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かずさんのプロフィール

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伏見区
出身
都島区

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ブログタイトル
京都いろいろ裏通り
ブログURL
https://abbeyroad-kaz.hatenablog.com/
ブログ紹介文
古くて新しい街京都。大路小路のあれこれを紹介するエッセイ。
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ブログ村参加:2018/03/21

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かずさんの新着記事

1件〜30件

  • ぶらっと伏見 (5)「伏見文化・観光の語り部」まもなくスタート  

    <伏見の総鎮守の御幸宮神社拝殿の家紋:三葉葵、菊紋、五七桐が並ぶ> 謎 家紋はどこからきたのか 今日2月24日は朝から伏見区役所と伏見観光協会が主催する観光案内「伏見 文化・観光の語り部」のリハーサルがあった。伏見は豊臣秀吉以来の城下町で神戸の灘と並ぶ酒処でもある。その魅力を味わってもらうミニツアーが間もなくスタートする。 「語り部」は昨年秋から準備が始まって研修を経た私を含め10数人が認定ガイドとして登録された。コースは3つほど予定されておりいずれも見どころ満載。 名所旧跡のポイントについてガイドはみな研修を受けたが、人を前にして話すのはこれが初めて。 3月24日(日)に計画されている第1回…

  • ぶらっと伏見 (4)伏見城へ行ってみよう 伏見城攻城戦にみる城郭の様子

    (写真① 養源院前の駒札) 伏見に来るならお城に行ってみよう。 東山三十六峰は稲荷山で途切れるが、伏見と山科を結ぶ大岩街道を挟んで連続する低い丘陵に伏見城は立っていた。木幡山などと呼ばれたりするがここでは判りやすく古城山と呼んでおく。 今の城は昭和の築城ブームの時の遊園地(伏見桃山城キャッスルランド)の開園の目玉として1964年に建てられた模擬城であるが、大天守と小天守の堂々とした構えである。遠くからでもよく見える。伏見のランドマークであるのは今も変わらない。 ということで書き始めた稿だ。「伏見城へ行こう」と過去2回書いてきたものの続編だが、実は、城は秀吉が伏見に建てた二つ目の城だ。家康もここ…

  • ぶらっと伏見 (3)伏見城へ行ってみよう 秀吉時代の石垣を発見

    <今日2月2日の伏見桃山城大天守 晴れた空に模擬城でも威容が映えます> 今日は秀吉の時代のものだと思われる石垣を目にすることができた。参道へはまっすぐ天皇陵へは向かわず、醍醐道(だいごみち)と呼ばれる桃山と山科・醍醐地域に抜ける江戸期からある古い道を行く。天皇陵を下から見上げるつもりだ。 <伏見桃山御陵全容 google earthから> 三つめの矢印のあたりに来た。 これが例の230段の階段。見上げるとやはり高い。階段を登りつめたところのさらに上に天守閣があった。冒頭の模擬城を重ね合わせてみると迫力が伝わってくる。 <桃山御陵の230の階段> <昭憲皇后陵墓 明治天皇と同じ城円下方墳> <明…

  • ぶらっと伏見 (2)伏見城へ行ってみよう

    <洛中洛外図屏風(池田本)徳川時代の伏見城> ①伏見に来るならお城に行ってみよう。 町の中心大手筋商店街から東側に連なる低い丘陵(古城山)にお城が立っている。大天守と小天守の堂々とした構えである。遠くからでもよく見える。伏見のランドマークだ。 京都は寺と神社がメインだろっ、ていう人が大半じゃないだろうか。京都でお城と聞くと中京区の二条城ぐらいしか浮かばないっていう人も多いだろう。 都が置かれてからこのかた、京都では城郭は何度も築かれそして消えていった。長く続いたものは数少ない。残っているものは二条城ぐらいだ。大半は為政者の故意によって破却され、また戦乱の中で炎上焼失した。 伏見城(模擬城)旧伏…

  • ぶらっと伏見 (1) 京都・伏見の見どころやグルメスポットをご案内します

    伏見桃山城(現在は模擬城、1963年築) 京都伏見ってどんなところでしょうか? 京都の伏見って聞くとピンとくるのは伏見稲荷大社でしょう。間違いありません。あの朱色の鳥居が何千体も延々と続く千本鳥居です。 陽に染まって輝く鳥居の幻想的な光景に誰もカメラを向けずおれません。外国人が行ってみたい日本の観光地としていつもトップにいるわけです。京都に来る修学旅行生が訪れる先でもあるし、全国稲荷社の総本山で氏子の崇敬を集め初詣やその他の行事でも参拝客は多い。洛南(京都の南方面)で国の内外を問わずたくさんの観光客が訪れる場所が伏見稲荷大社です。 千本鳥居 けれども伏見には他にもたくさんの見どころがあります。…

  • 京都いろいろ裏通りのグルメ編 ちょっと行ってみようかな

    すみません。まだ行ったことはありません。 居心地が良すぎて地元民なら連日昼から通い詰めるレベルなのだそう。(http://r.gnavi.co.jp/g-interview/entry/akasaka/3350)

  • 足許の京都⑯ 京都タワー

    (大和大路に架かる跨線橋からの眺め) できたとき色々物議をかもした構造物だ。6キロほど南の伏見の自宅からも見える。9階建ビルの上に立つほっそりしたフォルム。胴体は白で先端は赤が入っている。寺のろうそくを想起させるとか言う人もいるが、公式には京都の都市を照らす灯台をイメージしたものなのだそうだ。 東京オリンピックが開かれた1964年12月の54年前のオープン。東寺の五重塔より高いものは建てないという不文律をめぐって政財界の建設推進派と知識人の反対派との間で意見が割れたが、高さなどの法規制が及ばない「工作物」という玉虫色の解釈で決着したとか。 今でも古都にこんな建物がいるのか、などと論議を呼んでい…

  • 足許の京都 ⑮ 京都らしい風景

    (写真上 鴨川四条大橋から北山を見やる) 京都らしい風景ってなんだろう、と時々考える。鹿児島なら桜島、富山なら湾からの立山連峰、大阪は道頓堀と通天閣、東京も同じくスカイツリーや東京タワーなどの構造物である。他、各地にいっぱい「お国自慢」「らしさ」があって選びきれない。 京都はやっぱり鴨川だろう。これが見えたらやっぱり京都だなと思うものに東寺の五重塔もある。大阪方面からJRで帰ってきて塔の黒々とした姿が見えてくると「ああ、もうすぐだ」となにがしらの感慨を得ることができる。「らしさ」のひとつではある。 でも個人的には、この鴨川の光景だ。視界のずっと奥の北山や大原方面から流れ来た賀茂川と高野川が合流…

  • 伏見はやっぱり伏水か? その②

    伏見はやっぱり伏水か? 3日ほど前にアメーバブログで次のような短い記事を書いた。 「欄干の柱に刻まれている「伏水街道」とは「伏見街道」とよむ。橋は二間と短いが、紅葉千本で名高い東福寺を流れる洗玉澗に架かる橋である。 灘と並ぶ関西の酒処伏見。京都盆地の地中を行く豊富な地下水が湧く地。 鎮守の社御香宮に日本名水百選の良質な水が湧く。そんな井戸が各地にある。伏流水の町としての伏水が伏見にてんじたか」 (下は洗玉澗にかかる石橋 東山区本町通の東福寺前) 他の資料を当たっていると「秀吉と伏見時代」(中川正照著 ウインかもがわ刊)にこんなことが書かれていた。 奈良時代に大和の国に本家をもつ土師部氏が洛南の…

  • 足許の京都⑭ 静かな時

    夜の産寧坂を歩きたかった。日中は足許やみやげ物屋のに気を取られ、高い声で交わされる会話に惑わされる。後ろから押されるように、上があるから上る坂。惰性で往来する石段。 夜の帳が黒々と下りるとき、坂の街並みは息を吹き返す。しもた屋は雨戸を閉ざししずまりかえり素顔を取り戻す。ひとつふたつの街灯をたよりに歩く一歩また一歩。鉄の板のように凍てついた石畳。雨濡れの光に冷気を宿す。行く人が来し方を振り返る夜。

  • 足許の京都⑬ 大和大路七条界隈

    <写真は秀吉を祀る豊国神社> 大和大路通は南北の長い通りだ。北は三条通から南はJR京都線に突き当たって本町通とか伏見街道と名前を変えて南下、紅葉千本の東福寺の山門や伏見稲荷大社の朱の大鳥居を横目に進み、赤煉瓦の洋館の聖母女学院校舎(旧帝国陸軍司令部庁舎)を見ながら下って、最後、国道24号線に吸収されて奈良まで続く。道の先端が奈良=大和に向かっていることから大和大路と呼ばれているようだ。 見どころ満載の通りだが、京都でも一番おぞましく痛ましいものが集まっているエリアがある。七条大和大路界隈だ。大仏前交番を前に交差点に立ってみる。 南に平清盛が後白河法皇に献上した三十三間堂、東に京都国立博物館の煉…

  • 今日もカレーを食べてしまった

    食の好みは人の人生を映すというけれど、子供のときの母親の料理、仲間と連れ立って毎日のように食べに行った下宿近くのメシ屋の定食、結婚してから妻が作ってくれる毎日のご飯など、日々長く舌に刷り込まれ、自分なりに咀嚼してきたものだから動かしがたいものがある。 私の好物の第一番はカレーライス、ライスカレーどちらでもいい(ほかにはハンバーグ、スパゲティのナポリタン、焼き飯、オムライス、おっとまた今度)。 てなわけでカレーにはまって1週間、今日は地元でとんかつとカレー専門の「かつ廣」に来てみた。大手筋商店街一本南の通り魚屋町の一角。京阪の伏見桃山駅からだと歩いて5分足らず。このジャンルなら伏見で一番じゃない…

  • 日本史のツボ

    昨日までに読み終えた本が日本中世史が専門の東京大学教授の本郷和人氏が書いた「日本史のツボ」(文春新書)。これまでの山川本に代表される通史や時代を絞った時代史やテーマを絞った各論史(最近では「応仁の乱」が大ブレイク)や京都本に代表される地域史などがあるが、今回のこれ、テーマを絞って古代から江戸期ぐらいを通しで考えている。 天皇、宗教、土地、軍事、地域、女性、経済の七つにテーマを絞って古代から平城京、平安京の頃から鎌倉、室町、戦国、江戸の各時代を輪切りにし本質を炙り出そうという試みである。知らなかったなあ、という事実やそうだったかと嘆息する解釈もあってなかなか楽しめた。 全部をここで披瀝する紙面は…

  • 平安京は完成したのか

    <写真 大極殿跡碑 上京区千本丸太町上ル西側> 言うまでもなく、今私たちが覚えている「うぐいす鳴くよ」の794年とは遷都の詔勅が発せられた年で、都市が完成した日でもないし宮殿たる内裏の落成記念日でもない。 その年に桓武天皇はどこで寝起きしていたんだろう、とあるときふと考えた。 都市計画担当の造営司長官を視察に行かせたのはどうやら前年だったらしい、それまで何回か遊猟などで桓武やその部下が平安京の地を訪れたことはあるだろうが、何年もかかって新しい都市づくりが計画された形跡が見当たらない。 碁盤の目に街路を整え内裏の宮殿や官衙の建物を建設し、メインストリートの朱雀大路を広げ南端に羅城門を造って左右に…

  • やっぱり京都はいい。

    二寧坂 京都に住んでいる人は他府県に出たがらない。生まれも育ちも大阪の私が結婚して京都に暮らし始めて間もない頃、そんな話を聞いたことがある。古ぼけてるな、と出不精を小ばかにしていましたが、京都に住まって二十余年、とうとう私も他所で暮らしたくないなと思うようになった。 コンパクトなサイズの都市規模。山に縁取られ街の真ん中を川が流れる風光、眠たげに軒を下ろす紅殻格子の町家、歴史を考えさせてくれる寺社仏閣、伝統工芸の数々、そしてB級から高級まで揃う料理の数々。都市としての魅力満載なのだ。他所にでかけていくまでもない。やっぱり京都はいい。

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