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2018/07/28

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  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?5-3

    館山は業者が漏らす業界内の現状を踏まえた店主の見解を求める。しかし、答えはせずに仕込みを続けた。 数十分後に、国見が休憩から戻る。彼女は店主の腕を引き、奥の倉庫に引っ張った。 「どうしたの?」 「……背中の傷をみてくれませんか?」 「傷?」上着を脱いだ国見の白いシャツにばっさりと斜めに刃が入っていた。幸いに、皮膚の傷は切り取り線のような、断続的な裂傷で、手を滑らせて切った程度の傷の深さ。血は固まっている。なぜ僕に見せたのか、その理由は彼女の話を聞きくまで見当もつかない、店主である。 「安佐と館山さんには内緒で、お願いします」だったら僕にも黙っているべきだと思うが、言葉にはしないでおいた。場面に…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?5-2

    「ありがたい、今日は忙しくって、朝からそれこそ何も腹に入れてなかったので、助かります」 「店長、大豆と小麦のこと聞きませんか?」館山は明日のランチに備えた副菜を作りつつも、出勤時のアクシデントをまた思い出したらしい。切迫する表情は作り出す不安が自分にあることに思い至っていないのだろう、二回目に訊かれる労力を嫌って、聞いたらという手のひらを返すジェスチャーに店主は応じた。 「小麦粉の注文は伸びてます、減っています?」カウンター越しに店主は尋ねた。 「何です?いきなり」喉を詰まらせた業者は軽く胸を叩き、水を飲む。 「大豆を売るな、という脅迫を受けたんです、今日」 「小麦信者ですね、それは」 「小麦…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?5-1

    午後の二時。室内の温度設定を一度下げる。ホールの人気のなさは、家具の老練な佇まいがカバー。既に傾きかける西日がビルの隙間を通って出窓と、ホールに放たれていた。 「外は物騒ですね」休憩から戻ってきた館山は、彼女の腕を磨く食材を山と買い込んだようだ。すべて自腹である。仕込みの時間を今日は余分に取れる、彼女の予測は正しい。彼女の休憩中に仕込みの大部分は終えていたので、時間的な余裕はたっぷり残る。始動時間が遅かったわりに、午後に余裕が生まれたおかしな営業日である。 頼んだ食材が届いた。業者に無理を言って届けさせたのではない、もしできることならば今日中それもディナー前に、とは電話で伝えていた。 段ボール…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?4-4

    「誕生日のケーキは困りますね」 「どうして誕生日にケーキが食べられるようになったんだろうか。起源を考えたことはないの?」店主は小川に聞き返す。 「想像するに私の独断と偏見ですけど、特別な日だから、一番の贅沢を表現したかった、それが子供への祝福、なんていったらいいのか、愛情の証だったんですかね。よくわかりません。ああ、もう一つ。誕生日って、無事に一年生きた証を表したかったんでしょうよ、でしょうよってすいません。そう、あんまり栄養状態がよくなくて、死んじゃう子が多かった、生き残った子供は喜ばれて、愛された」 「妥当な意見だ、僕の見解とほとんど一緒」 「本当ですかぁ。いやあ、これは私にも店長の考えに…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?4-3

    「安佐、いいから言って」 「仕方ありませんね、皆さんが言うんなら」勿体つけて小川が言う。「要約すると蹴落としたかったんですよ。一人勝ちって、あんまり印象に残らないし、見てる側も出来レースに見えてしまって、入り込めない。だけど、競争相手がいれば、どちらかを応援というには至らない。後押しです。どちらかといえば、という贔屓みたいなほうを自然と選ぶ。小麦信者は断トツの大差で大豆の負けを知らしめたかったんじゃあないでしょうかねえ」 「けれど、集計結果では、大豆のほうが売れたわよ」国見はレシートの眺めて、小川の反応を待った。 「人手が足りなかった、そういつもの開店時間だった違っていたかもですよ、その……は…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?4-2

    「どちらも同程度出ています、どちらにしますか?」店主は気づいていない振りで応える。 「小麦のほうを一つ」開きかけた口が閉じたのを店主は見逃さずに捉えた。視線がこちらの右側に動いたのである。背後の出窓に反射して列の人間に誰かを見つけたような驚き。 「はい、五百円です」快活に国見が言う。女性は黄色の財布から千円札を渡し、おつりを受け取る。女性がおつりを受け取る際に店主は目が合う。片側の頬が微妙に動いて膨らんだ頬の下はギリギリとかみ締めている。しかし、何事もなく、女性はランチを購入して列を離れた。店主は女性の行方を何度か接客の合間に目で追ったが、その都度、国見が視界に侵入を果たす。駅前通りにぶつかる…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?4-1

    店主は警告を発した女性の風貌についての詳細を語っていない。そのため、店主だけが女性の不適な視線と笑みを察知している、という状況である。逆光が目に入り、視界が上手く望めないのが難点。店主の視線は、列を去ってランチを手に提げる制服の女性を追った。目ざとく国見が店主の視界に入る。接客に集中しろ、という意味だろうか。女性に対する視線の意図を感じ取れるのは、動物的な鋭さよりも自分の身が脅かさせる、つまりは意中の相手、デートの相手、近しい距離感の相手が離れてしまう不安によってなされる行動。国見がこちらの意思を読み取っているのではない、そう私は思いたい、店主は意識を注文を待つお客に向けた。 残り二人、朝の女…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-7

    大豆をザルに上げて、軽く揉んで水気を切る。水分は取り切りたい、水っぽさは時間とともに出てしまうので。ここではまだ、大豆で何を作るかは決まっていない。過去にのっとり、レシピを考案するしかない。腕組み。うーん、どうしたものか。大豆の形をそういえばと、警告者の言葉を思い出す。形がいけないのか、だったら潰さないように形を披露しよう。それが良い。形を残すとなると、潰して整形するのは除外、他の食材に詰めたり、埋もれたりしてしまっては、登場の派手さを表現しにくくなる。悩みどころ、立ち止まる店主を小川が何度も盗み見ている。 タイミングを合わせて、視界の端の動きにあわせたら、やっぱり彼女はこちらを見ていた。仰け…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-6

    各自の首がわずかに縦に動いた。 厨房の三人はランチの調理に取り掛かる。大豆は水でふやかしたものを使用。大に水を張って火にかける、加減は固めと、小川に指示を与え、タイマーの五分前に固さのチェックを頼んだ。ナンは先週作ったので別の料理を思案していた。パスタはどうだろうか、小麦粉から作るには時間が足りないか、時刻は十時半である。以前に、大量に購入していたパスタがまだ残っていただろうか、ディナーに使う分をよけて、足りるか、店主は倉庫に駆け込む。両側のスチールラック、右側の一番下のダンボールを引き出す。中を開けると、パスタだ。試供品でもらった、新しく取引を持ちかけた業者の品である。これを使おう。パスタは…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-5

    「さあ、どうだろうか。来なければそれに越したことはない。集客をやっかむ近隣の飲食店のどれかだろうしね」 「何故、警告を発してまで大豆を嫌うのでしょうか……」店主の右隣に座る館山がつぶやく。 「小麦の摂取量、生産量が減ると彼らの利益も落ち込むのだろうね。単純な理屈さ、大豆よりもアレルギー症状の発症者は小麦の方が多い。積極的な摂取を控える人口が増えて、蛋白源を他に求める。そうなられては、困る小麦の関係者は、小麦のメリットよりも大豆のデメリットを流布させることで、消費者に選択を与え、顧客の流出を防ぐ」 「この店が、……狙われたのは?」対面に座る国見は言葉を切って言う。 「それはこれから確かめるよ。仕…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-4

    「おはようございます。今朝、端末に不振な電話がかかってきて、いたずらだとは思うのですが、聞いてもらえますか?」国見は前起きなく話しかける。よほどきいて欲しい事柄なのだろう、端末に咄嗟に録音した所は彼女らしい。 受け取った平たい端末を耳にあてる。「……大豆は調味料だけが許される使い方。豆の形状で口に入れてはならない。不浄。小麦粉を使え、小麦の地位は浮上。大豆は不浄、だから小麦が浮上……」音声はボイスチェンジャーで、聞き取りにくい声に変わっていた。聞かせるためなら、もっと他にやりようはあったように思うが、頭の悪い手口をあえて取り入れた、という可能性も否定はできない。 端末を返す。国見は多少震えてい…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-3

    「館山さん、顔色がよくないね」 「先輩にも忠告ですよ」小川がもう一枚の紙を見せた、こちらはコピー用紙のようだ。「背中に張られたのを私が見つけて、かなり悪質ないたずら」こちらは、筆ペンで書かれた動きのある文字。 "大豆の摂取は、進んで体を痛める不健康に近づくための食物。 摂るな、採って捨てろ。" 店の従業員に接触があったのは、不特定多数の大豆を取り扱う店を狙った犯行とは思えない。明らかにこの店がターゲットである。大豆の不使用をこの店に求めるのは、何かしらの関係性が我々にあるはず。 「開店を遅らせる」店長は不安げに見詰める二人の従業員に決断の早さによって不安定な足元をからとりあえず救い出す。もろく…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-2

    「考えておきます、メニューはまだ決めかねている段階ですので」 「良かった。私、大豆を食べられなくて」小麦を使用した店ならば、いくらでも営業している。この人の発言はやはりわかりかねる。 「そうですか。それでは」 「大豆を使ってはいけない」声が振動。店長が店のドアに手をかける前に、声が発する。異質な印象に、店長は機敏に彼女を顧みた。「大豆は悪魔、主食のような小麦は安らぎと安心を与えてくれる天使。いいですか、大豆を使ってはいけない。いいえ、使うな。使用を禁ずる」なまめかしさに黒が混じった魔女のような声である。外面との温度差がそういった印象に負荷を与えた、狙いを理解した接触だろうか。フィジカルコンタク…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-1

    週が明けた月曜日。日曜の晴れ間が続き、今日も青い上空を見せつける。地下の階段を上りきって、交差点を眺め、ファッションビルのマネキンに挨拶、セールの文字が目に余る。在庫処分、保管していても仕方がないので、買ってくださいという本心が通行人には見えないらしい、店長は呪文のような文字を見切りをつけて、角を曲がり、店に近づく。 すると、店の前に人が立っている。従業員には見えない、誰だろうか。 「なにか?」声をかけた。振り向いたのは女性で、短髪の髪は茶色くボリュームがある。肌は白く、小柄な体型。僕よりも十センチ以上は低い、店長は目線を下に据える。 「あっ、いえ、何でも」女性は身を固くする。胸の前で腕を寄せ…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?2-5

    シャワーを浴びる。コーヒーは忘れられたまま、ライトに照らされた注目を浴びている。体を洗う時、店長は極力何も考えないようにする。しかし、言葉は頭を走り回るし、止められないのがいつもの流れであった。 ランチのメニューが過ぎる。 お客の求めは小麦か大豆か。白米は選ばないと決めた。先週に起きた訪問はうんざり。彼らは何を求めていたんだろうか、店長は振り返る。白米を要求したのだ、食事ではなくて、販売である。言葉に信憑性を込めた主張で子供の生命を訴えていた母親と、教育や生活環境の待遇に不安を覚えた父親、それぞれが受け持つ、あるいは現在おかれる環境下を元にした発言と主張に要求であったように思う。彼らの子供は食…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?2-4

    コーヒーは最初の一口から一切、手がつけられなく、湯気が消える。そんなことはお構いなし。一旦思考に這入りこんだら最後、周囲の状況はいつも二の次に変換されるのは、店長のスタイル。道を間違えることもしばしばで、今日家に考えながら辿り着けたのは、凍った路面が適度に現実に引き戻したのが大方の要因だろう。普段ならば、曲がるはずの道をいとも容易く越えてしまえる。 新聞の内容は綺麗さっぱり切り離した。 考えるのは来週のランチ、これから続く終わりの見えない永続的な時間に見合う、新メニューの発案で、だから、考察の時間が長いというわけでもないのだ。単に、明日の休日にあわせた体力の温存を図らない状況が、夜更かしを許可…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?2-3

    店長はコーヒーを一口含むと上着を脱いだ。やっと温度が上昇室内、態勢を変えてソファに横になる。 二誌目を畳み、三誌目を手に取る。こちらには、生育環境の意見が数多く散見された。要約すると、このようなことだろう。 競合してしまう大豆と小麦の生育環境は相容れない農作物に姿を変え、そこには世間の喧騒が現れていた。米の生産者が給田を再稼動させて、小麦、大豆生産に適していた土地が見つからない、というのが大豆と小麦の需要に追いつかない国内市場の悲鳴である。当然に、高額な白米を諦めた市民は代替品に国内の食物を選びたがる。海外産が国内市場に出回る量や価格においても国産を凌ぐ低価格を実現はしているが、品質面での評価…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?2-2

    大豆へのバッシングは二誌目のほうが、深く取り扱っていた。店長は、読み込みの途中で席を立った。 降り口に向かい、改札を目指して、大豆に関する批判の箇所を思い浮かべた。その前に、まずは大豆がどのような食品に利用されているかを挙げてみることにする。 味噌やしょうゆ、納豆に枝豆、月曜に作った豆腐など、食卓には欠かすことのできないもの。健康被害というものは、まるで聞いたためしがないし、何故今になってという疑問も湧く。とても健康によい食品、というイメージがかなり強い。 店長は肌が引き締まる屋外に出て、自宅に着くまで考察をやめなかったが、情報不足のためか大豆の負の要素をつむぎ出すことはできなかった。 自宅に…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?2-1

    その週に、小麦輸入に自国での取り扱い、生産、加工、食品添加におけるガイドラインの作成に政府が乗り出した、と報道機関が伝えていたらしい。小川や館山から聞いた情報である。カウンターのお客の会話にも時折、週を重ねるごとに飛び交う小麦の言葉は多くなったように思う。 週末の土曜。 仕事帰りに、店長はコンビニで新聞を複数購入した。経済の専門誌も一紙読んでみた店長である。新聞を読むのはいつ以来だろうか、地下鉄に揺られる座席に座り、細長く折りたたむ一紙を読み始めた。 新聞によれば、小麦の生産は当面、自粛の意向を政府関係者が示唆した、とのこと。政権、国の舵取りや影響力のある人物の発言らしいが、名前も小さな顔写真…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?1-6

    「拡大する小麦の健康被害への対応策は?」 「他の食材への切り替え」 「ええっツ、ピザやめちゃうんですか、賄いでは食べられますよね?」 「大豆ですか?」 「察しがいいね。植物性のたんぱく質の中で、市場の出回る量の多さでは一番だろう」 「穀物ではありませんよ」国見は目に涙を溜める。「この店を離れたくは無いんです、どうしてわからないのですか!」 「失うという意識にばかり気をとられているね。いつかは必ず店はなくなるだろう、もしくは建物は誰かに受け継がれ店は続くかもしれない。僕は、年齢的に君たちよりも先に死んでしまうね。もちろん、君たちは雇われている、店を辞めるのが、料理人としては妥当な選択。誰でも自分…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?1-5

    「だってまだお米は十分に余裕があったはず、変ですよ。行き過ぎて、おかしな人だったけど、それは子供の為を思ってお米を買っていたからで、……そうか、自分たちのためだったのかも」小川は白く粉を拭いた頬の顔を、わずかに傾ける。 「白米を食べる権利を大半の人が剥奪されたんだ。禁止されてない以上、小麦を食べる権利は早々奪い取れはしないよ」店長は、国見の訴えをあっさりと却下、受け入れを拒んだ。国見は、続ける。 「健康被害を訴えたら、この店で食べたから健康を害した、そう訴える人が出てくるかもしれません」 「どの店で食べた小麦であるかは、当人の申告でどうにでも訴えられる」 「ねえ、何をそんな弱腰でテレビを真に受…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?1-4

    国見が搾り取る豆乳ににがりを加えてゆっくりと攪拌、底の深いバットで軽く固まる程度まで待つ。店長は、氷を固める一サイズに分かれた容器を吊り戸棚から取り出した。 「ある程度固まったら、こっちに移して」テイクアウトの使い捨て容器、サイズに合わせて昨日、この型を購入したのだ。これ以外の使い道が今度あるのかどうかは、疑問であったが、形の崩れやすい豆腐の移動には最適と判断を下した、店長である。 「店長、ナンはどうやって渡します?カレー用の容器はもうありませんよ」ピザ釜の横で小川の前後運動。 「心配は要らない。包み紙を買ってあるから、出来上がったナンはそれに包んで、手渡す」 「袋に入れないんですか、雪で濡れ…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?1-3

    「店長、豆腐はそのまま提供しますか?薬味とか味付けとかは、どうします?」大豆を潰し終え、大判の布で大豆を搾る。 「炒め物、豆腐とおからで作る一品に、物足りないお客へはナンをつける」 「はい、あのう、私、ナンを焼きます」 「できるの?結構難しいんだから、焼き加減。焦がしたらお客を待たせることになる」 「わかってますよ」沸騰したお湯に剥いたジャガイモを入れる小川が胸を叩く、安心して任せろ、という意味だろうか。 ここで館山が折れた。後輩に教えることも仕事であると確か過去に彼女に告げていた店長の教訓を覚えているはずだ。「仕方ないな、いいですか、店長」 「試してみなくては、成功か失敗かは判断できない」 …

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?1-2

    「栄養的には、かなり多くの量が必要ですよ」 「肉と卵とあわせる」 「店長は栄養学の資格も持っているんですかぁ、詳しいですね」 「資格は短期間に特定の知識を取得するために設けられた証、情報はネットにごろごろ転がる。それに書籍でも情報は得られる」 「間近で正論を言われると結構へこみます」小川の眉が端の字を描く。 「豆腐ですか?」洗浄器の前の館山が小川の落ち込みに構うことなくきいた、彼女の顔はコンロの大鍋に向けられている。普段はほとんど姿を見ない大鍋の中身は館山の指摘どおり、昨日から水でふやかした豆である。コロンに火がついて、約一時間なので、そろそろ煮えた頃合である。 「手伝ってくれる?」 「それは…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?1-1

    「大豆が大ブームって知っています?」小川安佐が開口一番、頭の雪を払う仕草と挨拶を後回しに、子供が逐一出来事、発見を報告するよう、聞いてといわんばかりに興味を自分に引きつける。 今日は月曜日。 先週、土曜日の早い出勤時間とほぼ同時刻である。店長が一番に五分遅れて館山リルカ、そして小川はさらに五分遅れて厨房のスタッフが揃う。ホール担当の国見蘭は厨房の作業に口を出さない、すべては店長の裁量に任せる。だから、無駄に店の一体感を出そうなどと、足並みを揃える行為には決して走らない。これが国見の冷静な対応と、店長は観測し、頼もしくも思う。彼女は、厨房の二人に欠ける非情な性質を持ち合わせているために、お客への…

  • 蒸発米を諦めて4-9

    「白米の大量摂取による健康被害が報告。江戸がえり、あの病気が再び流行か?」 「鉄分、亜鉛の損失による貧血多発。朝礼は急病人、発現の元」 バランスのよい食事は、結局は多大な量を食べないことにあるのではないか、店長は端末の電源を切り、ポケットにしまう。左右、壁や広告が貼られる透明な板に背を預ける乗客は、一様に端末を操る。彼らには考える時間という概念が消失しているらしい、僕はそこまで急速な思考の転換に不向きな頭の構造である。うらやましいとは思わない。むしろ、掬い取るだけの行為をどのように消化?昇華しているのかさえ、気になる所だ。 特定の人物に意志が通えて、生きている証が生まれるなんて、自分をないがし…

  • 蒸発米を諦めて4-8

    まずい、陰口を言われるのを人は怖がる。まずいと感じる相手とおいしいと感じた自分との乖離が、味の差を埋める。危険はつきもの、味の成功は右に習う。それでも次がおいしければ十分である。加えて、人が求めているのであれば、高級な食材を使わなくとも対価は得られる。僕の作る料理のすべてはおそらくは誰かの二番煎じだろう。しかし、月曜の予測のつかない天候にランチを売り出すのは、その日を選んだ僕である。特別な味の追求も最先端の調理器具を駆使した食べ方に気を使う疲弊を添えた料理とは無縁。対象者は日々の労働者であり、中、低の市民層に向けたサービスなのだ、あまり期待させないことも消費者には悟らせるべきである。また一つ教…

  • 蒸発米を諦めて4-7

    「どうして、あの人を倉庫に誘導したんです?気が済むように配慮したにしても、人が良すぎます」 「店長は、人がいいんですよね」小川が店長を擁護する。 「あんたは黙って」 「……あの人の感情の起伏が不安定であったのは、観察する必要もなく、意思疎通のやり取りが感覚で図れた。それでも感情の切り替えのスイッチやラインは不明確だった。だから、相手の要求を受け入れた安定側の状態に興味を持ったのさ」 「もしお米を隠していて、あの人が見つけたら、暴れ出さないっていう保障はありませんよ」 「じゃあ、なぜ彼は酔いつぶれて人がはけるのを待ったんだろうか?個人的な話ということは言えるだろうけれど、周囲にこちらが引き下がれ…

  • 蒸発米を諦めて4-6

    「倉庫は奥です。一番奥の左手、ドアのない所に食材をおいています。何ならご自由に調べてください。あらかじめ言っておきますと、厨房の中には生の米は保管していない。高音や湿度の高さに晒される場所ですので」 「調べますよ、あなたが調べていいといったんです。ほら、レコーダーにも録音してある」端末、かすかに時間を計る、数字の刻みが見えた。 「動かした物は元に戻しておいてください。期限の古いものが手前に置いてあります」 「笑っていられるのも今のうちだからな」指をさされた。失礼と人は捉えるが、五本の指に一本で主語のない対象を示す手がかりとして考えるとかなり有効的な動作。だが、僕を店長と知っているならば、言葉に…

  • 蒸発米を諦めて4-5

    「アレルギーは忌み嫌われる対象とおっしゃいましたね?」 「たしかに。しかし、給食のパンを食べずに白米を特別に個別に弁当を持参する姿は、ステータスの向上と同義だそうです」男は何かを待っている、引き止めて欲しいか、それとも僕が隠してる手札を出させるため。失うものに執着を払う。その力を変化への対応にどうしてこの人は回さないのだろうか、店長は不思議でならない。人を頼ることを否定はしない、むしろそういった助け合いが世の中の仕組み。だから私は極力その輪を離れた。むやみに相談も解決、終わりのない無意味な愚痴はもっとも嫌う対象だ。何かにつけて私は、人から良く相談を受けていた。おそらくは、私が余り攻撃的、つまり…

  • 蒸発米を諦めて4-4

    何故、親であるこの男が息子のクラスの内情に詳しいのかは、疑問が残る。男性が子供の学校教育に積極的に関与する姿はまれであるように思うし、彼の発言からも昼間に訪れた妻に内緒でここを訪れている以上、彼女に黙って息子の学校事情に関わることは困難に思うのだ。 親同士のネットワークで得られた情報だろうか、と店長はおぼろげに判定を下した。 「あなたの置かれた状況は理解できますが、それを私に伝えて、どうしろと?」 「白米をどうか売り続けてくれないでしょうか」 「これまでのような販売はできかねます」 「高くても構いません」 「そうではなくて、私どももお客さんに提供する分のお米を確保していないのです。お売りしてい…

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