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https://blog.goo.ne.jp/kawashima134
ブログ紹介文
機織り、水彩画、庭仕事、読書に旅行。。。。
更新頻度(1年)

504回 / 365日(平均9.7回/週)

ブログ村参加:2018/08/01

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frozenroseさんの新着記事

1件〜30件

  • お出かけメモ 再録

    お出かけメモ-ブログ(goo.ne.jp)忘れないうちにまたまた整理。★は夫と。◎はツアー、公民館、県人会の行事、友達と。無印は一人でうろうろ。今回、背景をカラーにしたのはその年で印象に残った旅行。2009年10月以後はまとめていません。どこへ行って何をしたやら・・・2009年10/1~10/3京都買物旅行★9/19~9/22四阿山、黒斑山、小諸など(長野県)8/30極楽寺山一人でバスで。早く行って早く帰るはずが、電車で寝過ごす。夫は義母と松山へ(義母が友人の施設を訪ねて行った)★8/22~8/23九重連山九州・九重連山。快晴。夏休みで人多し。遠くまで見えて気持ちすっきり。◎8/8~8/10立山雨に曇る立山三山。デジカメ忘れて写真もなく(富山県)。。。★8/2白木山塊・名もなき山鬼が城山に行くつもりで全然違う山...お出かけメモ再録

  • かんぽの宿伊野・特別和洋室に泊まる

    探したのは一月くらい前だったでしょうか、高知市内の目当ての宿は只今工事中とかで庭に重機が来ている。でこちらにしました。「かんぽの宿伊野」ホームページからお借りしました。高知の市街地からさらに西へ。仁淀川沿いの宿です。私は人と同じ部屋だと眠りにくいので、部屋数たくさんの、最上階特別和洋室を9/19で予約。名前は特別でもお値段はとってもリーズナブルなのは、元郵政省経営の宿だからでしようか。料理は普通。でも自分で作らなくていいのなら、どんなものでもOK、御馳走たくさん食べても太るだけ。と庶民が苦しい見栄を張ります。手前、和室6畳、向こうがリビングで眺め良し。左奥がベッドルーム。ヨッコラショと立ち上がって・・・冷蔵庫にペットボトルを入れる。ペットボトルの中身は水ではなくて、持参の飲みもの。奥がベッドルーム。セミダブルの...かんぽの宿伊野・特別和洋室に泊まる

  • 徳島・高知の旅 室戸岬への道

    連休は、かねての予定通り旅行していました。四十九日も終わらないのに行っていいの。黙っていれば誰も何も言わない。夫は施設に入れた時から少しずつ、お母さんは死んでいったと申します。その上、コロナです。会えず、言葉も交わせず、遠いところにいる。それが亡くなるということなら、肉体はこの世にあってもすでに遠いところへ旅立ったと思っていたのでしょう。しかしそれは、精いっぱいのお世話をしてもうできないところまで頑張ったからこそ言えることでしょう。旅行中、夫の知らないお母さんのエピソードを、思い出すままにあれこれ話す。いちばん受けたのは、私に嫌味を言い続けていた人♀が、夫の祖母が亡くなった時に病室に現われ、さめざめと泣いたこと。我が姑様とは嫁同士。バッグから口紅出して仏様になった大従留の唇に塗り、またさめざめと泣いていた。ずっ...徳島・高知の旅室戸岬への道

  • 9月の花散歩

    道沿いにキンミズヒキを植えているお宅があった。20坪くらいの花専用の畑。街中では贅沢。乾燥にも強い丈夫な花のようです。びっしりついた小さな花の中に、黒い小さな種が隠れている。いつか自分で植えて、種、取ってみたい。空き家にムラサキシキブ。今の庭、姑様が植えていたけど、増築して日陰になって自然に消滅。残念。近寄っただけで匂っている。虫を引き付けるため?マンション。公園で幼児とお母さんが遊んでいた。公園でお母さんたちと話すのが苦手だった私。息子たちよ、ごめん。なぜ・・・遠い日のほろ苦い思い出。クロガネモチ。空き家で。シラカシ。公園で。オシロイバナ。中学校の植え込みの下。旧国鉄線路の法面で。上を国鉄の線路が走っていた。広島駅と港を結び、軍事物資を運ぶ。兵隊は?兵隊は足があるので、揃って行進。港から外地へ出征。日本の近現...9月の花散歩

  • 「染と織り」萩野健太郎

    2012年刊行。民芸の教科書シリーズの一つ。伝統的な染め、織りの知識から始まり、日常に使うものに用の美を生み出し、日本における民芸運動の先駆けとなった柳宗悦などの功績、全国の産地を訪ねての詳細なレポートなどなど。あとは買い方、身近に置いて楽しむためのアドバイスなど。各地の染め、織りの現場を訪ねて作り方を聞き、作品の紹介をしている部分が特に読みごたえがあった。安価な工業製品がいくらでも手に入る時代に、伝統産業を継承、作り続けてまた次世代に伝えていく。大変な努力がいる。材料なども手に入りにくく、人手がかかるので高価。それでもそれらの作品に引き付けられるのはなぜか。それは無駄なものがない美しさではないかと私は思う。長い間に選び取られた一番いい材料で、無駄なく、手間はかけて一つのものを生み出す。近道しようとごまかすと余...「染と織り」萩野健太郎

  • 「感情的にならない本」和田秀樹

    どこで買ったのかな。夏の初め、イオンのブックオフで100円で買ったかもしれない。ずいぶん前に読んで、そのままになっていたけれど、記録として書いておきます。感情的になると人からは幼稚に見えるし、人間関係も損なわれ、自分も気分が落ち込んでいいことはない、という話の流れです。主に会社勤めの中でのいろいろな理不尽にどう対処し、流していくかということなので、私には会わないのですが、少しずつ読みました。自分の価値観が絶対と思わず、そういうこともあると軽く流して心を楽にする。のがいいそうです。あいまいさを許すということだそうで。ふむふむ、人が自分と違っているのを面白がるか、許せないと思うのか。その違いですね。先日、久しぶりにラインで話したママ友は誰とでもすぐに仲良くなれる人。でも人の詮索はせず、自分の過去は語らない。現在、見...「感情的にならない本」和田秀樹

  • 葬儀は過渡期?

    昨年末、近所の方が高齢で亡くなり、年明けてそのことを知った町内会の役員が香典持参したら遺族に拒否されたと、憤慨していた。直接その方からその話を聞いた。「これはお返しのいらない香典」と言っても受け取ってもらえず、持ち帰ったとか。遺族は、一人暮らしだった個人の家に住み始めた孫の独身男性。私もいつ引っ越してきたのか知らない。知らないうちに住む人が入れ替わっていた。人の移動の少ない農山村や、郊外の住宅街なら近所付き合いもまだ残っているでしょうが、我が地区はだいたいこんな感じ。一戸建ても住人が亡くなると、貸しビルやワンルームマンションになることが多い。人の容れ物が変わり、人の気質も変わる。これもまた時代の流れ。26年前の舅様の葬儀には、まだまだ近所の人の手伝いをお願いできた。その前に、私も近所のお手伝いはさせてもらってい...葬儀は過渡期?

  • 自分の通夜、想定会話など・・・

    昨日の記事の後半、通夜の想定問答が一部受けたので、ワルノリして続きを考えてみました。今度は嫁ちゃん二人も登場です。しかしまあ、アバウトでその時々でやりたいことしてきた人だったねぇ。と誰かが話した続きから。嫁ちゃん2いつか一緒に車に乗ってたとき、話の流れで、いきなりお母さんが運転するお父さんの後ろ頭を、笑いながらピシッと叩くの。ケンカしてるみたいで、もう私、怖くてぇ)))))でもお父さんは怒らずに、みんなも全然気にしてなくて・・・私の実家では母は絶対に父に逆らわないから、びっくりして。三男ああ、あれね。嫁が怖がるからってあとでお母さんに言ったけど、「そんな気の小さいことでうちの嫁は務まらん」と笑ってた。全然話にならん。長男高校のころ、うちで一番のさばってるんはあんたと言ったけど、そんなことない、私は普通と言われた...自分の通夜、想定会話など・・・

  • 秋の気配

    涼しくなりました。季節は正直です。唐楓に実がついている。近所の公園で。以下同じ。珊瑚樹はモチノキ科。赤い実が鮮やか。昔、病院の職員住宅に住んでいたころ、先住者が植えたこの木が。「これにはのう、カイガラムシがよう着くんや」と母が話していた。当時母は50代前半。来ると何か手仕事していた。孫のものをよく縫っていた。一本の木からよみがえる光景。盗人萩。やがて実が実り、鞘全体に細かな毛が。服に着くとなかなか取れない。定番の龍の髭。山にあるのは斑は入らない。これは園芸種のようです。息子二人と。先日の初七日の後。二人は何かの上に立っているわけではなく、私が小柄なだけ。夫写す。いつもこの目線で見下されていることに気が付く。器を買った。小さなシリーズ。使わずに、ひな祭りに出そうかなと。とりあえずすぐ出せるところに置く。今朝買い物...秋の気配

  • 思い出すことなど

    雨です。きょうはゴミ出しもないし、起きたら夫が一人で朝ごはん食べていた。コーヒー淹れて、飲んでから仕事へ。仕事場は徒歩で10歩くらい。いちおう地番は違う。通勤は裏口から裏口へ。午後から5か月ぶりに美容院へ行く予定。その間一度も切ってないのでずいぶん伸びたけど、しっかり結べたので通夜葬儀、自分でアレンジして臨んだ。しかもわざわざ髪型も変えて。喪服も洋服と和服では髪型も変えたかった。その話を夫にすると、あんたの髪型、誰も気に留めていない。そりゃそうだ。着物か服かも気が付いてないって、そうかもしれませんね。何事にも無頓着な長男ならそうかもしれない。最近では初七日が7時からと案内したら、朝の7時と思い込んでいたらしく、嫁ちゃんに突っ込まれた模様。四十九日の10時は夜じゃないからね、午前だからと言ってねと嫁ちゃんに頼む。...思い出すことなど

  • 家族葬の香典あれこれ

    今朝友達と電話で話していたら、香典送り返すのは角が立つとアドバイスしてもらった。なるほど。で、相手方にまた不幸があった時に返せばいいからって。この場合、どう考えればいいのでしょうか。要らないというのに郵送で送って来るのは強引と私は思いますが、どうしても葬儀に出席したかった気持ちの顕れ、その気持ちを受け取った方がいいという意見も、ネット上では見ました。一方では、家族葬をするということは、近い縁の人だけで静かに送りたいという気持ち、それを尊重するべき。香典も遺族に香典返しの負担を掛けるので、自分の思いだけで出してはいけないともあります。ましてや今はコロナ禍の只中、葬儀にまつわること全体が急速に簡略化しているので、旧来の感覚、ルールに捉われることなく、遺族の心が休まるようにした方がいいという意見も。うーん、いろいろで...家族葬の香典あれこれ

  • 断捨離で尊厳を取り戻す

    昨日、BSで断捨離の番組やっていた。普段はほとんど見ない。一度片付けても性格替えない限り、また元の木阿弥と思うので。ても、今回はどんな風に片付くのか見てみた。史上最強12部屋!“母の執着”で埋もれた家|ウチ、“断捨離”しました!|BS朝日(bs-asahi.co.jp)両親は元教師、庭付き一軒家は台所と居間以外にたくさんの部屋があり広い。途中から見たのだけど、家にものが多すぎて、台所も調理するスペースがなくて今は近くで部屋を借りているらしい(介護施設に暮らすらしい。お父さんが家に帰りたいという希望)。そこから見た。どの部屋も、背の高さぐらいに積み重なったものであふれている。姑様の部屋を思い出した。姑様の場合は50㎝くらい。片付けるのは次女、長女は片付けのことで母親と喧嘩して以後、絶交渉だそうで。お母さん、全部が...断捨離で尊厳を取り戻す

  • やっぱり・・・香典送りつけの事案

    一週間前は通夜でした。まだ暑かったけど、朝の雨が上がり少しだけ秋の気配の感じられる日でした。もうずいぶん前に感じられる。初七日過ぎて夫が親戚に知らせたら、線香上げに来ると言う人が一人、香典は断ったのに、現金書留で送ってきた人が一人。この二人は兄妹。行動が似ている。断っているのに、来たがったり、香典を送ってくるなんて、なんで?ブログには「自分の家の玄関前に立ち、道行く人に聞かれてもかまわない内容を書くべし」との鉄則がありますが、これ書いてもいいのかな。いいと思う。家の前を知り合いが通りがかったら、私の気持ちを聞いてもらいたい。60代の兄妹は、夫の4親等の身内。普段はお付き合いなし。妹の方は何か頼みごとがあると言ってくる。最近では、我が家の三男が自動車会社に勤めているので、安く車が買えないかと頼んできた。「どんな車...やっぱり・・・香典送りつけの事案

  • やっぱり・・・家族葬の落とし穴

    本日、夫が親戚に電話をかけて姑様のことを知らせたのこと。みなさんに心からのお悔やみを言ってもらい、お互いの近況も話して夫も少しは慰められたようです。今は区役所や年金事務所に毎日でかけています。当面何をすればいいかは、葬儀会社からルートマップにしてもらっているようです。国民健康保険から埋葬料として30万円が2、3か月後に出るそうです。30万って大きいから助かります。お金のことは私には関係ないけど。私はすべてノータッチなので、聞かれたこと以外は余計なこと言わない。夫が「除籍抄本がいるけどどうしたらええ?」と聞くので、「本籍地の市役所のホームページ開いて申請用紙をダウンロード」と教える。ファックスではだめなのかな。それは聞き漏らした。返信用の封筒に切って貼って、申請用紙と共に送るって、まだアナログな世界かも。私たち夫...やっぱり・・・家族葬の落とし穴

  • 懐かしきママ友にたくさんの元気をもらう

    ラインの設定をいじっていたら、長い間御縁が切れていたママ友とつながって、写真の送り合いして、お互いの近況報告をして、それから直接電話した。もう40年以上前からの知り合い、初めは幼稚園入園前の長男を体操教室へ初めて連れて行き、そのあと近所の公園で彼女から声かけられて、お互い近所に住むのが分かったんだった。彼女のご主人は県の職員で、公園の後ろの官舎住まい。息子たちは、幼稚園、小学校と同じで、中学校からは別で、だいたい友達でさえなかったのに、彼女とはずっとお付き合いさせてもらった。息子が高校生になり、子育ての手も離れると、もう一人の友達と三人で、年に三回くらい、各自宅の回り持ちで話をする。それが今思えばとても楽しかった。3Kの官舎にいたころから、カントリー風のインテリア、骨とう品の小物などでアレンジした室内はとてもお...懐かしきママ友にたくさんの元気をもらう

  • 通夜・葬儀のあれこれ

    忘れないうちに書いてメモ代わりに。病院から斎場への搬送のワゴン車が来るまで、一時間ほど病院で待った。霊安室は駐車場の横にあり、たぶんどんな季節にも冷房を効かせていることでしょう。慌ててフレンチスリーブのブラウス着て行ったら、とても寒かった。今度は夏でも落ち着いて、羽織もの持参しよう。斎場までの請求書は別。ゆっくり走って15分くらいの搬送代、18,000円。移動時のご遺体の着物は4,400円。ワゴン車は請負のそれ専門の業者らしい。高いなと思ったけど、見積もり取るわけにいかないし、言い値です。着物はどう見ても4月1日の入院の時に私が持って行ったガーゼの寝間着でした。おかしいと夫に言うと、遺体から水が出るのでガーゼの下寝間着の下に着せてるんじゃないかと、夫納得しているもよう。それなら、迎えに来る前に着てないと話が辻褄...通夜・葬儀のあれこれ

  • 初七日を終える

    午後7時から初七日の法要、無事終了。場所は故姑様の住まいの座敷。参列者は私たち夫婦に市内在住の息子二人のみ。朝から窓開けて風を通して、お茶の用意をして、午後からは息子に持たせるお弁当とお土産買いに行った。仕出し弁当は2個なら配達してくれるはずもなく、デパートの一番いいお弁当でもそう高くなかった。家でするのは落ち着く。お寺様もごく近所。でもバイクで来られていた。法事の後、長男が片付いた部屋を物珍しそうにあちこち覗いていた。「お父さん、すぐ捨てるもんね」ですって。そうです。お盆も汚いのが一枚だけ、あとは全部捨てたそうです。「あんたが要らんって言った」そうですが、余分なお盆は我が家に要らないだけで、少しは残しておけばよかったのに。捨てるのは変なアドレナリンが出るらしく、癖になるのではと、夫を見ていると思う。人が通せる...初七日を終える

  • 骨折は怖い、我が家の場合

    故姑様と右は実母。数年前。我が家で。三年前、骨折した日。思いがけずに多忙な一日-ブログ(goo.ne.jp)あれからいろんなことがあった。今、思い出しながら、しみじみとしている。ブログに毎日書いていてよかった。その時のことがよみがえってくる。骨折は怖い、我が家の場合

  • あわわ、もう初七日だあ~

    明日は初七日、初めてのことでわからないことだらけ。でも何とかするしかない。先ほど書いていた記事、接続不調でごっそり消えた。要点は、義妹が先日通夜の前に来て、写真二枚、勝手に持ち出そうとしてケンカになったと夫に教えてもらったこと。一枚は自分のウェディングドレス姿、もう一枚は故姑様の10代の写真。勝手に持ち出すなと怒ったら、どんどん物を捨てるのでリフォームして誰か住むのかと思った。捨てる前に持って帰るって。写真はここにおいてみんなで見る。勝手なことするな。とやり取りがあった模様。最近、夫が優しい。人に気を遣う人じゃなかったのに、自分の居場所はこの家しかない、なんて殊勝なこと言っている。母親が亡くなり、きょうだいの絆も、もろいものと思い始めたのかも。介護期間中、自分の母親と義妹をほめ、私と私の母をけなしたこと、決して...あわわ、もう初七日だあ~

  • 通夜葬儀のこと・あれこれ

    本日、二回目の投稿です。姑様を、夫の腰痛で家でお世話できなくなったのが、2019年のお正月明け。その前、2015年秋からは紙おしめを当てて、デイサービスに行き、初めは買い物に連れて行ってあとは姑様が自分で調理。2016年頃から私が食事を作って届ける。2017年秋に腰椎の圧迫骨折、2018年の1月末には大腿骨頸部を骨折して手術、リハビリ後の4月末に退院。この時点で介護度は4、ケアマネさんからは施設に入れることを強く勧められるけど、夫が家で面倒見ることになって、通所とヘルパーさんに来てもらっての介護。それから施設入所までの8か月余りが今思えば自宅介護の山場だったですね。中でも山場中の山場は、六月ころのある夜、寝る前のオシメ替えに行った夫からの火急の救援依頼。慌てて行ってみると、手、顔、腕、髪、ベッド、寝具各種、服、...通夜葬儀のこと・あれこれ

  • 葬儀が終わった

    記録として書いておきます。お棺の中のお顔は画像フォルダ―にありますが、公開は遠慮します。いつかまた見返すこともあろうかと残しておきます。葬儀スタート10:0010分くらい遅れて遠方から義弟が参列。昨日は夕方まで外せない仕事があったそうで、始発の新幹線で。13時前、諸行事滞りなく終わり、火葬場へも自家用車に分乗していたので、新幹線で帰る人はまとめて夫の従弟が駅まで送っていく。我が家は、バスで帰る長男は大内越峠のバス停へ。車の後ろに次男を積んで、式場近くのコンビニで解散。私たちも昼ご飯調達して帰宅。14時半に葬儀会社から臨時の祭壇をセットしに来た。部屋で来るのを待っています。下で待っていた夫は、玄関で待たずに奥でパソコンつついていたそうで、とうとう現れず。今回の通夜葬儀では、前もってあれしたら、これしたらと言うのも...葬儀が終わった

  • コロナ時代の家族葬・通夜編

    家族葬の会場は、昔の自宅葬のように、靴を脱いで家に上がり、遠来の客は泊まり、祭壇の部屋もあり、他人に遠慮することなく、リラックスした通夜になりました。参列席は9名分。リビングでお布施の準備する喪主。二間続きの座敷。このほかに台所、風呂、お手洗い。ほら、並んで。写真撮るよ。後ろお父さん。大男3人組。三男は不参加。家なので玄関もあります。来たそうそう、靴の裏が取れた次男。式場から接着剤借りて、式場の立派な割箸で靴底に塗る次男とお父さん。それを見る長男。それを写すお母さん。つかの間、かつての家族がよみがえります。葬式、法事って一族が集まる貴重な時間。息子たちも40代、それでも私にとっては子供。この後長男が、姑様も一緒に写った写真いろいろ持参したのを見せてくれた。「私、こんなに太ってない。この写真おかしい」と抗議すると...コロナ時代の家族葬・通夜編

  • 長い帯、短い帯

    午前中、とりあえず、喪服着ていろいろ確認。手前、親が作ってくれた夏の帯がとても締めにくい。芯が固くて胴回りもお太鼓の部分も短い。で、もう一つの夏帯出して締めてみました。締めやすかったので夕方からの通夜にはこれで行く予定。しかしまあ、会館で家族葬って、家族にはほんとに楽。連絡電話は全て夫のスマホに。電話さえ出なくていい。自分の親ならもう少し違う感情だと思いますが。とは言え、夫も義弟から葬儀を一日送らせてと言う電話口をふさいで、「あんたの誕生日だけどそれでいい?」って私に聞いてくる。優先順位はおのずと明らか。長生きして少しずつこの世の縁を切って行った人は、残されるものも平常心なのでしょうか。諸行事が終われば、夫は寂しくなるかもしれませんが、2年と7か月は施設と病院。一年半はコロナで会えてないので、今はまだ実感できな...長い帯、短い帯

  • 今日の出来事2

    ツリフネソウ(白花)昨年9月、山口県で通夜、葬儀は一日ずつずらして今日は特にすることのない日。夫が午後から打ち合わせに行った。請求明細書を見ると、やはり夫が準備している姑様のお金よりもオーバーしているけれど、まあそれは何とかするでしょう。口出ししない。参列者は結局9名になる模様。一番小さな式場で。導師は、私が写経に行っているお寺にお願いした。通夜の夜は遠来の親族と夫が式場に泊まる予定。通夜にはお弁当を頼んだとのこと。それをみんなで食べるらしいけど、私は県外の人との会食はしたくない。だが、早く帰るわけにもいかないので、食べずにマスクして同席、適当なころ合い見て帰宅のつもり。翌日、その人たちを我が家に連れてくるので朝食を出したいと頼まれたけど、断った。式場の近くのコンビニ、喫茶店などを利用したらと頼んだ。昔ならお客...今日の出来事2

  • 今日の出来事

    以前に姑様から貰った鹿児島名物の灰汁巻あくまき。親戚が送って来たそうで、おいしくいただきました。姑様は薩摩川内の出身でした。電話がかかったのが17時前。夫と二人で病院へ急行。「あと3日」と長男の見立て通りだった。次男から電話があり、「頭が真っ白になった」と泣きじゃくっているので、今ならまだ病院にいるからと呼び寄せる。普段は無口な息子が泣いている。いいおばあちゃんだったねと言うとまた泣く。やがて葬儀場からお迎えが。私は姑さんの横に乗り、夫が後から車でついてきた。次男には何か買って食べなさいと千円渡して帰らせる。きょうは式場に姑様を預けて家に帰った。5か月ぶりに姑様の顔を見たら、いろんな思いがこみ上げて来た。頬を撫でたらまだ温みが残っていた。式場への道すがら、ドライバーさんとゆっくり話せてしみじみとしてしまった。実...今日の出来事

  • ああ、胸がバクバクする

    1994年真夜中過ぎ、街中の我が家に突如現れたたぬき。なぜ!!??人慣れしていた。昼ご飯食べていたら夫のスマホに義妹から電話。姑様の死装束は準備しているのかと心配しているらしい。死装束って、病院で亡くなったらレンタルの寝間着脱いで、葬儀屋さんが着せてくれるのではないの。舅様の時は家で亡くなったので、姑様が着物準備してすぐ着せていたけど、今回は夫がタンス全部整理して、何も残っていない。結局、葬儀屋さんにお任せでいいのでは。私なら喪主のすることには口出ししないけど、実際、実父の時は弟に何も言わなかったけど、人それぞれ。話を横で聞いていて、いろんなこと思い出して、胸がバクバクしてきた。私なら、自分の領域でないことは口も手も、もちろんお金も出さない。その方が何事もうまく進む。私自身、強く肝に銘じたいと思う。息子たちには...ああ、胸がバクバクする

  • 海を見ていた午後

    姑様の病院へ行くも、面会は二人までなのでロビーで待っていた。目の前が海。開け放した窓から夏の終わりの風が気持ちいい。帰宅後、今度は自転車と徒歩で同じ場所へ海を見に行く。森の入り口付近。マンションの人たちの花畑になっている。こちらは自然の植生。ヤブミョウガ。クサギ。染色に使うとのこと。臭いです。暁部隊の司令部の壕跡と言われている。もう一つある。私が嫁に来た頃は簡単な柵で、立ち入りもできていたような気がする。地元には暁部隊を記念するものは一切ありません。原爆だけが広島ではないのだけど、消し去りたかった歴史なのでしょう。書類も米軍が来るまでに毎日燃やしたと言う話です。今はコンクリートで埋めて夏草が茂り、やがて完全に忘れ去られるのでしょうか。似島と宮島。マツダの車をどこかへ運ぶ船。突堤。ツルナ。汽水域に生えて塩分を取り...海を見ていた午後

  • 藍染めのストール、バッグなど

    少し麻が入っているかもしれないごく薄い木綿地、縦に二つ折りにするとストールにちょうどいい。今の時期は暑いけど、冬ならかさばらず紬の襟もとに寒さ除けで巻いてみましょう。下はテーブルセンターをテレビ台のホコリ除けに。昨年、藍染の端切れを縫い合わせて作ったショルダーバッグ。軽い。機織りは少しずつ。織り機に渡した板に座っていたけれど、椅子に替えてから楽なった。何よりも立ち座りが楽。経糸を緩めたり、落としたシャトルを拾ったり、とかく高機は面倒な動きが多い。余談だけど、最近、ヤフオクに地機が出ている。経糸を腰の後ろに固定して、姿勢で糸の調子を整える、人類が考え出した初めての織機。世界のあちこちで発生。今でも結城は地機で織るらしいけど、私には無理。諦めた。昼休み、急に姑様の病院へ行くことになった。県内の義妹も昼までには来る。...藍染めのストール、バッグなど

  • 遅ればせの盆団子

    日中は暑いけど、朝夕はかすかに秋の気配。日もずいぶん短くなった。あまりに遅くなったけど、お盆団子作りました。実家では平たくして黄粉だけだったけど、あんこ好きの人も我が家にはいるので。その他にウリの酢の物もよくしていた。キュウリが終わり、ウリがよく採れていたのでしょう。ウリが売ってないので、墓掃除のときに夫の親戚に立ち寄って貰ったソウメンウリで。切って丸ごと茹でで、スプーンで身をこさげると初めから細い繊維に。切る手間が省ける。味は淡泊、調味料の味に素直に従う。揚げ、チリメンイリコ、ゴマ、夫が作っている赤しそなどトッピング。うんうん、何かお盆の気分になってきた。お盆の気分になったところで夏を送る。さよなら、今年の夏。8月の長雨は農家にとっては大変だったけど、涼しくて楽に過ごせた。旅行は二回。九州も山陰も一部雨。雨だ...遅ればせの盆団子

  • 引き続き藍染の虫干しなどを

    姑様の藍染、今年一月の展示後、義妹に全部見せたら二枚だけ持って帰った。残りを夏の終わりに風に通します。ベッドカバーの大作は展示するパネルをはみ出すのでしない予定。これ以外にまだまだたくさんあって、それは寝室に棒を渡して風に当てました。写真はちょっと・・・物静かで自慢話もしない人だったので、こんな立派なもの作っているって全然知らなかった。本当なら使えばいいんだけど、天然藍、出しっぱなしでは色が褪せるので年に何回か。ベッドカバーのアクセントになっている四角な部分は、東南アジアの既製品を足したのではないかと、友達の見立てでした。確かに、元の布が残っていました。あとはこちらで見てください。姑様の藍染め-ブログ(goo.ne.jp)元気なうちに展示会して差し上げたかった。今は病院に入院中、話しても分からないし、だいいち会...引き続き藍染の虫干しなどを

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