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カラフルな世界、モノクロの日常 https://nokanan-nagareyama.hatenablog.com/

自分が興味を持っていることを思うがままに書いています。鉄道ネタ中心ですが、城やサッカーもあります。 yahooブログ終了に伴い、はてなブログに引越ししました。

野花南
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住所
松戸市
出身
流山市
ブログ村参加

2018/04/05

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  • 訪城記 ~師戸城~ 【2022.11.27】

    臼井城を出て、県道64号線を北上します。 交通量が多く、時折大型のトラックも通るうえ、路肩が狭くて歩道もないため、非常におっかない。 脇道を見つけて県道から逸れます。 印旛沼を渡る船戸大橋。この日は小春日和で暖かく、湖面を渡る風にも冷たさは感じませんでした。 歩いて30分弱で到着したのは千葉県立印旛沼公園。師戸城跡につくられています。 駐車場について、まず目に入るのは空堀。経年で埋まっていることを考慮するとその巨大さがわかると思います。 駐車場のある曲輪から三の丸へ。堀には土橋がかかりますが、この土橋は後世の改変によるもののようです。言われてみれば横矢の掛かり方が甘いような気も・・・ 本来の虎…

  • いよさくらい【駅名しりとり319】

    伊予桜井 (JR四国) 741年の聖武天皇の命により日本各地に建立された国分寺のうち伊予国分尼寺がこの駅の近くにあったと推定されています。 広大な寺域を誇っていましたが、戦乱による焼失と再建を繰り返すなかで縮小していきました。 塔跡が史跡に指定されているほか、流れを汲む法華寺が寺院として存続しているとのこと。 途絶えている国分尼寺が多い中でとても貴重な例だと思います。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 訪城記 ~臼井城~ 【2022.11.27】

    小春日和の誘われてお出かけ。京成臼井駅に降り立ちました。 臼井城は住宅街の中を歩いて15分ほど。 坂が急になってきました。 本丸と二の丸の間にある空堀を利用している駐車場がありましたが、スルーします。 臼井城跡という石柱がある公園入口に到着しました。が、これもスルー。 すぐ横に、二の丸と三の丸を隔てる巨大な空堀が残されています。 藪が茂っており写真ではわかりにくいですが、幅、深さとも申し分なく、見ごたえ十分です。 空堀をわたる車道は土橋になっていますが、これは当時のものでしょうか? 二の丸の土塁の上から横矢がかかるようになっています。 堀を渡った先には太田図書の墓があります。 太田図書が討死し…

  • 【ちょっと昔の流山17】2007年5月12日 天形星神社、金乗院

    2007年5月12日。まずは天形星神社です。 寛文2年(1662)の創建と伝わります。祭神は素戔嗚尊。 金乗院は真言宗豊山派の寺院。創建は江戸時代初期、寛永年間とのこと。 下の写真は道すがら何気なく撮影したものです。住所でいえば野々下や長崎あたりかと思いますが、特定できません。 TX開通前後から市内は大規模に開発が進んでいますので、この風景も過去のものになってしまったものと思います。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 訪城記 ~永田陣屋~ 【2022.10.29】

    10月29日、夕方から大宮で予定があったので、早めに家を出て寄り道。指扇駅で下車しました。 バスに乗り換えますが、駅の写真を撮っていたら目の前発車してしまいました。 次のバスは20分後。時間がもったいないので歩くことにします。 歩いて15分ほど、馬宮コミュニティセンターのバス停の先を左折すると、目の前に永田医院という診療所があります。 永田陣屋は、江戸時代初期に治水や新田開発で活躍した伊奈忠次が築城したと伝わります。伊奈氏が赤山陣屋を築いて移ったあとは家臣の永田氏の屋敷となり、現在に至ります。 医院の横には立派な長屋門が残っていました。 敷地内には永田氏の子孫が今も居住しているとのことで、長屋…

  • 訪城記 ~坊城館、江上館~ 【2022.10.8】

    坂町で米坂線の代行バスから乗り換え、中条で下車しました。 駅を出て住線路沿いを北へ。 新興住宅地の中を抜けると最初の目的地、坊城館跡です。 鎌倉時代後期の武家の館とのこと。 発掘調査ののち覆土されています。遺構は平面表示されてはいるものの、雑草が繁茂する普通の空き地のように見え、私のような素人にはなかなかハードルが高い遺跡です。 坊城館跡を含め、この一帯に点在する遺跡は奥山荘城館遺跡として国史跡に指定されています。 構成する遺跡は城館遺跡・信仰関係遺跡・生産遺跡等13か所。中世の荘園の姿を重層的に見ることができる、貴重な遺跡群です。 坊城館からすぐのところにある江上館もそのひとつ。 室町時代に…

  • るもい【駅名しりとり318】

    留萌 (JR北海道) 留萌本線に羽幌線が接続し、留萠鉄道や天塩炭礦鉄道を経て集められた留萌炭田の石炭積出港として栄えました。 1970年までに炭鉱は閉山となり、さらに1987年の羽幌線廃止により留萌本線の単独駅に。 加えて、2016年に留萌~増毛が廃止されたことで、終着駅になってしまいました。 最近のニュースによると、残った深川~留萌も廃止が決まったようです。 現時点で発着する列車は7本しかなく、地域輸送における役割はほぼはたしていない状況ですので、妥当な選択のように聞こえます。 でも、地域交通が衰退した街には、自家用車という交通手段を持たない人は住むことができません。 また、観光など他地域か…

  • 米坂線代行バス

    今年の8月の豪雨により被災した米坂線、現在も今泉駅~坂町駅が不通になっています。 10月8日、10:29発の列車も本来なら坂町行ですが、行先表示は今泉。キハ110の2両編成でした。構内に1両留置されていましたので、3両でやりくりしているようです。奥羽本線が標準軌で直通できないので、この3両は取り残された形。検査や修理はどのように対応しているのでしょうか? 米沢盆地を快走し、10:58今泉着。 一旦改札を出て、代行バスに乗り換えます。 通常ダイヤであれば12:25に坂町につきますが、代行バスの坂町到着予定は13:30です。1時間ほど余計にかかることになります。 代行バスには10人くらい乗り込みま…

  • 【ちょっと昔の流山17】2007年4月8日 東福寺

    鰭ヶ崎にある東福寺は、814年(弘仁5年)弘法大師空海によって開山されたと伝わる真言宗豊山派の古刹です。 独立した小山の上にあり、緑に囲まれた境内は閑かな時間が流れています。 この日は桜が満開でした。 この辺りは台地の縁にあたり、緑が多く残っていた地域でしたが、TXの開業後開発が進みました。 今は住宅街に囲まれ、離れ小島のような感じになってしまっています。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 訪城記 ~米沢城~ 【2022.10.8】

    10月8日は上野6:10発のやまびこ51号で福島へ。 8:04発の米沢行に乗り換えます。 山形新幹線が頻繁に走る奥羽本線ですが、板谷峠を越える普通列車は6往復しかありません。貴重な列車ですが、連休の初日にもかかわらず、乗客は10人ほどでした。 山形新幹線の上り線となる、アプローチ線の増設工事の現場を横目に福島駅を発車。福島盆地を快走して8:12に庭坂に到着しました。 ここからが本格的な峠越えです。山肌に沿ってズンズンと高度を上げ、やがて福島盆地を見下ろすようになりました。 スノーシェルターの中の板谷駅。 峠駅では2名の乗車がありました。峠の力餅を売る声がホームに響きます。 峠を越えて8:51、…

  • ちょうじゃばる【駅名しりとり317】

    長者原 (JR九州) 篠栗線と香椎線の乗換駅。 別会社で開業したという経緯や運炭が目的で旅客輸送の優先順位が低かったこともあって、国鉄時代には駅が設けられませんでした。 駅が開業したのは国鉄民営化後の1988年。福岡都市圏の広がりにより、駅周辺は新興住宅地になっています。 現在、篠栗線、香椎線とも運転本数が増加し、通勤路線に成長しました。福岡市営地下鉄の延伸計画もあるようなので、福岡市東部の交通の結節点としてこれからも成長していくものと思います。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 訪城記 ~勝沼氏館~ 【2022.9.17】

    勝沼ぶどう郷駅周辺はその名の通り、ブドウの名産地。 周囲の緩斜面は悉くブドウ畑になっていて圧巻です。 ブドウ畑の間の坂道を下ります。 20分ほどで旧甲州街道にぶつかりました。このあたりは勝沼宿という宿場町でした。 そして、日川がつくった段丘崖を背に、街道を扼するように国史跡勝沼氏館があります。 武田信友(武田信虎の弟)が勝沼衆を率いて甲斐東部の拠点とした城と伝わります。1973年の県立ワインセンター建設に伴う発掘調査で発見され、戦国時代の武士の居館として貴重な遺構であることから1981年に史跡に指定されました。 巨大な内堀。 土橋と木橋がかかる北側の虎口から入城します。 樹々の配置により枡形虎…

  • 勝沼ぶどう郷駅

    勝山城跡を出て、谷村町から富士急行で河口湖へ。 9:08発の甲府駅行のバスに乗り換えます。 河口湖畔から御坂峠を越えて甲府盆地へ。御坂峠の頂上には御坂城があって遺構も素晴らしいとのことですが、登山のスキルがない自分にはハードルが高そうです。 石和温泉駅で下車。 10:37発の中央本線の上り列車は少し遅れていました。 甲府盆地の縁を辿って高度を上げ、盆地を見下ろす勝沼ぶどう郷で下車します。 かつての中央本線は甲府盆地の前後でスイッチバック駅が連続していました。初狩や笹子、韮崎や長坂、穴山、そして勝沼。現在の駅名に改称されたのは、スイッチバック解消後の1993年のことです。 蒸気機関車がなくなり停…

  • ももうち【駅名しりとり316】

    桃内 (JR東日本) 福島第一、福島第二と東京電力の原子力発電所が並んでいた福島県浜通りですが、東北電力のそれも計画されていました。 浪江・小高原子力発電所が計画されたのは浪江町と旧小高町にまたがる地域、距離的には当駅が最寄りとなります。 1973年に計画が持ち上がりました。当初は地元の誘致があったようです。用地買収が進められましたが、工事は進展せず、40年後の2013年に取り止めになりました。 大きな被害を出した東日本大震災後も計画が生きていたことも驚きですが、計画から40年というのも民間にはあり得ない期間です。 つくづく、日本の原子力は浮世離れした世界だと思います。 ↓よろしければクリック…

  • 訪城記 ~勝山城~ 【2022.9.17】

    9月16日は野暮用で半日休暇を取得しました。 用事を済ませた後、大月まで移動します。 大月に宿泊して翌9月17日、始発の河口湖行に乗車します。 自宅からだと始発に乗ってもこの電車には間に合いません。宿泊した効果ですが、この列車でなければいけない理由というのも特にありません。 20分ほど谷村町で下車。 桂川を吊り橋で渡ります。 谷を登り、集落の先に見える小山が勝山城跡です。 勝山城は戦国時代に小山田氏によって築かれました。当初は山麓にある谷村館の詰城として機能していたようです。 武田氏滅亡後、豊臣、徳川と時代が移る中で近世城郭に改修され、藩主秋元氏が転封になる1704年まで存続しました。 城の規…

  • 【ちょっと昔の流山15】2007年4月7日② 光照寺、大原神社

    2007年4月7日、続きです。 光照寺。1591年開山。当初は時宗でしたが、江戸時代に浄土宗に改められたとのことです。 大原神社。1673年創建と伝わる、町の鎮守様です。平和台駅と流山セントラルパーク駅の間にあって、周囲には戸建てが並ぶ住宅地となっています。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 天竜浜名湖鉄道『ゆるキャン△』×天浜線ラッピング列車

    8月12日、続き。ダラダラ続いた夏休みの話もこれが最後です。 名古屋駅に戻って、東海道本線に乗り換え。 豊橋でさらに乗り換えて新所原で下車しました。 天気は不安定で、雨雲が断続的にやってきてはそこそこに強い雨を落としていきます。 JRの橋上駅舎の横に天竜浜名湖鉄道の駅舎があります。 駅舎内は鰻店があり、改札前にはたれの焦げる良いにおいが充満しています。 空腹を誘うにおいにつられそうになりましたが、値段をみて躊躇。私のような庶民には手を出しにくいものになってしまいました。 14:23発の掛川行に乗車します。終点までは2時間10分ほど。 改札の時に、「車内にトイレはないけど大丈夫か」と声をかけられ…

  • かも【駅名しりとり315】

    加茂 (JR西日本) 名古屋と大阪を結ぶ関西本線。かつては現東海道本線と名阪間輸送の覇権を争いましたが、現在、全線を直通する列車はなく、しかも、亀山~加茂は非電化となっています。 西側の電化区間である加茂~JR難波は大和路線と案内されており、関西本線の名前を見ることすらほとんどありません。名古屋口は今も関西線と案内されていると思いますが。 2021年10月のダイヤ改正では、新型コロナウィルスの影響もあって奈良~加茂は減便されました。この改正では全国的に編成短縮や減便が行われ、退潮傾向あからさまに。 少しずつ寂しくなっていきますね。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになります…

  • 名古屋周辺うろうろ、そして、リニモ

    名古屋に宿泊して翌8月12日。 この日は、台風のちぎれ雲が断続的にかかり、雨が降ったりやんだりという天気予報。 しかも、最近の雨は局地的にザッと降るので、あまり外にいたくありません。 というわけで、当初の予定から変更して、7:09発の新鵜沼行の特急に乗車しました。 名鉄の運転上の要衝、枇杷島分岐点を通過。 上小田井で地下鉄と合流し、犬山線を北上して、7:38犬山到着。ポイントをウネウネと渡り、5番線に入りました。わざわざ公差支障を発生させてまでの転線には驚きましたが、結果広見線の電車とは同一ホームでの乗り換えとなり非常に便利です。 7:43発の新可児行に乗り換え。 8:02に新可児に到着しまし…

  • 【ちょっと昔の流山15】2007年4月7日 常与寺、本行寺

    2007年4月7日。 常与寺は流山旧市街の中心部にある日蓮宗の寺院です。 1326年開山と伝わります。 明治維新後は「印旛官員共立学舎」(後の千葉師範学校、現在の千葉大学教育学部)として使われました。 本行寺も日蓮宗の寺院です。創建は鎌倉時代とのことですので、こちらも歴史ある寺院です。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 訪城記 ~新宮城~ 【2022.8.11】

    御坊到着したくろしおは多客期の増結があって9両編成。 それでも、車内は行楽客で満席。デッキには立客があふれている状態でした。 白浜で半分近くが下車し、増結編成も切り離し。 周参見、串本、古座、太地と停車し、11:58に新宮に到着しました。 熊野速玉大社の方に歩き出すと、やがて山上の石垣が見えてきます。 駅から歩いて5分ほどの丹鶴城公園。新宮城跡です。 斜面をまっすぐに登っていく階段は、大手へ通じています。 大手門 その先は松ノ丸です。 本丸に向かう前に水ノ手に寄り道します。 水ノ手というと、井戸や溜池があることが普通ですが、ここでは、熊野川に面した舟屋というか港湾施設を示します。 専売していた…

  • とつか【駅名しりとり314】

    戸塚 (JR東日本) 駅の前後に立体交差を挟むことで、東海道線と横須賀線が方向別に並び、相互に転線が可能になっています。 2001年に開業した湘南新宿ラインのダイヤを設定するにあたっては、公差支障を最小限に東海道線に転線できるこの配線が、大きく寄与しました。 当初日中のみ25往復だった湘南新宿ラインも現在は70往復近くに。その間、池袋駅の平面交差が解消され、浦和駅や大崎駅は大規模に改良されました。 旧蛇窪信号場の平面交差は相変わらずですが。。。 ちなみに、湘南新宿ラインの開業により、5方面のうち新宿への直通をもたないのは、常磐線のみとなりました。沿線住民である私としては少々不便に感じているとこ…

  • (大和紡績和歌山工場専用線)

    西御坊駅の南側。日高川駅に向かう廃線跡から右に目を移すと、緩い弧を描く駐車場があります。 小川に沿って緩く弧を描く敷地。あやしいですね~。 駅の方を振り返ってみると、線路際のブロック塀が不自然にカーブしています。位置関係を見ると、ホームの中ほどから分岐していた感じです。 件の駐車場を反対側から。 熊野街道を渡り、敷地は続きます。 線路跡は築堤を進みますが、当方は道路を迂回。半ば埋もれていますが、築堤上にはレールが残っているようです。 この先で西川を渡りますが、護岸工事などにより遺構は完全に失われています。 西川を渡った先には大和紡績和歌山工場がありました。 1925年創業の歴史のある工場ですが…

  • 紀州鉄道

    お盆休みの続き。 和歌山に宿泊して、8月11日。6:04発、始発の紀勢本線でスタートです。 1時間ほどで御坊到着。 この日の最初の目的は紀州鉄道です。 紀州鉄道は、JRの御坊駅と御坊市街のはずれ、西御坊までの2.7kmを結ぶミニ私鉄。路線規模に似合わない壮大な社名ですが、もともとは御坊臨港鉄道という地元密着系の名前でした。1972年に不動産会社が買収して現在の名前に。鉄道会社が経営する不動産業という信用を買うため、というのが買収の理由と伝わります。たしかに、阪急とか東急とか沿線開発で大きくなった鉄道会社はいっぱいありますが、何だか本末転倒のような気も・・・今の時代、その肩書の威力は減少している…

  • 【ちょっと昔の流山14】2007年4月1日 江戸川、流山寺

    2007年4月1日、菜の花が咲き誇る江戸川土手です。 桜 流山寺。江戸時代初期の創建とのことですが、現在の社殿は1965年に建設されたものです。幕末、近藤勇以下新選組が流山に陣を敷いた時には、当寺にも分宿した由。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • みと【駅名しりとり313】

    水戸 (JR東日本) 私が小学生だった30年くらい前、夕方に水戸黄門が再放送されていました。 勧善懲悪のわかりやすいストーリーは、日本人なら皆大好きですよね。 実際の世界では、善悪を簡単に割り切ることはできないし、悪が栄えるという例も多い。勧善懲悪という物語は文字通りファンタジーの世界です。 でも、どこかで善の存在を私たちは信じているのではないでしょうか。 悪いことはやってはいけない、というのは最も基本的な社会規範です。その壁を崩すような言動をする人がもてはやされることもありますが、実際にその人と同じ行動をする人はほとんどいないはず。 そして、そもそも善行を奨励しないような社会が健全なはずがあ…

  • わかやま電鉄貴志川線

    高取城から壺阪山駅まで歩いて戻って、14:37発の吉野行に乗車。 吉野口で乗り換えて、16:36和歌山着。 東口は、県都の代表駅とは思えない雰囲気。まさしく駅裏という感じです。 和歌山電鐵に初乗車。17:07発の貴志行です。 和歌山電鐵は、貴志川線14.3kmを営業しています。南海電鉄貴志川線を2006年に引き継ぎました。岡山電気軌道の子会社であることが会社設立当時話題になりました。大手私鉄のローカル線が本体から切り離される例が最近多いです。貴志川線も南海電鉄が廃止検討を表明したことで新会社設立となりました。和歌山の近郊輸送を担い、輸送密度も3000前後はあるようですので、存続の判断は大正解。…

  • にしこいずみ【駅名しりとり312】

    西小泉 (東武鉄道) 東武小泉線の盲腸部の終端駅。 以前は、中島飛行機小泉製作所の玄関口としてにぎわったとのこと。 現在も富士重工業やパナソニックの工場がありますが、2両編成の列車が1時間に1~2本発着するのみとなっています。 かつては、利根川の河川敷まで貨物線がのびていました。さらに利根川を渡り、熊谷から妻沼まできていた熊谷線とつなぐという計画があり、工事が進んでいましたが、未成におわりました。 かつての計画をしのぶように大泉町と熊谷の間には路線バスが運行されていますが、本数は少ないようです。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 訪城記 ~高取城~ 【2022.8.10】 2/2

    前回の続き。 国見櫓から戻って矢場門です。 松ノ門から宇陀門。 千早門。 ここまでの主要な門は全て、喰違虎口や枡形虎口になっています。 ようやく大手門に到着しました。駅から2時間以上かかったと思います。 十三間多聞は二ノ丸の虎口。 二ノ丸には御殿があったようです。奥の高石垣が十五間多聞。南北に虎口を持ち、馬出のような役割を持っています。 その、十五間多聞から望む天守台。 本丸の虎口。 本丸に上がってきました。 天守台。樹木が茂り眺望は効きません。 帰りは壺坂口から。車で来た場合、本丸への最短ルートになるので、道もよく整備されています。 久しぶりの車道。車数台が駐車できる広場と、簡易トイレがあり…

  • 訪城記 ~高取城~ 【2022.8.10】 1/2

    8月10日、6:00発のぞみ1号は乗車率70%位でした。夏休みですが、空席が目立ちます。京都で近鉄特急に乗り換えます。 橿原神宮前で吉野線に乗り換え。 9:52着、壺阪山で下車しました。 この日の目的は高取城。日本屈指の巨大山城として有名です。国指定史跡。日本100名城。比高は350mを越えており、城下町から4km以上離れているという立地も特殊です。そして、その険しさに違わず、公共交通機関に恵まれていません。壺阪寺までバスがありますが、そこから徒歩1時間近くかかるうえ、バスの本数も平日は最低限になってしまいます。車で行けば手っ取り早いというのはわかっているのですが・・・ この日は平日のため、壷…

  • いけのたに【駅名しりとり311】

    池谷 (JR四国) 高徳線と鳴門線の分岐駅。 徳島から北上した線路が讃岐山脈の山塊にぶつかり、東西に分岐するところに駅があります。 急カーブ上の狭いホームは八の字に分かれ、両線の間に駅舎が建つレイアウトはどことなく私鉄っぽい? と思った人は正解!鳴門線の前身は阿波電気軌道という私鉄でした。 現在は特急「うずしお」のほとんどが停車する主要駅ですが、利用客は非常に少ない。乗車人員は1日に200人に満たないとのことです。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 【ちょっと昔の流山13】2007年3月31日 神明宮、神明神社、西善院ほか

    2007年3月31日、まずは江戸川の風景です。三郷流山橋の建設に伴い、変化が激しい地域です。 土手をおりました。何気ない風景ですが、今となっては貴重かもしれません。この日は、周辺の遺跡や寺社を早足でまわったようです。 まずは上貝塚貝塚。 神明宮 神明神社 西善院 さいごに、弁天様(弁財天)です。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 西武線いろいろ

    埼玉県西部の多摩湖周辺には西武鉄道の3路線がのび、国分寺周辺及び拝島線と絡で、このあたりの路線網はかなり複雑です。 その歴史的な経緯は本が1冊書けるほど興味深いものですが、ここでは割愛。 とりあえず、未乗だったこの辺りの路線に乗りに行ったという話です。 7月16日、この日は雨が降ったりやんだりの生憎の天気。 朝11時ころに到着した東村山駅は高架化工事中でした。 まずは西武園線に乗車します。 3分で西武園に到着。 競輪場に直結した2面3線の駅は、1編成がピストン輸送する現在の状況から見ると持て余し気味の様子。 東村山に戻って国分寺線に乗り換え。 西武園線と国分寺線はホームを前後に分割して共用して…

  • しょうずい【駅名しりとり310】

    勝瑞 (JR四国) 勝瑞は、鎌倉時代から戦国時代まで、この地域の政治、行政の中心でした。 吉野川の自然堤防上に築かれた城跡は広大で、駅周辺も城域に含まれています。 2001年に国の史跡に指定され、その後も断続的に発掘調査が進められていますが、 その大半は住宅地と田畑になっており、郊外のベッドタウンといった雰囲気。 特急うずしおの停車駅ですが、朝夕のみ。日中は普通列車のみですが、鳴門線との直通と合わせて毎時2本あり、利便性は高いです。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 【ちょっと昔の流山12】2007年3月24日② 大宮神社、寺田稲荷

    2007年3月24日、前回からの続きです。 大宮神社は流鉄流山駅近くの住宅地の中にあります。 寺田稲荷は、平和台駅近くの旧街道沿い。このあたりは、江戸時代から栄えた旧市街。古い社寺や商家が残り、古の雰囲気が今も残ります。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • ちゅうおうまえばし【駅名しりとり309】

    中央前橋 (上毛電鉄) 駅名に「中央」とついてますが、JR前橋駅から歩いていくと、ビル街を抜けた路地裏のような立地です。 両駅の間は徒歩10分ほどですが、シャトルバスが連絡しています。 前橋と桐生を結ぶ上毛電鉄ですが、両駅ともJRの駅からは離れています。それどころか、他の鉄道路線との接続は赤城駅しかありません。 JR(旧国鉄)線との接続が全くない私鉄というのはかなり珍しいですが、そんな鉄道が生き残っているということも奇跡的なことかもしれません。 最近は利用客数が減少傾向にあるようです。東武赤城線と直通運転して東京~前橋を特急で直結すれば・・・ 上毛電鉄は東武鉄道の連結子会社らしいですし、リバテ…

  • 【ちょっと昔の流山11】2007年3月24日① 耳だれ地蔵、本覚寺

    久しぶりの流山。2007年3月24日、まずは耳だれ地蔵です。 場所は、江戸川を渡ってから地下を走っていたTXが流山セントラルパーク駅に向かって地上に顔を出すあたり。 続いて本覚寺。先ほどの耳だれ地蔵のすぐそばです。この寺の前の道は2車線ながら狭く、流山街道の抜け道として機能していました。近年は大規模な拡幅工事が進められており、雰囲気が一変したようです。宅地開発も続いています。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 出雲大社から日御碕、そしてサンライズ出雲

    ダラダラ続いたGWの話、最後です。 5月2日、松江駅前のホテルから歩きます。 宍道湖大橋を渡って、松江しんじ湖温泉駅へ。 7:23発の電鉄出雲市行きに乗車します。 川跡で乗り換え。 8:26、出雲大社前駅到着しました。 この日の天気予報は晴れでしたが、空が陰り、小雨がパラついてました。朝早い時間ですが、神門通りは観光客がたくさん。 勢溜の大鳥居も観光客がいっぱい。みんな写真撮影に余念なく、人が途切れることはありません。 大鳥居からの参道は本殿に向かっての下り坂。以前からこの立地が不思議でした。規模も由緒も日本を代表する神社でありながら、まるでその存在を隠すかのよう。 出雲大社に来るのは4回目。…

  • もとまち【駅名しりとり308】

    元町 (札幌市営地下鉄) 神戸でも横浜でもなく、札幌の元町です。開拓初期に村が形成された、札幌の中でも歴史が古い地域とのこと。町名整備の一環で昭和30年代から住所変更が行われ、昭和50年代に住所としての元町は消滅しました。行政の効率化とか住民の利便性とかいろいろ理由があるにしろ、地名の消滅は歴史や記憶の喪失につながります。地名は文化です。そのことにもう少し理解を向けるべきだと思いますが、いかがでしょう? この駅が開業したのは、元町が住所表示から消滅した1988年のこと。また、小学校や図書館、各種商業施設に元町の名前が残ります。〇条〇丁目という住所表記は合理的でわかりやすいですが、地域を示す呼称…

  • 訪城記 ~松江城~ 【2022.5.1】

    田和山遺跡から松江駅に戻って、乗り換え。国宝松江城で下車しました。 前回松江城に来たのは国宝になる前でした。 GWだから当たり前ですが、人の多さにびっくりします。最近、人の集まる城跡に行くことが無かったので、なおさら驚きです。 大手門から、二の丸へ。 一ノ門は1960年復元。 門をくぐると本丸です。 松江城天守が国宝に指定されたのは2015年。松江神社で「慶長拾六年正月吉祥日」などと書かれた築城時期を特定につながる祈祷札が見つかったことが決め手になったようです。4重5階で全体に黒く、高欄を持たない内部望楼の姿と合わせて、剛健な印象。付櫓を持つ複合式天守でもあります。 天守内部。非常に薄暗い。 …

  • 訪城記 ~松江城~ 【2022.5.1】

    田和山遺跡から松江駅に戻って、乗り換え。国宝松江城で下車しました。 前回松江城に来たのは国宝になる前でした。 GWだから当たり前ですが、人の多さにびっくりします。最近、人の集まる城跡に行くことが無かったので、なおさら驚きです。 大手門から、二の丸へ。 一ノ門は1960年復元。 門をくぐると本丸です。 松江城天守が国宝に指定されたのは2015年。松江神社で「慶長拾六年正月吉祥日」などと書かれた築城時期を特定につながる祈祷札が見つかったことが決め手になったようです。4重5階で全体に黒く、高欄を持たない内部望楼の姿と合わせて、剛健な印象。付櫓を持つ複合式天守でもあります。 天守内部。非常に薄暗い。 …

  • すくも【駅名しりとり307】

    宿毛 (土佐くろしお鉄道) 元関脇豊ノ島は高知県宿毛市の出身。 2020年3月場所に引退、現在は井筒親方として相撲協会に残っています。先日(5月28日)に断髪式が行われました。 身長169cmと小柄でしたが、胸を出す立合いは独特で、取組中も頭を付けることはほとんどなかったと思います。 技巧派力士として定評がありました。特に、相手の懐に潜り込む技術は素晴らしく、また、もろ差しからの寄りや投げのキレは目を見張るものがありました。 琴欧洲との相性が良く、強烈な下手投げで背中から落とすシーンをよく見た記憶があります。 2004年5月新十両。第2検査出身初の関取でした。2004年9月新入幕。 このころは…

  • 田和山遺跡

    1カ月以上経ってしまいましたが、GWの話にもう少しお付き合いください。 米子13:42発の出雲市行は、キハ47系2両編成。出雲市までは電化されていますが、普通列車は気動車が多数派のようです。 松江で下車。14:50発の南循環内回りに乗り換えて田和山史跡公園で下車しました。 田和山遺跡は、台地の先端部に三重の環濠を持つ弥生時代の遺跡です。 隣接する松江市立病院の建設の際に発見され、その特異性もあって発掘、整備、保存されるに至りました。 環濠内部に集落があるのが普通ですが、この遺跡の環濠内は狭小で2棟の建物跡が見つかったのみ。集落は環濠の外にありました。 相当な土木量を投下してまでなぜ堀をつくった…

  • 日ノ丸自動車法勝寺電鉄線 フ50形客車

    米子城からの帰り道、市内に保存されている、日ノ丸自動車法勝寺電鉄線で使われたフ50形客車を見に行きました。 元々湊山公園で保存されていましたが、荒廃が進んだため、2000年に修復、移設されました。 現在の保存場所は米子駅から歩いて5分ほどのところです。 修復の際の調査で、1887年(明治20年)英国バーミンガムで製造され、関西鉄道が1889年(明治22年)に輸入した日本国内現存最古の木造2軸三等客車であることがわかりました。 客車の前は広場になっていて、この日はイベントが開かれていました。 客車の周囲には物々しい柵はありません。理想の展示かと思いますが、イタズラされないか少し不安になります。 …

  • うぐす【駅名しりとり306】

    鶯巣 (JR東海) ウグイスの巣とは風流な駅名ですが、「うぐす」という読みは若干難読でしょうか?静岡県との県境に近く、天竜川の両岸に平地が少ないこのあたりには、著名(?)な秘境駅が連続していますが、この駅は周辺に若干の平地と集落があるため、秘境駅として挙がることはほとんどありません。それでも、列車の本数は少なさ、利用客の少なさは他の駅とそん色(?)なく、到達困難度は同等かと思います。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 訪城記 ~米子城~ 【2022.4.30】

    米子駅は工事中。 清々しい初夏の青空の下、歩いて10分ほどで湊山の下に到着。山上の石垣が映えています。 三の丸跡にあった野球場は解体されていました。埋められた堀などを復元すると雰囲気が良くなると思うのですが。 二の丸の入り口は、巨大な外枡形。 石段を登ると、旧小原家長屋門。1953年に城下から移築されたものです。 二の丸跡はテニスコートに。裏にある石段を登ります。 5分ほど登ると、鞍部に出ました。 左手の方に行けば本丸ですが、先に内膳丸へ。 北に張り出した尾根の先端部を石垣で囲み大きな平場を生み出しています。 山上の石垣が良く見えます。 先程の鞍部に戻ってきました。ここには、城の西側からの登山…

  • 引退が決まった381系「やくも」

    4月30日、岡山9:05発のやくも5号に乗車します。 水島臨海鉄道の後なので、倉敷からでもよかったのですが、どうせなら始発から、ということで。 273系の投入により置き換えが決まった381系、新型車両は2024年春以降とのことですので、残り2年ほどです。 国鉄特急色に復元された編成が人気ですが、この列車は「ゆったりやくも」色の7両編成。 この塗装、381系によく似合っていると思うのですが、いかがでしょう? ちなみに、紫色ベースの「スーパーやくも」色好きです。引退までに復元していただけると嬉しいのですが。 あと、灰色に緑と黄の帯のやくも一般色も是非。 車内は経年の影響は隠せないものの、座席は交換…

  • ちばにゅーたうんちゅうおう【駅名しりとり305】

    千葉ニュータウン中央 (北総鉄道) 千葉ニュータウンは、白井市、船橋市、印西市にまたがる巨大なニュータウンですが、掘割の中を進む列車からはその街並みを見ることはできません。その掘割の幅が広いのは、成田新幹線を想定していたため。千葉ニュータウン中央駅に隣接するように駅が作られる予定でした。さらに、都営新宿線本八幡駅から千葉県営鉄道の計画もありました。遠大な構想の名残は、北千葉道路およびソーラー発電所に活用されています。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 水島臨海鉄道

    岡山に宿泊して、4月30日。6時15分発の糸崎行きでスタートです。 倉敷で下車。 今日最初の目的、水島臨海鉄道へ。倉敷市駅は路地の奥、ビルに隠れるような立地。JRとの位置関係は豊橋鉄道の新豊橋駅とよく似ています。 6:57発の三菱自工前行は軽快気動車単行でした。国鉄型の生き残りが現役で走ることで有名な水島臨海鉄道ですが、運用は日中で固定されているようです。狙っていけば乗車することは難しくないですが、行楽シーズン混みそうなので、なんとなく敬遠しました。 待っている間にサンライズ出雲が発車。 旅行客と思しき数名とジャージ姿の高校生をのせて、定刻に発車しました。すぐに山陽本線との連絡線が合流します。…

  • 訪城記 ~津山城~ 【2022.4.29】

    津山まなびの鉄道館から津山駅を通って津山城へ。15分ほどで到着しました。 津山盆地の中央に位置する津山城は、山全体を石垣で固めた、石垣の名城。そして、櫓が多いことでも有名です。その棟数は姫路城や広島城より多かったとのこと。明治維新後にすべて破却されてしまいましたが、古写真のなかにその姿を垣間見ることができます。現在は鶴山公園として整備され、桜の名所としても有名です。入場料310円なり。 公園内に入ると、石垣に囲まれた枡形。 180°ターンして石段を登ると三の丸です。 二の丸へは表中門を通ります。 これもまた石垣に囲まれた枡形。石段の広さが印象的です。 二の丸に入りました。見上げる本丸の石垣の上…

  • 津山まなびの鉄道館

    4月29日。東京6:06発ののぞみ121号に乗車しました。 到着した姫路は生憎の土砂降り。9:46発の姫新線、播磨新宮行に乗り換えです。 播磨新宮、佐用で乗り継ぎます。 12:02津山到着。あいかわらず土砂降りです。 それでも、駅を出て歩き始めました。が、打ち付ける雨はあまりにも激しく、5分ほどで靴はぐちょぐちょ。・・・心が折れました。 一旦、駅に戻りました。津山線の列車は発車したばかり。次は1時間半後です。待ち時間を利用して代替プランを考えます。宇野往復、瀬戸大橋往復、吉備線と井原鉄道乗車などいくつか検討、みどりの窓口に並んだところで外を見ると、若干小降りになって空も明るくなってきた感じです…

  • たにぐみぐち【駅名しりとり304】

    谷汲口 (樽見鉄道) 谷汲山華厳寺は揖斐川町南部の山間にある天台宗の寺院。 西国三十三所第33番札所の結願の寺院としても知られています。参道の入り口付近に駅を構えていた名鉄谷汲線が2001年に廃止されると、鉄道の最寄りは当駅となりました。駅から寺へはコミュニティバスがあります。しかし、本数が少なく、観光で利用するのはなかなか難しい。 また、養老鉄道揖斐駅発着のコミュニティバスもありますが、同じような状況です。 その代わりに、寺周辺には広大な駐車場があります。車を運転しない人は想定外、そんな感じでしょうか。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 【ちょっと昔の流山10】2007年3月17日② 浄蓮寺、天神社、トーテムポール

    2007年3月17日、続きです。 浄蓮寺。 天神社。 最後に流山総合運動公園に寄り道したみたいです。 駐車場横のトーテムポールは日本一でした。この公園のシンボルでしたがいつのまにか撤去されてしまったようです。 体育館が撤去されて、陸上競技場だったところに新しい体育館(キッコーマンアリーナ)がつくられました。景観が大きく変わりましたので、当時の写真があればそれなりに貴重な記録になった可能性がありますが、残念ながらこのときはトーテムポールだけで満足してしまいました。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • なかすかわばた【駅名しりとり303】

    中洲川端 (福岡市営地下鉄) 中洲は誰もが知っている日本有数の歓楽街。私の会社でも、あの通りにある〇〇というお店が、とか、〇〇は△△の店だ、とかよく話題に出ます。みんな、とても楽しそうに話をしているのですが、私自身は、そういうお店を楽しいと思ったことがありません。女の子に気を遣いながら過ごす時間に高い料金に見合う価値を感じませんし、終電がなくなるまで騒いだ挙句翌日半分死んだようになるのは罰ゲーム以外の何物でもありません。 つまらない男だな、と言われたこともありますし、社会人としてこういうお店は知っておくべきだ、という話もされることもあります。付き合いの良いところを見せて、一緒に騒げる方が良いと…

  • どちらかというと自滅

    久しぶりのアウェー観戦。NACKは10年ぶりくらいです。朝まで残っていた雨が上がり、絶好の観戦日和でした。風がささわやかで陽ざしが温かい・・・春ですね。 一方、ゲームは・・・お寒い内容でした。大宮のパフォーマンスは順位相当だったかと。決して良かったわけではありません。はっきり言えば、自滅といったよいかと思います。 前節までの数ゲーム、立ち上がりは悪くないものでした。守備から入ってプレーの強度を高め押し込んでいく。その時間帯に点が取れないのは課題でしたが、安心感はありました。でもこのゲームではなんだかフワッとした立ち上がり。危なっかしいな、と思っていたらミスから早々に失点。ゲームプランは崩れまし…

  • 【ちょっと昔の流山9】2007年3月17日① 愛染堂、山王神社、春山寺

    2007年3月17日。まずは愛染堂です。 流山セントラルパーク駅の近くにあって、大掛かりな区画整理と再開発がすすめられた地域です。当時は、工事中のエリアに囲まれていましたが、今はどうなっているのでしょうか? 下の写真は撮影場所不明です。愛染堂から山王神社に向かっていたので、おそらくその途中。今は田畑などなくなってしまったのでしょうね。 山王神社。 春山寺。 2007年3月17日の写真はもう少し残っているので、次回に続きます。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • たかしな【駅名しりとり302】

    高科 (樽見鉄道) 樽見鉄道の神海以北は 日本鉄道建設公団の建設線でした。国鉄改革が叫ばれる中工事が進められた鉄建公団の建設線は線形は良いものの、駅は極力簡素なイメージ。 ここもそのような小さく簡素な駅のひとつ。国鉄時代に開通した神海(当時は美濃神海)から1駅ですので、根尾谷はまだ穏やかで、駅の周囲には平地が広がります。線路はこの先、両側に山が迫る根尾谷を橋梁とトンネルで貫いていきます。越前大野を経て金沢を目指す壮大な計画でしたが、大垣からわずか34.5km、樽見にて線路は途切れています。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 成田エクスプレス

    千葉県民にとって最も縁遠い特急列車、それは成田エクスプレスです。成田空港へは、一般列車で十分だし、そもそも、都内から空港までノンストップの列車には乗車しようがありません。 というわけで、3月19日。せっかくの3連休ですが天気があまりよくない、ということなので、満を持して乗車してみました。今更ですが、初乗車です。 大船13:10発の成田エクスプレス31号を待ちます。 入線してきたのは、E259系6両編成。 列車を待つ人はまばらで、私が乗車した車両は貸し切り状態で発車しました。 戸塚は、東海道線の線路に転線して2番線に停車しました。 横浜駅の手前で横須賀線の線路に再度転線。 わざわざ2回も交差支障…

  • たばた【駅名しりとり301】

    田畑 (JR東海) 4つの私鉄が繋がって成立した現在の飯田線には、その前身にふさわしく、小さな駅が短い駅間で連続しています。 田畑駅もその一つ。伊那市の北側にあって、まばらになった家々に、田畑が広がります。 天竜川がつくった伊那谷には、小さな集落と田畑が途切れることなく続いています。 中央自動車道により大都市圏との間の輸送手段は高速バスなどにうつりましたが、 地域輸送においてはまだまだ飯田線の担うところは大きそうです。願わくばもう少し本数を増やして気軽に利用できるようになれば良いと思いますが。。。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 【ちょっと昔の流山8】2007年3月10日② 西栄寺、茂侶神社

    2007年3月10日、続きです。 下の写真は撮影地点がはっきりしません。下花輪のどこかだとは思いますが。 西栄寺。 茂侶神社。1月のヂンガラ餅神事は、流山市民なら必ず小学校で学習するはず。名前がアレなので、男子には大人気でした。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 【ちょっと昔の流山7】2007年3月10日 白狐稲荷、花輪城址公園他

    2007年3月10日、まずは江戸川の土手から。平和台付近です。 毎年、この辺りは菜の花が咲き誇ります。 白狐稲荷。このあたりは、三郷流山橋の建設工事で大きく変化しているかと思います。 花輪城址公園。 舌状台地の先端部のみわずかに残ります。公園の北側の墓地も城域だったようで、想像以上に規模の大きな城郭だったみたいです。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • にいがた【駅名しりとり300】

    新潟 (JR東日本) 記念すべき300回目は新潟です。 高架化工事が進んでだいぶ雰囲気が変わりました。 新幹線と特急「いなほ」の対面乗り換えも実現して便利性も向上。 でも、庄内地方から見ればより一層の高速化を望みたいところでしょう。 しかし、フル規格新幹線は構想だけで具体化せず、ミニ新幹線は貨物との関係で改軌が難しい、フリーゲージトレインは開発断念・・・なかなかうまくいかないものですね。 これだけ続くとネタ切れの懸念が否めませんが、若干ストックが残っていますので、もう少し続きます。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 【ちょっと昔の流山6】2007年2月25日 浅間神社、葛飾県印旛県庁跡他

    2007年2月25日、流山の浅間神社です。 本殿背後にある富士塚が見事です。以前、富士吉田に行ったとき、出身地を言ったらすぐにこの富士塚の話が出てきたことがあります。御師の家を公開している資料館の人で、各地の浅間神社をめぐっており、流山にも行ったことがある、とのことでした。 庚申塔。背後の塀はキッコーマンの工場です。 葛飾県印旛県庁跡。現在は市立博物館、図書館が建っているところ。 最後に江戸川の土手から。奥の端は常磐自動車道です。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • みたに【駅名しりとり299】

    三谷 (JR西日本) 山口線の中間駅。特急の停車駅ですが、1日の乗降客数は100人に満たない程度と非常に少なく、厳しい状況。 2001年には漏電が原因と思われる火災で駅舎が消滅しましたが、採算性の問題からJR西日本は駅舎再建を断念したとのこと。 山口線は、主要駅である津和野駅でさえ昨年12月から無人駅になってしまいました。観光需要の回復が見通せない中では仕方のないことなのかもしれません。 3月のダイヤ改正では、各鉄道会社とも守りの姿勢が目につきます。そして行政の腰は重い。公共交通機関としての鉄道は終わったということなのでしょうか? ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになります…

  • 御殿場から箱根へ、塔ノ沢駅、そしてVSE

    2月5日の話、続きです。 山北9:35発の列車で御殿場へ。 御殿場駅から無料送迎バスで御殿場プレミアアウトレットへ向かいます。 送迎バスは15分間隔での運行ですが、この時間帯は、乗客がいっぱいになったら発車するという感じになっていました。 10:30前に到着。 アウトレットの中をぐるっと一周。時間帯のせいか、新型コロナのせいか、客は少なめ。 何も買わなかったばかりか、店にも入らず、11:00の箱根登山バスに乗車しました。 迷惑な客ですね。 11:35に強羅駅着。 11:53発の箱根湯本行きに乗車しました。 久しぶりに乗った箱根登山鉄道。15分間隔で列車が行き交うにもかかわらず、急カーブが続く単…

  • おおいずみ【駅名しりとり298】

    大泉 (富山地方鉄道) この写真は車内から撮影したもので、下車したことはありません。 でも、駅の写真を検索するとなぜか既視感をおぼえます。 2010年の「富山市大泉地区内における夫婦殺人・放火事件」の現場となったビルが駅前にあります。 未解決のまま12年が過ぎようとしていますが、あちこちの駅に情報提供を求めるポスターが貼られていたのを覚えています。 既視感の正体はこれでしょう。 時間がたてばたつほど難しくのは犯罪捜査に限ったものではありませんが、早く解決してほしいと思います。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 訪城記 ~河村城~ 【2022.2.5】

    2月5日、新松田で小田急から御殿場線に乗り換えて、山北駅で下車しました。7:32着です。 とりあえず、駅の南側に保存されているD52を見学。 日本最大級の大型蒸気機関車ですが、戦時設計のせいか、武骨で優美さには欠ける印象があり私はあまり好きではありません。 寄り道もそこそこに本題へ。 国道246号線をくぐると、盛翁寺の参道。 その先に、入口がありました。 突き当りの駐車場から先は登山道。 険しい登りもほぼなく、10分とかからず茶臼郭の下に出ました。 茶臼郭に登ると、美しい畝堀が。 小郭を挟んで、2本の堀切が並んでおり、その向こうの祠のある所が本城郭(本丸)です。 畝掘を西側から。 小郭の横を抜…

  • 【ちょっと昔の流山5】2007年2月24日 前ヶ崎城址公園

    2007年2月24日の前ヶ崎城址公園です。 開発が進み、遺構は失われていますが、辛うじて舌状台地の先端部のみ破壊を免れ、公園として整備されています。 小金城に本拠を置く高城氏の支城として機能したとのことですが、失われた部分を考慮するとかなり大きな城郭だったようです。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • たかお【駅名しりとり297】

    高尾 (JR東日本) オレンジ色の中央線の終点としてよく耳にする高尾駅。 乗り過ごした酔っ払いが途方に暮れる駅として名前が出たりしますが、そんな姿も新型コロナの影響で少なくなったのではないでしょうか? 休日になると、高尾山をはじめとする山々へ向かうハイキング客の乗り換えでごった返します。 駅の西側には山が迫り、次の相模湖駅までは小仏峠を越えて9km以上。家並みが途切れ、山と樹々が続く車窓は、関東平野からの脱出を意味しています。 「中央線は山が近い」とボソッと言ったのは私の父。 日常と非日常の境目——高尾はそんな駅です。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほ…

  • 訪城記 ~小諸城~ 【2021.12.29】

    小諸城は駅近の優良物件。 一般には懐古園という方が通りが良いかも。 駅横の跨線橋を渡ればすぐですが、その前に大手門に寄り道しましょう。 小諸城大手門。1612年、仙石秀久の時代の建築とのこと。 明治時代に民間に払い下げられ、その後は料亭や塾として利用されていましたが、平成に入って旧状に復されました。国指定重要文化財。 大手門の前から懐古園へは地下道が通じています。 線路の向こうに見える三之門の屋根が見えます。 目線の高さに三之門の屋根があるように、大手から城の中心部に向かって下っていく地形になっています。 城下町より城内が低地にある独特の縄張から、穴城と呼ばれたりします。 城の背後(西側)には…

  • しんみなまた【駅名しりとり296】

    新水俣 (JR九州) 水俣というと、まず最初に公害が思い浮かびます。 水俣病は、四大公害病のひとつとして社会の教科書に記載されていました。 現在は改善が進み、漁も再開されているようなので、未だに公害の代名詞のように言われ続けることはこの地域にとって本意ではないとは思いますが、 それでも、負の遺産として記憶し続けることはとても重要です。 四大公害病に限らず、公害問題は全国的な課題でした。関東も沿岸部の工業地帯を中心に大気汚染が酷かったといいます。 私が小学生だった90年代前半も毎日のように光化学スモッグ注意報が発令されていました。 最近はあまり聞かないような気がしますが、改善が進んだということで…

  • 東秋留橋

    昨年の話を引きずります。今回は12月18日の話。 京王八王子駅から秋川駅行のバスに乗り換えて、秋留橋で下車しました。東京サマーランド近く、圏央道のあきる野ICに隣接しています。 秋川沿いを下流へ。気持ち良い遊歩道が続きます。 南秋留小学校を過ぎると道が細くなってきました。 細くなりながらも道は続いています。 やがて目の前に優美なコンクリートアーチ橋が見えてきました。今回の目的地、東秋留橋です。 そして、道は行き止まりに。もしかしたらどこかに道があるのかもしれませんが、見つけられませんでした。 引き返します。 南秋留小学校まで戻ってきました。 坂を登って河岸段丘の上へ。 雨武主神社。 なんとか到…

  • 6時間半耐久 飯田線1本勝負

    学生時代は、いまよりたくさん電車に乗っていたなぁ、と思います。比喩ではなく、文字通りの意味で。 誰もが同じだと思いますが、学生には金がない、そして時間があります。 だから、金がない分を時間で補っていました。例えば、下関から千葉まで普通列車で帰ったことがあります。当時は「ムーンライトながら」が健在だったので、そんなことも可能でした。 あるいは、大阪発の夜行列車に乗るために、家を朝早く出て普通列車で東海道本線を下ったりしたことも。 鉄道が陸上交通の王者だった国鉄時代に比べればささやかかもしれませんが、それでも当時はそのようなことも可能でした。 社会人になると、金はそれなりにできましたが、時間が無く…

  • えっちゅうふなはし【駅名しりとり295】

    越中舟橋 (富山地方鉄道) 当駅がある舟橋村は日本最小の市町村として知られます。また、富山市のベッドタウンとして発展しており、2000年代初頭は人口増加率日本一。平均年齢も低く、若い世帯が多く流入しているようです。その理由は富山市中心部から車で20分ほどという立地にありますが、富山地方鉄道の利便性もかなり高いものがあります。立山方面と宇奈月温泉方面の列車に上市止まりの区間列車が加わり、朝夕のラッシュ時で6本/h、日中でも2~3本/hあり、地方私鉄としては破格のサービスが維持されています。きれいな駅舎は1998年に竣工したもの。村立図書館が併設されているとのことです。 ↓よろしければクリックをお…

  • 訪城記 ~山上城~ 【2021.12.11】

    去年の話が残っているので、お付き合いください。 膳城を出て北へ。八幡神社の背後で下り坂。谷のような地形になっていました。 10分ほどで到着。 山上城は現在、山上城址公園として整備されています。 公園入口の橋を渡ると芝生の広場になっていて、ここが三の丸とのこと。あまりにひらけすぎていて、城感がありません。 芝生が途切れると、大規模な堀切。ようやく城らしくなってきました。 堀切を渡ると二の丸下の腰曲輪に導かれます。 左側の土塁の上が二の丸。導入ははっきりしません。 さらに一段上に本丸。 ここへの導入もよくわからず、私は、間にある横堀を回り込むようにアプローチしましたが間違っているのでしょうね。 一…

  • あけましておめでとうございます。

    あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。 一昨年、昨年と新型コロナウィルスに振り回される日々が続きましたが、今年はどうなるのでしょうか?世界的には流行が続いており、日本も徐々に感染者数が増えてきて第六波の兆しを感じる状況を考えると、日常に戻れるのはもう少し先になりそうです。 ただ、かなり前からこの国に漂うそこはかとない閉塞感、停滞感は新型コロナだけが原因ではないはず。バブル以降、私たちは過去の遺産を食いつぶしてきただけのような気がしています。 日本海側を中心に未曽有の大雪に見舞われていますが、私の住む所はよく晴れて、穏やかな陽気。初詣に出かけたところ、鳥の精密爆撃に襲…

  • 訪城記 ~膳城~ 【2021.12.11】

    女渕城から新屋駅に戻って、11:39発に乗車。2つ目の膳駅で下車しました。 県道3号線を渡って北へ。 10分ほどで到着しました。 本丸東側にあった馬出曲輪が失われているので、階段を登るとすぐに本丸です。曲輪の縁に土塁がないのは、元からなのか、失われたからなのか。 本丸を出て堀底を進みます。 目の前の階段、右側が本丸、左側が二ノ丸です。ここには橋が架かっていたのではないでしょうか? 二ノ丸です。 西虎口は、状態が良く、縄張の妙を味わえるのでおすすめです。台地の縁にあって、横堀に挟まれた細い通路が続きます。常に横矢にさらされることになるので、ここを突破するのは至難の業でしょう。 その西虎口に横矢を…

  • じんぐうまえ【駅名しりとり294】

    神宮前 (名古屋鉄道) 名鉄の路線網は砂時計のような形をしています。名古屋に向かって路線が収束し、名古屋を出ると拡散していきます。その南側の収束、拡散点がこの駅。常滑線を延長するような形で複々線がのび、JRや地下鉄との乗り換えが可能な金山駅に拠点駅の機能は移りつつあるようで、駅の規模のわりに乗降客は少なく閑散とした印象。でも、熱田神宮の最寄り駅ですので、年末年始は混雑するのでしょうね。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 訪城記 ~女渕城~ 【2021.12.11】

    大胡城から駅に戻って10:33発の西桐生行に乗車。 新屋駅で下車しました。 駅を出て踏切を渡り、東の方に10分ほど歩くとこの日2つ目の目的地、女渕城です。 おなぶち城址公園として整備されており、広い水堀が印象的です。 ちなみに、公園内でひときわ大きい芝生広場も水堀だったようです。 アーチ橋を渡った先が本丸です。堀は護岸で囲まれ、堀を跨ぐ橋は全てコンクリート橋になっていますので、旧状をしのぶことが難しくなっています。 本丸は畑としてつかわれているようです。私有地なのでしょうか? 本丸を出て堀に沿って進むと、自然に堀底に導かれます。 堀底を進んで橋を渡ると西曲輪。方形の整った縄張で、主郭部とは広い…

  • 訪城記 ~大胡城~ 【2021.12.11】

    昨日、12月11日の話です。 上野6:26発の前橋行に乗車しました。 前橋で下車。中央前橋駅まで歩いて、9:00発の大胡行に乗車。 9:17に到着しました。 駅から北へ10分ほどで、この日最初の目的地、大胡城に到着。 城跡の入口は立派な埋門。というのは冗談で、往時の堀跡を車が通れるスロープに改造したようです。 坂を登ると二の丸。南東隅に枡形が残されています。当時の二の丸正面はここだったものと思います。クランク状の通路に、わずかに石垣がのこります。 西側の虎口。玉蔵院跡といわれる曲輪がこの先にあるので、当時の虎口かと思いましたが、傾斜や幅を考えると後世の改変の可能性が高そうです。二の丸からの横矢…

  • じぇいびれっじ【駅名しりとり293】

    Jヴィレッジ (JR東日本) Jヴィレッジは1997年に開設された、サッカーのナショナルトレーニングセンターです。 東京電力が原子力発電所立地地域の振興策として建設、寄付したものですが、 東日本大震災の福島第一原子力発電所事故の対応拠点となったことで、知名度は全国区になりました。 2017年に原発事故の対応拠点としての使用が終了し、2019年に全面的に営業再開したことで、とりあえず震災前の姿がもどりましたが、 一方で、発電所周辺には未だに帰宅困難区域が残り、廃炉に向けたロードマップも不透明なままです。 震災から10年が過ぎて、安全対策の工事を終えた原子力発電所の再稼働が徐々に進み、原子力の再活…

  • 【ちょっと昔の流山4】2007年2月17日 熊野神社

    2007年2月17日、思井の熊野神社です。樹々に囲まれた雰囲気の良い神社ですが、すぐ裏側にはTXが通り、宅地化の波もすぐそばまで迫っています。 このあと、松戸市の中金杉の方に抜けたみたいで、下の写真には「中金杉から流山方面を望む」というメモが残っていました。 中金杉にある香取神社。流山市外ですが、おまけということで。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • もとかじ【駅名しりとり292】

    元加治 (西武鉄道) かつては、入間川の砂利を採取、運搬するための貨物線分岐しており、この駅にも貨物取扱施設があったようです。 西武鉄道のように貨物輸送を行う私鉄がたくさんありました。今では、秩父鉄道、三岐鉄道くらいでしょうか? 新幹線開業による並行在来線の経営分離により貨物輸送を行っている第三セクターは増えましたが、少し毛色が違いますよね。 世界的に見れば鉄道による貨物輸送が担う役割は大きいものですが、日本では衰退の一途をたどってきました。最近は、地球温暖化問題や、トラックドライバーの不足などがあり、徐々に風向きが変わってきているように思うのですが、気のせいでしょうか? ↓よろしければクリッ…

  • 【ちょっと昔の流山3】2006年12月10日 大原神社

    2006年12月10日の大原神社です。 非常に小さな神社ですが、1673年創建と伝わり、この地域の氏神様でもあります。 周囲は成熟した住宅地。この地域の区画整理は1970年代に行われました。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 【ちょっと昔の流山2】2006年10月28日 鰭ヶ崎三本松古墳

    今回は、2006年10月28日の鰭ヶ崎三本松古墳です。 この辺りは高低差のある傾斜地のため大規模な宅地開発を免れていた地域で、最近までかつての雑木林の雰囲気が残っていました。 近年開発が進み、この古墳も含めて大きく変化。現在、この風景を見ることはできません。 鰭ヶ崎駅近くの踏切から、総武流山電鉄2000系「なの花」。この電車もすでに鬼籍に入っています。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 訪城記 ~石垣山城~ 【2021.11.3】

    秋晴れとなった、11月3日、どこかに出かけたくて電車に乗りました。 最初は、小田原城をフラフラ散歩しようかと考えていましたが、電車の中でいろいろ考えて方針変更。 7:45に箱根登山鉄道の箱根板橋駅で下車しました。 早川を渡り、 あとは農道をひたすら登ります。 いつの間にか、かなり標高を稼ぎ、小田原の街が足下に。 駅から45分ほどで無事到着。 検索すると、JR早川駅や箱根登山鉄道入生田駅からのアクセスが記載されていますが、 地図で見る限り、箱根板橋駅からが最も近そう。結果的に正解だったようです。 石垣山城は、豊臣秀吉が小田原攻めに際して築城した陣城。 一夜城の異名がありますが、実際には80日ほど…

  • にしすがも【駅名しりとり291】

    西巣鴨 (東京都交通局) 都営三田線の巣鴨以北はなんだか不便。交差する鉄道路線が少なく、乗り換えにも時間がかかります。 この駅も、都電荒川線の新庚申塚との乗り換えが可能と案内されることがありますが、実際には地上に出て白山通りを200m以上歩くことになります。同じ都営なのにね。 西高島平で途切れてしまっているのも、不便に感じる理由だと思います。かつては東武東上線との相互直通の構想があったと記憶しますが、結局東武東上線は営団有楽町線との直通を選びました。 8両化が進み、さらに東急新横浜への乗り入れが開始されても、巣鴨以北の状況はあまり変わらないのではないでしょうか。たぶん。。。 ↓よろしければクリ…

  • 【ちょっと昔の流山1】2006年10月14日 花輪城址公園

    ブログのネタがなくなってきたので、以前住んでいた流山の写真をアップしていこうと思います。 TX開業を機に、市内全域で再開発が進み、市内は大きく変貌しています。 開業前と比較できれば面白いのですが、データが残っているのは2006年以降。しかも、街の中の写真はあまり撮影していないのも中途半端。 でも、ネットにあげておけば、後々、貴重な資料になるかもしれません。ならないとは思いますが。 というわけで、ネタが切れたときに少しずつやります。 第1回目は、2006年10月14日です。 花輪城址公園。東葛病院の目の前にあります。 仕様もない写真ですが。。。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励…

  • さまに【駅名しりとり290】

    様似 (JR北海道) 今年の3月いっぱいで、日高本線の鵡川~様似が廃止になったことにより、当駅も廃駅になりました。 この写真は、廃止前に撮影したものなので良いかな、と。ブログ記載前に廃止になったとしても、撮影したのが廃止前ならOKという事にしました。 災害により運行休止になり代行バスになったのは2015年の事です。それ以来、この駅に列車がやってくることはありませんでした。結局日高本線は、根元の30.5kmに短縮され、名前と実態に乖離が生じています。かつては、襟裳を通って広尾、さらに帯広まで鉄路がつながる予定でしたが、それも幻のかなたに忘れ去られようとしています。 最近は、災害からの復旧を断念す…

  • 訪城記 ~白河小峰城~ 【2021.8.12】

    古い話で申し訳ない・・・ 白河小峰城は、東北地方では珍しい、石垣が多用された城。1991年に復元された御三階櫓および前御門は、現在まで続く木造による城郭建造物復元の先駆けのひとつです。 城跡は白河駅のすぐ北側にあります。 二の丸跡は公園になっています。 正面の土橋を渡ると清水門。2024年までの復元を目指しているとのことです。 本丸へのメインルート上にある格式高い門ですが、枡形になっていません。しかし、門の背後にはすぐ本丸の高石垣があり、道が左右に分かれますので、防御力は低くありません。 清水門から右に曲がって坂を上ると、前御門と御三階櫓。ガイドブック等でよく見る光景です。 前御門をくぐると本…

  • わかさ【駅名しりとり289】

    若桜 (若桜鉄道) 『鳥取雛送り殺人事件』という推理小説があります。人気の高い浅見光彦シリーズのひとつで、事件の現場になったのが若桜でした。 作者の内田康夫は2018年に亡くなりましたが、舞台となった土地の風景や浮かび上がってくるような、清く美しい文章が印象的な作家です。推理小説というと、パズルみたいに設定に凝ったり、やたらとオタク趣味をひけらかしたり、推理のための推理に走ったようなものも多いなか、小説としてしっかり読めるという点ではこの人の右に出る人はいないように思います。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので にほんブログ村

  • 白棚線

    白棚線という鉄道路線をご存じでしょうか? 白河と磐城棚倉の間23.3km結んでいたこの鉄道があまり知られていないのは、戦争中の1944年に不要不急線に指定され運行を休止してしまったから。 戦後復活を目指す動きがありましたが、昭和20年代の内に断念に至ったようです。 現在、白河と棚倉の間にはジェイアールバス関東のバスが運行されています。 1時間に1本という運転本数は、地方の路線バスにしては利便性が高い。 11:35発のバスにも10人程度が乗り込みました。本数が多いのは、この辺りの人にとって東京に出るときの最速の手段になるからだと思います。 新白河駅からの新幹線は本数は少ないものの、うまく捕まえれ…

  • いしかわ【駅名しりとり288】

    石川 (弘南鉄道) 廃止が取りざたされる弘南鉄道大鰐線は、古い設備を何とか維持して延命を図っているような状態ですが、 見方を変えれば、昔ながらの雰囲気がよく残っているということでもあります。 この駅も、古き良き地方私鉄の面影を濃密に感じることができます。 小さいながらも独特の意匠の駅舎は、当時の勢いを彷彿とさせますし、狭いホームも好ましい。 人の姿はありませんが、待合室のベンチに置かれた座布団にぬくもりを感じます。 いつまで守ることができるでしょうか? ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 訪城記 ~棚倉城~ 【2021.8.12】

    いささか古い話で恐縮ですが、8月12日の話です。 常磐線を北上して水戸へ。7:28発の郡山行きに乗り換えました。 2時間20分ほどの乗車時間で磐城棚倉に到着。 この日は、天気が良くありません。西日本から九州にかけては大雨になっていて、このあたりもいつ降り始めるかわからない空模様。 降り始める前に戻ってこられれば御の字です。 歩いて5分ほどで、水堀にぶつかりました。 そのまま堀沿いを南下します。 東側の虎口が大手らしいです。 土橋を渡ると巨大な外枡形になっています。 本丸は巨大な土塁で囲まれています。棚倉城跡は亀ケ城公園として桜の名所になっていますので、シーズンには露店やブルーシートが並ぶのでし…

  • りゅうまい【駅名しりとり287】

    竜舞 (東武鉄道) 館林市と大泉町、太田市を結ぶ東武小泉線の支線にある中間駅。 日中は1時間に1本、最近は桐生線と一体で運用されており、両線を直通する列車がほとんどです。 駅周辺には住宅街が広がります。比較的新しい家が多い印象。 乗降客数はここ数年増加傾向とのことですが、宅地開発が進んだ影響でしょうか? 駅の西側にはSUBARUの巨大な工場がありますが、こういうところは自家用車での通勤が多いと思うので、乗降客数への寄与は少ないと思います。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みになりますので。 にほんブログ村

  • 扇の要の愛本橋 再び

    7月23日、つづき。宇奈月温泉14:46発の列車に乗車し、愛本で下車しました。 この駅に来るのは6年ぶりです。というか、もう一度来る機会があるとは思いませんでした。 駅の雰囲気は前回から全く変わっていません。文字通り時が止まっているのかもしれません。 黒部川沿いの道を進むと、見えてきた赤い橋、愛本橋です。 橋の北側は広大な扇状地がひらけています。 一方、南側には山が迫り、ここが扇状地の要であることを物語ります。 前回と同様、水量の豊富さに驚かされます。 黒部川神社。 今回は、愛本駅に戻るのではなく、下立駅まで歩いてみます。 途中で、乗車予定の電車に追い抜かれてしまいました。 下立駅は1面1線。…

  • 地鉄電車で富山平野をウロウロ

    7月22日、高山から乗り継いで富山に到着後、すぐに路面電車に乗り換えました。 富山駅路面電車南北接続事業の完成により、南北に分断されていた軌道線がつながったのは2020年。 2006年にJR富山港線を引き継いだ富山ライトレールは富山地方鉄道に吸収され、現在は、地鉄の市内線として一体で運行されています。 高架下に作られた富山駅は、行先別にホームが分かれ、発着する列車は超低床車中心で、近未来的な雰囲気でした。 せっかくなので、岩瀬浜を往復してみます。 単線の併用軌道を軽快に進みます。JR時代より交換駅を増やすことで、日中でも片道4本/hを確保しています。 終点の岩瀬浜は、バス停と直結。軌道線とバス…

  • しんあおもり【駅名しりとり286】

    新青森 (JR東日本) 2010年の東北新幹線延伸とともに同線の終点となり、さらに2016年には北海道新幹線の起点ともなった同駅ですが、 駅の開業は意外に古く、1986年までさかのぼります。 東北新幹線の延伸を見越して開業しましたが、当初は1面1線の最低限の設備に、一部普通列車は通過するなど半人前のような扱いでした。 新幹線開業とともに、在来線ホームも1面2線に拡充され、「白鳥」などの接続特急も発着するようになりました。 北海道新幹線開業後、特急は「つがる」のみになりましたが、津軽地方との往来は結構太く、乗り換え客が多い印象があります。 ↓よろしければクリックをお願いします。ささやかな励みにな…

  • 氷菓 聖地巡礼を手短に

    米澤穂信の古典部シリーズを原作にして2012年に放送されたアニメ『氷菓』は、内容のすばらしさはさることながら、京都アニメーション制作による美しい背景が非常に印象的です。作中では神山市という架空の地名であるものの、高山市が舞台になっており、市街の風景がいくつも登場します。 7月22日、高山駅から高山城へ行く途中、目についたところだけ巡礼してみました。 主人公のモットー「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」そのままに、遠回りや寄り道は少なめに、サクッと進めていきます。 宮川の西側、鍜治橋の交差点。 そのまま北へ。 これは? 弥生橋。 江名子川に架かっていた小さな橋…

  • 訪城記 ~高山城~ 【2021.7.22】

    7月22日、新幹線で名古屋へ。(ワイドビュー)ひだ3号に乗り換えました。 高山で下車しました。 まずは、駅から北へ5分ほどの飛騨国分寺へ。 山門をくぐった正面にある鐘楼堂は高山城からの移築と伝わります。 城跡に行く前に、もう少し寄り道します。 城の東側、江名子川の細い流れを渡った先の高台に寺院が集まっています。 そして、ここには高山城からの移築と伝わる建造物がいくつか残されているので、サクッと一巡しました。 法華寺 本堂 東山神明神社 絵馬殿 素玄寺 本堂 雲龍寺鐘楼門 高山城の歴史は古く、1500年代初頭までさかのぼるようですが、近世城郭としての体裁を整えたのは、金森長近が居城とした1588…

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