この世界の総ては時間の経過によって研削され、いずれは跡形も失くなるものだか、人間の心身もその例外には成り得ない。それ故にか、財と権勢を手にした人間の殆どは高価な布や石をあしらった金物で少しでも我が身を覆うのだ。しかし、きらびやかに覆われた肉体はやがて朽ち果て腐り落ち、後に残るのは薄汚れた骨ばかりと成り果てる。骨董品に関する物語・ハンス・ホルバインの手彩色木版画「死の舞踏」
たかあきによる創作文置き場です。 メインはお題を使ったショートショートですが、たまに長編も載せます。 ジャンルは主にファンタジー寄りのホラーやSFです。
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骨董品に関する物語・ハンス・ホルバインの手彩色木版画「死の舞踏」
この世界の総ては時間の経過によって研削され、いずれは跡形も失くなるものだか、人間の心身もその例外には成り得ない。それ故にか、財と権勢を手にした人間の殆どは高価な布や石をあしらった金物で少しでも我が身を覆うのだ。しかし、きらびやかに覆われた肉体はやがて朽ち果て腐り落ち、後に残るのは薄汚れた骨ばかりと成り果てる。骨董品に関する物語・ハンス・ホルバインの手彩色木版画「死の舞踏」
菫の香りに含まれる成分は短時間で人間の嗅覚を失わせる。そのせいか菫の花を眺める度に蘇りかける香りを伴った記憶も、脳裏で完全な像を結ぶ前に消えてしまう。思い出せるのは一面の菫の中で寝転がる顔も名前も、それどころか年齢や性別すら朧気な誰かの姿なのだと彼は寂しそうに呟きながら、精緻な菫が描かれたティーカップを傾ける。骨董品に関する物語・すみれのティーカップトリオ
ステレオヴューワーのスコープを何度覗いても立体に視えず癇癪を起こした僕に、父は同じように覗きながら、きちんと立体に見えると断言した。あの時感じた遣り場の無い憤りと父に対する断絶の感情は成長した僕が再び覗いたステレオヴューワー画面が立体に見えるようになるまで、絶えず胸の裡にあった。骨董品に関する物語・シックなステレオヴューワー
骨董品に関する物語・秘密結社フリーメイソンの公式マニュアル「ソロモン王と追随する者たち」
中世の時代に欧州の石工集団が創設したフリーメイソンは随分と長い間、謎の多い秘密結社として一般人から胡乱な眼を向けられ続けてきた。しかし結局は彼らも一般社会を構築する市民であり、また昨今の風潮から情報開示的な会報も発行されているらしい。そんな中に会員間の犬猫や家具の譲渡欄があったら面白いと思うののだが如何なものだろうか。骨董品に関する物語・秘密結社フリーメイソンの公式マニュアル「ソロモン王と追随する者たち」
父さんが買ってくれた幻灯機は暗い部屋で蝋燭を置いて照らすと奇麗な色付きの絵が映し出される。この絵が動いたり喋ったりしたらどんなに素敵だろうと夢見る僕に父さんはきっと実現するよと言ってくれた。勿論その時の僕は自分の曾孫が異国でアニメーターなる職に就く事を知らない。骨董品に関する物語・小型の幻灯機
観劇中の彼女は必ず、バッグから取り出したオペラグラス越しでしか周囲を見ようとしない。ある日事情を尋ねると余計なモノを見たくないからだと答えが返ってきた。別に害はないが芝居に集中出来なくなるのが嫌なのだと。ちなみに、その無害なモノが一体『何』であるのかまでは教えてもらえなかった観劇用のイヴニングバッグ
古い手廻しオルゴールを手に入れたと自慢した途端に表情が曇る友人に理由を尋ねると、嘗て読んだ物語に登場したオルゴール機能付きの珈琲挽きに憧れて自作したまでは良かったが、ハンドルがとてつもなく重くなって豆を挽いただけで体力を使い果たして音楽を楽しむ余裕もなかったと言う。当人はメロディーを二重奏にしたからだろうかと悩んでいたが、明らかにそういう問題ではないと思う。古い手廻しオルゴール
コラージュが趣味という彼が持つ小さな手帳は幾枚もの頁に様々なモチーフが貼り付けられ、既に完全には閉じられない扇状と化している。ただしその手帳が異様なのは外見ではなく、例えばアイスを表現する際の素材に決してアイスの画像を使用せずに見る者の視覚と味覚を刺激する事だ。晩秋の創作怪談・切り貼りされた手帳
とある物語に登場する彗星は、一人ぼっちで頭が変になっていて、尾を引きながら転げ回っている星だと称されていた。こういう存在は意思があろうが無かろうが、大概は周囲に無意味で甚大な被害を撒き散らし、人々に恐れられながら世界を行ったり来たりすることしか出来ないものだ。骨董品に関する物語・ドイツ製天文古書「天空の驚異」
一説によるとイエスの母マリアは普通の母親として息子の宗教的活動を快く思っていなかったという。だが、やがて教会は唯一神の男性原理だけでは信者を救済し切れないと聖母の概念を生み出し教義として広めていった。神が天に実在しないとしても地上の人々は神の存在を自ら育むのだ。骨董品に関する物語・図説フランス聖母巡礼の歴史
その古い幻燈機はどの様な写真を設置しても画像の傍らに別の何かが映り込む。もちろん器内やレンズに異常が有るわけではないのだか、その何かは傍若無人に画像を移動しつつ声なき声を発しているように見える。それが祝福か、それとも呪いであるかは幸か不幸か読み取る事は出来ない。骨董品に関する物語・1910年のミラスコープ
理髪店を営む叔父に言わせると、脂を含んだ細く柔らかい毛は鋏にとって非常に切りにくい材質なのだそうだ。故に研ぎ直しを含む定期的なメンテナンスは必須なのだが、その正しい扱い方を知らないと刃の裏面を研いで鋏そのものを完全に使いものにならなくしてしまう場合もあるという。骨董品に関する物語・裁縫鋏のセット
子供の頃に暮らしていた屋敷で働く執事は片眼鏡を嵌めていた。その姿が不思議で何度も見詰めていた僕の視線を彼は極めて儀礼的に無視しながら職務を行っていた。だから僕の父が破産して屋敷を出て行く日、彼が最後にと外した片眼鏡を僕に手渡して元気でと微笑んだ時、初めて泣いた。骨董品に関する物語・イギリス製のモノクル
流石にこれだけ小型だと操演に依る音声は望めないので直接に音楽精霊を憑依させたと奴は得意げに言う。しかしそれでは万が一に制御術式が外れたら延々と音楽が止まらなくなるのではと突っ込みを入れると、まあ百年くらいで止まるからいいだろと無責任極まりない事をぬかしやがった。骨董品に関する物語・テナーサックスのアクセサリー
江戸時代に大流行した変わり咲き朝顔は、花が咲いた大量の鉢を一箇所に集めて受粉後に採れた種子から発生した変種を更に掛け合わせるという実に気の長い方法が行われていたが、遺伝法則も不明確な時代の、結果は神のみぞ知る方法で、何と現代でも幻とされる金色の朝顔が存在した。骨董品に関する物語・葡萄色の祈祷書
エンゼルヘアーなる希少物質から福音をもたらすアイテムを錬成したと自慢する学友から借りた金属製の繰り出し鉛筆で描いた絵が自分史上最高の出来に仕上がったので、拝み倒して売ってもらった。やがて奇跡の御業は失われ、文句を言うと福音アイテムは本体ではなく芯だと答えられた。骨董品に関する物語・メカニカルペンシルと芯のセット
星の狭間を走る列車に乗り合わせた少年の物語を愛読する友人がいい買い物をしたと見せてくれたのは、物語の冒頭に授業で登場した天文図だった。異国の言葉で書かれたその図を僕に向かって示しつつ、このぼんやりと白いものは本当は何かご承知ですかと教師の言葉を真似た彼は笑う。骨董品に関する物語・スペイン製の天文チャート
部屋を掃除していたら棚の裏からゲームに使うカードが何枚か出て来た。子供の頃、長期休暇にいとこや親戚が遊びに来た際に遊んだのが楽しくて、だから皆が帰った後も一人でカードを広げて、その時感じた寂しさと虚しさに任せて部屋中にばら撒いて捨ててしまった時の残りらしかった。骨董品に関する物語・旧東ドイツの星空カルテット
漆黒の空間に何の関わりもないまま輝くばかりの星星を繋ぎ合わせ、輪郭すらも存在しない獣や神話に思いを馳せながら物語を紡いだ古代の人間が理解出来ないとぼやく奴と、全く同じ理由から古代人の考えを推し量れる気がする俺は、お互い相容れないままに黙って同じ星空を見上げる。骨董品に関する物語・19世紀フランス製の獅子座図
紙で出来た学習教材から鉱石製の希少品まで、星座盤であれば見境なく蒐集している友人がまた一つコレクションを増やしたらしいので見に行くと、いつものようにコレは自分が求めていた星座盤ではないと落ち込んでいたので、それならまだ探す余地があるじゃないかと投げやりに慰める。骨董品に関する物語・20世紀初頭の星座早見盤
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この世界の総ては時間の経過によって研削され、いずれは跡形も失くなるものだか、人間の心身もその例外には成り得ない。それ故にか、財と権勢を手にした人間の殆どは高価な布や石をあしらった金物で少しでも我が身を覆うのだ。しかし、きらびやかに覆われた肉体はやがて朽ち果て腐り落ち、後に残るのは薄汚れた骨ばかりと成り果てる。骨董品に関する物語・ハンス・ホルバインの手彩色木版画「死の舞踏」
菫の香りに含まれる成分は短時間で人間の嗅覚を失わせる。そのせいか菫の花を眺める度に蘇りかける香りを伴った記憶も、脳裏で完全な像を結ぶ前に消えてしまう。思い出せるのは一面の菫の中で寝転がる顔も名前も、それどころか年齢や性別すら朧気な誰かの姿なのだと彼は寂しそうに呟きながら、精緻な菫が描かれたティーカップを傾ける。骨董品に関する物語・すみれのティーカップトリオ
ステレオヴューワーのスコープを何度覗いても立体に視えず癇癪を起こした僕に、父は同じように覗きながら、きちんと立体に見えると断言した。あの時感じた遣り場の無い憤りと父に対する断絶の感情は成長した僕が再び覗いたステレオヴューワー画面が立体に見えるようになるまで、絶えず胸の裡にあった。骨董品に関する物語・シックなステレオヴューワー
中世の時代に欧州の石工集団が創設したフリーメイソンは随分と長い間、謎の多い秘密結社として一般人から胡乱な眼を向けられ続けてきた。しかし結局は彼らも一般社会を構築する市民であり、また昨今の風潮から情報開示的な会報も発行されているらしい。そんな中に会員間の犬猫や家具の譲渡欄があったら面白いと思うののだが如何なものだろうか。骨董品に関する物語・秘密結社フリーメイソンの公式マニュアル「ソロモン王と追随する者たち」
父さんが買ってくれた幻灯機は暗い部屋で蝋燭を置いて照らすと奇麗な色付きの絵が映し出される。この絵が動いたり喋ったりしたらどんなに素敵だろうと夢見る僕に父さんはきっと実現するよと言ってくれた。勿論その時の僕は自分の曾孫が異国でアニメーターなる職に就く事を知らない。骨董品に関する物語・小型の幻灯機
観劇中の彼女は必ず、バッグから取り出したオペラグラス越しでしか周囲を見ようとしない。ある日事情を尋ねると余計なモノを見たくないからだと答えが返ってきた。別に害はないが芝居に集中出来なくなるのが嫌なのだと。ちなみに、その無害なモノが一体『何』であるのかまでは教えてもらえなかった観劇用のイヴニングバッグ
古い手廻しオルゴールを手に入れたと自慢した途端に表情が曇る友人に理由を尋ねると、嘗て読んだ物語に登場したオルゴール機能付きの珈琲挽きに憧れて自作したまでは良かったが、ハンドルがとてつもなく重くなって豆を挽いただけで体力を使い果たして音楽を楽しむ余裕もなかったと言う。当人はメロディーを二重奏にしたからだろうかと悩んでいたが、明らかにそういう問題ではないと思う。古い手廻しオルゴール
コラージュが趣味という彼が持つ小さな手帳は幾枚もの頁に様々なモチーフが貼り付けられ、既に完全には閉じられない扇状と化している。ただしその手帳が異様なのは外見ではなく、例えばアイスを表現する際の素材に決してアイスの画像を使用せずに見る者の視覚と味覚を刺激する事だ。晩秋の創作怪談・切り貼りされた手帳
とある物語に登場する彗星は、一人ぼっちで頭が変になっていて、尾を引きながら転げ回っている星だと称されていた。こういう存在は意思があろうが無かろうが、大概は周囲に無意味で甚大な被害を撒き散らし、人々に恐れられながら世界を行ったり来たりすることしか出来ないものだ。骨董品に関する物語・ドイツ製天文古書「天空の驚異」
一説によるとイエスの母マリアは普通の母親として息子の宗教的活動を快く思っていなかったという。だが、やがて教会は唯一神の男性原理だけでは信者を救済し切れないと聖母の概念を生み出し教義として広めていった。神が天に実在しないとしても地上の人々は神の存在を自ら育むのだ。骨董品に関する物語・図説フランス聖母巡礼の歴史
その古い幻燈機はどの様な写真を設置しても画像の傍らに別の何かが映り込む。もちろん器内やレンズに異常が有るわけではないのだか、その何かは傍若無人に画像を移動しつつ声なき声を発しているように見える。それが祝福か、それとも呪いであるかは幸か不幸か読み取る事は出来ない。骨董品に関する物語・1910年のミラスコープ
理髪店を営む叔父に言わせると、脂を含んだ細く柔らかい毛は鋏にとって非常に切りにくい材質なのだそうだ。故に研ぎ直しを含む定期的なメンテナンスは必須なのだが、その正しい扱い方を知らないと刃の裏面を研いで鋏そのものを完全に使いものにならなくしてしまう場合もあるという。骨董品に関する物語・裁縫鋏のセット
子供の頃に暮らしていた屋敷で働く執事は片眼鏡を嵌めていた。その姿が不思議で何度も見詰めていた僕の視線を彼は極めて儀礼的に無視しながら職務を行っていた。だから僕の父が破産して屋敷を出て行く日、彼が最後にと外した片眼鏡を僕に手渡して元気でと微笑んだ時、初めて泣いた。骨董品に関する物語・イギリス製のモノクル
流石にこれだけ小型だと操演に依る音声は望めないので直接に音楽精霊を憑依させたと奴は得意げに言う。しかしそれでは万が一に制御術式が外れたら延々と音楽が止まらなくなるのではと突っ込みを入れると、まあ百年くらいで止まるからいいだろと無責任極まりない事をぬかしやがった。骨董品に関する物語・テナーサックスのアクセサリー
江戸時代に大流行した変わり咲き朝顔は、花が咲いた大量の鉢を一箇所に集めて受粉後に採れた種子から発生した変種を更に掛け合わせるという実に気の長い方法が行われていたが、遺伝法則も不明確な時代の、結果は神のみぞ知る方法で、何と現代でも幻とされる金色の朝顔が存在した。骨董品に関する物語・葡萄色の祈祷書
エンゼルヘアーなる希少物質から福音をもたらすアイテムを錬成したと自慢する学友から借りた金属製の繰り出し鉛筆で描いた絵が自分史上最高の出来に仕上がったので、拝み倒して売ってもらった。やがて奇跡の御業は失われ、文句を言うと福音アイテムは本体ではなく芯だと答えられた。骨董品に関する物語・メカニカルペンシルと芯のセット
星の狭間を走る列車に乗り合わせた少年の物語を愛読する友人がいい買い物をしたと見せてくれたのは、物語の冒頭に授業で登場した天文図だった。異国の言葉で書かれたその図を僕に向かって示しつつ、このぼんやりと白いものは本当は何かご承知ですかと教師の言葉を真似た彼は笑う。骨董品に関する物語・スペイン製の天文チャート
部屋を掃除していたら棚の裏からゲームに使うカードが何枚か出て来た。子供の頃、長期休暇にいとこや親戚が遊びに来た際に遊んだのが楽しくて、だから皆が帰った後も一人でカードを広げて、その時感じた寂しさと虚しさに任せて部屋中にばら撒いて捨ててしまった時の残りらしかった。骨董品に関する物語・旧東ドイツの星空カルテット
漆黒の空間に何の関わりもないまま輝くばかりの星星を繋ぎ合わせ、輪郭すらも存在しない獣や神話に思いを馳せながら物語を紡いだ古代の人間が理解出来ないとぼやく奴と、全く同じ理由から古代人の考えを推し量れる気がする俺は、お互い相容れないままに黙って同じ星空を見上げる。骨董品に関する物語・19世紀フランス製の獅子座図
紙で出来た学習教材から鉱石製の希少品まで、星座盤であれば見境なく蒐集している友人がまた一つコレクションを増やしたらしいので見に行くと、いつものようにコレは自分が求めていた星座盤ではないと落ち込んでいたので、それならまだ探す余地があるじゃないかと投げやりに慰める。骨董品に関する物語・20世紀初頭の星座早見盤
卵の茹で具合と食べ方に対して異様なまでの執着を示す悪友に、俺が課題で作ったエッグスタンドを欲しいと言われた。失敗作だからこれは駄目だと何度も断ったら勝手に持っていかれた。ちなみに失敗作だったので奴が使ったら妙なものが孵ったそうだが、取り合えず俺のせいではないと思う。骨董品に関する物語・菫模様のエッグスタンド
学生時代の級友に、数学と天文学が得意と言うよりは愛していると称するべき相手がいた。この曖昧な世界に於いてそれらは揺るぎない法則であり、世界を読み解き神に近付く手段であるのだと。だが奴は若くして事故で命を落とし、遺された本には天使を思わせる白い羽が挟まれていた。骨董品に関する物語・木版画のたっぷり入った「初級天文学」
幼い頃に母を亡くしたという作家の描く女性は幽玄かつ儚い、そして時には心臓を掴まれる程に艶めかしい存在であり、筆名も相まって特に年若い読者は作者に美しい女性の姿を連想するらしいが、現在残る作家の写真には、線こそ細いが髪を分け眼鏡を掛けた中年男性の姿が映っている。骨董品に関する物語・世界中の女神や妖精を手彩色図版で紹介した「女神と妖精神話の女性史」
桜は死者の霊魂が宿りやすい樹木で、花が咲く時期になると生前の姿に似た鬼が現れることがある。そんな桜鬼は桜に見惚れる人の心を空っぽになる間で喰らい尽くし、花が散ると再び眠りにつくのだそうだ。そして心を喰われた人は、虚ろとなった心を抱えて再び花の季節を待つのだと言う。春の創作怪談・桜鬼
一粒一粒に月光を封じる際、どれだけ綺麗であろうと他の輝きと調和の取れないビーズは使えないので、バッグを造る際はそこに一番苦労しましたと誇らしげな表情で報告してくる学生は人間より遥かに長い時間を生きる種族だったので、当然のように締め切りや納期の概念も異なるようだ。骨董品に関する物語・ビーズのオペラバッグ
蝸牛を喰ったことは無いが蝸牛に喰われた男の話なら知っていると奴は言った。外周を回れるような小さな無人島に漂着した男が、そこに一頭の巨大な蝸牛を発見して当初は面白がって殻に乗り遊んでいたりしていたが、やがて鈍重な蝸牛は着実に男を追い詰め、終いには針が並んだような舌で男の肌をぞりぞりと舐めながらという辺りで、俺は奴の話を無理やり殴って止めさせる。骨董品に関する物語・ユーモラスなエスカルゴピック
大枚を大枚を叩いて購入した骨董品が夜中に歩き回って困ると言う悪友の言葉に人形か甲冑でも購入したのかと思って家を訪ねると、随分と手の込んだ立体装飾が施された猫足付きの水差しを見せられた。移動するのは構わないが飾った花を撒き散らされるのが困るとぬかす奴の眼は完全に本気だった。骨董品に関する物語・デコラティブで豪華なバルボディーヌの水差し
祖母が渡してくれたケースにはリボンで飾られた小さな細工物が収められていた。これは聖なる残滓、奇跡の欠片、ただし効果は一度だけだという言葉の意味をその時の私は分からなかったが、ある日事故に巻き込まれかけて九死に一生を得た私が家に帰った時に、細工物は砕け散っていた。骨董品に関する物語・小型の聖遺物入れ、ルリケール
青猫亭たかあきは昨日、学校で、見知らぬ少年の幽霊に出会い、三丁目の田中さんを見ませんでしたかと号泣されました。僕よりやや年少に見える子供は、校門の前で道が判らないと泣き続けていた。恐らくは何度帰り道を辿っても家に辿り着けないのだろう。無理もない、少年の服装から察するに彼はもう十年以上、彼が生きていた頃とはすっかり変わってしまった道を、今はもう存在しない自分の家を目指しているのだろうから。幽霊その59・泣き続ける少年
バスを待っていると何となく透けた車両が停まった。とりあえず私は乗らずに前に並んでいた透けた人たちを見送って次のバスを待っていたが、何故か一人だけ残っていた透けた人があいつはまだ来ないなどとブツブツ呟いていたので知らない振りをした。この人はあいつが来るまでこうしているのだろうか。幽霊その58・佇む人
自らを異教徒と称する祖父は両親が崇める神を崇拝せず、神を称える芸術からも背を向けていた。祖父は優しい人だったので、私はその美しさを理解して貰おうと何度も讃美歌を歌って聞かせたが、祖父は寂しげに微笑みながら儂が進んできた道はその美しさを許容できないと答えるのだ。骨董品に関する物語・プロイセンの讃美歌集
当然だが通常は義眼の瞳が焦点を結ぶことはない、だが目の前に置かれた箱に収められた鳶色の義眼は何故か明らかに僕を見詰めていた。薄い硝子製の細工に魂が宿る理由は一つしか考えられなかったので、この義眼の出所、と言うか本来の持ち主については出来るだけ考えないことにした。骨董品に関する物語・ドイツラウシャ村製、最高品質ガラスの義眼
クリスマスプレゼントを君にそれは、まだ私がサンタを信じなかった頃。仕事で忙しかった両親は娘の私と季節の行事を過ごす暇もなく、誕生日もクリスマスも日付を遥かに超えてから買い物に連れて行かれ、自分で好きなものを選ぶように促された。とは言え両親の多忙は理解していたつもりだし、時期が遅れてもきちんとプレゼントを貰えるだけマシだなどと醒め切った事を考えながら嬉しそうな顔をしてみせる、今考えると嫌な子供だったと思う。***その年のクリスマスイブ。相変わらず両親は忙しく、私は渡されたお金で夕飯を済ませることになった。幸い近所のスーパーやコンビニにはクリスマス仕様のチキンやケーキ、オードブルなどが沢山売られていて、目移りしながら買い物を済ませて店を出ると、空から大粒の雪が降ってくる。おまけに風の音も響いて来たので急いで家...クリスマスプレゼントを君に
「赤い目玉の蠍」は、とある童話作家が作詞した星巡りの歌の一節だが、友人が錬成したのは青い躰の蠍だった。これは赤い炎より青い炎の方が高温となる故、秘められた静かだが烈しい感情を表現しているのかと思ったら、何でも子供の頃に捕まえた真っ青なロブスターがモデルだそうだ。骨董品に関する物語・ムーンストーンをあしらった蠍のブローチ
欧州を旅行した画家が道中に出くわした野生の芥子畑は実に見事だったという。ただし、赤い絨毯のように広がる一見は可憐な花々の茎は思いのほか頑丈なので素手で手折るのは難しいと。だが、考えてみると確かに自然という存在は人間に容易くその美しさを奪い去らせるほど寛容ではない。骨董品に関する物語・鬼芥子の十字架
最愛の良人を亡くした祖母は、死は終わりではないと形見の祈祷書を手に微笑んだ。私があの人の事を忘れずに様々な形で思い出を紡ぎ続ける限り、あの人が消えてしまったりはしないのだと。やがて私がこの世を去る事になっても、今度は私の愛した人が同じように私を語り継ぐだろうと。骨董品に関する物語・ドイツ製の祈祷書