住所
-
出身
-
ハンドル名
akitsukuniさん
ブログタイトル
発達障害の姉が30才で孤独死したこと。
ブログURL
https://akitsukuni.hatenablog.com/
ブログ紹介文
本当にこんなことが起こるのだと誰かに伝えたく、このような形をとりました。
自由文
更新頻度(1年)

12回 / 37日(平均2.3回/週)

ブログ村参加:2019/01/12

akitsukuniさんの人気ランキング

?
  • IN
  • OUT
  • PV
今日 02/17 02/16 02/15 02/14 02/13 02/12 全参加数
総合ランキング(IN) 16205 18236 19437 16924 15827 13070 12368 949149サイト
INポイント 10 20 0 10 10 20 40 110/週
OUTポイント 160 480 460 540 720 1020 1330 4710/週
PVポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
子育てブログ 635 708 791 678 606 501 458 64115サイト
発達障がい児育児 40 45 44 42 37 31 28 808サイト
メンタルヘルスブログ 403 426 468 420 381 313 290 28245サイト
発達障害 19 22 22 20 18 17 17 924サイト
今日 02/17 02/16 02/15 02/14 02/13 02/12 全参加数
総合ランキング(OUT) 2581 2601 2433 2190 2022 1771 1662 949149サイト
INポイント 10 20 0 10 10 20 40 110/週
OUTポイント 160 480 460 540 720 1020 1330 4710/週
PVポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
子育てブログ 129 133 124 105 103 84 79 64115サイト
発達障がい児育児 15 15 15 13 12 11 11 808サイト
メンタルヘルスブログ 54 56 51 42 40 35 28 28245サイト
発達障害 3 3 3 2 1 1 1 924サイト
今日 02/17 02/16 02/15 02/14 02/13 02/12 全参加数
総合ランキング(PV) 0 0 0 0 0 0 0 949149サイト
INポイント 10 20 0 10 10 20 40 110/週
OUTポイント 160 480 460 540 720 1020 1330 4710/週
PVポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
子育てブログ 0 0 0 0 0 0 0 64115サイト
発達障がい児育児 0 0 0 0 0 0 0 808サイト
メンタルヘルスブログ 0 0 0 0 0 0 0 28245サイト
発達障害 0 0 0 0 0 0 0 924サイト

akitsukuniさんのブログ記事

?
  • 棺との対面

    姉のお通夜とお葬式は、発見から4日後くらいでした。事件性があるものかないものか、死因など様々な事後処理がありました。 私は、部屋が気になっていました。ひどいひどい状態の部屋。誰が片づけるのか。おろかにもインターネットでいろいろと検索してしまい、余計に打ちのめされたのを覚えています。結局、部屋はマンションの管理会社の関係会社が清掃、クリーニングしてくれることになりました。 姉の遺影は、散らかった部屋の中から出てきた障がい者手帳か福祉手帳の写真。たまたま7月に撮っていたそうです。母は「姉がこの写真使ってくれって言ってるんやわ」とか「遺影の写真がこっちをにらんでる」などと心霊にかぶれた発言をしていま…

  • 夏の孤独死は、死体すらない

    その年の夏は、記録的な猛暑でした。とても、暑かった。私は、その日はお盆休みで家にいました。午後から友人が遊びに来る。家の電話が鳴りました。 「姉のことなんやけどな」と母が話し始めたとき、とうとう何か悪いことをしたのかと思いました。でも、そうではなかった。母から、信じられない内容が飛び出してきた。 「姉の部屋で異臭がするって近所の人が通報してな」 異臭?ゴミをためていたのだろうか。 「お母さんとお父さんも呼ばれて、昨日立ち合いの元で警察がチェーンきってな」 父と母は、部屋の中には入れませんでした。母は、姉がどんな状態でも入りたいと警察に言ったけれど、警察の人が許してくれなかった。原型をとどめてい…

  • 死の発見へ

    私と姉は、祖母のお葬式で会ったのが最後で、それ以後は会っていない。両親からときおり姉の近況を耳にするだけ。それでも、姉からの嫌がらせはときどきありました。 なぜか両親から私の結婚後の自宅の電話番号が知らされ。夜中の3時に無言のイタズラ電話。変なメールがきたこともあります。姉とは名乗らず、別人をよそおった内容。 ある時は、私から死ねという電話がかかってきたと親にいい、母がそれを信じて私に確認してくる始末。なぜ、母はバカ姉の言うことを信じるのか?と私は怒り心頭でした。その頃私は、二人目の子どもを妊娠していて、姉が脅威だった。 この女は、いつか私の子どもに危害を加えるのではないだろうかと。 一人暮ら…

  • 殺しても死なない

    ここからは辛いことが多い。 一人暮らしを始めた姉は、なんとかアルバイトを始めました。けれどなかなか長続きもせず。半年ほど一人暮らしをした後、治安が悪いからと姉は大学時代を過ごした街へ再度引っ越しました。もちろん、様々な費用は親の負担。 両親も定年退職し、収入は年金のみ。けれど姉は、これまでのうらみつらみをぶつけて、親を脅すようにお金をせびっていました。この頃、初めて姉に診断が出ました。 さすがに、何年も筆談している自分の状況をおかしいと思った姉が、自ら病院へ行き広汎性発達障害と診断名をもらってきました。両親は、初めて聞く病名にどうしていいかわからない。無神経な母は「ただのワガママや」と。父は少…

  • 死ぬこと、が始まりだした

    私が、初めての海外旅行、大学の卒業旅行から日本の空港に帰ってきたとき、携帯の電源を入れました。 そこには、留守番電話。なぜか、ずっと喋っていない姉から。うろ覚えの内容は、自分の無事を家族に伝えよ、というもの。「はあ?」と例のごとくいら立ちが。念のため、家に電話をすると「姉が家出した」と。 姉は、友達の家にいるらしい。そしてしばらく帰ってこないよう。 おぼろげに理解した内容でした。でも、私もそれを聞いてじゃあ「私も家を出る」とあっという間に一人暮らしを決めてしまいました。就職が決まり、ようやく家を出られる。自宅から通える距離の職場でしたが、私は4月の下旬から一人暮らしを始めました。 姉は、まだか…

  • バカ姉の青春時代

    高校から、大学、そして、と姉の人生。 高校受験は、ランクを少し落とした高校に合格。入学後は、文系クラブに週に1-2回顔を出し、勉強はガリベンをして学年1番をゲット。勉強の方法は、ただひたすら書くこと。自分が覚えるまで何回も何回もノートに書いて。数学も英語も全てこれで乗り切っていた。 姉とは、ずっと同じ部屋で。私が寝る時に気をつかって部屋の電気を消すこともなく、カリカリカリカリとバカみたいに同じ言葉を書き連ねる音が。目で見て覚えられない姉でした。 それでもこの頃は、高校にも合格し、成績も順調で、ただあまり友達がいなくて。授業が終わればすぐに帰宅してくる女子高生。でも、意外とうまくやっていたのだな…

  • 筆談が始まりだったのか

    中学時代、姉はなぜか運動部に入りました。運動神経がいいわけでも、仲の良い友達がいるわけでもないのに。仮入部期間では、毎日ランニングがあり、帰宅したとたん泣き出して。なぜ運動部に入ったのかよくわかりません。それでも、三年間続けていました。 中学生の大きな壁は、やはり受験だと思います。姉も、この受験が本当に大きな壁でした。我が家は、父の方が勉強に厳しくて「こんな簡単なんもわからんのか」とよく怒っていました。 姉は、いわゆる地頭がいいほうではなかった。こつこつやってようやく。けれど、受験勉強は明確な偏差値、志望校という今まではとは違う物差しが出てくる。中学3年生頃から地元の塾に通い始めた姉は、その当…

  • おねえちゃんだった

    小学生時代の姉のことは、あまりよく覚えていません。二学年違っていたので、校内でもほとんどすれ違うこともなく。 断片的な記憶があったりなかったり。 姉は、友達を家に呼ぶタイプ、私は友達の家に行くタイプでした。学校では、静かな大人しい子どもだった姉。そういえば姉が2年生のとき、小学校の校区編成が変わり、引っ越したわけでもないのに転校せねばなりませんでした。せっかく1年生で慣れた学校にさようなら。新しい学校で友達もできにくく、姉は小学校に行くのを嫌がり、毎朝母が苦労していたように思います。 姉は、完全な内弁慶でした。友達の数は少ないけれど、何か悪さをして目立って学校から指導されることもなく。朝の集団…

  • 母と祖母

    その人の人となりというのは、どのように形成されるのでしょうか。 性格というのは、生まれ育った環境なのか、それとも遺伝的なものなのか。最近流行していたアドラー心理学では、現在の全ては自分自身が決めて選んだことであり、過去に起こった出来事が原因ではないという。 母と祖母は、いびつな関係でした。 幼い頃私は、祖母のことを「母の母」と呼び、おばあちゃんとは言いませんでした。おばあちゃんと言うのは、子ども心に母の手前はばかられていました。 祖母は、子連れ男性と再婚し、その結果母が産まれました。ですから、母には血のつながった父と半分だけ血のつながった兄。小さい頃は、兄によくいじわるされ、父の態度も兄とは異…

  • 私と母

    「目には目を歯には歯を」これが母の座右の銘。 小さい頃ふざけてたたけば、同じようにたたき返され、思春期に「死ねババア」と言えば「お前こそ死ねクソガキ」と返ってくる。 おしゃべりで、言わなくて言いことまで言う。おおらかに、子どもを受け止めるというタイプではありません。 母と話していると、どんどんイライラしてくる。 私が母をあきらめたのは、高校3年生、受験生の夏。 その時、私は英語の入試問題を解いていました。すると、「姉がミシンの下糸の通し方がわからないのでやってや」と母がやってきました。 受験生でもあり、母も姉も嫌いだった私は「いま勉強してんねん」と相手にしませんでした。 案の定、下糸の通し方が…

  • 姉と私

    姉は、私の二つ年上でした。 享年は、30才とおそらく9か月。孤独死で、相当腐敗した状態で発見されたため、正確な死亡日はわかりません。 私から見た姉とのことを、ここに記していきます。 思い返せば、小学校入学前くらいの時期が姉との関係が一番良好でした。それでも、幼い頃から、姉特有の付き合いづらさはありました。 発達障害という言葉は、現在に比べておそらくほとんど世間に知られてはおらず、両親も姉への認識は少し育てにくい子、という形だったと思います。 発達障害と姉が診断を受けるのは二十歳を超えてからのこと。 子どもの頃は、本当にワガママで妹ながらイライラとしていました。また、私にとっては簡単なことが姉に…

  • お問い合わせ

    読み込んでいます...