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ブログタイトル
モルファス構造体の随想録
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/yzm22822
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なんとなく始めたオーボエのこと、音楽のこと、積読の方が多い本のこと、たまには社会のことなども・・・
更新頻度(1年)

119回 / 365日(平均2.3回/週)

ブログ村参加:2019/08/07

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惑星モリファスさん
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モルファス構造体の随想録
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モルファス構造体の随想録

惑星モリファスさんの新着記事

1件〜30件

  • ジャンニ・ペッテナーティ・・・La Tramontana(茫然自失)

    1968年サンレモ音楽祭の入賞曲の続きで、5位に入賞したジャンニ・ペッテナーティの「LaTramontana」(邦題:茫然自失)です。ジャンニ・ペッテナーティは、1967年に「LaRivoluzione」(邦題:恋の革命)で13位に入賞しました。この1967年のサンレモは激動の年でしたが、音楽祭のさなかに自殺したルイジ・テンコの遺書には自分の曲が入賞せずこの「LaRivoluzione」が入賞したことに抗議する、と書かれていたそうです。個人的にはルイジ・テンコの「Ciaoamoreciao」よりも「LaRivoluzione」のほうが好きではありますが・・・そして1968年のサンレモ音楽祭にこの曲で連続出場し、連続入賞を果たしました。外国人のパートナーは当時絶大な人気を誇っていたフランスのロック歌手アントワーヌ...ジャンニ・ペッテナーティ・・・LaTramontana(茫然自失)

  • ニコレッタ・・・Sur les bords de la tendresse

    ニコレッタの最初のヒット曲は、フランスで9週間トップシングルだった「LaMusique」であることはよく知られています。しかし、この曲はアメリカのバリー・マンとシンシア・ウェイルが作った「Angelic」という歌で、フランス語の歌詞はAnnGre'goryが作りました。なので、カヴァー曲を「シャンソン」と認めない方もいると思いますが、リナ・ケッティやダリダが歌った「J'attendrai」も元々はカンツォーネですし、良い音楽に国境はありませんよね。「Surlesbordsdelatendresse」は蘆原英了さんの『午後のシャンソン』をエアチェックしたカセットテープに入っていました。テープには放送年月日を記載し忘れていますが、1975年の発売ですので、多分蘆原さんはその年に放送しているはずです。ニコレッタはドス...ニコレッタ・・・Surlesbordsdelatendresse

  • 俳句・・・今月の句会から

    くろがねの秋の風鈴鳴りにけり(飯田蛇笏)俳句の世界、特に「結社」には「師系」という事柄があることを知りました。俳句を学びだし公民館俳句からもう少し広い世界を知りたいと思って商業誌を読むようになってからのことです。公民館で指導してくださる講師の方によると、私が所属している「結社」は、飯田蛇笏を師と仰ぐ長谷川双魚の流れ・・・なんだそうです。ということは、基本的には高浜虚子に繋がる「ホトトギス」系の俳句なんだ・・・ということで、時々私が作る破調の句や抽象の度合いが少し強い言葉の使用が講師に全く評価されないのも当然のことではありますね。確かに俳句は「座」の文芸といわれるように、句会に参加している人々に私の心情やが伝わらなければ、それこそ「いいね」は頂けないという事になりますので、結局「座」を構成する人々の教養や心情など...俳句・・・今月の句会から

  • 今日聴いた音楽・・・ブラームス チェロソナタ第1番, Op. 38

    実は、娘がしばらくチェロを弾いていました。大学を卒業した後に美術系の専門学校に通い何度目かの転職の後、私と一緒に入っていたアマオケを辞めて、チェロは真っ白なハードケースとともに静かに眠っています。ヴァイオリンなどのやや煌びやかな音に惹かれる傾向はありましたが、娘がチェロを始めたのをきっかけに一時期バッハの無伴奏チェロ組曲を好んで聴いていましたが、チェロの音は良いですね。デュ・プレは大好き・・・早逝されたのが残念です。Brahms-CelloSonataNo.1inEminor,Op.38今日聴いた音楽・・・ブラームスチェロソナタ第1番,Op.38

  • クロード・フランソワ・・・Alexandrie Alexandra

    「イエ・イエ」と揶揄された60年代のフレンチポップスの終焉は1978年のクロードフランソワの死に象徴されるかもしれませんね。前回取り上げたジョニー・アリディ同様、フランスでの絶大な人気は、当時の私には関心を引くことはありませんでした。ただ、今改めて、大胆な露出のレ・クロデットを従えた踊りながら歌うクロード・フランソワの画像を見てみると、その当時の日本の歌謡番組との違いは明らかですね。スクールメイツを従えたジャニーズやフォーリーブズが画面一杯に飛び跳ねていましたが、中学の先生たちには「あんな不良じみた歌を聞くんじゃない」と言われたような記憶があります。もし、当時の日本でこんな映像が流れたら大騒ぎになったこと間違い無しですね。1977年はフランス・ギャルがミッシェル・ベルジェとともにアルバム「DancingDisc...クロード・フランソワ・・・AlexandrieAlexandra

  • 政権、政治家、官僚・・・なぜこんなに無責任なんだろうか

    先ほど菅首相が「自民党総裁選挙に出馬しない」・・・(任期一杯で辞めるということかな?)と記者たちを前に語りましたが、例によって質問を受け付けず消えてしまいました。菅政権は衆議院選挙の洗礼を受けておりませんから、そういう意味での正統性がないまま終わることになります。コロナ対策に専念する、などという「寝言」を辞める理由にしていましたが、まさか「選挙に勝てそうもない、と皆が言うから・・・」とは言えませんよね?それにしても、安倍氏といい菅首相といい仕事を全うすることも出来ず放り出してしまう政治家ばかり。これでは現地の職員や日本人関係者を置き去りにして、トップがさっさと逃げ出す無責任なアフガニスタン大使や幹部職員は「当たり前の対応をした」だけなんでしょうね。人に方針を示された仕事はいくらでも工夫して頑張れるのでしょうが、...政権、政治家、官僚・・・なぜこんなに無責任なんだろうか

  • パリは燃えているか(加古 隆)・・・・音楽のスタイル(ジャンル)

    先日、何気なくテレビを見ていたら加古隆氏が出ていました。どうやら自分が通っていたいわゆる「パリ国立高等音楽院」(正式に言えば「ConservatoirenationalsupérieurdemusiqueetdedansedeParis」)を訪ねる旅のようでした。全く知らなかったのですが、加古氏がオリビエ・メシアンのクラス(作曲科)の学生で現代音楽を目指していたことも3年でフリー・ジャズの演奏家となったことも、何か感動的でした。その番組の中で、加古氏が訪ねて行ったかつての雑誌の編集者が、メシアンのクラスを飛び出してフリージャズの世界に飛び込んだことを「音楽のスタイルは洋服のようなもの、その時々に自分に似合うスタイルをまとうけれど、音楽そのものは洋服の中の君自身だ。君自身の音楽の本質は、纏う洋服(音楽のスタイル)...パリは燃えているか(加古隆)・・・・音楽のスタイル(ジャンル)

  • 今日の音楽・・・ビゼー 交響組曲「ローマ」

    ビゼーと言えば、多くのクラシックファンもオペラ「カルメン」や劇付随音楽「アルルの女」の組曲を聞いたことある程度ではないでしょうか?ただ、オペラ「カルメン」は別格で、上演回数も多いし組曲としてオーケストラだけで演奏されることも多いし、もちろんプロの歌手の方にとっては・・・メゾソプラノの方にとってはカルメンの役は憧れなんでしょうね?ビゼーは36歳で夭折しましたが、リストを驚かせるようなピアニストでもあったそうですし様々な「天才」としての逸話も残しています。また、サン・サーンスのピアノ協奏曲第2番や序奏とロンドカプリチオーソの編曲など巧みで輝かしいオーケストレーションの才能や親しみやすい旋律を作る名手でもありました。長生きして交響曲ももっと書いてくれたら・・・と思います。交響曲と言えば、亡くなるまでの短い期間、未完や...今日の音楽・・・ビゼー交響組曲「ローマ」

  • コロナの中で考えたこと・・・アフガニスタン

    昨年、トランプ前大統領がタリバンと「取引」してアメリカはアフガニスタンから撤退することになりました。バイデン大統領もそこはトランプの路線を引き継いで米軍がアフガニスタンから撤退することになりましたが、日本政府はやっぱり積極的な手を打つことが出来ず、このままでは日本人や日本に関係するアフガニスタン人合わせて500人を置き去りにすることになりそうです。今月18日の記事で日本人の想像力のなさを指摘というか嘆いた記事を載せましたが、ここまでくると我々も含め、日本人の想像力のなさは犯罪的かもしれません。今月初め、アフガニスタンの状況を分析し、早急に手を打って日本人や日本関係者の退避計画を立案し実行せよ・・・という記事も主張も見当たりません。現在は、政府が後手に回っていることへの非難は沢山ありますが・・・「様子を見ましょう...コロナの中で考えたこと・・・アフガニスタン

  • 頂き物の続き

    昨日、山形県鶴岡市の不作で「だだちゃ豆」が来ないので代わりの干物が・・・と書きましたが、なんと!!!!義母の名前でだだちゃ豆が来ました!!!!!。これは驚きではありますが何だか申し訳ないですね・・・本当に。感謝して、沢山感謝して頂くことにします。連れは「だだちゃ豆」独特の匂いが昔より薄れたかな?子供のころはだだちゃ豆をゆでる匂いが家中立ち込めてたまらなかったと言っています。きっと生産量も増え万人向けの品種改良も進んでいるのかもしれませんね。頂き物の続き

  • 思いがけない頂き物

    連れの父親の実家・・・ご本家は山形県の鶴岡にあります。広い田圃を持つ米農家ですが、長年「だだちゃ豆」を生産しています。近年はずいぶん有名になっただだちゃ豆ですが、30年前は東京ではその名前も味も知る人もなかったように思います。本家の跡を継いでいる義理の従兄はその頃から「だだちゃの会」を作って普及に努めていたらしいです。で、毎年だだちゃ豆が収穫できる旧盆明け頃連れの家を通して送ってくれるのを楽しみにしていました。ところが、今年は近年にない不順な天候でどうやらまともに収穫が出来なかったようで、一向に送ってきませんでした・・・が、びっくり・・・連れの家からなんと干物が送られてきました。多分だだちゃの代わりかな?そんなに気を使わなくていいのに・・・と思いながらふたを開けてびっくり!伊勢海老の干物って?聞いたことがないの...思いがけない頂き物

  • 俳句・・・季語「盆踊り」(西嶋先生の句)

    盆踊りほとけに留守を頼みけり西嶋あさ子季語と現在の季節感とのずれは如何とも仕方のないことです。旧盆は現在の暦では8月13日~16日ですが、「盆」に関わる季語は秋になります。でもこの時期を含んで8月下旬まで続く「夏休み」は夏の季語です。俳句に慣れた方は何とも思わないのでしょうが、実生活と実生活には使わない「太陰暦」の齟齬は困ったものではあります。そういえば・・・太陰暦だと生じてしまう「閏月」は、俳句にはどのように詠めばいいのでしょうか?閑話休題・・・西嶋先生は中学三年生の時の恩師ですが、当時はまだ俳句をお始めではなかったようで授業中に俳句のお話を伺った記憶はありません。老年になり俳句を始めるようになった私が勝手に私淑しております。俳句を始めてから、最初に角川の「合本俳句歳時記」を買ったのですが、季語の例句の中に西...俳句・・・季語「盆踊り」(西嶋先生の句)

  • ファウスト・レアーリ・・・Deborah

    1968年のサンレモ音楽祭の入賞曲、参加曲からの紹介です。実は。同時代ではほとんど聞いていないファウスト・レアーリ。でも、名前を知っているのですから聞いていないわけではないですね・・・認知症で忘れたかな?イタリアは1970年代にはいると、それまで横並びだったフランスとはさほどの差ではなかったようですが西ドイツとは少しずつ差が開き始め、1970年代半ばには停滞が目立つようになりました。同時にサンレモ音楽祭にも経済的な停滞が影響を及ぼし、いささか低調な時代となります。1968年は、フランスでは5月革命があった年ですし、アメリカナイズされた音楽は古い時代の楽曲への影響がさらに深くなり、国境が解けていく時代となってきました。ファウスト・レアーリは1970年、カルメン・ヴィラーニと組んで「ヒッピー」という曲でサンレモに出...ファウスト・レアーリ・・・Deborah

  • 今日聞いた音楽・・・シューマン ピアノ協奏曲 イ短調

    昭和40年代、LPレコードはとても高くて新盤は3000円くらいでした。国公立大学の自宅通学性に対する普通奨学金はひと月3000円。学生課の窓口で奨学金を受け取ると、秋葉原で途中下車して石丸電気レコード館によったものです。お茶の水の古書店街などに行くのは週1回くらい。地下鉄やJRより安かった都営バス新宿駅行きで銀座から駿河台下まで行きました。帰りは秋葉原まで歩き・・・ですので、駿河台グルメはほとんどパスでした。さて、そのLPレコードに「廉価版」が出たときはとてもうれしかったです。3000円でLPが2枚買えました!ので、当時のマイブームだったバロック音楽を買いそろえました。当然、名盤とかレコード芸術の推薦版などではありませんでしたが・・・そのころ、シューマンのピアノ協奏曲イ短調とグリーグのピアノ協奏曲のカップリング...今日聞いた音楽・・・シューマンピアノ協奏曲イ短調

  • ジョニー・アリディ・・・ T'aimer follement

    久しぶりにフレンチポップスです。何処の国でも同じだと思いますが、大衆音楽にはそれまでの音楽の流れを一変させるような時代を画する歌手が生まれる時がありますね。エルビス・プレスリー然りビートルズまた然り。日本では誰かな?やはり美空ひばりか?あるいは沢田研二か?フランスではどうでしょう。戦前戦中からの流れを少しずつ変えていく歌手は沢山いましたが1960年代までの時代を決定づけたのはエディット・ピアフでしょう。そして1960年代の方向を決定したのは、ジョニー・アリデイの出現でした。1961年のアリディのデビューから怒涛のように若い歌手たちが生まれシルヴィ・バルタンを筆頭に「イエイエ」世代と言われましたね。フランスでの人気は想像を絶するものがあったようですが、日本では・・・アメリ文化圏に飲み込まれた日本では・・・全く注目...ジョニー・アリディ・・・T'aimerfollement

  • コロナの中で考えたこと・・・わが身を顧みれば

    福祉関係の今月の定例会議は中止になりました。当市は人口が25万人、昨日の感染者は47名ですが最も多い時はなんと175名という日もありました。完全にステージ4です。市内に380床の公立病院が一つだけ。あとは小さなケアミックス型の病院がいくつかあるだけでという状況ですから、50人近い会議の中止もやむを得ないと思います。とはいえ、毎月提出している行動記録は整理しておかないと忘れてしまいますので、手帳を広げて(スマホは予定管理、手帳は記録管理・・・言ってみれば日記)7月中の事柄をチャックしていました・・・まあなんと、結構出かけたり怪しげな行動も多いですね。独り暮らし高齢者の居場所づくりの集会事業は毎週実施していますし、車での移動とはいえ東京への移動も行っています。中でも・・・4人ではありますが県内の歓楽街で昼間の飲み会...コロナの中で考えたこと・・・わが身を顧みれば

  • コロナの中で考えたこと⑦・・・日本人の想像力

    無策の政府がなぜ無策なのか・・・菅総理の言葉ではっきりしました。総理の発言は「まずは今の目先のことを解決に向かって全力でやるのが私の責務と思っています」と。本当に一国の首相の発言でしょうか?ちょっと驚きました。40年以上の勤め人生活で感じたことの一つは、日本人の「想像力のなさ」でした。本当に目先の現象にのみ拘りその先の事柄を想像して見通しを立てることが全く苦手ですね。ものつくりの職人を賛美する国情・・・とは、今目の前にある課題をわき目も振らずコツコツと取り組み小さくても驚異に満ちた「もの」を作ることを貴ぶ・・・ですから、そうした地道な努力には目もくれず、今の状況に捕らわれることなく先を見通して方策を打ち立ててゆく、なんてことは馬鹿にされたり、ちっともわかっていない、地に足がついていないなどと揶揄されるのがオチで...コロナの中で考えたこと⑦・・・日本人の想像力

  • 今月の句会から(8月)

    地域の句会は、公民館が使えるので通常通り開催できています。ちょっと遠方で集まることになっている、かつての職場の先輩の句会は、近在から一時間程度電車に揺られて来る方ばかりなので、通信手段による句会になっています。よく、俳句は「座の文学」だ、という言葉を聞きますが、人々が集まって「文学」(文芸)を語っている・・・なんて卑猥ではありませんか?自らの芸術的感興を文字にして、それを人と語り合う・・・?創作は自慰みたいなもの・・・と思っているので少し気持ち悪いのですが。まあ、それはそれで、自分で蓋をすればいいだけですし。で、そのためでもないのですが、一周で消えてしまう句会での批評も、自分の俳句を発展させるためであれば、どのように生かしていくかを考えて工夫する必要もあるかな?と考えて句会の「会報」を編集することにしました。や...今月の句会から(8月)

  • この1週間のこと

    前回、フレンチポップスのカテゴリーで投稿してから10日間、日々の随想録でコロナについて書いてから早くも8日間経ってしまいました。私のようなぐうたらな性格の人間には「毎日更新」なんて夢のまた夢ですね。7日土曜日・・・母親が入所している施設から介護認定と負担割合認定が届いていないと連絡。慌てて母の空き家に行ってみると、毎日のように届いた書類などを整理していたものの、「施設に送付するもの」のボックスに仕分けしたまま処理を忘れている・・・土砂降りの中を郵便局に行ってきました。夕方からは、オーボエのレッスンとオーケストラの合奏に出席・・・なんせもともと最低の能力しかないので、まだ指の動きがついて行かれないし、音楽と譜面が十分に分かっていないので、ウェーバーやハイドンは何とかなるにしても、ホルストの吹奏楽組曲や先月末に渡さ...この1週間のこと

  • コロナの中で考えたこと・・・ついに医療は崩壊した

    厚生労働省が「コロナの重症者を受け入れるために中等症以下の患者は自宅療養とする。」という方針を出しました。とっても簡単に言うと、基本的にコロナの患者は病院では診療しません、死にそうなくらい大変だという患者だけ病院に入れます。」ということでしょう。では、〇死に瀕するくらいの重症患者であるかどうかは、誰がどのような手続きで、判断しますか?〇また、そのように判断された患者は確実に「死の前に」病院に搬送されますか?〇自宅で亡くなった場合は、政府の責任ですか?自治体の責任ですか?医師の責任ですか?〇健康で文化的な生活は憲法に定めた国民の権利です。(在宅での医療体制は入院と同等の体制整備が出来ていますか?)できていなければ、医療を受けたいと望む国民に医療を受けさせないのは憲法違反であり、国民皆保険に従って保険料を納付してい...コロナの中で考えたこと・・・ついに医療は崩壊した

  • ダニエル・ギシャール・・・Les secondes

    久しぶりに・・・カセットに入れた蘆原英了さんの『午後のシャンソン』から皆さんは、どのようなきっかけでシャンソンやフレンチポップスを聞くようになったのでしょうか?良い音楽を聴けば好きになりその歌手も好きになり・・・などの経緯は日本の歌謡曲であれ外国の曲であれ同じだと思いますが、その中で初めは言葉も解らない洋楽の数々を聞くようになるには少しステップが必要かもしれませんが?まあ、我々の年代ですととにかく日本の歌(歌謡曲)よりも洋楽の方がリズムもメロディも格段にかっこよかった!そのなかでメロディの「美しさ」ではカンツォーネが一番でしたが、言葉(当時は全く分からなかった)と共にちょっと小じゃれた感じがシャンソンでした。ので、いまも両方大好きです。この曲は、多分1976年の秋の放送じゃないかと思います。日付を書き忘れていま...ダニエル・ギシャール・・・Lessecondes

  • ヴィオラ・ヴァレンティーノ・・・Comprami

    1968年のサンレモ音楽祭からは、少し横道。ヴィオラ・ヴァレンチノは1949年生まれですからジリオラ・チンクェッテイやウイルマ・ゴイク、アンナ・イデンティチなどより少し若いですね。歌手のデビューは少し遅くなって1968年、ヴァージニアという芸名でしたが、歌手として成功したのは1979年にヴィオラ・ヴァレンティーノ(ViolaValentino)の芸名で出した「Comprami」でした。イタリア語に堪能ではないので十分な理解はできませんが、「私を買う」というような意味で、かなり微妙なイメージを抱かせる題名でかなり物議をかもしたそうです。音楽はノリの良いちょっとセクシーな声で50万枚以上の大ヒットとなりました。どちらかというと日本でいう「一発屋」的な存在なんでしょうか?1982年に初めてサンレモ音楽祭に出場し、「R...ヴィオラ・ヴァレンティーノ・・・Comprami

  • 今日聞いた音楽・・・オーベール 歌劇「王冠のダイヤモンド」序曲

    いつの間には古希を過ぎ、一日ごとに「後期高齢者」にも近づきつつあります(まだ間はあります)ので、少しずつ役目を降りてきました。一番初めはオーケストラの仕事。ジュニアオーケストラの役員としてNPO法人の立ち上げ事務を事実上一人で処理しましたが、あまりにも無理解な人ばかり・・・音楽好きだから無理もないかな?・・・で嫌になり、私の担当の仕事は少しずつ20代の若者に引き継いできました。もともと下手くそでしたが、後期高齢者でオーボエを吹くのはかなり大変。いつかは、ベートーベンの3番やシューベルトの「グレイト」、ブラームスの1番なんて吹きたかったのですが、もう4楽章持つ自信はないな~ということで、前プロが多くなりましたが、コロナの蔓延によりメンバーの休みも多く次回の演奏会はハイドンの104番ですので、セカンドで(意外とソロ...今日聞いた音楽・・・オーベール歌劇「王冠のダイヤモンド」序曲

  • 俳句・・・季語「鹿の子」(西嶋先生の句)

    森深く月さしてゐる鹿の子かな西嶋先生は、現在では俳人協会の理事も退任されているだけでなく、俳句の雑誌などに登場されることもごく少なくなっております。でも、俳句に親しまれている沢山の人達が、角川出版の「合本俳句歳時記」を日常的にご覧になっていると思いますが、この「合本歳時記」には西嶋先生の句がかなりたくさん載っています。私は、西嶋先生(当時は長井先生)が足立区立第4中学校に赴任されて国語専科だった昭和39年・・・先生もまだ俳句を始めていらっしゃらない頃・・・の出来の悪い生徒でしかありませんし、その後は年賀状の交換もしておりませんので、俳句を始めたなんてご存じないと思いますが、私にとっては一番の「先生」であり続けています。さて、先生の俳句ですが、歳時記に掲載されている句の中で「夏」は少ないですね。なんだか先生らしい...俳句・・・季語「鹿の子」(西嶋先生の句)

  • コロナの中のオリンピック

    このオリンピックは、つくづく呪われているような気がしますね。そもそも、だれが何のためにオリンピックを招致しようと考えたのでしょうか?石原慎太郎さん?ブラックジョークみたいですが最低です。あの人のやったことと言えばペットボトルにディーゼルの排気ガスに含まれる煤をペットボトルに詰めて振りかざし、NOxの規制を実現させたくらいかな?役に立ったのは。エンブレムの盗作やスタジアムの設計に始まって、様々なトラブルに見舞われた挙句コロナウイルスのパンデミックで1年延期・・・前代未聞の出来事ですな。この数日は、小山田圭吾氏の「いじめ」問題で大騒ぎ。小山田氏が辞任してようやく一段落したようですが、「いじめ」などという問題ではない、とんでもない犯罪行為です。日曜日の「サンデージャポン」ではMCの太田光氏が「つるしあげのよう、彼が退...コロナの中のオリンピック

  • コロナの中で考えたこと⑤

    まもなくオリンピックが始まります。しかし・・・コロナウイルスの蔓延が収まらず、東京は四回目の緊急事態宣言が出されました。ニュースやワイドショーなどでもさんざん言われたことですが、政府の稚拙な対応に起因した「もうやってられないよ・・・」の気分もまた蔓延しているようです。法律の立て付けがどうの・・・という議論は専門家に任せますが、基本的に我々国民が難しいことを抜きにしても「政府の言うことはもう信頼もできないし従えるような状況じゃない・・・」ということなのでしょう。それにしてもそのように考えることも遅すぎるような気がします。そもそも、安倍政権を八年間も続けさせたような国民に、オリンピックや政府のコロナ対策を批判する資格が十分にあるようにも思えないのが本音です。これまで何度も機会があったのに自民党政権を続けさせたのは国...コロナの中で考えたこと⑤

  • アラン・バリエール・・・Cathy

    エディット・ピアフがアラン・バリエールの「LaMarie-Joconde」を歌いたいと神に祈った、というエピソードをご紹介いただきました。大好きなアラン・バリエール・・・来日公演が厚生年金会館で開かれた時に、当時好きだった女性と出かけました。50年近く前かな?ブルターニュの漁師ってこんな雰囲気なんでしょうか?ずっとそんな想像をしていましたよ。今日は1961年のデビュー曲「Cathy」(カッティー)をどうぞ・・・アラン・バリエール・・・Cathy

  • アンナ・イデンティチ・・・Quando m'innamoro(愛の花咲くとき)

    1968年のサンレモ音楽祭入賞曲の紹介を続けます。ただ、4位のファウスト・レアーリ5位のジャンニ・ペッティナーティは後回しにします、ごめんなさい。で、好きな歌手から先に・・・6位に入賞したのはアンナ・イデンティチの「Quandom’innamoro」(邦題:愛の花咲くとき)でした。アンナ・イデンティチは、1965年のチューリッヒ音楽祭で「Unbenegrandecosì」を歌い優勝しレコード・デビュー曲を果たしました。続く1966年のサンレモ音楽祭には当時絶大な人にを誇ったアメリカのコーラスグループ「ニュー・クリスティ・ミンストレルズ」と組んで「UnarosadaVienna」(邦題:ウイーンのバラ)を歌い5位に入賞しました。この二つの曲はスローなバラードで、私のアンナ・イデンティチのイメージを定着させましたが...アンナ・イデンティチ・・・Quandom'innamoro(愛の花咲くとき)

  • ドミニク・グランジュ・・・Je ne suis plus ton copain

    見た目でいえば、絵にかいたようなフランスのポップス女性歌手(当時はフレンチ・ロリータなどと随分な言い方をされていました。)です。日本ではこうしたルックスにもかかわらず全く知られていないのではないでしょうか?レコードも出ていないし・・・また、この曲を聞いた人は、ああ特徴のないオールディズだな・・・なんていう感想を持ったのではないでしょうか?まあ。この曲なら仕方ないですね・・・しかし・・・です。1968年の「5月革命」に何らかの思いのある方はいるでしょうか?多分普通のシャンソンファンには、そのような出来事があったという程度の記憶だけなのではないでしょうか?中国では文化大革命が吹き荒れ、若者が赤い表紙の毛沢東語録をかざして劉少奇などの共産党幹部を死に追いやっていました。カルチェ・ラタンも毛沢東主義者がフランス流のアナ...ドミニク・グランジュ・・・Jenesuisplustoncopain

  • ウエーバーオペラ「オベロン」序曲・・・オケの練習  

    オーボエのレッスンには出席していたけれど、3月?4月?以降、初めてオーケストラの合奏練習に出席。われわれオーボエのメンバーは全員ワクチン二回接種済みで、私は高齢者枠、若いメンバーは医療従事者枠です。コロナ禍がまだまだ激しい中で、ワクチン対象者は数名ですので(コンサートミストレスは医療従事者)出席者は吹奏楽もオーケストラも半数以下?かな。特に、5月は管楽器を使用する場合には部屋を使えないという状態だったので、譜読みを終わってゆっくりのテンポから始めている状態です。秋の演奏会の日程がなかなかはっきりせず、6月24日になってようやく団長から会議の議事録がアップされて10月17日になったことが分かりました。まったく!!!遅い!!!!東日本大震災で津波に被害にあった親族の長老のところへ訪問する日程もあって早く知りたかった...ウエーバーオペラ「オベロン」序曲・・・オケの練習

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