常久渡し 春風強き多摩川左岸堤防上を、ロードバイクで走れば、前方(下流側)、めずらしくネット掛け鉄塔が見える。ネット掛け鉄塔だ 塗料飛散防止のネットを掛けられた、境八王子線33号/是政線1号だ。境八王子線33号/是政線1号(標高42.0m)上段が境八王子
長雨のあと 二 只見幹線531号が、ジャンパー線に縦碍子連を入れるほどの角度で曲がっていないのは、この所為であった。隣の鉄塔達 奥には、屋上にヘリポートを備えた巨大ジェネラルホスピタル「都立多摩総合医療センター」(標高80.4m)が建っている。病院建設の際建
長雨のあと 一 東京はもう梅雨も疾うに明け猛暑の日々だが、今回はまだ梅雨真っ最中の頃の紀行である。よって大分イキフンがずれ、ちょっとお間抜けな感じになってしまった。どうぞ、ご勘弁願いたい。 梅雨の頃のイメージを思い浮かべつつご覧頂ければ、幸いである。
絹ヶ丘水道山緑地 引いては見たが、まだ半ば塔体が木立に隠れているので更に引く。南側から 最近めっきり減ったな、この烏賊さん頭。烏賊さんだ オリジナルなら、開設の1930年(昭和5年)当時から変わらぬはず。まだ周囲が山ばかりだった昔、おじいちゃんおばあ
絹ヶ丘公園 東京都八王子市は、絹の街だ。山がちで耕作地の少ない八王子ではクワ(桑。カイコのごはん)が育てられ、養蚕が盛んだった。 八王子で生産され或いは集積された生糸は、はじめは江戸へ運ばれたが、横浜が開港すると、ロードレース・シリーズの最後に登場頂い
北野街道 この北野街道は、路面が荒い。北野街道(都道173号) パッと見は何の変哲もないのだが、走ると分かる。 自動車は乗らないので不明だが、ロードバイクでは非常に走り難い。かちかちに空気圧が高く且つ細くてエアボリュームの小さいロードバイクのタイヤで
「交差」その後 桜ヶ丘線と只見幹線との交差点に建つ、只見幹線545号(標高57.1m)も建替えだ。只見幹線545号右は桜ヶ丘線32号 基部は、お馴染みの白いフェンスに囲われている。545号 すでに建替えが終わった557号がまだ工事中だった際に見た、あの看板と同様
三年 三年とは、一般の生活で結構区切りとなる年月である。中学校や高等学校は三年で卒業となるし、石の上にも何とやら、とか、桃栗三年何とやら、とか、商(あきな)い三年、などなど三年と言う歳月を一つの区切りにした諺はよく使ったり聞いたりするものである。あまり
お気に 以前はめったに通販を利用することのなかった私だが、昨年来のCOVID-19パンデミックで流石に通販利用が増えた(ドライヴァーさん何時も有難う御座います)。購入するのはほとんど自転車グッズか猫グッズで、大半は紙袋で届く小さなものだ。しかし、中にはそこそこ
ロードレース:多摩終了編 4 ―総最終回― オリンピック男女ロードレースコースの、多摩区間沿道鉄塔シリーズの総最終回となる今回は、前回書いた様に、趣旨に反してもう全く鉄塔は登場しない(見えない)のだ。誠に申し訳ないが、ご勘弁頂きたい。もう純粋に、オリンピッ
ロードレース:多摩終了編 3 「多摩ニュータウン入口交差点」から進入した町田街道からは、左手斜めやや前方方向(南西方向)を見やれば、遠く三線の若番側鉄塔が幾つか見られる。若番側の南多摩線、長沼線、渕野辺線 マップや「TinySlope」さんを参照し同定すると、
ロードレース:多摩終了編 2 前回書いた様に、鉄塔とは関連無いのだがここのすぐコース(多摩ニュータウン通り)脇に、可なりめずらしい遺跡があるので、紹介したい。田端環状積石遺構 「日本一駅から近いストーンサークル」こと、「田端環状積石遺構」(標高132.2m
ロードレース:多摩終了編 1 東京オリンピック・パラリンピックの開催が目前だ。開催か中止・延期かの議論もないまま、いつの間にやら開催前提で話が進んでいるのは気になるし、パンデミックの中での世界的大運動会の開催には、正直不安も疑問も残る。選手たちの事を思
初夏の新緑と「古」江戸街道コース 2 前回から続き、立川南通りと江戸街道の分岐点だ。江戸街道と48号 手前が立川南通りで、左方向が国立大学通り。奥へ続く細道が、江戸街道としての続きである。 48号下に続くその細道へと、入る。江戸街道と48号 立川南通
初夏の新緑と「古」江戸街道コース 1 前回の「新」に続き、今回は「古」江戸街道。 巨大マンション「グラン○シエ国立」と「矢川上公園」の狭間を抜けた街道は、「矢川通り」を越えて国立市立第二中学校北側に出る。すれば、正面に45号(標高75.5m)が見える。二中(
初夏の新緑と「新」江戸街道コース 現在江戸街道とされる通り沿いの多摩橋線鉄塔を、「春の桜と江戸街道コース」として少し前に紹介した。その際、多摩橋線46号やや南にある庚申塔から西の江戸街道は区画整理で作られた新しいもので、庚申塔西側脇から北に分かれるものが
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常久渡し 春風強き多摩川左岸堤防上を、ロードバイクで走れば、前方(下流側)、めずらしくネット掛け鉄塔が見える。ネット掛け鉄塔だ 塗料飛散防止のネットを掛けられた、境八王子線33号/是政線1号だ。境八王子線33号/是政線1号(標高42.0m)上段が境八王子
合掌枠水制―棚牛 大腸ポリペクから十分日が経ちサイクリングも可能となったので、久々に、多摩川べりを走ってみる。多摩川左岸堤防にて すると、河川敷は今まで見たこともないほどの大規模な改修作業中であった。京浜河川事務所HPによれば、洪水が流れる断面を増や
花紀行 サクラ、サクラと騒がれる季節が今年も来た。久我山線3号(標高58.1m) なぜこうもサクラばかり持て囃して騒ぐのかと、屈折者の私は子供の頃から思い、若い頃はお花見などケギライしていたが、年齢を重ね残り時間が減って来、過ぎ行く日々や季節に哀惜や愛惜
歴史遊歩・名所漂泊 索引■歴史遊歩・名所漂泊 索引■マナーについて■おことわり---------------------------------------------------------■歴史遊歩・名所漂泊 索引・多摩あ か さ た な は ま や ら わ・多摩以外東京23区 神奈川県 埼玉
東秋留ダブル橋 東京西部、多摩地方のあきる野市に、秋留線24号鉄塔を訪ねたのち、少々奇妙な東秋留橋を訪ねる。東秋留橋を渡る 下流側の橋を渡りつつ、上流側の橋を見る。東秋留橋航空写真2019年(令和1年)8月17日国土地理院撮影 黄↓が秋留線24号鉄塔、水色
秋川畔 II 秋留線24号の建つ農地は、まだまだ冬の姿だが、白梅と大岳山(おおたけさん)白いウメがあちらこちらに咲いている。その向こうには、奥多摩の象徴大岳山(1266m)だ。 振り向くと堤防の木立の向こうに若番側鉄塔が見える。秋留線21-23号 堤防に上がっ
秋川畔 I 東京都多摩地方西部の街、あきる野市。1995年(平成7年)に五日市町と秋川市が合併して生まれた東京で一番新しい市だ。「あきる」は元来は「秋留」で、鎌倉時代からこの一帯のエリアは秋留郷と呼ばれていたことに由来する。 そんな由緒ある「秋留」の名を冠し
只見幹線建替えその後―豊ヶ丘 只見幹線557号と559号の建替え関連記事のアクセス数が急に多いので、気になっていた。一体何が起きたのであろう、確かめたい―、とそう思うのだが、丁度大腸ポリペクした時期と重なっていて自転車で行くことが叶わなかった。 が、やっとサ
五鉄―南拝島から拝島 2 更に、南拝島-拝島間の五日市鉄道跡を辿る。 新奥多摩街道との分岐点から約650m、丁度街道間の中間点付近、林ノ上公園脇歩道に、五鉄通りの標識が現れた。「五鉄通り」標識(標高113.2m) 標識付近から、来し方を振り返る。中間地点か
五鉄―南拝島から拝島 1 タイトルの「五鉄(ごてつ)」とは、嘗て東京多摩地方西部を走っていた五日市鉄道の通称である。 五日市鉄道は、1925年(大正14年)に拝島駅-五日市駅間が開業し、1930年(昭和5年)に立川駅-拝島駅間が開業したが、のち1940年に南部鉄道と合
ポリペク ポリペクとは、内視鏡によるポリープ切除を指すポリペクトミーのことである。先日、二年に一回の大腸内視鏡検査で見つかったやや大きめのポリープを、その場で切除してもらった。ポリペクは、2013年に続き二度目だ。 検査時、何時もの様に鎮静剤でうつらうつ
清瀬 中里富士 II 中里富士に登らせて頂く。 こちらは下里富士とは異なり、荒幡富士と同じくモノホン同様に九十九折(つづらおり)の登山道が設けられている。麓から見上げる ジグザグの角には、合目石(ごうめいし)が置かれている。二合目 見たところ、こち
清瀬 中里富士 I 以前紹介の「下里富士」から、北北東に約2.6km、清瀬市中里(なかざと)の「中里富士」を訪ねた。東京都指定有形民俗文化財中里の富士塚 北に向いて鳥居が建つ(標高42.4m)。北向きに鳥居 画像でお分かり頂けると思うが、南側から北側へと
▲合奏協奏曲 作品6 HWV319-330/ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル order Concerti grossi Op. 6, HWV 319-330/Georg Friedrich Handel (1739) 現ドイツの中東部の街ハレで生まれたゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685-1759)は、同い年のヨハン・ゼバスティアン・
王禅寺―ふるさと公園 II 王禅寺ふるさと公園におじゃまし、園内から港北線20号鉄塔を拝見。 園内自転車乗り入れ禁止なので、ライトを外し公園西側にある入口脇の駐輪スペース(標高41.7m)に置いて行く。 川崎市制施行60周年を記念し計画され、1991年(平成3年)に
王禅寺―ふるさと公園 I柿生線の「柿生」の大元となった禅寺丸柿原木を見学後、訪問した港北線20号。地図を見ると、鉄塔下の細道が隣の「王禅寺ふるさと公園」の東縁に当たる。つまり、鉄塔は公園内だ。 立入禁止表示が無いのを確認し、いざ。港北線20号(昭和47
王禅寺 昨年から妙に縁のある柿生線のその名の元となった柿生(かきお)村の、更にその名の元となった「禅寺丸」原木を拝見しに、神奈川県川崎市の王禅寺を目指す。 日本一のご長寿街、麻生(あさお)区の住宅地を抜けて行くと、隣接する王禅寺ふるさと公園北東縁脇の
■ファースト・アンド・ラスト・アンド・オルウェイズ/ザ・シスターズ・オブ・マーシー orderFIRST AND LAST AND ALWAYS/THE SISTERS OF MERCY (1985) 本作は、ゴス(ゴシック・ロック)の帝王等とも称されるザ・シスターズ・オブ・マーシー(以下SOM)の1stアルバム
鉄塔 中富線―始点 番外 2 武蔵赤坂開閉所周辺を離れ、「交差点」を目指す。けれど、この付近とにかく産廃業者さんなどの事業所や工場と幾つもの霊園が入り乱れており、可也幾何学的な区画が並んでいる割に意外と道が分かり難い。 それでも、目標物は大きいので見付か
鉄塔 中富線―始点 番外 1 中富線始点、武蔵赤坂開閉所周辺には、他にも気になる鉄塔が幾つか見える。 開閉所の北西、400m少しの場所に聳えるのが、こちらだ。新座線9号(標高47.7m) 「埼玉の巨人」こと新座線の、その9号である。 開閉所北東に当たる老番側を
木の芽時 若い頃から、木の芽時(このめどき)は身体がしんどい。 春先、草々や樹々が芽を萌え出さす頃は、暖かかったり寒かったり、低気圧がやって来ては去り、高気圧もやって来ては去りを繰り返す、とっても天候が不安定な頃だ。急激な気圧変化やそれに伴う自律神経の
小野路遊山 4―浅間神社 南多摩線26号がそびえる下の樹林の更に下、切通しを抜けて谷戸沿いの道に出る。南多摩線27号 前回は紅葉の向こうだった南多摩線27号(標高135.8m)を、此度は新芽萌えの向こうに見る。 私の傍らには、ヤマザクラ(Cerasus jamasakura)が満開
小野路遊山 3―小町井戸 小野路城本丸跡から下り、小山田線鉄塔を目指し行く。すれば、数十mほどで、道から2-3m下に小町井戸(標高106.2m)。小町井戸解説 ここも、小野路城址同様、萬松禅寺の所有地であったと言う。小町井戸足元滑りやすいのでご注意 嘗ては
小野路遊山 2―小野路城址 万松寺谷戸を離れ、舗装された細道の急坂を上がって行く。すれば、間もなく右道路脇に鶴川線30号(標高95.8m)。鶴川線30号 手前に見えるのは電柱ではなく、送電線保護のため(離隔距離確保のため)強剪定されたクヌギ(だと思う)。
小野路遊山 1―万松寺谷戸 若葉・若芽・新芽の萌えを求めて、里山鉄塔を訪ねる。 場所は、西東京変電所も近い、町田市の万松寺谷戸(ばんしょうじやと)。東京都から唯一「にほんの里100選」に選定された、小野路(おのじ)の一画。多摩丘陵に発達した、谷の一つのであ
◆パーガトリィ・アフターグロウ/エッジ・オブ・サニティ orderPURGATORY AFTERGLOW/EDGE OF SANITY (1994) 前回の「HEARTWORK」(1993)を産んだカーカスは、メロディック・デス・メタル(メロデス)の創始者と言われるが、いやいや此方こそが創始者だと、そう言われる
◆ハートワーク/カーカス orderHEARTWORK/CARCASS (1993) 以前のアット・ザ・ゲイツやソイルワークの記事で、ヘヴィ・メタルの数多あるサブ・ジャンル中グンバツな人気を持つ、メロディック・デス・メタル(メロデス)を取り上げたが、そのスタイルの大元中の大元と一
■スカム/ナパーム・デス orderSCUM/NAPALM DEATH (1987) ナパーム・デスは、グラインドコアと呼ばれる音楽ジャンルの始祖とされるバンドである。このグラインドコア(Grindcore)のグラインドは、磨り潰す、砕くと言った意だが、まさに、全てを粉砕するが如き猛り狂っ
霊園彷徨―ハス博士 毎年2-4月は、私的には花粉症と片頭痛の季節だ。一年で最もしんどい季節、―憂鬱である。 と、閉じこもっていてはますます鬱々としてしまうので、多磨霊園へライド。 多磨霊園の大半は東京都府中市に属し、一部が小金井市に属する。当然と言えば
茶どころ 五 豊岡線鉄塔を離れ、狭山茶畑をメインにした農地内を、東北東方向へと一直線に走る豊岡線鉄塔列と並行するように、その少し北側を走るのは、「茶どころ通り」である。茶どころ通り 左手前は豊岡線4号。道路両側は、当然ながらお茶畑である。 通りか
茶どころ 四 豊岡線2号を過ぎ、青梅市から入間市に入る。 前に書いた様にこちら入間市側の農地は不規則で、農道は連絡が良くないのですぐ近くに見える3号鉄塔になかなか辿り着けない。3号 空っぽな畑がまだ多いが、それでも早春、農家の方々は作業に勤しんで居ら
茶どころ 参 飯能線に続き、今度は豊岡線を。 豊岡線の1号(標高167.0m)は、それを分岐する青梅線同様東京西線タイプに似ている。豊岡線1号 然し、脚元向こうに見える赤白の2号から先は、明らかにデザインが異なる。2-10号 地線腕金と第一腕金が接し、主脚の
茶どころ 弐 青梅線85号からは、北北西へ飯能線、東北東に豊岡線が分岐する。三鉄塔 中央が青梅線85号、左奥が飯能線1号、右奥が豊岡線1号。三路線 左に飯能線、その右に豊岡線。 航空写真で見て見よう。青梅線85号周辺航空写真 85は青梅線85号、「h1」
茶どころ 壱 狭山丘陵北麓から、豊昭線始点である豊岡変電所方向を望んだら、同名の路線、豊岡線が気になった。この1号鉄塔をグーグルマップで探したら、素敵な田園の中にある事が判明。ので、訪ねることとした。 豊岡線は、豊昭線と異なり豊岡変電所は終点である。始
新 里山鉄塔紀行―布田道 6 西東京変電所脇を過ぎ、観音像を過ぎ、峠を越した布田道は、ここから今迄の山道と打って変わり生活道路の舗道となる。布田道分岐 小野路ヶ丘住宅内の少々分かり難い分岐(標高115.1m)だが、ここを左に下りながら入って行く。 僅か行け
新 里山鉄塔紀行―布田道 5 西東京変電所塀際の布田道(迂回路)から、石神谷戸越しに鉄塔群を望む。布田道から鉄塔群 多くの方にしてみれば、この里山に鉄塔はおじゃまだろうけれど、私的には里山風景も鉄塔風景も共に味わえる二度美味しい景色だ(鉄塔は、右から東
新 里山鉄塔紀行―布田道 4 西北線 2号下を過ぎ、山道を抜けると味気ないコンクリート塀の連なりにぶつかる(他のサイトさんで写真を拝見すると2013年頃は塀は無く金網フェンスだけだった様だ)。ここが、西東京変電所(電源開発送変電ネットワーク 西東京送変電事業所)
新 里山鉄塔紀行―布田道 3 布田道を西進して、さあ、いよいよ西東京変電所が近い。布田道から西東京変電所 うーん、鉄塔がいっぱいだ。手前は、東京多摩霊園の園内である。 奥の方にも、鉄塔がいっぱい。布田道から西東京変電所 一寸、ドキドキする。 ぱっ
新 里山鉄塔紀行―布田道 2 町田いずみ浄苑のセメタリー・ゲート脇から布田道に入ってすぐ、右側藪に踏み跡発見。その先には柿生線3号があった。柿生線3号(標高117.9m) 大プレは激しく退色し読めない。ここまで見えないのはめずらしい(画像をアップにすると幽か
新 里山鉄塔紀行―布田道 1 昨年(2022年)末の西東京変電所訪問で少し触れた、「布田道」を辿ってみる。布田道から鉄塔を望みつつ、西東京変電所横を抜け鎌倉街道へと抜けるルートを想定している。 まずは、鶴川街道(都道19号)が東京都町田市真光寺町でほぼ直角に屈