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YUUNAさんのプロフィール

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ブログタイトル
小学校5年生の場面緘黙症の育児日記
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/rinrin3349
ブログ紹介文
病院では診断されてはいませんが、場面緘黙症だと思われる娘のことについて書いていきます。地域の教育相談室で継続的に相談しながら、支援を受け、学校の先生とも連携してもらっています。
更新頻度(1年)

2回 / 245日(平均0.1回/週)

ブログ村参加:2019/08/02

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ハンドル名
YUUNAさん
ブログタイトル
小学校5年生の場面緘黙症の育児日記
更新頻度
2回 / 245日(平均0.1回/週)
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小学校5年生の場面緘黙症の育児日記

YUUNAさんの新着記事

1件〜30件

  • 自己肯定感を育てることの難しさ

    発達障害があるなしにかかわらず子育てには自己肯定感を育てることが大切だと言われている。自己肯定感(じここうていかん)とは、自らの在り方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情である。自己肯定感が高いとプライドが高いとは違う。娘の場合はプライドは高いが自己肯定感は高いか低いかわからない。自分のことは好きらしい。それだからと言って自己肯定感は高いとは言い切れない。でも運動が苦手。人と話すことが苦手。など自分にできないことを客観的に分析しそれを認めることはできていると思う。だからと言って時として自分は話すことができないからダメな人間だと口にすることもある。自己肯定感を高めるうえで最も大切なことは「ダメな自分も含めて、ありのままの自分を認めること」だ。子供にそのような気持ちを持たせることは、とても...自己肯定感を育てることの難しさ

  • もう少し早く行動に移すべきだった。

    娘が場面緘黙になったのはいつだろう。生後半年ごろから人見知りが始まりそのままずっと11歳の今日まで続いている。でも、これは単なる人見知りではないのかなあと思い始めたのは、幼稚園の年少さんごろだったと思う。幼稚園のお友達と町のスーパーで会ったとき、急に話すのをやめて固まってしまったり、行事で園に行ったとき、友達が「○○ちゃんだ。おはよう。」と言っているのに返せなかったり周りの子とは何か違っていた。その時、私も主人も「挨拶ぐらいちゃんとしなさい。」「友達を無視しているとそのうち嫌われちゃうよ」と、しかった覚えがある。でも、今思えば、その対応が間違っていたのかなあと思っている。私がもう少し早く「場面緘黙」について知識があったなら、ここまで長引くことはなかったかもしれない。友達ができない。友達と遊ぼうしないことは、人に...もう少し早く行動に移すべきだった。

  • HSCと発達障害の違い

    HSCやHSPという言葉を知ったのはここ半年ぐらいのことだが、色々調べれば調べるほど娘はHSCでないかと思う。自閉症スペクトラム障害(ASD)や注意欠陥多動症(ADHD)、いわゆる発達障害の子どもも、HSCの子供と同じような症状を訴えることがあり、同一視されることがある。ASDの児は自己と他者の認識、相互作用がうまくいかなかった結果として行動が社会から逸脱してしまい、不安を強めていく。ADHDの児もやはり社会でうまくいかない様々なことに不安を強めていく。その一方で、HSCの児は、他者の感情を過剰に読み取り考えすぎた結果として,いやむしろ意識のうちにそれを感じ取って自分の行動を制限してしまうという。どちらも不安や恐怖心を異常に感じると、一見すると同じである。でも娘の場合はHSCのほうだと思う。以前に教育相談室の相...HSCと発達障害の違い

  • 話せるようになるチャンスがあったが話せなくさせてしまう言葉。

    娘の話を聞くと、これまで話せるようになるチャンスは何度かあったようだ。まだ低学年の頃、学校の下校中にとっさに出てしまったり、友達の言葉に思わず声を出して笑ってしまったり・・・・。でも、そのとき話せなくさせてしまう言葉がある。それは「○○ちゃんがしゃべった。」とか「○○ちゃんが笑った。」この言葉が、娘をさらに話せなくさせてしまう。その言葉に助けを出してくれる友達も、いることも確かだ。「あっ、上履き忘れてきちゃった。」って娘が言ったことに対し、「僕だって忘れることあるから大丈夫だよ。」とさりげなく、会話してくれる人もいれば、「えっ」って顔で見る人もいる。笑ったことを言われたことに対し、「○○ちゃんが笑うとかわいいね。」って自然に言ってくれる人もいる。周りの反応が怖い娘にとっては、自分が笑ったことや話したことに対し周...話せるようになるチャンスがあったが話せなくさせてしまう言葉。

  • 学校の授業をネットで配信してほしいという娘

    学校の授業が家で聞くことができたらいいのに・・・・。と娘が言っている。授業は聞きたいけど学校は行きたくない娘が出したアイデアである。確かに教室にカメラをつけておけば授業を家で聞くことは全く不可能ではない。不登校児にとっては、いいのかもしれない。塾とか通信教育でもライブ授業など良く配信されている。しかしそこにはいろんな問題がはらんでいると思う。学校はただ勉強を教わる場所だけではない。勉強するだけならそのような方法でもいいかもしれない。でも、それでは人と人との関わり合いを学ぶことはできない。インターネットでもコミニュケーションをとることができるという人もいるかもしれない。しかし、やはり人と人が会って目を見て話すのとは全然違うと思う。学校へ行かない選択肢もある。不登校をう容認する動きがあるのも確かだし、学校へ行かない...学校の授業をネットで配信してほしいという娘

  • 場面緘黙症とは言い切れない理由

    教育相談室の相談員さんも学校の先生も娘のこと場面緘黙だと言い切れない理由がある。双方でおしゃっていたことが、「場面緘黙にしては話す。今まであった緘黙症の児童は筆談で会話していた」ということだ。娘の場合は、授業中も自分から手を挙げて答えを言うことができる。音読や人の前で発表なども声は小さめだけどしっかりできる。委員会の書記を自分から手を挙げてやっている。(ただし、誰もする人がいなかった場合のみ主張できる)先生や相談員さんから話しかければしっかり文章で答えることができる。でも、班の話し合いなどで、自分の意見を言うのに時間がかかってせかされると余計固まって何も言えなくなってしまったり、休み時間のフリートークができなかったり、まちで突然あったら固まって「バイバイ」さえいうことが難しかったり先生は自分の意見を書くことはほ...場面緘黙症とは言い切れない理由

  • 今の子供たちは恵まれている。

    毎日「いじめ」とか「体罰」とか「虐待」とか心が痛むニュースばかりが耳に入ってくる。いじめとは何か体罰とは何か虐待とは何か最近すごく考える。これらのことは、私たちの小さい頃はなかったのか。少なくとも今のようなニュースにはなっていなかった。でも、今考えるといじめも体罰も虐待もあった。先生も一緒になっていじめられている子供をいじめていたり、給食の時間食べ終わるまで何時間も食べさせられたり、部活動の先生にかなり力いっぱい殴られたり、親にも寒い中外に何時間も立たされたり、言うことを聞かなくてけられたりもした。今でなら問題になりそうなことが私自身にも私の周りにもたくさんあった。でも、そういったことから生まれるのは、怒りや恨みだけだとわかった。だからいま、このようなことはいけないことが世間一般で言われるようになったことは喜ば...今の子供たちは恵まれている。

  • 夏休みが始まった。

    学校は夏休みが始まりました。今年はいまだ梅雨明けせず。ただ、ここ数日は天気もよくようやく夏がやってきたという感じです娘も林間学校が無事に終わり、毎日家でぐーだらな生活をしています。そんな娘を見て漠然と不安な気持ちになります。学校の友達がいない娘は、夏休みは一日家にいます。受験するかしないかも曖昧のまま、でも塾も行きたくないといっていてどうしたらよいのか…。中学受験がそんなに甘くないものと思わせたいのですが…。甘く考えているんです。勉強でなくていいので一生懸命なるものを見つけてほしい。夏休みが始まった。

  • 相手の気持ちを考えようとしているから質問に答えられなくなってしまう。

    子供がなぜ質問されたときに固まってしまうか。慎重な性格で完璧主義なので絶対に間違えたくない。でも、正解がない質問にも答えられないのは、なぜか。相手が自分にどのような答えを求めているかわからない。相手の気持ちを考えようとしてるから質問に答えられなくなってしまう。と、言う。相手の気持ちや目線を必要以上に気にしてしまう。相手のことばを必要以上に気にしまう。相手のタイミングを必要以上に気にしてしまう。思えば私も、そうかもしれない。ちょっとした人の言葉が気にしてしまったり。自分の言葉が正しいかったのかずっと気になってしまったり。今話しかけてもいいのか気になったりしてしまったり。こんな自分の性格を治したかったのだが、この年になっても治せなかった。そこに生きづらさを感じていたのかもしれない。娘も、過剰にいろいろなことに反応し...相手の気持ちを考えようとしているから質問に答えられなくなってしまう。

  • 場面緘黙症の娘の孤独

    最近あまり言わなくなったが「誰も自分のこと見えていないみたい。」「私はみんなにとって空気みたいなもの。」と毎日のように言っていた時期がある。そんな娘になんて声をかけていいかわからなかった。場面緘黙の人はみんなから注目されることを極度に嫌うと思われがちだ。でも、本当はみんなから気にされたい。みんなから話かられたい。って思っている。だからって、話しかけられても緊張してしまい、何にも答えることができない。それでも話しかけられてもらいたいと思っているのをみんなに知ってほしい。学年が上がれば上がるほど、「しゃべらない子」と扱われる。相手は話しかけたら、かえって困らせてしまうと思っているのだと思う。だから話しかけてくれる人は日に日に少なくなって、最近は全くいなくなってしまったらしい。先生は場面緘黙に対して理解がある先生なの...場面緘黙症の娘の孤独

  • 勉強ができるということ

    世の中には勉強より大切なことはたくさんあると思う。私自身も「勉強ができても~ができなかったらダメね。」と言われることもあった。でも、勉強ができるということは、注意深く人の話を聞ける。集中力がある。忍耐力がある。自分で考えることができる。他人が言っていることの意味や書いている内容を理解することができる。など、いろいろな能力があってこそだと思う。非認知能力の重要性が認識されるようになってきたが認知能力と非認知能力を全く別のものだとも思わない。認知能力が高い人は、非認知能力もそう低くはないはずだという持論がある。そもそも非認知能力とは、一般知能(IQ)とは関係のない、粘り強さ、協調性、やり抜く力、自制心、感謝する力といった類のものだ。勉強ができる、頭がいいといわれている人=認知能力が高い人でこのような非認知能力が低い...勉強ができるということ

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