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ブログタイトル
巡礼者の小道(Pursuing Veritas)
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http://japanesebiblewoman.hatenadiary.com/
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聖書の真理を愛し、歌い、どこまでも探求の旅をつづけたい。
更新頻度(1年)

106回 / 365日(平均2.0回/週)

ブログ村参加:2018/06/23

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a pilgrimさんの新着記事

1件〜30件

  • 「永遠の哲学」(perrenial philosophy)、新プラトン主義【ニューエイジ、エキュメニズム運動の思想源流】

    東方正教会のデイビッド・P・ハリー氏がPerennial Philosophy vs Logos Spermatikos(永遠の哲学 vs ロゴス・スペルマティコス)という講義の中で、現代のニューエイジ、エキュメニカル運動等の思想系譜を概説しています。

  • プロテスタント救済論について(ジョサイア・トレンハム長司祭)

    Archpriest Josiah Trenham, Rock and Sand : An Orthodox Appraisal of the Protestant Reformers and Their Teaching, 2015. Chapter II Heresies of Protestantism(抄訳) それでは今度は、救いに関するプロテスタント教義に注目していくことにしましょう。プロテスタント救済論の最大問題は、徹底したその還元主義にあります。

  • 教会とエキュメニズム(by スピリドン・ベイリー神父)

    もしも魂が教会の教えを身に着けていないのなら、彼の内にイエスが王座に就くことは不可能である。聖ヒエロニムス(4世紀) やがて諸階層、諸国の民は似たような思想を持つようになり、大きな歓喜の内に反キリストを王として高らかに宣言するようになるであろう。シリアの聖エフレム(4世紀)

  • 私の誤信の主原因は、Ordo Theologiaeの乱れと逆転にありました。

    茉莉花(まつりか) なぜ初めの一千年期の教義史や教父文書を学び始めたプロテスタント信者の大半が、早かれ遅かれ、正教もしくはカトリックに改宗していくのでしょうか。なぜこのような現象が起こるのでしょうか。 「主なる神は、キリスト教会が一千年期をかけキリスト論および三位一体論に徹底的に取り組むよう摂理的に御計らいになりました。なぜなら、正しいキリスト論・三位一体論から、正しい人間論、教会論、救済論、義認論、終末論が導き出されていくからです」という弁証家の説明をきき、はっとする思いがしました。「16世紀に始まったプロテスタンティズムはそれとは逆に『救済論』(ソラ・フィデ)からスタートしてしまっています…

  • 訂正とお詫び(オリゲネスに関する翻訳記事について)

    FirstThings誌に掲載されたデイビッド・ベントリー・ハート氏のオリゲネス論("Saint Origen")を以前、本ブログにて翻訳掲載いたしました。オリゲネスは一般に評価の難しい人物ですが、教会は諸公会議を通し、実に何百年という歳月をかけ、オリゲネス問題に誠心誠意取り組み、裁定を下してきました。そのような歴代教父たちの尽力や過去の公会議記録・著述を深く学ぶこともないままに、一神学者ハート氏独自のオリゲネス評を軽率にも翻訳掲載してしまったことを現在深く悔いております。当該記事は削除いたしました。本当に申し訳ありません。 その他にも、自分の無知、誤信ゆえに誤って翻訳してしまった記事がきっと…

  • 序章と終章、、、そして新たなる序章。

    東方正教徒として初めての受難節を迎えました。私の聴罪司祭であり師父である修道司祭からの霊的助言を仰ぐ中、「受難節のこの期間は特にたましいの静寂(ἡσυχία, ヘシュキア)を追い求め、多言を避けつつ、主の前に静まるようお努めなさい」という指導を受けています。

  • 三位一体神のことを「御母」と呼ぶことが不可能な12の理由(by ドワイト・ロングネッカー神父)

    出典 Fr. Dwight Longenecker, Twelve Reasons Why You Can’t Call God “Mother”(全訳) 目次 はじめに 1.イエスは神のことを「御父」と呼ぶよう私たちに言っておられます。 2.旧約聖書は神のことを御父と言及しています。 3.典礼は神のことを「御父」と呼んでいます。 4.『カテキズム』はなぜ私たちが神を御父と呼ぶのか、そしてこれがいかなる形で神の母的(mothering)属性をも包含しているのかについて説明しています。 5.神のことを「御母」「御父」と呼ぶのは混乱をもたらします。 6.ジェンダーの区別により、愛の関係が可能にされ…

  • ジェンダー包括訳(gender-inclusive)聖書が私たち女性にとって有害である10の理由(by メアリ―・A・カスィアン)

    Dr. Mary A Kassian, 10 reasons why the new NIV is bad for women(拙訳)*前ブログに掲載されていた翻訳記事です。 目次 はじめに:「言葉」を変にいじくり回すなら「意味」も変にいじくり回されてしまう 1.包括訳聖書は、ジェンダーという深遠なシンボリズムをぼかし、不明瞭にしています。 2.包括訳は、ジェンダー自体を――それが本来指し示すもの以上に――賞揚しています。 3.包括訳により、女性像(womanhood)というたぐいなき美しさが損なわれています。 4.包括訳はかえって女性を排除する結果になってしまっています。 5.包括訳は女性を…

  • 福音派神学生Fさんへのレター

    Fさん、こんにちは。現在、エウカリスチア(聖餐)におけるキリストの現存に関し、それからマリア教義に関し、カトリック教会の教理を真剣に検討なさっているということをお聞きしました。

  • 虚無主義者について(by セラフィム・ローズ隠遁士)

    この世におけるすべては過ぎ行く——。残るはただ神のみ。生涯をかけ欣求するに値するは唯一、この神のみである。 セラフィム・ローズ隠遁士

  • 忠実な聖公会信者の方々から受けた恵み【感謝のレター】

    まずは個人的なお話から始めます。私は20年近いプロテスタント信仰生活を経、2018年中盤に一介の旅びととなり、ローマ・カトリック教会、ビザンティン東方典礼カトリック教会、東方正教会それぞれのコミュニオンで教義研究をし、求道し、多くの方々にお世話になりました。

  • 避難すべきか、とどまるべきか?—今後の行き先を模索する聖公会指導者たちの精神の軌跡

    Brisbane Anglican diocese welcoming more women than men to the priesthood - ABC News (Australian Broadcasting Corporation) Bishop Robertson married at cathedral |The Diocese of Toronto 「どの世代にあっても、キリスト教はそれをとりまく文化を転向させるか、あるいはその文化によって転向させられるかのどちらかでなければならない。」ギャヴィン・アシェンデン元聖公会主教

  • 聖体拝領(Holy Communion)——キリストの内住の極み

    «Λάβετε, φάγετε, τούτο μου εστι το Σώμα. Πίετε εξ αυτού πάντες, τούτό εστί το Αίμα μου» 聖体拝領(聖体礼儀:Θεία Κοινωνία)の秘跡に与りました。

  • 神秘のバラ(聖ジョン・ヘンリー・ニューマン)

    Newman, John Henry, "Rosa Mystica". Meditations and Devotions, 1893. (抄訳) マリア様は霊的世界の中にあってまことに類まれなき美を宿した花です。このように荒れ果て荒廃した地から、聖さと栄光をたたえた花々が生み出されてくるのは神のご恩寵の御力ゆえに他なりません。そしてマリア様はそれら全ての女王です。

  • 日々死にゆくように生を生くるなら、我々は罪を犯そうとはしないだろう。—聖大アントニウス(3世紀)

    出典 Μέγας Αντώνιος, Ευεργετινός Α΄, σελ. 58(拙訳) 「日々死にゆくように生を生くるなら、我々は罪を犯そうとはしないだろう。毎朝、目を覚ましたら、その日の夕はないだろうと思いなさい。そして夜、床に就く際にはもはや目を覚ますことはないだろうと思いなさい。

  • 福音主義クリスチャンと聖母マリア(Θεοτόκος)(by ロバート・アラカキ)【後篇】

    【前篇】からの続きです。 出典 目次 マリアの処女性——聖書的立証 マリアの永続的処女性—神学的角度 祈りのパートナーとしてのマリア プロテスタンティズムの心の傷跡(Protestantism’s Emotional Scars) 正教の方へ漕ぎ出す 「聖書のみ(Sola Scriptura)」 vs. 「聖伝(Holy Tradition)」 共に私たちは救われ、一人では滅びる(Together We are Saved, Alone We are Lost ) 文献(Bibliography)

  • 福音主義クリスチャンと聖母マリア(Θεοτόκος)(by ロバート・アラカキ)

    出典 目次 福音主義クリスチャンにとっての最大のハードル 聖書の中のマリア マリア——全ての福音主義者にとっての母 典礼の中におけるマリア 全地公会議(The Ecumenical Councils) マリアとイコン

  • Community—無くてはならない要素(by トリフォン修道院長)

    出典 Abbot Tryphon, Community: The Essential Element(全訳) キリスト教というのは、共同的(communal)信仰であり、それは信仰者たちに、他者との積極的関わり合いを求めてきます。 教会の礼拝は共同的です。そして救いそれ自体、公同的行為であり、他者との交わりを要求してきます。人は真空・孤立状態の中で救われるのではなく、教会の公同的いのちの一部として救われます。

  • 懐疑に苦しむ魂への励まし(byトリフォン修道院長)

    Abbot Tryphon, Doubt, Orthodox Christianity, 2016 以前、ある女性に会ったことがあります。この女性はかつて一度も自分の信仰を疑ったことがなく、教会の諸教理の内どれ一つとして一瞬たりとも疑った経験がないと主張していました。

  • 表層からは計り知れない人間のこころの深み、呻きと神の憐れみ

    ある時、敬虔な婦人が「Aさんは結局、教会に来られませんでしたね。」と言い、それに続けて、人が神を求めることの大切さを語られたことがありました。 神を求めることの大切さという点で私はご婦人に全く同意したものの、それが、教会に足を運ばなかったAさんのあり方となにかしら関連づけられ語られたことに少々戸惑いを覚えました。

  • はじめての告解

    japanesebiblewoman.hatenadiary.com 今朝、はじめての告解に行ってきました。何にも書かず、何も持たず、何も準備せず、ただそのままで神父様の所に行きました。

  • 告解を前日にひかえて

    明日、生まれてはじめて告解(εξομολόγηση, Confessio)に行きます。告解というのは、神父様の前で自分の犯してきた具体的な罪や過ちを告白する行為のことをいいます。

  • 列車の中の神学——マルチ信仰談義【シリーズ④ 倫理性について】(by マイケル・ロフトン)

    【シリーズ① 永遠の刑罰について】【シリーズ② 聖書正典について】【シリーズ③ 教導権について】からの続きです。 出典 Michael Lofton, Theology on a Train: A Multi-Faith Dialogue, Jan, 2019(拙訳) ルーテル派信者:確かに私たちは教義上の諸問題を抱えているかもしれません。ですが、至高存在を認めない無神論者であるあなたには、何が善で何が悪であるかを認識する方法がないではありませんか。 無神論者:いや、ありますよ。何が善であり何が悪であるのかは社会が決定する。

  • いつまでも友だちでありたい。【東方典礼カトリック教会L姉への手紙】

    親愛なるL姉へ〔L姉の信仰道程:ノヴス・オルド現代カトリック教会→東方正教会→正教女子修道院→東方典礼カトリック教会〕

  • 元教皇座空位論者(ex-Sedevacantist)の探求と人生を駈けた問い【不可謬性についての考察】(シリーズ2)

    〔シリーズ1〕からの続きです。 部屋に象がいるのに気づいてないフリするの、もうやめようよ!(セデヴァカンティズムのサイトNovus Ordo Watchより) 目次 元セデヴァカンティスト、ジョン・C・ポントレーロ氏の回想記(その2) 問題に正面から向き合いたい 不合理的思考 「二つの教会(two Churches)」という理論 正しい問いをしてきただろうか? 選択的記憶——フィリオクェ条項の実例 「教会の外に救いはない」という教義を巡る論争 不可謬性(infallibility)の教理 ロマン主義化された教会概念

  • 元教皇座空位論者(ex-Sedevacantist)の探求と人生を駈けた問い【教会の非変節性についての考察】

    教会の非変節性(indefectibility of the Church)の教義と現在の厳しいリアリティーをどのように調和させることができるだろうか。「承認し抵抗する Recognize & Resist」という立場と第一バチカン公会議の間に矛盾はあるのか。(写真) 目次 元セデヴァカンティスト、ジョン・C・ポントレーロ氏の回想記 【補足資料】 教皇座空位論を支持する立場の見解 教皇座空位論に反対する諸立場の見解

  • 小さな愛の芽

    セオトコス(聖母マリア)の役割について先日、シスターMに質問のお手紙を書きました。

  • 今後の道を模索するカトリック信者たちの会話【教会の危機】

    「これから後、あなたはパチャママたちを獲る漁師になるのです。」(出典)*1 www.youtube.com *1: japanesebiblewoman.hatenadiary.com japanesebiblewoman.hatenadiary.com

  • 列車の中の神学——マルチ信仰談義【シリーズ③ 教導権について】(by マイケル・ロフトン)

    【シリーズ① 永遠の刑罰について】【シリーズ② 聖書正典について】からの続きです。 出典 Michael Lofton, Theology on a Train: A Multi-Faith Dialogue, Jan, 2019(拙訳) 教導権(Magisterium)について 東方正教徒:私やオリエンタル正教の友は、あなたの最後の問いに対する回答に断然関心があります。

  • 列車の中の神学——マルチ信仰談義【シリーズ② 聖書正典について】(by マイケル・ロフトン)

    【シリーズ① 永遠の刑罰について】からの続きです。 出典 Michael Lofton, Theology on a Train: A Multi-Faith Dialogue, Jan, 2019(拙訳) 聖書正典(The Canon of Scripture)について 無神論者:ほほぅ、あなたがたは互いに意見がバラバラでありながら、同じ聖書を用いている。これはおもしろい。

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