緊張する。そんな人は多い。 責任をもって何かをしようとするから緊張をする。そんなことを言っていた人がいた。 確かに絶対に伝えたい。絶対に失敗できない。そんな思いからなるのだろうか? そんなことが緊張という症状となって。 緊張しなければ責任感のないこと。なのかもしれない。 にほんブログ村
緊張する。そんな人は多い。 責任をもって何かをしようとするから緊張をする。そんなことを言っていた人がいた。 確かに絶対に伝えたい。絶対に失敗できない。そんな思いからなるのだろうか? そんなことが緊張という症状となって。 緊張しなければ責任感のないこと。なのかもしれない。 にほんブログ村
睡眠療法。この言葉をきくとぼくは怖い。この睡眠療法ができる。そんな人のことを知るとぼくは怖い。と思っていた。 でも。この睡眠療法。 暗示なのかもしれない。思い込ませ。できると信じさせて。痛くないと思い込ませて。 痛いの痛いの飛んでけ!とこんなことも睡眠療法の一つだときいた。 にほんブログ村
ぼくがふらふらしてるのを見て 君いつも暇そうだね。 とぼくに言ってくる人がいる。 この人ぼくに何でも話す。ぼくが何でも話をきくから。そしてぼくが唯一気兼ねなく話せるから。かもしれない。 ぼくは 君のおかげでブログのネタには困らない。ありがとう。 といった。 なんのことかわからずきょとんとしてたAさん。 ぼくがブログの材料に何度か登場していることを何も知らずに。 まだまだぼくはこのAさんからブログの材料をもらえるだろう。 ぼくにとっての大切な存在なのだ。 感謝しているのに。 にほんブログ村
やさしい人。とはどんな人なのだろうか? 自分でやさしい人。と言う人はぼくは信用できない。 本当にやさしい人。とは誰かに。君はやさしい人だね。と言われる人だとぼくは思うのに。 にほんブログ村
ぼくはぼく自身が始めた商売をどうにかしようとしている。 ぼくの商売の集客を増やすためにぼくは道端にいる人などに声をかける。お店などでも。 人によってはぼくの話を真剣にきいてくれる。 その中にこんな人がいた。 ぼくの宣伝方法へのアイディアをくれた人がいた。ある店の店員さん。この店が大きくなったのはお客様の声からだ。この店が成長できたのはお客様のおかげだ。とぼくに教えてくれた。 確かにお客様であるぼくたちの話をこの店の店員はよくきいてくれる。○○をこうしてほしい。いえば。直してくれるかわからないけど。改善してくれるかわからないけど。 だからこの店は人気があるのかもしれない。だからこの店はリピーター…
今ではない。人は。昔できたことを自慢する。昔やってたことを自慢する。 今のことを言わないで。 ぼくは今のことを知りたいのに。 どうしてだろうか?人は。以前やっていたことを。以前できたことを。自慢するのか? にほんブログ村
本当のやさしさとは何なんだろうか? どんなことをする人がやさしいのだろうか? 自分で自分のことを,やさしい人。だ。と言う人は本当にやさしいのだろうか? にほんブログ村
本当に人は弱い。自分では楽な方に動く。自分でやるべきことをなかなかやらない。自分で決めたことを。だんだんと口実をつけてやめていく。 どうしてなのだろうか? 自分で自分に勝つことができないのか?自分で自分に負けないようにすることができないのか? にほんブログ村
人の年齢とは。見た目で判断できる。ように思うのはぼくだけだろうか? 年寄り臭い人は実年齢よりもかなり高齢の人が多い。とぼくは感じる。 実年齢が60歳だ。と話す人がいた。その人の歩き方はまるで70歳を超えてるかのようにぼくは感じた。理解力も低くわかっているのかわからない様子だった。人は見た目の年齢で判断できるのかもしれない。 人は頭も身体も鈍くなるいのだろうか?老けて見えるそんな人々は。 どうして人は認知能力や運動能力は見た目年齢と同じになるのだろうか?実年齢が若く見た目年齢が高い人々は。 にほんブログ村
題名によって人は騙される。題名によって。読むか?読まないか?を。人は題名で決めるのかもしれない。 ぼくはどのようにしたらぼくのブログをみんなが読んでくれるか?ぼくはどのようにしたらぼくのブログをみんなが読んでもらえるのか? ぼくはとても悩んでいる。 にほんブログ村
目配り気配り心配りこのことができる人。ときいたことがある。 でも。どうなのだろうか?実世界では。 待つことができない世界。忙しい時代。ゆとりのない世の中。 なかなか目配り気配り心配りは難しいのかもしれない。 にほんブログ村
冒険心がなくなれば、人はやる気がなくなる。冒険心がなくなれば、だんだんとできないことが増えてくる。そんな気がぼくはする。 冒険心があれば何かが変わる。冒険心があれば何かを変えれる。のに。このように思うのはぼくだけだろうか? にほんブログ村
現代の日本は新卒の人を優先にするような気がするぼく。 人生の途中で。人間関係で壊れ。学校を中退して。新たな道を見つけるのは難しいのかもしれない。 数年後年齢を重ねて目標を見つけた人々。改めて学校に通って。資格を取って。それでも新卒主義の人々より就職はなかなかできない。そんな風に思うぼく。 年齢が高くなると。 何かをやり直そうとしたとき。何かを始めたいとき。 なかなか始めにくいのかもしれない。 今、時代人生を新たに始めようとするとき。 年齢を重ねてから人生をやり直そうとするとなかなか始めにくいのかもしれない。 今の日本、高校大学と何事もなく卒業をした人のほうが有利なのかもしれない。 にほんブログ…
どれも同じ。そんな言い方をするから違いがわからない。のかもしれない。 どれも同じ。だから違いを見つけようとしない。のかもしれない。 にほんブログ村
自分の心を満たすためにいろいろ買うのかもしれない。心を満たすために。どうしても必要なのかもしれない。 でも。 これが未来の自分を困らせ生活を圧迫するものになるのかもしれない。 金利の良いころの借金が、過払い金。となって。 にほんブログ村
今生きている世の中の人。後ろ向きの人が多い。ように思うのはぼくだけだろうか?もったいない。 ただ生きてるだけ。死ねないから生きてる。とそんなことを言っている人。ぼくの街には多いのかもしれない。 後ろ向きの人を観察していると。猫背。コチョコチョ歩き。歩幅は狭い。 猫背。肩を揺らして歩く。腰や肩が痛そうに歩く。なぜなんだろう? 身体のあちこちが痛い痛い。といいながら歩くのか?後ろ向きの人の特徴なのか? 猫背だから後ろ向きの考えになるのか?後ろ向きの考えだから猫背になるのか?ぼくは知りたい。 にほんブログ村
自分の意志でやっていても。実際は流されている。 誰かに。世間に。自分を強く持ったとしても。 本当の自分の考えで動くことはこの世の中では難しいのかもしれない。 そんなことを言っていた人がいた。 にほんブログ村
野生動物は自然と共に生きる。渡り鳥などは飛べなくなったら終わり。命が終わる。 もしも怪我をしていれば仲間は怪我をしている鳥に頑張れと様子をうかがいながら気遣い。飛ぶ順番も飛びやすいところにする。が。 飛べない。もう無理だ。と思うとおいて行く。無責任なようだけれど。 そうでもしなければ他の鳥も、死んでしまう。季節をずらせば生きていけなくなる。 人間は誰かがやってくれる。医療や福祉を使って。 技術が発展したのはいいが。誰かにやってもらうことを当たり前。と思っている人たちが多い。ようにぼくは思う。 にほんブログ村
介護保険を利用できる人はのは家族のいる人。 家族はおじいちゃんの面倒見れないから。家族はおじいちゃんの介護が大変だから。と申請できる。 今日本の現実は孤独な高齢者が多い。 本当に困っている高齢者は自分が困っていることがわからない。 変なことをしている人。とわかっていても。変なことをしている人には手を出さない。変なことをしている人には助けようとはしない。 転んでいれば救急車は呼ぶかもしれないが。変な行動をしている人には手助けはしない。見て見ぬふりをする。 本当に介護の必要な人は何が困っているかわからない。本当に困っている一人暮らしの人はどこが困っているのかわからない。どこの頼んでよいのかももちろ…
大体の人は道を歩く。ぼくももちろん道を歩く。 でも。でも。 ぼくの道はみんなと少し違うのかもしれない。ぼくの道は猫が入れる道も。道なのだから。 にほんブログ村
何かのために。 何かのために。と言いながら実際は自分のために動いていることが多いのかもしれない。 本当に誰かのためになるものはあるのだろうか? 何かのために。と言いながら。 にほんブログ村
ぼくはウインドショッピングが大好きだ。 ぼくはびっくりした。 ある店で。ぼくはみつけた。足の裏を洗うマットを。 今の人たちは自分の足の裏を自分の手で洗わないのだろうか? にほんブログ村
どうせ歩けなくなるから。こんなことを言っていた人がいた。 一生涯人は歩くことができなくなる。死ぬまでずっと歩ける人は少ないのか?歩けない期間が人は何年も続くことはあたりまえのことなのか? 今の日本の人はこのように考えている。そんな人は多いのかもしれない。とぼくは感じる。 にほんブログ村
法律には引っかからず。正規な方法でなく。そんな方法で儲ける企業が今の日本には多いのかもしれない。 企業も頭を使い法律の穴を利用して。消費者を。企業を。だまして。片手間で儲かる方法で儲け。片手間で儲かる方法を教え。高額な金をとる。そんな商売がいろいろあるのかもしれない。 にほんブログ村
待っているだけなら何も起こらない。 黙っていれば何かができる。黙っていても何かが変わる。そのように考えている人は多いのかもしれない。ぼくもこの中の一人なのかもしれない。 でも。自分で何かを作り出さなければ。何も起こらない。そんなことを言っていた人がいた。 にほんブログ村
できなくなる。とは普段人は全く考えない。のかもしれない。 できなくなって人はなにかをしようとする。病気になって病気の対策を初めて始める。不思議だけれど。 後ことを人間は考えられない。人間は困らなければなにもしない。人間は困らなければなにもできない。 そんな動物なのかもしれない。そんな生き物なのかもしれない。そんな生き物なのだ。人間とは。 にほんブログ村
ぼくの街の上水道は行政が親切なことに地震に強いものに取り換えようとしている。 ぼくたちは住民はとても助かる。 のかもしれない。 ぼくの街はとても坂道が多い。 階段を使えば数十段のところでも車では1キロくらいも回らなければいけないところもある。 もちろん自転車やキャリーバック、ベビーカーを使う人たちも何人もいる。 緩やかな階段なら階段のわきにスロープを作れば上り下りできる。 自転車やキャリーバック、ベビーカーは。急な階段のところは無理だが。 ぼくの家のわきの階段を工事をしていた。 ぼくは行政に手紙を書いた。 一度掘るのだからすべて階段に戻さず一部スロープにしてほしい。と。 やはりお役所仕事だ。 …
動植物は進化することによって必要なことは成長する。動植物は進化することによって不必要なことはなくなっていく。らしい。 人間は昔の人よりも歩かなくなっているのかもしれない。人間は昔の人よりは動かなくなっているのかもしれない。 今後人間はあしはどうなっていくのだろうか?そんなことを考えているぼくだ。 何年も何年もたって、ぼくたち人間の子孫はどんな形になるのだろうか? にほんブログ村
才能はたいていの人が持っている。と宮崎駿監督はいっていた。 大切なことは才能のあるなしだけではない。その才能を発揮するエネルギーがあるかどうか。だと。 ほとんどの人が小さな才能を持っていたとしても。エネルギー不足で、才能を発揮することなく凡人で終わる。本当にもったいないことだ。 その小さな才能を。エネルギー不足にならないような。発揮できる機会を。この世の中で増やしてほしい。とぼくは願う。 にほんブログ村
人間にとって一番大切なこと。それは、健康。なのかもしれない。 でも。別の欲を見つけ人は健康の考えない。 健康でなくなってやっと健康の大切さを初めて気づくのかもしれない。のかもしれない。 にほんブログ村
商業出版と自費出版。出版の種類があることをぼくはきいたことがある。 商業出版は信用できる。が。自費出版は信用できない。 そんなことを言っていた人がいた。 でも。でも。 一般の人が何かを言いたくても商業出版はなかなかしてくれない。 商業出版の裏には出版したことによって何かが儲かる。何かに利益があがるもの。なのかもしれない。嘘の情報でも。本当の情報でも。 にほんブログ村
日常生活ではどん底になることがある。日常生活で落ち込んで。うまくいかないことが続いて。どん底になることが多々ある。 人はどん底になって悩む。どん底になって落ち込む。 このどん底はチャンスなのかもしれない。このどん底からは持ち上がることしかできない。これ以上落ちていくことはない。これからは持ち上がることしかできない。そんなことを言っていた人がいた。 にほんブログ村
くだらないもの。なのかもしれない。 意味のないこと。なのかもしれない。 何気ないこと。なのかもしれない。 雑談は。 雑談は何気ないことを並べたもの。だが。 この雑談の中に大切なものがたっぷりある。この雑談のほうが大切なものがある。のかもしれない。 にほんブログ村
大して変わらない。 だから何も変わらない。だから何も変えれない。 だから?どんなことにでも変化を感じようとしない。 大して変わらない。そう言って。最初から変化を味わおうとしないのかもしれない。 だから?小さな変化がわからない人になっていくのかもいくのかもしれない。 だから?だんだんと小さなことがわからない人になるのかもしれない。 にほんブログ村
正しいこと。世の中の常識。にするためには。 実際は違っても。有名人が言うこと。知名人が言うこと。お金の力を使うこと。だ。 そんなことを言っていた人がいた。 にほんブログ村
誰かのせいにすれば楽だ。 なんでも何かのせいにすれば楽だ。 遅刻したことも。失敗したことも。 でも。でも。進歩は何もない。自分の成長は何もないのかもしれない。そんな気がぼくはする。 にほんブログ村
誰かと。何かと。比べなければわからない。どうしてなのか?人は。 基準がなければわからない。 単位が同じでなければ。どちらが大きいのかわからない。 わかりやすくするために。人は比べなければわからない。 何かと比べなければ行動をとることができない。のかもしれない。 にほんブログ村
頑張ることが大嫌いなぼく。誰かに頑張ってください。といわれることは大嫌いだ。 そんな話をしていたら。最善を尽くしてください。と言われた。最善ならいいのかもしれない。ぼくにとって一番いい方法。そんな気がした。 にほんブログ村
今生きている世の中の人。後ろ向きの人が多い。ように思うのはぼくだけだろうか?もったいない。 ただ生きてるだけ。死ねないから生きてる。とそんなことを言っている人達がぼくの街にはいる。 後ろ向きの人を観察していると、猫背。コチョコチョ歩き。歩幅は狭い。そんな感じがぼくはする。 猫背。肩を揺らして歩く。腰や肩が痛そうに歩く。なぜなんだろう? 身体のあちこちが痛いからか? 中には痛い。痛い。といいながら歩く。 後ろ向きの人の特徴なのか? 猫背だから後ろ向きになるのか?後ろ向きだから猫背になるのか? もしかしたら 猫背の人達のことを誰かが後ろ向きに引っ張っているからか?歩幅が狭く肩を揺らして歩く人達のこ…
どんな生き物は暑さ寒さを感じるのかもしれない。 木々は。植物は。動物や昆虫までも。暑さ寒さを感じるのかもしれない。 暑い夏の終わり。秋の声をきけば蝉は地中から出ないのかもしれない。秋のきんもくせいも急に寒くなれば花を咲かせるのをやめる。そしてまた秋の風になれば花を咲かす。動物たちの中には冬眠するものもある。動植物の繁殖にも暑さ寒さが関係している。 もしかしたら人間だけが自然に順応しずらくなっているのかもしれない。 にほんブログ村
新たな発見 人はすごいという。 でもメディアに都合の良いことしか取り上げない。企業の都合の良いことしか取り上げない。 有名人がやったから正しい。知名人の発見だから正しい。と。 一般人が新たな発見をしてもなかなかメディアは取り上げない。 一般人の発見が時代を変えるかもしれない。が。 発表の機会が奪われて。 にほんブログ村
病院に通いだした人からぼくはきいた。 どうしてなのだろうか?膝の痛くてたまらない人に。病院でスクワットをしなさい。と言うらしい。 膝が痛いのにどうしてできるのだろうか? にほんブログ村
人生は何度でもやり直しがきくのかもしれない。 でも。最初の気持ちには戻せない。最初の気持ちは失敗したあの時だけ。 あの時にした失敗をやめる方法がわかる。でも。本当の最初の気持ちはなかなかできない。なのかもしれない。 にほんブログ村
現在の日本は平和なのかもしれない。だからだろうか何も考えない人が多いのかもしれない。 急に家族が死ぬなんか?地震が起きない。と思い込み。台風の被害はありえない。と。 最悪のことも少しは考えておかねばいけないと思うのはぼくだけだろうか? にほんブログ村
これでいいのだ。そんな考えだから。何も変わらない。何も変えれない。 とことんまで突き止めれば何かが変わる。のに。ここまでしかやらないから何も変わらない。のかもしれない。 人は負ける動物。人は頑張れない動物。なのかもしれない。 にほんブログ村
成功体験が少ないからか?自らやってもしょうがない。できるわけがない。そう思う人々は多いのかもしれない。そんな人が多いようにぼくは思う。 成功体験が少ないからか? 今の時代できるまで根気よく頑張る人は少ないのか?終わるまで根気よく頑張る人は少ないのか? 何事もなおるわからない。何事もできるわけがない。何事もやってもしょうがない。と最初からあきらめて。 にほんブログ村
理解力の低い人だからか?何もやろうとしない。やってくれて当たり前。やってもらって当たり前。 調べる環境であるにもかかわらず。何もしない。どうしてだろう? 何もしなくても誰かがやってくれると思っているのだから。 のんきでうらやましい。と思うのはぼくだけだろうか? にほんブログ村
心構え次第で人はどうにでもなる。たとえ不幸な状況でも。 これだけできる。と思えば。どうにかなる。 これしかできない。と思えば。だんだんとできないことが増えてくる。だんだんと不幸が増えてくる。 だんだんと。だんだんと。不幸のどん底に。 にほんブログ村
ぼくはびっくりした。 ぼくの街のターミナル駅の駅前で。 電動車いすに乗って歩道を自力で走行中の40代くらいの女性。人通りが多い中。車いすに乗って。脚を組み。タバコを吸っていた。 にほんブログ村
雨が降れば人は嫌がる。雨が降れば人は悲しむ。 面倒だから。汚れるから。濡れるから。と。 でも。日照りが続いたとき。カラカラな地面を一度で潤し。木々に緑を与える。野菜、果物、草花などにも。 普段はみんなに嫌われるけれど。雨はいっきにぼくの街の水不足を解消する。 にほんブログ村
ぼくの常識。君の非常識。ぼくが大好きな言葉だ。 ぼくがあたりまえと思うこと。を。君はあたりまえではない。 でも。 みんな自分の常識を押し付ける。そんな世の中なのかもしれない。 自分ができればみんなができる。と思い込んで。自分ができればみんなができる。と押し付ける。 そんな人が多い世の中なのかもしれない。 にほんブログ村
ダメになれば誰かのせいにする。失敗すれば何かのせいにする。 どうしてだろうか?人は。 誰かのせいにすれば楽なのはわかる。何かのせいにすれば楽なのはわかる。が。 にほんブログ村
ぼくは草むらを歩いていた。月明かりのきれいな夜に。道路わきの草むらで。 外国人らしい男性は。ぼくに。君、楽しんでいるね。と声をかけてきた。お酒でも飲んでいるのかい?と。 ぼくは。首を振った。 お酒を飲まずに。君、よく楽しんでいるね。と。 ぼくは道を素直に歩くことをしない時がある。ぼくは道を変な歩き方をすることがある。草の中を楽しみながら。土の感触を楽しみながら。木の根っこの凸凹を楽しみながら。 ぼくの声をかけてきた外国人らしい男性は素面のぼくが楽しんでいることを羨ましがっていた。 にほんブログ村
今年も終戦の日が来た。戦争のことを忘れないように。平和の大切さを考えるために。犠牲者を悼むために。 太平洋戦争では300万人以上の人たちが死んだときく。国のために命を落とすことが英雄とされた時代。 お国のために死ねて本当に幸せだったのだろうか?自分のために命を使えなかったことで後悔はなかったのだろうか? 78年前までの日本の教育は。78年前までの時代の流れは。 にほんブログ村
どんなことでも年齢ではない。高齢だからできない。と思うのはぼくだけだろうか? どうしてなのだろう?もったいないと思う。もったいないと思う。のはぼくだけだろうか? 何もやらず。最初からあきらめて。何もしようとしない。なぜなのだろうか? にほんブログ村
子供たちの苦手な教科。運動をして苦手な教科を勉強すれば成績が向上する。と統計にもあるようだ。 勉強と運動の因果関係がある。のかもしれない。 もしかしたら子供も大人も同じようなことがいえるのかもしれない。 頭のかたい人間はぼくの街にとても多い。頭のかたい人間は動きも鈍いように思う。頭のかたい人間は運動というものと程遠い生活をしているのかもしれない。 もしかしたら頭がかたい人間にも運動をさせれば頭が柔らかくなるのかもしれない。とぼくは思う。 動かないから、だんだんと。だんだんと。頭がかたくなり。だんだんと変なことを言うかもしれない。だんだんと頑固になって。 にほんブログ村
日本の国は何でも資格を取らせる。日本の国では資格が重要視される。 資格がなければ。と。 資格で仕事を決めて。できる仕事に付加価値を与える。 資格がなければ。と。 資格でみんなと同じことをさせ。資格があればみんなと同じことができて当たり前。と言い。と評価をしない。と評価されない。そんな時代なのかもしれない。 一昔前特技を商売にしていたらしい。アロマの世界では。鼻の利く人が香りを調合していた。そんなことを言っていた人がいた。 今の時代。何でも資格を重視する。資格によって同じことしかしない。そんな人が増えているのに。 斬新なことを評価しない世の中。新たな発想をを評価しない世の中。のかもしれない。今の…
今日。広島に原爆が落とされた日。昭和20年8月6日に。 日本の国では平和を大切にしている。 でも。今の日本の世の中は戦争のない平和の時代が続いているために。平和ボケしている人も多いのかもしれない。 平和とは何なのか?戦争とは何なのか? もっと。もっと。 本当の平和について考える日にしたほうが良い。とぼくは思う。 にほんブログ村
ぼくは毎年のように蝉の羽化の様子に出会う。羽化の瞬間は本当に神秘的だ。あの蝉の幼虫から。静かに。時間をかけて。いつもの蝉よりも白っぽい蝉が出てくる。 誰にも気づかないように。人などの動物に見つからないように。あたりが真っ暗になって。 神秘的なことはどうして夜中に行われるのか?神秘的なことはどうして夜中に営まれるのか? 地球上では見えない時に何かが生まれるのかもしれない。地球上では見えない時に何かが変わるのかもしれない。 にほんブログ村
カード勧誘。新たな店舗。同じようなことをする。多少は違うのかもしれないが。 同じようなところから。利益を分けようとするのか?全体が決まっているものをなぜ分散させるのか? 100あるものを。分けるのか?100個のものを5人で分ければ20個ずつ。100個のものを10人で分ければ10個ずつ。こんなことでは生活ができなくなる。収入を増やすために。企業は何を考えているのか? 同じようなことを人は取り合うのか?競合し。従業員を増やし。 事業を失敗したくないのはわかる。 でも?同じことをすればすべてが取り合い。共倒れになるのに。ほしい数は決まっているのに。売れる数は決まっているのに。 今持っているものを少し…
達成感は大事だ。達成感を重視するあまり何か別のことが起こるのかもしれない。 例えば良いと思ってやった運動。運動をしない人がいきなりマラソンをすれば膝を壊す。そんな人が多い。ときく。マラソンよりも膝に負担のかかりにくいウォーキングなどの運動もあるのかもしれない。達成感は少ないのかもしれない。が。 「大事なものは、たいてい面倒くさい。」宮崎駿監督の名言があるように。 本当に大切なことは達成感ではないものかもしれない。本当に大切なことは地道なことなのかもしれない。 にほんブログ村
ゴールがあるから頑張れるのか?ゴールがないから頑張れるのか? どっちだろうか? 辛いことをやるときはゴールがあった方が良いのかもしれない。探求心が必要なことはゴールがないから楽しいのかもしれない。 ぼく自身ゴールのないものを楽しむのかもしれない。ぼくの人生にはゴールがないから。ぼくの商売にはゴールがないから。 にほんブログ村
蝉。何年も何年も地下に潜って。何年も何年も土の中に潜って。大人になる。 そして少しの夏を楽しみ。繁殖をし。一生を終える。 蝉だけではない。多くの生き物は地中で生活をしている。多くの昆虫は地中で生活をしている。 果たして地中にはどれだけたくさんの生き物がいるのだろう。ぼくの目に見える蝉。1から2週間の短い命。ときく。 その何倍もの蝉の幼虫は地中にいる。幼虫時代のほうが長いから。 他の種類の生き物たちも地中にいる。他の種類の昆虫たちも地中で生活をしている。地中は生き物たちで満員にならないのか?地中は昆虫たちで満員にならないのか? そんなことをぼくは考えている。 にほんブログ村
今日。日本の国がすべて梅雨明けした。そんなニュースがぼくの耳に入ってきた。 でも。梅雨明け前から夏の暑さ。梅雨明け前から夏の空気。梅雨明け前から夏の食べ物。梅雨明け前から夏の生活。 昨日も。今日からも。何も変わらない。 情緒のないことを。季節感のないことを。言っているぼくだ。 にほんブログ村
福祉とは誰かにやさしくすること。誰かに何かを与えること。と思っている人が多いのかもしれない。 本当の福祉とはできないことをできるようにすること。自分で生活できるようにサポートすること。なのかもしれない。 今の日本に福祉は本当の福祉なのだろうか? にほんブログ村
奨学金とは自分の未来の投資のために借りるもの。なのかもしれない。 でも。でも。 現実返すことができず自殺する人もいる。ときく。 何のための奨学金なのか? 自分に投資するつもりが自分の人生の終止符となるものになってしまう。 奨学金を借りる。そのことをもっと考えるべきだ。進学することだけを考えるのではなく。自分に投資することだけではなく。 にほんブログ村
生活保護の人。生活保護の認定が取れれば仕事を全くしようとしない。何もしなくても生きていけるからか?そんな人も多いのかもしれない。 生活保護費が支給されればパチンコなどで時間を使い。 懸命に仕事をしもがいている人よりも。最低賃金で仕事をしている人よりも。生活保護費の支給額が良いともきく。 生活保護を悪く言うわけではない。が。 生活保護を与えてしまえば何もしない。生活保護を与えてしまえば何もする必要がなくなる。この生活保護の制度をもっと見直すべきでないか? 何もしなくても生活に困らないから。生活保護をもらえばいいのだ。そんな人たちがぼくの街には何人もいる。そんな人たちをぼくは何人も知っている。 に…
池にスイレンが咲いていた。 小雨が降る中。 整備された公園をぼくは歩いていた。 この公園でぼくは道を尋ねた。 どちらに行けば駅に行けるか?を。 男性は丁寧に教えてくれた。 この池のスイレンは外来種で減らすよう現在活動している。 と教えてくれた。 確かにあちらこちらで外来種の動植物はたくさんいるようで行政は頭を抱えているのかもしれない。 もしかしたら日本古来の動植物が絶滅の危機に来ているのかもしれない。 ペットが飼えないから 公園に逃がす。 山に。 川に。 海に。 それだけではない 。海外に行き服に付いた種から。 船にたまたま乗った動物。 などなど。と。 にほんブログ村
どうしてだろう?人は。君のことをきいているのに。 誰かにききこうとするのか?誰かと比べるのか?と。 自分で自分のことを理解できない人は多いことを。ぼくは不思議に感じる。 にほんブログ村
貧乏な人。家族で不幸があった人。何かの試験で失敗した人。怪我した人。成功しなかった人。そんな人々がかわいそうな人。とぼくは思っていた。 ぼくは友達にAさんの話をした。友達はAさんかわいそうな人だね。とぼくに言った。 確かにAさんはかわいそうな人だ。僕のために。私のために。と言う人だ 自分だけ良ければそれでいい人。まわりのことも考えず図々しいことをする人。自分のことだけ良ければそれでよいと行動する人。 そんな心の持ち主は本当に心がかいそうなのかもしれない。心がかわいそうな人だからなら。相手にする人も減るのかもしれない。そして孤独になっていくのかもしれない。 にほんブログ村
何もしない。でも。自分ほど不幸な人はいない。 何もできない。だから。自分ほど不幸な人はいない。 そんな風に感じている人も多いのかもしれない。 病気だから。貧乏だから。などなど。と。 本当に不幸な人もいるが、悲劇のヒロインになることによって誰かに自慢したいのか?悲劇のヒロインになることによって誰かにやってもらいたいのか?そんな人は多い。ようにぼくは思う。 にほんブログ村
負ける人。は多いときく。 自分との約束を。 他人との約束は守れても。そうしてなのだろうか? 自分で決めたこと。1回か?2回か?でやめて。 ましては1回もやらないで。 にほんブログ村
できないからなのか?わからないからか?理解できないからか?まわりが見えないからか? 自信過剰な人は、そんな人が多い。ようにぼくは感じる。 にほんブログ村
自律とは他人の意思でなく自分で考え物事を進めていくこと。他律とは他人に決めてもらいたい他人の命令に従うこと。のようだ。 今の世の中は自律している人は少ないのかもしれない。 現在自分のことを決めらない人が多いときく。 誰かに従い。誰かに決めてもらう。こんな人が多いのかもしれない。 人の目が気になるからという理由でずっとマスクをしている人もいるのかもしれない。暑さで熱中症になる人もいるのかもしれない。 乗っている車内で煙が出ていても周りの人が逃げようとしなければ自分も安心してしまう。のかもしれない。誰かが逃げなければ大丈夫だ。と。 にほんブログ村
自分ができれば友達もできる。全員が同じだ。と思い込んでいる。そんな人が多いようにぼくは感じる。不思議だけれど。どうしてだろうか? 同じ人間ではないのに。同じ人ではないのに。感情も違うのに。生活環境も違うのに。 にほんブログ村
成功する人は計画を立てる。そんなことをきいたことがある。確かに。とぼくは思った。 失敗する人は夢を追いかける。そんなこともきいた。確かに何も考えない。確かに理想だけで。 楽しいかもしれないが。 成功させたくても夢だけで何もしなければ何も変わらない。少しでいいから考えねば成功への道は進めない。少しづつでも計画を立てねば成功への道は進めない。のかもしれない。 にほんブログ村
ぼくは健康診断を受けた。中肉中背のぼくは血液検査はとてもいい結果だった。 でも、ぼくの食生活はひどい。大好きなお菓子を多量に食べているから。だからこそ健康診断の結果のことを気にしていた。のに結果はとてもよかった。 健康診断の結果が正常値だから。何をやってもよい。とそんなことを言っていた人がいた。 もちろん健康診断の結果が正常なら何をやってもよい。と思う人は多いのかもしない。 健康診断が正常値だから何食べようとどうでもいい。そんなことを言っていた人がいた。 たまたま数値が良いだけなのかもしれない。が。正常だから。何をやってもよい。と思ってしまう自分になってしまう。と思ってしまうぼくになってしまっ…
メディアによって叩き込まれた常識。本当のことだと信じている人々。は多い。 今までの自分の常識を。人はなかなかかえれない。 おかしいこと。と感じていても。声を出してなかなか言えない。 新たなことを常識だ。と思っていても。常識としてなかなか言えない。 新たなものを新ただ。と思っていても。メディアが言っていることを。信じてしまう。 新たなことを。メディアが新ただ。と言わなければ新たなことを信じない。 過去の常識を信じて。本当の新常識を理解しない。理解しようとしない。理解できない。 もともとの常識を変化させることはかなりの難問なのかもしれない。今の常識を変えることは本当に難題なことなのかもしれない。 …
大学を志望すれば全員大学に入れる。そんな時代が来たようだ。 少子化の影響で子供の数は減り。大学の入学定員は増えている。そんな時代。 大学入学を希望すればだれでも大学に入学ができる。大学全入時代。 これからは大卒は当たり前。の時代。になるのかもしれない。 でも。でも。同じことしかできない人が増えてくるのでは?同じような考え方しかできない人が増えてくるのでは?とぼくは不安に感じる。 にほんブログ村
病気の人は病気のことを威張る。できない人はできないことを威張る。どうしてだろうか? 隠すことはどうかとは思う。が。 最初から病気だから。何もできない。と言い。 最初から○○だから。何もできない。と言い。 病気だから。○○だから。と。できないことを。肯定する。 そしていろいろなことをやってもらおうとする。そんなことの人が多い世の中。 にほんブログ村
誰かのせいにする人生。本当に死ぬとき後悔しないのだろうか?自分自身の人生を。 何かを決めるとき。誰かに言われたことを選んでいれば。そんな人生を送って。 自分で自分のことを決めないで。誰かの意見で動いていて。 失敗すれば誰かのせいにする。自分の意見より誰かの意見で動き。そんな人たちは。 自分のために生きた人生だといえるのだろうか? にほんブログ村
ぼくは風邪をひいた。 今回の風邪はなかなか治らない。 こんなに何もやる気が起きず。こんなにゴロゴロして。いつもならじっとしていられないぼくだが。今回はおとなしくしていた。 なんでかなかなか治らない。熱はすぐに下がったけれど。元気にはなかなかならなかった。 だからぼくはブログの更新しなかった。だからぼくはブログの更新できなかった。 ぼくの街の風邪をひいている人たちからはこの頃の風邪は長引く。とはきいていたが。 ぼく自身がこんなに治らないことに本当にいらいらした。自分がこんなに治らないことに本当にいらいらした。 最初に身体が動かなくなって2週間。動こうと思えば動ける。が。 でも。でも。 ぼくの身体…
後先を考えない人が今多い。ようにぼくは思う。 今歩ければ。今生活できれば。今病気でなければ。と。 平和な時代。何の変化も起きない時代。 今現在危機を全く感じない。そんな人が多いのかもしれない。今の時代は。 にほんブログ村
友達はいらない。そんなことを言っていた人がいた。 友達を多く持つことはいいことなのかもしれない。 友達を欲しがる人はやってもらうことを考えている人。と。確かに友達を欲しがる人はそんな傾向にあるかもしれない。友達なんだからやってよ。と。 そんな人がぼくの街には多いのかもしれない。 にほんブログ村
比べるときは自分よリ悪い人。比べるときは自分よりできない人。と比べる。 そして自分ができている人。と思うのかもしれない。 悪い人と比べて。できない人と比べて。頑張っている。私は。と思い込む。そして安心する。 そんな人は多いのかもしれない。 にほんブログ村
年齢の高い人たちは特に。 実年齢より見た目年齢が正しい。とぼくは感じる。 このように感じるのはぼくだけだろうか? 実年齢が同じでも。見た目年齢が高いと。できないことが多い。ように感じる。 実年齢が同じでも。見た目年齢が高いと。自分の意見をしっかり言えない。ように感じる。 のはぼくだけだろうか? にほんブログ村
このままずっと。この世の中。今の生活がこのまま絶対に変わらない。 と思っている人は多いのかもしれない。 時代は変わるのに。ほんの少しずつだが。 自分の身体も変わるのに。自分の体力も変わるのに。 どうしてだろうか?どうして人は気づかないのだろうか? にほんブログ村
誰もくれない。誰からも何もしてもらえない。と言う人。 誰かに何もしないのに。誰かに何もやらないのに。むしろ誰かに迷惑をかけているのに。自分のこともできない。のにやってもらおうとする。 感謝をされないのに。感謝をされるようなことをしないのに。今の自分の行動を棚にあげ。誰も何もくれない。と文句を言う。 誰も何もくれない。誰も何もしてくれない。と。 やってもらいたい人は、もっともっと今やっていることを考えてほしい。もっともっと自分の行動を考えてほしい。とぼくは思う。 にほんブログ村
ただでさえ日本の人は考えることが嫌いな人が多い。のかもしれない。 どうしてなのだろうか? 日本の文化が考えることをさせない。のかもしれない。 小さい時からみんなと同じことをさせ。そんな人生を送らせている。のかもしれない。 言われたことをすればいい子。みんなと同じならいい子。学校の勉強ができればいい子。と褒められて。 そんな子供時代だからなのかもしれない。 にほんブログ村
人は何を求めるのか? こんな人は多いのかもしれない。お金。だ。と。 確かに。お金がなければ、財産はなければ、生活ができない。生きていくことには不可能だ。 でも? お金だけ求めても何もならない。のに。お金だけでは何もできない。のに。 何が生きていくために本当に必要なものなのだろうか? お金を求める人は多い。が。 にほんブログ村
ぼくの人生。 今までは不幸。だった。 どうにもならない過去。かえることのできない過去。 でも。でも。ぼくの人生なのだ。 これからの人生。不幸な過去を引っ張って。いく。楽しい人生の見つけ方を知って。 今は。 過去の不幸がなければ今のぼくはいない。今の前向きのぼくではない。以前の不幸がなければ。 今の自分がいない。今のぼくがいない。あの不幸がなければ今のぼくはない。大切な過去の出来事なのだ。不幸の連続だった。が。 にほんブログ村
幸福は幸福を呼び。不幸は不幸を呼ぶ。 病気は病気を呼び。健康は健康を呼ぶ。 不思議だけれど。 何かをかえねば。何かをかえねば。連鎖を止めれない。 にほんブログ村
企業は物を売って儲ける。資本主義の世の中だから。 宣伝して。テレビやラジオネットのコマーシャルなどなどで。 何度も人はきき。何度も人は見。買わなくてはいけないもののように認識される。 消費者であるぼくたちはコマーシャルに騙されることに気づかない。どうしても必要なもののように感じさせる。 消費者であるぼくたちはその商品が本当に必要なもの。消費者であるぼくたちはそのサービスがなくてはならないもの。になってしまう。 にほんブログ村
人はなぜ?知りたがるのか?いろいろなことをきてくるのか? 家族のこと。仕事のこと。住まいのこと。などなどを。 想像すればいいのに。 話したくないから話さない。のに。知られたくないから言わない。のに。 わからないことを。想像できないから。 思い込んで。思い込んだことも。きいてくる。 知らないと不安なのかもしれない。答えがわからないと嫌なのかもしれない。 でも。でも。答えを言わないことを尊重してほしい。 自分との違いを知りたいからか?どこのだれかわからないと話すことができないからか?共通点がなければ話せないからか? 自分の中で想像すればいいのに。想像から人を理解すればいいのに。 話したくない人もい…
人は言い訳をみつけてやらない。口実をみつけて。 やるのが辛いから。やるのが億劫からやるのが面倒だから。何かにつけて人はやらない。何かにつけて人はできない。 切羽詰まらいと人はできない。期限が来ないと人はできない。不思議だけれど。言い訳をつけて。 にほんブログ村
今の世の中は刷り込みの世の中なのかもしれない。 日常生活で。学校で。メディアで。などなど。 今の日本の常識として話し。今の日本の考えと押し込み。正しいやり方だ。と思わせて。正しいことだ。と思わせて。 ぼくはこのように感じる。 自由な発想をつぶして。自由な考えをなくして。 にほんブログ村
ぼくは街の人々を観察している。そんなことが多い。のかもしれない。 いばりたい人は弱い人と一緒にいる。いばりたい人は対等に物事を話す人とは一緒にはいない。弱い人も対等に話せそうな人とは一緒にはいない。 いばりたい人はいばりたい人とは対等にはいられないからか?弱い人は誰にも相手にされないからか?だからいばりたい人と弱い人は一緒にいるのかもしれない。不思議だけれど。 いばりたい人の言いなりにされながら。弱い人は何も言わず。弱い人は従っている。 弱い人は何もわからないからか?何も考えられないからか?相手にされてうれしいからか? そうやって世の中は釣り合っているのかもしれない。そうやって世の中は成り立っ…
やってもらおうと口を開けて待っている人は多い。のかもしれない。 やってあげたい。と思われる人にならなければいけない。とぼくは思う。 だれもやってくれない。だれもやってくれない。と文句は言う。が。 何かやってあげたい。と思われる人。にならなければいけない。のかもしれない。 にほんブログ村
どんなことでも、○○だから。という人は多い。 どうしてなのだろう?人は何かのせいにして。やろうとしない。人は何かのせいにして。本当にできない人になってしまう。のに。 もったいない。もったいなくないのか?できることが狭まって。できないことが増えて。 一度しかない人生を。もっと楽しめばいいのに。と思うのはぼくだけだろうか? にほんブログ村
自分の経験で人は動くのかもしれない。経験豊かならいろいろ直面で何かができるのかもしれない。 人にやさしくすることも。人の役に立つことも。 自分の経験をもとにして何かができる。そんなことをきいたことがある。 意地悪ばかりされた人は意地悪な人になる。怒鳴られて育った人は怒鳴る。人のやさしさを知らないから。人にやさしくされた経験がないから。そんなことをきいたことがある。 自分がされて嫌だったことを誰かにしないで。とは人は言うが。自分がされたことを自分は誰かにしていくのかもしれない。 経験のないことには人はうまく付き合えないのかもしれない。 にほんブログ村
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緊張する。そんな人は多い。 責任をもって何かをしようとするから緊張をする。そんなことを言っていた人がいた。 確かに絶対に伝えたい。絶対に失敗できない。そんな思いからなるのだろうか? そんなことが緊張という症状となって。 緊張しなければ責任感のないこと。なのかもしれない。 にほんブログ村
睡眠療法。この言葉をきくとぼくは怖い。この睡眠療法ができる。そんな人のことを知るとぼくは怖い。と思っていた。 でも。この睡眠療法。 暗示なのかもしれない。思い込ませ。できると信じさせて。痛くないと思い込ませて。 痛いの痛いの飛んでけ!とこんなことも睡眠療法の一つだときいた。 にほんブログ村
ぼくがふらふらしてるのを見て 君いつも暇そうだね。 とぼくに言ってくる人がいる。 この人ぼくに何でも話す。ぼくが何でも話をきくから。そしてぼくが唯一気兼ねなく話せるから。かもしれない。 ぼくは 君のおかげでブログのネタには困らない。ありがとう。 といった。 なんのことかわからずきょとんとしてたAさん。 ぼくがブログの材料に何度か登場していることを何も知らずに。 まだまだぼくはこのAさんからブログの材料をもらえるだろう。 ぼくにとっての大切な存在なのだ。 感謝しているのに。 にほんブログ村
やさしい人。とはどんな人なのだろうか? 自分でやさしい人。と言う人はぼくは信用できない。 本当にやさしい人。とは誰かに。君はやさしい人だね。と言われる人だとぼくは思うのに。 にほんブログ村
ぼくはぼく自身が始めた商売をどうにかしようとしている。 ぼくの商売の集客を増やすためにぼくは道端にいる人などに声をかける。お店などでも。 人によってはぼくの話を真剣にきいてくれる。 その中にこんな人がいた。 ぼくの宣伝方法へのアイディアをくれた人がいた。ある店の店員さん。この店が大きくなったのはお客様の声からだ。この店が成長できたのはお客様のおかげだ。とぼくに教えてくれた。 確かにお客様であるぼくたちの話をこの店の店員はよくきいてくれる。○○をこうしてほしい。いえば。直してくれるかわからないけど。改善してくれるかわからないけど。 だからこの店は人気があるのかもしれない。だからこの店はリピーター…
今ではない。人は。昔できたことを自慢する。昔やってたことを自慢する。 今のことを言わないで。 ぼくは今のことを知りたいのに。 どうしてだろうか?人は。以前やっていたことを。以前できたことを。自慢するのか? にほんブログ村
本当のやさしさとは何なんだろうか? どんなことをする人がやさしいのだろうか? 自分で自分のことを,やさしい人。だ。と言う人は本当にやさしいのだろうか? にほんブログ村
本当に人は弱い。自分では楽な方に動く。自分でやるべきことをなかなかやらない。自分で決めたことを。だんだんと口実をつけてやめていく。 どうしてなのだろうか? 自分で自分に勝つことができないのか?自分で自分に負けないようにすることができないのか? にほんブログ村
人の年齢とは。見た目で判断できる。ように思うのはぼくだけだろうか? 年寄り臭い人は実年齢よりもかなり高齢の人が多い。とぼくは感じる。 実年齢が60歳だ。と話す人がいた。その人の歩き方はまるで70歳を超えてるかのようにぼくは感じた。理解力も低くわかっているのかわからない様子だった。人は見た目の年齢で判断できるのかもしれない。 人は頭も身体も鈍くなるいのだろうか?老けて見えるそんな人々は。 どうして人は認知能力や運動能力は見た目年齢と同じになるのだろうか?実年齢が若く見た目年齢が高い人々は。 にほんブログ村
題名によって人は騙される。題名によって。読むか?読まないか?を。人は題名で決めるのかもしれない。 ぼくはどのようにしたらぼくのブログをみんなが読んでくれるか?ぼくはどのようにしたらぼくのブログをみんなが読んでもらえるのか? ぼくはとても悩んでいる。 にほんブログ村
目配り気配り心配りこのことができる人。ときいたことがある。 でも。どうなのだろうか?実世界では。 待つことができない世界。忙しい時代。ゆとりのない世の中。 なかなか目配り気配り心配りは難しいのかもしれない。 にほんブログ村
冒険心がなくなれば、人はやる気がなくなる。冒険心がなくなれば、だんだんとできないことが増えてくる。そんな気がぼくはする。 冒険心があれば何かが変わる。冒険心があれば何かを変えれる。のに。このように思うのはぼくだけだろうか? にほんブログ村
現代の日本は新卒の人を優先にするような気がするぼく。 人生の途中で。人間関係で壊れ。学校を中退して。新たな道を見つけるのは難しいのかもしれない。 数年後年齢を重ねて目標を見つけた人々。改めて学校に通って。資格を取って。それでも新卒主義の人々より就職はなかなかできない。そんな風に思うぼく。 年齢が高くなると。 何かをやり直そうとしたとき。何かを始めたいとき。 なかなか始めにくいのかもしれない。 今、時代人生を新たに始めようとするとき。 年齢を重ねてから人生をやり直そうとするとなかなか始めにくいのかもしれない。 今の日本、高校大学と何事もなく卒業をした人のほうが有利なのかもしれない。 にほんブログ…
どれも同じ。そんな言い方をするから違いがわからない。のかもしれない。 どれも同じ。だから違いを見つけようとしない。のかもしれない。 にほんブログ村
自分の心を満たすためにいろいろ買うのかもしれない。心を満たすために。どうしても必要なのかもしれない。 でも。 これが未来の自分を困らせ生活を圧迫するものになるのかもしれない。 金利の良いころの借金が、過払い金。となって。 にほんブログ村
今生きている世の中の人。後ろ向きの人が多い。ように思うのはぼくだけだろうか?もったいない。 ただ生きてるだけ。死ねないから生きてる。とそんなことを言っている人。ぼくの街には多いのかもしれない。 後ろ向きの人を観察していると。猫背。コチョコチョ歩き。歩幅は狭い。 猫背。肩を揺らして歩く。腰や肩が痛そうに歩く。なぜなんだろう? 身体のあちこちが痛い痛い。といいながら歩くのか?後ろ向きの人の特徴なのか? 猫背だから後ろ向きの考えになるのか?後ろ向きの考えだから猫背になるのか?ぼくは知りたい。 にほんブログ村
自分の意志でやっていても。実際は流されている。 誰かに。世間に。自分を強く持ったとしても。 本当の自分の考えで動くことはこの世の中では難しいのかもしれない。 そんなことを言っていた人がいた。 にほんブログ村
野生動物は自然と共に生きる。渡り鳥などは飛べなくなったら終わり。命が終わる。 もしも怪我をしていれば仲間は怪我をしている鳥に頑張れと様子をうかがいながら気遣い。飛ぶ順番も飛びやすいところにする。が。 飛べない。もう無理だ。と思うとおいて行く。無責任なようだけれど。 そうでもしなければ他の鳥も、死んでしまう。季節をずらせば生きていけなくなる。 人間は誰かがやってくれる。医療や福祉を使って。 技術が発展したのはいいが。誰かにやってもらうことを当たり前。と思っている人たちが多い。ようにぼくは思う。 にほんブログ村
介護保険を利用できる人はのは家族のいる人。 家族はおじいちゃんの面倒見れないから。家族はおじいちゃんの介護が大変だから。と申請できる。 今日本の現実は孤独な高齢者が多い。 本当に困っている高齢者は自分が困っていることがわからない。 変なことをしている人。とわかっていても。変なことをしている人には手を出さない。変なことをしている人には助けようとはしない。 転んでいれば救急車は呼ぶかもしれないが。変な行動をしている人には手助けはしない。見て見ぬふりをする。 本当に介護の必要な人は何が困っているかわからない。本当に困っている一人暮らしの人はどこが困っているのかわからない。どこの頼んでよいのかももちろ…
大体の人は道を歩く。ぼくももちろん道を歩く。 でも。でも。 ぼくの道はみんなと少し違うのかもしれない。ぼくの道は猫が入れる道も。道なのだから。 にほんブログ村
今年の金木犀は二度咲きのところが多い。ときく。今年の秋は暑いか寒いか両極端だから?今年の秋は夏か冬のどちらかだから?なのかもしれない。そんな気がするのはぼくだけだろうか? 今年は夏が終わり急に涼しくなった。今年は夏の終わり急に寒くなった。 秋になったと思って金木犀は咲きだしたのかもしれない。ほんの少しつぼみを作り咲きだしたところ。すぐに暑くなった。すぐに夏になった。 金木犀の木は夏だと思いつぼみを持つことをやめたのかもしれない。秋じゃないよ。まだ秋じゃないよ。まだ夏だよ。と。金木犀は気候を感じ花をつけるのをやめたのかもしれない。間違っていたよ。まだ夏だから。と。 金木犀が1度目に咲いてから約1…
雑草のように強くなりたい。こんな人が多い。ときく。 もしかしたら。ぼくも雑草になりたい。のかもしれない。強さを求めて。弱い心から。 雑草は、土がほんの少ししかないところでも生き。条件が悪すぎるところでも生き。何かが合えば生き。抜かれても。刈られても。強さを持って。 刈られても。条件が合えばまた新たに生えて。また新たに生えて。繰り返し。繰り返し。 いつでも元気な雑草に。どこでも生活できる雑草に。 人はあこがれるのかもしれない。 にほんブログ村
ぼくに話してきた男性。5本も歯を抜く。と。 左右上下あちこちを。 歯周病だから抜くのか?とぼくはきいた。うーん。と答えた。 5本の歯を抜く男性はこの前大学病院のような大きな病院へ行った時。歯のことは何も言われなかったのに。抜かなければいけないんだよ。と少し悲しんでぼくに話していた。 今回街の歯科医で5本抜くように言われた。今回大学病院のような大きな病院で歯を5本抜く。とぼくに説明してくれた。 ぼくは今の歯医者は元気な歯は残す。ときいていたが。抜こうとしないで残す動きをする。と耳にするが。 抜く予定の5本の歯。グラグラしているわけでもないようだ。歯を抜く予定の男性はなぜ歯を抜かなくてはいけないの…
スーパーの鮮魚売り場を見ていたぼく。干物が目に入ってきた。 寒風干しと書かれた干物。この時期に? 寒風干しの干物。どこから持ってきたものだろう?どこの国から輸入をしたものだろう?ぼくは疑問に思った。 この干物のパッケージを見れば干物で有名な日本の産地。一年中寒風干しなどできない日本の産地。そんな産地の干物なのに。 寒風干しとは真冬の凍るところで作るもの。とぼくは思っていた。 ぼくはスーパーに寒風干しのことをきいた。 寒風干しの干物。どうしてこの時期に日本の産地の干物が売れるのか?と。 このスーパーで寒風干しとは寒い部屋で干したものを言う。と返事がきた。 本来の意味の寒風干しとは全く違うとぼくは…
学校は何のために行くのか? 友達をつくるためか?勉強をするためか?規則を教えるためか? ぼくは教育と言う名のもと。何かの法則を押し付けるところのように思う。日本の人の考え方を。 右に倣え。と。 今の日本では右に倣え。のできない人間は組織では通用しないように思える。 小学校さえ卒業すれば読み書きはできる。最低限の。でも。 組織で固め。個性をなくし。同じような考え方を育てる。そんな社会をつくる。今の日本の教育のようにぼくは思う。型から外れた人を作らない。 もしかしたらそんなところなのかもしれない。 にほんブログ村
ゆとりが必要なのに。ゆとりのない生活をさせている。日本の人は。 だからいいアイデアが生まれないのか?だから斬新な発想が生まれないのか? ゆとりのない生活を与え。ゆとりのないことを当たり前にし。新しい発想をつぶしているのかもしれない。 小さい時から何時に起きて。小さい時から学校や幼稚園・保育園に行かせ。習い事をさせ。ゆとりをなくし。自由な発想をつぶしているのかもしれない。ゆとりのないことに人々は慣れているのかもしれない。ゆとりのないことが当たりまえとして。 にほんブログ村
社会での居場所が欲しいから仕事をするのか?社会での居場所が欲しいから学生をするのか?居場所がないと不安だからどこかに所属して。 何もしない無職という言葉を嫌って。どこにも所属をしない人生が嫌だから。どこにも所属をしない人生が怖いから。 どこかに所属しないと人は不安になる。のかもしれない。 職業がなければ。ダメな人間にみられるから。どこかに人は所属するのかもしれない。ぼくはそのように思う。 にほんブログ村
いつまでも子供でいたい人は多いのかもしれない。 人は成長しつづけたいから。子供のころのやりの残したことをまだまだやりたいから。子供のころの夢をいつまでも追いかけたいから。いつまでも。いつまでも。そんな人が多いのかもしれない。 現実の重たい身体を忘れたいから。身軽だった時の自分に戻りたいから。何でもできたあの頃に戻りたいから。何を言っても文句を言われないから。 現実の老いを忘れて。何も考えず。楽しさだけを追いかけて。 わがままばかり言う大人が多いのかもしれない。 にほんブログ村
ぼくはみつけた。こんな住宅街で。かわいいペットを。 たまに通るところ。フクロウを飼っている家を。 フクロウの名前は どら 道路から見えるところ。どらと止まり木に書いてある。 どらはぼくが呼ぶと返事をする。 どら。どら。 とぼくが呼ぶ。のど元を膨らませ。低い声で。ウォーッ。と返事をする。 止まり木にいても。止まり木にいなくても。小屋にいても。2回に1回は。ぼくに返事をする。 ぼくは近くを通るときいつもどらに挨拶をする。どらは迷惑かもしれないが。 本当はフクロウでなくミミズクなのかもしれない。どらは。 にほんブログ村
勉強が嫌いな高校生。中学から高校に進学するときも推薦入試を利用して高校生となった。成績はそれほど良くないが。 勉強が嫌いな高校生に高校卒業後の進路をぼくは訊いた。高校から進学する人がほとんど。クラスからは就職する人は1人しかいない。と。 君はどこの学校に入るのか?と訊いたぼく。一番家から近い大学を受ける。高校の担任の先生に相談して推薦で受験できるか確認をした。あなたの成績では難しいかも?と担任の先生は話された。 勉強が嫌いな高校生は高校2年の成績表を持って推薦入試を考えている大学に行った。 勉強が嫌いな高校生は推薦入試を考えている大学に高校2年の成績を見せた。この成績で推薦入試できますか?この…
ぼくはスランプなのかもしれない。少し落ち込んでいるのかもしれない。 新型コロナウイルスのため。マスクをしなくてはいけないから。ぼくの商売を試行錯誤しているがなかなかうまくいかないから。良かれと思ったことがあだとなるから。かもしれない。 一番ダメージを受けているのはブログ読者が減ったことなのかもしれない。毎年夏にブログの読者は減る。秋になっても読者は増えることはない。なぜだかわからないが。 ぼくのブログを読んでいた人は以前すごく多かった。ブログを書き始めたころは。 今のぼくは、読んでもらおうと思って書くブログだからか?読んでもらうことばかり考える書き方をしているからだろうか?ぼくがブログを書くこ…
やった気分求める人は多いのかもしれない。 新型コロナウイルスのために運動不足になる人は多いのかもしれない。マラソンをしている人はぼくの街にも多い。運動のために。 マラソンとウォーキングではどっちが運動した気分になるのか?消費カロリーはマラソンの方が多いのかもしれない。走ることによって膝などに負担がかかり故障の原因になるともきいたことがある。ぼくの知人もマラソンによって膝を悪くした人がいる。怪我をしてまでもスポーツをするべきなのだろうか?ぼくは疑問だ。 歯を磨くとき。歯磨き粉をつけて10秒磨くのと。歯磨き粉を使わずに3分磨くのと。どちらが汚れを落とせるのか?こんな質問をした人の中には歯磨き粉をつ…
共感を求めてはいけない。本当の小説家は。 ほとんどの人は共感を得たい。らしいが。読者に認められたいが。 共感を得るための文章は斬新な書き方ができないのかもしれない。斬新な文章でなければ小説家とは言えない。 そんなことを言っていた人がいた。 にほんブログ村
才能は出てくるもの。ときく。芽は自然に出てくるもの。ときく。 成功させるためには挫折はつきものだ。どこまで自分に勝てるのかだ。と。 弱い気持ちに。 鞭打って。 才能が出るかどうかはわからない。狭き門なのかもしれない。 応援してもらってやっと続けるようではダメになる。好きで好きでなければダメになる。大好きでなければ続けられない。と。 同じ道に進もうとする人が多い世の中。1番にならなければそれで食っていくことができない。本当に好きでなければ。心底好きでなければ。続けられない。 誰かの応援がなければできない。なら続けられない。1番にはなれない。 何かを続けたことによって誰かが賛同をしてくれる。かもし…
霧。ぼくの街にはめったに出ない。今日は。今夜は。霧の中。100メートル先が白い雲。なんとなく。街灯がうっすらしている。 久しぶりに。ぼくはぼーっと。夜中歩きまわった。霧の中を。 いつもの夜なら用事のある時しか歩かないが。今日は霧の中。楽しくて。今夜は霧の中。楽しくて。 霧の世界をぼくは楽しんだ。 にほんブログ村
先生と呼ばれる人たちは威張る人が多いように思うぼく。 教師。弁護士。医師。議員。などなど。 ぼくの街の役所の職員は街の議員を呼ぶのも先生と呼ぶようだ。 どんな人でも先生とよばれれば威張れると勘違いをするからかもしれない。そんな気がする。 にほんブログ村
人の魅力とは何なのだろう?個人の魅力とは何なのだろう? 人は金があれば人は寄ってくる?人は金がなければ人は寄らない? 金を見せびらかし人を近づける。そして近づいてきた人を使ってわがまま放題の人がいた。 何かの魅力のある人のところには人はくる。何かの魅力のない人のところには人は寄り付かない。とぼくは思う。 魅力とは金のあるなしではない。ようにぼくは思う。 人の魅力とは何なのか? 何かをしてあげたくなるような人。手伝いたくなる人。話の楽しい人。なのかもしれない。そう思うのはぼくだけだろうか? にほんブログ村
今の人はペットを飼っている人が多いのかもしれない。 ペットショップに行って。ペットショップで買って。 今の時代本当はペットを飼う。ではなく。本当はペットを買う。なのかもしれない。 人間にかわれている動物たちは。 にほんブログ村
今の時代新型コロナウイルスのため。ネガティブの人が増えてきているのかもしれない。未来に希望をなくし。将来に希望を持てず。そんな人がもしかしたら多いのかもしれない。 やりたいことが見つからない。やりたいことを見つけられない。そんな人が多いのかもしれない。 やりたいことがうまくいかないから?現実的に世の中が明るくないから?未来に希望を持てるような状況でないから? にほんブログ村
ぼくの耳にマーケティングの番組が入ってきた。 人は目の高さから物を見る。もっと上から見ればもっともっと物が見える。という。下から物を見ても見える量が減る。下からみてはダメだ。と。 ぼくはみんなと見え方が違う。ぼくはみんなと見方が違う。もしかしたら上からだけではなく下かもら横からも物を見ているのかもしれない。 へんな見え方がぼくのブログになる。へんな見え方がぼくの商売にしようとしているのに。時間はかかる。でも。 にほんブログ村