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囲碁漂流の記 https://blog.goo.ne.jp/fumi-bow1956

週一で囲碁を楽しむアマ有段者が、級位・高段を問わず幅広く楽しめる話題を提供します。アマ目線の素朴な疑

囲碁漂流の記
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2019/01/19

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  • 名作ダジャレを賞味する

    関西棋院重鎮の関山利一九段はクセのない本手筋の碁打ちとしてならし多くの名手のお手本とされました芸には厳しい半面オヤジギャク、ダジャレの名人でもあり場を和ませる存在だったといわれます「それは、お医者の車だよ」というのは、練習碁のヒヤカシのことば石が悪い方向にばかり行くことがあり大局観に疑問がある手順を戒めたものです洒落ていますねせきやま・りいち(明治42年~昭和45年)日本棋院を経て関西棋院所属。実力制に移行した最初の本因坊に就き「本因坊利仙」と号する。門下生に、梶原武雄をはじめ、山崎祐男、小山靖男、白石裕、徳永汎久、倉橋正蔵ら、そうそうたる名棋士がいる。1973年創設の関西棋院賞では、敢闘賞を「利仙賞」と命名された。長女は橋本昌二夫人、次女は倉橋正蔵夫人。また長男利夫の妻の父は小山久義六段、関山利道九段と...名作ダジャレを賞味する

  • 審判のいない勝負事

    トッププロのタイトル戦は例外として大半の囲碁対局に審判はいません対局者同士で〝囲碁の常識〟に従い判断し解決しなくてはなりません手合い割で譲り合い、押し付け合いなかなか対局に入れないことがあります長考の末に手番が分からなくなることありコウの取り番で折り合わなくなることあり打つ前に石を落として盤上がバラバラありしかも元通りにできず途方に暮れることあり〝待ってくれ〟〝待たぬ〟で大論争あり揚げ句の果ては、級位者限定ではありますが〝当たりを言わなかった〟と卑怯呼ばわりありとりあえず、折り合いがついて、気を取り直して打ち始めたら、重畳です短気を起こして石を崩して立ち去ったりすればもうあなたの居場所はここにはありません短気は損気と心得られよ審判のいない勝負事

  • ちょいと、横から失礼します。

    【今シーズン最大級のハイライト見物】碁の平均棋力「5級」まであともう少しという二人8級さんと6級さんがなかなかの碁を打っていたところダメが詰ってきた終盤の片隅でこだわる必要のないコウ争いが突然発生しましたコウは絶対負けないというゴリゴリの戦いです一手一手、引くに引けない妖しい雰囲気が漂ってきたと、思ったその時です「6級さん」が、白石で囲い切っていないのにタネ石の黒石4子を打ち上げてしまいます「8級さん」はなにごともなかったかのように指摘もせずに打ち進め碁は最終盤へと向かいますその瞬間「あ、そ、それはいかん」わたしは、つい声が出そうになりましたが、横から口出しもできず……そうなれば、席を立つほかありません岡目八目とはよく言ったもので横から観ていると冷静ゆえによく分かりますこれは石が四つでしたが、隅の死活絡み...ちょいと、横から失礼します。

  • ダンゴより花が良い

    トランプ遊びに夢中になったイングランド貴族ゲーム途中でも片手で食べられるよう伯爵は「サンドイッチ」を考案したとか碁の客だって御馳走なんてムダなことオムスビでも出しておけばよいお遊びに夢中になってしまえば味など分かりっこないのですからもっとも、碁の手の味だってアヤシイものですが……◇自助・公助の同好会でコロナ渦中をきっかけに「設営・撤収の当番」をいまはやめている高齢になると人によって体力差が大きく「当番」という義務を課しても重いモノと持つことが辛くなり退会していく人をたくさん見た例会開始時間も半時間早めて正午スタート、として自分自身で設営してもらうことにしたできるヒトが頑張ればよいとの発想だ昼食の時間が決まっている人も多いようで正午から設営をしているヒトがあれば設営が終わってからやってくるヒトもいるわたしは...ダンゴより花が良い

  • 飾りじゃないのよ涙は(限定ライブ)

    (お見せできないのが、残念です)【昭和歌謡ヒットパレードに酔う夏のひととき】昨夜、関係者限定公開オンラインライブがありました東京の社会人音楽サークルのうちうちのイベント今回は<第3回、昭和~平成の歌謡曲全16曲>ですその13曲目に、ベース&ボーカルの娘とリードギターの婿さんらが出演して中森明菜の名曲が流れてきました(井上陽水バージョンか?)その前は「イミテーションゴールド」その後は「最後の雨」続いて「異邦人」ときて、「愛のメモリー」がシメですエンドロールも<名画仕立て>で、おしゃれバンドメンバーがそれぞれの自宅などで演奏し編集した動画を、それぞれのPC・スマホで愉しむスタイルいまどきの手法はどうやってやっているのかおたずねしないと、さっぱり分かりませんが次々と流れる懐かしい名曲を存分に楽しみました「ミネソ...飾りじゃないのよ涙は(限定ライブ)

  • 千円バックレース折り返し/22年6月25日

    【囲碁本を買いましょう、買ったら少しは読みましょう】<勝敗をカード記入するだけ>で参加できる半期リーグ戦は昨春から今期で3回目となります5~8月度の計4カ月の間に「計20局以上」対局すれば千円図書カードを贈呈しますつまり、会費と同額をバックするというコロナ渦で可能なささやかな企画です2022年度上期リーグ戦は本日例会から8月27日例会までのこり「10回の例会」となり折り返し点を過ぎましたまだ間に合います例会ごと2局ずつ打てば贈呈対象となりますわたし、ですか?今回初めてゲットできそうです本日終了時で、残すは3局今期は、置かせ碁が大半で勝ったり負けたりの良い具合です▲本日、トータル32人が〝ご来場〟でした16時過ぎには、大半が帰宅されました夏は、18時前まで、打てますよ来週は、大きな会場で15時から会則改正案...千円バックレース折り返し/22年6月25日

  • あなたの居場所はどこですか?

    【〝法に基づく支配〟への一考察定例会に参加しなければならないという義務はないけれど……】趣味の会は、黄昏人生にとって大切にしておかねばならぬ貴重な存在である居場所がなくて彷徨うことなく週に一度はウキウキしてお出かけ出来るからであるそのカードがいくつかあれば退屈という人生最大の難題が少しはクリアになるかもしれない年齢を重ね、体力低下が進んでもアタマの体操になるような碁将棋は趣味の王道のひとつ残り少ない時間軸の真ん中に置きたい◇新型コロナ渦2年間で「百人碁会」が「六十人碁会」になり新規入会もないことからそう遠くないうち「三十人碁会」になると、容易に想像できるいや、今でも例会参加者は同じ顔ぶれで三十人前後であるから実体的に「三十人碁会」であることは明白な事実である生きていくうちには、ぞれぞれの事情で遊びの会なん...あなたの居場所はどこですか?

  • やっぱ、肉だな!

    【こんな旨いモノ、年収2億円相当の中世貴族も喰ったことあるまいに】一年のうち最も体調が悪いのが梅雨時毎年起きていることですが腎臓の石が動いているような鈍痛に加えプールの塩素濃度が高まっているのかアレルギー鼻炎も再発しています思い立って、お気に入りステーキ店へ200㌘ステーキと、サラダ・ドリンク・バーで喰った喰ったの大満足です昼寝をして、目覚めたら、すっきり溜まっていたストレスもちょっぴりフリーになり「やっぱり、肉だな」と、独り言ちる梅雨の晴れ間かなさて、夜ご飯はといえばけつねうどんあたりかダイエット曲線が好調ゆえゆめゆめ油断めされるなやっぱ、肉だな!

  • 解説だけは高段者

    【碁を打つ時くらい、黙って打ちましょう~「いつもの調子を持ち込まない」のが碁会の時間】今春、病気療養中の奥様のため退会された四段Kさん碁石を扱う手付き、所作は美しく、味がありましたわたしの先生の九段格名人は「手付きだけは高段者」と言ってはからかっていましたわたしも、口真似していましたが所作が美しいのは精神も浄化されているからであり真正の碁打ちとして敬意を払っていました◇また別の碁友の話立て板に水のような解説を聴いているとまるでプロに思えますが、いざ打ってみると口ほどに巧くいかないのが常です大概、碁は大したことはありません「解説は巧いですね」と、褒めて差し上げるとうれしそうです「……は」の意味が本人、分かっていません口三味線も時と場合により場を和ませることもあればうっとしく邪魔だったり碁会所で出入禁止になっ...解説だけは高段者

  • 時に逆目で参りましょう

    「上手まっすぐ、下手コスム」という格言があります強い人は石のつながりをしっかりさせキズを残さないのに対し弱い人は最初からナナメに打ってこじゃれた形に満足するもの「下手コス」とはよく言ったものですが時と場合によっては好手になることがありますそこが碁の深いところで難しさというべきでしょうなんとかの一つ覚えで最初に覚えた「ツケノビ定石」ばかりなど手筋の応酬は大事でも、そればかりでは……少しは、先まで、読んでみましょういや、精一杯なんですよね「考えて打てと下手に言うは無理」時に逆目で参りましょう

  • 人は見掛けによらぬもの

    【外見とのギャップをどうする】昔、勤め先の後輩で大柄で、でっぷりしていてアタマも涼しげな好漢がおりましたどうみても、20代後半とは思えませんお客様がみえられて下っ端の彼が用向きを尋ねると「責任者の方でしょうか?」彼のあだ名は「支社長」となりました本物の支社長さんは定年間際の五十代半ばの小柄で華奢なオジサン苦笑いしていました◇さて碁会の話恰幅も良く押し出しも良いヒトが体格雰囲気貧相なヒトに5目置いていることがままありますね一方が級位者もう一方が高段者顔とか、地位とか、碁の強さ弱さには全く関係ありませんそれゆえ碁は尊いのです趣味の会で現役時代のことを全く語らないのはいかがなものかですいつまでも知人のままで友人には発展しませんだからといってオレは社長だったとかワシは教授であったとかエッヘン、エラソーにするのはそ...人は見掛けによらぬもの

  • なぜ「囲碁本を買え」と言うか

    <千局打ったら初段になれる>といわれます何事も<習うより慣れろ>という面はありますからそれはアリだと思いますでも、三段になれるか、その上の五段になれるかといえば、ちょっと違うような気がします碁が強くなるには「記憶」が必要です<定石の手順を暗記する>というのではなくて<碁の流れのなかで良い形になるような感覚を身に付ける>ということでしょうか一番は囲碁本を買うことただし、カンタンな詰碁がオススメですねじゃなきゃ、まずほとんど、積読になります次に少しは読むことそれができたら無心で並べてみること(ちょっとハードルが高いですか?)こうすれば、上達曲線は横這いから右肩上がりになりますすぐにではなく、いずれですが……いちばんマズイのは級位者同士ばかりで打つこと石を持ちながら考え思い付きでポンと打つポンと打ってはまたポン...なぜ「囲碁本を買え」と言うか

  • 天災は忘れた頃にやってくる

    【自分たちのことは自分たちで考えろという話?】大阪・高槻であった大きな地震から4年となり、JR高槻駅前の関西大学・ミューズホールで18日午前防災講演会がありました主催は、高槻市役所と、「社会安全学部」を持つ関大市内の自治会役員ら200人以上が参加して「地域防災と自助・共助の重要性」と題した大学の先生の講演約2時間を聴講しました内容を一言でいうならば、地方公共団体自体も被災するので、すぐには救けに行けない→地域の自治会単位で自助・共助でシノグよりない→熱心に取り組むリーダーがいるか、いないかがカギということのようですうーん、当然といえば当然ですよね大学の先生が行政や法律の諸事情から話してくれるのはいいのですが大きな災害現場を自ら歩いたことがあまりないのか実感の伴わない話が多くてはっきり申し上げるなら内容浅薄...天災は忘れた頃にやってくる

  • いつ終わるとも/22年6月18日

    午前中は、自治会の用事があって碁会は遅れていきました(高槻市役所・関西大主催の防災講演会に参加)碁会の設営・撤収当番をコロナ都合でやめていますが<自分のことは自分でやる>という風潮がこのところようやく定着してきましたもう少し続けると、その良さが分かってくると思います〝碁の客は大概にして女房寝る〟川傍柳碁の客というものはいつ帰るか分かったものではありません奥方は、その辺は心得たものです客の方も、あまり構ってもらわない方が気楽なのですどうぞどうぞ、早くお休みくださいってねつまり碁会もそんなもので自分たちで設営して自分たちで片付けるこれが、よろしいのです当番制というのは<設営のために早出して皆が終わるまで待っている>ってことをやらねばなりませんから合理的なようで、案外と不評なのです用事があっても、体調不良でも碁...いつ終わるとも/22年6月18日

  • 雨上がりの紫陽花

    ▲雨の朝のドライブ、開園前には、やんでいた▲この日の夜ごはん鶏のスモーク・ローズマリー風味(頂き物=「千駄木越塚」製)アップルパイ&マンゴーパイ海老とブロッコリーと卵のサラダノンアルコールビール雨上がりの紫陽花

  • 義理と人情と交際ルール

    【混乱の時代に必要だった?息が詰るような規則の善し悪し】明治7(1874)年とある新聞に文明開化期の「人情の軽薄化」を嘆き新しい「交際のルール」をつくり守ろう、と呼び掛ける記事が載った。いまでいう「社説」である。◆集合時刻に遅れるときは1~2時間前に連絡すること違反者は罰金五十銭◆天候を言い訳にして約束をホゴにしたものは罰金二円◆連れ立って歩いている時うち一人が知人に会ったり、買い物をしたり、トイレに行ったりしている時は後の者は待ってやること逃げ出したら罰金二円◆カネやコメの貸し借りは多少を問わず利子を付けて返すこと立替金は3日の間に返すこと◆一緒に遊ぶときはワリカンでいこう割り算が面倒なら、後で計算して各自は分担金を5日以内に払うこと◆宴会で公のことを論じないようにしよう◆預かったものを紛失したら、日限...義理と人情と交際ルール

  • 囲碁とバタフライの共通点

    この春から、バタフライ入門講座に週一ペースで通っている「入門」というのは、「足だけ」つまりキックの練習だけ、である来月から「初級」にステップアップする「手」つまりストロークの練習もようやく始まるというワケだバタフライとは蝶々のことリカバリーの動作が蝶々の羽ばたきに似ているよく見るとクロールの左右の手足をいっしょに動かしているようだがこれに腰のうねりが加わるイルカの泳ぎに近い口でいうと、簡単なようだが3カ月目でようやく足と腰がそれなりになってきた入門から、ひとつ上に行こうとしてもなかなかにハードルが高い囲碁も、一度覚えてしまうと、昇級・昇段のたびに加速度的にのめり込むものだが入門から次の段階に進むのが難しいものだ級位者の皆さんに上達のコツは?と尋ねられるがわたしは、いつもこう答えている「一日1回、碁石を触る...囲碁とバタフライの共通点

  • 「名薬」は語らず

    薬はなんにも言はぬぞ。名薬といふ名薬はただれた傷にも異臭ある皮膚にもいつもおとなしく塗りこめられて、立派にその傷をふさいで行く。――山本有三「女人哀詞」より【ワクチン狂騒曲に思ふこと~毒にも薬にもなるようなならないような話】戯曲・女人哀詞は「唐人お吉」の生涯を劇化したもの。下田奉行配下の役人・伊佐はこともあろうに「幕末の日本」を思わぬ突き傷で瀕死の病人になった、と見立てる。お吉にアメリカ総領事ハリスの愛人になって国家の危機を救ってくれ、と切々と頼むセリフである。この前に伊佐はこんな風に言っている。「名薬といふては吉、そちを除いては、ほかにないのぢや。こゝの道理を聞きわけて、不承知でもあらうが、どうか行つてくれ。薬は――薬の身になつたら、たゞれた傷ぐちや、異国人の膚に触れるのはさぞいやであらう。」犠牲のいた...「名薬」は語らず

  • 「碁を囲みにいらっしゃい」

    思いもしなかったコロナ渦で碁会場の密集回避のための「人数制限」が始まってからちょうど「2年」となる当初、会場の上限は「二十人」百人碁会の「5分の1」である例会開催もままならず全会員が集う「総会」も開くことができずにいたが、その後に状況変化があり会員数激減と入場制限緩和により来月上旬に総会を招集することにした実に「3年振り開催」となるヒトは顔を突き合わせて話をすれば問題意識が芽生え、刺激され、整理でき、「前例踏襲」「問題先送り」「不合理見過ごし」が解消するきっかけになるとしたものだコロナ前に百人もいた同好会は4割減で六十人になりその半分の三十人ほどが碁を囲みに来られる残りの三十人は毎日何をされているのだろう?総会は、「会則改正案の説明会」を行いその後に「総会決議」を行うことを表向き名目にしている確かに、お題...「碁を囲みにいらっしゃい」

  • 本因坊五百年の歴史6

    【秀栄と秀哉の場合~孤高の名人たちの苦難】徳川幕府という大スポンサーを失った後明治以降の囲碁世界は苦難の連続だった秀甫の後、大名人となった本因坊秀栄(しゅうえい)最後の世襲制名人となった本因坊秀哉(しゅうさい)二人は、ともに並び立つ者なし一時代を築いた「ひとり名人」であり後ろ盾のない困難な時代を生きた特に秀栄は、腕は天下一品だが、芸術至上主義の狷介さからか経済的苦労は終生ついて回ったのである◇秀栄は若い頃、秀策なきあとの天下名人・秀甫から軽くいなされ、手玉に取られていたが、四十代から尻上がりに充実しはじめ秀甫没後に「ひとり名人」として君臨した平明な打ち回しで、軽く勝ってしまう芸はいまも人気が高い明治40年に亡くなった秀甫その後、一人天下となった秀栄ただひとり、定先の手合を保った秀哉◇大正3年、名人位に就い...本因坊五百年の歴史6

  • 熟読玩味を/22年6月11日

    1年がかりの会則改正手続きも煮詰まり役員会提案と会員私案の二つが出揃いました6月度例会で、並べて掲示します説明会と総会は7月2日(土)15時から当日の対局時間は正午~14時半熟読玩味を/22年6月11日

  • 本因坊五百年の歴史5

    【秀和と秀甫の場合~幕末の栄華と混乱と失意】幕末の囲碁は江戸の華といわれたほどに最も栄えた時期だった本因坊家の〝大親分〟丈和にみこまれたのは秀和(しゅうわ)秀策(しゅうさく)秀甫(しゅうほ)の「三秀」その周辺には太田雄三、安井俊哲、伊藤松和、坂口仙得ら個性派人気棋士、いわゆる「天保四傑」高手たちがシノギを削った時代である頂点が高ければ、すそ野も広くなるが如く囲碁人気は大衆のなかにも浸透していった◇幕末の碁界を制した「十四世秀和」は、スケールの大きい自由奔放な棋風形勢判断の正確さと対応力をして「盤上の聖」ともいわれる12世丈和の頃は百人ほどだった有段者が14世秀和の時代に四百人を越えた54年の生涯で八百局近い棋譜が残っておりほかにも多数の脱落譜があったはずで早見え早打ちで気軽に打ったことが容易に分かるとした...本因坊五百年の歴史5

  • 本因坊五百年の歴史4

    【秀策の場合~夭折の悲劇、永遠のプリンス】本因坊秀策(しゅうさく)は近現代囲碁の最重要人物のひとり棋聖と称され、あの呉清源、趙治勲らあまたの大名人クラスが棋譜並べのテキストとしたことはよく知られている世界タイトル21回の李昌鎬(イーチャンホ)でさえ「一生かかっても乗り越えられない」と嘆息している平凡な少年が天才棋士の霊に取り憑かれ「神の一手」を目指す人気漫画「ヒカルの碁」で霊のモデルとなったことも記憶に新しい秀策最強説は、「御城碁19戦19勝無敗」という圧倒的戦績を根拠としている秀策の肩書は「本因坊跡目」である本因坊を襲名する前33歳の若さで鬼籍に入ったためだ幕末の江戸で大流行したコレラは本因坊家にも、まん延し秀策は周囲が止めるのもきかず門人たちの看病にあたり家中でひとりだけの死者となった秀策流布石の考案...本因坊五百年の歴史4

  • 本因坊五百年の歴史3

    【丈和の場合~盤内外で剛腕を発揮した大親分】江戸時代の囲碁世界は四つの家元による「組織対抗戦」の色彩が強い封建社会のしきたりを残し部屋別対抗戦で続いている大相撲によく似ている家元は、最大勢力の本因坊家のほか井上家、安井家、林家があった四家に属さない外家の棋士もいた将軍御前にて技量を披露する日本一決定戦「御城碁」の出場権は「家元七段上手以上」と決まっていた本因坊家は、常に碁界の中心にいたが権勢をいっそう盤石にしたのが無双の剛腕でなる「12世丈和(じょうわ)」である1787年、武州本庄あるいは信州の生まれ1819年、七段昇段で跡目となる1827年、第12世本因坊となり、翌年に準名人八段にのぼるその後、名人碁所の席を巡って11世井上幻庵因碩との間で盤外の争いが始まる8世安井仙知、11世林元美ら他家の有力棋士をま...本因坊五百年の歴史3

  • 本因坊五百年の歴史2

    ▲初代本因坊算砂名人(左)と、4世本因坊道策名人【道策の場合~実力十三段の巨星】本因坊名跡を開いた「1世算砂」に続き特筆すべきは「4世道策(どうさく)」である七段上手を当代一流とした時代にあって実力十三段という怪物的な存在現代のプロにも人気が高く「史上最強」に挙げる声も多い1645年、現在の島根県西部「石見の国」の生まれ本姓・山崎、幼名・三次郎7歳で囲碁を学び、のちに江戸に出て3世本因坊道悦の門に入る道悦引退のあと、本因坊を継ぎ追って名人碁所に推され異議ゼロで、すんなり就任した碁会最高権力者である名人碁所の就任を巡って「碁のムラ社会」で紛争にならなかったのはこのときだけ、といわれている当時のトップ棋士だった算哲(後の天文学者・渋川晴海)知哲(三世安井知哲)春知(名人算知の弟)ら全てを打ち込んで並び立つもの...本因坊五百年の歴史2

  • ハンマーNo.1

    【♪苦しくたって悲しくたって碁盤の前では平気なの……】ちかごろ女性棋士の活躍が目立っている将棋と違い、囲碁の場合男女混合一般棋戦でシノギを削る逸材が多い層の厚さが底上げして全体のレベルが飛躍的に上がってきた藤沢、上野、謝、鈴木らが一般棋戦で上位の成績を修めるほか仲邑など若手の台頭が著しい世界の頂点を極めた上野報じた記事は、こう分析しているひとつは、「楽しく打つ」という、力みのない自然体で実力を発揮できる精神力の充実もうひとつは、前述した通りシノギを削るライバルが多数出現する周囲の状況変化さらには、AIソフトの普及により自宅で高度なレベルの勉強が可能になったという時代の環境変化棋聖、名人、本因坊の三大棋戦が、ますます面白くなってきた上野愛咲美(うえの・あさみ、20歳)日本棋院東京本院所属。四段。女流本因坊1...ハンマーNo.1

  • 会則改正への一歩/22年6月4日

    コロナ共生時代に対応できる新しい会則づくりに取り組んでおよそ一年余りになる水面下で論議が錯綜し迷走してきたが役員会提案と会員私案がようやく出揃った来月第一土曜日に説明会と総会を開く総会開催は3年振りとなる▲この日はおよそ三十人が参加したこのところ頭のネジが緩んでいたわたしだが、二つ勝たせてもらった会則改正への一歩/22年6月4日

  • 固定観念をぶち破れ!

    今朝、ラジオを聴いていると最近注目されているらしい「アンラーン」の提唱者東大大学院経済学部教授の柳川範之さんが出演していましたアンラーンとは、直訳すると「学ばない」ことですが、そういう意味ではないそうです過去の学びから、クセやパターン、思い込みをなくすそれによって新たに成長し続けられる状態に自分を整える技術を推奨しているそうです次の項目に、一つでも当てはまる人は要注意少しでも頭を柔らかくすることを意識するのがよろしいそうですあなたは、いかがですか?▢何かをしない言い訳に「(仕事が)忙しくて」とつい言ってしまう▢自己紹介では会社名や肩書を入れるのが当たり前▢最近、ワクワクすることが減った▢「疲れた」などの、ネガティブな口グセがある▢周囲の人との会話が、毎日同じような話題ばかり▢仕事とは別の分野の「学び」をし...固定観念をぶち破れ!

  • 本因坊五百年の歴史

    【全てはひとりの〝名人〟から始まった】七大タイトル最古、第77期の本因坊決定戦七段勝負が佳境を迎えている6年前のAI登場から超難解な戦いが展開されわたしは棋譜を見てもさっぱり分からないが分からないなりに日々愉しんでいる◇囲碁四千年といわれるが近現代の打ち碁の技をどこまでさかのぼればいいのかまずは「本因坊1世算砂」となろう1559年、京都生まれというからざっと五百年近く前のことだ本姓・加納、幼名・与三郎6歳あるいは7歳のころ京都・寂光寺の日淵上人の門に入り、翌年に剃髪して「日海」と改める仏道修行のかたわら碁を仙也について学びたちまち師匠を凌駕する腕前になった織田信長に召されて寵を受け「そなたは名人なり」と称えられる当時の流行語「名物」を借用した名人の呼称はこれから始まったとされる信長は日海に5子の手合だっというか...本因坊五百年の歴史

  • ヘタクソの事情が分からない?

    元祖コンピューターといわれ一時代を築いた石田芳夫九段の本にこんなくだりがある「強くなるにはまず定石を勉強することです」「定石を知らなくては碁は打てません」「打てない、がきつければ<勝てない>と言い直しましょう」多くのプロはアマが強くなるにはまず「詰碁」そして「実戦」できれば「棋譜並べ」これら三つを主張する石田九段は、二十四世本因坊秀芳1971年に当時史上最年少22歳で本因坊となり「秀芳」と号し、5連覇で名誉称号を名乗る正確な計算と形勢判断が武器だその本因坊秀芳はこんなことを主張する「150の基本定石を覚えれば初段になれる」ちなみに、棋力別で覚えるべき定石の数をあげ10級以下の初級クラスは305級前後の中級クラスで80この後は1級ごと15ずつ増やし200をマスターすると三段、四段の実力という恥ずかしながら、申し上...ヘタクソの事情が分からない?

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