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ヒキコモリータの生き抜く途(旧イタリアなのにひきこもり) https://www.hikikomolita.com/

30年間の日本OL生活、離婚経験でメンタルは崩壊。海外旅行未経験の私が無謀にもイタリアへ。何年たってもイタリア生活は驚くことばかり。楽しみは食べること☆

ヒキコモリータ
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2019/02/15

ヒキコモリータさんの人気ランキング

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  • 別れ

    別れ

    この記事は一年前のFesta della donna直後に書いたもの あまりに辛くて公開しなかった 一年経って下書きから引っ張り出した 友人が他界した 名前はジャンニ、64歳だった 彼は我が家の隣にある八百屋さん兼酒屋さんのお兄ちゃん コロナ前は毎日のように通うBARだった 朝、仕事に行く時、いつものように挨拶をし世間話をした 5時間後、私が家に帰ると夫が「ジャンニが死んだ」と呆然としていた 昼食休憩後、職場に戻らず連絡がつかなかったため、彼の息子が自宅に向かったところ倒れていたらしい、そして、そのまま旅立った 私がイタリアに住み、最初のFesta della donnaにミモザをくれたのは彼…

  • 荒れる一年

    荒れる一年

    荒れる一年は早い 昨年4月、私は正式に職を得た それと同時に2月から不穏な状況であった夫の勤務先がとうとう倒産した 夫は完全にアルコール依存症となり、朝からお酒を飲み、私が帰宅する時刻には完全に人格が変わっていた 一度お酒を飲み始めると止まらなくなり、一日2本以上のワインを飲む 外出先で飲み始めると気が大きくなってとんでもない額の支払いになることもあった 私の精神状態も限界に近づき始めていた そんな時、ひょんなことから夫に職が見つかった 一安心した時、私は脳梗塞になり救急搬送された 「死ぬときは死ぬ、寿命を受け入れよう」と思いながら日々過ごした 運よく、後遺症もなく過ごしている そして、11月…

  • 褒美

    褒美

    ランキング参加中ライフスタイル 4月も一ヶ月仕事を終えた 2月に面接を受け、翌週から試し勤務があり、4月に正式契約となった 初めて経験する職種、イタリアでの通勤は初体験でバス通勤も緊張の連続 一日、一週間、一ヶ月の単位で仕事終わりにホッとする 4月勤務最終日 仕事帰りに自分への褒美 美味しいカフェとティラミスを一人にやけながら有難くいただいた ティラミスをいただきながら、大きく私を変えたYouTubeを思い出していた 昨年出会った中村天風さんのYouTube www.youtube.com 出来そうで絶対にできないこと 「欲」を捨てること=捨欲 これを自覚することによって随分と楽になった 欲し…

    地域タグ:イタリア

  • 始動

    始動

    昨年、2022年1月にブログ更新をした後、戦争が始まった 私は乳癌検診で治療が必要と診断され、手術も終えた その間、父が天国へと旅立った 父の旅立ちと手術日程がほぼ重なり、その後、コロナに感染したことから日本に帰国することができず、父を見送ることができなかった ずっと私の帰国を楽しみにしていた父だった これが海外生活の宿命なんだと何度も自分に言い聞かせ、仕方ないことだ、と頭では理解していても心の痛みがとれない 父を亡くした淋しさ 異国で手術を受ける緊張・不安 私の心が壊れてしまい、激しい夫婦喧嘩をして警察が来た 悪夢をみているような日々が続いた 父に数々の親不幸を謝ることができず、葬儀にも帰国…

    地域タグ:イタリア

  • 自由

    自由

    今朝、夫を送りだした後、二度寝をした 9時に目覚め「あ~なんて自由なんだろう」としみじみ思った 1月26日から27日に日付変わった午前零時 盛大な花火の音が20分ほど続いた ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の被害者を追悼する花火だ この街に住んでいるユダヤ人たちのお祝いの花火かもしれない 1945年1月27日、ソビエト軍がアウシュビッツ強制収容所を発見し、生存しているユダヤ人を開放した日 ユダヤ人というだけで完全に「自由」を奪われた 生きることさえ許されなかった たった77年前までの出来事 想像を絶する恐ろしく悲しい歴史 幼い頃、アンネ・フランクの日記を読んで以来、ユダヤ人大量虐殺のことは胸が…

  • 激変

    激変

    最後に書いたブログから私の生活は激変した 夫の職場が変わり、生活が変わった 父が入院し、もう会えない、話せないとわかり、考え方が変わった 切なさから家の中でトレーニングを始め、体が変わった 何から何まで変わった 私が変わると夫も変わった 驚くことばかり 自分が大嫌いで攻め続けていた日々から少しずつ変わってきた 自分を可愛がろう 今の幸せを大切にしようと思う 日本の家族を助けることがきないけど、とにかく心配をかけないようにここで幸せな時間を過ごそうと思う 相変わらず家に引きこもっているが、引きこもれる家があって幸せだなぁと思う 時々「もう十分生きた、楽になりたい」と思う自分に対しては、「仕方ない…

  • 気力

    気力

    いつからだろうか 気力が全くない 一ヶ月以上家から出なかった 出来る事ならずっとベッドに入っていたかった 「明日朝、目覚めなければいいのに」と罰当たりなことを何度も思った 体調が優れないこと 心の支えになってくれていた父の調子が悪くなり、突然電話もメールも通じなくなってしまったことが原因 もう美味しいお酒を飲みながらお喋りはできないだろう 私だと認識してもらえることも難しいかもしれない 仕方がない 父が苦しくないこと、淋しくないことだけを願っている 母、姉を助けることもできず、父に心配をかけ続けた自分が嫌いで責めている 感情を処理できない 無意味でエゴイストな考え方から脱出できない これはヤバ…

  • 家

    夫と24時間一緒に過ごす生活が一年以上続いている 今では週に一度ほど買い物に行く時と通院する時以外は二人で家にいることが日常になった 夫婦そろって「ひきこもり」 一年前は毎日のように口喧嘩をしていた 二人ともストレスが溜り続け、イライラし、家の中の空気が重たかった 夫のタバコの量、お酒の量が増え続け、私の不安が増大し続けた 日本から著名な方の訃報が届き、不安は大きくなる一方 「コロナにかかったらどうしよう」 「怖い、怖い」 ベッドに入り、泣き続ける日々が続いた 家の中に妖怪がいる タバコの匂い、夕刻には呂律が回らない夫 家の中が臭いぞ!妖怪は夫だ!と思った 不安から夫の喫煙と飲酒を責め立ててば…

  • マンマ

    マンマ

    夫と口喧嘩をすると夫はすぐに 「マンマに電話しなさい」と言う 私は「ママに話して解決する話じゃないし、ママに心配かけると彼女が気の毒だから電話しない」と言い返していた 最近は口喧嘩することがなくなり、そんな会話も無くなっていた そして、夫に聞いてみた 「どうしてあなたは口喧嘩をした時に、マンマに電話しなさい。と言うの?」 私が想像していた答えは 「日本人母娘は夫の愚痴を話すでしょ?」や「日本人母娘は友達同士のようでしょ?」と言うと思っていた しかし、夫からの答えは衝撃的だった 「だってマンマに電話するのが普通でしょ」 「え?それは男性も?」 「もっちろん、イタリアは昔から何かあったらすぐにマン…

  • 的

    脳再検査、MRIを受けながら考えた 私は的を射た努力をしてきただろうか? 今、的を射た努力をしているだろうか? こんなことを考えているのだから、今まで的を射た努力をして成果を出したことがないのだろうな せっかちで飽き性な性格なので習い事は続かない 仕事は同じ職場で20年以上働いたが、努力をしたという実感がない これまで的を射た努力をしたという実感がない それどころかどこが的なのかわからなかった どうすれば自分の行動は的を射ていると実感できるのだろうか イタリアで暮らし、イタリア語習得における努力の的は私にとって起きている間、朝から晩までが的だ だから単語一つ覚えただけでも的を射てるといえるのだ…

  • 犬

    イタリアで暮らし始めた頃、私は全くイタリア語を理解できなかった 舅はイタリア語しか話さなかった 私のために絶対に英語を使わなかった 私が一刻も早くイタリアを理解できるように 混乱しないように 友人、近所の人に早くなじめるように という考えだった 毎日、舅と二人で長い時間を過ごした 早起きが苦手な私 私が朝起きると、舅は笑顔で私に挨拶をして、私の支度を待って、二人で散歩にでかけ帰り道BARに行っていた BARでは舅は近所の人と談笑して、私は静かに朝食をとる 近所の人が代わる代わる色々な話を舅と私にする 早口なイタリア語で話す人達のイタリア語を私に丁寧に教えてくれる そして、私がありがとうと舅に言…

  • 野菜

    野菜

    私は野菜が嫌いだった 小学生の頃、給食を食べることが出来ず、クラスメートが給食時間を終え、5時間目の授業が始まっても一人給食を目の前にして泣いていた ほぼ毎日そうだった 特に胡瓜が嫌いだった 学校に行くのが嫌で朝になると泣きわめいていた 酷くいじめられていたけど、給食が苦痛だったこと以外、6年間の記憶が全くない 中学に入り、給食がなくなりホッとした 50年以上、野菜を自ら食べようと思ったことはない レタス、白菜、キャベツ、イモ類、ネギくらいしか食べなかった トマトも食べなかった 一度目の結婚で、姑のカレーに大きな人参、玉ねぎが入っていて残し、40歳にもなってこっぴどくお説教を受けた 元夫には気…

  • ラジオ

    ラジオ

    日曜日の楽しみ それはTBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」を聞くこと 週に一度大笑いをする 安住氏の奥深い知識があちこちに散りばめられ、面白おかしく、そして、誠実に伝わってくる きっと、小さい頃から色々な出来事に興味を持ってアンテナを張り巡らし、時を過ごされたのだろう テレビ番組では見え隠れしている彼のオタク的、変わり者的な一面がラジオでは大いに発揮されている アメリカ州覚え歌、サラリーマンラジオ体操は傑作 行き詰った時に何度も聞き返して笑う イタリアで暮らし始め、そして、引きこもりになってからこの番組の存在を知った 時事問題、天気からパンダのネーミングまで広い範囲において深く尖った観点で伝え…

  • 卑屈

    卑屈

    私は卑屈だ 心底恥ずかしい 日本にいる時はとにかく周りが羨ましかった みんなそれぞれに苦労しているとわかっていても、羨ましかった 大学に通う同級生を見て、どうして私はすでに働いているんだろう 結婚した友人を見て、どうして私は結婚できないのだろう 子どもができた報告を受け、どうして私には授からないのだろう と心底羨ましかった イタリアに住み始めてからは 音楽・美術・料理などの留学経験を経てご結婚されたイタリア在住の方のブログを見て自分との違いに愕然とした イタリアで知り合い、イタリアで結婚し、子供を持ち、夫のイタリア姓を今も使っている日本に住む前妻にも嫉妬した 彫りの深いイタリア人の顔、長い足を…

  • 今

    先日、脳MRIを受けながらふと気付いた 私は「今」に集中していないことを イタリアで暮らし始めてからとめどない不安に襲われる コロナ禍においてその傾向が強くなった コロナへの不安 「病院に入ってしまったら生きて家に帰られる?」 「 夫がコロナになったら?」 「永遠に仕事はなくなるのでは?」 将来への不安 「イタリア語をキチンと理解できる日は来るのだろうか?」 「イタリアで一人きりになったら、どうやって生きていくの?」 「滞在許可はどうなるの?」 などを色々と考えだし、止まらなくなる そして、過去へと頭はシフトする 「どうしてあの時、仕事を選んだのだろうか?」 「どうして2年間も夫と別居したのだ…

  • 痛い

    痛い

    友人のマンマがコロナで亡くなった 新年早々、ロックダウン中だったので、家族だけで全てを終えたらしい 病院帰りバッタリと出会って「新年おめでとう!元気だった?」といつも通り挨拶をしたら、「実を言うとね」と話してくれた 「もう涙も出ないよ」と言いながら目から涙が流れた 私達も涙が溢れた 「あっという間でね、仕方ないね」 「また会えるようになったら会おう」と夫が言ったと同時に二人が「ボーッ」と言った イタリア人はわからない時「ボーッ」と言う ハグしそうになった二人はハッとしてすぐに離れた そして「痛いね」と言った 胸が痛い 思い出すとキューッと胸が痛む 友人グループで新年のお祝いメール交換をした時は…

  • 声

    日曜日から声が出ない 夜中に息が苦しくなり、パニックになり、救急をお願いしようと何度か電話をしている間にパニックが収まり、眠って起きたら声が出なくなっていた 翌朝から毎日主治医に来てもらって診察してもらっているが、声以外は正常 昨日、MRI検査を受けてきた まだ声が出ず、あ~とかう~とかになってしまう ということでとても静かな環境 夫とは筆談をしているが、夫はもちろん話し続ける こちらが静かになるとイタリア人がいかに感情豊かに話し続けるのかよくわかる 昨夜、洗濯機の調子が悪くなり排水ができなくなった 私は「排水できなくなって洗濯が止まっているの、どうしよう」とノートに書いた それから夫はずっと…

  • Ciao!

    Ciao!

    夫が大好きなサッカー選手 パオロ・ロッシ氏の葬儀の中継を見ながら号泣している 彼と一緒にプレーした選手達がハグをして背中をさすっている イタリアのニュースを見ていると「Ciao Paolo!」という見出し 決して「Addio」は使わない Ciao!は「じゃぁ、またね」という意味 Addio!!は「永遠にさらば」という意味がある 数日前に他界したディエゴ・マラドーナ選手の訃報には「Addio!Diego」となっていた イタリア人の微妙な心境が感じ取られ、私は驚いた 今年は夫の友人3人が天に召された コロナ禍においてお別れができなかった ご家族もお別れができない状況だった 淋しく鳴り響く教会の鐘の…

  • 愛する

    愛する

    イタリアは「愛の国」 そう言われることがある 「食べて、歌って、愛する 」 「マンジャーレ、カンターレ、アマーレ」 がイタリアの人生観と表現されることが多い イタリアで暮らしていると、本当にそうだと納得できる 「職・財・学」よりも「食・愛」を大切にしていると感じるから ただ、日本に住んでいた時に思い描いていた「食べて、飲んで、愛する」と、住んでからでは違うな。と思うことが多い 「マンジャーレ・食べる」 一日のスケジュールが、朝、甘い物、お昼前におやつ、昼食、夕食前のアペリティーボ、夕食といったスケジュールで一日を過ごすので、食べる機会が多い 自分が生まれた土地の郷土料理を誇りに思い、祖母や母の…

  • 外人

    外人

    ここイタリアでは私は外人、外国人、ストラニエーラ。 外国人の多いイタリアで別に「ストラニエーラ(外国人)」と言われて嫌な気持ちにはならない。 しかし、 先月は2度、スーパーで怒鳴られて、流石に外出するのが嫌になってしまった。 皆さん、コロナで疲れてイライラされているのはわかる。 仕方ない。 ただ、突然、大声で「あなた達中国人のせいで、こんなことになったんだよ」と言われると恐怖を感じる。 日本人、中国人、韓国人の区別は非常に難しい。 私もテレビのニュースを見ていて、看板がなければ、この映像は韓国?日本?とわからないから仕方ない。 夫と一緒にスーパーに行けばいいのだが、今は一家族一人しか入店できな…

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