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https://mikamiatsushi.hatenablog.com
ブログ紹介文
思想、哲学、信仰について。
更新頻度(1年)

62回 / 365日(平均1.2回/週)

ブログ村参加:2017/07/29

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三上篤さんの新着記事

1件〜30件

  • 母の怒りは子の免疫。

  • 嘘をつかないことが原則的にいいことであるのは、その方がすっきりしているからだと思う。

  • 腹三分目

    腹八分目くらいがいいというのは誤りだと思う。腹三分目くらいがいい。もっと食べられる。それくらいでいい。腹八分目は結構お腹いっぱいだ。

  • 悪態

    悪態に賭けること。逆転を願って。

  • 取り繕い

    哲学において、取り繕うことは極めて重要である。

  • 初志貫徹

    初志貫徹なんて皆馬鹿だと思っている。柔軟である方が賢い。しかし、それでも残る物があって、それが真の初志貫徹だろう。

  • 日常

    朝目覚めたら当たり前の日常がある。

  • 何故煩悩はなくならないか

    煩悩は悪感情の最終形態である。煩悩を煩悩と知ること。それは悟りである。

  • 馴れ合い

    弱者の馴れ合いは時に愛である。そしてそれは時に善である。

  • 時間が一次元的だというのは幻想かもしれない

    時間は二次元空間の点であり得る。それを一次元空間の点で表現するのは、単純だからに過ぎない。真理は単純であることを要請するのかという問題はむずかしい問題だとは思うけれども、一般的に言ってそれは必須ではないと思う。時空間の四次元性だとか、それを考える必要がなければあえて考えないということは、科学や哲学において共通的な理解ではある。あるいは、このように考える者はいるかもしれない。仮に時間が二次元空間の点であっても、その運動は本質的に一次元的であると。そういう意味では、仮に時間が二次元空間の点であると、ある意味では時間は二次元的であり、ある意味では時間は一次元的であるのかもしれない。

  • 哲学科の居場所

    哲学科が文学部にあることは正しいのだろうか。哲学は俗に言う理系と文系を超越したものだから、独自の部に所属するのが正しいように思う。

  • 哲学者の動物性

    哲学者の動物性の典型は本を売りたいということだろう。本を売りたいから過激なことを言うし、本を売りたいから斬新なことを言いたいし、本を売りたいから綺麗な表現をしたい。真理を探求するだけなら、誰にも言わなくてもいい。

  • 運命と自由意志

    運命と自由意志は両立する。人が無知であるゆえに。そして、自由意志を奪われた人に最後に残るのは観察する自分であろう。

  • ポップ

    ポップとは誰かが発明したものを皆で使うこと。そういう意味で、あの有名なアンディ・ウォーホールのトマト缶も理解できる。

  • 間違っていること

    例えば、ある漢字の読みを間違えて覚えてしまっていたとして、それを正しく覚え直しても、間違っているという意識は残ってしまい、新しく覚え直したことも間違えているかのように思ってしまうことがある。だから、一度間違えて覚えてしまったことは、正しく覚え直すのに手間だったりする。

  • チェーン店の店員の態度

    どうしてチェーン店の店員の態度はいいのだろうか。それは虚である。虚ということが示されている。人は皆何らかの虚を抱えて生きている。大袈裟に言うと、そういうことである。

  • 雑感

    東アジア人が黄色であれば、欧米人は赤色だろう。 子供は社会が育てるべき。公費による完全保育。幼児教育は専門家に任せる。公的な乳母。 技術革新こそが科学を育む。科学より技術に投資を。 最低賃金は上げるべき。不公平。最低賃金で働いている人たちはそれ以上に社会に貢献している。

  • なんでもあり

    なんでもありということは何もできないということができないのだろうか。そうではないのかもしれない。多分、何もできないということさえできるのだろう。それをしないのは、この世界は私の世界だから、不必要な干渉はしないということなのだろう。

  • 機械という認識

    機械は確実である。機械は信頼できる。人間より。ただし、暴走しなければ。スイッチで電灯を消すという行為が確実的であるのは、機械が信頼できるからだ。機械と対である概念は何だろうか。しかし、それが何であれ、非機械的であったものを機械で表現するAIが現代においては進歩している。だから、信頼できない機械という概念もあり得る。すべてが自然であるように、すべてが機械であり得るのかもしれない。

  • 機械という認識

    機械は確実である。機械は信頼できる。人間より。ただし、暴走しなければ。スイッチで電灯を消すという行為が確実的であるのは、機械が信頼できるからだ。機械と対である概念は何だろうか。しかし、それが何であれ、非機械的であったものを機械で表現するAIが現代においては進歩している。だから、信頼できない機械という概念もあり得る。すべてが自然であるように、すべてが機械であり得るのかもしれない。

  • フェミニズムとは何か

    フェミニズムとは女性中心主義のように思えるが、多分、そうではなくて、男性が構成した社会、すなわち、言語、文化、社会、経済、政治、学問などに女性の性質を持ち込むということだと思う。だから、フェミニズムという言葉に語弊があって、本来、50:50であって良いと思う。そういう意味では、中央主義とでも言うか、そのような概念になると思う。

  • 東大王の名称問題

    東大王というクイズ番組があるが、名称が問題だ。まったく王ではない。真の王たる者は、会社経営でもしているだろう。だから、「東大生がクイズに挑戦してみた」だとか「東大生×クイズ」だとか、そういう名称の方がふさわしいだろう。何故人々はこのような間違いを繰り返すのだろう。文化というもの自体に、疑念を持たざるを得ない。

  • 食品ロスと消費増税

    最近、消費税が3%上がったが、食品ロスが10%程度減少すれば、多分、同じくらいの経済効果が生まれるのだろう。そちらの方がいい。どうすればいいのだろうか。スーパーなどで目当てのものが売っていなくても我慢する。売っているもの、所有しているものから献立を考える。店舗数を減らし、店舗を大型化する。これに反しているのがコンビニだ。コンビニは業態的に食品ロスが生じやすい。どこでどれだけの消費があるか、AIで予測する。このようなことも考えられるだろう。

  • 神、心

    すべての人間には神が付いていると思う。人間という器に神が収まっている……わけもなく、それは溢れ出しているだろう。現代においては脳について色々調べられているが、人間の心の物質的基盤は宇宙の外側にあるかもしれない。それは最早物質と呼ばれるものではないかもしれないが。触れないかもしれないし、見えないかもしれないし、聞こえないかもしれない。宇宙の内側に人間の心の物質的基盤があるかもしれない。星と呼ばれる物である。それが宇宙の外側であれ、内側であれ、存在している可能性はあるから、脳というものだけを調べていても人間の心についてはわからない可能性があるということである。もし、人間の心が宇宙を超越しているので…

  • 内在的定義と外在的定義

    例えば、「恥」という言葉について考える。これを自らが恥じ入ることを基準に定義することが内在的定義である。そして、誰か他の人が恥じ入ることを基準に定義することが外在的定義である。外在的定義は心理学における行動主義に類似しているところがあるように思う。このことの優劣を付けることは簡単ではない。どちらも知ることが大切なことではないかと考える。 そこから世俗的な善と悪が生まれるのかもしれない。

  • 女性にしか書けない歌詞

    女性にしか書けない歌詞で思い出すのは、中島みゆき。女性性を武器にしている。本人にそのつもりはないかもしれない。しかし、結果的に武器になっている。女性性。メジャーに対するマイナー。彼女にとっては、多分、女性にしか作れない歌という言葉がもう何周も回っているのだろう。 包帯のような嘘を見破ることで学者は世間を見たような気になる 「世情」の一節。

  • 余白

    余白という遊戯、遊戯という余白。あるいは、嫉妬。嫉妬があるのは、勝ちたいから。悲しむのは、立ち直りたいから。怒るのは、危機だから。「だから」で繋げても意味はないかもしれない。しかし、余白を大切にしなければいけない。余白のないこと、それは様々な感情が溢れること。それは、人生を有意義にするかもしれないが、大きな目標を達成するには向いていないかもしれない。余白=遊び=遊戯、それが新しいものを生む力になると思う。

  • ポップミュージックの歌詞

    ポップミュージックの歌詞が意味不明なのは、お金についての問題が片付いていないからではないだろうか。

  • 書籍の無償化

    最近、Spotifyのように音楽を無償化して広告で売り上げをあげるモデルが話題になっているようだ。いつか書籍が無償化されることがあるのではないかと思う。書籍の場合、関わっている人数が一般的に言って少ないから、作者がそうしたいと望めばそうできることが可能であることが多いのではないかと思う。特に学術書の場合、売り上げよりも沢山読まれることが目的である場合、書籍の無償化と相性が良いのではないかと思う。学術書をよく書く大学教員は他で収入があるし。

  • ら抜き言葉の合理性

    可能性の表現、例えば「寝られる」という言葉はそれでいい。しかし、例えば「見られる」という言葉は曖昧だ。受動態の可能性があるからである。だから、ら抜き言葉「見れる」という言葉には曖昧ではないという合理性がある。そして、また、受動態の曖昧性のある動詞だけら抜き言葉を使うとういのは規則として複雑過ぎるから、すべてをら抜き言葉にしてしまおうという考え方にも一理ある。もし、丁寧にら抜き言葉を使うのであれば、受動態の考えられる動詞だけら抜き言葉を使うのは良いと思う。

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