五銭のレントゲンのことを思い出した。 (外山滋比古『少年記』中公文庫、2011) 外山さんの『少年記』より。少年の頃、お祭りの出店で買ったレントゲンがまがいもので、「子ども心にあの出店のじいさんが許せないと思った。でも~」という話です。でも、そのおかげで、オレオレ詐欺にはひっかからないような老人になった、云々。 若いときの「適度な危険」は買っ…

  • 田舎教師と都会教師の違い ~出張編~

    著者というものは、分厚い著書をたったの一文で要約するように、ジャーナリストから求められる。本書についていえば、つぎのような要約となる――「歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人々の生物学的な差異によるものではない」 (ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄(上)』倉骨彰 訳、草思社文庫、2012) ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』は、現在の世界に広がる「地域格差」の原因を、1万3000年前のスタートライン(地域格差のなかった頃)にまで遡って丹念に紐解いた、約800頁の大著です。 なぜアフリカは貧しいのか? 南北方向…

  • 太陽と、珈琲と、教え子と

    偉大なる天体よ! もしあなたの光を浴びる者たちがいなかったら、あなたははたして幸福といえるだろうか! (ニーチェ 著、氷上英廣 訳『ツァラトゥストラはこう言った(上)』岩波書店、1967) 昨日、神田の神保町にある古書店街を歩いていたら、偶然、8年前の教え子に会いました。すれ違いざまに「先生!?」って。嬉しいものです。5年生のときに受けもった子で、誰だかわからないくらい、すっかり大人びた女性になっていました。 「太陽、まだ全部もっています」。 そうそう、誰もが誰かの太陽(!)。懐かしい。「太陽」というのは、当時、ブログ代わり(?)にせっせと書いていた学級通信のことです。子どもたちの日々の振り返…

  • 田舎教師と都会教師の違い ~給食編~

    僕は自分の三人の子たちや近所の子たちにいつも二つのことを言います。「細かいヤツは人を不幸にする」と「パパの言うことはたいてい間違っている」ということ。こうしたメッセージに幼少時から晒されれば、過剰な〈安心・安全・便利・快適〉を良かれと思考するクレージー・クレーマーには育たないでしょう。その意味で、幼児教育がとても重要になりますね。 (簑原敬、宮台真司『まちづくりの哲学』ミネルヴァ書房、2016) 子どもたちの机の上には給食ではなく袋に入った菓子パンが2つ。飲み物もあったような、なかったような。 田舎の小学校にて、そんな日を2回体験しました。来るはずの給食が来ない(!)という事態に、学級担任一同…

  • 『天気の子』ときどき『社会の子』

    鶏は卵に先行する。だが、それにもかかわらず、この特殊な卵は鶏の将来の型を変えることのできるように扱われるかもしれないのである。 (ジョン・デューイ『人間性と行為』人間の科学社、1995) 鶏を「社会」、卵を「子ども」と読み替えると、《社会は子どもに先行する。だが、それにもかかわらず、この特殊な子どもは社会の将来の型を変えることのできるように扱われるかもしれないのである》となります。教育のポテンシャルを端的に表した美しいセンテンスで、さすがデューイだなぁと思います。高校野球の女子マネージャーがことあるごとにドラッカーの『マネジメント』に立ち返るように、小学校の教員はことあるごとにデューイの本に立…

  • 個性の爆発をかわいいと感じる、ゆとりある働き方を

    哲人 いいですか、「人と違うこと」に価値を置くのではなく、「わたしであること」に価値を置くのです。それがほんとうの個性というものです。「わたしであること」を認めず、他者と自分を引き比べ、その「違い」ばかり際立たせようとするのは、他者を欺き、自分に嘘をつく生き方に他なりません。青年 他者との「違い」を強調するのではなく、たとえ凡庸であっても「わたしであること」に価値を置け・・・・・・?哲人 ええ。あなたの個性とは、相対的なものではなく、絶対的なものなのですから。 (岸見一郎、古賀史健『幸せになる勇気』ダイヤモンド社、2016) 保護者に勧められた映画、マーク・ウェブ監督作品の『gifted/ギフ…

  • 教員になりたい(!)と思ってもらえる「カッコいい」ライフスタイルとは?

    白居易は、あまり忙しくない地方官吏くらいが、自分には丁度いい、ピッタリだ、と言うために、 「格好」という言葉を用いている。重要なのは、世間的には「裕福な高い身分」の方が羨まれるだろうが、自分にとっては、「東都分司の官職」の方が良いと、個人的で、主観的な価値観が語られている点である。 (平野啓一郎『「カッコいい」とは何か』講談社現代新書、2019) かつて三島由紀夫の『オスカア・ワイルド論』を評して、「天才が天才を論じている」と語っていた、芥川賞作家の平野啓一郎さん。そんな平野さんが、小説以外ではこの十年来もっとも書きたかった本、というのが、ちょうど一ヶ月前に発売された『「カッコいい」とは何か』…