生きているといくつもの選択肢に遭遇する 結婚か仕事か 離婚か我慢か 研究か実務か 購入か賃貸か 電車か飛行機か 白か黒か赤か青か 実はどちらを選んでも上手くいくことはない 何故ならこの世は思い通りにいかないことを経験する世界だから ということは選んだ選択を後悔することもない 後悔するのは別の選択をしていたら上手くいったのではと思うからであって でも他を選択しても上手くはいかなかったのだから どうせどれを選んでも結果が同じなら 自分の したいこと してみたいこと 憧れていること を選択したほうがいいじゃない それが自分が望むことを選択する理由
ついていない日があったり 運が悪いことがあったり 悲しいことがあったり 何をやってもうまくいかない そんなことが続くと 自分に自信が持てなくなることあるよね でもいつも言うように この世は思い通りにいかないことを経験する世界 なんの不満も不安もない世界が いかにありがたいことであるかを実感できるため 自らあえていろいろな困難があるように 自分の設計図を考えて生まれてきている世界 なので 本当の自分は 完璧で 完全で 非の打ちどころがない存在なのだ だけど比べるものがないとそのことに気づけないのだ だから脚本の中で自ら不運な役を演じているのだ そしてそんな役を演じることができるような素晴らしい存…
久しぶりにTV欄を見たら 『やりすぎ都市伝説』 ミステリアス好きだったころ ネットでたまに見ていたけど リアルタイムで放送されるということで 楽しんで見た 相変わらず突っ込みどころ満載だったけど 『シミュレーション仮説』を取り上げていて サラッと流した感じだったけど もう少ししたら 『シミュレーション仮説』ももっと身近になるかもしれない tsuyuri0507.hatenablog.com その後に 的場浩司が 「我々はどこを目指しているの?」 と問いかけた時に マツコ・デラックスが 「意味なんてないんじゃない」 と鋭い答えをして 「結局最後は無なのね」 と マツコさんただキャラでいってるだけ…
プライドが 高いとか 低いとかプライドを 持つとか 傷つけるとかプライドって扱いに困るよね 今自分の人生を生きていると信じているから プライドというものに振り回されているだけで 実は あなたがプライドを持っている人を演じているだけなのに 例えばあなたが俳優で プライドがとても高い設定の人物を演じていて そのプライドをとても傷つけられる というストーリーでお芝居をしたとしても お芝居以外ではあなたのプライドは全く傷つかない いつも言うように 自分の人生と思っているのは 神とか宇宙とか言われている意識が生み出した ホログラムやパラパラ漫画の中の主役を演じていて その役に感情移入してしまっているだけ…
この度の千葉の大停電 去年私も北海道の地震による停電を経験して たった1日で不便さを痛感したのに どんなにか大変か想像がつきます 被災している人に 今何が必要かという質問で お風呂やシャワー 温かい食べ物 とか ふだんあって当たり前のもの その中でボランティアの方たちによる 炊き出しだったり 自衛隊がお風呂を開放したりして どんなに被災している人が感謝していることでしょう そういう時って 何も考えることなく 感謝とか ありがとうとか 心から自然とでてくるものだよね 『感謝して生きよう』とか 『ありがとうを忘れずに』とかって 頑張ってするものじゃないよね まして 挨拶みたいにただの習慣になっちゃ…
神秘的なものって憧れるよね なんか神秘的なものに出会うと 奇跡とか幸運とか舞い降りてきそうで だって神様が秘密にしてるものだよ それに出会うことってそうあることじゃないよね ディズニーランドで隠しミッキー見つけたらうれしいみたいな でも実は神秘的なものって ゲームで言えば ゲーム内のミニゲームみたいなもので それによってゲームの本筋が変わらないように 人生においても影響はほぼないのよね 生活の中の ちょっとしたスパイスみたいなもので でも少しの刺激があって 人生の楽しみとしては あるといいものだよね
人生は神様脚本の映画みたいなものだ と、以前記事にしたことがあるが tsuyuri0507.hatenablog.com パラパラ漫画のほうがより近い パラパラ漫画は 1ページ毎に主役や背景が描かれていて ページ自体はバラバラだけど 連続して見るとまるで繋がっているように見える それと同じで 私たちの日常も すべてが連続しているように感じていても 一連の動作も 常にある風景も 今その瞬間に現れているものが 繋がっているように見えるだけなのだ 雲が動いているように見えているのも 車が走って通り過ぎていくのも 今みているスマホの画面も みんなパラパラ漫画のようにその瞬間に現れているのだ そして…
私が10回以上読んだであろう漫画 アニオタだった主人公の小野田坂道くんが あるきっかけで自転車競技部に入り いろんな人と関わりながら ロードレースで戦っていくのだ ja.wikipedia.org この中で主人公の坂道くんと ライバルの真波山岳くんが 『3日間のインターハイ中チームの勝敗に関わらないどこかの山で勝負しよう』 と約束するのだが 1年目は結局チームの勝利を賭けたゴール前の勝負になってしまい 2年目もさまざまな障害でまたチームの勝敗がかかるゴール前の勝負になってしまう その2年目の勝負にはいった時の 真波山岳くんのセリフに ーオレたちのこと上から見てて運命を配置していくような神様的な…
私は結構何にでも手をだす 歌に ゴルフに スカッシュ その他いろいろ 最初は教えてもらうのだけれど ある程度できるようになったら あとは自分で練習する ・・・で、ある時にスランプに陥る そしてひたすら練習練習 努力こそが解決策だと思い込んでいた そしてどうしようもなくなって また教えてもらってみると 最初に教えてもらっていたことが 自分で練習しているうちに まったく違うものになっていたことに気づく 引いて開くと教えられたドアを 一生懸命押して開ける練習をしたところで 開くわけがないのだ いつも自分が正しい道を歩んでいると信じていても それが実は間違った道であればいつかは道に迷うのだ 自分の信じ…
波動の高いものや 波動の高い場所に触れると 自分の波動も上がる とか 大体この世はこちらの記事のとおり仮想世界なので tsuyuri0507.hatenablog.com この世では 波動の高い役の人 波動の低い役の人 というそれぞれの役としているだけなので もしあなたが パワースポットに行ったり パワーストーンに触れて 何か漲るものを感じたとしても それはただそういう設定であったというだけで 因果関係は何もないのだ パワースポットに行きたいから行くとか パワーストーンが好きで身につけるのならいいけど 行ったから 身に着けたから 何か特別な力を与えてもらうということはないし 力をもらったという…
友人がお祓いをしてもらった 他には弟の嫁 その嫁の母 あと友人の家 嫁の母の家 一人20分で1万5千円 家一軒につき5万円 合計14万5千円 嫁はパニック障害でいつもイライラしている その祓い屋が言うには首に蛇が巻き付いていて その他に7体ほどの悪い霊がついているそうで 一回では祓いきれないので毎月お祓いをするそうだ 確かにお祓いをした後は顔つきが少し穏やかになったらしい 友人も腰に蛇がいて背中に悪いものを背負っていたそうで 背中のハリが少しとれた気がすると言っていた 目に見えないものは 見える人に何かしてもらうしかないけど こちらが見えていない限り ホントに見えているかどうか確かめるすべはな…
あなたが生きていてしなければならないことは 実は何もないのだ したほうが良いことは お腹が空いたら 食事をする 眠くなったら 睡眠をとる くらいかな あとはオプション しなければいけないとういう強制されるものはないのだ 子供らしくとか 親らしくとか 学生らしくとか 社会人らしくとか 女らしくとか 男らしくとか らしいという言葉通り 正解があるわけでもなく 他人の物差しで強制されるものでもないのだ 自分らしく生きるとかいうけど 他人らしく生きること自体できないし 自分の生き方はどうであろうと自分でしかないのだ
今回も言葉について この世にはとても便利な魔法の言葉がある それは 『酔っていて覚えていない』 これは一口でもアルコールを摂取したら使える便利な魔法の言葉だ どんなに 悪口を言おうと 人を傷つけようと 甘い言葉を囁こうと この言葉を言えばすべて無効になるのだ 酔うと記憶がなくなるという話はよく聞くが 実はそうでもないらしくて 飲み始めると誰にでも絡む癖のある酒乱がいて その人も次の日には覚えてません風にしているのだけど ある時初めて一緒に飲んだ人にいつものように絡んだ時 その相手が胸ぐらをつかみ『いいかげんにしろ』と恫喝したら (決して私ではございません) その後その相手に絡むことはなくなった…
言葉というものはとても不自由で 発した言葉の意味は受け取る側に委ねられている と、前に記事で書いたのだけど tsuyuri0507.hatenablog.com 今度は受け取る側も また難しいという話 昔勤めていた会社の社長の知り合いがきて 『映画を作ったので見て意見をほしい』 ということでその映画を見たのだけれど 男女が木陰に座り何かを語っているというもので 話をしている側の人物の顔をひたすら映しているだけで 引きもなければ風景もなく 他の登場人物もでてこない 意見を欲しいとのことだったので 「小説を読んでいるのと変わりない」 「顔を映しているだけで演出が少ない」 ということを伝えたら 『君…
いくら この世が仮想現実だとか この世はゲームだとか この世は夢みたいなものとか 言っても たとえ それを信じたり そうだと思うようにしたり そうと仮定しようとしたり しても 毎日の生活があり 人間関係があり 喜怒哀楽の感情があり というこの世での人生を送っている以上 この世が云々といってもあまり役には立たないのかもしれない 困っている人に 『人生は思い通りにいかないという経験をするためのもの』 と言ったところで 困っている状況が変わるわけでもなく 何の解決にもならない 私としては状況を変えるのではなく 自分の持ちようを変えてほしいのだけれど それを伝えることはとても難しいのだ だけどいつか …
先日うちのインコが死んだ tsuyuri0507.hatenablog.com ・・・で、 新たに生まれた子 なんて愛らしい 親バカ炸裂中
どこかの国が恐怖政治で人を縛り付けいて その国の国民がかわいそうだと言ってる会社の人が 自分の会社の社員をパワハラで縛り付けている 災害に見舞われたどこかの国のために 義援金を集めても 事務局に係るあらゆる費用と称して消えていく 食べるものに困っている国があることを 誰もが知っているのに 消費期限の過ぎた食品の廃棄を止めることが出来ない うん、しかたないよね やっぱりどこか他人事なんだよね 自分の身にふりかかるまでは実感できないよね まるで感情移入して映画を見ているような感じ そして本当は私たちの人生も 映画の主人公である自分に感情移入しているだけなんだけどね
あとなにがあれば満足かなぁ? やっぱり先ずは一生困らないくらいのお金でしょ あと優しくて何でも言うこと聞いてくれる恋人 いつも一緒にいてくれて楽しい友達 住むところ 家具に洋服 デジタル製品 家電 でも世の中では次から次へと 魅力的な新製品や新商品 いくら手に入れてもキリがないね 結局は 心が満足しなければ どんなに物質があっても足りないのだ ということは 心が満たされていれば 実は足りないものはないのだ そのためには 物質で足りないものを補うのではなく もともとは すべて完全で 満たされているために この世は 思い通りにいかない経験をするための世界 足りないものは実はないということを知るのが…
実はみんな波乱万丈な人生好きなんじゃない? 世の中から ワイドショーが無くならないのも ゴシップ記事が無くならないのも みんな人の波乱万丈な人生も気になってるよね 映画とか 小説とか 漫画とか テレビとか ただ平和で穏やかな物語より 驚いたり 恐怖だったり 悲しかったり モヤモヤしたり そんな物語の登場人物に感情移入したりして楽しむよね そして最後にハッピーエンドでホッとしたいよね (たまにセブンみたいな終わりかたもあるけど) でもずっとハッピーなだけって つまらないと思うようで すべてを手に入れた人が それでも物足りなさを感じて 変な犯罪を起こしたり とてつもないお金持ちなのに もっともっと…
誰だって毎日楽しい人生を送りたいよね 美味しいものものを食べて 行きたいところに行って 有意義な時間を過ごして 好きな人ばかりの中にいて そんな人生過ごせたら最高だよね でも 生まれた時から一度も 美味しくないものを食べて 行きたくないところに行って 憂鬱な時間を過ごして 嫌いな人たちがいて という経験をすることがなければ 美味しいものも 行きたいところも 時間の使い方も 人の好き嫌いも わからないのだから 何が楽しいのか気づくことができないよね この世は二元性の世界 対比するものが存在する世界 楽しくないことを経験して 楽しいことを知ることが出来る だから 楽しいだけの人生は有り得ないのだ …
良いも悪いも 好きも嫌いも 美味しいも不味いも 美しいも美しくないも すべてあなたが決めていいのだ というかあなたがすべてを決めているのだ 誰もあなたを変えることはできない 誰かの言葉で判断が変わったとしても 判断を変えたのは結局あなたで 変わらない選択肢をとることもできるのだ 体調が悪くて病院にいって どこも悪いところがなくても 体調が悪いのはあなたなのである どこかの団体が何かの行動を起こしても それにあなたが反対するのならば悪であり 賛成するのならば善なのだ あなたは誰からも何からも影響を受けることはない いつでも自由なのだ
ここ数年終活する人が増えていると聞く 残される者に対する心遣いだよね でもいつも言ってるように この世は神様の夢みたいなもので 自分が死に肉体が消滅した時点で この世での経験は終わりなので 自分に関わった人もすべて消滅する この世のはじまりと同じで それを証明することはできないけど 消滅しないという証明もできないし そんなことを言っている矢先に 可愛がっていたインコが死んだ 自分だ死んだ場合は 残す者はいないけど 生きている以上は 残される側の経験はしなければならないのだ この世が神様の映画であり 私が私の人生を演じていて 人生の中で映画を見ていても 愛する人が先に逝く場面はやはり悲しくて胸が…
アインシュタインの言葉ですが さすが 常識に囚われない人だからこその相対性理論だ まず常識とは 『健全な一般人が共通に持っている、または持つべき、普通の知識や思慮分別』 健全な一般人て・・・で、健全という意味を調べてみると 1 身心が正常に働き、健康であること。また、そのさま。 2 考え方や行動が偏らず調和がとれていること。また、そのさま。 3 物事が正常に機能して、しっかりした状態にあること。また、そのさま。で、一般人という意味を調べてみると 特別の身分や地位をもたない人。また、あることに特別の関係がない人。普通人不健康な特別な地位を持つ人はどうなの? あと 手づかみで食事をして行儀が悪いと…
『光の速度は一定である』 という仮説をたてると すべてのものに説明がつく この世で一番早いものは光の速度でこれを超えるものはないのだが この無限の宇宙の中でなぜ光の速度は有限なのかとても不思議だ では何故光の速度は一定なのか ここで“シミュレーション仮説”がでてくる この世界はパソコンの中のシミュレーションの世界で 光の最高速度=パソコンの処理能力の限界となる なのでまずこの世の始まりと言われている ビッグバン=パソコンの電源を入れる という仕組みだ アインシュタインが発見した 「物体が移動しているとき、その物体の時間の流れは遅くなる」というのは 物体が光速に近づくにつれて時間の流れは遅くなっ…
生きている間中いつも選択をしているよね こっちの道を選んで良かったのかとか 選ばなかったほうの道が良く見えたりとか まず生まれてきた時点で ある程度どんな人生を送るかというのは決まってて その他いろいろオプションがついているんだけど そのオプションのために イージーモードか ノーマルモードか ハードモードか 自分でそれぞれ選べるようになっている 生きている本人にとっては イージーモードが楽そうでいいんだけど 実はその本人が人生を作り上げている監督なので イージーではやっぱりつまらないので ハードモードを選ぶようにしている でも監督としての意識がない本人にしてみれば やっぱり最善の道を選びたいの…
自分の周りを心地よくするために 気に入らない人を攻撃して排除する人 自分の好きなもので周りを埋め尽くすために 自分の価値観を押し付ける人 うん、いいよいいよ あなたは正しいからね 所詮他人は 自分のシナリオの中の共演者なんだから いちいち付き合う必要もない そういう役割の人がいるだけ みんなしたいことすればいい 後ろめたさを持たないならね よく『じゃあ犯罪もしていいの?』 なんて質問する人がいるけど 疑問に思う時点でいけないことだとわかってるんだから してもいいの?じゃないよね 自分の居場所を確保するには 自分が納得できることで埋め尽くしたほうが 気持ち的に楽じゃない? いけないことだとわかっ…
こうならなきゃいいなと思うことは必ずそうなる マーフィーの法則に当てはめてみたけど このマーフィーの法則を読んで どうしてこんなにわかるんだろう? 同じ思いをしている人がこんなにもいるんだろうか? と、不思議に思ってた 今ではそうそう、と思うけど でも、この本を改めて読んでみると はっ、と気づくことが書いてあって “あきらめて他の記事を探さない限り、目当ての記事はみつからない” ハーバーズ、マガジンの法則 何かに固執して 同じ方向からしか物事が見えてないことも 違う方向から見てみたら 『なんだ、こんなことだったのか』 なんて気づくこともあるし “できるものは実行する、できないものは教える” H…
不老不死を望んでいる人って どれだけ素敵な毎日を送っているのだろう この生活を失うくらいなら死んだほうがマシとか? でもこの世でたった一つの確かなことは 『生あるものは必ず死ぬ』 今病気で苦しんでいる人も ただ何となく生きている人も 死にたいほど辛い毎日を送っている人も やるたいことがあるのに一歩踏み出せない人も 死ぬまでは生きるのだ でも死ですべてが終わりではなく 実は人間の人生を生きた夢から覚めるのだ 夢を見ている時に 『あっ!これは夢なんだ』 と気づくことが出来たら 何をする? どうせ夢なんだから今やってみたらいいんじゃない? にほんブログ村 哲学・思想ランキング
生理的に合わない人っているよね ただ声を聞くだけで鳥肌のたつ人 常に人の痛いとこついてくる人 何か話すたびにイラッとさせる人 話した後にニヤッとしてこちらの反応をうかがう人 まぁこの世界は嫌いなもの好きなもの 美しいものそうでないもの 美味しいもの美味しくないもの という対比するものがなければいけない世界なので どうしてもそういう人がでてくるのだけど よく聞く言葉で 『汝の隣人を愛せよ』とか 『好き嫌いはしちゃいけません』とか おまけに自分は 『すべては愛でできている』 とか書いてるし でもわかっていても嫌なものは嫌なのだ― にほんブログ村 哲学・思想ランキング
私は仕事の関係で歌を歌う機会が多く そのスキルアップのためにゴスペルも歌っている 私はクリスチャンではないけど ゴスペル参加者のほぼ全員がクリスチャンだ Gospelとは『God spell』からきていて Godとは神、spellとはことば つまりゴスペルは「神のことば」という意味だそうだけど 歌詞のほとんどが讃美歌というだけあって 神を讃え、讃え、讃え たしかキリストとは神の子として生まれたという役割ですが 神の子といえば私達みんな神の子なんですが そしてキリストは私たちの罪を背負い 十字架にかかって死を遂げたことにより 全人類の罪を償い、救いをもたらしたて 私たちはは許されたはずなのに な…
テキトーに暮らしてる? 完璧を求めるあまり 苦労して 傷ついて 苦しんで 私たちは元々 神であり 神の一部であって 神である時は完璧なんだけど 一部になった時は 完璧でないことを経験するために 完璧であることを忘れてるから 完璧であろうと苦労するのだ 完璧になれないのが当たり前だと知ったら なんかある意味テキトーでいいじゃない だってテキトーが『適当』だから にほんブログ村 哲学・思想ランキング
うなくいかないことが当たり前で 幸せなことがあるとラッキーな感じ あまりにも幸運が続くと なぜか不安になる そしてうまくいかなくなると 『やっぱりね』みたいに なぜか納得したり この世で思い通りにいかないことを経験するため 自分が生まれるときに ある程度自分がどういう人生をおくるか 設計図を書いてきているので うまくいき始めると 『ここで落とし穴にはまるんだよな』 なんて記憶の断片が蘇るのかもしれない にほんブログ村 哲学・思想ランキング
これは答えが出ず堂々巡りをしている時に使う例えですが 実は答えはあります 『両方同時』です tsuyuri0507.hatenablog.com この記事でも書いたように この世はたった今作られたものなのだけど 昔からあったという記憶として存在している だけど本当は今あるものは 一瞬で同時にこの世に現れたのだ だから大人も子供も 卵も鶏も 同時に現れるのだ 今の世の中は 『こう仮定するとこういう証明ができる』 という風にほぼ仮定でできている 反証できない限りその仮定は崩れない だから 卵も鶏も同時に今現れたという仮定でも 反証できなければ仮定として通るはずだ でも仮定ではなく真実だけどね にほ…
今あなたが見ているものは 現実? 今あなたに聞こえているものが みんな同じに聞こえているの? 幻覚幻聴かも? 夢かも? 霊かも? 薬物中毒の人が私たちに見えないものを見ていても この人達には確かに 何かを見ていて 何かを聞いていて それが自分にとって現実で 神様から啓示があって 何かを見せられて 何かを聞かされて それも自分にとって現実で 霊が見える人だってそうだ 確かにそこに存在しているように見えて 何かを語っているように聞こえて でも他の人に見えないから 霊だということになるだけで 本人には現実にいるのと変わりはない 結局は人それぞれに見えるものを見て 聞こえるものを聞いているだけなのだ …
人生において 待ち時間を全部合わせると どのくらいになるんだろう? 病院 飲食店 ディズニーリゾート その他さまざまな場所で 私達はいつも待っている 同じ待ち時間でも どういうときに平静で待てるかというと 待ち時間がどのくらいかわかっている時だ ディズニーリゾートやUSJなど “待ち時間170分” なんてよくあるけど 150分くらいで入れたらラッキーくらいな感じで 目安があるだけでなんとか待てるものだ 私が以前はじめて行った病院で それこそ170分ほど待ったことがあるが 私より後から来る人が次から次から呼ばれて入っていく 後から調べたら予約優先の病院だったのだけど 受付の時に一言 『予約優先な…
あの人陰口言ってたよ ・・・と陰口を言ったり 人を批判するな ・・・と批判したり どっちもどっちなんだから そんなに目くじらを立たてなくてもいいんじゃない にほんブログ村 哲学・思想ランキング
言葉というものは 自分がこういう意図で言ったのに 全く違う意味にとられるなんてよくあることだ お釈迦様の経典や 聖書にしても 書きおこした人の解釈で 言われてることと違う意味になってるかもしれない ちょっとした言葉のすれ違いから 友人や恋人と喧嘩することもあるだろう 『そんな意味で言ったんじゃないのに』と 思った場面もあるだろう 言葉とはコミュニケーションをとる手段であるが 争いを引き起こす可能性もあるのだ 最近読んだ 『毒舌訳 哲学者の言葉』 という元猿岩石の有吉弘行さんの本に “哲学とは・・・変わり者が適当に言ったことを普通の人が無理やり 「わかるわかる」と納得してあげているもの” と書い…
平和になるために戦いをしているの? 自分達が正しいことを証明するため? 争いの火種は 個人から 国から 宗教から 結局無くなることはない なぜならこの記事に書いたように tsuyuri0507.hatenablog.com すべての人が正しくて でも それぞれの正しさが違うのだから どちらが正しいか白黒つけなければ気が済まない時は 覇権をとるためにやはり争うしかないのだ “誰もが世界を変えたいと思うが、誰も自分自身を変えようとは思わない。” 『戦争と平和』の著者トルストイの名言ですが これを引用しているものの中には 「人に挨拶するなどの小さいことから始めよう」的な解釈があるけど tsuyuri…
『すべては愛でできている』 という言葉を自分なりに解釈して どんな人にも愛を持って接しようと頑張っていた頃 必ず夢で怒りを爆発させていた 我慢したり 気持ちを押さえつけてばかりいると いつか爆発するかもしれないという危険を孕んでいるということに気づいた 結局は私がこの言葉の意味を間違って解釈していたのだけれど 前に書いた記事の中にあるように tsuyuri0507.hatenablog.com 実はあなたの周りにいる 生きているものは全てもともとはひとつなのだ それがこの世に生まれる時に 父母に 友人に 恋人に ライバルに 不利益をもたらす人に 自分と相容れない人に という様々な役で生まれてき…
怒りとか 憎しみとか 悲しみとか 負の感情でも それを揺さぶられることはとても重要 それらがなければ 平穏とか 安定とか 普段気づかないことを大事に思えるから 生まれてある程度ものがわかるようになるまでに 必ず誰かかれか人と関わってきて 例えば大人になってその人間関係に嫌気がさして いつか平穏を取り戻し その世界をありがたいと思えるなら その嫌気がさした人間関係があるから感謝できているということだ 生まれた瞬間から 周りに人間関係もなく 負の感情を一度も持たないなら 自分が如何に平穏無事な世界にいるかすら気づかない 感情を揺さぶられるということは ほんのささやかなことにさえ気づくことができるの…
昔から 『どんなことも努力すれば達成できる』 みたいな風潮あるよね これが結構プレッシャーなのよね 出来なかった人は努力が足りない人 ・・・ってレッテルを貼られてるようで でも毎回書くけど ここは思い通りにいかないことを経験する世界 悔しい思いをしたり いろいろあきらめたり もう少し頑張ればよかったとか そういう複雑な気持ちを味わう世界 出来ないことがあっても当たり前の世界 いいえ私はがむしゃらに頑張るという選択肢もあるし 出来る範囲で気楽に頑張るという選択肢もあるし あきらめてのんびりするわーって選択肢もある あなたの人生の脚本は誰に批評されるものでもなく あなたがどういうストーリーを描きた…
今日はヨガに行ってきました ヨガの最後に瞑想をするのだけど 私はほぼ寝落ち 瞑想とは 心を静めて無心になること ですが この無心というのを調べてみると 『一切の妄念を離れた心』とか 『意志・感情などの働きがないこと』 なんですが 他に 『思いやりのないこと。また、そのさま。無情。』 『人に金品をねだること』 ええーー? そういえば『お金を無心する』っていうもんね まったくかけ離れた意味をもってるのね まぁ心が無いのだから 人の気持ちを考えないということ? 今回の無心は仏教用語らしいですが 話は逸れましたが ヨガでの瞑想は 頭を空にして心身をリラックスさせるんですが この頭を空にするというのは …
来世のために 極楽浄土にいくために 徳を積むの? 確かに 社会に貢献するとか 人に優しくするとか 良い行いをするとか 生きていくうえでとても大事なことだと思うけど それを来世とか極楽浄土とか 結局は私利私欲のためって 意味なくないですか? 自ら 貢献したいとか 優しくありたい と行動しない限り 所詮偽物の徳じゃないの? 大事なのは あるかどうかわからない来世じゃなく 今の自分の人生じゃないの? ひとつ 救いがあるのは 偽物の徳とバレても 地獄はないということだ にほんブログ村 哲学・思想ランキング
実はこの世は あなたの見えている範囲しか物質化されていないのだ たとえば あなたが車を運転している時後続車はいない バックミラーを見た瞬間に車が映し出され 目を離すとまた後続車は消える 振り向いた瞬間に後部ガラスから車が見え 前を見た瞬間にまた車は消えるのだ あなたの部屋の窓の外には何もなく あなたが窓から外を眺めた瞬間景色が現れるのだ 物質は全て素粒子でできているが これらは 誰かが観測した時点で物質になり 観測者がいないところでは波動のままである これは『2重スリットの実験』でも実証されているわかりやすい動画があるので時間があれば見ていただきたいwww.youtube.com 何故このよう…
今の私たちの人生とは 神様の意識の中で生まれていて 誰かの個人としての人生ではなく 全員の共通の人生である なので 死後誰か特定の個人に生まれ変わる ということではなく 死んだら 一度神様の意識に戻り またふたたび 神様の分身として生れていくのである たとえば 海の波飛沫の一つ一つが たくさんの水の玉という個に分かれて 海に落ちたらまた海とひとつになり 波となり 飛沫となって また水の玉になるけど どれがさっきの水の玉とは言えるものでなくなるのと同じである 神様の意識を海とすると 私達一人一人が波飛沫の水の玉であり 海に戻れば 水の玉という個がなくなる だから 今隣にいる人も かつてはひとつだ…
喧嘩したときに あんなことを言うつもりじゃなかったのに とか 物を壊したときに あそこであんなことをしなければ とか 恋人にふられたとき あの場面でこうしていれば とか でも 後悔することはない いつも言うように この世は思い通りにいかないことを経験する世界 後悔することが起きて当然なのだ もうそうなることは決まっているのだ 科学の世界でも 『意識より0.35秒前に行動が始まり意識が行動を決めていると錯覚している』 なんて実験結果もある すべては起こるべくして起こるのだ 過ちを繰り返さない努力は必要だと思うけど その過ちに囚われることはない 過ぎたことはただの記憶にすぎないのだから にほんブロ…
この世は神様脚本の映画みたいなものである 実は今のあなたの人生は今始まったのだ さっきまでのことはただの記憶にあるという設定なのだ そんなはずはない だってキッチンには昨日作ったカレーがあるし 冷蔵庫には今日食べようと買っておいたプリンもある 子供の頃夏休みに田舎で海水浴をして溺れかかった記憶がある ・・・という人もいるだろう でもそれが映画であっても セットのキッチンには作りおきのカレー 冷蔵庫にはプリンを配置 主役のあなたは子供の頃田舎で海水浴をして溺れかかった記憶がある ・・・という設定で撮影していくものだ そしてその映画は 1シーン毎にまた新たに配置してるのに まるで繋がっているかのよ…
物心ついた時から 良い大人になるために親や 先生や 地域や 社会やいろいろなことを教えてられてきてると思う 誰だって 間違ったた生き方をするんだと頑張ってはいないだろう誰だって 自分にとっての正しい生き方をしてるだろう ただ それぞれの人ひとりひとりに それぞれの正しさがあって それが必ずしも同じではないというだけだ でも 確かに その本人にとっては正しいことなのだ にほんブログ村哲学・思想ランキング
意地悪な人は単純明快だ どうしたら相手が困るかという思考でいっぱいなのでわかりやすい わかりづらいの友好的な人だ 好意なのか 利用価値なのか 他に目的があるのか ただひとつハッキリしているのはあなたが得したり幸せになるからとか助かるからと 内容に見合わないお金を支払う関係は間違いなく好意ではない もしあなたが大好きな友人に有益な情報を伝えたいときに見返りを求めるだろうか? にほんブログ村哲学・思想ランキング
誰かに損をさせても自分が得をするわけでもなく誰かを不幸にしても自分が幸せになるわけでもなく誰かの悪い噂を流しても自分の良い噂が流れるわけでもなく誰かの足を引っ張っても自分が上に上がれるとも限らない 幸不幸の割合が決まってるわけでもないのに 何故かその席を奪いあおうとする 私も幸せ あなたも幸せ みんな一緒に幸せそれでいいのにね にほんブログ村哲学・思想ランキング
たとえば 『美味しいものを食べてる時が幸せ』 という人がいたとしてその美味しいものを一人で食べてるときや一緒にいて楽しい人と食べていときは 『あ~幸せ♡』と感じても早く帰りたくてしかたないような人と食べているときは 『う~ん、美味しいものも美味しくない』なんて思うことない? たとえば 『宝くじが当たれば幸せ』 という人がいたとして宝くじが当たったら欲しいものをたくさん買っているときに 『あ~幸せ♡』と感じても周りの人間関係がギスギスしはじめて 『宝くじなんて当たらなければよかった』なんと思うかも? 幸せになるために 『感謝しましょう』とか 『ワクワクして暮らしましょう』とか 誰かが教えてくれた…
『神様の脚本』とか 『神様の演出』とか いつも書いているんだけど そもそもその神様って誰?というお話 私も昔はロード・オブ・ザ・リングのガンダルフみたいな人を想像しちゃってたけど 神様って言葉でいうと特定の個を指しているようだけど 神という固有の誰かがいるわけではなく 意識であり 全てであり そこに在るものである それを表現するために便宜上《神様》と呼び名がついてるだけで 《ヨーダ》でも 《エネル》でも いいのかもしれないけど んー、言葉というものは時にはもどかしくて 思っていることを伝えるためのツールなのに 見えないものを伝えるのは難しい 空気だって目に見えないけと確実にあることを知っている…
先日の不幸せのお話とは別の不幸のお話tsuyuri0507.hatenablog.com 宿泊研修に行った一週間後にその近くの山が噴火した タイに旅行に行って島に渡る飛行機に乗った 帰ってきて一週間後にその飛行機が墜落した 厳島神社に観光に行った 一週間後に台風で破損した ディズニーランドに行った 一週間後ではなかったけど私の乗ったコースターが故障した 旅行に行く度 地元は大雨で冠水 もしくは地震 極めつけはワンピース歌舞伎を見にいった公演のラストで猿之助さまが骨折 私が不幸を呼んでいるのかと思ってたけど ここまでくると反対に現実味薄いわー 神様の演出でもみんなが困るのはちょっとやめてほしいわ…
『天上天下唯我独尊』 一般的にはー誰もがみんな、ただ一人の尊い存在であるーかー世界の中で我のみが尊いーと訳されているらしい どうして未だに統一しないんだろ?どっちでもいいものかな? 相当意味が違ってくるからお釈迦様の人格にも関わってくるんじゃないの? お釈迦様が母親の右脇から生まれた時天を指差し言った言葉と言われているけどそれもみんな信じてるのかな? お釈迦様くらいになるとあり得るんじゃない?ってこと? 一説には過去七仏の第1仏である毘婆尸仏(びばし)が言った言葉を仏陀が言ったとした説もあるそうだけど。。ってことはやっぱり仏陀をカリスマ的存在にするための後付けってことかな 仏教ってキリスト教と…
この言葉を理解するのに相当時間がかかった はじめは自分が相手に対する態度を変えると 相手の反応が変わってくるということだと思っていた 相手がこちらに友好的かどうか何となくわかるものだ だからこちらが(どんなに嫌な相手でも)友好的に接したら 相手の態度が軟化するというような意味にとっていた ところが全く違った 生物も物質もすべてあるがままで 自分がそれにどう接するかでそれらが意味をもつのだ たとえば 私は子供のころバナナが嫌いだった 私には美味しくない食べ物と認識されていた ある時断れずバナナを食べる機会があった そうするとなんとバナナは美味しかった いきなりバナナは美味しい食べ物と認識されるこ…
これはスピリチュアルでは避けて通れない話ですね 私も昔はいろいろ読み漁りました 幸せを引き寄せられるなんて夢のようだし おおまかな内容としては 『もうすでに引き寄せたい事象が叶っているかのように振る舞う』 ただし行動だけではなく潜在意識レベルでなければダメ 極端な例で言えば 私はご飯を食べたい(願望) →私がご飯を食べられることに疑う余地はない(潜在意識) →私はご飯を食べた(実現) ほら簡単に実現するでしょ? 、、、みたいな 普段ご飯を食べるのは当たり前というレベルの潜在意識までいかないとダメ 心のどこかで『こうなりたい』とか『こうだったらいいな』とかでは 今そうではないという事実を引き寄せ…
「あなた幸せねぇ」というと『いえいえ私なんて』と大体謙遜した答えがかえってくるそのうえわざわざ不幸ポイントを探し出そうとする『だって私なんて・・・』・・・ ・・・ ・・・ないのかーーーい 妬まれると思っているのか 幸せ自慢してると思われるのが嫌なのか 今の現状で満足してはいけないと思っているのかなぜか不幸を探す癖がついているのだ おいしいものを食べてるときとか 好きな人と一緒にいるときとか 湯船に浸かったときとか『は~~~、幸せ』って思ってるよね? どうしてみんな幸せになりたいのに不幸せを探すのかな?『うん、幸せ』 じゃダメなの? にほんブログ村哲学・思想ランキング
世の中には 自分より頭の良い人 容姿の整った人 お金を持っている人 芸術的な才能がある人 その他にもいろいろな分野で優れている人がたくさんいる だけど羨ましいと思うことはない 本当はそんな人達は存在しないのだ 彼らはあなたの人生を盛り上げるために登場しているだけで あなたが彼らを知ることで発奮したり失望したりという 感情の起伏を感じるための協力者なのだ 存在に感謝こそすれ 羨ましさで 嫉妬したり 恨みを持ったり 相手を陥れたりなんてそんな負の感情は無駄なのだ 素直にただ今の自分の環境を楽しんだほうがいい だって神様の脚本だけど その内容を知るるすべはないのだから 自分で脚本を書いてしまえばいい…
私の人生のなかのあなたと あなた人生のなかの私に実は接点はない まるで同時期に一緒に共存してるかのように感じるけど 実は別々に存在している だから私があなたに あなたが私に 直接影響を及ぼすことはない あなたは私の人生の準主役や共演者であり 私はあなたの人生の準主役や共演者であり 同じ舞台に立っているわけではないのだ これも今までいろいろな人達が言われて来てるのだけど まぁ何とも理解するには無理がある だってあなたは実際に存在しているし 言葉も交わしているし 少なからず影響されているし でも実は あなたは私が生み出した存在であり 私の創造の一人である もしあなたが 何かを発明する人 素敵な音楽…
これは今までもいろいろな方がさんざん例えに使ってきているので 今さらという感じなのですが改めて書いてみたいと思います いちばん最初に書いたとおり tsuyuri0507.hatenablog.com この世は神様監督脚本主演の映画のようなものなので ゲームに置き換えると 私(神の想像上の人間)が 生まれて死ぬまでの人生ゲームで遊んでいるのだ もし人生ゲームをしたときに 『10マス進む』→『10マス進む』→『10マス進む』→GOOOOOOOOAL って つまんないでしょ? 『恋愛』→『結婚』→『出産』→『家を建てる』→『出世もしくは事業で成功』→GOAL これはこれでちょっと面白味に欠ける なら…
私のブログのカテゴリーは【哲学】だ 【哲学】なんて偉そうだと思ったけど 【哲学】とは 自分とは何か? 生きるとは何か? について考える分野らしいのでまぁいいか、、と ここで少し哲学っぽいことを書くため デカルトの言葉を引用してみます 『我思う故に我有り』 一般的には ―「自分は本当に存在しないのではないか?」と疑っている自分自身の存在は否定できない。ー という解釈らしい デカルトは全ての存在を疑っていたらしいけど 生きていてまず自分の存在を疑うことがすごい 自分がいて当たり前 他人がいて当たり前 物質があって当たり前 空気があって当たり前 みんながそう思っていて当然と思ってた 外部の情報に触れ…
思い当たることない? 自分のの並んだ列が一番遅いトイレに入った瞬間に電話が鳴るプレゼント交換で一番欲しくないものが当たる一目惚れして買ったものが次の日半額になっている流行っているものを集め終わった瞬間にブームが終わるみんなで同じメニューを頼んだのに自分の肉だけ小さい合コンでカップル分けしたら自分の一番趣味じゃない人 これは運の良し悪しじゃなくて神様の演出だってなんでもスムーズにいく世界なんてつまらないじゃない 大体こんなに都合良く運が悪いほうが不自然だと思わない? 皆が皆似たような経験をしてるってありえないでしょ? 何度も書くけどこの世界は神様が思い通りにいかないという経験するためのものだから…
先日も書いたヤマガラのお話 職場の建物の片隅に飛べないヤマガラの雛がうずくまっていた 私と一緒に見つけた人A子さんが 『巣から落ちちゃったのかな?』(←ここ覚えておいて) とりあえず私の家で手当てすることにして その後山に飛び立って行ったのですが 「ヤマガラが家出したー」 とA子さんに話していたら 「誰が家出したの?」 とB子さんが聞いてきたので A子さんが私の代わりに説明を始めたのだけど 『目の前でボトッと巣から落ちてきた雛が治って家出した』 と、、、 んっ? 一緒にうずくまっているのみつけましたよねー? 確かに巣から落ちてきたっぽかったけど 見たときはすでに地面でうずくまってましたよね? …
3年前のまさしく今日2/11に覚醒体験なるものをしたのだ 私は占いのほかに 超能力系 精神世界系 スピリチュアル系 そのほかありとあらゆる不思議系が好きで 雑誌の『ムー』とか読んでいるタイプでした 夜ごと それ系のブログやYou Tubeなど見てましたね そこで何の検索ででてきたかは覚えていないのですが 『あの世に聞いた、この世の仕組み』 そう、あの雲黒斎さんのブログをみつけたのだ t.co その頃で6年分だったはずだから かなりの記事数があったのですが まぁひたすら読んでました 実際言ってることはわかるのですが 現実としてはただ「じゃあどうしたらいいの?」 くらいの感じでした 全部読読み終え…
私には注意力が足りない運転免許の適性検査でも書かれていたから間違いない よく人に 「あんな大きな物が目にはいらないの?」と驚かれるだからといって困ることはないだって私の世界ではそう見えているというだけで見えているものだけが自分の世界だし 人に言われて見えた時 それがまた自分の世界になるだけだから 霊だってそうだ 「ほら、あそこに見えるでしょー」 と言われても見えないものは見えないだからといって 見えるから良いわけでも 見えないから悪いわけでもない それが自分の世界なのだから 名探偵コナンは 誰も気づかないところに気づくから 事件を解決できるけど だからって 事件を解決出来ない人が必ずしも無能で…
これもその通りだと思うわー 私も辛い日々を送っていた頃 その頃は気休めくらいだったけど この言葉に助けられたし 神様は試練を与えるために人生を作ったわけではなく 試練を乗り越えた時の満足感とか 試練がないことがどんなに平和かとか 改めて確認するために脚本を書いているのだから ゲームオーバーになったら意味がないし でもまあそんな信憑性のないこと言われても 実際に辛いものは辛いしね そんな簡単に解決したら驚きだよね そんな時は 自分が作ったゲームだと思って 攻略法を考えてみるとか? 『恋愛シミュレーションゲーム』ならぬ 『試練シミュレーションゲーム』とか 絶対売れないな··· にほんブログ村 哲学…
私自身生霊をハッキリ見ているのでいると言いたいところだけど 今になればいるかいないかという疑問がまず成立たない 霊が見える役の人 霊が見えない役の人 霊に取り憑かれる役の人 霊を祓う役の人 霊を自分に憑依させて代わりに話す役の人 井戸から出てくる役の人 そういう配役で成り立っている世界なので 『霊』というのはただの死んだ後に人間以外ででてくる役の人 じゃあやっぱりいるのか?ということではなく 私達ですら単に 神の想像上の役割を演じている人達だから 実態があるわけではないのだ 。。。とわかっていても 夜道で急に物陰から人が出てきたら 「ギャーッ」と驚きますが にほんブログ村 哲学・思想ランキング
私は占いが好きだ んー正確には好きだった 占ってもらうだけでは飽き足らず 自分で勉強して 人を占うことまでしていた それがまた微妙に当たるのだ 占いをしだすと勝手に口から言葉が出て またそれが結構現実になった 今になってみると それは私が当たる占いをするという配役だったからだと思う 占いで見てもらうときって 今に不満があってより良い出来事が起こることを期待している場合が多い 今現在に満足している人ってあまり占いをしないような気がする ある人の話で 未来に期待して今鬱々と暮らすより 今が最高に幸せと思える暮らしをしたらいい というのを聞いてなるほどなぁと思った 今が最高で未来に良いことがあればも…
『ニ礼ニ拍手一礼』とか 『お願いは一つだけ』とかあれはダメ これはダメ って、そんなに神様って心が狭いの? 『素敵な彼ができますよーに』パンパン 『お金持ちになれますよーに』パンパン そんな頼み方じゃ願いは叶えてやれないなーってこと? 個性を尊重する時代でも そんなことすら自由にカスタマイズ出来ないものなのかな お参りの仕方を調べてたら【東京都神社庁】 なんて部署があるのねそこで一応のお参りのマナーが書いてあったけど サウナに必ず仕切るおばさまがいるようにどんな世界にも仕切る方々がおわしまする にほんブログ村哲学・思想ランキング
いつも疑問に思うことがあって 世界には6000を超える言語があるらしいけどある種族を起源に発達していったなら6000にも分かれるなんて建設的じゃないよね わざわざ単語を作り文法を作り それならもともとある言語だけでいいんじゃない? ー人類が神に近づくためにバベルの塔を建設し ーそのことに腹をたてた神が ーお互いに言葉を理解できなくなるように言語を分けた ja.wikipedia.org ・・・という説があるけどみんな信じてるのかなぁ? 神様ってそんなことに腹をたてるくらいに器が小さいかなぁ? 神様のいたずらならわかるけど にほんブログ村 哲学・思想ランキング
卑弥呼とか 聖徳太子とか 織田信長とか ナポレオンとか クレオパトラとか ノストラダムスとか いろんな歴史上の人物とかいるけど 今現在誰も会ったことがないよね エジプト文明とか 十字軍とか 応仁の乱とか とかとか(あまり思いつかない) 歴史上の出来事も経験してないよね これは経験した人がその時の立場から後世に伝えていったものだろうけど 今もし100人の人が伝言ゲームをしたらどうなる? まったく内容が変わることも多々あるよね それをこんな時代単位で正確に伝えることが出来てたとしたら驚きだわ 歴史って実際に通ってきた道ではなくて 今経験するのはこういう時代背景ですよっていう設定かもね にほんブログ…
そりゃそうだわー 神様はいかに自分が恵まれた境遇にあるか知るため わざわざ障害や困難や苦労を経験しようとしてるのだから それを演じる私達の役割って 『苦』 の部分しかなくて当然なのよね にほんブログ村 blog.with2.net
良い行いをしたら天国にいける とか 悪い行いをしたら地獄に堕ちる とか そこが天国か地獄か 決めるのは自分自身 だって俗にいう天国とは苦しみとは無縁の世界だけれども そんな世界を死ぬほど退屈だと思う人にはかえって地獄だし 血の池や針地獄とか痛み苦しみの世界でも そういうマニアの人にはかえって天国だし
家に帰ってドアを見ると少し開いていた 慌てて中に入ってみると部屋の中は荒されていて 旅行に行こうと置いてあった現金がなくなっていたもう手元には戻ってこないだろうなぁーと思いながら 現場を保存しておいた方がいいだろうとすぐ警察に電話した 電話している途中で 『もしかしたらまだ犯人が家の中にいるかも』 という思いがよぎった瞬間 背後から犯人が迫ってきて 思わず 「まだここにいる、たすけてーー」 と叫んで目が覚めた 自分の寝言で目が覚めたなんて子供の頃以来でちょっとテレた でも確かにあの時の恐怖はとてもリアルで もう何事にも動じないと思っていたのに すごく怖かった 夢の中では自分は夢とは思っていない…
スポーツは相手がいたほうがいい 競う相手 見せる相手 チームの仲間 浅田真央選手の演技も素晴らしくただ延々と見ていられるけど ライバルがいたからこそますます磨きをかけてくれて 見ているこちらもハラハラドキドキしながら見ていた 大阪なおみ選手も素晴らしいけど ただ延々と壁打ちをしている映像なら んーー見ないかなぁ 何でもすぐ出来てしまうと意外とつまらないもので なかなか出来なかったり 何度も負けたり そういう比較対象がなければ出来ているどうかすらわからないので そのためにエキストラの方々に出演していただいているわけなのだ だから自分より強く速く美しいエキストラさんがいるのが当たり前で それを超え…
『好きだ』 『私も』 末永く幸せに暮らしました The End 終わりかーーーーい こんな映画誰も見ないし 大体神様は好きになる相手もいないし 嫌いになる相手もいないし 比較対象がないから好きとか嫌いという感情も湧かないし じゃぁ 好きな人嫌いな人や関心を持てない人などたくさん出演者をだしたら 好きという感情がどういうものか知ることができるのでは さらに ライバルとか遠距離とか様々な困難や障害を乗り越えてみて 好きな相手と恋愛が成就する幸せを感じることができるのでは こんな経験を私たちが代わりに演じているのだ だから本当は相手(共演者)がどう思っているかとか考えても無駄 主役である私やあなたの…
神様業って意外と退屈全知全能欲しいものは何でも手にはいる というか、いつでも手に出来るってことは欲しいものすらない美味しいものがいつでも食べられる というか、不味いものを食べる機会がないから何が美味しいのかすらわからない人間(神様?)関係に悩むことがない というか、周りに誰かいるわけではないので人間関係すら存在しないバッティングはいつもホームラン ゴルフをしてもいつもホールインワン テニスも卓球もいつも壁打ち四季もなく朝も昼もなく未来永劫無限に続く 想像するだけで憂鬱 じゃーどうする?欲しいものが手に入らない 不味いものを食べてみる 他の人間と関わってみるなかなかホームランもホールインワンもで…
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