住所
出身
ハンドル名
tomato*holeさん
ブログタイトル
本とほん
ブログURL
http://chouhayumewomiru.blog.jp/
ブログ紹介文
死別後の日常生活、本の感想、ときどき当時の自宅介護・闘病など
自由文
-
更新頻度(1年)

121回 / 116日(平均7.3回/週)

ブログ村参加:2018/11/25

tomato*holeさんの人気ランキング

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tomato*holeさんのブログ記事

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  • イベント嫌い

    Webで出来ない手続きをするため、とある金融機関へ出掛けた。平日のお昼。でも混んでいた。2Fの奥のフロア。二人前の人がいやに長くかかっていた。ぼんやり斜め上の画面に映し出される動画を見ていた。モノクロの昔のオリンピックの映像から最近の映像までを繰り返し流して

  • 延命の限界

    植物状態となった私の家族は、医学の発達と本人の生きる力とで、約7年生き続けた。脳の手術は三回。急性期病院からリハビリ病院、療養病院へと転院を繰り返した。各病院、良い点も悪い点もあった。共通していたのは、意識がない患者は荷物のように扱われること。それはどこ

  • 家族の「不在」という積み重ね

    いつもと同じように仕事をしていてもあわただしく洗濯物を干していたとしてもほんとうに降って落ちて来たようにあ、自分は一人なんだった、と思い出す瞬間がある。昨年の秋くらいまでは自分の立っている場所だけがくり抜かれて異空間に飛ばされたようなそんな圧倒的な絶望感

  • 戸締り確認チェックシートのお世話になる

    仕事で外に定期的に出るようになってから気づいたことがある。出かける前に必ず戸締りを確認しているのに、歩き出して最初の角を曲がるときどうしても、また鍵のかけ忘れが気になりだす。支度をしながら各窓の鍵をかけ、玄関で靴を履きながら玄関の小窓をしめたら窓は終わり

  • 医療従事者側の言い分③ <医療の閉鎖性>

    モルヒネ処方時。私の家族が見聞きした担当訪問医と看護師のやりとりの要約。診察が終わった後、訪問医がモルヒネを処方することを家族に告げる。看護師が「え?」と表情を変え、医師を見る。担当医が処方箋を作成。看護師が小声で「でも…」と続ける。訪問医が「麻薬(取扱

  • 医療従事者側の言い分②<アドヒアランスと医療の閉鎖性>

    診察中に患者が「はい、はい」と従順に医師の話を聞いていたとしても、実際、患者はどれほど理解をしているのだろうか。実際は「わかりましたか?」「はい」で確認できたとしていることが多いと思う。次回の診察があれば、たいていそのときに「その後どうですか」と聞けば済

  • 女性の一人暮らし DIYはどこまでやれば?

    二月に塗装工事が終わってから、何だか網戸の開閉具合が良くない。端の方に少し隙間ができるようになった。職人さんがけっこう乱暴に網戸をガラガラと移動させていたからか?そのせいもあるかもしれないけれど、網戸の両脇の隙間を塞ぐための「モヘアシール」が取り替え時な

  • 喪服を着ること

    母方の祖母の葬儀のあった二十代後半から、しばらく喪服を着ることがなかった。今ある喪服は三年前に亡くなった家族の葬儀で着るために新しく購入した。それから既に、数えるのをやめたいくらい何回も袖を通した。そう言えば、まだ一度もクリーニングに出していなかった。そ

  • 仕事は、「習うより慣れろ」?

    現在の仕事はいわゆる一般事務。初めは毎日膨大な枚数の伝票をひたすら入力するという(覚えてしまえば)簡単な仕事だった。必要なスキルは、ある程度の入力スピードのみ。一人で黙々とできて、それが良かった。なのにどういうわけか先輩パートのSさんの下に付き伝票入力だけ

  • 医療従事者側の言い分 <アドヒアランス>①

    【アドヒアランス】「患者が自分の病気に関して十分な説明を受け、薬の効果や副作用を理解し納得した上で主体的に治療に関わること」・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・病気などの治療において、「インフォームドコンセント」や「コンプライアンス

  • あたらしい仕事、生活

    転職先のIDカードの写真撮影に行ってきた。後日、健康診断。だそうだ。昨年半強制的に病院に連れていかれたとき、ちょっと血圧が高いと言われた。まあ、あれは一時的なものだったらしい。脳外も問題なかった。目も、あれから問題ない。歯の食いしばりも前より染みることが少

  • 転職

    転職――することになった。先週の面接の結果、採用してもらえることになり来月上旬から勤務先が変わる。勤務先が距離的には今より近くなる。でも自転車通勤は変わらない。2kmくらいだろうか。まだ自転車で行ってみたことはない。現職と同様パート。何とかなるだろうか。わ

  • 罪悪感の種類

    住む家があって、飢えることもなく、程々の仕事もある。それなのに、なぜ立ち直れないのか。時々、そんな無言の圧力をどこからか(自分の中からか)感じる。罪悪感、罪責感――この状態、気持ち、起因、過程、結果。あの手紙。それら全部をひっくるめたモノに名前をつけたく

  • 再生

    観葉植物に水遣りをしながら、庭を見ていた。どこがどうしてこうなったのか、人生終えるつもりで放置していた家。外壁や屋根なんか工事して、庭まで綺麗にしちゃったけど、これからどうするつもりなんだろう、自分。家族が長い間大事にしていた観葉植物が3鉢。三年くらい前

  • 医師が「死」の選択を迫ること

    3/7付毎日新聞から昨年8月、公立福生病院の外科医師が女性の腎臓病患者に対し人工透析治療をやめる選択肢を提示し、人工透析を中止する選択肢を選んだ女性が一週間後に死亡した。(関連記事及び続報掲載あり)日本透析医学会のガイドラインによると、患者の状態が極めて不良

  • いったい「私」は誰なんだろうか

    希望勤務地は近いのに面接場所は遠かった昨日の面接。面接官の前にはB5サイズのチェックシートがあって上から下まで応募者へ確認するための項目がびっしり。ざっと履歴書に目を通したあと、履歴書の気になる箇所の質問。前々職、前職を退職した理由。その職務内容。職務経歴

  • “あわれむ”とはどういう事か? 

    勤務先の昼食時間のときだった。四人でお弁当を食べていた(仕方なく)。どういう話の流れだったのか、私はぼんやりと聞き流していたのでよくわからないけれど、契約社員さんの一人が言ったひとことでハッと我に返った。(契社)「同情ってされるもので、自分にするものじゃ

  • もう誰も失わなくてすむ方法

    今月の最終休日に三回忌法要をすることになっている。この前の法要のときは白ユリをメインに用意した。今度はピンクのユリをポイントに用意しようか。法要だからと言って、白や寒色系でなくてもいい。家族のそれぞれの法要のとき、供花の見た目にも差が出ないように気を付け

  • 秘密

    ブログを書き出してからも、肝心なことはずっと書かなかった。肝心なところはちょっとずつはぐらかしながら書いていた。もし人に言ったら、わずかな希望が<0>になってしまいそうな気がしていた。もしかしたら、あの紙は捨てるのを忘れただけかもしれない。入院する二か月前

  • もう一通の手紙

    世界が停止していると錯覚するような静寂が好きだ。家にいるときはできるだけ何の音もさせない。あるのは自分の生活音だけ。自分の足音。ガスの燃える音。ときどき冷蔵庫の音。世界が静止しているかのような空間が好きだ。そこから何も連想できない、広がって行かない空間が

  • 老後資金作り「リバースモーゲージ」は損か得か

    3/2付日経新聞(電子版)のアクセスランキング上位のローン商品「リバースモーゲージ」。「自宅を担保にして老後資金を借りるローン商品。『リバースモーゲージ』と呼ばれ、まとまった金額を借りて利息を払いながら、家に住み続けられる仕組み」(日経抜粋)紙の新聞を止めた

  • 面接の結果――と介護離職

    昨日郵送で先週の面接選考の結果が来た。面接時に何となくわかっていたので、やっぱりなと思った。それに、受かっていたらもう少し早めに連絡が来ただろうから。とりあえず現状維持ということかぁ。外で働く、という事のブランクがけっこう長いので、介護系の仕事以外は敷居

  • ほんの少し悔しかったこと

    意識のない家族と家の外に出るたび、世の中は「差別」と「区別」で出来ていると改めて感じた。家族がそうした状態になるまで、私も障害者の実情を何も知らなかった。使っていたリクライニング車椅子は背もたれを後ろに倒すと180度水平になった。ストレッチャーとしても利用で

  • 家族の遺言書2 死者の言葉はどんなものでも呪縛になる

    このブログを読んでいる人の中には、『「最愛の人」との死別でないなら、そんなに苦しくも悲しくもないんじゃないか』と考える人もいると思う。家族、というか、大切だと思える人(動物も含めて)がこの世にたった一人しかいない人にとっては、そういう考えも無理ないことか

  • 家族の遺言書

    突然亡くなった人、意識不明の後(のち)亡くなった人たちは自分の身の回りの整理も、家族にかけたかった言葉も残せないまま逝かなければならなかったと思う。最後に、何を言い残したかっただろうか。癌闘病の末に亡くなった私の家族は、一通の遺言書を残していった。それは

  • 相乗り通勤?

    ニュースメールで、日本の企業が共同開発をしている「オンデマンド通勤シャトル」を25日報道陣に公開したとあった。スマホのアプリを活用し、複数人を自宅近くから勤務地の付近まで相乗りで送迎するというものらしい。26日から実証実験を開始したそうだ。実験ではサラリーマ

  • 「今」と「引きこもり期間中」の違い

    昨年の引きこもりからゆるゆると抜け出してから、一昨日は久々の仕事の面接に行った。行きの電車の中は何かの集まりなのか、小学生を連れたお母さんたちでいっぱいだった。狭い車内、小さくない声の会話は聞きたくなくても聞こえてくる。平日の朝のラッシュなら、そんなこと

  • コミュ能力のある人にはかなわない

    前記事「上昇・下落率ランキング」。うっかり予約投稿になっていた。ほんとうは他の書き溜めた記事を予約したはずだったんだけど。夜中PC見たら公開されてた…━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─土曜日の面接の話。不利なのは予想していたけれど

  • 上昇・下落率ランキング

    先日から始めた株式投資。とは言え買いたい株を全部買えたわけではなく、買いたい値になるのを待っている。素人が投資を始めるにはある程度勉強が必要だったので、書籍やそれ用のサイトなどで少し勉強してみた。あとは専門家ではなく実際に投資で長期安定した利益を得るよう

  • いろいろな「家族関係」

    介護と死別が重なった時期、そして死別の次に死別が続いた時期。私はかなり攻撃的で悲観的になり、それから放心状態になった。周囲の人たちに対し「いったい自分の気持ちの何がわかる!?」そういう思いでいっぱいだった。こちらを元気づけようとする言葉も行動も、私には的