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2018/01/31

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  • 中島みゆきをこえるだろうか?

    2019-01-27 06:02:47テーマ:ブログ下は、満島ひかりがうたう中島みゆきの「ファイト!」である。ファイト!満島ひかり現代詩は中島みゆきをこえるだ…

  • 言葉になにを求めるか?

    2019-01-21 05:44:50テーマ:詩について題名を「言葉になにをもとめるか」にしたのは次のような理由による。わたしたち、書き手も読み手も、芸術に生…

  • 俳句の定石について

    2018-04-20 20:10:22テーマ:俳句について碁には定石がある。それをうつと間違いが少ないという教本である。書店で、碁の打ち方に関する本をいくつか…

  • 俳句の客観姿勢について

    2018-04-13 22:22:46テーマ:俳句について前回は「間」について書いた。今回は、五七五の言葉と、その作品作り出す世界と作者が表現しようとした心象…

  • 俳句の切れによる間

    2018-04-07 17:40:09テーマ:俳句について前回、「俳句のひとつの要ー切れ」という題で、俳句の作品としての重さあるいは深さは、作品の切れによると…

  • 俳句のひとつの要ーーー切れ

    2018-03-18 07:52:15テーマ:俳句について俳句の素人が何を書くか、とお叱りを受けるかもしれないが、俳句を書いて読んできてこれは要のひとつだなと…

  • 野村喜和夫論⑤ー散文・詩での言葉の選択ー

    今回、今まで五月雨式に書いていた野村喜和夫論をひとつにしようと思った。というのは、彼は、現代詩界(もしあるなら)で良く発言し、良く『現代詩手帖』に評論を書いて…

  • 野村喜和夫論④ー考えることと感じることー

    前回、『野村喜和夫論③ー知性と感性ー』で、私はつぎのように書いた。「私は、野村喜和夫氏の言葉との関係は、もともと素直な感性によるものであり、それは今も変わらな…

  • 野村喜和夫論③ー知性と感性ー

    前回、野村喜和夫氏の『ZOLO』について書いていて、下のように終えた。そして、その思いは別のところへと拡がっている。「・・・・・・・今、私は、現代詩の次の道を…

  • 野村喜和夫論②ー『ZOLO』に見る書き手ー

    前回、『野村喜和夫論①』で私は、『速度の虜』と『他者の泉8』についてこう書いた・・・・・・私が、疑問に思ったのは、「欲望のままに、少女の尿を浴びていると、顔は…

  • 野村喜和夫論①ー詩人と言葉ー

    2013年1月に書いたものだ。誤字脱字、それとわかりづらいところに手を加えた。ーーーーーーーーーーーーーーーー前回、野村喜和夫氏の『ZOLO』を開いて、驚いた…

  • 野村喜和夫論(序)ー言葉の回りの詩人の位置ー

    5年前に書いたが、手は加えなかった。ーーーーーーーーーーーーーーーー現代詩は何の回りを回っているのか。ここ半年、現代詩については、そのことだけを考えていた。言…

  • 野村喜和夫氏『現代詩作マニュアル』について-現代詩の立つ位置-

    現代詩はどこに立っているか?最近、現代詩として評価されている詩人の詩を読み、詩の批評を読んでいて感じたことは、現代詩の立っている場所を詩人たちが明確に言えなく…

  • 村上春樹の世界⑦騎士団長殺し(続)

    前回『騎士団長殺し』について感じるところを書いて、そのあと何か書き残しているという感じが残り、なぜか落ち着かなかった。今回はそのことだけを考えてみたい。それは…

  • 村上春樹の世界⑥騎士団長殺しーその1

    村上春樹は何かを変えたく思っている、あるいは何かが彼のなかで変わって今回『騎士団長殺し』を書き、発表したと感じられてならない。そのことがもう一度村上春樹につい…

  • 村上春樹の世界⑤書くことの意味

    これまで村上春樹の小説から考えられることを書いてきた。今回はエッセイ、ノンフィクション、対談、ホームページでの読者とのやりとりから、考えてみようと思う。日本だ…

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