住所
-
出身
-
ハンドル名
三上篤さん
ブログタイトル
思想
ブログURL
https://mikamiatsushi.hatenablog.com
ブログ紹介文
思想、哲学、信仰について。
自由文
更新頻度(1年)

37回 / 80日(平均3.2回/週)

ブログ村参加:2017/07/29

三上篤さんの人気ランキング

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三上篤さんのブログ記事

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  • タバコと排気ガス

    タバコの有害性には皆うるさいが、排気ガスで大気が汚染されていることは有名であるにもかかわらず、ほとんどの人は問題にはしない。4人乗りの車に1人で乗ることは少なくなく大いに無駄である。大型バイクなども無駄である。比較的クリーンな電車を皆利用するべきであろう。結局、多数派が強いというだけのことのようである。あとは、食肉なども大気を汚染しているらしいが、これもあまり問題にならない。

  • ソフトウェアパーツを作る仕事

    YouTubeだとか世の中にはたくさんのウェブサービスがあるが、ソフトウェアパーツを作ることは仕事にはならないであろうか。例えば、コメント機能だとか、チャンネル登録機能だとか、チャンネルを横断して検索する機能だとかを持ったソフトウェアパーツである。利用者はそれぞれそれらをカスタマイズして自前のサーバーで自前の広告で運営するのである。そのような分散的なシステムの方が合理的であろう。サービスプラットフォームの利益の分、広告も少なくできるであろうし。そのようなものはブログなどではある。鍵になるのは検索機能かなと思う。そのソフトウェアパーツの利用者の情報を集約するサービスが必要になるように思う。ソフト…

  • 技術開発と基礎研究のどちらにお金を使うべきか

    ノーベル賞の受賞者が度々基礎研究の重要性を訴えているが、ぼくはそのアンチテーゼを書いてみたい。技術開発と基礎研究はどちらも大切ではあるが、ぼくは、技術開発により社会は豊かになり、人々に余暇が生まれ、基礎研究も進むので、どちらかと言えば、技術開発の方が大切であると考える。大学はより実学にシフトすべきで、例えば、工場の自動化や農業機械など産業に直結する技術開発を行うことは大切であると考えている。長期的には、学問、技術、芸術を一部の人々が行い、全人口の7割くらいの人々は遊んでいるそのようなユートピアを想像している。同時に、すべての人々は哲学者であるから、その遊びの中から、優れた学問、思想、技術が生ま…

  • 「すべきではない」とはどういう意味であろうか

    それが、「しない方が良い」、あるいは、「しないべきである」ということであれば、そのように言った方が良いのではないであろうか。言葉通りに解釈すれば、それは「すべきであるということはない」という意味であるように考えられるが、そのような意味で使っている人はあまり多くないように思う。

  • 身体と心の二元論

    身体と心の二元論は間違いであるように思う。すべては心的であり、身体とは、触覚を中心とした感覚的現象であり、心的現象の部分である。こういう考え方もある。身体とはコントール可能な物体の総称であり、広義の身体は道具や車などの狭義の身体を延長する非生体的物質も含む。どちらの身体も心的である。後者の身体は、要するに空間把握能力のことであり、それゆえに心的である。 主観の中に客観がある。対立していると思われているものが、含み含まれているという関係であるということはよくある。

  • 言語

    人の数だけ言語がある。それは素晴らしいことだ。言語を学ぶだけで世界を学ぶことができる。それも素晴らしいことだ。言語の使わない人間などほとんど動物のようなものだろう。われわれは言語を使用することができる。素晴らしいことだ。

  • dxとは何か

    高校数学。xを変数とする関数fについてのdfについて考える。dfとは、f(x+ε)-f(x)のことである。εは微小量である。dxは、xを変数とする関数xについてのdxであり、x+ε-x=εである。dxとdfの異なりは、この記法でははっきりしない。そこにはxについての微分であることを明記する必要がある。 全微分と偏微分について。xとyを変数とする関数gについて全微分dgとは、g(x+dx,y+dy)-g(x,y)のことである。また、gのxについての偏微分dgは、g(x+dx,y)-g(x,y)である。この2つの微分を区別するために、微分の記号を変えることは慣例的だがあまり本質的ではないように思う…

  • 政治的に右と左では右の方が正しいように思われる

    地に足のついているのは右だ。そして、右が海外の友人を持つなど国際的な見識を広げれば真に左を超える右になるだろう。インターネットがそれを可能にしてくれるかもしれない。一方で、ネトウヨのような言葉もある。インターネットには間違った情報もあるからだ。複数のサイトを比較するなど冷静な分析が必要になるだろう。世界的な視野を持った右、それは最早単純な右ではないし、そういう人が良い人だと思う。それを左だと言う人もいるかもしれない。それはそれで良い。スタートが右でゴールが左、そういうことかもしれない。最初から左であるのはお門違いだ。人は右から始まるように思う。

  • 反円安誘導

    円高を悪くいう者がいるが、円の価値が高いことそれ自体は悪くないことだし、無理に円安に誘導して輸出産業を保護することはアンフェアであるように思うのだが、どうであろうか。どこかが儲かれば、どこかが儲からないわけで。円高だとGDPも上がるし。いいことだと思うが。

  • 神はサイコロを振らない

    アインシュタインの言葉で、「神はサイコロを振らない」という言葉が量子力学への批判として語られることがあるように思うが、運動が確率的であるということは、神が介入することが可能であるということであるわけで、例えば、ある時の運動を神が決めて後で帳尻を合わせれば良いわけだが、そうすると、「神はサイコロを振らない」ということと量子力学は両立できるように思う。むしろ、古典力学や相対性理論の方が、神と両立できないように思われるわけで…… 人は無知だ。ソクラテスの言葉は現代の科学の世界にも生きている。

  • 技術、文化のコピーをしてもいい

    かつて日本はアメリカから技術、文化をコピーしていたが、最近はあまりしなくなったように思う。アメリカのような大国はプライドがあるから、あまりコピーしないのかもしれないが、日本は中間くらいだから、そうすると上手く行かないこともあるように思う。中国や韓国などは相変わらずコピーしているようで、日本もそうした方が良いと思う。著作権、オリジナリティなんてつまらない。もちろん法には触れてはいけないが、法に触れないコピーというものはある。そもそも、ポップカルチャーというものは、コピーで成り立っていると言っても過言ではないように思うし、科学も科学技術もそうであろう。もっともっともっとコピーしよう。真のオリジナリ…

  • 高齢化とGDP

    GDP、あるいは国民一人あたりのGDPがあまり上がらないことを不況と呼ぶそうだが、働かない高齢者の割合が増えているのだから、GDPは他の国に比べて上がりづらいように思う。公正にするのであれば、働き手の世代のGDPについて考えるべきではないであろうか。さらに、日本では、女性はパートタイム労働者が多いから、GDPを下げる傾向がある。これを改善するためには、パートタイム労働の給与を上げるほかはない。実際、女性が能力的に劣っているというわけではないであろうから、そうすることは公正であるように思う。多分、女性のGDPは世界的に見ても日本はかなり低いと思う。そういう統計を見たわけではないのだが。日本はGD…

  • 政治的発言をすることはむずかしい

    人の意見は多面的だし、そういうことから、政治的な意見を発言することはむずかしい。誰だって、哲学や信仰に比べれば、政治的な問題は小さいわけで、そこで、白黒付けるような発言をすることは、躊躇してしまう。実際、躊躇しているんだけれども、はっきりしたことも言いたくなることもある。しかし、意見というものは本来多面的なものだから、時には矛盾したことを言ってしまうかもしれない。それでもいいかなと思っている。

  • 公務員の給与

    ぼくは公務員の給与は削減しても良いと思っている。はっきり言うと、優秀な人材は公務員にあまり必要ではない。東京大学などの有名大学から毎年大量の公務員が生まれているということは無駄なことだと思う。公的機関は足回りを軽くしないと。はっきり言うと、公務員の質は民間企業の従業員の中の下あたりで良いと思う。だから、給与も削減できる。それでも、公務員の志望者が減らないのであれば、好きにすればいいと思う。給与という面でしか、価値を設定することはむずかしい。それに、有名大学の出身者でないことは、長期的な成長を考えれば、あまり大きな問題ではないかもしれない。安い人材を買おう。国民のお金なのだから。

  • 消費税と累進課税

    消費税でも所得税でも税を取るのであればどこからでもいいように思われるかもしれないが、消費税には累進課税がない。そこが大きな問題であるように思う。個人的な意見では、累進課税はもっと推進していいように思う。お金が儲かるということは、社会にお世話になっているということだからだ。能力主義な立場に立てば、人の能力は収入の差ほどの差はないから、累進課税は肯定されるように思う。これは起業家、スポーツ選手などに言えることだ。スポーツするだけであれだけの収入があるということは能力主義的な立場ではおかしなことだ。スポーツのような非生産的なことに国民の資産、資質を大量に投入することは愚かなことだと思う。日本はまだま…

  • ぼくの国語能力

    インターネット上でも世間でも、理系と文系の違いがよく議論されているが、理系と文系という区別は大学にはなく、高校のクラス分けにおける区別だし、京都大学出身のぼくにとっては、中堅大学の文系よりも国語の試験の点数は高かったわけで、多くの場合、あまり納得の行くような議論は為されてはいない。ぼくはセンター試験の現代文は100点だったけれども、どうってことはないと思っているし、それでもって国語能力が高いかどうかはよくはわからない。まあ、悪くはないんだろうけれども。まあ、国語は大事だが、難関大学の理系は中堅大学の文系より国語はできるってこと。 以前にも書いたことがあるように思うが、文系のコアは哲学だと思う。…

  • 失われた30年

    失われた10年が、失われた20年になって、今度は失われた30になるかもしれないらしい。うーん、年寄りじみているなあ。若者にはもっと夢を見せようぜ。デフレーションは企業努力の賜物だし、円高は通貨の強さでもあるよ。個人的には意見では、既存の大企業を守るという政策で、景気を良くするという方法は間違っているように思う。若者からのイノベーションに期待しないと。さらに、輸出産業ではなく、国内産業を充実させること。そうすれば円高でもいいわけでしょう。外貨獲得という考え方がなあ…… 過去の栄光にすがっているようでは駄目だと思うよ。 とりあえず、Linuxを使えばいいんじゃないかな。自治体などの日本の色んな組織…

  • 円高と円安

    円高と円安のどちらがいいのであろうか。政府はインフレーションと円安を望んでいるように思う。マネタリーベースを増やすことによってそれを実現しようとしているように思えるが、上手くは行っていないようだ。その理由として考えられるのは、国民はデフレーションと円高を望んでいるからであるということである。そこに衝突がある。デフレーションは、家計に直結するし、円高も輸入品が安くなるから家計に影響する。そういうわけで、国民は潜在的にデフレーションと円高を望んでいるように思う。円高にはもう一つ良いところがある。それはドル換算でのGDPが上昇するということである。そこだけ考えれば、円高は景気を良くする方法の一つであ…

  • いじめられる者の悪さ

    いじめられる者の悪さはある。それは仕返しをしようという気持ちである。仕返しをしようと思いそれができないからフラストレーションがたまる。仕返ししようと思わなければいいのだ。同じようなことだが、群れることを良しとするから、群れられないとフラストレーションがたまる。群れようと思わなければいいのだ。大人にいじめがあまりないのは、皆孤独なところがどこかあるからだと思う。もちろんそういう行為が子供じみているということもあるが。

  • 哲学系と自然科学系

    理系と文系という区分はあってないようなものだ。哲学系と自然科学系という区分は正しくあり得るように思う。もちろんそこに入らない学科も出てくるであろうが、もともと2つに分けるということがある程度ナンセンスであったのであろう。経済学と心理学は現在文系に所属しているが、哲学系と自然科学系のどちらに所属するかと言うと、多分自然科学系であろう。社会学などどちらにも関わる学問もある。そう考えると、哲学系に所属する学科の数は、現在の文系よりも大分少なくなるはずで、それが学問の本来の姿だと思うのだ。教育のシステムは、国家の根幹でもある。よく考えてもらいたい。しかし、よく考えると大学には、厳密に言えば、理系と文系…

  • 文豪

    かつての日本の文豪は、思想家としても一流であると考えられていたようだが、現代では、そのような文豪はほとんどいないように思う。何が変わったのか。ぼくの考えでは、変わったのは小説というよりも批評だ。ある時代から、そのような文豪を評価しないような時代になってしまったのだろうと思う。その理由は、虚飾だ。文豪が虚飾しているように見えたのだと思う。現代的なその言い分は正しいのだろうか。確かに文豪は虚飾的だが、それだけで済ませてしまっていいのだろうか。ただ、自殺した文豪は、そういうところがあったのかなと思ってしまう。しかし、虚像を作り上げたのは文豪自身ではなくて批評家かもしれない。

  • 心が綺麗であればそれでいいのか

    心が綺麗であればそれでいいのか。心が綺麗でも何も為していないのであればその価値は小さいだろう。RPGで言えば、HPが減っていなくてもダンジョンの深い階層に潜っていなければその価値は小さいだろう。何かを為すということは世俗的なことを除いても色々あり得る。学問のこと、信仰のこと。他者と交われば心は汚れる。しかし、そこから得られることも大きい。他者を通じて自らを知るということもある。しかし、嘘を吐く者はたくさんいて、他者と交わることのデメリットはそれである。それに、自分も嘘を吐いてしまうことはある。お互い様ではある。皮肉なことに、他者と交わるということは、存在しないものを作り上げるということでもあり…

  • 数値に現れない成長

    失われた20年という言葉を聞いたことがあるが、日本は数値に現れない成長をしたということは考えられないだろうか? ぼくの感覚では日本は成長しているのだが。物価も安い方がいいし。サービスの質は高いと思うし。観光客は増えているし。

  • 愛する人へ

    愛する人へここではないどこかで今ではない未来で愛する人へいつも一緒にいてそこで見ていて今もどうしたら逢えるんだろうって思っていた日々もう既に逢っているんだって誰かに教えられた愛する人へここではないどこかで今ではない未来で

  • 歴史教科書

    新しい歴史教科書を作る会だとかがあって、そういうことが問題になったことがあったが、歴史教科書は大学が作れば異論は少ないのではないだろうか。近畿圏の学校の教科書は京都大学が作ってほしい。暗黒の東京時代のことは、批判的に記述していいよ。他人事でね。京都大学が制作した歴史教科書であれば、楽しく読めそうだ。新しい歴史教科書をつくる会だとかのHPを見たが、なんだかなあ。また、田舎もんが作った教科書やろ。武家中心主義の思考を改めないと、歴史はおもしろくないと思う。朝廷は幕府の権威付けのためのものだっただとか、それこそ非国民的なことを記述しておいて、東京政府が誕生すると、天皇万歳だとかいう単細胞ね。天皇は近…

  • 大阪都構想に賛成

    そこは被せていかな。ただし、必須ではないようにも思う。それが前回の投票結果だったんだろうなあ。うーん、大阪都良いと思うけどなあ。次の投票では勝ってほしいね。キーワードは笑いと涙。

  • ツッコミが待ち望まれている

    現代の社会はボケに溢れているような気がする。何というか、ボケとけばいいやみたいな安易さ。一つ一つ丁寧にツッコまなければ、話は終わらない。でも、ボケ合戦というのかな、そういうものが流行っているような気がして…… 昔からそうだったんだろうか。本当はツッコミがいた方がおもしろいと思うのだが。ツッコみきれないことが多いような気がする。ボケ合戦においては、ツッコミは自明ということになるのだろうけれども、なんだかなあ。

  • 京都再遷都への問題

    敗戦時に、武家的特徴の強い東京から京都へ再遷都しておけば良かったように思うが、そうはならなかった。東京奠都は、軍国主義の始まりの象徴だ。その後の不幸な歴史は最早語る必要はないであろう。東京時代は暗黒の時代である。仮に現在、京都へ再遷都するとして、一番の問題は地価であると思う。東京の価値は下がるし、京都の地価は上がるだろう。それは不公平かもしれない。あとは心情的な問題もある。天皇を慕って東京へ上京した者もいるかもしれない。しかし、これからは地方の時代だというのであれば、京都への再遷都は検討する価値があることであろう。皇族はこの問題についてどう考えているのだろうか。是非聞いてみたいことだ。

  • 弱さ

    ぼくらは弱さを分かち合う。これは皮肉だ。表面的な弱者の振る舞いを共有しているだけだ。それがコードだ。恥ずかしいふり、それをはにかみと言う。わかってやっているならいい。わかっていなくてやっているのは問題だ。弱者のふり。それを弱者がする。不思議なようで不思議ではない。よくノリと言うが、あれはノリではなくて同情だ。

  • 理系のファッショナブルナンセンス

    元のファッショナブルナンセンスは文系の分野で起きたことだが、理系にもファッショナブルナンセンスはあった。情報学という言葉である。アメリカでは主としてコンピュータサイエンスと呼ばれている。日本の情報学には大きな業績は少ないにも関わらず、情報技術だとか、情報革命だとか、そういった言葉が大変流行した。本当にそれらは情報学だったのだろうか。よく考えてみる必要がある。そこにあったのは、コンピュータ技術であり、ネットワーク革命であったのかもしれない。言葉は大事だ。ファッションに捕らわれてばかりではいけない。理系のファッショナブルナンセンスは規模が大きい。