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2018/07/28

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  • 蒸発米を諦めて4-3

    「あれ、もう終わりですか。すいません、眠ってしまったみたいで あはっはは、お恥ずかしい」男は背広のポケットから財布を取り出し、伝票を逃げそうな魚を素手で捕まえるよう、館山に支払いを頼んだ。 「こちらの店長さんですか?」男は立ち上がって、すぐに店長に問いかける。どうして私が店長だと思ったのかは、理解に苦しむ。 「はい、私が店長ですが」前置きの重さは、この後の発言が僕に降りかかる面倒な関係性と比例する。 「……今日、うちの家内がこちらからお米を買ったと思うのですが、覚えていますか?」 「今日のことですから、覚えています」 「申し訳ありません、二度もご迷惑をおかけしてしまって」よく頭を下げる人たち。…

  • 蒸発米を諦めて4-2

    「お客さん、ライスが食べたいみたいですね、また訊かれました、置いていないのかって」小川が肩をすくめて厨房に戻る。ホールから国見の声。追加のビールを持ってくるように、声がかかった。 洗い場の横、中が透けてみえる古めかしい冷蔵庫を開ける小川は瓶ビールを手に取り、腰から下げた栓抜きをてこの原理で力を込めることなく、スムーズに開封。手を挙げる国見の指が示す三のサインに小川が三番テーブルにビールを運んだ。 店長は全体の状況に目を配りつつも、調理の手を休めず、頭ではまた来週のランチメニューに取り組んでいた。 求めに応じるべきだろうか。 あまりにも予見された現状ではないのか。もしかするとこれも策略かもしれな…

  • 蒸発米を諦めて4-1

    午後のディナー、営業再開の三十分は夕方ということもあり、お客の入りはまばら。近隣で働くサービス業のお客が遅い昼食を摂るぐらいで、年始、週末の買い物客は午後の買い物か、午前の早くから活動を始めた人たちはそろそろ帰宅の途についているのだろう。土曜の夕方にしては、通りの賑わいも大人しめであった。 だが、ひとたび入店の流れに火がつくと、いつの間にか行列が出来上がっていた。ライスの提供中止は、表の黒板に書き、事前に食べられない事情を伝えているにも関わらず、注文の予測に若干の不安を抱いたライスとの相性がいい揚げ物や肉類をお客は無難に注文。単品で一テーブルに一皿の予測は的中したらしく、オーダー表は炊飯器の脇…

  • 蒸発米を諦めて3-12

    「けれどステータスが上がったら、白米ばっかり食べたりしません?」 「病院にも通う、薬も飲む、酒もタバコも止められない、運動不足で散歩を始める、どれも食事の摂りすぎが主な要因だって、食事制限をしてでも食べているんだ、病気の一歩手前まで白米を食べ続ければいいのさ」 「ちょっと、リルカさん、無責任な発言ですよ」小川が館山の不用意な発言を注意する、いつもとは反対の立場、構図である。店長は、予測が立ったカレーを離れ、来週のランチメニューに頭を働かせていた。 「館山さん、休憩」国見が厨房に入り、休憩に入る数十分を食器の片付けにその労力を注ぐ。 「他のお店の様子、チラッと見てきます」館山は店長に言った。話の…

  • 蒸発米を諦めて3-11

    「ライスを頼むのは、メンチカツにハンバーグ、鶏の照り焼き、それに今日の焼きカレー、店長、その試作品はメニューに加えます?」女性を見送った通路の小川が指を折って数えた。 「うん?ああ、焼きカレーは、どうだろうか。白米と一緒に出したいとは思うね。でもまあ、テーブルに一皿の注文としたら、分け合って食べるから、メーンの扱いにはならないでしょう」店長は口を左右に引く。レジの国見は彼の強硬な手段までの経緯を脳内でさらっているらしく、首の傾きはホール天井のシャンデリアに見とれるように、店長には映った。 小川が食器を洗い終り、シンクに溜めたお湯を抜けば、排水溝の雄叫びが聞こえた。 「カレー、私も味見したいです…

  • 蒸発米を諦めて3-10

    「理由は?」 「非情な言い方かもしれませんけど、お客さんに子供がいるのかどうかも明確にこちらに証明してはいません。それに、急を要するのなら、偶然にランチタイム終わりの仕込みの時間に現れるのも、どこか狙ったような、上手く言えませんけど、その、話を聞いてくれる時間を選んでいるようにも思えます。逼迫して混乱の様相だとご自分でもおっしゃっていましたが。しかし、うーん、今までそれこそ何をしていたんでしょうか。こちらへの迷惑を最小に抑えるほど、子供さんを優先させるからこそ、お米を譲って欲しいとお願いにやってきたのに、見たところ、あまり雪にも濡れていなかった。他の店だってそんな長時間店先で相手はしてくれない…

  • 蒸発米を諦めて3-9

    「お客の対応に時間を割かれたら、レジと料理の運び、食器の運搬にまで手が回らないかもしれません」 「それらの対策を何か考えた?僕は君にホールの権限を譲渡していると前に話していたね、それは何も、現状を維持するということではないんだ。必要なら変化も厭わない、お客も季節も移り変わる、今日は二度と来ない、似ている客層で昨日のような寒さかもしれない、しかし、まったく同じではないということは肝に銘じておくべきだね」 「すいません」普段口数の少ない店長の叱責は実に効果的に機能する。「考えて、何も考えていなかったのではありません。……正直に言うと、ライスの提供を事前に断る労力とお客の曇った表情を見たくなかったの…

  • 蒸発米を諦めて3-8

    「ただ食べないだけではいけないのですよ、最低ラインが白米。週に二度の献立の白米によってその時だけ、うちの子はクラスメイトと共通を許される、仲間には入れる」 「いずれ給食の白米も献立から姿を消すと推測されます」淡々と店長が断崖へ女性を追い詰める。 「そんなことはわかってます!」沸点が上昇。水ならばぐつぐつ沸騰している。女性のボディアクションの回数が増える。「とりあえずの措置だけでもって、思って、こうしてお米をかき集めているんです。それに、いわれのない中傷がいじめに発展しつつあるのです、急がないと、クラスで孤立しかねません」 米を食べ始めるように日本人の食生活に変化が見られたのは、狩猟生活をやめ、…

  • 蒸発米を諦めて3-7

    「お弁当が一人だけご飯なのはうちの子だけ、他の子にもアレルギーを持つ子はいます、それに応じた給食も学校側は作ってくれる。けれど、主食の白米の価格高騰が影響してパン食が今学期から始まって、息子にはいずれ持たせるお弁当を、私は、私は作れなくなってしまう。なんでもします、空いた時間で、お店の手伝いをします、ですから、だから、お願いですから、お米を、息子のお弁当を私に作らせてください」洗浄器がしゃかしゃか、ブザーで完了の合図。店長は、その音に背中を押され、押し寄せた女性の高波のような訴えを引き剥がし、嗅覚を再開、オーブンのカレーを取り出す。こんがり焼き色のついた姿に続いて香りがまとう。 「お米は自宅で…

  • 蒸発米を諦めて3-6

    皿を拭く館山の表情は、曇りから一向に晴れに転じない。 「不満があるならきくよ」 「五キロのお米は大きいです」 「だろうね」 「緊急事態ですよ!」 「リルカさん、危ないですよう。お皿割らないでくださいね。お皿代、給料から引かれたくありません」 「経営が傾いたらあんたの給料は支払われないの!」 「それは困ります」 「今日になって、何突然。昨日は斜に構えていたのに」国見が首を傾けて肩の張りを無言で訴える仕草。一同は、店の奥、冷蔵庫と洗い場に集結している。 「外見てください」 示された先には、人だかりと釜を収めようとする人の列で膨れ上がっていた。 出窓に背を向ける小川は体をねじって、外部の騒々しい状況…

  • 蒸発米を諦めて3-5

    「汎用性はあるのかな?誰でも食べられるのは土曜日のコンセプトだと前に一度話したことがあったね。月曜から金曜は働くお客ためだけれど、土曜はそれらに混じり家族連れ、特殊な客層に取って代わる。おいしさはたしかに二番目が最適だろう、僕も同感だ。しかし、食べる人物の舌にあわせるとなれば、三番目を僕は選択する」 「……わかりました。……あの、副菜、私が作ってもいいですか?」館山は裏を返して気持ちを切り替えたようだ。情動に理解を備え付ければ、行動はより迅速に目的を求める。 「私もそれは、はい、立候補します」小川も副菜の創作を主張する。料理は競争ではないが、相乗効果には違いないか、店長は早めに出勤した二人に一…

  • 蒸発米を諦めて3-4

    「あああー、また二人で怪しい、蜜月をかわしてる」 「めずらしく、早いじゃない」館山が小川に応えた。 「だって今日は忙しくなりそうだから、早めに店を開ける場合も考えて、私だってちょっとは店のためを思っているんです」 「朝からよくしゃべる」 「リルカさんだって、店長としゃべっていたじゃないですか。ずるいですよ、私も料理の一つや二つ習いたいんです」 「いいから、早く着替えてきなって」 「なんです、その言い草。ナンです……、その、はい、すいません」 「どこからあの元気が湧いてくるのやら」 二人の不毛なやり取りに目もくれず、店長は強く火を入れた鶏の鍋を味見。鶏の脂身がカレーに溶け出す、スパイスの単調な味…

  • 蒸発米を諦めて3-3

    「鶏を入れていないカレーは味見をした?」 「はい、あまりというか、こっちに比べると深みに欠けるように思います」 「意見ははっきりというべきだ」店長は指摘。「曖昧さと遠慮はまた別物だから」 「はい」 店長は鶏肉を入れないカレーを少量、小ぶりな並べて温め、味見。「うん、鶏は入れていたほうがいいね。じゃあ、こっちの鶏入りカレーの感想は?」店長は訊いた。 「辛味と味が濃くて、濃厚さが好きな人には好まれる味です。反対に、毎日は食べたくはない味ですね。もちろん、おいしいですよ、それは間違いありません」 「まずくても、はっきりとそれは本人伝えるべきだ、と僕は思うよ」 「いえ、本当においしいです」 「そう」 …

  • 蒸発米を諦めて3-2

    「可能性はあるんじゃないかな」店長は、サロンから目線をはずす。「自分の味覚に自信がないみたいだ」 「それはそうですよ。まだ、だってランチのメーンも任されていません。間違って覚えた味かもしれない。店長はその、覚え初めの頃は怖くなかったですか、自分の作る料理を提供することに後ろめたさは抱きませんでした?」 「怖い」店長は出窓付近に立つ館山に言う。「それは今も変わらない。自分の店を持った現在も不安要素に変化を感じたことはあまりない。経験の多さや見接してきた場面による恩恵は後押しの材料にはなっている、しかしだからといって、味のコンタクトは不変だ。安易に手軽にレシピが手に入る時代だからこそ余計に、味のバ…

  • 蒸発米を諦めて3-1

    土曜日、雨天。昨夜の雲の流れは空模様の移り変わりの示唆だったと、振り返る。店長は、時間を同じく出勤。一月の四日。今日と明日でほとんどの勤め人、主にこの界隈で働くサービス業以外の人物は年始の休暇を終えることだろう。しかし、地下鉄は通常の混雑具合とは異なる絶え間ない会話で埋め尽くされた車内に耳が痛かった。店長の前後左右、地下鉄の改札口にひしめく人々の目的はショッピング、あるいは特定の人物のとの共有の時間に酔いしれる屋外への行動。まるで夕方の喧騒に類似した交錯から逃げるように地上に這い出て、店内に半ば逃げ込む形で、鍵の開いたドアを引いた。先に誰かが出勤しているらしい。 「おはようございます」館山リル…

  • 蒸発米を諦めて2-4

    あの母親の選択を想起。 絞り込まれた選択肢は絶対量が少ないはず、価格の上昇はもともとのサイズを圧迫する胸中。 しかし、純度は高いか。何物にも変えがたい。だが、押し付けには気を配らなければ。 対象者が恩恵を受けるのであり、主体は母親にはなりえないのだから。 布がかかる薄暗い、仄か街灯が差し込む明かりが店内を映し出す。 低温と高音、湯気の立つ蒸し器、対応に追われる店長。嘆いてる暇は彼とは無縁。 火を入れたルーに小ぶりな鍋がピザ釜が陣取る出窓のコンロを占領、味を馴染ませる。 アラーム。蒸し鶏が仕上がる。さいの目に切り、三つ目の鍋で火を入れる。簡易コンロは火の出口が二つしかないため、焼き鳥の方は時間ご…

  • 蒸発米を諦めて2-3

    「三分の一だけ。残りは明日にゆっくり火を入れて、ルーに絡める」 「あの、お母さん。困ってましたね?」小川は几帳面にサロンを折りたたむ。 「食べられないのなら仕方ない」国見はうつむいて言った。「他の選択肢が普通だと思えなくては、生きるのは困難」 「これから高額なお米だけを食べて生きていけってことですか?」 「大勢、そんな人は潜在的に存在していると思うけれどね」 「ああ、そうか。うん。これから小麦を食べる機会は順当に増えますもんね」 「安佐、着替えるよ」店長の動きの見切りをつけて館山が呼びかける。 「はあい」 厨房の二人に遅れて、ホールの国見も着替えに立った。 厨房に残る店長は淡々と作業に復帰、取…

  • 蒸発米を諦めて2-2

    「それほどお米は重要だろうか」店長が問いかける。背を向けていた館山も顔を向けた。三人が見つめる。「一人暮らしでお米が食べたいと喉をかきむしるほどの欲求にさいなまれたことはあるだろうか。お米は食べられる、数ヶ月前よりも高額な料金を支払えば。そうすると、欲求が耐え切れなくなるまでお米の購入、摂取は待つのではないだろうか。金銭的な余裕、富裕層は例外なく高級品を惜しげもなく、嗜むはずだ、これまで見向きも取り立てて味わっていなかったのにだ。一般の市民はいつも食べていたから、機会は減る。ただ、その分、別の食品や食事、メニューに目が向く。狙いはそこにあるんじゃないのか。お米を食べられない店ではなく、お米の代…

  • 蒸発米を諦めて2-1

    ディナーが盛況だったのは、営業時間の一時間前までで、終盤は明日以降を自宅で過ごすために、お客の足はぱたりと止んだ。客の出入りに応じて最後のお客が腰を上げた時点に終営を決めた。そのため、通常よりも三十分早く、店内の掃除、食器の洗浄、水分のふき取り及び定位置への返還、各テーブルの調味料、それに紙ナプキンの補充、厨房の清掃、最後にダスターの洗濯、乾燥が終わったのが午後十時半過ぎである。 「コンビニ弁当は大変な打撃ですよ、主力商品の値上がりは客足を遠ざけますね」館山は、長い足をクロスさせてシンクに体重を預ける。丁寧な言葉遣いは年下の小川ではなく、店長に言っている。投げ掛けているのだろう、店長はそのよう…

  • 蒸発米を諦めて1-9

    「手が止まっているよ、あと十分ほど炒めて」たまねぎは小川の持つフライパンで真っ黒く焦げたように、しかし匂いは甘く、仄かに香ばしい。 店長はとり腿肉を冷蔵庫からバットごと取り出す。納得のいかない表情で小川が視線を送ってくる。 「あの人が他人に情報をばら撒いたら、大変なことになりますよ」 「そうかもね」 「他人事じゃ、ありませんよ。また、ご飯の無いランチを考えなくてはいけないのに」背を向けていても声の圧が背中に届く、彼女はこちらに向き直っているはずだ。 「鍋から目を離さないで」 「だって、もう、お人よしにもほどがあります」 「僕は、いたって正常だと思っているよ」店長はまな板の鶏肉についた余分な脂身…

  • 蒸発米を諦めて1-8

    偏った健康、特に父親の、荒れた食習慣の期間に生まれた子供はアレルギーの発症が高いと聞いたことがある。形質的な遺伝とは異なり、一代前の生活習慣が生み出した体質が受け継がれたのだろう。この店では、食べられない食品を取り除いてくれ、そういった要望はほとんど聞かれない。成長し大人になれば体質は改善されることが多く、しかも子供連れのお客は、週末に姿を見せるのが主な登場で、子供向けの椅子が用意されているのでもなく、子供に特化した対応は行っていないのがこの店である。 縋るようにおびえた、捨てられた子猫のように彼女は振り乱して崩れた髪の隙間からこちらに訴える。 店長はきいた。「どのぐらいの量を要求しますか?」…

  • 蒸発米を諦めて1-7

    女性がふっと、息を吸い込んだ。「お願いします!」店内が彼女の声で覆われた。同時にまた頭が勢い良く下げられる。「息子のためにどうかお米を譲ってください。食物アレルギーで食べられるものが限られています。このままじゃあ、お米を食べさせられません、ここしかないんですぅ、もう……」入り口で泣き崩れた女性が、視界から消えた。ルーティンに付き物の問題発生である。定期的、決められた時間の作業には必ずといって、アクシデントが起きる。このアクシデントに対応できる用意が時間内に仕事を進める上では必要不可欠。 すり鉢で擦った殻つきの香辛料を一粒残さずステンレスの容器に移して、蓋をする。手を洗い、店長はゆっくりと泣き崩…

  • 蒸発米を諦めて1-6

    「だったら、対策を講じるべきだ」彼女は半ばがっかりした様子、求めた反応と違ったのだろう。あくまで彼女は店の従業員、不必要な寄り添いを避けるべきが肝要。火のないところに煙は立たないし、釜に入れないピザは焼きあがらない。 「そうですね、防犯ブザーでもぶら下げておきます!」肩を怒らせた国見は黙々とテーブルを拭き始めてしまった。これが現場を円滑に保つ最善の選択、その場しのぎの気に使った言葉などはかえって状況を悪化させる。店長は、たまねぎのスライスへ意識を戻した。変わり身の早さ。いいや、変わってなどいない、裏側をめくったのだ。力が抜けて、ほら、もう元通り。 館山の休憩から数十分あとに国見も休憩に入り、店…

  • 蒸発米を諦めて1-5

    「店長、今日もランチは売り切れでしたね」水分をふき取った皿をカウンターに戻して、国見は話しかけた。彼女の腕が店長の視界に入る。間が空く、彼女は続けた「……そのう、お米のことなんですが」 ホール側の国見と対面、彼女の言いづらそうな表情で内面を悟る。店長は応える。 「まだ決めていない。経済的な利益だけでは判断はしないし、お客のニーズもまだ十分に掬い取れていない状況での発注は危険だ。こればっかりは初めての事例だから、予測はかなり難しいと見ている。何もしていないように見えたなら、言い添えるけど、いくつかの考えは常に抱えている」 「業者の助言に従ったほうが正解だったんでしょうか」彼女に接客と店の帳簿を任…

  • 蒸発米を諦めて1-4

    「二人とも手を止めないで」ホールを取り仕切る国見がトレーに大量の食器をかき集め、洗い場に運び込み、雑談を注意した。店長はテーブル席の上部、秒針が滑るように動くスイープタイプの壁時計を見る。 「館山さん、休憩だよ」店長は流れるような手さばきでたまねぎの皮をむく手元を見つつ、休憩を促した。 「今日は、外混んでますよね?店にいてもいいですか?」 「働くってことかな?」店長が聞き返す。 「ただ働きでも、やっぱり認めてもらせませんか?」店長は確実な休息を店員に求める。体力の低下は今日でなくとも明日、明後日と疲労に変わり、いつかは表に出る、つまりミスや怪我となって、お客への対応に影響すると考えている。若い…

  • 蒸発米を諦めて1-3

    ランチは限定数に達し、ホール係の国見蘭が外で食事を待つお客にランチ終了の文言を伝えた。食べられないことを予測していなかったのだろうか、お客の中には執拗に食事の提供を訴える者もいた。 捨て台詞。 前もって、最悪の事態を予期していれば、陥った出来事にそれほど悲観することも無いはずだ。頭をまるで使っていない。 時計は針を刻み午後二時前。一時の間にお客はすべてはけた。国見が最後のお客に応対、見送り、入り口の札をクローズに返す。 「今日はいつになく、パワフルなお客さんばっかり」厨房で一番若い小川安佐がため息と共に声を発した。彼女は皿を洗っている。 「はい、これも」同種の皿を器用に重ねて運んだのは館山リル…

  • 蒸発米を諦めて1-2

    店長は、ここ数週間の流れをまとめる。 わずかばかりの日本米は日本に残されたが、輸出需要が増したため、価格の上昇が国内で発生。これまでの二倍の価格に変動する事態に消費者は怒り、訴えた。年末のせわしない時節にもかかわらず起きていた騒ぎの正体がこの抗議デモ。そうは言っても、米がまったく手に入らないというのではなく、輸入米も店では売られている。品質もなんら問題は無いだろう、僕もいくつか試食した感想では、日本の物とは異なる、また、それでも食べられないほどでもなく、それは今まで慣れ親しんだ期間が長いだけのことで、米の特質、生産地や品種、気候による特徴だと捉えれば、問題なく口に運べるレベルの米であった。 で…

  • 蒸発米を諦めて1-1

    一月三日。 ランチの準備に追われる。時間は必要な時ほど足りなく、不必要な時ほど有り余っている、これが定説。今日は前者に当てはまる忙しさ。 開店と同時に絶えないお客は店外で順番待ち、良好な天候が恵み、日の光を浴びて寒さを耐え凌ぐ。自分には想像もつかない光景、店長はピザ釜を撮影する順番待ちのお客行動の意味を図りかねた。 皿に盛り付けた竜田揚げをホールに一旦出て、プレートごとカウンターのお客に手渡される。店内はカウンター席とテーブル席、テーブル席はカウンターと奥に続く通路から一段高いフロアに設置。調度品は古めかしい細工が施されたもので、店を買い取る際に家具も一緒に譲り受けたのだ。大変に高価な品と聞か…

  • プロローグ1-3

    米とは対照的にパン食は良好。成長が著しい。業界ではトップの伸び率だろう。もともと、ご飯をあまり食さない世代はパンに流れ、保存の効く甘味や味のついたパン食がさらに活気を帯びた。以前にお世話になった、ブーランルージュというパン屋も連日、店の外に行列ができるほどの盛況ぶりだと聞いた。直接目にしたのではなく、従業員から聞かされた情報である。 僕は情勢を受け流す。 利用はいつか利用される、頼り頼られる考えしか生まない思考が形成。 だから、何も見ない。 それでも、情報は耳に届く。 そう、その程度でも情報は届くのだ。 そして、掬えたものを手に取って、けれどまた止観。人は安易に流れすぎている。 開店前の店先、…

  • プロローグ1-2

    「米」が消えたのである。 海外と参画交渉の末に米の輸出入の自由化に関する関税の撤廃が認められ、海外から安価で良質な米が市場に出回るようになった。当初、日本は海外の米に日本の品質が劣るはずがない、負けるはずがない、覇気に満ちた意気込みで対抗心を燃やしていた。しかし、月日が流れるにつれ、海外の米を食卓で口にすることによって、日本のそれと遜色がなく、当然のごとくマイナス面を予期、期待を抱いて味を確かめた無意識の摂取が作用したのか、海外米に対する評価はうなぎのぼり。好評を得て、巷の時勢に乗り、瞬く間に日本の市場は海外米に占拠された。 当然に、僕の店でも海外の安価な米を試してみた。提供前に、とりあえずは…

  • 【マーケットキーパー】プロローグ1-1

    今のところ、店の運営は閉店に追い込まれる収支状況を回避しつつある。開業まもなくのお客の入りは大方の予測をわずかに上回る人数であり、出だしは良好な発進、と僕には映った。以前まで開業していたイタリア料理店の外観とピザの石釜が外から眺められるようなガラスの出窓が通行人の目には常に留まっていたらしく、ふらりと新規のお客が店を訪れることがしばしば見受けられた。これは、期待した予測ではない。むしろ、以前の店の味を知っているお客ならば、その味を求めて、また味の記憶を汚されないために足が遠のくのでは、という想像であった。しかし、カウンター越しあるいは、他の店員がレジの接客時に、「昔の店も良かったけれど、ここの…

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