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2018/07/28

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  • 静謐なダークホース 2-2

    だが、そのデータ収集も先週で終わり。今日はランチメニューに仕込みにあまり時間を割かれないため、早朝通常出勤の二時間前に店に来ることはないのだが、ただの提供ではと思い、店主はいつもの時刻に家を出て、いつものように厨房に立つ。 出窓、かすれた前任者の店名が透けたガラス、通り、時折の軽自動車と通行人に隠れて二人の人物がこちらを見つめ、電信柱のように埋め込まれた両足で立っていた。二人は見たところ、知らない人物。互いの距離は、おそらく存在は感じているだろう。これからピックアップされるのかも、同じ車両に。それぐらいしか予測は立たない、店主は、ピザの利用に思考を切り替える。 午前八時十二分を、ホールの時計が…

  • 静謐なダークホース 2-1

    東京では雪らしい。交通網は遅延の恐れ、警戒と転倒の危険を呼びかける。 地下道を出て見上げた、交差点の大型ビジョンである。 全国ネットのニュースともいえない情報番組。今日の運勢を省けば、詳細な予報が伝えられるのでは、手を振って明日の再会を呼びかける女性に見切りをつけ、店主はつま先を翻す。左手にリニューアルから数週間を迎えた商業店舗。気の早いガラスの越しのマネキンは、薄手のコートと明るくさわやかな色合いの洋服を身にまとう。しかし、表情はそっぽを向いて無表情。ショーウィンドウに惹かれて洋服を購入する人はどれぐらいの割合だろうか、店主は行き過ぎ、角を曲がって考察をはじめた。ラインナップの告知なしに、お…

  • 静謐なダークホース 1-6

    「クリスマスみたいに単なる一年のうちの一日だって言いませんよね、今回は?」 「どうして?」 「想いを伝える絶好の機会を世間公認で与えられたら、そりゃあ、ねえ、気分も高まりますよ」背伸び、店主は吊戸棚に乾燥のパスタを置き並べる。そしてステンレスの引き戸を閉めた。 「渡すことが目的、それとも付き合うこと、小川さんの年代ならさらに先の関係性は考えていないだろうね。すると、親しい関係性をより高めて、という図式が理想。だけれど、想いを伝えて満足、という人も中にはいるはずだ。溜め込んだ気持ちを投げ出すほうが、解放されるからね。それに、あわよくば相手がその好意を受け止めてくれるかもしれない、そんな期待もなく…

  • 静謐なダークホース 1-5

    「なるほど。それで連絡先が書かれていなかった手紙に大豆拒否の意志が伝わらない、違うか、伝えられなかったので、倉庫の半分が大豆で埋まってしまったんですね」小川がしゃべると、ロッカーの扉が閉まった。 「テレビの取材もあれがきっかけだろうさ」館山の言葉が途切れて、再開。上着を替えたのだろう、と店主は推測。「取材攻勢の電話には正直うんざり」館山が言うように、テレビカメラに収められた行列の様子は瞬く間に反響を呼んでしまい、店へ多くの、見知らぬ、テレビに映る有名で話題なスポットを訪れるのと寸分たがわ勘違いのお客が押し寄せたのである。ただ、メディアに取り上げられる店が有する味や流行の、または真新しい料理とは…

  • 静謐なダークホース 1-4

    「ん?」首を突き出す館山は後ろの縛った髪が体の傾きにより、前面にするりと落ちる。「ドアに、あれ。なんだろう?」ホールと店主の間を切り裂き、館山がモップ片手に走りよってドアを開閉。モップと片腕、半身を店内、水分をふき取るマット上に留めて、ドアに挟まった紙を手にして吸い込まれるような冷気の流れを遮断した。彼女の目は、紙を追っている。 「手紙?」 「大豆論者っていう宛名です」館山は手を振るように店主に向けて二往復。どうやら紙ではあっても、封書のようだ。 「読み上げて?」店主は開封を促す。 「いいんですか?」 「皆さんに関する事柄しか書かれていないよ」 「では、僭越ながら」館山は咳払い、一言目を読み間…

  • 静謐なダークホース 1-3

    「国見さんは、どう?」 「ピザは列に並んだお客が黒板を見て、必ず声に出していたので……ああ、もしかして」国見は話のなかで思い出したらしい、首がすぼみ、それから勢いよく定位置に戻る。 「なに?」 「声に出していたということは、少なくとも二人以上で並んでいたのではと思ったのです」 「なるほどね」 「二人だけで完結しないで」小麦論者の彼女が訴える。 「つまり、国見さんに届いた声はお客同士の会話。一人がピザを頼めば、もう一人は必然的に他のメニューを頼む確率が高い。ピザを頼んだ組もあったでしょう。しかし、ピザは注文数に対応しきれずに、提供の速度が極端に落ちた、ここから得られる解はどちらかがピザを頼み、ど…

  • 静謐なダークホース 1-2

    また、逸れたので本筋に戻る。正午からは、一時、白米の独壇場。背広のサラリーマンが多く、他のメニューにはないボリュームが好まれたらしい。そして、最後の一時間は男女年代ともにバラバラ、飛び交う注文はまちまち。 お客の視線は時に駅前通り、開店パーティーの洋服店にじっと、時には首を伸ばして、列を半身にはみ出す。 残り十分、終了までのカウントダウン。 鶏肉が底をついてしまった。仕方ない、不公平ではあるが、そもそもが万全の体制ではなかったので、文句は認めないつもり。目を引くお得感を最大限活かしたメニューだったはず。 そして、約束の二時。買いあぶれたお客に非礼を詫びて、なだめ、幕を閉じた。 集計。 予定時刻…

  • 静謐なダークホース 1-1

    「そこからがクライマックス。途中で止めるとは何事ですか」小川安佐が怒りを表す。 「先輩、私はあんたより年もキャリアも上なの」 「店に入った時期は一緒です、だから同期ですよ。もう教えてくれてもいいじゃないですか」 「月日は流れた」 「詩人ですねって、言うとでも思いましたか」 「全然おもう」 「全然の後は”ない”が続くんです」 「常識は変わる」 「機嫌が悪いですね」 「普通かな」 壁一枚隔てたロッカーの会話。店主は、倉庫で明日のランチに使えそうな食材、食品、液体を物色。前任者が置いて行った二段のステップ、スチールラック最上段の物を取る踏み台に腰を掛ける。年を越した初めの月、あの日はまさに不休の最中…

  • 抑え方と取られ方 5-5

    「国見さん、大卒ですか?」 「一応ね、地方大学だけど。仕事に培われない学問をそれなりの施設で肩書きを手にしただけ」 「そんなもんですかね。おっと、安佐から。なんだろう。もしもし。うん、もうすぐ。えっ?そうなんだ。ふうん。知らない、だって取材の許可は店長が許さないでしょう。さあ、きいてないけど。そう、あんたかなり元気じゃない?ああ、いいわかった、しゃべるな、うるさいなあもう。はいじゃあね、お大事に」 「何、安佐?」国見が端末を指してきいた。 「テレビカメラで通りの行列が映っている、小川が言ってます。何でも、角のアパレルだかの服屋がリニューアルオープンだそうで、そのレセプションパーティーの中継だそ…

  • 抑え方と取られ方 5-4

    十分を過ぎて、鶏を焼く。ご飯が炊き上がった。慌ただしく厨房に音が交錯する。まるで都市部の交差点。 弱火で火加減を見ながら、ひとまず鶏をしばらく放置、とうもろこし粉で包む中の具材に取り掛かる。 トマトを湯剥き。昨日整形したハンバーグ用のひき肉をバットごと代用。香味野菜と香辛料で味付け。炒めた餡を館山に渡す。彼女はすでにとうもろこしのパンを焼き始めている。こちらは具材が乗っていない状態であるから、提供直前に一度フライパンで表面を焼いて火を入れることが可能。 「店長、外を見てください」首をそらせた館山が外を見つめる後頭部で言う。 人だかり、列は縦の通りにぶつかり、道の対面に列が移動、そして店の前に後…

  • 抑え方と取られ方 5-3

    前日に冷蔵庫へ移した解凍済みの鶏肉の量を確かめる。ネックは鶏の数量だ。鶏は白米とあわせる。白米は有美野アリサが大量の持ち込み、使用料に制限はほぼないといっていいだろう。鶏もあるにはあるが、冷凍庫でカチコチ。急激な解凍は肉を固くするため、限られた時間では対処を控えるべきだ。要するに鶏の数量にすべての個数を合わせるという方法を取るしかない。しかし、数量制限を越えた事態も考えなくてはならない。また、問題が浮上してくるのか。鶏肉の下処理に、問題の解決に挑む。 開店まで残り四十分。考えを一旦保留。 鶏肉を塩と酒につけてしばし休ませる。早めに茹で上げる大豆は水分をしっかり切って、直火とオーブントースターで…

  • 抑え方と取られ方 5-2

    思案。立ち止まり、腰に手を当てる。 作業を抽象化する。何をしているのだろうか、根本を探す。 火を入れる。豆を茹で上げる行為は、水分を含んだ豆を加熱すること。 ……オーブンと釜だ。 水分を含ませつつ、通常の半分の湯で時間に大豆を上げたら、きっちり水分をふき取り、豆をローストしよう。 火加減は、限りなく弱火。焦げてはいけない。離れられない、国見に頼もう。 大豆はこれで目処がついた、店主は次に合わせる食材を探す。ピザはオーソドックス。トマトソースに塩漬けした豚肉にピーマン。 白米には何が最適だろうか、過去のメニューをさらう。鶏肉だろうな。 とうもろこしは前回の薄焼きの生地を肉と野菜の炒め物で巻いたス…

  • 抑え方と取られ方 4-9 5-1

    「おはようございますぅ」天候は回復、しかし気温は低下。放射冷却。国見蘭は、通路に立つ小麦論者の彼女へ会釈、カウンターに付近の有美野に苦笑いと会釈、数歩進んでホールの灰賀へはきっちりと頭を下げた。彼を彼女は覚えているようだ。店主には、状況を直接聞かない配慮。国見は奥に足早で引っ込んだ。 5-1 開店準備。国見にこれまでの状況説明を済ませると、各自、持ち場に取り掛かる。 三人の依頼者、つまり本日の特殊なランチ形態を生み出した張本人たちには店外へ移動を促し、ランチ終了の午後二時に集合の約束を取りつけた。三名が席に着く店内をお客が覗き、店内での飲食を催促しかねない、そのための事前の措置である。あるいは…

  • 抑え方と取られ方 4-8

    「他のお二人はいかかですか?」 「問題ない」マスクをしたままで灰賀が言う。「私には失うものはありません。メニューには載っていませんでしたから、ランチで好評を博したメニューはディナーでも提供される、そう窺いました。今回の場合はどうでしょうかね?」 「ええ、可能性はあると思います。ただ、何度かデータは収集させていただきますし、他の料理との兼ね合い、仕込みに費やされる時間、オーダーから注文までの提供時間等々を考慮した上で、はい、決めさせていただきます。確実に、とは言い切れない。しかし、過去の事例を振りかえるに可能性は十分高いと思われて結構です」 「満足、異論はありません」 「あなたはいかがですか?」…

  • 抑え方と取られ方 4-7

    「出品にはリスクが伴う。お米はその価格、小麦はアレルギー、大豆は価格とアレルギー、とうもろこしは知名度の低さ。お米は高騰によって使用を断念、小麦はお米から小麦への主食の乗り換えによる摂取量の増大が要因のアレルギー症状を誘発、同じく大豆は前者の二つに関連した第三の主要穀物としての期待に乗った同様の価値上昇と病気、さらにとうもろこしは前の三つよりはるかに摂取量が低いため、多量の食事が引き起こす症状はこの中でもっとも未知数で危険と判断。要するに、お米のバランス崩壊がまねいたかつての均衡を維持するためには、実情に沿った穀物の変更が必須となる。利益ゼロや発症のリスクを背負って定期的に穀物を世間の反応に反…

  • 抑え方と取られ方 4-6

    「は?店長、今なんて?」 「独り言。きかなかったことに」店長は、サロンを締め直す。「着替えて、準備を始めて」 「は、はあ」腑に落ちない店長の態度に驚いてから、伝言を思い出す。「ああ、あとですね。安佐から伝言で病院でウィルスの減少が検査で確認できたようで、二日後の復帰許可を頂いたそうです」 「そう、じゃあ、いいじゃない。二日後で」 「では、そう伝えます」着替えに国見が奥のロッカーへ、店主は釜に火を入れる。 すると、有美野がカウンターの天板をドンと叩く。テーブルに恨みがあるように思えない。発音による感情の高まり、または主に怒りに類する感情。この場合は僕が対象者だろう、と店主は思う。背を向けたまま店…

  • 抑え方と取られ方 4-5

    店主に言いかける彼女よりコンマ数秒早く男がしゃべる。「多糖類を単糖類へ変える酵素がこのとうもろこしから発見された。複雑な分子構造の多糖類を吸収の容易い単糖類に変化、体内への吸収に寄与。さらに、副次的な恩恵にもあずかった。たんぱく質の吸収を高める効果がこれまで性質には見ることのなかったが、この品種は効果が現れていたのです。これは、食物性のたんぱく質である大豆にも白米にも引けをとらない値」 「牛乳をかけて食べるフレークだって、一時のブームで終わったじゃないの。小麦は違う。既に家庭の戸棚には必ず小麦粉が入っているわ」小麦論者の彼女は小麦の良さと現状を語る。 「あなたの理論で言えば、小麦の常備は家庭必…

  • 抑え方と取られ方 4-4

    おいしさが必ずしも正しさに直結するのならば、高級店で扱う最高級品・ブランド名が冠された食品ばかりを単に焼いたり蒸したり、その他基本的な調理工程だけで、味は堪能できる。創作料理や多国籍料理などは店を構える段階で負けを認めていると解釈。味の創出をメーンに掲げられないのならば、生き残りをかけて他店と味を競うよりも、名の知れた高級とされる食品を扱う店という価値に重点を置いたらいいのではと思ってしまう。 料理の技量や経験が勝る料理人はこの界隈でも数え切れないだろう。しかし、店主は店の経営維持に借金をせず、店を開いた。特段、奇をてらった料理も高級な食材も流行を追った料理も作らない。店主の特殊性を強いてあげ…

  • 抑え方と取られ方 4-3

    「ここ最近の天気は春を思い出させますなあ」入り口にくぐもった男の声。マスクをはめた豊かな髪の男が両腕に茶色く粗雑な紙袋を抱える。とうもろこしを勧めた業者である。まったく偶然というものがこの世にはあるのだ、と店主は、年季の入った黒ずんだ天井を仰ぐ。店内は混沌とそしてランチの仕込みはどんどんと引き伸ばされる。 「部外者は立ち入り禁止」小麦論者が言う。 「時間を守りなさい。開店時間まで外で待てないのかしら」有美野のあきれた物言い。 「お嬢さん方、顔に似合わず口調が厳しいですよ。おしとやかにされたほうが、男受けは大変によろしい」 「セクハラ」 「仕事仲間だったらとっくに訴えています」 男は肩をすくめた…

  • 抑え方と取られ方 4-2

    「先客は私。順番すら守れない、やっぱりお嬢様っていうのは、決まって傲慢で、自己中心的でなにかにつけて自分を優先使用する。あーあ、お金持ちの家に生まれても、ああ、はなりたくないね。だって、お金持ちでも立派な人格の仕事相手と交流があるもの私は。いだやね、自分の力では何一つ、これっぽちも、社会には響かない」 「口が過ぎるんじゃない」 「言わせたのそっち。私がまだ話している。場所を譲りなさい」 「イヤ」 「はああ。面倒だな」彼女は頭を掻く。片方の手は腰に当てる。「店長さんが即決してくれたら、無駄な時間に巻き込まれずに済んだのに」 表のトラックが低音を奏でて微振動に上下動、店の前を通過した。 「荷物は?…

  • 抑え方と取られ方 4-1

    「受け取りを拒否します」 「ええっと、そんな、いいえ、その、拒否ですか?」 「まっとうな意見ね」戸口の小麦論者の女性が店主の発言を擁護、後押し、あるいは同意する。しかし、彼女の意志と僕とは、判断が異なっている。 ヤマイヌ急便の配達係は、ベルトの位置で帽子を掴むように握る。「送り主様はお知り合いの方ですか?できればその、持ち帰るのは控えたいと思うのですが……」 「顔見知りではありますが、知り合いではありません」 「困ったなあ」 「受け取り拒否の権利というものは、あなたの労力如何によって、つまり重量の重さが配送センターに持ち帰る仕事量に比例して拒否される。そういった表情をされている」 「私は一言も…

  • 抑え方と取られ方 3-6

    「何を言っても、引き下がらないつもりね。わかった、わかった。ふうん、最終手段は使いたくなかったけど。明日から、店は小麦しか使えないようになってもいいよね?」不敵な笑み、顎を引いて、彼女は白眼を強調する。ドアのガラスから漏れる光が彼女の影を大きく不気味に輪郭が際立つ。 「小麦しか使えないなら、店は開けられません。それはあなたにとっては不本意では?」 「永久に営業停止。それか、小麦のみの店を開くか。二つに一つね」 「選択肢とは二つ以上の候補が存在する。あなたがいわれる現実は、極端に偏った二つ、限りなく黒に近いグレーと真っ黒しか用意されていない」 「世の中のほとんどは選択はあらかじめの用意周到さによ…

  • 抑え方と取られ方 3-5

    「どういうこと?なんとか言いなさいよ!」怒声が彼女の口から発せられる。外見とは裏腹。では、怒声に似合った外見とは、店主は考えるも最適な顔は浮かばない。 「あなたはその紙を見て、何か文字を読んであるいはイラストを見て、問いかける。私が拝見していないのに、どうして答えられるでしょうか?」つかつか、板張りの床がきしみ、彼女の靴音が固い音を鳴らす。胸に突き刺す勢いで紙が渡された。 突然のお手紙をお許しください。私はあなたの料理に感銘を受けた大豆を敬愛する者です。忘れもしません、行列に並び手にした大豆のあの味はこれまで出会う大豆の中でもっとも感銘と至福を与えてくれた、この世に二つとない最高の食べもの。私…

  • 抑え方と取られ方 3-4

    「小麦のみのメニュー変更が果たして有効な手段でしょうか。私にはそうは思えない」店主は、首を振って彼女の意見をはねつけた。 「今後は小麦が穀物の王様になる。米は、特定の層にだけそのために作られるわ。農家の囲い込みはもうじき終わるんじゃない。永続的に特定の企業や媒体と取引。企業は自分たちでは作らないでしょうね、売れる分だけに見合う作付面積が確保できれば、問題がないもの」日本の土地、米の農作に適した土地は、温暖化による気候変動にしたがって、米の産地が段々と北に移動している。現在は北海道の南部、本州北部が最適。今後を見込んだ予測は、さらに北の地域が長期の栽培を可能にするとされ、企業がいち早く土地を買い…

  • 抑え方と取られ方 3-3

    「そうやって料理も教えるんだ?」馬鹿にしたような言い方。おちょくっている、あるいは、神経をさかなでる効果を狙ったのだろう。しかし、店主は動じないどころか、仕掛けから相手の傾向を探る。 「五分に設定しました、これ以後は回答を拒否します」 「もう、せっかちな人は嫌われますよ。まったくう。しょうがない、早起きが報われると思ったのにな。なんでもないこっちの話」彼女は咳払い。「小麦をね、これまで以上にこの店で使って欲しいの。いいや、使えっていう命令かな。使用許可を私たちが認めるのは、前例のないことよ。要するに、名誉っていう話。使いたいだけ使えるよう生産業者は手配してあるから、お望みならいつでもどれだけで…

  • 抑え方と取られ方 3-2

    マンションを出る直前にかすれた声の小川から連絡が入っていた。インフルエンザらしく熱が出て動けない、休ませてくれ、そういった内容。即座に一週間の休暇を彼女の言い渡す。半ば諦めるように、彼女は言いかけた言葉を呑む、息遣いがスピーカーを伝わってきこえた。呼吸の乱れとも思えた。ただ、一週間の労働はアルバイトの彼女にはかなりこたえる金額だろう。しかし、熱の下がった彼女を店に出すわけにはいかない。食品を扱うのだ、唾液や鼻水の飛まつがマスクを覆うからとって、完全に防ぎきれると言えず。また、マスクだらけの店にお客が好んで入りたがりはしない。そういった視点も彼女の長期離脱を言い渡す理由である。 と言うわけで、ラ…

  • 抑え方と取られ方 3-1

    データ収集から一週間の月日が過ぎた。精査するデータには誤差を与えた。平均気温の割り出しとは異なる。あちらは誤差を含まず明確な観測指数のみを数えている。地下道のビジョンに映るニュースが過ぎり、それに対して誤解を招かないよう先手を打ったのだ。 店主は店内のカウンターで昨日の新聞に目を通す。お客が置いていったものだ。捨てる手間をお客が省いた。新聞や雑誌ならば見ても構わない、という了見は、これらが読むことで価値を生む商品であるから。財布を忘れて中身を見たとしても、罪に問われない。しかし、財布の現金を使えば、捕まるかもしれない。新聞の場合は、何度読んでも価値が減らないから、という見方ができる。そうである…

  • 抑え方と取られ方 2-9

    「考えすぎ」 店主はロッカーに場所を移す。ホールから呼び声。内部には響かない、単なる振動に声の解釈を切り替えた。 動揺している?私が? 寂しいという言葉に反応が見られた。隠していたのだろうか、表に出ないように。 考えても無駄。試すしかない。また、実行が増えた。明日のランチ、待機時間の長さでイライラしている。ああ、そこには苛立ちが備え付けてある。紹介された物件に前住人の家具が置いてあるようなものか。 上着を着て、マフラーを巻く。鏡は見ない、見ているのは他人。僕がその他人を見ている。 厨房の照明を切る。 接近する物影。 視点を定める。 衝撃。胸を圧迫。ホールド。 左右へ振る。しかし、離れない。 水…

  • 抑え方と取られ方 2-8

    「それでは、私が帰ります」 「待ちなさいって」段差を降りた店主が呼び止められる。これまでよりも彼女の内部を引き出す声の響きだった。 「鍵はレジの下、半透明の箱に入っています。めずらしい形の大振りな鍵です」 「話を聞きなさいって、言っているのがわからないの!」 「応えないから、聞こえていないという理屈はあなたが思った解答を必ず相手は応えてくれるという論理上に成り立つ。私はあなたの執事やあなたに特別の感情を抱いてもいない、許容されるのはあなたに価値を求めるのではない、あなたの背後を誰もが見ている。だから、あなたのわがままも可愛く、また安易に応じられる。すべては自己の利益、身を守るため。存続、息を永…

  • 抑え方と取られ方 2-7

    「面白い方」女性は笑う。「申し送れました、私、有美野アリサと申します。あは有するのあ、美は美しいのび、野は、野原の野です。アリサはカタカナ。アリスを日本風にアレンジしたようです、母親の趣味です」名前の由来を聞いてもないに、有美野アリサはこともなげに応えた。自己紹介は何度も繰り返され、洗練された感触を受ける。ちょうど、観光地で重要文化財を解説する、建築物には一切興味のない無機質で完成された、遊びのない、きっちりとはめ込まれた言葉を聞いているみたいだ。 店主は有美野を見つめる。彼女は思い出して、本題に入った。「無償の供給を断る要因を教えていただけないでしょうか?私は大変にこちらの料理をこよなく愛す…

  • 抑え方と取られ方 2-6

    とうもろこしが注目を浴びる日は遠くない。 需要の高まりが生産性を向上させた。 店主は手にする注文用紙を指ではじいた。 要望が集まり、資金が舞い込む。 設備が整い、生産性が改善される。 多くの人に行き渡り、安定的な消費が実現。 一定量が食卓に並ぶのなら、この上ない利益が生み出せる。 変化の少ない、競合も存在しない、家庭消費における位置づけが永続性を実現する。 注文を送り、店は今日の業務を終えた。従業員は不思議そうに僕を見つめるまではいかず、数秒表情から内情を窺う程度で、はっきりと心境を聞きだす暴挙には出なくて、こちらとしては安心した。 明日のランチのために、仕込み作業に取り掛かる。厨房の二人、小…

  • 抑え方と取られ方 2-5

    「見せ掛けかもしれません」 「個人的な恨みですかね」 「どれも事件は個人的です」 「引き続き捜査をお願いできますか?」 「他に事件が起きなければ、体は空いていますので、彼女を離れる際は一報を入れます」 「そうですか。では」 「では」 従業員たちは店主の電話の相手に気を利かせたのか、もしくは好奇心を押さえつけたのか、詮索することを躊躇ったようである。店主にとっては嘘をつく手間が省けたのは幸い。襲撃は国を巻き込む壮大な操りか……。食を動かせば、街が動き、それらが全体に波及的な効果、国に跳ね返って、経済が働く。システムは全体と個が大まかにひとつ。鎖のように、連結部は細い。出入り口が様変わりするのであ…

  • 抑え方と取られ方 2-4

    「はい」 「営業時間だったでしょうか?」 「いいえ、帰るところです」 「午前に店を飛び出した人物の身元が判明したので、一応お伝えしようと思い、連絡を入れました」 「それはご丁寧に」 「従業員が狙われた事件とは無関係と私は判断します」 「アリバイがあったのですね」 「はい。駐車禁止の取り締まりに言いがかりをつけるトラブルが起こす様子を防犯カメラが捉え、最寄りの警察の確認も取れてます。また襲撃については、カフェの店員によれば、彼女の座り位置が壁際のテーブルから数えて二つ目であったことが、発見が遅れた要因ではないかと推察されます。彼女の背後の席にお客が座ってからしばらく時間が経過したのちに、お客から…

  • 抑え方と取られ方 2-3

    「嫌なのに付き合うの?」 「それは、だって、友達ですから。今後の付き合いや私の趣味を押し付ける時にだって相手は丸々同意をしてくれているとは思ってません」 電話のベルが鳴る。厨房の子機を小川が取る。館山が倉庫の在庫を確かめてピックアップ、足りない食材が書かれた紙をカウンター越しに受け取る。 「はい、もしもし。そうです。はい。店長ですか?はい、少々お待ちください」 「店長、お電話です。ええっつと、種田さんという、……たぶん、女性の方です」語尾に含みを持たせる小川の言い回しに店主は動じない。紙を指に挟んだ手で子機を受け取ると通話ボタンを押した。 「はい」 「営業時間だったでしょうか?」 「いいえ、帰…

  • 抑え方と取られ方 2-2

    「小川さん、休憩」 「わはっつ」膝が折れて、がぐんと体が片側に沈み込む。「寝てませんよ、瞑想です。こう集中力を高めるのって、ほらお坊さんがやっているじゃないですか、肩をぱちんと、ほら、しゃもじみたいな、これとは違うな、材質は同じ板で叩くでしょう。私は、集中していたんですよ」 「苦しい言い訳」レジで聞いていた国見が一言。 店主は反省の色が見えようと、そうでなかろうと、特段気にも留めない。僕は彼女ではないのだ。従業員、特に厨房の二人は疲労の色が濃く、動きにも緩慢さが見て取れた。 疲れを引きずって、平日の込み具合のディナーが終わった。 後片付け、明日のランチを頭に入れつつ、発注する商品を選ぶ厨房。 …

  • 抑え方と取られ方 2-1

    今回は時間の許す限り、つまり午後二時までを制限としたランチを提供した。 ハンバーガーがとうもろこしパンに常に優勢をみせて、先に売り切れとなった。ただし、とうもろこしパンもその場で一口食べたお客の感想を皮切りに注文数は次第に増えて、ハンバーガーと競ったメニューではもっとも僅差の個数をたたき出した。具材のひき肉と鶏ひき肉は開店一時間に品切れを予測、店主は慌てて餡作りに取り掛かかりるものの、ハンバーガーはブーランルージュのバンズを使用したため、個数に限りが生じてしまったのだ。本来ならば、ハンバーガーが売れ続けたかもしれない、しかし、それはまた実験をしてみなくては、店主は次の課題を見つけた。 午後に照…

  • 抑え方と取られ方1-12

    「メニューに取り入れてはもらえませんかね、とうもろこしの粉を」男は座りなおして、切り出した。店主は釜で焼く効率性とフライパンの正確な形を天秤にかける。 「……何か言いましたか?」 「とうもろこしの粉を使った料理をランチといわず、メニューにのせる案をどうかご検討してくださいませんかね?」男の顔に赤みが差す。 「お約束はできかねます」 「では、試しに粉を置いていきますので、お好きなように使ってください」 「また反応を聞きに店を訪れるのですか?」 「お邪魔ですか?」 「頂いた粉はまだ残されています、偶然にも今日のランチでとうもろこしの粉を使う予定です」 「ほう、それはまた、なんと。いやあ、いい日に足…

  • 抑え方と取られ方1-11

    「通常の、これまでの取引とは異なる、大掛かりな契約ですか?」店主がそっけなくきいた。 「さすがに話が早い」コーヒーが運ばれる、小川が引き下がって、男は話を続けた。「米の需要が飛躍的な伸びを計上しているのは、ご存知のはずですが、小麦も価格の高騰が止まらない。さらに、米、小麦に代わる穀物の価格をも全体的な底上げの傾向が見え始めた。我々は最近の情勢をある程予測を立て、ある商品をあらかじめ大量にそして正当な価格に流通を見込んだ。それがこれです」 足元のバッグから引き出されたのは、見覚えのある文字。イラストはポップにデフォルメされた海外の浅黒い人が微笑んでいる。その手には、とうもろこしが天を貫く伝説の剣…

  • 抑え方と取られ方1-10

    一人前を炒めて、とうもろこしのパンに挟み、味を確かめているときに、開店前に三度目の来客が姿を見せた。 「どうも、ご無沙汰しております」四角い顔に頬のふくらみが特徴的な男性がにこやかに店に足を踏み入れる。微笑をたたえれば、入店は許可されたものと解釈している業者の男の考えが読み取れる。歳を重ねるにつれてずうずうしくなるのは、経験に裏打ちされた行動の決定なのだろう。しかし、その経験もかなりの頻度で修正が加えられている、つまりプラスに働き心理的に思い返しても傷を追わないような配慮が行き届いた経験。相手は受け入れる、謝った見方だ。僕は信用しない。相手に抱く心理も、変化の猶予をもたせている。なので、相手と…

  • 抑え方と取られ方1-9

    そして従業員が各自の仕事に取り掛かる。 ランチメニューの一つはハンバーガーに決めていたので、昨夜に直接、アーケード街のパン屋、ブーランルージュにハンバーガーのパンズを注文していた、これを小川に店まで受け取るようにお願いする。館山には、裏口に配達されたひき肉を半解凍の状態で味付けを施して、混ぜてもらう。国見は、店の清掃を行う。 ハンバーガーはどのメニューと組み合わせても数では同等か、圧倒的な勝利を収める。しかし、夏場や秋の屋外でも食べられる気候での結果である。冬季間のデータはまだ観測していない。また、雪が降ってからはテイクアウトもまだ数えるほどしか行っていない、そのため店内での飲食の要望も計測す…

  • 抑え方と取られ方1-8

    「現実が見えていないともいえる」国見が反対の意見を述べる。 「見えてますぅ」小川が反論。「あえて見ないようにしてるだけ。本当は知ってますよ、並ばされているんだってね。でも、私はまだましな方ですけど、飲食に携わっていてもいなくても、周りが見えていない振りで愉しむんです、みんなそうしてます」 「表向きの情報ばかり、その場しのぎ、現実逃避、誰かの将来なんて語りたくないけどね、雑誌で取り上げられるために作る料理に価値は無い」館山は言い切って、奥に消える。 「リルカさんは絶対に結婚できない」館山の後を追うように小川は席を立って、ロッカーへと歩く。国見が一人、カウンターに立って取り残されている。いいや、何…

  • 抑え方と取られ方1-7

    「却下します」 「……」 「おっはよううございますです」小川安佐が陽気に引いたドアで仰け反る。「わあお、人だ。うん、ああ刑事さん、朝からまた、どうしたんで……」ドン、逸れた種田の視線が男に向き直る間に、入り口の小川に体当たり、男は逃走を図った。 「痛いなあ、もう。大事な手首を折ったらどうしてくれんのよ!」小川は種田に手を引かれ立ち上がったようだ、店主からは死角、ドアの外枠に小川のコートがちらりと見えていた。 「逃げられた」種田は独り言をつぶやく。振り返り、店主に報告する。「彼女は送り届けましたので」そういって種田のコートがひらめくと、開け放たれたドアを抜け、小走りで男を追いかけた。 「あれこそ…

  • 抑え方と取られ方1-6

    彼はこちらを見つめて笑う、同調の意味を知っているようだが、不敵な笑みの効果は知らないらしい。 「本日のランチは、決まっているのでしょうか?」 「あなたの相手をしていると一生作れない」 「返しがお上手」 「私が置かれる明確な現状です。お願いですから、お帰りを」 「それは難しい、私はお嬢様の言いつけを受けて、こちらを訪問した。店を出るのは、了解の取り付けをいただかないと、報告がままならない。私の言う報告はライスの提供再開のみ」 「おはようございます」国見が出勤してきた、彼女に続いてもう一人女性が姿を見せる。国見の見張りを頼んだO署の種田という刑事であった。短い髪の毛と高身長は、登場では目を引く、と…

  • 抑え方と取られ方1-5

    「何も無い所から得られた利益に興味はない。どうかお引き取りを、ドアはあなたの左手、ノブを捻って、引きあけると外に出られます」店主は右手を開いて方向を指す。「どうぞ、お帰りを」 「はあ。頑固ってのは、私がもっとも苦手な人種。お嬢様があなたの店を嫌いと口にした、数時間後に店はすっかり姿を変えている。言っている意味がわかりますか、店長さん?」顔を突き出した口調は、人を小バカにし、いやらしく、回りくどく、ねっとりしている。この人物、またはお嬢様と形容された雇い主とは法外な力を持つ団体のことか、それとも表向きの搾取が大手を振って歩く大企業だろうか。 「日本語は一応、話せますので」本心を聞き出す。 「………

  • 抑え方と取られ方1-4

    厨房に入って間もなく、店のドアが開いた。見知らぬ人物は堂々と店内に踏み、ホール内をじっくり観察。名前を覚えない店主であるが、人の顔は割合覚えている。相手との間柄で、その関係性を把握している。 「こちらの店で、ライスの注文を断っている。そう、風の噂でみみにしました。これは事実でしょうか?」膝を隠すロングコート、紺色に、皮の手袋、飾り用なのかマフラーを首から提げる男性は、突然の訪問に店主が受け入れる時間をまったく考慮してない風である。 「提供を一時的に中止しているのです。断りとはニュアンスが違います」 「失礼、あなたが店長さん?」 「はい」 「間違いなく?」 「ええ」 「もう一度お尋ねします?あな…

  • 抑え方と取られ方1-3

    実験によって、教授が実際に公園でブランコに乗る模様がスクリーンに映し出された。講義の主張や説明は、異なる重さの物質を同じ高さから落とすと、重力の影響により重いほうが先に地面に到達する。だが、重力が地球の六分の一の月での実験では、重さが異なるものもほぼ同時に地面に落ちた。重力が落下物に与える影響が軽減されるのだ。 そこで同じ高さ、重量で同じ往復回数を数える間に要する時間を計れば、重力の物質への影響を説明する理論はこれで証明されると画面の中の教授は言っていた。ただ、そこには誤差を含ませていた。つまり、不正確な実験であると言うことを盛り込んでおいたのだ。そして、実験を複数回繰り返し、それらを回数で割…

  • 抑え方と取られ方1-2

    ランチのメニューは以前に取り入れた組み合わせを再び提供する試作を行った。メニューの誤差に対するお客の反応を確かめる。お客のランチを並んでまで手に入れる期待感が気温や気候、季節によってどのようにずれが生じるのかを見極めたい、というのが今日の狙い。 これから一週間の期間でデータを取得する。決めたのは、物理学者の講演。最寄りの大学で市民講座を見に行った。休日、たまたま通りかかった散歩に、筆で書く意味が見出せない縦長の用紙に墨の文字、しげしげと見つめる姿は、犬を連れた構内を歩く男性たちに目を引かれたかもしれない。市民への開放と銘打った題字だったため、噛み砕いた内容なのだろうかと、興味が沸いて見学したの…

  • 抑え方と取られ方1-1

    週の真ん中、脅迫事件の翌々日は、雲ひとつなく晴れ渡る大仰な快晴。関東や本州の太平洋岸は、大雪に見舞われている。地下鉄の改札から望める大型ビジョンに早朝に傘を差して歩く人にインタビューを求め、欲しがる、天候に対する悲観的な感想を聞き出したいだけ。 店主は目に入った映像を改札から地下通路までの三十秒ほど眺めた、端末に目を落とすビジョン近くの女性にすらその画面の情報は見逃されていた。一つ目を左折、地上へ上がる急勾配の階段を上って、記憶した映像を再生、そして綺麗さっぱり消し去る。 微風。警察の警護が効力を発揮したのか、目的達成がはたされたのかはとにかくとして、国見蘭への被害は休憩時間の本人も気がつかな…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?7-2

    「疲れてる?」 「体力には自信があります、精神的な疲労ですね」国見はやり過ごす車を追うように、一歩前に出て、路地の右を指す。 「大豆の地位って、そんなに低くはないですけど、高いとも言い切れない。それが不満だったのかな」彼女は、マフラーに顔をうずめて話した。 「主食の米と小麦を耕す土地で目一杯、余った土地は期待できないだろう。大規模農家なら複数の穀物の適正な市場動向に応じた生産がある程度は可能だが、小作人は確実に金銭や交換の象徴でもあったお米を躍起になって作ろうとする。当然だよね、だって大豆はしょうゆや味噌の原料にはなるけれど、そこからまたいくつかの工程と時間と手を加え、製造には専用の施設も必要…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?7-1

    二人が先に店を出る。国見と店主はそれから五分の時間を待って店を出た。 「良かったんでしょうか、二人にとてつもない勘違いをさせてます」地下街に下りる階段で国見が、踊り場で振り返る。階段を上る通行人をやり過ごして、彼女は続けて話す。「言っても良かったですよ、傷のこと」 「国見さんが自分で処理してからの方が、多分妥当な選択だ。小川さんには悪いけど、こっちは命に関わるかもしれない」 圧力のかかるドア引き、通過。人の通りが増えた地下通路に降り立ち、改札に向かう。床の清掃が大掛かりな機械で遊園地の遊具を操る、蛍光の制服姿の清掃員が通路の片側を占領、黄色いランプが危険を撒き散らしては、道を譲るように指示を与…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?6-7

    間髪いれずに回答。「してない」 「……倉庫で怪しい会話をしてたじゃないですか、あ、あれはどう説明するんです」小川は長身の館山に隠れて顔を脇から覗かせて、午後に見たやりとりを指摘する。 「僕の口からはなんとも、その件に関しては話せない。だけど、二人に面接で言った事項は破ってはいない、ということは断言するよ」 「蘭さん、答えてください」小川は涙声で言う。女性はところ構わず涙を流すか、僕はどうだろうか。 「応えなくていいよ、国見さん」 「店長!やっぱりそうなんですね?」 「だから、違うよ。思い違いだ」 「なら、はっきり訂正なり、告白なりを言葉で示してもらわない、私にだって、その、なんていうか、気持ち…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?6-6

    油にまみれたステンレスに光る、反射の板を洗剤で埋め尽くすと、大胆に水を流しかける。店主は、白米の重要性について、考察を重ねた。あの母親にとってはお米は生き抜くための必需品だった。何故、他の食品で代用を試みなかったのかは今でも疑問が残る彼女の行動である。植物性のたんぱく質ならば、話題で持ちきりの大豆を利用するべきではなかったのか。もちろん、学校で、生徒に見られるという懸念材料があるにしても、彼女は命を第一に掲げていた、あくまでも三回目の接触においてである。中傷を受ける覚悟を彼女がそもそも持ち合わせていかった、という可能性もある。つまり、なるべく、お米を持たせて、子供から家庭、それを作る母親に向か…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?6-5

    「報道は真実とは違うって体感しましたよ。言い訳に聞こえるから、あの両親も反論しなかったんですね。それに子どもがこっそり死んでしまうかもしれない食べ物を自分の意識で口に運んでいただなんて。……子供が誰よりも大人だったって、ことですよね」小川がスポンジを握り締めて、呆けたように斜め上を見上げる。 「親だからって大人とはいえない」 「いつかは親になるのか、私には想像ができないぁ。店長は子供の頃どんなでした?」 「今と変らないよ」 「お米の価格上昇は、今後も続くんですかね」厨房の床をデッキブラシでこする館山が呟いた。 「先輩、私が店長に質問しているんです、待ってくださいよ順番です」 「順番を待っていた…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?6-4

    「吐き出しなさい!すいません、お手洗いを!」母親は手を挙げる。 「大丈夫、いつも食べてるから、平気」 「息もできなくなって、死んでしまうの。全部出しなさい」 「もう、遅いよ」 「救急病院ね、胃洗浄だわ」 「慌てないで。僕は大丈夫。ずっと前からちょっとずつ、食べていたんだ」 「許しませんよ」母親の平手が飛ぶ。「あなただけの体ではありません。私を一人にするつもり?どんな思いで、産んだと思っているの?大変だったんだから」 「もう言ってもいいかなって、僕、思ったんだ」子供はぽつりと口を開いた。「二人とも、パパを責めるママもだけど、自分のことが大事なんだよね。それが悪いなんていってない。やっぱり、自分が…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?6-3

    「すいません」カウンター越し、父親が店主に問いかけてきた。 「はい」 彼は立ち上がる。「お米は本当にありませんか、貸し倉庫のような場所に保管しているのではないですか?」 「いいえ、店の裏手のことをおっしゃっているのなら、見当違いです。明日の朝に回収されるゴミの回収箱しか置いていません」 「そうですかぁ」父親は力なく、空気が抜けた風船のごとく、座る。かと思えば、機敏に目線の高さを合わせる。「実を言うと、勤め先に匿名の文書が届いて、息子の健康状態に関する克明な病状を同僚や上司の知ることとなりました。表向き、会社は一般的な企業となんら変わりがないように見えるのですが、採用時点で各家庭の資産や経済状況…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?6-2

    「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」間に挟んだ子供を見つめる母親、子供は高い声で物珍しいメニュー表にか細い歓声を上げている、迷惑という意識は備わっているらしい。国見は両親がむき出した敵意と攻撃性の低下を読み取る、引きつった口元は適度な力加減で結ばれ、声かけの最後には左右に引かれた。 メニューに加わった焼きカレーが追加で注文された。ホールから戻る小川が伝票を手に、厨房に軽々姿を見せる。彼女はホールの業務も受け持つ。手のひらを見せて聞き取った注文の合図を送る。 店主は鍋に移したルーに火をかける。オーブンに入れるのは仕上げの直前、上に乗せるチーズの焦げをオーブンの熱で作り上げたいのだ。…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?6-1

    核心を避ける小川と館山のよそよそしい遠巻きからこちらを横目で窺う態度は、精神的な圧力を感じる。しかし、感じているのは自分なのだから、視線と態度から予測を切り離せば事は足りて、体の拘束具ははずれてしまう。視線の威力は自らが強めている場合が多分にあるのか、人ごみで交錯する一瞬のコンタクトが体をすり減らしていたのだと、店主は圧迫の正体が掴めた気がした。無関係な事例が紐解くきっかけ。ポークカツを揚げる口元が自然に引きあがる。 昼間の日差しに反発するように、午後は急激に冷え込みを迎え、それでも店外で順番にお腹を満たすべく、お客の足は絶えない。列は夕方近くから、午後九時前まで続いただろうか。ホール係の国見…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?5-4

    「落ち着いてますね」 「そうかな。いつもだと思うけど」 「もう少し、慌ててくれても良かったんですよね、私としては……」蚊の鳴くような声で国見が言う。 「何か言ったかい?」 「いいえ。何でもありません。私がきっちり弁解します」 「お願いするよ。僕ちょっと、ここで休ませてもらう。煙草を吸いたいんでね」倉庫を出かけた国見が足を止める。 「タバコ、吸われるんですか?」 「言ってなかったかな」 「私の前では一度も吸っていません。二人は知ってます?」 「どうだろうか、聞かれたら答えていると思うけど」 「知らないことばかりです」側面、彼女は首が前に傾斜。 店主は、タバコに火をつけた。明り取りの窓、開かずの、…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?5-3

    館山は業者が漏らす業界内の現状を踏まえた店主の見解を求める。しかし、答えはせずに仕込みを続けた。 数十分後に、国見が休憩から戻る。彼女は店主の腕を引き、奥の倉庫に引っ張った。 「どうしたの?」 「……背中の傷をみてくれませんか?」 「傷?」上着を脱いだ国見の白いシャツにばっさりと斜めに刃が入っていた。幸いに、皮膚の傷は切り取り線のような、断続的な裂傷で、手を滑らせて切った程度の傷の深さ。血は固まっている。なぜ僕に見せたのか、その理由は彼女の話を聞きくまで見当もつかない、店主である。 「安佐と館山さんには内緒で、お願いします」だったら僕にも黙っているべきだと思うが、言葉にはしないでおいた。場面に…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?5-2

    「ありがたい、今日は忙しくって、朝からそれこそ何も腹に入れてなかったので、助かります」 「店長、大豆と小麦のこと聞きませんか?」館山は明日のランチに備えた副菜を作りつつも、出勤時のアクシデントをまた思い出したらしい。切迫する表情は作り出す不安が自分にあることに思い至っていないのだろう、二回目に訊かれる労力を嫌って、聞いたらという手のひらを返すジェスチャーに店主は応じた。 「小麦粉の注文は伸びてます、減っています?」カウンター越しに店主は尋ねた。 「何です?いきなり」喉を詰まらせた業者は軽く胸を叩き、水を飲む。 「大豆を売るな、という脅迫を受けたんです、今日」 「小麦信者ですね、それは」 「小麦…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?5-1

    午後の二時。室内の温度設定を一度下げる。ホールの人気のなさは、家具の老練な佇まいがカバー。既に傾きかける西日がビルの隙間を通って出窓と、ホールに放たれていた。 「外は物騒ですね」休憩から戻ってきた館山は、彼女の腕を磨く食材を山と買い込んだようだ。すべて自腹である。仕込みの時間を今日は余分に取れる、彼女の予測は正しい。彼女の休憩中に仕込みの大部分は終えていたので、時間的な余裕はたっぷり残る。始動時間が遅かったわりに、午後に余裕が生まれたおかしな営業日である。 頼んだ食材が届いた。業者に無理を言って届けさせたのではない、もしできることならば今日中それもディナー前に、とは電話で伝えていた。 段ボール…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?4-4

    「誕生日のケーキは困りますね」 「どうして誕生日にケーキが食べられるようになったんだろうか。起源を考えたことはないの?」店主は小川に聞き返す。 「想像するに私の独断と偏見ですけど、特別な日だから、一番の贅沢を表現したかった、それが子供への祝福、なんていったらいいのか、愛情の証だったんですかね。よくわかりません。ああ、もう一つ。誕生日って、無事に一年生きた証を表したかったんでしょうよ、でしょうよってすいません。そう、あんまり栄養状態がよくなくて、死んじゃう子が多かった、生き残った子供は喜ばれて、愛された」 「妥当な意見だ、僕の見解とほとんど一緒」 「本当ですかぁ。いやあ、これは私にも店長の考えに…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?4-3

    「安佐、いいから言って」 「仕方ありませんね、皆さんが言うんなら」勿体つけて小川が言う。「要約すると蹴落としたかったんですよ。一人勝ちって、あんまり印象に残らないし、見てる側も出来レースに見えてしまって、入り込めない。だけど、競争相手がいれば、どちらかを応援というには至らない。後押しです。どちらかといえば、という贔屓みたいなほうを自然と選ぶ。小麦信者は断トツの大差で大豆の負けを知らしめたかったんじゃあないでしょうかねえ」 「けれど、集計結果では、大豆のほうが売れたわよ」国見はレシートの眺めて、小川の反応を待った。 「人手が足りなかった、そういつもの開店時間だった違っていたかもですよ、その……は…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?4-2

    「どちらも同程度出ています、どちらにしますか?」店主は気づいていない振りで応える。 「小麦のほうを一つ」開きかけた口が閉じたのを店主は見逃さずに捉えた。視線がこちらの右側に動いたのである。背後の出窓に反射して列の人間に誰かを見つけたような驚き。 「はい、五百円です」快活に国見が言う。女性は黄色の財布から千円札を渡し、おつりを受け取る。女性がおつりを受け取る際に店主は目が合う。片側の頬が微妙に動いて膨らんだ頬の下はギリギリとかみ締めている。しかし、何事もなく、女性はランチを購入して列を離れた。店主は女性の行方を何度か接客の合間に目で追ったが、その都度、国見が視界に侵入を果たす。駅前通りにぶつかる…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?4-1

    店主は警告を発した女性の風貌についての詳細を語っていない。そのため、店主だけが女性の不適な視線と笑みを察知している、という状況である。逆光が目に入り、視界が上手く望めないのが難点。店主の視線は、列を去ってランチを手に提げる制服の女性を追った。目ざとく国見が店主の視界に入る。接客に集中しろ、という意味だろうか。女性に対する視線の意図を感じ取れるのは、動物的な鋭さよりも自分の身が脅かさせる、つまりは意中の相手、デートの相手、近しい距離感の相手が離れてしまう不安によってなされる行動。国見がこちらの意思を読み取っているのではない、そう私は思いたい、店主は意識を注文を待つお客に向けた。 残り二人、朝の女…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-7

    大豆をザルに上げて、軽く揉んで水気を切る。水分は取り切りたい、水っぽさは時間とともに出てしまうので。ここではまだ、大豆で何を作るかは決まっていない。過去にのっとり、レシピを考案するしかない。腕組み。うーん、どうしたものか。大豆の形をそういえばと、警告者の言葉を思い出す。形がいけないのか、だったら潰さないように形を披露しよう。それが良い。形を残すとなると、潰して整形するのは除外、他の食材に詰めたり、埋もれたりしてしまっては、登場の派手さを表現しにくくなる。悩みどころ、立ち止まる店主を小川が何度も盗み見ている。 タイミングを合わせて、視界の端の動きにあわせたら、やっぱり彼女はこちらを見ていた。仰け…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-6

    各自の首がわずかに縦に動いた。 厨房の三人はランチの調理に取り掛かる。大豆は水でふやかしたものを使用。大に水を張って火にかける、加減は固めと、小川に指示を与え、タイマーの五分前に固さのチェックを頼んだ。ナンは先週作ったので別の料理を思案していた。パスタはどうだろうか、小麦粉から作るには時間が足りないか、時刻は十時半である。以前に、大量に購入していたパスタがまだ残っていただろうか、ディナーに使う分をよけて、足りるか、店主は倉庫に駆け込む。両側のスチールラック、右側の一番下のダンボールを引き出す。中を開けると、パスタだ。試供品でもらった、新しく取引を持ちかけた業者の品である。これを使おう。パスタは…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-5

    「さあ、どうだろうか。来なければそれに越したことはない。集客をやっかむ近隣の飲食店のどれかだろうしね」 「何故、警告を発してまで大豆を嫌うのでしょうか……」店主の右隣に座る館山がつぶやく。 「小麦の摂取量、生産量が減ると彼らの利益も落ち込むのだろうね。単純な理屈さ、大豆よりもアレルギー症状の発症者は小麦の方が多い。積極的な摂取を控える人口が増えて、蛋白源を他に求める。そうなられては、困る小麦の関係者は、小麦のメリットよりも大豆のデメリットを流布させることで、消費者に選択を与え、顧客の流出を防ぐ」 「この店が、……狙われたのは?」対面に座る国見は言葉を切って言う。 「それはこれから確かめるよ。仕…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-4

    「おはようございます。今朝、端末に不振な電話がかかってきて、いたずらだとは思うのですが、聞いてもらえますか?」国見は前起きなく話しかける。よほどきいて欲しい事柄なのだろう、端末に咄嗟に録音した所は彼女らしい。 受け取った平たい端末を耳にあてる。「……大豆は調味料だけが許される使い方。豆の形状で口に入れてはならない。不浄。小麦粉を使え、小麦の地位は浮上。大豆は不浄、だから小麦が浮上……」音声はボイスチェンジャーで、聞き取りにくい声に変わっていた。聞かせるためなら、もっと他にやりようはあったように思うが、頭の悪い手口をあえて取り入れた、という可能性も否定はできない。 端末を返す。国見は多少震えてい…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-3

    「館山さん、顔色がよくないね」 「先輩にも忠告ですよ」小川がもう一枚の紙を見せた、こちらはコピー用紙のようだ。「背中に張られたのを私が見つけて、かなり悪質ないたずら」こちらは、筆ペンで書かれた動きのある文字。 "大豆の摂取は、進んで体を痛める不健康に近づくための食物。 摂るな、採って捨てろ。" 店の従業員に接触があったのは、不特定多数の大豆を取り扱う店を狙った犯行とは思えない。明らかにこの店がターゲットである。大豆の不使用をこの店に求めるのは、何かしらの関係性が我々にあるはず。 「開店を遅らせる」店長は不安げに見詰める二人の従業員に決断の早さによって不安定な足元をからとりあえず救い出す。もろく…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-2

    「考えておきます、メニューはまだ決めかねている段階ですので」 「良かった。私、大豆を食べられなくて」小麦を使用した店ならば、いくらでも営業している。この人の発言はやはりわかりかねる。 「そうですか。それでは」 「大豆を使ってはいけない」声が振動。店長が店のドアに手をかける前に、声が発する。異質な印象に、店長は機敏に彼女を顧みた。「大豆は悪魔、主食のような小麦は安らぎと安心を与えてくれる天使。いいですか、大豆を使ってはいけない。いいえ、使うな。使用を禁ずる」なまめかしさに黒が混じった魔女のような声である。外面との温度差がそういった印象に負荷を与えた、狙いを理解した接触だろうか。フィジカルコンタク…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?3-1

    週が明けた月曜日。日曜の晴れ間が続き、今日も青い上空を見せつける。地下の階段を上りきって、交差点を眺め、ファッションビルのマネキンに挨拶、セールの文字が目に余る。在庫処分、保管していても仕方がないので、買ってくださいという本心が通行人には見えないらしい、店長は呪文のような文字を見切りをつけて、角を曲がり、店に近づく。 すると、店の前に人が立っている。従業員には見えない、誰だろうか。 「なにか?」声をかけた。振り向いたのは女性で、短髪の髪は茶色くボリュームがある。肌は白く、小柄な体型。僕よりも十センチ以上は低い、店長は目線を下に据える。 「あっ、いえ、何でも」女性は身を固くする。胸の前で腕を寄せ…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?2-5

    シャワーを浴びる。コーヒーは忘れられたまま、ライトに照らされた注目を浴びている。体を洗う時、店長は極力何も考えないようにする。しかし、言葉は頭を走り回るし、止められないのがいつもの流れであった。 ランチのメニューが過ぎる。 お客の求めは小麦か大豆か。白米は選ばないと決めた。先週に起きた訪問はうんざり。彼らは何を求めていたんだろうか、店長は振り返る。白米を要求したのだ、食事ではなくて、販売である。言葉に信憑性を込めた主張で子供の生命を訴えていた母親と、教育や生活環境の待遇に不安を覚えた父親、それぞれが受け持つ、あるいは現在おかれる環境下を元にした発言と主張に要求であったように思う。彼らの子供は食…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?2-4

    コーヒーは最初の一口から一切、手がつけられなく、湯気が消える。そんなことはお構いなし。一旦思考に這入りこんだら最後、周囲の状況はいつも二の次に変換されるのは、店長のスタイル。道を間違えることもしばしばで、今日家に考えながら辿り着けたのは、凍った路面が適度に現実に引き戻したのが大方の要因だろう。普段ならば、曲がるはずの道をいとも容易く越えてしまえる。 新聞の内容は綺麗さっぱり切り離した。 考えるのは来週のランチ、これから続く終わりの見えない永続的な時間に見合う、新メニューの発案で、だから、考察の時間が長いというわけでもないのだ。単に、明日の休日にあわせた体力の温存を図らない状況が、夜更かしを許可…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?2-3

    店長はコーヒーを一口含むと上着を脱いだ。やっと温度が上昇室内、態勢を変えてソファに横になる。 二誌目を畳み、三誌目を手に取る。こちらには、生育環境の意見が数多く散見された。要約すると、このようなことだろう。 競合してしまう大豆と小麦の生育環境は相容れない農作物に姿を変え、そこには世間の喧騒が現れていた。米の生産者が給田を再稼動させて、小麦、大豆生産に適していた土地が見つからない、というのが大豆と小麦の需要に追いつかない国内市場の悲鳴である。当然に、高額な白米を諦めた市民は代替品に国内の食物を選びたがる。海外産が国内市場に出回る量や価格においても国産を凌ぐ低価格を実現はしているが、品質面での評価…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?2-2

    大豆へのバッシングは二誌目のほうが、深く取り扱っていた。店長は、読み込みの途中で席を立った。 降り口に向かい、改札を目指して、大豆に関する批判の箇所を思い浮かべた。その前に、まずは大豆がどのような食品に利用されているかを挙げてみることにする。 味噌やしょうゆ、納豆に枝豆、月曜に作った豆腐など、食卓には欠かすことのできないもの。健康被害というものは、まるで聞いたためしがないし、何故今になってという疑問も湧く。とても健康によい食品、というイメージがかなり強い。 店長は肌が引き締まる屋外に出て、自宅に着くまで考察をやめなかったが、情報不足のためか大豆の負の要素をつむぎ出すことはできなかった。 自宅に…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?2-1

    その週に、小麦輸入に自国での取り扱い、生産、加工、食品添加におけるガイドラインの作成に政府が乗り出した、と報道機関が伝えていたらしい。小川や館山から聞いた情報である。カウンターのお客の会話にも時折、週を重ねるごとに飛び交う小麦の言葉は多くなったように思う。 週末の土曜。 仕事帰りに、店長はコンビニで新聞を複数購入した。経済の専門誌も一紙読んでみた店長である。新聞を読むのはいつ以来だろうか、地下鉄に揺られる座席に座り、細長く折りたたむ一紙を読み始めた。 新聞によれば、小麦の生産は当面、自粛の意向を政府関係者が示唆した、とのこと。政権、国の舵取りや影響力のある人物の発言らしいが、名前も小さな顔写真…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?1-6

    「拡大する小麦の健康被害への対応策は?」 「他の食材への切り替え」 「ええっツ、ピザやめちゃうんですか、賄いでは食べられますよね?」 「大豆ですか?」 「察しがいいね。植物性のたんぱく質の中で、市場の出回る量の多さでは一番だろう」 「穀物ではありませんよ」国見は目に涙を溜める。「この店を離れたくは無いんです、どうしてわからないのですか!」 「失うという意識にばかり気をとられているね。いつかは必ず店はなくなるだろう、もしくは建物は誰かに受け継がれ店は続くかもしれない。僕は、年齢的に君たちよりも先に死んでしまうね。もちろん、君たちは雇われている、店を辞めるのが、料理人としては妥当な選択。誰でも自分…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?1-5

    「だってまだお米は十分に余裕があったはず、変ですよ。行き過ぎて、おかしな人だったけど、それは子供の為を思ってお米を買っていたからで、……そうか、自分たちのためだったのかも」小川は白く粉を拭いた頬の顔を、わずかに傾ける。 「白米を食べる権利を大半の人が剥奪されたんだ。禁止されてない以上、小麦を食べる権利は早々奪い取れはしないよ」店長は、国見の訴えをあっさりと却下、受け入れを拒んだ。国見は、続ける。 「健康被害を訴えたら、この店で食べたから健康を害した、そう訴える人が出てくるかもしれません」 「どの店で食べた小麦であるかは、当人の申告でどうにでも訴えられる」 「ねえ、何をそんな弱腰でテレビを真に受…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?1-4

    国見が搾り取る豆乳ににがりを加えてゆっくりと攪拌、底の深いバットで軽く固まる程度まで待つ。店長は、氷を固める一サイズに分かれた容器を吊り戸棚から取り出した。 「ある程度固まったら、こっちに移して」テイクアウトの使い捨て容器、サイズに合わせて昨日、この型を購入したのだ。これ以外の使い道が今度あるのかどうかは、疑問であったが、形の崩れやすい豆腐の移動には最適と判断を下した、店長である。 「店長、ナンはどうやって渡します?カレー用の容器はもうありませんよ」ピザ釜の横で小川の前後運動。 「心配は要らない。包み紙を買ってあるから、出来上がったナンはそれに包んで、手渡す」 「袋に入れないんですか、雪で濡れ…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?1-3

    「店長、豆腐はそのまま提供しますか?薬味とか味付けとかは、どうします?」大豆を潰し終え、大判の布で大豆を搾る。 「炒め物、豆腐とおからで作る一品に、物足りないお客へはナンをつける」 「はい、あのう、私、ナンを焼きます」 「できるの?結構難しいんだから、焼き加減。焦がしたらお客を待たせることになる」 「わかってますよ」沸騰したお湯に剥いたジャガイモを入れる小川が胸を叩く、安心して任せろ、という意味だろうか。 ここで館山が折れた。後輩に教えることも仕事であると確か過去に彼女に告げていた店長の教訓を覚えているはずだ。「仕方ないな、いいですか、店長」 「試してみなくては、成功か失敗かは判断できない」 …

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?1-2

    「栄養的には、かなり多くの量が必要ですよ」 「肉と卵とあわせる」 「店長は栄養学の資格も持っているんですかぁ、詳しいですね」 「資格は短期間に特定の知識を取得するために設けられた証、情報はネットにごろごろ転がる。それに書籍でも情報は得られる」 「間近で正論を言われると結構へこみます」小川の眉が端の字を描く。 「豆腐ですか?」洗浄器の前の館山が小川の落ち込みに構うことなくきいた、彼女の顔はコンロの大鍋に向けられている。普段はほとんど姿を見ない大鍋の中身は館山の指摘どおり、昨日から水でふやかした豆である。コロンに火がついて、約一時間なので、そろそろ煮えた頃合である。 「手伝ってくれる?」 「それは…

  • 予期せぬ昼食は受け入れられるか?1-1

    「大豆が大ブームって知っています?」小川安佐が開口一番、頭の雪を払う仕草と挨拶を後回しに、子供が逐一出来事、発見を報告するよう、聞いてといわんばかりに興味を自分に引きつける。 今日は月曜日。 先週、土曜日の早い出勤時間とほぼ同時刻である。店長が一番に五分遅れて館山リルカ、そして小川はさらに五分遅れて厨房のスタッフが揃う。ホール担当の国見蘭は厨房の作業に口を出さない、すべては店長の裁量に任せる。だから、無駄に店の一体感を出そうなどと、足並みを揃える行為には決して走らない。これが国見の冷静な対応と、店長は観測し、頼もしくも思う。彼女は、厨房の二人に欠ける非情な性質を持ち合わせているために、お客への…

  • 蒸発米を諦めて4-9

    「白米の大量摂取による健康被害が報告。江戸がえり、あの病気が再び流行か?」 「鉄分、亜鉛の損失による貧血多発。朝礼は急病人、発現の元」 バランスのよい食事は、結局は多大な量を食べないことにあるのではないか、店長は端末の電源を切り、ポケットにしまう。左右、壁や広告が貼られる透明な板に背を預ける乗客は、一様に端末を操る。彼らには考える時間という概念が消失しているらしい、僕はそこまで急速な思考の転換に不向きな頭の構造である。うらやましいとは思わない。むしろ、掬い取るだけの行為をどのように消化?昇華しているのかさえ、気になる所だ。 特定の人物に意志が通えて、生きている証が生まれるなんて、自分をないがし…

  • 蒸発米を諦めて4-8

    まずい、陰口を言われるのを人は怖がる。まずいと感じる相手とおいしいと感じた自分との乖離が、味の差を埋める。危険はつきもの、味の成功は右に習う。それでも次がおいしければ十分である。加えて、人が求めているのであれば、高級な食材を使わなくとも対価は得られる。僕の作る料理のすべてはおそらくは誰かの二番煎じだろう。しかし、月曜の予測のつかない天候にランチを売り出すのは、その日を選んだ僕である。特別な味の追求も最先端の調理器具を駆使した食べ方に気を使う疲弊を添えた料理とは無縁。対象者は日々の労働者であり、中、低の市民層に向けたサービスなのだ、あまり期待させないことも消費者には悟らせるべきである。また一つ教…

  • 蒸発米を諦めて4-7

    「どうして、あの人を倉庫に誘導したんです?気が済むように配慮したにしても、人が良すぎます」 「店長は、人がいいんですよね」小川が店長を擁護する。 「あんたは黙って」 「……あの人の感情の起伏が不安定であったのは、観察する必要もなく、意思疎通のやり取りが感覚で図れた。それでも感情の切り替えのスイッチやラインは不明確だった。だから、相手の要求を受け入れた安定側の状態に興味を持ったのさ」 「もしお米を隠していて、あの人が見つけたら、暴れ出さないっていう保障はありませんよ」 「じゃあ、なぜ彼は酔いつぶれて人がはけるのを待ったんだろうか?個人的な話ということは言えるだろうけれど、周囲にこちらが引き下がれ…

  • 蒸発米を諦めて4-6

    「倉庫は奥です。一番奥の左手、ドアのない所に食材をおいています。何ならご自由に調べてください。あらかじめ言っておきますと、厨房の中には生の米は保管していない。高音や湿度の高さに晒される場所ですので」 「調べますよ、あなたが調べていいといったんです。ほら、レコーダーにも録音してある」端末、かすかに時間を計る、数字の刻みが見えた。 「動かした物は元に戻しておいてください。期限の古いものが手前に置いてあります」 「笑っていられるのも今のうちだからな」指をさされた。失礼と人は捉えるが、五本の指に一本で主語のない対象を示す手がかりとして考えるとかなり有効的な動作。だが、僕を店長と知っているならば、言葉に…

  • 蒸発米を諦めて4-5

    「アレルギーは忌み嫌われる対象とおっしゃいましたね?」 「たしかに。しかし、給食のパンを食べずに白米を特別に個別に弁当を持参する姿は、ステータスの向上と同義だそうです」男は何かを待っている、引き止めて欲しいか、それとも僕が隠してる手札を出させるため。失うものに執着を払う。その力を変化への対応にどうしてこの人は回さないのだろうか、店長は不思議でならない。人を頼ることを否定はしない、むしろそういった助け合いが世の中の仕組み。だから私は極力その輪を離れた。むやみに相談も解決、終わりのない無意味な愚痴はもっとも嫌う対象だ。何かにつけて私は、人から良く相談を受けていた。おそらくは、私が余り攻撃的、つまり…

  • 蒸発米を諦めて4-4

    何故、親であるこの男が息子のクラスの内情に詳しいのかは、疑問が残る。男性が子供の学校教育に積極的に関与する姿はまれであるように思うし、彼の発言からも昼間に訪れた妻に内緒でここを訪れている以上、彼女に黙って息子の学校事情に関わることは困難に思うのだ。 親同士のネットワークで得られた情報だろうか、と店長はおぼろげに判定を下した。 「あなたの置かれた状況は理解できますが、それを私に伝えて、どうしろと?」 「白米をどうか売り続けてくれないでしょうか」 「これまでのような販売はできかねます」 「高くても構いません」 「そうではなくて、私どももお客さんに提供する分のお米を確保していないのです。お売りしてい…

  • 蒸発米を諦めて4-3

    「あれ、もう終わりですか。すいません、眠ってしまったみたいで あはっはは、お恥ずかしい」男は背広のポケットから財布を取り出し、伝票を逃げそうな魚を素手で捕まえるよう、館山に支払いを頼んだ。 「こちらの店長さんですか?」男は立ち上がって、すぐに店長に問いかける。どうして私が店長だと思ったのかは、理解に苦しむ。 「はい、私が店長ですが」前置きの重さは、この後の発言が僕に降りかかる面倒な関係性と比例する。 「……今日、うちの家内がこちらからお米を買ったと思うのですが、覚えていますか?」 「今日のことですから、覚えています」 「申し訳ありません、二度もご迷惑をおかけしてしまって」よく頭を下げる人たち。…

  • 蒸発米を諦めて4-2

    「お客さん、ライスが食べたいみたいですね、また訊かれました、置いていないのかって」小川が肩をすくめて厨房に戻る。ホールから国見の声。追加のビールを持ってくるように、声がかかった。 洗い場の横、中が透けてみえる古めかしい冷蔵庫を開ける小川は瓶ビールを手に取り、腰から下げた栓抜きをてこの原理で力を込めることなく、スムーズに開封。手を挙げる国見の指が示す三のサインに小川が三番テーブルにビールを運んだ。 店長は全体の状況に目を配りつつも、調理の手を休めず、頭ではまた来週のランチメニューに取り組んでいた。 求めに応じるべきだろうか。 あまりにも予見された現状ではないのか。もしかするとこれも策略かもしれな…

  • 蒸発米を諦めて4-1

    午後のディナー、営業再開の三十分は夕方ということもあり、お客の入りはまばら。近隣で働くサービス業のお客が遅い昼食を摂るぐらいで、年始、週末の買い物客は午後の買い物か、午前の早くから活動を始めた人たちはそろそろ帰宅の途についているのだろう。土曜の夕方にしては、通りの賑わいも大人しめであった。 だが、ひとたび入店の流れに火がつくと、いつの間にか行列が出来上がっていた。ライスの提供中止は、表の黒板に書き、事前に食べられない事情を伝えているにも関わらず、注文の予測に若干の不安を抱いたライスとの相性がいい揚げ物や肉類をお客は無難に注文。単品で一テーブルに一皿の予測は的中したらしく、オーダー表は炊飯器の脇…

  • 蒸発米を諦めて3-12

    「けれどステータスが上がったら、白米ばっかり食べたりしません?」 「病院にも通う、薬も飲む、酒もタバコも止められない、運動不足で散歩を始める、どれも食事の摂りすぎが主な要因だって、食事制限をしてでも食べているんだ、病気の一歩手前まで白米を食べ続ければいいのさ」 「ちょっと、リルカさん、無責任な発言ですよ」小川が館山の不用意な発言を注意する、いつもとは反対の立場、構図である。店長は、予測が立ったカレーを離れ、来週のランチメニューに頭を働かせていた。 「館山さん、休憩」国見が厨房に入り、休憩に入る数十分を食器の片付けにその労力を注ぐ。 「他のお店の様子、チラッと見てきます」館山は店長に言った。話の…

  • 蒸発米を諦めて3-11

    「ライスを頼むのは、メンチカツにハンバーグ、鶏の照り焼き、それに今日の焼きカレー、店長、その試作品はメニューに加えます?」女性を見送った通路の小川が指を折って数えた。 「うん?ああ、焼きカレーは、どうだろうか。白米と一緒に出したいとは思うね。でもまあ、テーブルに一皿の注文としたら、分け合って食べるから、メーンの扱いにはならないでしょう」店長は口を左右に引く。レジの国見は彼の強硬な手段までの経緯を脳内でさらっているらしく、首の傾きはホール天井のシャンデリアに見とれるように、店長には映った。 小川が食器を洗い終り、シンクに溜めたお湯を抜けば、排水溝の雄叫びが聞こえた。 「カレー、私も味見したいです…

  • 蒸発米を諦めて3-10

    「理由は?」 「非情な言い方かもしれませんけど、お客さんに子供がいるのかどうかも明確にこちらに証明してはいません。それに、急を要するのなら、偶然にランチタイム終わりの仕込みの時間に現れるのも、どこか狙ったような、上手く言えませんけど、その、話を聞いてくれる時間を選んでいるようにも思えます。逼迫して混乱の様相だとご自分でもおっしゃっていましたが。しかし、うーん、今までそれこそ何をしていたんでしょうか。こちらへの迷惑を最小に抑えるほど、子供さんを優先させるからこそ、お米を譲って欲しいとお願いにやってきたのに、見たところ、あまり雪にも濡れていなかった。他の店だってそんな長時間店先で相手はしてくれない…

  • 蒸発米を諦めて3-9

    「お客の対応に時間を割かれたら、レジと料理の運び、食器の運搬にまで手が回らないかもしれません」 「それらの対策を何か考えた?僕は君にホールの権限を譲渡していると前に話していたね、それは何も、現状を維持するということではないんだ。必要なら変化も厭わない、お客も季節も移り変わる、今日は二度と来ない、似ている客層で昨日のような寒さかもしれない、しかし、まったく同じではないということは肝に銘じておくべきだね」 「すいません」普段口数の少ない店長の叱責は実に効果的に機能する。「考えて、何も考えていなかったのではありません。……正直に言うと、ライスの提供を事前に断る労力とお客の曇った表情を見たくなかったの…

  • 蒸発米を諦めて3-8

    「ただ食べないだけではいけないのですよ、最低ラインが白米。週に二度の献立の白米によってその時だけ、うちの子はクラスメイトと共通を許される、仲間には入れる」 「いずれ給食の白米も献立から姿を消すと推測されます」淡々と店長が断崖へ女性を追い詰める。 「そんなことはわかってます!」沸点が上昇。水ならばぐつぐつ沸騰している。女性のボディアクションの回数が増える。「とりあえずの措置だけでもって、思って、こうしてお米をかき集めているんです。それに、いわれのない中傷がいじめに発展しつつあるのです、急がないと、クラスで孤立しかねません」 米を食べ始めるように日本人の食生活に変化が見られたのは、狩猟生活をやめ、…

  • 蒸発米を諦めて3-7

    「お弁当が一人だけご飯なのはうちの子だけ、他の子にもアレルギーを持つ子はいます、それに応じた給食も学校側は作ってくれる。けれど、主食の白米の価格高騰が影響してパン食が今学期から始まって、息子にはいずれ持たせるお弁当を、私は、私は作れなくなってしまう。なんでもします、空いた時間で、お店の手伝いをします、ですから、だから、お願いですから、お米を、息子のお弁当を私に作らせてください」洗浄器がしゃかしゃか、ブザーで完了の合図。店長は、その音に背中を押され、押し寄せた女性の高波のような訴えを引き剥がし、嗅覚を再開、オーブンのカレーを取り出す。こんがり焼き色のついた姿に続いて香りがまとう。 「お米は自宅で…

  • 蒸発米を諦めて3-6

    皿を拭く館山の表情は、曇りから一向に晴れに転じない。 「不満があるならきくよ」 「五キロのお米は大きいです」 「だろうね」 「緊急事態ですよ!」 「リルカさん、危ないですよう。お皿割らないでくださいね。お皿代、給料から引かれたくありません」 「経営が傾いたらあんたの給料は支払われないの!」 「それは困ります」 「今日になって、何突然。昨日は斜に構えていたのに」国見が首を傾けて肩の張りを無言で訴える仕草。一同は、店の奥、冷蔵庫と洗い場に集結している。 「外見てください」 示された先には、人だかりと釜を収めようとする人の列で膨れ上がっていた。 出窓に背を向ける小川は体をねじって、外部の騒々しい状況…

  • 蒸発米を諦めて3-5

    「汎用性はあるのかな?誰でも食べられるのは土曜日のコンセプトだと前に一度話したことがあったね。月曜から金曜は働くお客ためだけれど、土曜はそれらに混じり家族連れ、特殊な客層に取って代わる。おいしさはたしかに二番目が最適だろう、僕も同感だ。しかし、食べる人物の舌にあわせるとなれば、三番目を僕は選択する」 「……わかりました。……あの、副菜、私が作ってもいいですか?」館山は裏を返して気持ちを切り替えたようだ。情動に理解を備え付ければ、行動はより迅速に目的を求める。 「私もそれは、はい、立候補します」小川も副菜の創作を主張する。料理は競争ではないが、相乗効果には違いないか、店長は早めに出勤した二人に一…

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