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2019/05/15

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  • タロベエの疾走

    タロベエは、あぜ道をひた走っている。その顔はぶんむくれていて「オイラは今、カンカンになって怒っているんだい!」という明確な意思表示をしている。なぜタロベエがそこまで怒っているのかはわからないし、そもそもの話、なぜ走っているのかもわからない。人の感情や行動の一々に対して、理由を求めるのは野暮だ。だが、それでもなお探りたくなるのが人間の性である。 しかしながら、現今のタロベエは疾走と憤怒に専心しているので、理由を探ることは叶わない。探求するためのよすががないのだ。「物には時節」ということわざを持ち出すまでもなく、今はそのときではない。タロベエが歩みを完全に止めて、怒りの感情を存分に発散した後に、理…

  • 突貫工事の偶発性

    それほど前ではない昔、なにもかもをなくしてしまった女の子がいました。その女の子は、いつものように朝目覚めたら、原っぱの平坦な場所にポツンと置かれていたのです。ほとんどの人が思うように、女の子もまた「自分はまだ夢の中にいるのだ」と思いました。しかしながら、そよ風が頬を撫でる感触や木々が葉っぱを擦り合わせる音は、現実世界のそれと寸分たりとも違いはありませんでした。むしろ、現実の世界よりも明瞭に感じられるほどでした。女の子は目をぱちくりと大きく開けて、眼前に広がる眺望の把握に努めました。ありふれた自然が旺盛な生命力を臆することなく発露しています。世界の流れは滞りなく進行していました。女の子は、寝ぼけ…

  • 汽車・老人

    ファーガソンがシュッシュポッポ。腕を鋭角に折り曲げて、盛大に気炎を上げる。その実、顔面蒼白だ。有体に言って、危急存亡の秋である。生存と滅亡の境界を命知らずの速度で駆け抜ける。全身から憂いをまき散らしながら、これ見よがしにひた走る。指弾糾弾なんのその。現今のファーガソンの肢体を前にすれば、弾道ミサイルですらも恐れおののき飛び退くであろう。今この時、ファーガソンの全身細胞は活性化の絶頂を極めている。ピュンピュンと威勢良く飛び散る破片が身体に直撃すれば、その生命はあっけなく終焉を迎えるだろう。とりわけ御陀仏そのものだ。 巷に跋扈する下種下郎共が殊更に吹聴せずとも、ファーガソンが引き起こした悪行の数々…

  • きかん坊の色彩変化

    その子供は、生まれもってのきかん坊でした。きかん坊というのは、なかなか言うことを聞かないわんぱく坊やのことです。あかん坊の頃は、きかん坊でも構いません。むしろ、きかん坊であることが当たり前です。生まれて間もないあかん坊がなんでも素直に言うことを聞くわけはありませんからね。ただ、世の中はどこまでも広いので、世界中のあかん坊を隈なく探せば、とても素直で聞き分けの良い坊やが見つかるやもしれません。それはそれで、なかなか素敵なことですよね。 さてさて、生まれてもってのきかん坊はどうなったのでしょうか。きかん坊はあかん坊と呼ばれる時期がとっくに過ぎても、なおもそのままでした。それどころか、日ごとにますま…

  • 盗人の観測

    「どんな魅惑的な話も、あたしにはひどく退屈なので御座いますよ」 そう言って盗人は、手元の帳簿に目を遣った。たった今、私の眼前では、正々堂々と窃盗が行われている。なぜ私はその悪辣な行為を傍観しているのか。それは、私が罠にかかって、宙吊りにされているからに他ならない。私は「万歳の姿勢」を取りながら、ただただ吊り下げられているのだ。子供の時分には、このような無防備な姿勢を他者に向けてよく開陳したものだが、長じて後は、そのようなこともなくなった。頭部の不快感は刻一刻と増しているが、私にはどうすることもできない。事ここに至って、私は今、考慮の余地なく生命の当落線上にいる。 私の意識が放埓している間にも、…

  • 僕の肺呼吸

    「目的のない人生は、さぞや退屈なものだろう」 子供の時分、僕はそのような感慨を抱いていた。この世の常として、就学児童がこのような「わかったようなこと」を口にするのは憚られる。というよりも、あからさまに煙たがられる。概して、大人は子供に対して、「人生に前のめりに取り組む姿勢」を求めるものだ。 「人生はつらいものだ。苦しいことばかりだ。嗚呼、早くお迎えがこないかなぁ」というような悲観的な態度を表明する機会は、なかなかどうして訪れない。意を決して、テストの裏の白紙部分に自身が有する厭世観をたっぷり書き込んだとしても、事態はほとんど変わらない。担任が記す通信簿の備考欄が少しばかり不穏になるだけだ。まぁ…

  • 借金と腐葉土

    何の気なしに、野イチゴを取って食べた。あまり熟していなかったので、無慈悲な酸っぱさが口いっぱいに広がった。酸味は先鋭的であり、市販品のような「消費者に迎合する甘味」は一切ない。そもそも野生の果実は、人間に対して最適化されていない。言わずもがなだが、私たちが普段口にする果実は、科学技術の介入によって人間好みにアレンジされている。「科学由来のアレンジメントの妙」が人間の味覚を満たすのだ。果実は触媒であり、その身は徹底的に分解されて、再構築される。果物をメインとした映像を目にする度に「嗚呼、今生において、つくづく果物として生まれなくて良かったなぁ」と安堵する。ただ、私は果物を蔑んでいるわけではない。…

  • 草花・孔雀・死神

    懐かしい夢を見た。それは、虹の園で草花を愛でている夢だった。草花には名前などない。植物界の序列から弾き出された、どうにもこうにも目途が立たない、ならず者の草花だった。その草花の姿形はどうにも珍妙であり、いかにも異常であった。まかり間違っても、紳士淑女になど列せられることなくその生涯を閉じることが確約された存在であった。もちろん、紳士淑女という型枠に対して微塵たりとも興味を示さない草花もいる。「理想の帰属先」は人それぞれであり、植物もまた例外ではない。ただ、人間であろうが植物であろうが、各個体に共通の重要事はある。その中でも最も大事なのが「礼を失しない」ことだ。たとえ自分自身が紳士淑女として地域…

  • 雑多譚

    麗しい春の訪れにもかかわらず、罪業人は藻屑となり、やがて泡となって浮き上がった。憐みに足るような存在とは程遠い。さすれば花は、潔さでは引けを取らない。この期に及んで、蘇生など望むべくもない。奸計に陥り、打ち滅ぼされたとて、一度たりともやり直しは効かぬ。簡素な宅にて往生す。これすなわち本道なり。あけっぴろげに臥すがよい。幾ばくかの餞別と共に、永遠の隘路をさ迷い歩くのみ。のどの渇きを訴え出たとて、全くの徒労に終わる。成果は得られず仕舞いで生命終結。吐血で破滅。やんぬるかな、血まみれの鉄棒。 死出へと続く逆上がり公演。演目は上がり目に祟り目。もはやこの段において、一刻たりとも猶予はない。ドブ川に立ち…

  • 洞窟の鬼

    その鬼は、洞窟の中でひっそりと暮らしていました。洞窟の中はとても暗くて、この上なくジメジメしています。洞窟の中を明るく照らすものはなにもなく、暗闇が全体を覆い尽くしています。鬼は暗闇が好きなので、周りが真っ暗でも全く気にしません。暗闇に覆われているということは「自分とそれ以外」の境目が曖昧になるということです。鬼は、自分の身体と暗闇が一体になることに喜びを感じていました。身体が闇に溶け込み、混ざり合い、一緒くたになることに対して、無情の幸せを感じていたのです。 鬼は、生まれてから一度も洞窟の外に出たことがありません。遥か昔、洞窟の中に鳥が迷い込んだことがありました。その鳥は「君は一度も洞窟の外…

  • 黄金のマッチ

    暗転からの動転。それが私のたった今である。視界の隅に位置する女は、タバコをぷかぷかとふかしている。ただ漫然と煙を吐いているのではなく、等間隔に同程度の煙幕塊を現出させている。その様子はヒヨコ鑑定士のように鍛錬されていた。私が一言「ヒヨコ・・・」と呟くと、女はこちらに視線を向けて、「アンタまだ寝ぼけているのかい。これはヒヨコじゃなくてタバコだよ」と言い、赤くてらてらと光る口元を歪めた。私は布団からもぞもぞと抜け出し、女と相対する姿勢、すなわち迎撃体制を整えることに腐心した。散乱した意識の断片をなんとか搔き集め、居住まいを正した。 「えーもしもし。ここは一体どこなんだろうね?」 「他力回向」 「え…

  • 赤い光

    払底した安らぎの中に、見知った顔がちょこんと居座っていた。その女は以前、当今よりも遥か昔、私の眼窩を占領したのである。私はその日、懐手で何の気なしにぷらぷらと往来をのたうつように周遊していたのだが、当の女を一目見るに、瞬く間に頭全体がマッチの火を灯したような塩梅になった。すなわち、火急の事態に陥ってしまったのである。 女は寂れた店の小さな飾り窓から、こちらにじっと視線を射定めている。それは私の自意識過剰によるものでもなければ、軽佻浮薄な思い上がりによるものでもない。女はまるで大漁旗を掲げる漁師のように、私がいる方向を誇らしげに眺めている。私は捕らえられた。その実、見事に捕獲されたのである。 ま…

  • アリの巣の噂

    道の外れの窪んだ場所に、アリの巣があります。そのアリの巣はとてつもなく暗く、果てしなく深いものでした。まるで、天高くそびえ立つ塔を逆さまにして、地中に埋めたかのようです。そのアリの巣を目にした子供たちは、皆一様に「アリの巣をひっくり返して、中身がどうなっているのか知りたい」と思いました。ですが、誰一人として、実際にアリの巣をひっくり返す者はいませんでした。なぜなら、「アリの巣に触れると、腕ごと根こそぎ奪われる」という噂が広まっていたからです。噂に守られたアリの巣は、刻一刻とその暗さと深さを増しています。目の前に疑いようもなく存在するアリの巣は、まるきり正体のない噂の力によって存続しているのです…

  • 漫画もどき その14

    漫画もどき その14 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その13

    漫画もどき その13 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その12

    漫画もどき その12 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その11

    漫画もどき その11 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その10

    漫画もどき その10 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その9

    漫画もどき その9 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その8

    漫画もどき その8 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その7

    漫画もどき その7 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その6

    漫画もどき その6 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その5

    漫画もどき その5 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その4

    漫画もどき その4 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その4

    漫画もどき その4 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その5

    漫画もどき その5 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その4

    漫画もどき その4 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その3

    漫画もどき その3 - Gatto&Lions

  • 漫画もどき その2

    漫画もどき その2 - Gatto&Lions

  • 描いた絵のまとめ

    ツイキャスで描いた絵のまとめです。

  • 漫画もどき

    数年前に描いた漫画もどきです。

  • 図鑑ラムネをついにコンプリートした

    『図鑑ラムネ』というものをご存じだろうか。図鑑ラムネとは、オリオンが販売しているカード付きのラムネである。この図鑑ラムネには、2種類のカードと10粒ほどのラムネが同梱されている。「当たりのカード」が入っていた場合、ラムネをゆっくりと味わうことになるが、「外れのカード」が入っていた場合、ラムネをやけ食いすることになる。同じラムネでも、出るカードの種類によって、その扱われ方には天と地ほどの差が生じるのだ。ラムネもさぞや辛かろうて。 かれこれ1ヶ月以上、図鑑ラムネを買い続けていたのだが、先日ついにコンプリートした。本当に長かった。買い始めた頃は「20種類なんてすぐに集まるでしょ」と余裕をぶっこいてい…

  • 注文した商品と違うものが届いた話

    最近は、メルカリにハマっている。メルカリというのは、個人が簡単に商品を売り買いすることができるサービスである。「ネットを介したフリーマーケット」と説明すればわかりやすいかもしれない。かなりニッチな商品が低価格で売られているので、個人的にはかなり重宝している。ちなみに、ニッチな商品の意味を検索したら、「どれだけ上手に薦められても、買わない人は買わない商品」という説明文が表示された。ニッチ、スケッチ、ノータッチってか! それでは本題に入る。先日、メルカリで商品を購入した。購入したのは、エポック社が販売している「カプセルコレクション(カプセルコーポレーションではない)」の仮設トイレである。「なぜトイ…

  • 低空飛行の生命線

    その者の容態は依然として安定しなかった。「低空飛行」という意味では安定していると言えなくもない。だが、尺度を拡大した場合、つまり人生という大枠で捉えたとき、安定の二文字を付与することは到底叶わない状況にあった。絶えざる苦痛に苛まれている身体は、生気横溢の正反対に位置していた。衰弱から衰亡へと移行するのも時間の問題だ。その者の身体は、種々雑多な痛みによって刻一刻と蝕まれていたのである。 しかしながら、その者の双眸は、病み衰えていく身体と反比例するかのように輝いていた。輝きは失われるどころか、ますますその光度を増していく。その様子はまるで、身体から搾り取った生気を眼球に注入したかのようであった。爛…

  • 力の具合

    その一角には、そこはかとない力が込められている。それは一体どのような類の力なのだろうか。私は「力の源泉」を探り当てようと努めたが、すんでのところで頓挫した。力の側とて、自身の正体が探られるのを指をくわえて待っているわけではない。力は頻繁に移動する。その移動の過程でこそ、力はその威力を最大限に発揮するのだ。エネルギーをふんだんに帯びた力の挙動は、得も言われぬほど美しい。 そうは言っても、力が常に躍動しているわけではない。力というものは「無尽蔵のエネルギーをその身に宿した常動体」ではないのだ。弛緩もするし、頬杖もつくのである。だが、力のどこが顔でどこが肘なのかはわからない。ただその姿形から、外部の…

  • 少年の歩行

    ある日の夕方のことです。暗い小径を一人の少年がとぼとぼと歩いていました。その少年は、この世の寂しさを一身に背負ったような表情をしています。少年は「自分の身の内に累積した暗い思いを晴らす術」を持ち合わせていません。もちろん、年端も行かない子供なので、そのような類の術を身につけていないのが普通です。ただ、その少年に限らず、ある年代における子供には「普通であることの救済的効用」が作用しないケースがあります。普通の発露というものは、決して万能ではないのです。 少年は、コンクリートで舗装された道の上を歩いています。人の手の介入によって舗装されたその道は、少年の足取りの一切を邪魔しません。歩行を妨げる如何…

  • 初めてのパングラム

    「パングラム」というものをご存じだろうか。パングラムとは、アルファベットを使用して文章を作る言葉遊びである。ギリシア語で「全ての文字」を意味する通り、全ての文字(アルファベットは26文字、ひらがなは47文字)を使って文章を作るのが目的だ。「いいえ。私の目的は文を作ることではなく、パンを作ることよ。だって、パングラムというのは、パンの重量を表す単位なのだから!」と抗弁する貴婦人もおられるかもしれない。なるほど。そのような御方には、どうぞ気が済むまでパンを焼いてもらいたい。そして、おいしいパンが焼けたあかつきには是非ともお裾分けしてもらいたい。お腹を空かせて待っている。 さも得意げにパングラムにつ…

  • グリコのおまけはおもちゃである

    グリコといえば「おまけ付きのお菓子」として有名である。だが、公式には「おまけ」という呼称を採用していない。「おまけじゃなかったらアレは一体なんなんだ?もしやグリコは得体の知れない物体をお菓子に付けて売っているのか!?」という意見もあるかもしれない。まぁ慌てなさんな。キャラメルでも舐めて落ち着きなさい。公式によると、グリコに付いているのは「おまけ」ではなく「おもちゃ」なのだそうだ。創業者である江崎利一の意志によって、おもちゃとお菓子は対等に扱われているのだ。江崎の意思に賛同するかどうかは、あくまでも個人の自由である。 現在のグリコは「アソビグリコ」というシリーズを展開している。グリコ1箱に、動物…

  • 暴れん坊・達っちゃん

    西武ライオンズの今井達也が暴れている。昨日の試合では7回を1失点に抑えて6勝目を挙げたのだが、その内容が凄まじい。投球回が7回だったのに対して、与四死球はなんと8個(与四球7、与死球1)だったのである。この数字を見れば、今井の投球がいかに暴れていたかがわかるだろう。まごうことなき「暴れん坊・達っちゃん」である。余の顔を見忘れたか!! メジャーリーグでは、先発投手が100球未満で完封勝利を挙げることを「マダックス」と呼んでいる(「精密機械」と呼ばれたグレッグ・マダックスが名称の由来)。これにちなんで、日本においては、投球回を上回る与四死球を与えながらも勝利した先発投手のことを「イマイ」と呼べば良…

  • 降り積もる埃

    埃が降り積もる様子を物陰からじっと見つめている男がいた。その男は、古屋敷の土倉を住処にしている。夜陰に紛れて徘徊しては、様々な放擲物を持ち帰るのが常であった。拾い集めた物のほとんどはガラクタに過ぎなかったが、男はそれらを分け隔てなく扱った。埃を払い、日光に当て、風を通した。各工程は厳格な道理に基づいて行われており、如何な介入も許さなかった。男の深奥は、厳重な警戒によって十重二十重に取り囲まれていたのである。 だが男は、ある日突然、拾得物の埃を払うことを止めた。その理由はわからない。もしもその男が振出人や裏書人であったならば、支払いを請求することも可能なのだが、あいにくそのような状況ではない。そ…

  • ノーパンクタイヤの自転車に初めて乗った感想

    先日、ノーパンクタイヤの自転車に初めて乗った。ノーパンクタイヤというのは、文字通り「パンクしないタイヤ」である。「タイヤなのにパンクしないなんて信じられないわ!そんな特異な存在をタイヤと呼ぶのには抵抗があるわ!」という意見もあるかもしれない。確かに、タイヤなのにパンクしないという事実を受け入れるのはなかなか難しいかもしれない。長年の生活で「自転車のタイヤ=パンクするもの」「セックス・ピストルズ=パンクバンド」というイメージが形成されてしまっているのだろう。勝手にしやがれ!! セックス・ピストルズのことはさておき、ノーパンクタイヤである。ノーパンクタイヤがなぜパンクしないのかというと「中身がぎっ…

  • ツイキャスを始めてから一ヶ月経ったので感想を書く

    先日、ツイキャスを始めてから一ヶ月が経った。ご存じない方のために書き添えておくと、ツイキャスというのは、個人が手軽に動画の配信や視聴を行えるサービスである。PCやスマホなどの配信機器があれば、ボタンを押すだけ気軽に配信を行えるのでとても便利だ。ただ、あまりにも簡単に配信が行えるため、配信中毒に陥ってしまう人も少なくない。配信と廃人は紙一重なのである。 ツイキャスといえば「モイ!」 という用語が有名だ。私自身、ツイキャスは視聴したことがなかったのだが、この用語だけは知っていた。例えるならば、隣人の職業は知らなくても「女遊びが激しい」という情報だけは知っているという具合である。それはさておき、「モ…

  • 呆然宣言

    「暫くは呆然とすることにする」 突然の宣言に、皆は面食らった。その宣言を発した者の表情には、反省の色は全く浮かんでいない。「私は付与された権利を行使しただけである。従って、どのような非難を受ける謂れはない。私を糾弾する正当な理由が存在するのであれば、是非とも教えて頂きたい」という態度を全身で表明している。その堂々とした態度は、殊更に立派であった。名誉や対面を損なうことなど全く気に掛けない振る舞いからは、一種独特の崇高さが立ち昇っていた。 呆然宣言を発した者の風貌は、平凡そのものだった。その全体的に丸い姿形は、群衆にすんなりと溶け込む類のものであった。言うなれば、「記憶の深度には到底達し得ない容…

  • 黄色い建物

    その黄色い建物は、明らかに孤立していた。その美しさは誰もが認めるところだが、如何せん実直さに欠ける。畢竟、周囲からは大いに浮き立つ。敬して遠ざける対象として、ごく当たり前に存在しているのだ。しかしながら、黄色い建物にとって、そのような状況は願ってもない状況だった。己の地歩を固める作業に没頭することこそが最良の望みだったのである。 凍り付いて微動だにしない鉄柵の根元には、小さな生物が棲んでいる。それらの生物は、すっかりその場所に馴染んでいるため、「我々は金輪際この場所を離れずに、どっしりと根を張って日々を生きるのだ」と主張しているかのように見える。だが、その内奥に秘した思惑は、外部からの観測結果…

  • 一塊の音

    幽かな響きが耳朶に纏わりついた。深夜、早朝を迎える直前、一塊の音が遊覧していた。この世の成り立ちというものを、中空から見物して回っていたのである。その音は、未だ開けぬ夜の空間を意気揚々と潜り抜けていく。行き先は定かではない。だが、いずれどこかに安住の地を見つけるであろうことは確実である。途切れ途切れに発する異音は、外界との摩擦によって生じる音である。言うなれば、「異質な装いの者のみが発し得る衣擦れの音」である。その異音は、 まだ明けきらぬ空全体に無遠慮に拡散していった。 充分な水量を湛えた貯水池の表面には、黒い影が浮かんでいた。その黒い影は、漸進的に版図を拡大していった。池に棲まう権力者が「も…

  • 日陰の掃除役

    ご覧のようにわたしは、異形の姿をしております。しかし御安心下さい。たとえ姿形が少しばかり、いや実際のところは大いにですが、他の者とは違っていたとしても、起こす行動までもが変わっているというわけではありません。まぁ率直に申し上げて、わたしのやることなすことは、常人のそれとは趣がかなり違うのですがね。まぁそこはご愛敬ということで、どうかお一つお願いしますよ。 そんな変わり種のわたしとは打って変わって、あなたは大変に評判の高い善人です。市井における人気者です。もちろん、あなたが実際にやっていることは、盗人のそれと大差ありません。むしろ、盗人の領域を凌駕しています。そんなあなたが、日の明るいうちに、な…

  • 躍動する海

    海は、誰憚ることなく躍動していた。もしも人間の目に色を精確に判じる機能が備わっていたら、海は一体どのように映るのだろう。海の表面からは、その下に棲息する様々な生物の気配が表出している。海の生物が発露する生命の胎動は、海面の小波と同化して、周囲に円やかに伝播していった。中空から海を見下ろしている鳥は、その様子を興味深げに眺めていた。 あらゆる海は、相互関係にある。言うなれば、海としてこの世に誕生した瞬間に、一蓮托生の連環の中に強制的に組み入れられるのだ。「その全てが互いに繋がっている」という事実は、海の結束を高め、同時に軋轢を生んだ。生じた軋轢は時として、甚大な海洋被害をもたらす。だがその被害は…

  • クマと大樹

    森の奥深くには、一匹のクマが腰を下ろしています。その様子は実に堂々たるものであり、他の動物達からの干渉を全身で拒んでいました。クマはまるで、興味深い本を熱心に読み込むように、自分の世界に没入していました。たとえ森に火が放たれて、辺り一面が焼け野原になったとしても、クマは自身の世界に耽溺することを決してやめないでしょう。クマの思考の深度は計り知れません。 もちろん、クマは実際に本を読んでいるわけではありません。そもそもの話、クマは文字を読むことはできませんし、よしんば文字が読めたとしても、クマ向けに書かれた本というものはこの世に存在しません。 ただ、先のことはわかりません。もしかしたら今後、「わ…

  • トンネル山

    落葉樹林が生い茂るその地には、多くの登山客が訪れる。登山客の表情は、山へ連なるトンネルを境にして一変する。その長いトンネルを抜ける過程において、浮世の鬱憤を洗いざらい捨て去るのである。当然の帰結として、トンネルの内部には、怨嗟や情念、悔恨や慚愧などの様々な感情が山積みになる。トンネル内に打ち捨てられた感情の塊は、周囲の山を圧倒するほどの高度と質量を誇る。いつしか、周囲の生物達は、その感情の塊を「トンネル山」と呼ぶようになった。 トンネル山の体積は、刻一刻と増量している。その煽りを受けているのが、先に挙げた周囲の生物達である。その地に根を下ろして、自由闊達に生命の循環に取り組んでいた生物達は、ト…

  • ちょんまげ頭の男

    きちきちに固めたちょんまげ頭を誇らしげに揺らしながら往来を闊歩するその姿は、寺内町の風物詩であった。男は、赤の他人から無遠慮に向けられる訝し気な視線など全く問題にしなかった。自身の土俵ともいうべき、日々の暮らしを営む領域の内部には一応の関心を向けるのだが、土俵外、すなわち他人の領域にはからきし無関心であった。男が有する道理は、どこまでも垂直であったのである。 男は、日々の糧を得るために、草履を編んでいた。その草履にしても、出来栄えは良くなかった。良くないというよりも「大層に粗悪な品である」というのがもっぱらの評判であった。であるからして、男は当然のように落ちぶれる。だが、男は自身の境遇に関して…

  • ヒトの子の夕方

    ヒトの子は、夕方に躍動する。陽が落ちる直前、周囲の景色が夕闇に染まる頃、その身体性が最大限に発揮されるのだ。ヒトの子は、小高い丘の上に佇んでいる。一見すると、ただぼんやりと時間を浪費しているように見えるが、内実は全く違う。ヒトの子の内部では、生命がこの上ない勢いで炸裂しているのである。その日、ヒトの子は、長い長い休息から目覚めたのだ。 ヒトの子は、ぽりぽりと身を掻きながら、大きなあくびをした。あくびを一つするのも大儀そうな様子である。四肢の末端に残存する眠気を振り払おうと躍起になっていたが、やがてそれが無理だと悟ると、全身の動きをぴたりと止めた。その動作は、大型動物に狙われた小動物が自身の最期…

  • 猫と庇

    真夏の昼下がり、猫は民家の庇の下でまどろんでいた。庇が作り出す影は、猫の身体を覆い尽くすには十分な大きさだった。猫は、ごろごろと気ままに寝転がりながら、影が作り出す清涼さを味わっていた。猫は今、庇の恩恵を存分に享受している。だが、そのことについて特別な感慨を抱いているわけではない。涼むのに丁度良い影があったので、ただそこに居るだけだ。猫の脳裏に、感謝の気持ちが沸き上がることなど期待できない。得手勝手こそが猫の本懐なのである。 庇は、真夏の直射日光を防ぐだけではなく、降雨や積雪を防ぐ役割も担っている。言うなれば、庇というのは、人間と自然との境目に位置する橋渡し役なのだ。そのままの自然というのは人…

  • 会長の煩悶

    私は、ある会の長、すなわち会長を務めているのだが、一人の会員の復帰を待ち望んでいる。会員達に優劣を付けるのは気が引けるが、彼は特別であり、会における求心力は私よりも遥かに高い。言い訳めいたことを言うが、私の求心力が低いのではない。人並ほどはあるはずだし、そう思い込みたい。改めて強調するが、私の能力が低いのではなく、彼の能力が特段に優れているのである。であるからして、彼の復帰というのは、私だけではなく、全会員にとっての切なる望みなのだ。率直に言って、私は彼が羨ましい。私は彼になりたい。 もしもの話だが、私が「そろそろ後進に道を譲ろうと思うのだが・・・」と険しくも穏やかな表情で他の会員に打ち明けた…

  • 悪魔由来の化粧品

    「悪魔由来の成分を含んだ化粧品を肌に塗ると、みるみるうちに肌が爛れ落ちるらしい」 私が小さい頃、こんな噂があった。大人になった今の私は「そんな馬鹿なことがあるわけない」と一笑に付すことができる。だが、子供の頃の私には、そのように簡単に処理することはできなかった。紛れもない恐怖だったのである。「人生を縛る縄」は無数に存在するが、私にとっては、この噂は紛れもなくそれに属していた。 そもそもの話、悪魔のビジュアルとメイクは親和性が非常に高い。悪魔の顔といえば、アイシャドウを塗りたくったような目元や、ルージュをふんだんに使ったような口元を想起する人は多いだろう。悪魔の顔のパブリックイメージが「フルメイ…

  • 発見ヤマト芋

    「その芋は黄金色の光沢を身に纏い、内側からは霊妙な輝きを放っていた」 本棚の片隅に差し込まれていた年代物の植物図鑑にはそう書かれていた。その説明文の下には「ヤマト芋」という名称と共に、乱雑で簡素なイラストが添えられていた。そのイラストを見る限りでは、とても美味しそうには見えなかったが、だからこそ本物をこの目で見て、実際に味わってみたいと思った。僕は、ヤマト芋を探すことにした。 僕は、植物図鑑を片手に、ヤマト芋についての情報を集めることにした。手始めに、村の長老であるキイ婆さんの家に向かうことにした。キイ婆さんは、老齢の婦人である。実際の年齢は誰も知らず、100歳とも150歳とも言われている。こ…

  • 沼の主

    沼の主は、腹の底でぐっと堪えた。沼の底には時折、激流とも呼べるほど勢いの強い水流が噴き出る。沼に棲みついて日が浅い魚の大半は、見るも無残に流される。沼の主は、その様子を義務的に視界に収める。一所に留まる魚にとって、流され行く魚はただの経過物である。視界を横切る経過物の一々に対して、労いの態度や惜別の言葉をかけていたら、とてもではないが身が持たない。沼の主は、自己防衛のために沈黙を貫いているのである。 ただ、激流にしても「その到来を予期することは到底不可能」というわけではない。激流はほぼ等間隔で押し寄せるため、その事実をしっかりと把握しておけば、それなりの対策を講じることによってやり過ごすことが…

  • 魚の白身

    私の眼前には、魚の白身が横たわっている。その様子は大層ふてぶてしく、「ワシがここに置かれているのは至極当然のことであり、異議を唱えようとしても全くの無駄である」と主張しているかのようだ。魚の目は、虚空をじっと見つめたまま、ぴくりとも動かない。視界を遮るものはなにもなく、それでいて全てのものが集約されている一点に対して視点を固定しているのである。視点の土台となるものはとてつもなく強固であり、外界からの干渉を苦も無く撥ねつけていた。その土台は、観測の邪魔になり得る事象の一切合切を晴れやかに拒絶していたのである。 数時間前、魚の白身は、覚束ない足取りで盆の上に横たわった。その様子はまさしく「大儀」と…

  • 夜空の一番

    夜空の一番は、なんといっても月である。夜空に煌めく星も捨てがたいが、なにせ数が多すぎる。数が多ければ多いほど、情愛は分散してしまう。それに、星というのは時刻や季節によって、見える位置が大きく異なる。星は常に動いているのだ。そのため、気まぐれに「お目当ての星がある方角」を見やったとしても、毎回必ず視認できるわけではない。星には星の道理というものがあるので、人間の浅薄な希望になど斟酌しない。そのような星の「気まぐれ体質」を好ましく思う人もいるだろうが、私はそうではない。星に振り回される人生などまっぴら御免である。 星に比して、月は良い。星のように目まぐるしく動かないのが殊更に素晴らしい。もちろん、…

  • 妾の爪切り

    その妾は、少しばかり珍妙な特技を持っていた。爪をぱちんぱちんと切る際に、切った爪を意のままの方向に飛ばすことができるのである。もちろん、その特技が実際に役立ったことはない。役立たないどころか、切った爪は四方八方に飛び散るので、片付けるのがより一層面倒になるだけだ。それでもなお、妾はその特技の実行をやめない。特技というのものは、その者の特性を外部の者にもわかりやすい形で表出するものである。そのため、特技の実行をやめるということは、取りも直さず、その者で在ることをやめるということに他ならない。爪を切るのは容易だが、命を絶つのは困難なのだ。 以前、爪を切るのにあまりにも熱中していたので、背後に人が立…

  • ブラックホールうんぬん

    宇宙には、無数のブラックホールが存在しています。「無数だなんてそんな大げさな」という意見もあるかもしれません。ですが、現実に即した表現を用いるのであれば「無数」という言葉が最も適切なのです。観測可能な宇宙には、千億個以上のブラックホールが存在するといわれています。この千億個というのは、まっとうな感覚を保持したままでは、相対することが困難な数字です。数字そのものがブラックホールを内在しているといえるほど、途方もなく大きな数字なのです。 ブラックホールというのは、言うなれば「巨大な星の残滓」です。大抵の場合、巨大な星が爆発すると、その跡地にブラックホールが誕生します。建築物を解体すると相応の廃材が…

  • 星の死

    真夜中に何気なく空を見上げると、いつもと同じ星がいつもと同じ様子で輝いています。ですが、星にしても「昨日と今日とで全く同じ」というわけではありません。私達人間と同じように、星にも寿命があります。そのため、昨日よりも今日、今日よりも明日の方が死に近くなるのです。地球という遠く離れた場所からは全く変わらないように見える星も、近くで見ると、その変化がいかに激しいものであるかがわかります。もしも星のすぐ近くに生物が生息していたら、「星が刻一刻と変化して、その命が減じ行く様子」がはっきりとわかるはずです。 星の内部で起こっているのは「核融合反応」という動きです。核融合反応は、主に水素を燃料として起こって…

  • 猫と星

    ある所に、少しばかり、いや、かなりの度合いで偏屈な猫がいました。その猫は、自分のことを巨岩かなにかのように思っているふしがあるようで、日中はほとんど動きません。降り注ぐ陽光にその身をさらすことに専心するのみであり、他のことは一切眼中にないのです。周りの猫達は、その猫のことを視認してはいるものの、干渉はしません。まるで「視界には一応収めているが、決してピントは合わせない」と示し合せているかのようです。それはごく自然のうちに構築された意識の動きであり、何者かに強制されたものではありません。時間の経過と共に四季が移ろうように、猫達の思考も変容するのです。 日が暮れて、周囲の景色が暗くなると、その猫は…

  • 尾行者への警戒

    日暮れて家路を急ぐ男がいた。その男は、何者かに尾行されている。なぜ自分が尾行されているのか。心当たりはまるでない。だが、この際、心当たりの有無などどうでも良いことだ。自身の胸の内を丁寧に探ったところで、尾行されているという事実は揺るがない。男は可能な限り早足で歩いたが、尾行者との距離を広げることはできなかった。尾行者は、付かず離れずの距離をしっかりと保っている。男は半ば感心しながら、尾行者がいるであろう方角を眺めた。はっきりとは視認できないものの、その方角に尾行者がいるということは明らかだった。男は、尾行者の双眸から放たれる視線を確かに感じていたのである。 尾行者は、自身の姿を男に正視されない…

  • 肩の膨らみ

    「火中の栗を拾うのですよ」左の肩から、唐突に声がした。半醒半睡の状態にいた私の耳に、その声は遠雷のようにじんわりと響いた。重たい瞼をこじ開けて左肩を凝視してみると、中央の部分がうっすらと膨らんでいた。声の主は、どうやらその部分に潜んでいるらしい。私は何の迷いもなく、その部分を手元にあった短刀で切り落とした。切除するにあたっては、何の迷いもなかった。ただ私の意識が「その膨らみは災厄をもたらす」と告げたのである。私は、自らの意識の忠告に従ったまでだ。 切り落とされた膨らみは、暫しの間、床の上でのたうち回っていた。私は幾分軽くなった肩の具合を確かめながら、その様子を眺めていた。異物を排除した今、この…

  • 干からびた猿

    干からびた猿の身体は、だらしなく弛緩していた。ただ、干からびているといっても、死んでいるわけではない。生命はしっかりと宿している。その証拠に先程、一匹の狐が猿の目の前を通りかかったとき、猿は全身の膂力を総動員して、狐の捕獲に努めた。すんでのところで狐を取り逃したものの、猿は悔しそうな態度は全く見せなかった。それは、やせ我慢をしているのではない。実際のところ、猿の心中には、悔恨の情が一欠片も存在していないのである。「狙っていた獲物を取り逃したのに、悔しく思わないなんてことがあるのかい」という意見もあるだろう。だが、現に猿からは、悔しさという感情が綺麗さっぱり欠落しているのである。これはただの事実…

  • 彼の振る舞い

    麻の布地は、陽光に照らされて浮き上がって見えた。彼はその布地を大変気に入っていたようで、「最期はこの生地に巻かれていたい」と常々口にしていた。そして今、その願いが成就している。彼の身体は、棺の中に整然と納まっている。ついに念願を果たしたのだ。生命をやり遂げた彼の静止した表情は、この上なく安らかである。まるで、この世に生を受けてから形作ってきた無数の表情の中から、人生最良の瞬間を慎重に選び取ったかのようであった。その表情は、彼の顔の枠内に寸分の狂いもなくぴたりと納まっていた。表情の納まり具合と身体の納まり具合は、確かに呼応していた。その呼応は、生命の往来の途上で命尽きた者だけが発する極めて独特な…

  • 個人の意思決定

    貴方が全幅の信頼を置いて寄りかかっている大黒柱は、永久不変のものではありません。それは一見、非常に強固であり、どの角度から見ても堅牢な造りをしています。ですが、その姿形は実態を精確に反映したものではありません。なんとなれば、外部からの些細な入力によって、土台を含む一切のものが瓦解してしまうことも十分にあり得ます。無論、貴方はそんなことなど先刻承知でしょう。貴方の顔面には「自明のことをさも得意げに語る、目の前の老いぼれは一体なんだろう」という意識がくっきりと表出しております。聡明な貴方ならば、「外部に漏れ出す意識の効用」については心得ていることでしょう。つまり、貴方には「眼前の老人に対して、自分…

  • タロベエの疾走

    タロベエは、あぜ道をひた走っている。その顔はぶんむくれていて、「オイラは今、カンカンになって怒っているんだい!」という明確な意思表示をしている。なぜタロベエがそこまで怒っているのかはわからないし、そもそもの話、なぜ走っているのかもわからない。人の感情や行動の一々に対して理由を求めるのは野暮だが、それでもなお探りたくなるのが人間の性である。だが、現今のタロベエは疾走と憤怒に専心しているので、理由を探ることは叶わない。探求するためのよすががないのだ。「物には時節」ということわざを持ち出すまでもなく、今はそのときではない。タロベエが歩みを完全に止めて、怒りの感情を存分に発散した後に、理由をそれとなく…

  • 盗人の観測

    「どんな話も、あたしにはひどく退屈なので御座いますよ」そう言って盗人は、手元の帳簿に目を遣った。たった今、私の眼前では、正々堂々と窃盗が行われている。なぜ私はその悪辣な行為を傍観しているのか。それは、私が罠にかかって、宙吊りにされているからに他ならない。私は「万歳の姿勢」を取りながら、ただただ吊り下げられているのだ。子供の時分には、このような無防備な姿勢を他者に向けてよく開陳したものだが、長じて後は、そのようなこともなくなった。頭部の不快感は刻一刻と増しているが、私にはどうすることもできない。事ここに至って、私は今、考慮の余地なく生命の当落線上にいる。 私の意識が放埓している間にも、盗人は粛々…

  • 異臭と懊悩

    小さくてみすぼらしい家の屋根裏に、そいつはひっそりと住んでいた。屋根裏はどこまでも暗く、大量の埃が無遠慮に乱舞している。そいつは、屋根裏の最奥に腰を据えていた。そいつのテリトリーに一歩足を踏み入れると、途端に異臭が鼻をつく。一度、鼻に付着した異臭はなかなか消えずに、鼻腔内にどっかと根を下ろす。鼻の奥が「つん」となるのではなく、鼻の奥に「でん」と居るのである。その堂々とした居座り方は只事ではない。人によっては、平静を失うことになるだろう。たとえそのような事態になろうとも、異臭はどこへも消えやしない。宿主が失神しようが錯乱しようが昏倒しようが、異臭は全く動じない。どこ吹く風である。鼻腔の中には、無…

  • 風に抗う木

    垣根の傍らに、一本の木が生えている。その木は風をもろともしない。風に揺らされることを全身で拒んでいるのだ。ただ、その木が風そのものを拒絶しているというわけではない。風を拒むことと風そのものを拒絶することは違うのだ。その木は「風が有する特性によって我が身が強く揺さぶられる」という事象を忌避しているのである。周囲には、その木の態度を見て、「なんであの木はあんなにも意固地なのだろうか」と疑問に思っている小動物もちらほらいるが、それは大いなる誤解である。木は意地を張っているのではなく、ただその場所において、ひたすら根を張って生きているのである。このことについては、そろそろ気が付いても良い頃だ。 その木…

  • 白い手のひら

    十九歳になった彼女の手のひらは、この上なく白く透き通っていた。彼女はその白い手を本棚に這わせて、目当ての本を探していた。どの本を探しているのかは、彼女自身にもわからない。ただ、「なんだかボワボワしたような本」という抽象的なイメージがあるのみだ。そのイメージを頼りにして、本棚の探索を黙々と続けた。そうこうしているうちに、すっかり日が暮れた。昼間には鳴りを潜めていた闇夜が、部屋の中を縦横無尽に飛び回っている。その勢いは凄まじく、帰りの会が終わった途端に校庭に向かって走り出す小学生の姿を連想された。昼間は光によって抑圧されていた闇も、夜は我が物顔で出歩いている。彼女はその光景を見て、棲み分けの重要性…

  • 11匹の猫

    ある村のあばら家に、一人の貧しい男が住んでいました。男の家には、猫が11匹います。どの猫もひどく憎たらしく、それ故にとても愛らしい存在です。男がなぜ貧しい境遇に置かれているのかというと、猫のためにお金のほとんどを使っているからです。男一人が生活するぶんには、お金は少ししか必要ありません。ですが、猫を11匹も飼っているとなると話は別です。どの猫も同じ食べ物を食べるというのであれば楽なのですが、それぞれの猫には好き嫌いがあるため、別々の食べ物を用意しなければなりません。数種類の食べ物を毎回用意するというのは、大変に骨が折れる仕事です。男の生業は炭を焼いて売ることなのですが、炭を焼くことよりも、猫の…

  • いっしょさん

    ある所に「いっしょさん」という子供がいました。いっしょさんは「いっしょに」の後に生まれました。いっしょにはとても明るく、いつも友達と楽しそうに遊んでいました。ですが、いっしょさんは違います。いっしょにが照り付ける太陽のように輝いている一方で、いっしょさんは燃え尽きる焚き火のようにくすんでいました。二人が会話を交わすはほとんどなく、ごくたまに、相手の顔をちらりと見やって、お互いの存在を確認するだけでした。 いっしょには、一人で遊んでいるいっしょさんに対して「僕たちと一緒に遊ぼうよ」とは言いませんした。なぜならば、それぞれの人には、それぞれの世界があるからです。いっしょにの世界では「友達と遊ぶこと…

  • 石のような男

    石のように微動だにしない男がそこにいた。その男は、よほど久しく長らくの間、その場所を動いていない。なぜそのことがわかるのか。それは私が根気強くその男に視線を向け続けたからに他ならない。私は、所持している時間の最大限をその男の観察に費やしてきたのだ。もちろん、私の行動それ自体に賛辞を贈る者など誰一人としていない。私は賛意も称揚も礼賛も求めていない。ただ一つ、「自らの意思によって策定した視点の固定」のみを求めていた。その求めに応じることは容易ではないが、やってできないことはない。希求するものの範囲と精度にこだわらなければ、大抵のことはなんとかなるのだ。 一見、石のような男は世間に拘泥しているかのよ…

  • 常夜

    ある朝、男は胸が締め付けられるような感覚に襲われて目が覚めた。どのような夢だったかは覚えていない。だが、それが歓迎できる類のものではないという感触は残っていた。男の心理と呼応するかのように、ベッドのスプリングがギシギシと不穏な音を立てている。「こんな音を目覚ましに起きることほど不快なものはないな」と呟きながら、男は何の気なしに窓に目を向けた。窓はハマグリのようにピタリと閉じている。頭を少しだけ上げて窓を注視すると、窓枠の片隅に、何かが蠢く気配を感じた。 ベッドから立ち上がって近づいて見てみると、一匹の毛虫がいた。その毛虫は全身が茶色で覆われており、こんもりとした胴体をせわしなく動かしながら、何…

  • ユイチの涙

    ユイチは、一介のカラスです。ただ、他のカラスとは見た目が違います。ほとんどのカラスは全身が真っ黒であり、いかにも「闇そのもの」という風貌をしていますが、ユイチは白色と黒色が合わさった色をしています。カラスというのは、必ずしも「全身真っ黒」ではありません。たとえ、ほとんどのカラスが真っ黒だとしも、全てのカラスが真っ黒というわけではないのです。そして、真っ黒のカラスが正しくて、それ以外のカラスが正しくないというわけではありません。それぞれのカラスは、それぞれの色を身にまとって、淡々と生きています。たとえ色は違くても、生き続けることが大事であることは変わらないのです。 カラスには「オオタカ」という天…

  • ユラユラしっぽ

    「変な話を聞きたいかい?」飼い犬のポンタは、野良猫のチロにそう言いました。チロは黒くて小さな猫です。ポンタとは違って、チロは言葉を話すことができません。なので、チロは首元についている鈴を鳴らして、合図をします。「うん」のときはチリンと一回鳴らし、「うーん」のときはチリチリンと二回鳴らします。ポンタの顔を見ながら、チロはチリンと一回鈴を鳴らしました。うんの合図です。 「よし、それじゃあ話を聞かせてあげよう。あのね、僕の飼い主は、良い人そうに見えるんだけど、実はそうじゃないんだ。もちろん、悪い人ではないんだけど、良い人でもないんだ。わかるかな?これからそのことを詳しく説明するね。何日か前に、僕の家…

  • 如実な気配

    如実な気配は、どのような人物にも斟酌しない。心得のある人物であろうが、心根の腐った人物であろうが、皆等しくその背後にまとわりつく。ただ、まとわりつくといっても「ピタリ」という具合に接近するわけではない。如実な気配にしても、一定の距離を保つだけの分別は持ち合わせている。そのような事実を自ら発表する必然性はない。所詮、自分だけがわかっていれば良いことだ。 如実な気配が最も忌み嫌うのは「大それた事象」である。さざ波のような穏やかな日常を希求する如実な気配にとって、大波や高潮などの事象は願い下げである。最も、いくら拒んだからといって、それらの到来を回避することはできない。波はただ押し寄せては引いていく…

  • トンボのブン

    空を自由自在に飛び回っているのは、トンボのブンです。ブンは、自慢の羽を交互にはばたかせながら、気持ちよさそうに飛んでいます。ブンが空を飛んでいると、鳥や虫たちがどこからともなく姿を現します。鳥や虫たちは、ブンの羽音を聞くのが大好きなのです。ブンは、いつもよりたくさん羽を動かして、みんなの期待に応えます。そんなブンの様子を見て、みんなはやんややんやの大騒ぎです。ブンは、みんなの嬉しそうな表情を見て、心の底から満足しました。みんなは、ブンの姿が空に消えるのをしっかりと見届けてから、それぞれの場所に帰っていきました。 ブンの羽音は、普通のトンボの羽音とは全く違います。普通のトンボは「ブゥンブゥン」と…

  • 人間に立ち向かう方法

    ある日、「人間に立ち向かう方法」を考えるために、山の動物たちは集まっていました。まず初めは、スズメです。スズメの人間に対する怒りは、他の動物たちよりも遥かに強いものでした。それもそのはずです。今まで、数えきれないほどのスズメが、人間が持つ銃によって撃ち落とされてきたのですから。スズメには、銃から身を守るすべがありません。なにせ、銃というのは「ズドン」という音が鳴り響いたかと思うと、すでに弾が身体にめり込んでいるという、とても恐ろしいものなのです。いくらスズメが素早くても、「音の速さで自分に向かって飛んでくる弾」を避けることはできません。スズメは、銃の恐ろしさをとうとうと語りました。山の動物たち…

  • ハツカネズミのミュー

    ハツカネズミのミューの住処は、古びた家の屋根裏にあります。その屋根裏は、ジメジメ、ゴワゴワ、ガサガサしているので、居心地はあまり良くありません。だからこそ、ミューはこの場所を住処にしているのです。居心地が良くないということは、他の動物にこの場所を取られることがないということです。もしもこの場所がポカポカ、フワフワ、ツルツルしていたら、他の動物たちがどっと押し寄せてきて、ミューの居場所がなくなってしまいます。自分にとっての良い場所というのは、他の動物にとっても良い場所なのです。しかしながら、良い場所にたくさんの動物が集まってきたら、その場所は「良くない場所」になってしまいます。ミューは、そのよう…

  • リンゴの木

    村のはずれの野原に、リンゴの木が生えています。その木はとても大きく、たくさんの葉っぱが風に吹かれてワサワサと揺れています。その賑やかな動きに誘われて、小鳥たちが一羽、また一羽とやってきます。リンゴの木の枝はしっかりしているので、小鳥たちは安心して羽を休めることができるのです。小鳥たちは、木の枝の上で踊ったり、歌ったり、昼寝をしたりして楽しく過ごしています。 リンゴの木に集まるのは、小鳥だけではありません。木の根っこの周りでは、リスたちがほっぺたをプウと膨らませながら、元気よく走り回っています。リスたちのほっぺたの中には、どこからか取ってきた、おいしい食べ物がわんさか詰まっているのです。ほっぺた…

  • やさしさの行方

    はるか遠い昔、地球の片隅に、心がやさしい人しか住めない町がありました。町の人々は「自分がどれぐらいやさしいか」や「これまでにしてきたやさしいこと」を誇らしげに語ります。この町の人々の心の中には、後ろ暗い部分は一切ありません。他人にやさしくするということを当たり前に受け入れて、心穏やかに暮らしているのです。 なぜこのような町ができたのでしょうか。それは、町はずれにある古びた家に住んでいる老夫婦が知っています。老夫婦は、この町の成り立ちを、それこそ「赤子が大人に成長する様子」をつぶさに見つめ続けてきました。町がすくすくと育って、やがて独り立ちしていく様子を間近で見守ってきたのです。この町の生き字引…

  • 洞窟の鬼

    その鬼は、洞窟の中でひっそりと暮らしていました。洞窟の中はとても暗くて、この上なくジメジメしています。洞窟の中を明るく照らすものはなにもなく、暗闇が全体を覆い尽くしています。鬼は暗闇が好きなので、周りが真っ暗でも全く気にしません。暗闇に覆われているということは「自分とそれ以外」の境目が曖昧になるということです。鬼は、自分の身体と暗闇が一体になることに喜びを感じていました。身体が闇に溶け込み、混ざり合い、一緒くたになることに対して、無情の幸せを感じていたのです。 鬼は、生まれてから一度も洞窟の外に出たことがありません。遥か昔、洞窟の中に鳥が迷い込んだことがありました。その鳥は「君は一度も洞窟の外…

  • シマウマの島

    その島は、「シマウマの島」と呼ばれています。シマウマの島では、たくさんのシマウマが協力し合って暮らしています。一匹では難しいことでも、二匹いれば難しさは半分になり、四匹いれば難しさは四分の一になります。お互いに助け合うことで、それぞれの暮らしを少しずつ楽なものにしているのです。助け合うということは、支え合うということです。シマウマの島では「命の支え合い」をそこかしこで見ることができます。その光景は、手のひらにそっと閉じ込めておきたくなるような、とても綺麗で輝かしいものです。 シマウマの主食は草です。シマウマの島には、たくさんの種類の草が大量に生えています。そのため、それぞれのシマウマが、それぞ…

  • 無限太鼓

    村のはずれに、古びた太鼓がポツンと置いてあります。その太鼓をポンと叩くと、太鼓がもう1つ増えます。また太鼓をポンと叩くと、さらにもう1つ増えます。叩けば叩くほど、太鼓の数が増えるのです。村人達は、その太鼓のことを「無限太鼓」と呼ぶことにしました。当初は村の一画を占めるに過ぎなかった無限太鼓ですが、漸進的にその版図を広げて、今では村全体を覆い尽くすまでになりました。村人達は、無限太鼓の胴に映る自分の姿形を目にしながら、日々の生活を営んでいるのです。無限太鼓は、もはや揺るぎない存在になっていました。 そんなある日のことです。一人の村人が家を出たとき、突風によって無限太鼓が倒れて、その下敷きになって…

  • おじいさんのバランス

    遥かな昔、辺鄙な村の片隅に、とても奇妙なおじいさんがいました。そのおじいさんは、車輪の上で生活していました。車輪の上で生活するためには、絶えずバランスを取り続けなければなりません。今でこそ簡単そうにバランスを取っているおじいさんですが、最初の頃はしょっちゅうバランスを崩して転んでいました。おじいさんが転ぶ度に、車輪がクルクル、目がクルクル。数え切れないほどのクルクルを乗り越えたからこそ、おじいさんは上手にバランスを取れるようになったのです。 ある日、おじいさんは「自分はなぜ車輪の上でバランスを取り続けるのだろうか」とふと疑問に思いました。それはもっともな疑問です。おじいさんがバランスを取り続け…

  • 到達を拒む声

    遥か昔、ある屋敷の瓦棒の上に、大きな卵がのっていました。その卵は橙色をしていて、ところどころひび割れています。その奇異な姿形は、人々の目を強く引き付けました。その卵は、時折、奇妙な声を発しました。その声は、耳に届いた瞬間にまるごと消え去ってしまうような刹那的なものでした。聞き取ろうと奮闘しても、声は瞬く間に暗い淀みの中に引きずり込まれてしまいます。聞くに堪えない声ではなく、聞くに達しない声なのです。その声はやがて「到達を拒む声」と呼ばれるようになりました。 幾星霜を経て、「到達を拒む声を聞くことができれば、どんなに重篤な病でもたちどころに治る」という言説が流布しました。何の因果かはわかりません…

  • 無人の舞台装置

    薄闇の中から、微かに羽音が聞こえる。その音は、死の出来を予感させるものだった。一人の老人は今、生と死の瀬戸際にいる。あとほんのわずかな要素が加われば、老人は死の淵に引きずり込まれ、二度と現世に這い上がれなくなる。老人はただ静かに、自身の死を嘆いている。だが、その嘆きには悲壮感は全くない。老人はただ「死を嘆くという儀式」を通り一遍に行っているだけだ。嘆くという行為を経由しなければ、死は結実しないのである。 老人の身体からは、微細音が途切れることなく発せられている。その音は疑いの余地なく、生命の鼓動である。老人がこの世に生を受けてから今の今まで、その鼓動は一時たりとも鳴り止んでいない。鼓動には、意…

  • 落下猿

    逆さまに落ちてゆく猿がいた。猿の表情は険しく、その顔を覆う表情筋の一切は強張っていた。猿は、敵の姦計に陥って、そのような危機的な状況に瀕しているのだが、怒気をあらわにしなかった。そもそも猿が怒り心頭に発したからといって、事態が好転するわけではない。猿は、自身が落下する過程において、怒りの感情が消失する様子を見た。ただ、正面からまじまじと見たのではなく、横目でちらりと見ただけである。それでも、見たということには変わりない。自身の内に次々と湧き起こる感情を注視して、その一切を丁寧に検分する余裕など、猿にはありはしない。よしんば余裕があったとしても、猿はそうしないだろう。猿には猿の道理というものがあ…

  • 名高いハム

    名高いハムは、日がな一日その身を陽光にさらしていた。起き抜けに「ハムなんてものは、お前以外にもごまんといるのだ」と買主に言われたので、不貞腐れているのである。名高いハムに同情する者は誰もいない。それもそのはず、そのハムは手間暇を最大限にかけて作られた至極上等なハムなのだから。名高いハムを一個作るのにかかる費用は、名も無いハムを百個作るのにかかる費用に相当する。言うなれば、名高いハムの足元には、百個の同類の屍が横たわっているのだ。時折、名高いハムは、朽ち果てた無数のハムに対して瞑目して祈った。同じ臭みを持つもの同士、相通じるものが確かにあるのだ。 名高いハムの心中を察すると、なんともやるせない気…

  • そいつの陰影

    そいつは、山の上にある古びた館に棲んでいる。いつからそこにいるのかは誰も知らない。「ただひたすらにその場所に居る」というのが周囲の生物達の共通認識である。一定期間同じ場所に身を置くと、身体の少なからぬ部位がその場所に固着するようになる。必ずそうなる。場所というのは、付着物の受け皿である。しゃきしゃきした想念も、じゅるじゅるした存慮も分け隔てなく受け入れる。あらゆる場所は、そのような性質を有しているのだ。たとえそのことについて不満を抱いていても、忌避申し立てはできない。「それはそういう類のものである」という認識を受け入れる他に方法はないのだ。 そいつの姿形は一向に定まらない。ぼんやりしてノロノロ…

  • 些細な邂逅

    小雨そぼ降る昼下がりのこと。私は、自室において半睡半醒の状態に耽溺していた。すると出し抜けに「いやはや、懇ろな関係になりたいなぁ」という声が襖の奥から聞こえてきた。その声には切迫感がまるでなく、これ以上ないほど弛緩しきっていた。 「あなたには大変に気の毒な話なのですが、ここに居る私という存在は、そこに居るあなたという存在とお近づきになりたいのです」 私は、襖の奥から聞こえてくる台詞の内容を検分してみた。どうやら、こちらに害意があるわけではないらしい。私は逡巡することなく、襖を勢いよく開けた。 「いきなり襖を開けるとは、いやはや、なんともせっかちなお方だ。あたなのような性格では、かたつむりとして…

  • 羊とスープ

    僕がベッドに入って、なかなか眠れずにいると、傍にいたお母さんが「眠れないときは、羊を数えなさい」と言いました。 「なんで羊を数えるの?」 「羊を数えるとよく眠れるからよ」 「なんで羊を数えるとよく眠れるの?」 「昔からそう決まっているのよ」 「誰が決めたの?羊が決めたの?」 お母さんは困ったような顔で、僕の顔を見つめています。僕は「質問ばっかりして悪かったかな」と思いましたが、気になるものは仕方がありません。気になったままでは、眠れないのですから。 お母さんは、しばらく考えた後、僕に言いました。 「羊を数えることに決めたのは人間なのよ」 「どうして羊に決めたの?」 「それはね。羊が英語で『シー…

  • 奇妙な頬杖

    その頬杖は、見る者に奇妙な印象を与えた。一見すると、取るに足らない頬杖である。だが、注視してみると、それが歪なものであり、その姿形に対して疑問を抱かずにはいられない。ある者は読みかけの本をそっと閉じ、その頬杖をちらりと見やった。視線が向けられているという事実を頬杖に気取られてはならない。頬杖に感知された瞬間、頬杖を構成する諸要素の一切は瓦解する。頬杖はその瞬間を今か今かと待ち侘びているのだ。 ただ、頬杖にしても、野放図に朽ち果てるつもりは毛頭ない。頬杖の周辺には「頬杖という存在は、何の考えも無しに瓦解するものだ」という思い込みに絡めとられて、思考の型枠を無意識のうちに締め上げている者も少なくな…

  • 人間ドックの思い出

    私がはじめて人間ドックを受けたのは、21歳のときだった。当時、私が住んでいた地域には「成人検診」というものがあって、20歳を迎えた人は、検診の受診が推奨されていた。その検診を実施している施設に知り合いが勤めているという縁もあって、検診を受診することにした。大学が夏休みに入っていたので、とにかく暇だったのである。いざ当日になり、通り一遍の検査を受けて、医師から検査結果を伝えられる運びとなった。それまでの人生で病気一つしたことがなかった私は「どうせ健康体に決まっている」と鷹揚に構えていた。 しかしながら、目の前に鎮座している初老の医師は、そんな私の気楽な考えを打ち砕く一言を放ったのである。「気にな…

  • 野良猫のジョン

    その野良猫は「ヴァオン」と鳴く。声だけを聞くと、まるで犬みたいだ。見た目はしなやかで「いかにも猫です」という風体なのだが、その声は異質である。見た目があまりにも過剰に猫なので、生命体としてのバランスを取るために、声から猫の成分を削り取ったのかもしれない。声からしてみれば、完全にとばっちりである。おそらく声は一生涯に渡って、見た目をジクジクと怨み続けるだろう。声の怨みは恐ろしい。 ジョンは河川敷で生まれた。周囲には、どこの誰かが何の気なしに捨てたゴミが散乱している。それぞれのゴミは、各々の秩序を保ちながら次第に朽ちていく。ジョンは、その様子を惜別の念を抱きながら見守った。生まれた瞬間から共に在っ…

  • 親知らずを抜いた

    昨日、親知らずを抜いた。何を隠そう親知らず(こう書くと隠し子みたいだ)を抜いたのは生まれて初めてである。実を言うと、本来ならば去年の4月に抜く予定だったのだが、あまりにも怖かったので、直前になってキャンセルしたのだ。キャンセルした理由は「緊急事態宣言が発令されたので、しばらく様子を見ます」という、取って付けたようなものだった。歯も簡単に取って付けられれば良いのになぁ(しみじみ)。 そんなチキン野郎がなぜ親知らずを抜くのを決意したのかというと「歯が痛くなって、仕事に支障を来すようになったから」である。1週間ほど前に急に歯が痛くなり、しばらく自分を騙し続けていたのだが、やっぱりどうしても痛かったの…

  • 個の発酵

    過日、ある個が部屋の片隅で密やかに発酵した。その工程は誰にも周知されずに駆動し、誰にも看取られずに終焉を迎えた。個が発酵するに至った経緯は明らかにされていないし、個自体もそのことを望んではいない。そもそも個というのは「それのみにて屹立するもの」である。言うなれば、独立独歩の存在だ。そのような存在に対して、周りの者がやいのやいの言うのは無粋以外の何物でもない。 個はただひたすらに完結を目指しているのであり、その他の一切のものは考慮に入れていないのだ。個が介入を許す条件はいくつかあるのだが、その詳細は明らかにされていない。そのため、個への介入を試みる者は、あらゆる手立てを講じて、個が拵えた参入障壁…

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