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  • 彼女たちのラーメン屋

    そのラーメン屋に初めていったとき、ラーメンにはほうれん草ひとつかみ、ネギ少々、もやし少々、わかめひとつかみ、チャーシューが二枚のっかっていた。二、三人の女性が店を切りまわしていたけど、ラーメンと合わせて頼んだチャーシュー丼がとどいたのはずいぶん後だった。 働く女性はみなさん美人で、店長らしい方でも50代前半といったところだった。揃いのバンダナを頭に巻いて、威勢のいい、とまでは言えないけどそれなりにハツラツとした店内だった。 彼女たちはラーメン屋でしなければならないことをこなしていた。ギョーザをギョーザ焼き機にいれて水をかけたり、チャーシューを切ったり、ワカメを洗ったりと。 彼女たちが自分たちの…

  • 2019年の帰り道・国道一号線

    あまりにも、あまりにも可愛らしいあまりに、毎日タバコを買ってしまうようなコンビニ娘のレジ打ちをながめて、会社の軽トラで国道1号線を1時間半かけて帰る、これが天然ものの生活だ。 天気予報は雪がふる、雪がふると午前中から脅迫じみた予報を流していたけれど、結局どうして、いつも通りの国道1号線がつづいた。 帰り道のわくわくがへったものだ。80年代には色々とあった。夕ご飯までのファミコン、夕方6時のアニメ、夕ご飯、7時のアニメ、8時からのテレビ、9時からのファミコン、お菓子を食べて、炭酸飲んで、ふとんでぐう。 渋滞にはまり、駐車場のおおきなコンビニが気になる。僕は2019年のわくわくを家に連れて帰るべく…

  • 80年代の運動会

    青々とした空に白い舟が浮かんでいた。眺めていると、じんわりと輪郭をくずして、雲は次第におりてくるように見えたのだった。 運動会が来るたびに、僕は運動おんちで体躯も恥ずかしい型であったのに、それでもどういうわけか、自分が城下を守る誇らしい騎士のような気持ちになったものだ。ゲームに漫画しか知らない子供だったけれど、かけっこにつけ、玉入れにつけ、そら!騎馬戦もあったし、僕がみんなのために戦っているのだと思えていた。注目されることの甘美に気づいたのだ。 戦いの練習は順調だったけれど、本番が不安だった。どんより雲が出て、太陽がかげると、いくつもてるてる坊主を作った。こうなるとあとは祈るだけで、不意に神の…

  • 前代未聞の16連射

    道路工事の削岩機! それだ! もうまさに! 僕は友だちの家にファミコンをしに行ったんだけど、ジョイカードもホリコマンダーもなしに連打してもらった。 高橋名人は16連射、毛利名人はなんだったのだろう。友だちはなんと、5連射に到達していたのだ。僕は調子のいいときで4連射がやっとだった。 高橋名人の偉大さよ! 友だちはクラスの男子たちが憧れる夢を現実のものにした。ぷっくりとふくれた手、教室では見せない真剣なまなざし、そして友だちがボタンを速射する、小気味いい音。定規なんて使わない。 一日三時間の練習が大切だよ。 友だちは、さらっと言いのけた。まるで勤勉な受験生のような表情だった。中学校にあがって、三…

  • 横浜の夢の国とドリームハイツ

    かつて夢の国は戸塚にあった。戸塚にあるのに横浜と冠されたのは、千葉にあるのに東京と冠されたのと同じ都合だ。 80年代うまれの横浜人たちは夢の国にお招きされたものだ。車と、家族と、友達と、ご一緒にお招きされて、渋滞を抜けて、丘陵を上がるとゲートの前に、バッキンガムの衛兵が立っていた。衛兵は日に何千人もお招きした。 1991年3月の春休み、僕はクラスのなかよし三人組にさそわれて、四人で夢の国へいった。夏にゆけばコースターや潜水艦に乗ったし、冬にゆけば映画もスケートも楽しめた。 僕はあらゆる期待をすべて持って、夢の国へ出かけていった。だがもう過ぎ去ったことだ、夢の国はいまや大学の敷地になってしまった…

  • ウィスキー

    なんにもない日はウィスキーからだに入れて、幸せになろう。 シングルモルトは病院の味。 おじいちゃんのお見舞いのにおい。 おばあちゃんのお見舞いのにおい。 大好きだった人は今も大好きだから、さみしいし、多分うれしい。 今日の国道は混んでいたから、帰り道にセブンによって、ニッカウィスキーを買ったのだ。 なんにもない日はウィスキーをからだに入れて、ちょっとだけ思い出したりしよう。 読んでくれてありがとう。明日も元気で! 多分僕もまた来ます。

  • 土曜の夜の珍走バイク・パー券

    ぶるんぶるんと、誇らしげに、夜のあいだ。気抜けした時代のせいか。土曜日の夜、僕はさっきから、珍走バイクの行ったり来たりの騒音を聞いている。 日常に張りのない時代のせいなのか。珍走バイクはガスを吹かして、ファミレスの前でぶるん、コンビニの前でぶるん、交差点を過ぎていく。自らはみ出したのに、はみ出たことを時代か誰かのせいにするかのように、ぶるんぶるんと、地元の国道限定珍走。 ははあ。「少年よ、非行に走るな、親が泣く」と、中学校の裏門の立て看板に書いてある。立て看板はよく見ると、透明なフィルムでラップされて、雨風から文字を守る工夫がしてあった。 少年よ、非行に走るな、親が泣く。 泣く親がいる少年は非…

  • 酔いどれ平屋の賃貸

    80年代は平屋の賃貸が僕の家だった。かながわ県横浜市東部で、冬には雪が積もり、春には桜が咲いた。 僕の先生はカマキリやバッタ。教科書は階段脇の草むらに、ハヤトの芝生。教室は家の外半径1.5キロくらいまでで、すべてだった。 ときどき、僕は家の中で学習した。ファミコンも母がいない日には、したい放題だったのだ。ところが、一人だとそこまで楽しくなかった。 平屋の賃貸といったらなかなか狭いので、僕は身体をちぢめて、一人で学習しなければならなかった。もちろん、兄や、姉が帰ってくるまでは自由がある。午後三時から四時半くらいまでが、平屋の賃貸自由時間。 一件のトタン張りの平屋の賃貸が30年を過ぎて、カマキリや…

  • 80年代うまれのスト5とダイエースプレー

    「今度、会社の仲間と独立して会社やるかもしれない。だから、いま忙しい」 友だちからのつれないメール。 スプレー。中学校では、そこもかしこもスプレーの匂いがした。けれども、スプレー缶は見当たらない。横浜市立の中学校の冷たい廊下の消化器が置かれてる窓ぎわの辺りで、僕たちは話していた。 窓ぎわでは、トイレに向かう女の子二人組や、美術部の生徒、顔しか知らない校長なんかが通り過ぎる姿を眺めながら話したものだ。 90年代も、80年代みたいに消えてしまった。もう戻らない。僕の靴もすっかり汚れた。中学校の廊下を歩くことはできない。 僕は中学校へ歩いてみた。青くさい竹林を抜けて、商店の前を通ると、商店はなくなっ…

  • ドラゴンボールでいちばん強いやつ

    僕の住む街で、美しいや素晴らしいはなかなか聞けないし、言うこともない。小金山からの景色くらいはまあ、まあ。 17歳くらいから心はふさぎつづけて、本当は壁紙のシミくらいの存在価値しかない自分に虚勢をはりながらオーケーにカツ丼を買いにいく。 向かいから親子が歩いてくる。母が息子になにかたずねている、幼い息子が必死になにかを説明しているみたい。その光景を見てるだけでも何故だかうしろめたいのに、さらに追い討ちがかかる。「ごくうは、べじーたーよりつよくて、べじーたーはふりーざーより強いんだよ! かめはめはーは、ごくうのわざで…」と、夢中な息子。 そして母は、息子の夢中を大切にしようと、優しく提案した。「…

  • デイ・キャッチ<横浜イチのラジオ狂い>

    昨年の夏の終わり、<横浜イチのラジオ狂い>は、オンボロアパートのぼろぼろベッドの定位置から姿を消した。 かれに職はなく、あるのはラジオだ。 まるで美味しんぼの海原雄山のように、かれは街のいく先々にあらわれた。かれは、街中の人から知られているが、かれのほうは街中の誰も知らない。ラジオの電波、周波数と反対に、実体を持った音無男だ。 駅に向かって歩いていると、かれは駅からこちらに歩いてくる。片っぽイヤホンから神の福音でも与えらているかのように、笑顔で。 かれとすれ違う人たちは、<横浜イチのラジオ狂い>を<横浜イチのラジオ狂い>と認めざるをえない。かれは、わずかに聞こえる声で、ラジオの音声をすべて声帯…

  • 墨田区八広の大黒湯

    墨田区八広の大黒湯はおばあちゃんちのすぐ近く、風情だなんて、それで当然だった。 チンチンに熱い湯に色が奇妙な海と島の絵、大きい湯船と小さな湯船に仕切られて、小さな方はでたらめに熱かった。 墨田区八広の大黒湯は風情なんてありゃしなかった。それで当然だったから。脱衣所にはぶら下がり健康器があった。 下町の湯には人が集まってくる。熱さにこらえて唸るはちまき、ケロリンも手ぬぐいも床やれ背中をたたいて音を出す、脱衣所ではタオル一枚コーヒー牛乳と野球中継、壁付け扇風機の下では子どもが遊んでいた。 僕と兄と従兄弟の三人には目的があった。それぞれ服を脱いでかごに入れる。湯に入るまでははしゃいでいたけど、湯に入…

  • 友だちからの年賀状

    あけましておめでとう。事 死 もよろ死く! いちかわくん。こっちの小学校は、なれたけど、いちかわくんがいないと思うから、さみしいよ。こんどまたあそぼうね! そのとき、もってきてほしいもの←あそぶから! 1ばん つぎはぎマン ←はにわのやつでたよ! 2ばん ネクロスの要さい 3ばん ドラクエ2をやろう!いちかわくんのふっかつのじゅもんもおしえてね! 4ばん ゲームボーイ ←サガのきのこの裏ワザしってる? 5ばん ハイドライド ←おぼえてる? 2月のにちようびに電車できてね。あと、ガリウスもやろうね! 僕はこの年賀状をたいせつにしている。この友達は国大を卒業して、誰でも名前のわかる会社に勤めている…

  • 空き缶リサイクルと教師のビンタ

    五年生になって新しいクラスに慣れ始めた六月、ほんの少しの好奇心から、悪意を持たない、僕と友だちはうわさの男たちになった。 事の起こりは登校時、朝である。僕は集団登校の副班長だった。 友だちは抜け目のないやつで、スリル至上主義な遊びを考える天才だった。授業中、配られた原稿用紙にデタラメな怪文書を書いたものを見せられたとき、僕は自分の作文がこの世で1番つまらない文章に見えた。 6月の朝、生徒委員会が考案したエコロジーイベントに備えて、生徒から空き缶が集められていた。リサイクルを学ぶことを考えて、缶詰ジュースなどの空き缶でかんぽっくりを作ったり、缶蹴りをして遊ぶとのこと。 友だちは抜け目のないやつだ…

  • ストレスとファイター・ストZERO

    つまらない午後のひととき、中学生の僕はクールを1時間に8本も吸う友だちと一緒だった。ここに、もう答えは書いてある。 これほど短い時間で8本も吸うには、友だちは若すぎた。ややもすれば、青ざめた顔になって吐いてしまうかもしれない。友だちの肺は泥のように真っ黒になって、肺がんにさえなりかねない。 「なんかさ、だるくねえ? 」と友だちは言った。「なんかさ、おもしろいことねーかな」 「え? だるくないよ」と僕は言った。「まじ? おれ、結構おもしろいけどな」 「そーお? あーあ、だる」と友だち。 「なんかさ、腹へらねえ? カップめんとかないの? おれ、チリトマが好きなんだ。ねーか」 「カレーなら」と僕は言…

  • スペランカー・ある探検家の手記

    これはスミソニアン博物館に保管されている洞窟探検家の手記である。彼の単独洞窟探検の報告がギリシャのイオニア地方ではイオニア学派へ、イタリアのルカニアではエレア派への実践をうながし、ついには日本の首都圏、横浜市中区、横浜市南区、横浜市瀬谷区、山梨県は山中湖までにも及ぶことになった。我々は彼の遺構を辿ることで偉大なる探検の真実を垣間見ることができるだろう。 <スペランカー > スグニー・シーヌーンの手記 『探索1日目、リフトの状態は極めて良好だ。わたしはリフトの上で何度か飛び跳ねて、ロープの張り具合を試してみたが、リフトはピクリともしなかった。昇降速度も素晴らしい、ビッグフリー(我々アナグマは外を…

  • ムテキングとスパイダーマン

    80年代うまれの友人について。朝、僕たちが眼を覚ますころ、父や兄たちはもう出かけていた。母は安らいでいて、コーヒーを飲んでいた。僕はどんぶりで朝ごはんを食べる。 卵かけご飯、キムチ。 「お母さん、テレビの時計。ハチ、イチ、ニー」 「じゃあもう出る時間ね。バス来ちゃうから支度しなさい」 幼稚園バスは8時25分に僕たちを迎えに来た。 夢想はすでに頭の中にたくさんあった。僕たちはバスに乗って出発した。バスはいつもどこを走っていたのか、陽の差し込む森の道や狭い路地を通り抜けると、幼稚園に着いていた。僕たちは園庭に向かって走りだした。 園庭には陸に上がったボートが一艇あり、船室の中は本当の冒険みたいだっ…

  • ツーコン・マイク

    いよいよ老いさらばえた、相棒よ。つうこんのいちげきとは、長らくおまえの名前にちなんだものだと思っていたよ。 ツーコン・マイクは、今や実家の押入れの奥も奥、光も埃さえも入れない暗がりで眠っている、彼は抜け目のない相棒だった。1985年2月、彼はさえない四畳半にあらわれたヒーローに連れられて、恥ずかしそうに僕の手元に場所をつくった。いつしかツーコン・マイクは僕の相棒となり、仕事をこなすようになった。 ワンコン・ヒーローは兄と共にあり、僕とツーコンは雑務に追われていた。 おらおらおらあ! ハドソン! ハドソーン! あーなたーのたーめなーらどーこまーでもー🎵 ドーラーミーちゃーん!! ふー!ふー! あ…

  • いとおかしき糸こんにゃく

    大岡屋のおやじは、不誠実な店主ではなかった。間違いなく、二枚も三枚も舌を持つ高級官僚とは異なった。 おやじは千葉の出身で、若かりし日は塗装職人だった。野丁場で足場を踏みはずし、彼の意思を腰が乗っ取ってしまうまで、一月も寝込んだ。やがてメシを食うために横浜に出て、大岡屋を開き、奥さんをもらい、店先でやきとりを焼くようにもなった。 大岡屋は子供たちの遊び場だった。即席カレーや牛肉缶詰から各種駄菓子まで、小さな店内に図書のように並んでいた。何年も売れずのままになっているのもの、もしかしておやじの目にはもう映っていないのかというほど埃のかぶったものもあった。それでも、最新の雑誌は手に入ったし、子供を楽…

  • 中古物件・内覧

    見たい物件が2つあって、それぞれ公園のそばにあった。2つの物件がはさむように小さな公園があって、整備された小川をのぞくと、名も知らない小魚が泳いでいた。 小魚は僕がのぞいてもよそ者を拒む様子はなく、すました様子だった。 東側の物件は、てきとうなガレージ付き、庭に桜の木が1本、外壁は汚れが少なく、広々としたリヴィングに対面キッチンでお風呂も申し分なかった。 西側の物件は、ガレージはなし、庭に古びた自転車が一台と犬のいない犬小屋があって、サイディングは粉がふき、玄関の外に出ていた傘立てには徹夜明けの灰皿のように傘がいくつもささっていた。 「中、少し、前の居住者の方の荷物がまだ残ってるんですが」と、…

  • ハヤトの芝生のオオカマキリ

    ある夏の終わり、僕は高架橋をこえて、新幹線の向こう側の畑に沿って歩いていた。更に畑の向こう側、野球場ほどの芝生が広がっていた。ハヤトの芝生は広くて、空は青く高く、陽射しがまぶしかった。足を踏み入れると、キチキチが陽に照らされた草むらに向かって飛び込んでいく。 芝生の片側はコンクリ擁壁が30メートルほど続いて、そのすぐ下のあたりは背の高いススキやネコジャラシが群生していた。中に入ると形の綺麗なショウリョウバッタのメスやオオカマキリにチョウセンがすぐにとれた。 僕の虫かごは小さくて、ショウリョウバッタのメスとオオカマキリを1匹ずつ入れると、それぞれ弱ってしまうのだけど、僕は次々と見つかる虫たちを躊…

  • PCエンジンDuoかメガCDか

    平成はミニ四駆のハイパーダッシュモーターのスピードで、ゲーム好きと、金曜よる7時のドラえもんを観る友人を連れ去ってしまった。気がつけば僕はひとり。みんなどこへ行ったんだ? 女子を怖れて、僕たちはいつだって目立たない場所で話し合った。校庭の端の石段のところだ。 校庭の端には銀杏の木と桜の木が立っていて、桜の前には百葉箱があった。僕たちはその近くの石段のところにすわって、相談をした。 お年玉は合計28000円も頂戴していた。 学校から帰ると、毎日母に確認した。 「お母さん、おれのお年玉、ちゃんと持っててね。ぜんぶでなんぜんえんだっけ?」 僕たち3人は広い校庭をせまく使って相談する。友達は2人共に同…

  • ミニ四駆・ジャパンカップ・クレ226

    スタートの瞬間にリヤステーを中指で弾くように押しだす技術は兄が考案した。ジャパンカップで兄のマシンがぶっちぎりで1回戦を突破したさいには、チーム全員の笑いがなかなか止まらなかった。 誰が今、あらためて今、ミニ四駆にわれわれが帰ってくると予想できたであろうか。 メーカーの製品説明には「金属表面から水分を強力に除去する、電機装置用防錆・接点復活剤」とあり、成分は「鉱物油、防錆剤、石油系溶剤」とある。実際のはなし、大会会場で参加者のブースを見て回るとそのスプレー缶を散見することができる。 クレ工業のニーニーロク、僕たち復帰勢にとっては最良のメカニックになった。 「けど、これ禁止なんでしょ?」シュッ!…

  • ビックリマン・シール

    大体のシールが揃っていて、僕の持っていないヘッドはもちろん、見たことのないものですら、彼のシールアルバムには入っていると聞いた。 僕のコレクションにヘッドは2枚、ヘラクライスト、ノアフォーム。 他校から転校してきた彼が、シールの交換を要求してきたのは、僕のノアフォームが欲しいからだった。損な話ではないと彼は言った。 教室では最近流行りだしたヨーヨーをしている男子がうるさく、僕と彼は教室の隅で交渉をしていた。二人きりの中休みだった。 お守りなら5枚、天使なら3枚、ヘッドなら1枚、どれでも好きなものを選べと言われた。僕は先日越してきたばかりの新しい友達を信用するにはまだ早いと感じていた。そこでこう…

  • ぴっぴ兄ちゃん

    上体を後方にぐんと下げて、ハンドルを握る両腕がみなぎった。車体前方が地面を離れてタイヤが空を切る。 嘘みたいな荒技だ。ぴっぴ兄ちゃんかっけー! ウィリー走行のままギャラリー(僕もいる)に向かって加速、もっと加速して!急ブレーキ! ぴっぴ兄ちゃんは静かな笑みを私たちに向けます。スポーツタイプの自転車とそれに跨るぴっぴ兄ちゃんはユートピア公園のヒーローでした。 大人には働かなければならない理由がある。そして、子供たちと公園で遊ばなければならない理由もあるんですね。 町のあらゆる場所にぴっぴ兄ちゃんは現れました。ロケット公園、ユートピア公園、子どもの広場、駅前広場、幼稚園、小学校。全身はヒーローに相…

  • ジョン D ルイス インタビュー

    ●えっと、先ずは傑作でした。今回のアルバム『ベイシッティローラーズ』はお世辞じゃなくて、20年、いや、50年先も聴かれる名盤になると思います。 ジョン ありがとう。だけど俺は100年先も聴かれると思うぜ。 ●やっぱりタイトルについては大方が気になってると思うんだけど、彼らについてはリスペクトのような特別な感情があるんですか? ジョン おいおい、冗談だろ? それを答えたらマジックが解けてしまうよ。 ●夢なら覚めないで! ということですね。わかります。 ジョン ファッキントップ! ●イギリスでは最高15位、アメリカではランク外。この結果についての自己評価はいかがですか? ジョン かなり順調だな。計…

  • 砂糖水とパン

    まだ朝食について考えなしのころ、朝寝坊のために同じものばかりを食べている時分があった。母は墨田区の下町育ちで、裕福な暮らしではなかった。下町の子供たちは路地であそび、互いの妹や弟の面倒を見合って育った。1人30円と生卵1つを持って、近所のもんじゃ屋へ行く話は母の数ある100回話の中でも頻出する十八番。貧乏は働きものをつくり、裕福な暮らしはなまけものをつくる。 学校のある朝、僕は眠たかった。7時を過ぎても布団の中にいた。あたたかい毛布は一晩の付き合いで離れられない関係になっていたし、昨夜遅くに食べたインスタント麺のおかげで空腹もない。 「れいじ! 7時過ぎてるのよ! 起きなさい」と母。 「うああ…

  • 新発売

    15年も経てば時代が一つ終わり、僕は休憩室のパイプイスに座っていた。今じゃすっかり人の出入りも多くなった駅ビルの改築工事だった。現場監督のつまらない檄が飛び、つまらない規則が休憩室に貼り出されている。 現場ではヘルメットを着用 挨拶の徹底 僕らの80年代はいくつも過ぎ去った。たくさんの新発売も。いま僕の目の前を、おっさんが新発売にお湯を入れて、つまらない規則の前に腰掛けようとしている。また新発売が過ぎ去ろうとしている。僕はなるべく早く家に帰り、新発売のゲームをしたいと考えている。 わかっているのだ。80年代からずっと、僕がどんなにか夢中だったとしても、大人は誰も、ただの一度も、足を止めて眺めて…

  • トロルとトトロ

    夏の日の午後のことです。低学年だった僕は阿久和町という懐かしい町で、ひろちゃんと背の高い草むらの中を進んでいました。僕らの足元は一度刈られてから鋭く槍のように尖った枯れ草の茎だらけで危険もありました。遠くに目をやると、丹沢の稜線が勇ましく山頂からくだっているのが見えます。草むらにはオンブバッタ、キチキチ、もちろんカマキリもいます。遥か高いところではむくむくと膨らみ続ける真っ白な雲が太陽に影と光の輪郭をつけられて美しく、僕らは夏の中心でした。 これはドラクエだ!ファイファンだ! 大冒険だ! 僕は冒険の勇者だ、君は戦士だ。さあ武器を持って怪物をやっつけなきゃ。阿久和町を救わなくちゃ。 僕とひろちゃ…

  • もぐら

    もぐらに対して興味を持ったのは地元のそこいらでもぐらの通り道をよく見かけたからです。 もぐらはミミズやムカデ、それに昆虫の幼虫なんかを食べるんですね。ものすごい大食いで、一日中食べていないと死んでしまうんです。NHKで見ました。 「ひろちゃん、ほら、物干し台のところにもぐらのあとがあるよ」「ほんとだ! もぐらだ」「ひろちゃん、もぐら、つかまえようよ。3ちゃんで見たんだ。つかまえかた」 『もぐらのつかまえかた 先ずはもぐらの通ったあとを見つける。地面がもこもこ山になって道ができていたらそこがもぐらの通り道。次にその通り道の途中に穴を掘る。深く掘ってもぐらの通り道の途中に落とし穴を作ろう。適当な深…

  • 忠実屋

    日曜日のお買い物といえば忠実屋かヨーカ堂でした。家族揃うと忠実屋、母と二人ならヨーカ堂だったろうか。わたしは忠実屋が好きでした。 ダックのお好み焼きにたこ焼き、メロンのアイス、ショーケースの中にはファミコンソフトが並んでいます。愉しみがたくさん。 「れいじ、お父さんちょっと本屋行って来るから、お母さん来るまでここに座ってなさい」 両親を待つ間、わたしは忠実屋の天井を眺めていました。クリスタルシャンデリアのような大きな照明が、赤、緑、青、黄色、水色、紫、白。次々と奇妙な間をあけて色が変わるんです。 「お母さん、クリスマスいらないから、ダブルドラゴン買って。お兄ちゃんと一緒にできるんだよ。二人同時…

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