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カラフルな世界、モノクロの日常 https://nokanan-nagareyama.hatenablog.com/

自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。鉄道ネタ中心ですが、城やサッカーもあります。 yahooブログ終了に伴い、はてなブログに引越ししました。

野花南
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2018/04/05

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  • やさか 【駅名しりとり433】

    八坂 (西武鉄道) 国分寺と多摩湖を結ぶ西武多摩湖線の駅。1日の乗降人員は6,000人強と西武鉄道の駅としては多い方ではありませんが、1面1線の最低限の設備でさばくには、なかなかの人数だと思います。 駅が開設されたのは戦時中の1942年のこと。陸軍少年通信兵学校と陸軍兵器補給廠小平分廠の設置に合わせた軍からの要請によるものです。 野比止用水に面した広大な軍用地には戦後、明治学院をはじめとする学校や多数のマンションが建設されました。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング参加中旅行・お出かけ(国…

  • 余市に寄り道して小樽市総合博物館へ

    8月10日は7:14発の小樽行きでスタートです。 小樽で倶知安行きに乗り換え。 北海道新幹線の並行在来線として廃止が決まった函館本線の長万部-小樽間ですが、このうち余市から小樽までの約20kmは利用客が多いことから鉄道の存続が模索されています。 現状、鉄道16.5往復に加え、路線バスも片道30本近くが運行されているのでかなり太い流動があるのがわかります。 両市街の郊外に駅を設けるとともに、増発、札幌方面との接続を改善すれば、利用客増加も期待できそうです。 一旦は鉄道廃止で決まりましたが、並行する北海道中央バスが代替バスの運行が困難であることを表明するなど、状況は流動的。 余市はニッカウヰスキー…

  • じょうしゅうにいや 【駅名しりとり432】

    上州新屋 (上信電鉄) 高崎から15km弱、30分程で到着する1面1線の小さな駅。県道の拡幅工事に合わせて駅舎・ホームを新築し、2022年8月に供用を開始しました。 めんたいパーク群馬に近く、観光客の利用もあるようです。 駅の東側、ホームの終端近くを流れる川は三途川といいます。行基が名付けたと伝わり、江戸時代の文献にその名が出てくるとのこと。 行基作の奪衣婆像を祭ったことを由来とする姥子堂などもあり、古の民間信仰を今に伝えています。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行・お出かけ(国内) ランキング参加…

  • 夕張市石炭博物館

    夕張市街を抜けて、志幌加別川が作る谷が細くなってきたところ、北炭夕張炭鉱の跡地につくられた「石炭の歴史村」は、1980年に開園した「炭鉱から観光へ」のスローガンの象徴となる施設でした。 石炭博物館を中核に、遊園地「アドベンチャー・ファミリー」や「ローズガーデン」、野外ステージなどを併設し、年間200万人の観光客を見込んでいたといいます。 2006年に夕張市が財政再建団体に転落すると、運営を担っていた第三セクター石炭の歴史村観光も破綻し休園。 道路の両側にある、広大な駐車場が当時の夢をほうふつとさせます。 石炭の歴史村の入口は当時の雰囲気を残しています。 石炭博物館の前の駐車場には30台以上の車…

  • 夕張市街を北へ歩く

    8月9日、6:02発の北斗1号に乗車、南千歳でおおぞら3号に乗り換えて、10:02新夕張に降り立ちました。 石勝線建設により、夕張線の紅葉山駅を移設して1981年に開業した新夕張駅。 夕張市の玄関口として、上下合わせて18本の特急が停車しています。 一方で、普通列車は削減に削減を重ね、千歳方面に3本しかありません。 当駅から新得方面には普通列車の運転がないため、乗車券のみで特急に乗車できる特例がありますが実用性のない制度になってしまいました。 2面のホームがありますが、3・4番線ホームは使用停止になり、立ち入れないようになっています。 2019年夕張支線廃止後、夕張市街へのアクセスは夕鉄バスが…

  • 【ちょっと昔の流山46】2008年10月1日 南流山

    2008年10月1日の南流山です。 右側の築堤はJR武蔵野線です。 このあたりは南流山駅の開業に合わせて1970年代に区画整理が行われた地域です。 つくばエクスプレス開業に合わせて市内各所で再開発が進みましたが、この地域は現在まで大きな再開発が行われていません。 それでも、大規模なマンションが建設されるなど風景は少しずつ変わり続けています。 南流山駅入口交差点。 南流山駅周辺です。 南流山6丁目周辺。 橋が架かる用水路は神明掘、マンションの背後の茶色い三角屋根は南流山郵便局です。 木交差点。この辺りはつくばエクスプレス開業後の再開発で雰囲気が変わりました。 コープ野村弐番街。 1983年竣工の…

  • 抽斗の少なさが気になる

    前半は悪くなかったと思います。 石川と矢村の2トップが良く機能していました。前から追ってくれるので、後ろが余裕を持ってプレーできていましたし、スペースに顔を出してくれるので、ボール回しもスムーズだったと思います。 実際、チャンスは作れていましたし。 ただ、悪くなかった、を結果に結びつけられないのが厳しい。 後半立ち上がりの失点はいただけませんが、そこで悪くなった流れを変えられないままズルズルいってしまったのが尚悪い。 そしてそれは、交代選手の質の問題のような気がします。 最近のジェフは、選手交代にワクワクすることが少なくなりました。 特に今日は選手交代するたびにチームが劣化した感じすらします。…

  • 訪城記 ~戸切地陣屋~ 【2026.8.8】

    戸切地陣屋は1855年に松前藩によって築かれた西洋式の城郭。日本で最初の稜堡式城郭として知られています。 江戸幕府の蝦夷地上知に伴う警護分担命令遂行のため、函館平野の西部の縁にある台地上に築かれました。 渡島半島の山地を背に、両側を谷で挟まれた舌状台地は要害そのもの。ただ、その立地故、市街地から遠く公共交通機関での到達が困難なのがネックです。 清川陣屋というバス停が最も近く、北杜市役所と新函館北斗駅を結ぶバスが走っていますが1日1往復(平日は2往復)しかありません。新函館北斗駅と函館市街を結ぶバスは比較的本数が多いものの、バス通りからは5km近く離れており現実的ではありません。 いろいろ考えた…

  • たぬきこうじ 【駅名しりとり431】

    狸小路 (札幌市交通事業振興公社) すすきのと西4丁目という2つの停留所を結んで環状運転するという構想は古くからあり、2015年のループ化開業では、路面電車の新設自体が珍しいこともあり話題になりました。 札幌駅前通を通る新設区間は、日本でほとんど例のないサイドリザベーション方式を採用しており、狸小路停留場は歩道から直接乗降することができるようになっています。 札幌市電は2020年に上下分離を行い、現在運航を担っているのは札幌市交通事業振興公社という財団法人とのこと。本稿のために調べて初めて知りました。 2038年頃が想定されている北海道新幹線延伸開業に合わせて札幌駅前まで延伸できないか、と妄想…

  • 訪城記 ~根城~ 【2026.7.19】

    7月19日、釜石7:49発の久慈行きに乗車します。 3時間以上かけて久慈へ。 6分の待ち時間で八戸線に乗り換えます。 12:55、八戸到着。 13:05発のバスに乗り換えて、報恩会館根城前で下車しました。 八戸市の中央、馬淵川の河岸段丘に築かれた根城は、南北朝時代の築城され1627年廃城になるまで南部氏(八戸氏)の主城として使われました。 1941年国史跡。1980年代に発掘調査が進められ、整備されました。本丸・中館・東善寺館という曲輪が「根城の広場」として公開されていますが、実際にはもっと巨大な城郭で、南側に広がる住宅地にも曲輪が設けられていました。 バス停の近くの切岸が沢里館と呼ばれる曲輪…

  • まいた 【駅名しりとり430】

    蒔田 (横浜市交通局) 1972年開業。第1期開業区間にある横浜の地下鉄で最も古い駅のひとつです。 駅周辺は住宅と商店、オフィスが密集しており、1日当たりの乗降人員は2万人を超えます。 開業前には当駅近くの鎌倉街道から車両の搬入が行われました。鎌倉街道の歩道には看板が立てられています。 蒔田という地名は古く、「更級日記」の文中に記載がある武蔵国の「あすだ河」に由来するといわれています。「あすだ」が「明田」になり、さらに「まいた」に転訛し「蒔田」の字をあてたとのこと。 「あすだ河」は現在の大岡川のことだと考えられています。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 に…

  • 釜石鉱山、鉄の街釜石の礎となった日本有数の鉄鉱山。

    土沢駅に戻って13:57発の釜石行きに乗車します。 単行でしたので、車内の狭さと圧迫感を強く感じました。 標高390mの上有住からΩカーブを通って250mほどの陸中大橋へ。 1950年まで鉄道が通わなかった仙人峠では、永らく徒歩と荷物運搬用索道による通行を強いられていました。 2,975mの土倉トンネルとΩ状にカーブを描く線形が、険しい地形に挑んだ鉄道の勝利を物語っています。 陸中大橋駅は1880年に敷設された釜石鉱山鉄道から歴史がはじまります。 当時の駅は今と異なるところにありました。釜石東線の建設では、鉱山鉄道の路盤は流用されなかったみたいです。 駅周辺に広がっていた釜石鉱山は日本有数の鉄…

  • きたま 【駅名しりとり429】

    北間 (北陸鉄道) 北間は大野川と浅野川に挟まれ、河北潟を臨む水辺の町 駅周辺には寺社仏閣が多く古い街の雰囲気が残る一方、金沢のベッドタウンとして築浅の住宅も多く見られます。 金沢の北部にあってふたつの川の間にあることから、「北間」という地名ができたという説があります。 歴史の中を2両編成の列車が行きかいます。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング参加中旅行・お出かけ(国内) ランキング参加中ひとり旅

  • 訪城記 ~土沢城~ 【2026.7.18】

    花巻駅に戻って、12:01発の釜石線に乗車します。 今年の1月に営業開始したばかりのHB-E220系2両編成。 新車導入が発表された際には、窓や座席が少ない外観に懐疑的な声が多かったように思いますが、実際には白を基調とした内装は思った以上に明るく、新車の香りが残っていることもあり評判ほど悪い印象は感じませんでした。 一方、乗ってみたいという積極的な気持ちになるかというと微妙。コストカットがあからさまで、居住性もイマイチ。特に長時間の乗車は敬遠したいのが正直な感想です。せめて裾絞りのある幅広の車体にすればマシになったと思うのですが。 せっかくの新車であるにもかかわらず、利用客から少なくないネガテ…

  • しもうさこうざき 【駅名しりとり428】

    下総神崎 (JR東日本) 利根川に面した神崎町は、面積20㎢に満たない小さな町。人口も6,000人ほどしかなく、千葉県の市町村の中で最少となっています。 成田都市圏に含まれており、成田への通勤需要が旺盛。6時台の上り列車が3本あるのもその現われでしょうか。 利根川には神崎大橋、新利根川橋が架かり、対岸の茨城県稲敷市との結びつきも強そう。 とはいっても公共交通の結節点としての機能は佐原にあるので、利根川を越えるバスはあるものの本数は非常に少ないです。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング参加中…

  • しんさいばし 【駅名しりとり427】

    心斎橋 (大阪市高速電気軌道) 御堂筋線と長堀鶴見緑地線の乗換駅。四ツ橋駅とも改札内で乗り換えが可能です。 駅周辺は大阪ミナミの繁華街。御堂筋の東側に並行する心斎橋筋商店街は、心斎橋筋北商店街、戎橋筋商店街と合わせて2km近くアーケードがつながっています。 なんばに向かう途中にはグリコの看板でおなじみの道頓堀の戎橋があるので、観光客も多いと思います。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング参加中旅行・お出かけ(国内) ランキング参加中ひとり旅

  • 花巻防空監視哨聴音壕

    7月18日、上野7:56発の「はやぶさ」に乗車。一ノ関で下車しました。 東北本線に乗り換え。 花巻で下車しました。 乗り換えの待ち時間が1時間弱ありますので少し寄り道。 駅から15分ほどあるいた住宅街の中にあるレンガ造りの円筒が目的地です。 この不思議な構造物は、花巻防空監視哨聴音壕です。 戦時中、この壕の中で飛行機の爆音を聞き取り、敵味方、方角、距離、数などを判断し、軍や警察に通信していました。 防空監視哨は日本全国につくられました。高所に設置され、双眼鏡で監視するのが通常ですので、聴音壕がないところも多かったようです。 現在はレンガの円筒がむき出しになっていますが、当時はレンガの周囲を盛土…

  • しおみばし 【駅名しりとり426】

    汐見橋 (南海電気鉄道) 南海高野線のターミナル。かつては高野山への優等列車が発着していました。 1925年に南海本線との連絡線が完成すると、難波乗り入れが主流となります。 1985年に分断されて以降は、岸里玉出折り返しのみとなり細々と営業が続けられています。 2031年開業が予定されているなにわ筋線では、一時期、南海との接続駅として検討されていました。 もし実現していたら、都会のエアポケットのようなこの駅も、巨大ターミナルに生まれ変わったはずです。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング参加…

  • 奥多摩の山中に眠る廃線跡

    6月13日午前8時頃、奥多摩駅に降り立ちました。 奥多摩工業の工場は稼働しているものの、側線は撤去されています。 1998年までは、青梅線から南武線へ石灰石輸送の貨物列車が運行されていましたが、その名残も徐々に消えつつあります。 奥多摩駅前は、バスを待つハイキング客で混雑していました。 奥多摩町役場の前を通って日原川を渡ります。この辺りは氷川渓谷と呼ばれているところです。 川沿いの道を上流に進むと、優美なコンクリートアーチが見えてきます。 これは小河内ダム建設の際に資材運搬のため敷設された東京都専用線小河内線の廃線跡。 奥多摩駅(氷川)から奥多摩湖近傍の水根まで続いている廃線跡で、この日原川橋…

  • 【ちょっと昔の流山45】2008年8月31日 江戸川

    2008年8月31日の江戸川です。 台風が来たのか、増水していつもと違う表情です。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中街歩き ランキング参加中旅行・お出かけ(国内) ランキング参加中ひとり旅 ランキング参加中旅行

  • たまがし 【駅名しりとり425】

    玉柏 (JR西日本) 岡山駅からわずか3駅、10分でありながら、駅周囲は家が散在する田園地帯となっています。 停車する列車は1時間から1時間半に1本程度。快速は停車しません。 国鉄時代に行き違い設備が撤去されましたが、津山線の高速化事業により1線スルー方式で復活しました。 1日当たりの利用客数は200人ほどですが、旭川を渡った牟佐地区には住宅街が広がっており、潜在的な需要はありそうです。 本数を増やし、利便性を向上させれば、開発が進みそうな感じがします。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング…

  • NAGAREYAMA F.C. ホーム初勝利

    久しぶりに、NAGAREYAMA F.C.の試合を見に行きました。 会場は流山スポーツフィールド。今年の4月1日に人工芝グラウンドが整備されたことで開催可能となりました。これまでは市内に会場がなかったことを考えると大きな進歩でしょうか。 今シーズン、勝ったり負けたりで成績が上がってこないNAGAREYAMA F.C.ですが、この試合は6-0と完勝しました。 しかし、FPの交代選手がおらず、負傷したのか後半の大部分を1人少ない状況とならざるを得なかった相手チームに助けられた部分も多く、内容には課題山積という感じです。 キックオフ時は4-4-2だったと思います。ただ、攻撃時は左SB繁田選手が高い位…

  • 訪城記 ~横手城~ 【2026.5.30】

    横手盆地の東の端に横手城があります。 横手川を天然の外堀とし、羽州街道の宿場があった要衝でした。 七曲坂と呼ばれる坂を上ると、本丸と二の丸の間の鞍部に出ました。 駐車場があって武者溜広場と呼ばれています。 城跡は横手公園として整備されており、有名な模擬天守は二の丸にあります。1965年に建設され、60年以上の歴史があります。 最上階からの展望。横手盆地が一望の下に。 一方で本丸は荒れ放題。 秋田神社の社殿がありますが、手入れされず朽ちるに任せる状態になっています。 本丸を取り巻く腰曲輪。 城の東側にある牛沼は、かつてはもっと大きく、外堀となっていました。 本丸と二の丸の周囲には幾重にも腰曲輪が…

  • まつした 【駅名しりとり424】

    松下 (JR東海) 伊勢神宮の参詣のために建設され、明治時代に全通した歴史ある参宮線ですが、当駅は1963年開業と、後年追加された新しい駅です。 建設費全額分の鉄道債券を地元が引き受けることで建設されました。 駅周囲に集落はなく、田畑と山林が広がっており、1日当たりの利用客は100人に届きません。 それでも、上下合わせて終日2本/hの列車が停車し、朝夕は快速みえも停車するので、利便性は悪くありません。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング参加中旅行・お出かけ(国内) ランキング参加中ひとり旅

  • 大幹線の成れの果て

    新庄に宿泊して5月30日、7:13発の真室川行きに乗車します。 陸羽西線で運用されているキハ110の単行でした。そして乗客は私1人。 2024年7月の豪雨により運休となった奥羽本線。 2025年の運行再開に際し、新庄~院内は電化設備が撤去されました。現在はすべて気動車で運行されています。 「サステナブルで災害を受けてもより早期復旧が可能となる鉄道」という名目ですが、本音は経費削減。 同区間に運行される列車は上下合わせて17本しかなく、新庄以南への直通ができないことからバイパスとしても機能せず、さらに新しい気動車は電車に引けを取らない走行性能を持つことを考えると合理的な選択と言えるでしょうか? …

  • 訪城記 ~新庄城~ 【2026.5.29】

    鶴岡駅に戻って、13:52発の酒田行きに乗車します。 余目で陸羽西線に乗り換え。 道路建設に支障があるということで、2022年5月から運休していましたが、2026年1月に運行を再開。 純然たるローカル線なので、このまま廃止になることを危惧していましたが、無事復活して安堵しました。 陸羽西線は、県都山形と庄内を結ぶ、山形県内の流動においてはかなり重要な路線です。かつては山形と酒田を直通する列車が運行されていたほか、改軌して山形新幹線を延伸するという構想もありました。 山形への直通はなくなりましたが、酒田へは約半数の列車が直通しています。 新庄着。 奥羽本線の新庄~院内が非電化になったことにより、…

  • つぼさかやま 【駅名しりとり423】

    壺阪山 (近畿日本鉄道) 近鉄吉野線の駅で、特急を含むすべての列車が停車します。 2面3線の設備を持ち、3番線は橿原神宮前方面への折り返し専用となっており、かつては当駅折り返し列車が多数設定されていました。 駅前は、高取藩2万5千石の城下町でしっとりとした街並みに当時の面影を感じることができます。 藩庁の高取城は日本三大山城にも数えられるほどの巨大山城で、駅の南東4kmほどの山中に壮大な石垣が残されています。 城跡への公共交通は存在せず、壷阪寺のバス停からでも4kmほど山道を歩くことになります。私は駅から歩いて行ったので2時間近くかかった記憶があります。 帰りは壺阪寺からのバスを調べていました…

  • 訪城記 ~鶴ヶ岡城~ 【2026.5.29】

    5月29日は有休をとりました。 始発の上越新幹線で新潟へ。いなほ1号に乗り換えます。 鶴岡で下車しました。 バスで鶴岡市役所へ。 庄内藩17万石の城下町だった鶴岡市は人口10万人を超える山形県第2の都市です。 江戸時代を通じて酒井氏の安定した治世が続き、庄内地方の政治の中心として栄えました。 1805年酒井忠徳によって創設された致道館は、その象徴。徂徠学を採用し「自発学習」「天性重視・個性伸長」を重んじた教育が行われました。 現在、藩校の西半分が現存し、史跡に指定されています。 致道館は鶴ケ岡城の二の丸の堀に沿って作られていました。 現在堀は埋められてしまっていますが、櫓台の石垣と土塁が残され…

  • 訪城記 ~綾城~ 【2026.5.3】

    鹿児島中央駅まで来ました。 この日は大雨の予報が出ていました。この時点では雨はほとんど降っていないものの、厚い雲に覆われており今すぐにでも本降りになりそう。 本当は、バスで鹿屋の方に抜けるつもりでしたが、早めに移動しておく方が無難ということで、9:59発のきりしま8号に乗車しました。 JR九州のフラッグシップとして1992年に登場した787系、九州新幹線開業後は汎用特急車両として九州全土で運用されています。 何度かリニューアルされているものの、登場から34年が過ぎ、陳腐化が隠しきれなくなってきました。ただ後継車の情報もないので、暫くはだましだまし使い続けるのだと思います。 4両編成でワンマン運…

  • いせわかまつ 【駅名しりとり422】

    伊勢若松 (近畿日本鉄道) 近鉄名古屋線から鈴鹿線が分岐する乗換駅。伊勢鉄道の鈴鹿駅は本数が少なく利便性が高くはないため、鈴鹿市の中心へ鉄道でアプローチする場合は当駅が玄関になります。 市役所がある神戸、旭化成や本田技研の工場がある平田へは5km~10km離れており、駅前の集落も大きくないため、利用客の多くが乗り換え客だと思います。 線内運転が基本となっている鈴鹿線ですが、かつては四日市や名古屋との直通列車が多数運転されていました。 現在は、名古屋行きの急行が毎時3本停車しており、鈴鹿線の列車と接続をとっていますが、3分程度の好接続がある一方で、10分程度待つこともあり一定ではないようです。 …

  • 那覇から鹿児島へ、洋上の25時間

    5月2日朝、沖縄の日の出は遅く、まだ真っ暗です。 5:40くらいに、那覇港船客待合所に到着しました。 乗船手続きは出港の1時間前までに、とのことだったので早めに来たのですが、建物内は真っ暗で扉も締まっています。 開始時間は6:00とのことで、焦る必要はなかったみたいです。 東京から那覇へは飛行機だと2時間半ほどですのであまり実感がありませんが、1500kmほどの距離があります。 直線距離でいえばソウルの方が近かったりします。 鹿児島でも700km弱。東京からだと広島や函館くらいの距離感でしょうか?この長距離を、いくつかの離島によりながら25時間半で結んでいるフェリーがあります。 マルエーフェリ…

  • びんごおちあい 【駅名しりとり421】

    備後落合 (JR西日本) 備後落合。私のもっとも好きな駅の一つである。これに匹敵するのは北海道の北辺の音威子府ぐらいだろう。「駅」というものは、こういうところにあってこそ駅なのだという、そんな気分にさせる駅なのだ。 二分しか接続時間がないので備後落合駅の味を噛みしめる間もなく、木次線のディーゼルカーに乗りこんだ。たった一両。それで十分で、客はわずか五人であった。 宮脇俊三「中国山地の光と影」、『日本鉄道名所7山陰線山陽線予讃線』、小学館、1986年 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング参加中…

  • 訪城記 ~伊敷索城~ 【2026.5.1】

    久米島博物館の西側に伊敷索(ちなは)城がありました。 三山時代の13世紀ころに築城されたと伝わり、長男を宇江城、次男を具志川城、三男を登武那覇城に配することで久米島全島を支配していた伊敷索按司の拠点城郭でした。 兼城港に近く、物流の中継地として繁栄しましたが、第二尚氏3代尚真王が派遣した王府軍により滅亡に至りました。 白瀬川に面した断崖に沿うように築城されており、三の郭南に虎口が設けられています。 三の郭からは白瀬川と兼城湾が良く見えます。 フェリーが発着している兼城港がある兼城湾は、当時も要港でしたので、この占地は非常に理に適っていると感じます。 郭内は低い石垣で3つに分かれています。 最奥…

  • いび 【駅名しりとり420】

    揖斐 (養老鉄道) 福井県との県境冠山を源とし、伊仙湾に流れ込む木曽三川の大河、揖斐川が平野部に流れ出てくるところに揖斐のまちはあります。 揖斐川の舟運で栄え、1631年には旗本岡田氏5,300石の領地となり、揖斐城を改修して築かれた揖斐陣屋は明治維新まで存続しました。 この駅は1919年の開業。現在は1時間に1~2本の列車が発着するだけですが、当時は貨物輸送も行われていたようです。 更に1928年には美濃電気軌道が延伸し、街の中心部に近いところに本揖斐駅が開業しました。 大きな町とは言えないにも関わらず鉄道2路線の終着駅がおかれたというところに、当時の揖斐の地位を垣間見ることができるでしょう…

  • 訪城記 ~宇江城~ 【2026.5.1】

    2つ目の目的地は宇江城です。 比屋定バンタ近くの交差点から、宇江城山を登ります。途中に道路工事で通行止めのところがあり、大きく迂回することになりました。 比屋定バンタにはバス停があって、一応徒歩40分ほどで城跡に行くことはできるようですが、本気で歩いていたらえらいことになっていました。 駐車場のあるところは、三の郭です。 当時は石垣で囲まれていたようですが、戦後、建築資材として持ち出されてしまったようで、跡形もありません。 南側に虎口があったようです。斜面には何段か腰曲輪が作られ、山の中腹の城下町から道がつけられていました。 二の郭の石垣。虎口正面石垣の右側にありました。。 崩落の危険があるの…

  • 訪城記 ~具志川城~ 【2026.5.1】

    4月30日、朝の飛行機で那覇に来ました。 首里城に行くつもりでモノレールに乗っていたら、天気予報の通り雨が降り出しました。 首里駅に着いた頃には土砂降りで身動きが取れない感じに。 結局、沖縄県立博物館(’おきみゅー)に避難して時間をつぶしました。 夕方、雨が上がったので以前から行きたかった対馬丸記念館へ。 この日は世間的にはウィークデーということで、普通に休館日でした。事前に調べなかった私のミスですね。 というわけで、何をしたかったのかよくわからない時間を過ごした翌日、7:45発のRACに搭乗しました。 前日とは打って変わって、この日は快晴。気持ちの良い青空が広がっています。 渡名喜島がくっき…

  • しらおい 【駅名しりとり419】

    白老 (JR北海道) 2020年に開業したウポポイ(民族共生象徴空間)の最寄り駅。 2020年以降、特急「すずらん」に加えそれまで通過していた「北斗」が停車するようになるなど利便性が向上し、乗降客数も増加傾向にあります。 ゴールデンカムイの人気などアイヌ文化への関心が高まっているなかで開業したウポポイですが、私には違和感しかありませんでした。 歴史に対する認識が甘く、文化に対する敬意も感じられない展示に幻滅したのを覚えています。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング参加中旅行・お出かけ(国内…

  • 訪城記 ~篠原城~ 【2026.3.14】

    3月14日の朝、菊名駅から新横浜に向かって住宅街の中を歩いていきます。 正面に見える小山に篠原城がありました。 平安時代に築城されたといわれる篠原城は、戦国時代は北条氏の支配下にありました。 近くに小机城という拠点城郭がありますので、その支城として機能していたのではないでしょうか。 北条氏の家臣金子出雲が城主を務めていたという話もあるようですが、本当かどうかはわかりません。 城山と呼ばれる小山の頂上に主郭を置き、四方に腰曲輪を配置していたようです。 斜面に造成された左右の住宅も元々は腰曲輪でした。宅地開発に当たり発掘調査が行われたようです。 看板を発見。 その後ろには空堀とかすかに土橋を見るこ…

  • たぶし 【駅名しりとり418】

    旅伏 (一畑電車) 1914年、一畑電車の前身である一畑軽便鉄道の開通と同時に開業した古い駅。駅名は西側にある旅伏山に由来します。 旅伏山は山頂まで遊歩道が整備されており、古代には「多夫志烽火」というのろし台がおかれていました。 出雲国風土記によれば、大社から安来まで20kmごとに5つののろし台が整備されていたとのこと。 山頂付近にある、都武自神社も出雲国風土記に記載のある古社で、612年創建と伝わります。 神話のふるさと出雲は、古代と現代の狭間にあります。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキ…

  • 光明電気鉄道 、10年足らずで消えた幻の鉄道

    かつて、現在のJR磐田駅に隣接した新中泉駅から天竜川沿いに北上し、二俣町駅まで、光明電気鉄道という私鉄がありました。 1928年部分開業しましたが、資金繰りが極度に悪化したことで1936年に廃止。営業期間は8年ほどしかなく幻の鉄道と呼ばれたりしています。 二俣町駅跡は秋野不矩美術館の駐車場付近にあったようです。看板以外に当時をしのぶものはありません。 久根鉱山から産出される鉱石や北遠州地域の木材など、天竜川の舟運を利用していた貨物輸送を当てにしていたようです。 二俣町からさらに北上して、有力な川湊である船明までの延伸が計画されていました。船明は旧光明村にあり、会社名もそこに由来しています。 ト…

  • 訪城記 ~鳥羽山城~ 【2026.2.22】

    二俣城から、二俣川をはさんだ南側に鳥羽山城がありました。 東側以外の三方を天竜川と二俣川に囲まれた要害の地。 二俣城の攻防が続く中、徳川氏の付城として築かれたと伝わりますが、今川氏による築城という説もあるようです。 主郭西側の腰曲輪を進みます。 崩れていますが、石垣があったようです。 主郭北側の虎口は搦手になります。両側に石垣が積まれ、地面は石畳になっています。 主郭は方50mほど。周囲を囲んでいる土塁はかつては石垣だったようです。 主郭にある展望台から。天竜川をはさんで南側に眺望が開けています。 二俣城の攻防が終わり、武田氏が滅亡した後、鳥羽山城も大改修が行われ、その性格が変化しました。 主…

  • きたやまがた 【駅名しりとり417】

    北山形 (JR東日本) 1921年、左沢線の駅として開業。1927年、奥羽本線が停車するようになり、ホームの配置が八の字になりました。 その歴史的経緯から山形~北山形は永らく奥羽本線と左沢線の二重戸籍区間でした。 1998年に左沢線の起点が北山形に変更されて解消されています。 線路の戸籍はいろいろややこしくて、例えば山手線は正式には品川~田端だ、みたいな雑学のネタの宝庫です。 ただ、実際の運転系統と異なることも多く、ムダ知識の類かと思います。京浜東北線という路線は存在しない、なんてことを知っていても、生活が便利になることはありませんし。 そもそも夫婦別姓の議論でよく出てくる人間の戸籍自体、普段…

  • 訪城記 ~二俣城~ 【2026.2.22】

    諏訪湖を流れ出て、伊那谷を作り、南アルプスの最南部を穿った天竜川が平野に出るところに二俣城があります。 古くから信濃と遠江との結節点となった戦略上の要地で、武田氏と徳川氏の抗争の舞台となりました。 最も有名なのは、三方ヶ原の戦いの前哨戦となった1572年の戦いでしょうか。 中根正照以下1200ほどの守備兵は、武田軍の猛攻を1か月強ほどよく耐えましたが、唯 一の水手だった井戸櫓を破壊されたことをきっかけに開城となりました。 城下の清瀧寺にある井戸櫓と同じような構造の櫓があったのではないでしょうか。 1575年長篠の戦いでの大敗北をきっかけに武田氏が撤退。城主は徳川氏に移ります。 その後も何度か武…

  • 辰野ヨリ飯田ヲ経テ静岡県浜松ニ至ル鉄道、国鉄佐久間線の未成線跡

    飯田に宿泊して、2月22日。7:05発の豊橋行きは、先日のダイヤ改正で引退した213系5000番台でした。 2ドアの転換クロスシートの車内は、快適そのもの。 車齢35年ほどと若く、ステンレス車体であることを考えると、このまま廃車はもったいないので、どこかに譲渡される可能性が高いと思います。 個人的には富山地方鉄道が最有力だと思います。根拠はありません。 JRの大柄の車体なので入線可能な路線は限られています。長野電鉄、伊豆箱根鉄道、伊豆急行、富士急行、秩父鉄道あたりが思い浮かびますが、両数や線形などの条件を考えると一長一短という感じがします。 上信電鉄という噂もありますがどうでしょうか。 城西駅…

  • さしき 【駅名しりとり416】

    佐敷 (肥薩おれんじ鉄道) 佐敷駅のある芦北町は2020年に放送されたアニメ『放課後ていぼう日誌』の舞台。 アニメには、駅周辺の風景がそのままに登場します。 当時は、駅舎にパネル展示があったりラッピング列車が運行されるなど盛り上がりました。 2020年7月の豪雨では大きな被害が出ました。 原作者も被災したことで一時期休載となったものの数か月で再開し、現在まで連載が続いています。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング参加中アニメ ランキング参加中旅行・お出かけ(国内) ランキング参加中ひとり旅

  • やくさ 【駅名しりとり415】

    八草 (愛知環状鉄道) 2005年愛知万博開催中は万博八草と改称され、万博輸送に活躍しました。 10両対応の長いホームや駅前の広いロータリーや駐車場が当時の名残でしょうか。 万博閉幕後も5,000人/日を超える乗降人員があります。 名古屋の中心部である栄に向かうときには、リニモで藤が丘に出て地下鉄に乗るのが便利。 瀬戸や高蔵寺経由も可能ですが、遠回りになるのは否めません。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行・お出かけ(国内) ランキング参加中ひとり旅 ランキング参加中旅行

  • 訪城記 ~飯田城~ 【2026.2.21】

    山吹駅に戻って、14:21発の列車に乗車します。 伊那八幡で下車しました。 駅から5分ほど歩いたところに、飯田城の八間門が移築、現存しています。 二の丸の正門に当たる格式高い櫓門でしたが、明治4年に払い下げられ木下家に移築されました。 城内にあった時は両側に石垣があった櫓門だったようですが、移築するときに長屋が付属する形に改められました。 長屋も城内にあったものだと伝えられています。 飯田城は、天竜川が作り出した河岸段丘に築かれています。 松川が削った田切地形の深い谷を要害とし、舌状になった段丘を巧みに利用しています。 松川沿いから城跡を見たところ。山の上の建物は天空の城三宜亭本館というホテル…

  • 訪城記 ~大島城~ 【2026.2.21】

    3連休の初日、中央本線の普通列車は、スカ色の211系でした。 ウソ電で定番のカラーリングですが、実現するとは思わなかったです。 大月であずさ1号に乗り換え。新宿からの指定席がとれなくて、大月まで来ることになってしまいました。 何人もデッキに立っているような状況でしたので、座席未指定券ではかなりきつかったと思います。 上諏訪で下車。9:22発の豊橋行きに乗り換えます。 この列車には2023年1月にも乗車していますが、その時は席がすべて埋まり立ち客が出るほどの混雑でした。今回は、席が半分くらい埋まる程度の乗車率で助かりました。 11:57着、山吹駅で下車しました。 この日の目的地は、歩いて20分ほ…

  • 訪城記 ~深沢城~ 【2026.1.10】

    皆川城から栃木駅に戻ってきました。 10:27発の両毛線に乗車します。 桐生でわたらせ渓谷鐵道に乗り換えます。 本宿駅で下車しました。 渡良瀬川がつくる谷の底にある駅から、斜面を登ります。 徒歩30分弱で、緩斜面の集落に到着ました。 住所で言うと、黒保根町宿廻と呼ばれる地区になります。 ここには、深沢城というちょっと不思議な城郭があります。 二郭から主郭を見たところです。 二郭の方が高い位置にあり、主郭を見下ろすような感じになっています。 城郭というのは中心に近づけば近づくほど高くなるのが普通です。高いところにいる方が戦の時優位ですので。 もちろん、主郭が低い例というのはないわけではありません…

  • しばらくは辛抱が必要

    いかんせん怪我人が多すぎる。 ちばぎんカップの時から、出られる人を並べましたという感じのメンバーが続いています。 今節は品田と鳥海が復帰したものの、日高とカルリーニョスが外れました。 そもそもJ2で3位のチームです。ベストメンバーを組めたとしても個々の能力では劣っているのは否定できません。 だから、今日の結果も想定内です。調子の悪い横浜FMなので、何とかしてほしかったという気持ちも無きにしも非ずですが。。。 小林監督は現実主義者ではなく理想主義者だと思っています。小手先のやりくりで勝ちを拾うということはしないでしょう。 これまでも勝てなくなる時期は何度も経験しています。それでも必ず上昇気流をつ…

  • かみながや 【駅名しりとり414】

    上永谷 (横浜市交通局) 1976年に開業した横浜市営地下鉄ブルーラインの駅。 2面4線の設備を持ち、快速が運転されている時間帯は緩急接続が行われています。また、上永谷車両基地へ入出庫もあるため、運転上の要衝として機能しています。 駅の周囲は、地下鉄の開業に合わせて区画整理が行われた住宅街。分譲から40年以上が建ち、成熟した街並みが広がっています。 駅前広場には、東戸塚や港南台、上大岡など、複数系統のバスが発着し交通の結節点ともなっています。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング参加中旅行・…

  • 訪城記 ~皆川城~ 【2026.1.10】

    1月10日、午前8時少し前に栃木駅に降り立ちました。 ふれあいバスという栃木市のコミュニティバスに乗り換え、皆川郵便局前というバス停で下車しました。 バス停から歩いて5分ほどの皆川地区包括支援センターへ。 皆川城址公園の入口にもなっており、車を停めることもできそう。 皆川城は関東平野の北縁にある平山城。戦国時代は皆川氏の居城でした。 豊臣秀吉の小田原征伐の際には北条方に与したので、上杉景勝の攻撃を受けています。時の当主皆川広照は小田原城に籠城していましたが、落城前に脱出。のちに徳川家康の取りなしにより所領を安堵されました。 翌1591年、本拠地を栃木城に移しているので、この時に皆川城は廃城にな…

  • おおさか 【駅名しりとり413】

    大阪 (JR西日本) 最近、YouTubeの西園寺チャンネルをよく見ています。 単に旅をするだけではなく、そこにうまくゲーム性やチャレンジ要素を取り入れていて、とても面白い。 長い動画が多いと思うのですが、企画内容とテンポの良い編集と西園寺氏のキャラクターで飽きずにみることができます。 自分が知らないことも多く、新たな発見があるのもよいところでしょうか.。 旅系、鉄道系YouTuberが増えて、チャレンジングで破天荒な旅をしている動画もいっぱいupされていますが、国鉄全線完乗とか、鈍行日本縦断とか最長片道切符とか夜行列車〇連泊、駅寝〇連泊などなど、こういう旅をしている人は昔から存在していました…

  • 住宅街に溶け込む、三菱飯塚炭鉱巻き上げ機台座

    上山田線跡の道路を南へ。 住宅街の中に、巨大なレンガ造の構造物、三菱飯塚炭鉱巻き上げ機台座が現れます。 飯塚炭鉱は1917年開鉱、1936年に三菱鉱山となり、1961年まで採炭が続けられました。三菱撤退後、飯塚炭鉱が設立され操業継続が試みられましたが、1965年に完全に閉鉱となったようです。 強制連行された中国人の慰霊碑もあります。飯塚炭鉱には188人に中国人労働者が配属され、19人がなくなりました。 慰霊碑があるところは「歴史・人権・平和の広場」と名付けられ、定期的に慰霊祭も行われているようです。 養和館跡にも寄り道してみます。 飯塚炭鉱の前身となる大徳炭鉱を創業した中島徳松の別邸で、迎賓館…

  • 上山田線の廃線跡を辿り、平恒駅跡へ。

    筑前国と豊前国の頭文字をとり、明治時代に生まれた筑豊地域は、筑豊炭田から産出される石炭を積出港へ運ぶため、稠密な鉄道網が整備されていました。 国鉄時代の時刻表を見るとその複雑さを見ることができます。さらに旅客営業を行わない貨物線は時刻表に掲載されないので、実際はさらに複雑。 石炭の町は鉄道の町でもありました。 1960年代に入り炭鉱の閉山が相次ぐようになると、石炭輸送を目的としていた鉄道も経営状態が悪化、廃止が相次ぐようになります。 貨物線は言うまでもなく、旅客輸送を行っていた路線も、JR九州の筑豊本線、日田彦山線、後藤寺線、平成筑豊鉄道に移管された、田川線、伊田線、糸田線のみになってしまいま…

  • おうしお 【駅名しりとり412】

    王子保 (JR西日本) 王子保という地名の歴史は古く、縄文時代中期の起源をもつ大塩保という地名に、王子信仰に由来する「王子」という字をあてたという説が有力のようです。 近傍を通る街道は敦賀の海と国府を最短距離で結び、塩が運ばれていた「塩の道」。中世になると、王子保は大塩という表記に変化しました。 現在越前市南部に大塩町という住所があるほか、891年創建と伝わる大塩八幡宮にその名残があります。 当駅は1927年開業。1889年に発足し1954年に武生市に編入された旧王子保村に由来します。2024年3月にハピラインふくいに移管されましたが、この写真はJR西日本時代に撮影したものです。 ↓よろしけれ…

  • 飯塚市内に忠隈炭鉱の痕跡を探す旅

    12月31日は小倉駅からスタート。7時17分発の区間快速に乗車します。 折尾で乗り換え。高架化後、初めて来ました。 直方でも乗り換えて、8:30着の飯塚で下車しました。 筑豊炭田の中心駅として広い構内を持ち、特急列車も停車していましたが、側線は撤去され駐車場になったほか、駅舎は建て替えのため仮駅舎での営業となっています。 駅から南へ。踏切からは忠隈炭鉱のボタ山が見えます。 2つの頂を持つ端正な山容ですが、あれがすべて人工的につくられたものだとは俄かには信じがたいです。 石炭の町飯塚ですが、近年は福岡のベッドタウンとなっており、あたらしい住宅が目立ちます。 博多まで45分程ですので、十分通勤圏だ…

  • 【ちょっと昔の流山44】2008年7月19日 平和台、近藤勇陣屋跡、江戸川

    2008年7月19日、南流山から旧流山街道を通って平和台へ。 現在もみりんの製造を続ける流山キッコーマン。 小学生の時に工場見学に言った記憶があります。この時、中華まん1個をレンジで温めることができる小さな蒸し器をもらい、10年以上我が家で活躍しました。 工場の裏手にあるカーブした道は、通称「万上線」といわれた、流鉄流山駅に続く貨物線の跡です。 近藤勇陣屋跡。このころは市内唯一のメジャーな観光地、という感じでした。 京を追われた新撰組が最後に陣を敷いたのが流山です。 長(永)岡家という酒造家を本陣に周囲の寺などに200人ほどが分宿していたようです。1864年4月、新政府軍に包囲されると近藤勇は…

  • 日田彦山線BRTひこぼしライン

    小倉城から西小倉駅に出て、博多へ。 ゆふいんの森5号に乗り換えて天ケ瀬で下車、宿泊しました。 翌12月29日、普通列車で日田駅へ。 2023年に開業した日田彦山線BRTひこぼしラインに乗り換えます。 日田市内は一般道を進むため、信号もあり、スピードは上がりません。また、ちょっとした渋滞に巻き込まれるという場面もありました。 バス停の数も少ないので、DMVを導入して、夜明駅までは線路を走らせる方が良いのではないでしょうか? 2017年7月の九州北部豪雨により、添田以南に甚大な被害が出た日田彦山線。鉄道での復旧を目指して協議が続けられていましたが、コスト面など調整がつかず、2020年7月にBRTへ…

  • がくなんえのお 【駅名しりとり411】

    岳南江尾 (岳南電車) 製紙の町、吉原を走る岳南電車の終点。 岳南電車は2011年度まで貨物輸送が行われていましたが、当駅も1984年まで貨物扱いがあったとのこと。 東海道本線東田子の浦駅への抜け道が有名ですが、両駅は3kmほど離れており、徒歩だと少々しんどいです。 乗り換えの待ち時間次第ですが、素直に電車で吉原駅を経由する方が早いことも多いようです。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング参加中旅行・お出かけ(国内) ランキング参加中ひとり旅

  • 第30回ちばぎんカップ

    新しいシーズンの到来を告げる「ちばぎんカップ」。百年構想リーグの開幕が早いので、例年より2週間ほど早い開催です。 スコアは僅差ですが、内容は完敗でした。 特に前半は何もできなかったという印象。1失点で済んだのが不思議なほどのハーフコートゲームでした。 ただ、この試合に関しては、メンバーの選定から苦労していたように感じました。 怪我なのか、コンディションなのか、意図的なものかわかりませんが、急遽U-18の2名を登録したことを見ると、ポジティブな理由ではないように思います。 一方、柏はボディコンタクトが緩めで、積極的な仕掛けも乏しかった印象。全体的に緩い感じがしたのは、いろいろ試していたからなのか…

  • 訪城記 ~小倉城~ 【2025.12.29】

    足立公園を出て、霊園の中をくだります。 山門町からバスに乗りました。 室町・リバーウォークというバス停で下車。 紫川沿いに進むと、石垣と堀。小倉城、虎ノ門跡です。 内堀を挟んで、巨大な天守。 最上層は、縁側を壁で囲んで張り出しており、南蛮造と言われる独特な意匠を持っています。 また、破風が一切ない端正な姿も特徴で、その個性的な外観は当時もかなりの評判だったようです。 1837年に焼失した後、再建されることはありませんでしたが、1959年に鉄筋コンクリート造で復興されました。 復興の際に、破風が追加され、強引に望楼型天守としたことから、ゴテゴテとした鈍重な雰囲気になってしまったのが悔やまれます。…

  • そが 【駅名しりとり410】

    蘇我 (JR東日本) Jリーグ、ジェフユナイテッド市原・千葉のホームスタジアム、フクダ電子アリーナの最寄駅。 駅構内は至る所がチームカラーである黄色に彩られています。 2025年12月13日、17年ぶりのJ1復帰を決めたことで歓喜に包まれました. 私が、初めてジェフの試合を観戦したのは2007年のこと。 そして、2008年のフクアリの奇跡。あの時の感動と興奮をもう一度味わいたくて今日まで通い続けたのだと思います。 今年のプレーオフの準決勝で、あの時と同じような感情が呼び起こされました。ただ、あまりにも劇的だったせいか、プレーオフ決勝は思いの外冷静だった気がします。 正直いうと、歓喜より安堵が勝…

  • フェリーで九州に移動し、関門海峡を睨んだ明治時代の砲台を見に行く

    伊予西条から、バスで松山に出ました。 松山駅が高架化されてから始めてきました。 線路の切り替えは終わりましたが、旧駅の解体工事は続いています。 駅が西側に移動した分、路面電車への乗り換えが不便になっています。線路を駅前広場まで移設できればよいのですが。 15:45発の八幡浜行きは、立ち客を含め100人近くが乗車していたと思います。 そして、その大部分が下灘駅で下車。しかもホームには、さらに100人以上の人垣ができていました。 おりしも、日の入りが近い時間帯。皆がカメラを向けています。 青春18きっぷのポスターにたびたび起用されたことで、秘境駅として有名(?)になりましたが、これほどの熱狂(?)…

  • 新幹線の父のふるさと、伊予西条の四国鉄道文化館

    昨年の話です。 12月28日、始発の新幹線で岡山へ。 しおかぜに乗り換えて伊予西条で下車しました。 この日の最初の目的地は、駅に隣接した四国鉄道文化館です。 2007年に開業した鉄道車両の保存施設で、同じ敷地内にある十河信二記念館、西条市観光交流センターと一体で運営されています。 駅を挟んで北館と南館があり、北館には新幹線0系とDF50が展示されています。 保存されている0系は大窓車として製造された最後のグループ。車内は国鉄時代そのままというわけにはいきませんが、懐かしい雰囲気です。 DF50 跨線橋を越えて南館へ。 C57、キハ65、DE10が保存されています。 最も注目すべきなのは、屋外に…

  • くろいそ 【駅名しりとり409】

    黒磯 (JR東日本) 日本に3か所しかなかった、地上切替方式の交直セクションを持つ駅。 奥羽本線と仙山線は1968年の電化方式切り替えにより廃止されましたが、黒磯駅は2018年まで使われていました。 いずれも1960年頃に設置されたもの。当時は交直流車両は黎明期でしたので、地上切替方式が必然でした。その後、交直流車両が量産されるようになると、以降は車上切替方式が採用されることになります。 日本唯一の車上切替方式の駅であり、同じホーム直流車両と交流車両が発着するなど独特の光景を見ることができましたが、一方で車上切替方式に比べて設備が煩雑になるだけではなく、列車は必ず当駅に停車しないといけないなど…

  • 変わる縄文時代、三内丸山遺跡

    古い話で恐縮ですが、青函連絡船八甲田丸を出た後、三内丸山遺跡に行きました。 三内丸山遺跡は約5900-4200年前まで使われた縄文時代の大規模集落跡。1992年、県営野球場の建設による調査により発見されました。1997年国指定特別史跡、2001年には世界遺産に登録されています。 三内丸山遺跡というと、六本柱建物が有名です。 4.2m間隔、6本の栗の柱が検出されたもので、その規模もさることながら、それを実現する技術力はすさまじいもの。 当然ながら上部構造は不明で、柱が建っていただけという説や、屋根があったという説などいろいろあるみたいです。 また、その用途も宗教的なものから物見まで様々考えられて…

  • あけましておめでとうございます

    あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いします。 ここ数年、世界が目まぐるしく動いているのを感じます。ただ、その先にあるものが明るいものであるようには思えません。 「人類の進歩と調和」から「いのち輝く未来社会のデザイン」へ。成長を信じることができない我々に、明日への希望を持つことができるでしょうか。 How do you feel?どうか教えておくれこの世に生まれた気分はどんなだい?How do you feel?どうか教えておくれこの地で死にゆく気分はどんなだい? ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 青函連絡船八甲田丸で感じる、北海道へのあこがれと少しの感傷

    弘前に宿泊して、翌11月23日は弘南鉄道でスタート。 黒石駅で青森行きのバスに乗り換えます。 最初は浪岡で下車して浪岡城にいくつもりでした。 しかし、今年頻発している熊害を見て結局自重することにしました。城跡の近くでも1週間ほど前に目撃情報があったみたいですし。 おそらく何もなかった思います。でも何かあったら取り返しがつきません。単独行で、しかも朝の城跡は人の気配も希薄であることを考えると慎重にならざるを得ないと思いました。 そのままバスを乗り通して青森駅へ。 浪岡城を諦める代わりに、久しぶりに八甲田丸に行ってみることにしました。 青函トンネルが開業する1988年まで、北海道連絡の大動脈だった…

  • リゾートしらかみで弘前へ

    11月22日、せっかくの3連休なので、始発の上越新幹線に乗車し新潟へ。 いなほ1号に乗り換えました。 12時前に秋田到着。 2時間ほど時間があるので、久保田城に行ってみました。 紅葉が終わりかけており、時折吹く冷たい風に冬のにおいを感じます。 これから乗車するのは、リゾートしらかみ5号です。 2010年に登場したHB-E300系「青池」編成でした。 リゾートしらかみは1997年から運行されている五能線の観光列車。 五能線の観光列車は1990年に運航を開始したノスタルジックビュートレイン時代から考えると35年の歴史があります。 1997年にリゾートしらかみに変更され、現在も繁忙期には3往復が運転…

  • うしく 【駅名しりとり408】

    牛久 (JR東日本) 牛久で思い浮かぶのはやはり牛久大仏ではないでしょうか。 全高120m、世界最大の青銅製の立像です。 地上85mに展望台があって、胸のあたりにのぞき窓が開いています。 平野部にあって周囲にさえぎるものがないため、とても目立ちます。屹立する姿はシュールすぎて笑ってしまうほど。 鎌倉や東大寺など昔から巨大な大仏がつくられてきました。そして、高崎や大船など昭和以降も日本各地に巨大な大仏や観音像がつくられ続けています。 信仰心が篤い、というよりはもっと単純に大きいものが好き、ということなのかなと思います。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほん…

  • 訪城記 ~片倉城~ 【2025.11.1】

    朝8:30頃の京王片倉駅。10分おきに列車が発着し、5,000人/日以上の乗降人員があるにもかかわらず、駅前広場は猫の額ほどしかなく、商店などもない静かな雰囲気。 国道16号線を南へ。 湯殿川の向こうに見える小山に片倉城がありました。 片倉城は、小比企丘陵の先端部を利用した平山城。湯殿川とその支流に三方を囲まれた要害の地です。 扇谷上杉氏の家臣長井氏が拠ったとされ、戦国時代になってからも後北条氏の拠点となっていました。 現在は城跡一帯が片倉城跡公園として整備されています。 彫刻広場と名付けられた公園の入口には、住吉沼という沼があります。 このほか公園内には菖蒲田などもありますので、元々湿地帯だ…

  • きいごぼう 【駅名しりとり407】

    紀伊御坊 (紀州鉄道) 紀州鉄道は紀勢本線の御坊駅から西御坊駅まで2.7kmのミニ私鉄。 1931年に開業した御坊臨港鉄道を1972年に不動産会社が買収するという特殊な経歴を持つ鉄道です。 不動産業界では鉄道会社という肩書が一定の信頼を持つようで、営業係数400近い大赤字にもかかわらず廃止のうわさもなく営業が続けられています。ただ、2026年に廃止が検討されているというニュースがありましたので、状況は想像以上に厳しいようです。 かつては大和紡績和歌山工場など沿線工場への貨物輸送が行われていましたが、現在は旅客輸送のみで、単行の気動車が行ったり来たりする運用になっています。 かつて行き違い設備が…

  • 【ちょっと昔の流山43】2008年6月15日 江戸川、流山6丁目、南流山

    2008年6月15日の江戸川土手。 川の中にあるコンクリートの構造物は初代流山橋のものです。 1935年に架橋され、1965年に現橋ができるまで使用されました。 土手の上を北へ。 平和台付近で土手をおりました。 県道5号線、通称流山街道から西に1本それた路地です。この路地が旧流山街道でした。 長流寺 光明院は、幕末に近藤勇が駐屯した時に隊士の宿泊所になりました。 武蔵野線のガードをくぐって南流山に抜けました。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中街歩き ランキング参加中旅行 ランキング参加中旅行・お出かけ(国内) ランキング参加…

  • 調布飛行場に残る戦争の痕跡

    東京都西部、調布市にある調布飛行場。800mの滑走路1本を持つ都営飛行場で、伊豆大島や新島、三宅島、神津島への離島便が発着しています。 1941年に「東京調布飛行場」として開設された歴史のある空港で、第二次世界大戦中は陸軍が使用し帝都防衛の重要拠点となりました。 西調布駅から北に歩いて15分ほど、大沢グランド通りに、東京調布飛行場時代の門柱が残されています。 大沢グランド通りを北へ。 ターミナルビルは2013年建築の新しい建物。 祝日だった10月13日は台風が来ていて、旅客便は軒並み欠航もしくは天候調査中でした。 戦時中に大拡張された調布飛行場ですが、1973年にアメリカから全面返還された後開…

  • まき 【駅名しりとり406】

    巻 (JR東日本) 1971年、当地に東北電力が原子力発電所を建設する計画を発表しました。 用地の買収や住民の移住が進み、県知事や町長の同意も取付け、計画は進みましたが、住民の強固な反対もあって、2003年に計画が撤回されています。 計画の発表から撤回まで30年もかかっています。 長いリードタイムと高騰する建設費に加え、維持費も莫大で、事故のリスクがゼロになることはなく、廃炉も長期になる・・・原子力発電は、少なくとも民間の投資先としてはオワコンではないでしょうか。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 …

  • ロマンスカーミュージアム

    10月1日は平日ですが、会社が休みでしたので、お出かけすることにしました。 ただ、天気がイマイチなので、傘を差さずに済むところがよさそう。 ということで、ロマンスカーミュージアムに行ってみました。 エントランスからエスカレーターを降りると、モハ1形がむかえてくれます。 1927年、小田原急行鉄道開業に合わせて製造された古豪。1959年に運用を外れた後熊本電鉄に譲渡され、1981年里帰りした車両です。 ロマンスカーは5車種がきれいに整備され保存されています。 初代ロマンスカーの2000系SE車には乗車する機会がありませんでした。 高速化のためか重心が低く設計されているせいなのか、車内は窮屈な感じ…

  • 【ちょっと昔の流山42】2008年6月14日 流山8丁目、鰭ヶ崎、熊野神社、平和台

    2008年6月14日、武蔵野線のガード下から流山八丁目交差点の方を見た所。 見えている道路は流山街道です。 流山八丁目交差点。 交差点を右折して東へ。 南流山を南北に流れるこの用水路は神明堀と呼ばれています。 南流山駅の北側、住所でいうと大字鰭ヶ崎にあたるところ。 南流山駅開設に伴って行われた区画整理の範囲外のため、昔ながらの風景が残ります。 背景の木立は東福寺奥の院(千仏堂)です。 宮園は1970年代に区画整理が行われた住宅街。 区画整理の範囲を外れた段丘の斜面には雑木林が発達していました。 その雑木林の中に熊野神社があります。 鬱蒼とした樹木に囲まれており、周囲の開発が進んだ中でも、静寂な…

  • 訪城記 ~新発田城~ 【2025.9.14】

    矢代田駅から新津を経由して新発田へ。 新発田は難読駅名としてけっこう有名。 もっとも新発田市は人口10万人近く、 新潟市のベッドタウンとして発展していますので、知る人ぞ知るという感じではないと思います。 新発田は、新発田藩10万石の城下町。溝口秀勝を初代藩主とし以降12代、江戸時代を通して溝口氏による安定した統治が続きました。 藩庁の新発田城は、新発田氏の居城を溝口秀勝が改修し、近世城郭として整備したもの。当時は本丸を二の丸が囲み、南側に三の丸を配置した巨大城郭でした。 明治維新後は東京鎮台第1分営となり、歩兵第8大隊の営所となります。1871年に営所が新潟に移転するものの陸軍管轄が続き、18…

  • 産油国日本の記憶を伝える、国指定史跡「新津油田金津鉱場跡」

    9月13日は燕三条に宿泊しました。 翌9月14日は、7:05発の東三条行きでスタート 東三条で乗り換えて、矢代田駅で下車しました。 県道41号線を東へ。 駅から30分弱、山に囲まれた集落がこの日最初の目的地、金津です。 自分が小学生のころ、社会の授業で日本でも原油が取れるということを習いました。 その一大産地が新潟県で、新津や頚城など何か所か油田がありましたが、この辺りは一大産地で、1996年まで採掘が続けられていました。 その跡地は「新津油田金津鉱場跡」として国史跡に指定されています。 集落に入ってまず目に入るのは、C87号井です。山上にあるポンピングパワーから伝わる動力で稼働していました。…

  • いこま 【駅名しりとり405】

    生駒 (近畿日本鉄道) 大阪平野と奈良盆地を隔て、屏風のようにそびえる生駒山地は、永らく阪奈往来の難所でした。 鉄道路線もこの壁に阻まれて迂回を余儀なくされています。南端に近鉄南大阪線、大阪線、大和川沿いに大和路線、学研都市線に至っては京田辺市まで15km近く北上しています。 この状況に文字通り風穴を開けたのが、1914年に開業した大阪電気軌道でした。孔舎衛坂駅(廃駅) から生駒駅まで、3,388mのトンネルを建設し生駒山地を貫通したのです。 このトンネルは、当時笹子トンネルに次ぐ日本2番目の長さで、また日本初の標準軌複線トンネルでもありました。 1964年に新生駒トンネル(全長3,494 m…

  • 訪城記 ~高田城~ 【2025.9.13】

    二本木から高田まで移動してきました。 高田は高田藩45万石の城下町。積雪377cmを記録したこともある豪雪地帯で、軒先がアーケードのようにせり出した雁木の町並みが有名。 新しい建物が並ぶ駅前も、雁木を意識したアーケードが整備されています。 駅前の通りをまっすぐ、20分ほど歩くと、高田城北堀に出ます。 蓮が密集しており、幅は100m超。全国的に見ても有数の規模ですが、これは関川の河道跡を利用したことによるものです。 堀が埋められた東側は、中学校や高校が並ぶ文教地区になっています。 本丸へは西側を除く3か所に虎口がありましたが、東不明門は工事中で通行止めでした。 内堀に沿って進みます。 印象的な高…

  • 信越本線の難所、スイッチバックの二本木駅

    9月13日、北陸新幹線に乗車し上越妙高へ。 乗り換えた8:58発の妙高高原行きは、「観光急行」などに使用されている、413系・455系でした。 20分弱の乗車時間で二本木に到着。 高崎から長野県を抜けて新潟を結ぶ信越本線の難所というと碓氷峠が有名ですが、善光寺平から日本海に抜けるところもスイッチバックが連続する難所です。 このうち、関山駅のスイッチバックは1985年に解消されましたが、二本木駅は今も現役です。 カーブした長いホームと重厚な上屋が印象的。 何本か側線がありますが、これは隣接する日本曹達二本木工場の貨物輸送に使用されていたものですが、錆びついており使われている形跡がありません。 実…

  • かつらだい 【駅名しりとり404】

    桂台 (JR北海道) 網走駅の隣駅。桂台という駅名は、桂町、台町という駅両側の地名に由来する複合駅名です。 網走市の中心に近く、市役所などは当駅が最寄りとなります。 もっとも、列車本数は片道6本/日と非常に少ないため、市街地のアクセス路線としてはほぼ機能していないと思います。 輸送密度が350人/日程まで落ちている釧網本線は、2016年のJR北海道発表により「自社単独で維持することが困難な路線」に挙げられています。 釧路湿原や知床、オホーツク海など観光資源は旺盛ですが、季節変動もあり、年間を通じて輸送密度を押し上げるには足りないようです。 根室本線の釧路以東は廃止のうわさが絶えませんし、石北本…

  • 訪城記 ~山形城~ 【2025.8.22】

    8月22日、家の用事があって半休をとりました。 用事が終わった夕方、常磐線を北上し、いわきに宿泊しました。 翌朝も常磐線。 仙台で仙山線に乗り継いで、12:26山形に到着しました。 人口23万人を超える県都山形市は、江戸時代初期までは最上氏57万石の城下町でした。 市街地の中心部にある築かれた山形城は、235haもの城域をもつ巨大な輪郭式の平城。その規模は東北地方随一で、全国でも5番目。 最も外側の三の丸は市街地化によりほぼ失われていますが、山形駅の東側に土塁と堀がわずかに残されています。 わずか100mほどですが、その規模と土木量に圧倒されます。 一方、二の丸の堀は完存しています。 東西南北…

  • うちのにしがおか 【駅名しりとり403】

    内野西が丘 (JR東日本) 新潟市街地の西端、現在も造成が続く「パレットタウン西新潟」の玄関として開設されました。 このあたりは1970年代から宅地化が進み、人口が増加し続けていましたが、駅の開業は2005年までずれこみます。 長年新駅設置の要望が出されていたものの、2004年に内野西土地区画整理組合が建設費を負担することが決まったことでようやく着工に至りました。 越後線の新潟口は、日中でも1時間あたり片道3本の列車が運行されていますが、そのうち2本が内野止まり。当駅に発着する列車は1時間1本しかありません。 1面1線の棒線駅ながら、2面2線化が可能な用地が確保されています。人口増加が続けば増…

  • NAGAREYAMA F.C. 来季、飛躍するために

    久しぶりに、NAGAREYAMA F.C.の試合を見に行きました。おおよそ1年ぶりです。 今季は前期リーグを2位で終えたものの、後期リーグで連敗したため、昇格の可能性は完全に閉ざされた状況。 それでも、次のシーズンを見据えて良い試合を見たいものです。 NAGAREYAMA F.C.は3-4-3でスタート。 立ち会がりは一方的に攻め込まれ防戦一方になりました。 はね返すのが精いっぱいという感じで、そのクリアボールもことごとく相手に拾われて波状攻撃が止まらない状態に。 DF3人と中盤4人がバイタルエリアに密集することでスペースを与えないようにしていたのだと思いますが、結果、前線の3人との間が空いて…

  • 雨を避けつつ、家に帰っただけの話

    お盆休みの話、ここからは備忘録です。特に意味はありません。 小倉駅のカフェで時間をつぶしていると、いつのまには在来線、新幹線とも全面運休になっていました。 改札前には観光客の人だかり。皆スマホで代替策を探していますが、ここまでくるとどうしようもありませんね。 この日は、新門司港発の名門大洋フェリーを予約していました。 警報級の大雨でしたが、フェリーは定刻運行。連絡バスで港に向かう途中では冠水した道路や茶色い水があふれる側溝を見ました。 17:00定刻に出航。まずはレストランへ。 食事後、大浴場。そしてそのあとはやることがありません。 娯楽施設がゲーセンしかなく、この日は天気のせいでデッキに出る…

  • いずみちゅうおう 【駅名しりとり402】

    泉中央 (仙台市営地下鉄) 1979年頃から開発が進んだ巨大なニュータウンの玄関口。 泉中央地区は1980年代に計画された4か所の副都心構想のひとつで、現在は長町と並んで広域拠点に位置付けられています。 駅は交通の結節点としても機能しており、仙台市営地下鉄の中では、仙台駅に次ぐ利用客数を誇り、平均乗車人員は2万人を超えます。 また、駅から歩いて5分ほどのところにはベガルタ仙台のホームスタジアム、ユアテックスタジアム仙台があり、そのアクセスの良さから試合の日はサポーターの姿が目立ちます。 ペデストリアンデッキを降りたところからスタジアムまでの道路が狭く、動線のネックになっている印象がしたので、こ…

  • かたかい 【駅名しりとり401】

    片貝 (上毛電鉄) 1928年の上毛電鉄開業時に設けられた駅。 1面1線の棒線駅で前橋の市街地の東の端にあって駅の周囲には田畑も目立ちます。 1日当たり300人を超える利用客がありますが、そのほとんどは学生だと思います。 歩いて5分ほどのところにある群馬県立前橋高校は1877年に設立された第十七番中学利根川学校をルーツとする県内でも有数の歴史を持ち、かつ偏差値が県立トップの名門進学校とのことです。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村 ランキング参加中鉄道 ランキング参加中旅行 ランキング参加中旅行・お出かけ(国内) ランキング参加中ひとり旅

  • 雨が強くなる前に九州へ。門司港駅、九州鉄道記念館、そしてモノレール。

    徳山に宿泊して、8月10日。 大雨の予報が出ていたこの日、在来線は始発から全面運休でした。 新幹線は動いているので、小倉へ移動してしまうことにします。 本当は山口県内の城跡を2か所巡って、歩いて関門海峡を渡る予定でしたが、仕方ありません。 小倉に到着。 曇り空ですが空は明るく、スマホを見ると、暫く天気はもちそう。 とりあえず門司港に向かいます。 門司港駅は、1891年に開業した九州の玄関口。 頭端式2面4線のホームに多数の側線を持ち、長くて幅の広いホームが印象的です。 構内にある0哩標は鉄道開業100周年を記念して建立されたものです。 1934年の関門トンネル開通までは、関門連絡船が発着してい…

  • 「回天」の遺構を訪ねる旅

    西岩国から岩徳線に乗車し、12:46に徳山着。急いでフェリー乗り場へ向かいます。 乗り換え時間が短く少し焦りましたが、徳山港は駅から歩いて5分程と近く、余裕をもって乗船できました。 30分程の乗船時間で、大津島の馬島港で下船しました。 下船すると「回天の島」という巨大な看板が目に入ります。 「回天」というのは、太平洋戦争最末期に実戦投入された「特攻兵器」です。「九三式魚雷」という大型酸素魚雷をベースに、1人乗りのスペースを設けたもので、生還の見込みのない「必死」の兵器でした。 その訓練施設が、ここ大津島に設けられその遺構がのこされています。 この日の空は厚い雲に覆われており、大雨の予報が出てい…

  • やぶづか 【駅名しりとり400】

    藪塚 (東武鉄道) 東武桐生線の特急停車駅。2005年に太田市と合併するまでは薮塚本町の代表駅でした。 薮塚本町は、面積21㎢弱、人口19,000人ほどの小さな自治体。2005年に太田市と合併しましたが、桐生広域圏の構成自治体のひとつであり、経済的にも文化的にも桐生市との結びつきが強かったとのこと。 戦国時代にこの周辺を拠点にしていた桐生氏の末裔が住んだとされ、町内には桐生姓が多くみられました。合併前最後の町長も桐生姓だったのはできすぎでしょうか? ここまで桐生市との結びつきが強いと、太田市と合併したことが不思議に思えますが、合併協議中に桐生市が離脱してしまったというのが経緯のようです。 ↓よ…

  • 西岩国駅と岩徳線

    8月9日お盆休みの初日、品川6:00発の新幹線で広島へ。 さらに、山陽本線に乗り換えて、岩国へ向かいます。 錦川鉄道の気動車に乗り換えました。 早い新幹線にのってきましたが、以降の接続が悪く、どこかで待機時間が発生してしまいます。 どこで時間をつぶすか迷いましたが、結局西岩国駅を選びました。 西岩国駅は、1929年、岩徳線部分開業時に開設された古い駅。 岩徳線は岩国から徳山まで、海岸沿いを通る山陽本線を短絡する目的で建設され、1934年の全線開業時には山陽本線に改称され、本線とされました。 西岩国駅も幹線駅としての規模と規模を持ち、開業時は岩国駅を名乗りました。この時に山陽本線岩国駅は麻里布駅…

  • 訪城記 ~牧之島城~ 【2025.7.19】

    7月19日、長野Uスタジアムに行く前に寄り道しようということで、9時前の長野駅に降り立ちました。 この日は、新幹線が混雑していて、指定席をとっていなかった私は、上田まで立ちんぼうになってしまいました。 9:00発のアルピコ交通の路線バスに乗り換えて45分、終点の新町で下車しました。 犀川の中流域に位置するこのあたりは、長野市信州新町と呼ばれる地域です。 2010年に長野市と合併するまでは人口5,000人ほどの独立した地方自治体でした。 琅鶴湖という水内ダムがつくるダム湖に架かる新町橋を渡ります。 県道12号線を西へ。 集落を越えると木立が頭上を覆うようになりました。 木立を抜けて見えてきたのは…

  • せんだがや 【駅名しりとり399】

    千駄ヶ谷 (JR東日本) 藤井聡太竜王名人がタイトル戦に初挑戦する2020年の少し前、私が俄か見る将になったのは、2019年頃だったと思います。 以前から将棋のルールは理解していましたし、小学校の頃は教室で指すこともありました。高校生になると、寝坊した日曜日の朝にNHK杯を見るくらいになりました。ただ、時間帯的に囲碁を見ることが多かったと思います。 もっとも、囲碁のルールはいまだによくわかりません。 見る将になったきっかけは覚えていませんが、2017年に始まったABEMA将棋チャンネルで気軽に見ることができるようになったというのが非常に大きい。 いまでは、毎週土曜日のABEMAトーナメントは家…

  • みなせ 【駅名しりとり398】

    水無瀬 (阪急電鉄) 京阪電鉄新京阪線時代の1939年に開業した駅。当初は「桜井ノ駅」という名前でした。 西国街道に設けられた桜井駅という宿駅に由来しています。 東海道新幹線に隣接した高架駅で、ホームからは、高速で走行する新幹線を間近に見ることができます。 高架化されたのは1963年のことで、高架化工事に当たっては、当時工事中だった東海道新幹線の線路を仮線として借用したというのはけっこう有名な話。 永らく島本町内唯一の鉄道駅でしたが、2008年にJR京都線の島本駅が開業。当駅から600mほどと近いこともあって、当駅の利用客が大きく減少することになりました。 ↓よろしければクリックをお願いします…

  • いたみ 【駅名しりとり397】

    伊丹(JR西日本) 大阪近郊にありながら純然たるローカル線で運転本数も少なかった福知山線ですが、国鉄時代末期からの輸送改善により利用客が急増しました。 伊丹駅の利用客数もJR発足のころからは2倍以上に増え、かつては競争にすらならなかった阪急伊丹駅を近年は凌駕しているようです。 大阪国際空港へは4kmほどと近く、1989年度には当駅から分岐する空港連絡鉄道の構想も発表されました。 2面2線の棒線駅ですが、将来の2面4線化できるよう用地が確保されているのも、この構想の名残とのことです。 建設するとしたら、伊丹駅を出てすぐ地下にもぐることになりそうですが、発表から35年がたちながら具体的な動きはあり…

  • 訪城記 ~鶴峰城~ 【2025.6.7】

    猪苗代城がある独立丘は南北に細長く、その南半分を城域としています。 北半分は城外とされており、その間は巨大な堀切で分断されています。 猪苗代氏の時代、この北半分には鶴峰城がありました。 1585年猪苗代盛国の隠居城として改修されたと伝わりますが、それ以前から猪苗代城とは一城別郭のような扱いだったものと思います。 猪苗代氏が去った後、猪苗代城が近世城郭に改修された一方で、鶴峰城は手が入れられることはなく廃城になりました。 結果、戦国時代の構造が良く残されているとのことで、とても楽しみです。 とは言ったものの、城跡に登る道がみつかりません。一応公園化されているので、道があるはずですが・・・ 結局目…

  • お互いの意地がぶつかる信州ダービーを現地観戦

    サッカーにおけるダービーマッチというのは、普通は、ホームタウンを同じ町におくチーム同士のゲームをいいます。日本だとさいたまダービー、横浜ダービー、大阪ダービーとかですね。 最近は、同一都道府県や地域同士の対戦をダービーと名付け特別視することも多くなりました。神奈川ダービー、千葉ダービー、栃木ダービー、伊予決戦などがそれにあたります。 さらには、こじつけに近いものも。野田線ダービーとか川中島ダービーとかももたろうダービーとか。 誰が言ったか知らないが、というものから官製に近いいものまで、玉石混交、いろいろ企画されています。節操がないといえばその通りですが、こういうものは盛り上がったもの勝ちという…

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