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くまこのつれづれ https://kumacotan.hatenablog.com

幼少期から極貧生活。毒母だと長年思っていた母が他界して精神不安定な日々。なんとか再生したい。

くまこ
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2018/08/02

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  • これまでに何度か書いてきたが、私と姑の関係は微妙だ。 以前、お母様を亡くされたお客様が、それまで姑との関係は最悪だったのだが、「もう、この世で母と呼べる人が 姑しかいなくなったから、これからは前向きに考える」とおっしゃっていたのが印象的で心に残っていた。 そして、母が亡くなった時、私もそういう風な心境になるのかと思ったが、私の場合は全く逆の報告に振れてしまった。 むしろ、母は母しかいないと小さな子供のようになってしまった。 しかし、一応長男の嫁で一番近くに住んでいるので、関わりは嫌でも多い。 更に姑が数年前から、脊柱管狭窄症を患い、私はそれ関連の仕事をしているので、更に接する機会がぐんと増えた…

  • 待っててね

    令和になった昨日、父の誕生日だった。 父は脳梗塞で倒れ、要介護5の状態で施設に入居している。 胃瘻をしていて、自分で寝返りもうてないし、言葉も失っている。 元々、体力自慢の人だったので、こういう展開になるとは想像さえもしていなかった。 今も元気だったなら、誕生日が新元号に変わる記念すべき日だと話していただろう。 母にしても、東京で一緒に暮らして2年で居なくなってしまうなんて思いもしなかった。 来年のオリンピックも当然一緒に見られるものだと思っていた。 当たり前の事なんて何一つないのかもしれない。 きっと今頃、父はベッドの上で天井を見つめているだろう。 12月には、母の3回忌があるので帰省するが…

  • 守られていた

    母が亡くなる半年程前から、 「母ちゃんが死んだら、アンタのことは絶対守ってあげるから」とよく言っていた。 その時の私は、長期に渡る微妙な母娘関係と介護生活に疲れていて、そんな言葉などどうでもいいから、日々の事をもう少しなんとかして欲しいと思っていた。 一緒に暮らした最後の2年間、しょっちゅう派手にケンカした。 その時は、このクソババアいつまで私を苦しめれば気が済むんだと、これ以上にここには汚すぎて書けない事も考えたりした。 当時は、父も倒れ母の認知症が始まり、他の兄や姉は全く母の面倒を見る気もなかったので、仕方なくという感じだったが、今思えば私がそうしたかった、母と一緒に暮らしたかったのだと思…

  • 借金取りですか

    父は、脳梗塞で倒れ田舎の施設に入居している。 それがきっかけで、母の認知症が始まり2年間東京で一緒に暮らした。 一緒に暮らしてから、長男と次男から毎月3万円ずつの仕送りを受け取っていた。 しかし、長男からは最初の2ヵ月間だけ決まった日にちに振り込まれたが、あとはずっと遅れ、最大7ヵ月程振り込まれなかった。 お金に関わる事は、嫁さんとLINEで連絡をとっていた。 兄は酒癖が悪く、酔うと暴れるので、遅れている事は絶対黙っていてほしいと頼まれていた。 しかし、そのうち連絡も疎かになり、7ヵ月も振り込まれない為、そろそろきちんとして欲しい。私の夫にも申し訳ないので、このままだと兄と直接話をするしかなく…

  • 親離れできていない

    先日、田舎の姉と電話で話した時のこと。 私の母は、自宅の部屋で発作を起こし、そのまま亡くなった。 私はそれ以来、この部屋に中々立ち入る事が出来ずに今も片付けがあまり進んでいない。 その事を話していて、姉が私に言った言葉。 「親離れできていないんだね。」 ??? ほほぅ。そうきたか。 他人から見たら、今の私はそうなのか。 姉から見ても、そうなんだ。 兄弟姉妹でも、親への考え方はそれぞれだ。 介護して最期まで看取った側、そうでない側。 母の最期の瞬間を見た側、そうでない側。 わかり合う事は難しい。 わかって欲しいと思う事自体、間違っているのかも知れない。 にほんブログ村 にほんブログ村 parts…

  • 苦笑い

    私は、酷い花粉症だ。 毎年決まった薬を服用しているのだが、今ひとつ効いてるんだか効いていないんだかわからなかった。 なので、薬が切れた時に次を購入せず、しばらく様子をみる事にした。 しかし、1週間足らずで状態が酷く悪化した為、またすぐ服用を再開した。 服用し続けている時はよくわからなかったが、止めた時に、やっぱり効いていたんだと実感した。 ふと、母親を思った。 居なくなって初めて、その大切さに気づかされた。 薬を手にとりながら、苦笑いを浮かべるしかなかった。 にほんブログ村 にほんブログ村 parts(1640101,"ffffff","200","001eff",600000,"110","…

  • 思わずゾッとした

    昨夜、晩ごはんの後に寝落ちした夫を起こそうとした時。 一度、声をかけたが起きないので二度目はもう少し大きな声をかけたが起きない。 三度四度目は体を揺すりながら大きな声で起こすが起きない。 ここで、母の最期の時の光景を思い出してしまい、半泣き状態で激しく夫の体を揺すった。 そこでやっと起きた夫だが、私があまりにも酷い顔をしていたのだろう。 状況を察した夫は、 「大丈夫だよ。そんな事にはならないから。」 そう言って笑った。 でも、そんな事は誰にもわからないと思ってしまった。 人はいつかは死ぬ。と頭では理解している。しているつもりだった。 でもいざ現実になってみると、何も理解していなかったと痛感する…

  • 久しぶりの更新

    気がつけば、2ヵ月以上もさぼってしまった。 自分の気持ちを整理しようと思ってはじめたブログだが、母の事を振り返ったり考えたりする時間が増える程、良い事もあれば寂しくもなったりして。 意識的にあまり考えないようにしていた。 それでも、日々のふとした瞬間に溢れ出る。 やっぱり、ありのままの感情を少しずつ残していこうと思う。 にほんブログ村 にほんブログ村 parts(1640101,"ffffff","200","001eff",600000,"110","1307","outrank","https://kumacotan.hatenablog.com", 2, 0, "F7F7F7", "00…

  • 無事に保護されますように

    私の住む地域では、主に高齢者が自宅に戻っていないと、家族の連絡を受け町内放送で、名前、住所、身長、服装等の情報が放送される。 今日も今朝から行方がわからなくなっていると、夕方にも放送があった。 昼間は暖かかったが、大丈夫だろうか。 以前、放送されたが無事に保護されたおじいさんと同じ団地に住んでいた知人がいて話を聞いたことがある。 そのおじいさんは認知症で息子さんと暮らしていたらしい。 ある日、息子さんが仕事で留守中にタクシーをつかまえ、かなり離れた場所を指定して無事に到着したが、所持金が無く、困ったドライバーさんが交番に相談したところ所持品に息子さんの連絡先が書いてあり、無事に保護されたとのこ…

  • 認めてあげれば良かった

    母に対して、いくつか後悔していることがある。 今更、考えても仕方ないと思うのだが、ふとした瞬間に繰り返し考えてしまう。 生まれ育った田舎を仕方なく離れ、70過ぎてから東京に出てきた母。 改めて色々考えてみるが、やはり、私がここで一緒に暮らすしか方法はなかったと思う。 年老いてからの初めての環境、デイサービスやショートステイでの人間関係。 母からすれば、東京が嫌だと言っても帰れないのだから、頑張るしかなかっただろう。 孤独だったかも知れない。 母は、一生懸命頑張っていた。 なのに、私は母の頑張りを認めてあげられなかった。 認知症の母との日々をストレスに感じることの方が多かった。 もっと優しい言葉…

  • Lemon

    米津玄師さんの「Lemon」という楽曲が大好きだ。 この曲が主題歌になっていたドラマを観ていたのだが、母が亡くなった時期と重なり、この曲を初めて聴いた時、こんなに自分の気持ちと重なるというか代弁してくれている歌はないと衝撃を受けた。 歌詞の内容も、実際に大切な人を亡くした経験がないと書けないんじゃないかと思うようなものに感じたので、当時は米津玄師がただただ天才だと思っていた。 後で、この曲を製作中にお祖父様が亡くなられて、あなたが居なくなって悲しい、あなたの事が好きだったという想いを歌詞にしたと聞いて、妙に納得した。 この一年間、ほぼ毎日聴いていた。 聴いては涙した。 当初は、母を失った悲しみ…

  • どんなに貧乏でも

    以前から、度々書いてきたが、ひどく貧乏な家庭環境で育った。 思えば、「今日のご飯は何?」と聞いた記憶はない。 「今日は、ご飯ある?」と聞いていた。 何度、他の家に生まれたかったと思っただろう。 でも今は、自分の性格をみて、やっぱり父と母の子だなと思ったり、結構イヤなところが似ていてゾッとする事もあるが、悪くないかなと思うようになった。 過去が現在の私を作っている。 貧乏は苦しい事辛い事の方が多いけど、悪い事ばかりでもない。 また、貧乏な人生だとしても、父と母の子供で良かったし、また父と母を選んで生まれてきたい。 にほんブログ村 にほんブログ村 parts(1640101,"ffffff","2…

  • いつも側に

    リビングの母と義父の遺影に向かって話すのが、日課になっている。 「いってきます」「ただいま」もそうだが、夫との会話中に母と義父が生きていたら、絶対このタイミングでこの口調でというふうに、ついついモノマネのようになってしまう。 それで、楽しくなる時もあれば、寂しくなる時もある。 その時々によって、遺影の母と義父が笑っているように感じたり、寂しそうに感じる時もある。 今、何していますか? 2人が笑ってくれるように、今日も頑張って生きていきます。 にほんブログ村 にほんブログ村 parts(1640101,"ffffff","200","001eff",600000,"110","1307","ou…

  • 明けましておめでとうございます

    ここのところ、ずっと更新をサボっていたのだが、またやっていこうと思う。 今年からは、書きたい事を書こうと思うので、まとまりのないブログになると思う。 母が他界して1年が過ぎた。 昨年は、精神的に辛かった。 それでも、辛い中にも気づきが多い1年でもあった。 今年は、どうやって生きていこう。 にほんブログ村 にほんブログ村 parts(1640101,"ffffff","200","001eff",600000,"110","1307","outrank","https://kumacotan.hatenablog.com", 2, 0, "F7F7F7", "001eff");

  • 一回忌

    先月、母の一回忌を少し早めて田舎で行なった。 そして先日が命日だった。 花を新しくし、線香をあげた。 一回忌は、田舎の姉と甥姪と私達夫婦だけ。 長男二男、長女は連絡もなかった。 一回忌を自分の中の区切りにしたいと思っていたが、もうしばらくはかかりそうだ。 母の遺影を見ていたら、久しぶりに涙が出てきた。 たまにの事だから、母も心配せずに見過ごしてくれるだろう。 母ちゃん、あなたを思ってたまに泣く事は悪い事じゃないよね。 にほんブログ村 にほんブログ村 parts(1640101,"ffffff","200","001eff",600000,"110","1307","outrank","http…

  • 1ヵ月振りの更新

    1ヵ月振りの更新。 色々と身近で不幸が重なり、ブログを書く気になれずにいた。 それと、8月から始めたこのブログ。 亡くなった母のことや、施設入居中の父のこと、他にも日常の事を書きたいと思って始めたのだが、楽しい事等を書くと場違いな気がして、参加しているカテゴリーにもよるのだろうが、少し悩んでいた。 結局、考えてもイマイチはっきりと結論が出なかったので、とりあえずまたダラダラと書いていこうと思う。 にほんブログ村 にほんブログ村 parts(1640101,"ffffff","200","001eff",600000,"110","1307","outrank","https://kumacot…

  • 人の指が入ってた?

    介護認定審査を受けた後に、母を心療内科へ連れて行った。 別日に、脳の画像診断やカウンセラーによる診断等も受けた。 はっきりと断定出来るほどの脳の特徴は見つからなかったらしいが、レビー小体型認知症ではないかとのことだった。 ある日、病院で、「桜、電車、猫」等の5つの言葉を覚えるよう言われた。 そして、5、6分別の話をした後に再度5つの言葉が何だったのかを聞かれた。 母は、一つも答えられなかった。 その後、医者が箱を取り出し、その中身を説明した。 それを先程と同じように数分後に聞くからということだった。 スプーン、ボールペン、腕時計等の5つが入っていた。 そして数分後、母は一つも答えられなかった。…

  • 暴力で変形した足

    母の認知症のような症状が増えてきて、一人で留守番をさせるのが不安になってきていたので、上京してから3ヵ月後に、介護認定調査を申請した。 簡単な認知症のテストや普段の生活の細かなチェックが行われた。 あるあるだが、第三者の前では気が張っている為か、意外とシャキッとして受け答えもしっかりしてしまう。 ただ同時に、生活チェック等について出来ない事も出来る、自分一人で出来ていると答えてしまう。 その後に、家族からの意見を聞かれるので、先程のこの項目は母は出来ると言ったが出来ていないということを、一つ一つ認定員に話さなければならない。 これが、母を前にしてだと、母を一つ一つ否定するようで非常に心が痛んだ…

  • 母は墓にいるの??

    来月、母の一回忌で田舎に帰省する。 母が亡くなってから姉は、母に会いに来る為に帰省しておいで等と私に言う。 その度にいつも違和感を感じる。 母は、墓にいるのか?? 確かに遺骨は墓に眠っている。 墓参りも普通にする。 もしかしたら、母を東京に引き取らずに田舎で亡くなっていたとしたら、姉の言葉にも何もひっかかる事はなかったかもしれない。 最後に2年間だけだが、一緒に暮らして、亡くなった後も朝晩と私達が食べる物と同じ物をお供えしている。 お供えという言葉を使ってはいるが、感覚としては皆でリビングで食事しているという感覚だ。 それに、普通に「行ってきます」「ただいま」も言うし、会話していても、母の口癖…

  • 姪の結婚式と親不孝

    今日は、姪の結婚式だ。 私と姪は、6つしか違わない。 私は諸事情があり参列しない。 来月、母の一回忌で帰省した時に会う事になっている。 結婚式ね…。 私は、入籍だけで式を挙げなかったし、子供もいない。 一般的には普通の事をしていない。 孫、孫言われた事もあり、その都度腹を立てていた。 私が子供を産まなかったのは、親の借金返済と終わらない生活援助、そして自分も親になったら、おかしなことを子供にやってしまうんじゃないかという恐怖心が強かったからだ。 でも、親からすれば、娘の晴れ姿や孫を見たいと思うのは自然な事だ。 それなのに私は、ずっと心の奥底で、あなた達のせいだと両親を責め続けてきた。 借金返済…

  • 予知夢としょうもない兄

    昨日の朝、夢を見た。 私達夫婦と姑が一緒に暮らしていた。 そこに、衰弱した二男が訪ねてきたので、ご飯を食べさせ布団を敷き、寝かせようとしたのだが、姑が「こうやって、毎回毎回困った時だけ頼られても困るのよね!」と言ってゴタゴタする夢だった。 あまりにもリアルな感じだったので、起きてすぐ夫に話していた。 これが、このまま夢なら良かったのだが…。 昨夜22時過ぎに、二男からメールがあった。 「久しぶり。元気か?いつも金の事で申し訳ないが、水道も電気も止められてるから、31日に返すので明日2万振り込んでくれ。よろしく。」 よろしくじゃないよ!! それに、一番猶予がある水道が止められるって、どれだけ滞納…

  • 暴れる父

    先日、姉からLINEが届いた。 文面はなく、施設に入居中の父の写真だけ。 何故か、布団を頭までかぶって顔が見えない。 何?どんな状況なのコレ?? 返信すると、姉から電話が来た。 朝、施設の職員さんから電話があり、父がここ数日夜中も日中も大きな声を出したり、日々の介助の時に拒絶反応が凄すぎて、胃瘻をしているのだが食事の注入も暴れてやりづらいので、一度家族に来てもらいたいとのことで、施設に来ていると。 姉が呼びかけても、睨みつけ何を言っているかわからないが、怒鳴ってくるらしい。 手を触ろうとしても、動く左手で叩こうとしてきたりする為、姉は引っ掻かれたとのこと。 そうこうしているうちに、動く左手で布…

  • 家中にアレが…

    母が電話に出ないので、心配になり急いで帰宅した。 いつも私は、母が留守番するにしても自分で鍵をしめて出掛ける。 オートロックを解除して、自宅の玄関を開ける。 が、何故か中からロックされて数センチしか開かない。 非常に焦った私は、その数センチに顔を近づけ、母を必死に呼んだ。 とりあえず、すぐ応答はあったのでホッとした。 玄関まで来るように言って、なんとかロックを外すように、数センチの隙間から指を入れたりして説明した。 これまた、時間がかかる…。 そうこうしている間に、夫も帰宅した。 そして、無事に家の中へ。 何故、ロックをしたのか聞いてもよくわからないと言う。 というか、機嫌が悪く睨むような顔を…

  • 携帯電話と格闘する母

    一緒に住み始めてから、どんどんおかしい言動が増え、一人で留守番させるのが不安になってきたので、携帯電話を持たせる事にした。 色々言っても理解が難しいので、とにかく音が鳴ったら通話ボタンを押すことだけを何十回も教えてみるのだが、これまたスムーズにいかない。 上手くいく時は稀で、ほとんどは通話ボタンを押す事をせず、着信音の時点で「もしもーし、もしもーし。」とやっている。 まぁ、またその都度、何百回でも教えるしかないか。 姉にその事を伝え、母が出れるかわからないが、私の仕事中等にたまに電話してくれるよう頼んだ。 母も、私の目を気にせず姉に愚痴を言える機会があった方がいいだろう。 その後、姉からの電話…

  • 一人で喋ってる?

    ある日の早朝、母の部屋から母の話し声が聞こえた。 最初は、TVを観ているのかと思ったが、随分長く話している。 「おはよう。何喋ってるの?」 母の部屋のドアを開けた。 TVはついていなかった。 「あぁ。ほれ、小さい男の子が遊びに来たから、話してた。かわいいねぇ。」 「えっ?どこにいるのよ。」 「ほら、そこに。あんたにびっくりして、今あんたの後ろ通って出ていっちゃったよ。」 うわぁ…。 これは、心霊現象なのか認知症による幻覚幻聴なのか…?? その後、部屋の天井から虎がずっと睨んでる等、不思議なことを言うようになった。 新しい環境が、認知症を加速させる事があると聞いた事があるが、こういうことなのか……

  • 息子達を忘れたの??

    母と一緒に暮らし始めて2ヵ月経った頃、長男と二男が我が家を訪れた。 母と兄達も、兄達と私もそれぞれが18年程会っていなかった。 母は、兄達が来る事が決まってから随分この日を楽しみにしていた。 しかし実際は、18年会わない会おうとしなかった通りの空気感だった。 私は、長男とは11、二男とは7つ離れている。 その年の差もあり、私達兄弟も微妙な関係性だった。 母が何か話しても、まだ二男は介護の仕事をしていることもあり、聞く耳を持っているのだが、長男は酒を飲まないと話せない、酒癖が悪いのですぐ、生い立ちから両親を否定し続ける言葉しか発さない。 結局、以前にもいくつか書いたが、長男は母の葬儀にも参列しな…

  • 母娘連れ

    今朝、家を出るとちょうど60代後半くらいの母親と40代くらいの娘さんが仲良く並んで、私の前を歩いていた。 一緒に暮らしているのだろう。 昨日の夕飯の話や、今週末のお出かけの話等を楽しそうに話していた。 少し、羨ましかった。 それでも、母が居なくなって10ヵ月。 自分の中での捉え方が少しずつではあるが、変わってきているのだと思った。 今年の母の日は、遺影の側に供える為にカーネーションと茶菓子を買いに行った。 その時は、仲良さそうに歩く母娘連れを見て、嫌と言うほど現実を思い知らされ、夕暮れ時だったのもあり涙を流し俯きながら急いで帰宅した。 でも、今朝は少し違った。 羨ましいとは思ったが、同時に微笑…

  • カルチャーショック

    母は、家の中でも度々、プチパニックを起こしていた。 足がかなり悪かった母は、トイレが洋式なのは利用しやすかったようだが、長年、くみ取り式和式トイレだった為、水を流す週間がない。 度々、流し忘れや水の勢いに驚いて声をあげたり、トイレの横の洗面所で手を洗ってと何度言っても、トイレを流した際にタンク上から出る水に手をつけ、トイレ内が壁や床も毎回濡れる。 そして、便座が温かい事や洗面所でお湯が出る事にも驚く。 ある時は、風呂の支度が出来たので入るように伝えると、 「えっ?今日は雨だから、風呂はないんでしょ?あるの?」 と驚く。 実家は、五右衛門風呂だったので、薪で焚く為に雨がひどい日は、薪が湿ったりし…

  • 起こさないで

    母と一緒に暮らし始めてから、かなり困ったのが生活時間の違い。 とにかく、起きるのが早い。 5時半には起こしてくる。 母と暮らし始めた当初は、夫はシフト制の仕事で0時過ぎに帰宅して2時頃就寝する生活スタイルだった。 私は自営業をしているが、予約制の仕事の為、11時から仕事開始なので、8時半に起きるのが普通だった。 そして、夫は昼過ぎに出勤するスタイル。 これが、一緒に暮らし始めた初日から5時半に起こしてくるのだ。 「腹減った〜。朝飯はまだ?あんた達は今日仕事じゃないの?早く起きろ!」 母は、一度も外で働いた事はない人なので、仕事等は本当はどうでもいいのだ。 ただ、自分がお腹が減って耐えられないし…

  • 母またまたパニック

    やっと、バスに乗り込んだ。 飛行機でもそうだったが、母は自分でシートベルトを締める事が出来ないので、私がやるのだが、ベルトの片方を踏んでいる事にも気づかないので、お尻を上げさせるところからやらなければならないので、それだけで疲れる。 私は、ちょうど体調を崩していて風邪薬を服用していた。 後ろの座席に夫はいるし、母を窓側に座らせているので、急に変な行動はしないだろうと私は少し寝ようと思った。 思ったのだが、明らかに飛行機の時より、母がそわそわ落ち着かない様子だ。 飛行機の中では、雲しか見えなかったのが、急に見た事のない大きなビル等がどんどん出てくるし、車の数も違えば、高速道路を走るのでスピードに…

  • 母パニック

    羽田空港に着いた。 飛行機の中では特に問題なく落ち着いていた。 荷物を受け取る前に、トイレを勧めるが行こうとしない。 この後、リムジンバスで1時間程はかかる。 もう、数時間はトイレに行っていないのだから、無理矢理連れて行った。 実家は、未だにくみ取り式の和式だった。 母を個室に入れたが、鍵の閉め方がわからないらしい。 説明しても埒が明かないので、ドアが開かないように私がドアの前に立っていた。 今度は、水を流せないという。 これまた埒が明かないので、身なりをきちんとしたら出てくるよう伝え、私が入れ替えで入りトイレチェックした。 更にはセンサーで感知するタイプの蛇口も初めてだ。 先に私が手本を見せ…

  • 故郷を旅立つ

    いよいよ、東京へ出発の日。 前日、姉に散々怒鳴り散らされた母は静かだった。 姉も前日の怒りをまだ引きずっているようで、空港までの1時間の車内の空気は最悪だった。 今回の母の東京行きは、あくまでも姉の家のリフォームが済むまでというのが大前提で、(姉自身そう言っていた)12月から春過ぎまでと母には説明していたが、姉と母の関係性、姉の家族の雰囲気を見ていて、同居は無理だろう、このまま東京だろうなとは思っていた。 いよいよ、搭乗時刻。 「くまこ夫婦にあんまり迷惑かけないようにね。」 「はいはい。」 それぐらいの軽い会話で別れた。 飛行機に乗り込んだ。 人生初の飛行機、母が不安にならないようになるべく会…

  • 姉発狂

    エプロンに手を伸ばし捨てようとした瞬間、ポケットから白い紙が落ちた。 その紙を母が急いで隠そうとする。 非常に嫌な予感がした。 というか、予想がついてしまった。 十中八九あれだろう…。 「請求書 68000円」 やっぱりね…。 以前にも書いたが、「ツケ」で買い物をさせてくれる商店があった。 そういうものも含め、近所からの借り入れをしている可能性が高いので、姉に確認をお願いしていた。 案の定、いつものお世話になっていた店に8万円程「ツケ」があるという事で、事前に私が送金し姉に支払いをお願いしていた。 その一連の動きを見ていた姉が、請求書を取り上げた。 「はぁ?!何これ‼68000円って!この間、…

  • カビだらけの服

    今にも崩れそうな家から、母を連れ出し姉宅へ向かった。 東京に向かう前日の晩、泊めてもらうことにした。 さすがに、1年も風呂に入らず異臭を放っている母をこのまま飛行機に乗せる訳にはいかない。 他の家族が帰ってくるまでの間、母を風呂に入れることにした。 姉は、沸かしたからさっさと入れというが、普段五右衛門風呂しか見た事ない母は、普通の風呂の入り方がわからない。 どの蛇口をどうひねったら水が出るとか、どれがシャンプーでボディーソープかすらもわからない。 私が付きっきりで、なんとか風呂を終えた。 そうこうしている間に、姉の旦那さんが仕事から帰ってきた。 母が、今晩お世話になります。風呂も入れさせてもら…

  • 東京進出するまで②風呂に1年も…

    田舎に迎えに行くまで、母は1年近くも風呂に入っていなかった…。 実家の風呂は、五右衛門風呂だ。 外に掘っ立て小屋のようなものがあり、そこにある。 父が倒れるまでは、畑から大量の薪を割って運んできていたからまだ、毎日入っていたらしい。 でも、父が倒れてからは足の悪い母では、誰がどう見ても無理な話だ。 小屋の配線が上手く出来なかったようで、電気はつかないし、更に老朽化して今にも崩れそうだった。 父が倒れた直後に帰省した時は、その状態の風呂を私達夫婦もさすがに利用する気にはなれず、滞在していた9日間は、母を連れてレンタカーで20分程離れた村にある国民宿舎の有料の温泉や、その近くにある銭湯のような所へ…

  • 東京進出するまで①

    74才にして、初めて田舎を出て東京に進出した母。 父が脳梗塞で倒れ、要介護認定5の状態で施設入居して母一人で暮らすようになってから、言動がおかしいと感じる事が多くなり、私が一泊で田舎に戻り母を東京に連れてくる事になった。 田舎には、実家と車で5分の距離に住んでいる姉がいる。 姉ばかりに迷惑をかけれないという大前提があったが、それぞれ考え方が違ったのが発端だった。 例えば、台風の日。 田舎は、台風の影響をほぼ毎回受ける地域。 すぐ停電する。 しかも、停電すると復旧するまでに2日弱はかかる。 築60年近く経つ木造のボロ屋の状態もかなり酷いもので、屋根や床も傷んでいた。 母に台風で危ないから、姉の所…

  • 最近、よく考える事がある。 写真があるから、一生母の顔を忘れる事はないし、写真が無かったとしても顔はすぐに浮かぶ。 私だけかも知れないが、声が顔程、鮮明に思い出す事ができなくなっているように思う。 声を聴く事ができたら、すぐに母の声だとはわかるのだが。 音源を残しておけば良かったな。 声を鮮明に思い出せないなんて、母が知ったら呆れるだろう。 たまに、忘れない程度に夢に出てきてくれないだろうか。 にほんブログ村 にほんブログ村 parts(1640101,"ffffff","200","001eff",600000,"110","1307","outrank","https://kumacota…

  • 結局、好きだったんだよ

    私の生い立ちを知っている人は皆、兄弟も含め、母を介護しながら一緒に暮らした事を、あり得ないと言う。 よく昔から、縁を切った方がいい。でないと、いつまでも搾取され続けて幸せになれない。等と言われたものだ。 そう言われながらも、いつも結局見捨てられずによくわからない関係をずっと続けてきた。 「クソババア」「いつまで私の人生めちゃくちゃにすれば気がすむんだよ」 そんな類いの言葉を数え切れない程、浴びせたりもした。 一緒に暮らしてからも、度々衝突しお互い近所迷惑になるくらい大声で罵り合った日も多かった。 母が亡くなって、自分がこんなにも喪失感を抱くことになるとは思わなかった。 「私と母の関係って、やっ…

  • またか…

    来月末、少し時期を早めて、母の一回忌を行う為に田舎に帰省する事になっている。 またか…。 姉夫婦と私達夫婦だけ。 また、長女、長男、二男は来ない。 葬儀の時は、二男のみ参列。 納骨の時は、姉夫婦と私達夫婦。 まだ、父も施設に入居しているというのに。 一生、会わないつもりなのだろう。 家族全員が揃った事等、一度もないしこれから先も絶対に無いと断言できる。 納骨の時も来月の一回忌の件についても、当然の如く誰も連絡をして来ない。 こちらから、話を持ち掛けても他人事だ。 何が彼等をそうさせるのだろう。 深い恨み辛みでもあるのだろうか。 確かに、普通とは程遠い家庭環境だった。 もしかしたら、私だけ年が離…

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