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2017/05/02

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  • 海兵隊の紅一点

    お久しぶりでございます。私生活が忙しくて\(^o^)/状態になっておりました。今回は海兵隊の紅一点、楽隊所属の楽師(伍長に相当)です。イギリスのレッドコートをパクッた参考にした緋羅紗の上衣は非常に目立ちますね。当時の楽隊・鼓隊の上衣は禮常略すべて緋羅紗でした。後年の軍楽隊でも緋羅紗が用いられていましたが、実はこの緋羅紗、一度消滅しているのです。当時は輸入に頼っていた緋羅紗はかなり高価だったのでしょうね。敬礼しているのにトランペットを持たせているのは記念撮影的な何かっていう設定だからです。海兵隊の紅一点

  • 海兵士官常服

    色々忙しくて更新が滞ってました。さて、本日紹介するのは随分前に描いた海兵士官常服のイラストです。前回書いた略服の差分なんですがね。手前の椅子に座っているのが佐官、奥で立っているのが尉官です。こちらは砲兵科。端の色が兵科色の赤色です。どことなく米海兵隊のブルードレスを思わせるデザインです。海兵士官の軍服は大禮服、常服、略服すべて紺羅紗で作られており、袖章や胸飾りによる区別以外は大佐から少尉補に至るまでほぼ同様の形をしています。大禮服は常服と大差が無く、襟に金線が付され、金ボタンが10個に増える程度の違いしかありません。砲兵科の金ボタンは桜花と3つ重ね並べた野砲の図柄が特徴で常服は8個です。少佐の袖章は3本の中線で表され、中線の幅は4分5厘で線と線の間は1分5厘程の幅が空けられました。剣帯は大礼帯と同様のものを用い...海兵士官常服

  • 海兵士官略服

    就活やら何やらでただでさえ遅い更新が更に遅くなってしまいました。更新だけでなく絵も滞ってます。元々低い技量が更に低くなってそう…さて、本日紹介しますのは海兵士官略服です。※公開した後に酷い間違いを発見したので修正しました。略服を着したる海兵士官砲兵科少佐(手前)と同尉官(後ろ)です。配色が微妙だったため分かりにくいですが、紺羅紗です。海兵士官の略服は陸軍と似た肋骨服を用いていますが、陸軍とは階級の表し方が違います。陸軍の肋骨服では袖章で階級を区別していましたが、海兵隊では佐尉官を胸章の数で区別していました(佐官5本、尉官4本)袖章での区別は行われず、佐官のみ襟の櫻花の数で階級を区別していました。(大佐3個、中佐2個、少佐1個)常帽は佐尉官の区別があり、佐官は2本、尉官は1本と定められました。尉官にいたっては襟の...海兵士官略服

  • 海兵隊砲歩各隊における隊長職の階級と氏名

    明治9年9月11日の資料。海兵隊解体時点での各隊主要幹部の階級と氏名です。?内は文字が読めなかった箇所。取り消し線部は資料でも同様に削除されていた箇所である。・砲兵大隊大隊長海軍少佐大野義範副長海軍大尉坂本基桂・一番小隊小隊長海軍大尉石田熊六半隊長海軍中尉堀正分隊長心得海軍少尉補久武禎蔵同森有兄・二番小隊小隊長心得海軍中尉長井利英半隊長心得海軍少尉佐着平内分隊長心得海軍少尉補原田主馬同浜田新之丞・三番小隊小隊長心得海軍中尉九里孫次郎半隊長心得海軍少尉坂本俊一分隊長心得海軍少尉補西季重・四番小隊小隊長心得海軍中尉池田貞周半隊長心得海軍少尉魚住守節分隊長心得海軍少尉補安住保弘・例外砲兵隊砲兵教官海軍大尉池辺弥一郎同副教官海軍中尉但馬惟賢砲兵隊射法教官海軍中尉三原經備同隊教佐海軍大尉古屋?海軍少尉詫間教治同隊主計掛海...海兵隊砲歩各隊における隊長職の階級と氏名

  • 部隊編成について

    今回は海兵隊の部隊編成について、現時点で分かっている範囲でまとめたいと思います。・部隊名等当時の部隊名は、現在一般的に使われる「第○小隊」といった名称ではなく、「○番小隊」といった呼称が使用されていたようです。所属海兵は「海兵○番小隊△分隊」もしくは「○番小隊△分隊階級名前」「○番小隊階級名前」といった表記が成されたようです。隊長職に任命された士官においては「○番小隊長(心得)」「○晩小隊半隊長(心得)」「○番小隊分隊長(心得)」などといった表記が確認されています。※H29.7.21追記砲兵大隊には一番小隊から四番小隊までが所属し、各小隊に半隊・分隊が存在していた。例外として、砲兵隊砲兵教官、同副教官、砲兵隊射法教官、同隊教佐、同隊主計掛、同隊給養掛が所属していた。歩兵大隊も同様に、一番小隊から十番小隊までが所...部隊編成について

  • ベタ(下手とも言う)塗り

    ラフ画を書いて暫く放置していた絵の修正とベタ塗りが終了。ベタ塗りというよりかは下手塗りあとは陰付けなのですが、一等小銃射法教授課軍曹がサーベルを所持していたかどうか・・・小銃教授掛の権曹長は支給されているんだが・・・水兵本部の各局分課について調べなくてはorzベタ(下手とも言う)塗り

  • 大日記の区分について

    明治5年11月に制定された海軍条例を見ていたら、今まで気になっていた点が一つ解決したので載せておきます。海兵隊関連の記録に必ず出てくる記号として、「甲○号大日記」「己○号大日記」などがあります。↓こんな感じ被服の制式や支給、装備の図面、兵器の調達。給料など、全ての書類にこれらの通し番号が振られております。そもそも、この「大日記」というのは、海軍省に存在していた各局各課ごとの書類綴りの名称であり、各課ごとに以下のような割り当てがなされていました。これらは各課の大日記の名号に従い「甲乙丙第何号」といった形で、書類の右端に朱書きで記しました。各大日記は10月から翌年の9月までを一括りにする。といった決まりになっていました。(例)記号:課甲:事務乙:文書丙:軍事丁:規定戌:人別己:金穀出納(きんこくすいとう)※金銭と穀...大日記の区分について

  • 海兵隊 権曹長の腋章(階級章)についての考察

    海兵隊の階級(下士卒)にも追記しましたが、海兵隊でも権曹長という階級が明治6年に廃止されるまで存在していました。ここで気になってくるのが、権曹長の礼服・常略服の腋章(階級章)です。権曹長は軍曹と曹長の間に位置する階級で、二等曹長に位置づけられる階級ですが、「海兵隊服制下」には権曹長の服制図はありません。腋章の存在自体は資料より確認ができるのですが、その図案等は不明のままです。そこで注目したのが、「砲(歩)兵一等大砲(小銃射法)教授課軍曹」の腋章です。当該箇所の但し書きには「但し、二等三等は両腕の櫻花を除く」と記してあります。この但し書きが曹長にも当てはまるとすれば、二等曹長である権曹長の腋章は、曹長の腋章から櫻花を取り払ったもの。つまり、「海兵隊服制下」中の「給養課・陣営課曹長」と同様のものである可能性がありま...海兵隊権曹長の腋章(階級章)についての考察

  • 海兵脱営者手配書

    第七十七号甲五套元白川県管下歩兵古谷頼久右の者、去る二十九日、寝入りの後窃に透を計り脱営致し候段、届け申し出候につき同夜番兵等細々取り締まり候えども、更に相分からず如何様垣を越え脱走いたし候儀にてもこれあるべき際請所探索に及び候えども、今もって行方相分からず申し候間別紙官物所持品並びに人相書添、この段お届け致し候也第四月二日水兵本部本省御中四月二日裁判処回一:礼服一揃一:正服一揃一:略服一揃一:略帽一ツ一:ケレードコード一枚同三百七十一号一:縞シャチ(ツ)二枚一:フラ子(ネ)ル二枚一:櫛一ツ一:ヅボン釣一ツ一:沓(靴)一足一:沓足袋二足一:沓刷毛一ツ右古谷頼久所持品人相白川県管下当住居芝伊血子毛利邸内士族古吉頼長二男海兵古谷頼久一:年酉二十歳一:色白く一:眉毛濃き方一:鼻高き方一:口小さき方一:顎小さき方一:眼...海兵脱営者手配書

  • 手に入らないものは・・・

    絵を描いて発散するって偉い人が言ってた。というわけで、現実逃避もかねてマウスで絵を描いてみました。海兵隊歩兵一等小銃射法教授課軍曹礼服のラフ画です。分かる人には分かる構図。日本海軍軍装図鑑の「海兵隊伍長副略服」の構図をパクって模写しました。自力で描ける様に練習せねば。手に入らないものは・・・

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