第十七回・前川佐美雄賞受賞作 小島ゆかり作『六六魚』50首抄〇 旅のはじめは旅のをはりに似てさびし足元に紺のトランクを置く〇 「昔は」と言ふたびわれを戒むる娘はむかしわれが産みたり〇 椿見れば椿に見られわれに棲む死者もつぎつぎ眼をひらくなり〇 三分間ゆつくり老いてシーフード・カップヌードル、いただきます〇 地下鉄の夜の車窓にならぶ顔 むかし海から来たわたしたち〇 世の...
〇 この夕べ抱えてかえる温かいパンはわたしの母かもしれない〇 あたたかいパンをゆたかに売る街は幸せの街と一目で分かる〇 アンパンの幸福感をふくらます三分の空気と七分のアンコ〇 気の付かないほどの悲しみある日にはクロワッサンの空気をたべる〇 気付きたる日よりさみしいパンとなるクロワッサンはゾエアの仲間〇 バケットを一本抱いて帰るみちバケットはほとんど祈りにちかい〇 バゲットの長いふくろ...
ひしめきて壺に挿される薔薇たちの自分以外の刺を痛がる猫の腹に移りし金魚けんらんと透視されつつ夕日の刻を聖歌隊胸の高さにひらきたる白き楽譜の百羽のかもめ工場うらの濁る水より舞いあがるゆりかもめらの白き秋晴食パンの白い内部を通過するパン切りナイフむずがゆい春簡潔なるあしたの図形 食パンに前方後円墳の切り口ティ・カップに内接円をなすレモン占星術をかつて信ぜず少し長めに生きたることも葡萄パンにまじる葡萄の...
〇 わたくしがゐなくなつても水神の樹はあると思ひき世界のやうに〇 葦の間に光る水見ゆをさなくてかなしきときも川へくだりき〇 水神の樹の在りしより水ぎはへくだる径ありいまだ残れり〇 暗がりにふと田の水のにほひくるわたしはそれをにつぽんと思ふ〇 首を打つ技能持ちたる人ありき裔なる人が原付でゆく〇 需めある人々に成るこれの世へ木の葉の間よりそつと手を出す〇 センセイに君の気持ちはわからない...
〇 ここにゐないひとの上着の両腕が椅子の後ろに結ばれている 〇 うっすらと街を汚しゆく雨とわれを隔てる夜の硝子よ 〇 左右の耳はことなる音を拾ひつつどこに立つても風の途中だ 〇 遠つ国の名前もちたるヨーグルト食めば距離とはつめたさのこと〇 ぱつぱつと大きな音をたてながらキィボードへ降る指の雨 〇 近づいてゆけばなんだか懐かしく潮の香りのするATM 〇 コピー...
〇 地下鉄のホームに風を浴びながら遠くの敵や硝子を愛す〇 名を呼べばよみがえりくる不凍港まどろみながら幾たびも呼ぶ〇 父の髪をかつて濯ぎき腹這いの光が河をさかのぼる昼〇 肺を病む父のまひるに届けたり西瓜の水の深き眠りを〇 柘榴よりつめたく死より熱かったかの七月の父の額よ〇 風の日の父を思って五メートル聖書を頭に載せて歩いた〇 息あさく眠れる父のかたわらに死は総身に蜜あびて立つ〇 死...
〇 うつくしい島とほろびた島それをつなぐ白くて小さいカヌー〇 あかい津波しろい津波と押し寄せてやさしく洗われる墓石たち〇 涙より深い蒼さの海のなかほろほろ鳥の亡骸を抱く〇 プレス機がドールを潰す一瞬の命にふさわしい破裂音〇 松葉杖で木星を歩く ここでしか吹けない君の蝋燭がある〇 熱傷をはだかの腕にひからせてあなたがひらく犬の肋骨〇 喉をもつ空が洩らした嬌声のねえさん、星をもう蹴らない...
初役 栗木京子(塔)〇 紅葉がアルファベットのやうに散る道を歩みぬ黙してふたり〇 歩くとは厚さを踏みてゆくことか落ち葉の嵩や霜のきらきら〇 樹はどこにも行かない 約束を破りたる人に葉擦れの音のメールを〇 三角にとがれるサンドイッチ食む反故にされにし午後の約束〇 あくびしてゐし人なれど去り際に空に漂ふ鷲の目をせり〇 空高く飛ぶ鷲よりも海面に触れつつすべる信天翁うつくし〇 ...
翼 鷗は窓から駆けこんで 小屋のランプを微塵にして そのまま闇に氣を失つた かつては希望であつたらう 潮に汚れた翼が いまは後悔のやうに華麗に匂つてゐる 挿 話 蝙蝠が帆に巻き込まれ 帆は帆桁(ヤード)に括られたまま 風が出なかつたので いつまでも展らかなかつた ──あれからどうしたらう? 舷燈(ランプ)がそんな獨り言を言つた 闇 ランプを闇に點すと ランプは叫んだ ──むかふの闇...
〇 幾種類もの水仙植ゑし塀の外遠回りして投函に行く 吉村睦人(新アララギ)〇 止まりよき電柱ならむその下にいつも数多の鳥の糞落つ〇 この花をともに見たりしかの時は二人は未だ独身なりき〇 思ひ当たる節のれどもすでにして十数年も前のことなり〇 ベートーベンの終の顔これ石膏のデス・マスク座右に古りて煤けぬ 小林サダ子(からの)〇 杉群の中より生れて朝もやはうつりうつろふ空にむかひて 児玉喜子(万象...
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