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2017/04/16

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  • 兎神伝(24)

    兎神伝紅兎〜追想編(10)只今「亜美姉ちゃん!」朱理の声に、愛は現実に引き戻された。亜美は、相変わらず表情のない顔をして、そこに立っていた。「まあ!来てくれたのね!」愛が続けて声を上げた。やはり表情はない。それでも、此処に来てくれた事、会いに来てくれた事、何より、誰かと関わろうとしてくれた事が嬉しかった。この二年…亜美は誰とも言葉を交わさず、会おうとも関わろうともせず、日がな一日、早苗のお気に入りだった楓の木の下で過ごしていた。そして…兎神子(とみこ)達の身体を目当てに男達が現れれば、取り憑かれたように自分から側に寄って行った。男嫌いで知られ、誰に対しても喧嘩腰な物言いをする亜美は、それはそれで人気があった。どんなに嫌っていても、拒否反応を示しても、所詮は兎神子(とみこ)…訪れる男を拒むことは許されない。...兎神伝(24)

  • 兎神伝(23)

    兎神伝紅兎〜追想編(9)着物「まだかなー…親社(おやしろ)様、いつお帰りになるんだろう…」漸く愛の着付けを終えた朱理は、部屋中、落ち着きなくウロウロ歩き続けていた。「早く、愛ちゃんを見せたいでごじゃる…」言いつつ、大鏡の前に何度も立ち止まっては、結棉に結い上げた髪や襟元を整え鼻の下を擦り…「エヘヘへ…」っと笑っていた。「アケ姉ちゃんったら…」文金高島田に結い上げられ、花嫁衣装に身を飾る愛は、漸く寝息を立てた赤子を愛しそうに抱きながら、クスクス笑って言った。「そんな事言って、本当は、私じゃなくて、自分じゃないの?」「えっ?」振り向く朱理に…「それも、親社(おやしろ)様でなくて、カズ兄ちゃんにね。」愛は、得意の片目瞬きをして見せた。宮司職(みやつかさしき)に奉職したての私に、八歳で一目惚れして、毎日のように社...兎神伝(23)

  • 兎神伝(22)

    兎神伝紅兎〜追想編(8)爺じやっぱり、話すんではなかった…私は、厨房を手伝いながら、ずっと後悔ばかりしていた。「おーい、爺じ、そっちの皿と大鉢とってくれー」「おーい、爺じ、天ぷら粉と油が足りねー」私は、社の宮司職(みつかさしき)に就いて以来、うちの兎神子(とみこ)共から、敬意と尊敬と言うものを受けた記憶が全くない…良く言えば、此処に来て程なく親しげに接してくれ…何かと甘えてくる可愛い奴だが…「おーい、爺じ、そっちの食器をあらっとくれー」「おーい、爺じ、希美ちゃんが卵を落としちまったー」しかし…悪く言えば、完全、舐められ切っていたのだ。そう言えば…研究熱心な兎神子(とみこ)達は、いつも、私を使って科学の研究をしてくれたっけ…ある時は…染物の実験で、純白の浄衣を見事な桃色に染め上げてくれ…ある時は…物理学の実験...兎神伝(22)

  • 兎神伝(21)

    兎神伝紅兎〜追想編(7)恋慕「なーーーるほど!!!!それで、親社(おやしろ)様が爺じと言う訳ですかい!!!」これまでの経緯を事細かに話し終え、政樹がポーンと一つ手を打った途端、厨房は大爆笑の渦に包まれた。私は、やっぱり話さない方が良かったかなと、思わず下に目を伏せる。「爺じ?」漸く機嫌をなおして、いつものようにニコニコ笑ってる希美が、小首を傾げて不思議そうに、俯く私と笑いこける皆の顔を、交互に見比べた。そして…皆が笑いこける中、一人、唇を噛んで俯く由香里に目を留めた。見れば、さっきまでの威勢良さと打って変わって、隅でしおらしく立ち尽くし、時折、里一の方を見ては、また恥ずかしそうに俯いていた。「はい、どーじょ。」希美は、狸を象る大福を取ると、ニコッと笑って、由香里に差し出した。「あらあら、お姉ちゃんにもく...兎神伝(21)

  • 兎神伝(20)

    兎神伝紅兎〜追想編(6)菓子愛の赤子は、由香里の腕の中で、いつの間にかスヤスヤ心地良さそうな寝息を立てていた。何とも言えない、無防備で邪気のない寝顔。別に何を言うでもなく、するでもないのに、この寝顔を見てるだけで、安らかな気持ちにさせられる。加えて、赤子の柔らかで暖かな温もりと、全身から漂う乳の香りが、甘い微睡を誘いだす。「気持ち良い…お姉ちゃんも眠くなってきちゃった。一緒に寝まちょうかねえ。」由香里が赤子に頬擦りしながらクスクス笑うと…「えっ?誰がお姉ちゃんだって?おばちゃんの間違いじゃーないのかな?」こちらは、赤子と違ってまだ飲みたりないらしい竜也が、雪絵の胸襟に潜り込ませた手を蠢かしながら、丸くした目を由香里に向けて言った。「何だって!」忽ち、赤子と一緒に気持ちよさそうに微睡んでいた由香里が、眉にしわ...兎神伝(20)

  • 兎神伝(19)

    兎神伝紅兎〜追想編(5)母性大鏡の前で、人形のように立ち尽くす愛に、朱理は丁寧に着付けをしていた。何年ぶりだろう…朱理は感慨に耽る。かつて、毎日のように、着せ替え人形のように、新しい着物を縫っては、愛に着せて遊んでいた頃が懐かしい。『やめるでごじゃる!愛ちゃんに、もう、やめるでごじゃるーーー!!!!』一瞬…朱理の脳裏に、あの夜の光景が蘇った。皮剥…それは、例祭の後、赤兎が最初の穂供(そなえ)を受ける祭祀である。この時、赤兎となる少女は、境内中央に儲けられた祭場で全裸にさせられ、周囲で身守る参列者全員に穂供(そなえ)される事になっている。高らかに祝詞があげられる中…剥役と呼ばれる男が、少女の着物を一枚ずつ脱がせる事になっていた。『愛ちゃんにやめるでごじゃる!私が代わるでごじゃる!私が代わるでごじゃるーーー!!...兎神伝(19)

  • 兎神伝(18)

    兎神伝紅兎〜追想編(4)八重秀行は、木陰に佇み、宿坊二階を見上げる亜美を見つめていた。亜美の眼差しに精彩はなく、顔は無表情であった。愛の産んだ赤子と、取り巻く兎神子(とみこ)達の笑い声…しかし、本当なら一番喜ぶであろう早苗の声がそこにないのが無性に寂しい。『赤ちゃん、聞こえる?今日ね、カズ兄ちゃんに箱車を作って貰ったんだ。』菜穂が和幸の子を妊娠した時…早苗は、菜穂の寝所に通っては、いつもお腹の子に語りかけていた。『箱車はね、兎さんの形をしていて、紅葉(もみじ)の彫刻がされてるの。凄く可愛いのよ。中は凄く暖かくて気持ちよくて、これに乗せて貰うと、どんなに遠くまで行っても、疲れないんだあ。』当時…早苗は、四人目の子を産んだ後、産後の肥立ちの悪さに加え、無理して神饌共食祭に出始めた事で、日増しに体調を悪化させてい...兎神伝(18)

  • 兎神伝(17)

    兎神伝紅兎〜追想編(3)前進鱶見本社領(ふかみのもとつやしろのかなめ)に通ずる一本道に入って以来、その気配はずっと私達の後を静かにつけていた。此処に私達が辿り着く事を、いつどのように知ったのだろう…いつもそうだ…彼は、私が思うよりも先に私の思うところを察し、そうなる事を望むよりも先に、それを遂行する。そして…私の向かう所には、必ず私よりも先に辿り着く。但し…私に付き従うのも、行き先で姿を現わすのも、私にとってそうする事が必要だと、彼が感じた時に限られる。『困ったものだな…』私は、その気配を感じながら思う。私の前では、その気配に気づいているのかいないのか、和幸が、希美をあやしながら箱車を押す菜穂を愛しそうに見つめていた。菜穂は、何か話しかけ、ケラケラ笑いだす希美に、巷でよく歌われる旅の歌を、素っ頓狂な声で歌...兎神伝(17)

  • 兎神伝(16)

    兎神伝紅兎〜追想編(2)難産境内…銀杏の木陰に佇み、亜美は梢を見上げていた。既に葉はなく、代わりに雪が被さっていた。『白い花が咲いている…』早苗の声が、耳奥にこだまする。ふと、隣に聳える楓の梢…『赤ちゃんのお手手、冷たくないかなー。』早苗は、大きく首を反らせて見上げながら、泣きそうな声で言う。『大丈夫よ。ほら、アケちゃんが手袋を編んでくれたわ。』『わあ、小ちゃな手袋がいっぱいだー。』早苗は、亜美が袋いっぱいの小さな手袋を出すと、大喜びで、楓の梢にかけようとする。しかし、届かない。社(やしろ)で二番目に背が低い早苗は、背伸びしても、飛び上がっても、届きはしなかった。『やめとけ、チビ。おまえには、届かねーよ。』何処から見てたのか、不意に貴之がやってくると、袋ごとひったくり、スルスル幹をよじ登って、枝先に次々と...兎神伝(16)

  • 兎神伝(15)

    兎神伝紅兎〜追想編(1)覚悟兎喪岬を断崖に沿って下って行くと、やがて、浜に出る。かつて、鰐鮫の背を通り、渡ってきた兎達が辿りついた地であるところから、着浜(つくはま)と呼ばれる。或いは、辿り着いた兎達が、二度と帰れぬ故郷を思い、嘆き悲しんだ所から、嘆浜(なげきはま)とも呼ばれている。断崖の頂きから見渡す景色と打って変わって、ここから見渡す海はとても穏やかだ。漣も緩やかなら、頬を掠める風も静かである。暴れ狂う鱶の群れの代わりに、地平線に向かって飛び行く鴎が、物悲しい鳴き声を上げている。「ここまで来れば、社(やしろ)までもうすぐね。」「ああ、もうすぐだね。」菜穂と和幸は、希美を乗せた箱車を仲良く一緒に押しながら、互いの顔を見合わせ、ニッコリ笑う。「社(やしろ)に戻ったら、ちゃんとみんなに謝るのよ。カズ兄ちゃんが...兎神伝(15)

  • 兎神伝(14)

    兎神伝紅兎〜惜別編(14)名前成る程、菜穂が苦戦するわけだ…和幸の作った箱車を組み立て直しながら思った。明日は、出発。拾里に訪れる日が、再びあるかどうかわからない。仮にあったとしても、今、ここで暮らしてる人々は、もう殆どいないだろう。しかし…小さな祭りの後、皆で設けてくれた送別の宴は楽しかった。ご馳走の山に目を輝かせる希美の為、甲斐甲斐しく料理を取り分ける菜穂を囲んで、誰もが酒を酌み交わして笑っていた。ちなみに、和幸は、最後まで一杯も呑む事が許されなかった。誰かが側で呑み始めると、和幸もどさくさに紛れて一升瓶に手を伸ばしたが…『駄目!』菜穂が素早く横から奪い取り、鬼の形相で睨みつけた。『そんなあ!お願い、ナッちゃん!一杯だけ!一杯だけ!』『駄目ったら、駄目ーーーーっ!!!』菜穂がどやしつけると…『お酒を呑ん...兎神伝(14)

  • 兎神伝(13)

    兎神伝紅兎〜惜別編(13)紅兎「お父さん。」和幸が寝床に入ろうとすると、希美の隣りで寝ていた菜穂が、目を開け戯けたように声をかけた。「何だ、起きてたのか。」「うん。何か寝付けなくって…」菜穂はまた、希美の寝顔を愛しげに眺めた。「何か、夢みたい。この子、本当にもう何処にもやられないのよね。とられないのよね。ずっと、私達の子なのよね。」「君の子にしては、大きすぎるけどね。もし、本当に君が産んだのだとすれば、五歳でこの子を産んだ事になるんだよ、お母さん。」和幸も菜穂に負けずに戯けて言うと、菜穂は肩を窄めてクスクス笑いだした。「お父さん、お母さん…」希美は、寝言を口走ると、ニコニコ笑いだした。「此処にいるわ。」菜穂は、希美を起こさぬよう、そっと撫でてやった。和幸は、そんな菜穂を見つめながら、過去に二度、菜穂が仔兎神...兎神伝(13)

  • 兎神伝(12)

    兎神伝紅兎〜惜別編(12)笑顔岩戸屋敷に戻ると、希美は、最高に上機嫌になった。法被の他にも、シゲが用意してくれたお揃いの浴衣を着て、お揃いの団扇をもち、すっかりお祭り気分であった。「来年、お父さん、お母さん、お祭り行く。」希美は、誰かれ構わず、何度も何度も同じ話を繰り返した。「お神輿担ぐお父さん、お母さんと掛け声かける。一緒に踊る。」「そいつは、楽しみだ。」「希美ちゃん、可愛いよ。お人形さんみたいだよ。」「早く、お祭りの日がこないかねー。」岩戸屋敷の住人達も、希美が同じ事を言う度に、初めてその話を聞くような顔をして、同じ答えを言った。無論…その日は永遠に訪れない事を、皆知っている。祭りの日に此処に戻るどころか、鱶見本社領(ふかみのもとつやしろのかなめ)につけば、程なく起き上がる事も出来なくなり、雪解けを待...兎神伝(12)

  • 兎神伝(11)

    兎神伝紅兎〜惜別編(11)法被智子と束の間過ごした小屋。中断されたムシロ折り機は、そのままになっている。「トモちゃん…さようなら…」和幸は、溜まった埃を払いのけながら呟いた。明日はいよいよ、岩屋谷を去る。次にここを訪れる事があるとすれば、不治の病に倒れた時だろう。十年後…二十年後…三十年後…その時には、ここで共に過ごした人々は誰もいなくなり、和幸と智子の事は忘れ去られている事だろう。当然…智子と二人で暮らしたこの小屋はなくなり、全く知らない誰かが暮らしている事だろう。「本当に、神職(みしき)になるつもりか?」私が、もう一度念を押すように尋ねると…「決意は変わりません。」和幸は静かに頷いた。「私は、君には、ここの看護人(みもりにん)になって貰いたいと思っている。ここで、ナッちゃんが兎神子(とみこ)を解かれるの...兎神伝(11)

  • 兎神伝(9)

    兎神伝紅兎〜惜別編(10)幻舞凍てつく天安川の川面に薄氷が張り、風に舞う雪が、河原を銀灰に染める。明け方…刺すような風に頬を炙られ、腰まで伸ばした射干玉(ぬばたま)の髪は、荒々しく靡き狂う。雪に煤ける程生白い肌に、繊細な体躯…何より、美しい細面な容貌は…一目見に、彼が男だと、誰が信じられよう。和幸は、両手に一本ずつ握りしめる鉄扇を広げると、ヒラヒラと空を仰ぎながら、右膝を折って前に突き出し、左片足立ちになる。次第次第に吹雪く風が激しさを増す中…一差し舞い始めた。胡蝶の如くはためく天色の水干の袖…湖上に浮かぶ水鳥の如く地を滑る瑠璃紺の長袴…幽玄か…妖艶か…善悪正邪定まらぬ、夢幻の美…もし、そこに誰かが立ち会っていれば、時を忘れて魅入られた事だろう。あるいは…この吹雪く白い闇の中…厳寒を忘却させ、人を凍死させる...兎神伝(9)

  • 兎神伝(9)

    兎神伝紅兎〜惜別編(9)面影希美は、スヤスヤ気持ち良さそうに眠っている。時々…「お馬ちゃん、パカポコ、お馬ちゃん、パカポコ…」「ハーシ、ハーシ、美味ちいねー」「お父さんのお魚貰った、お魚貰った…」ブツブツ寝言を言いながら、クスクス笑っている。きっと、楽しい夢を見てるのだろう。今夜は、悪夢にうなされて、オネショをする心配はなさそうだ…和幸は、起き上がって、希美の寝顔を覗き込みながら、その頬を撫でてやる。昼間は、殆ど菜穂に独占されてるが、菜穂も眠れば、ほんの少し自分のものにもできる。と…「赤ちゃん!私の赤ちゃん、何処!赤ちゃん、いない!」突然、菜穂が起き上がったかと思うと、何かを抱くような仕草をした両腕の中を見て…「いない…いない…私の赤ちゃんがいない…」見る見るうちに涙ぐみ、シクシクと泣き出した。「ナッちゃ...兎神伝(9)

  • 兎神伝(8)

    兎神伝紅兎〜惜別編(8)溺水帰り道…いくら菜穂に撫で回されても全く目覚めなかった希美は、岩戸屋敷に戻り、煮物の甘い香りを嗅いだ途端に目を開けた。クンクン鼻を鳴らして、満面の笑顔になる。「おやおや、希美ちゃん、可愛いのに乗っかってるねー。」「お父さんに作って貰ったんかい。良かったねー。」屋敷の住人達が、希美を背負う背負子を見て口々に言うと、希美は得意げに、お腹の部分に嵌められた仔馬の頭を撫でて見せた。「さあさあ、ご飯ですよ。」百合が、食事係の住人達と鍋を抱えて食堂に入ると、皆、てんでに好きな席について、運ばれる御膳を待った。やがて、みんなで昼餉の感謝の祈りを捧げると、食事が始まる。煮物と汁物各一品、漬物一皿…特に代わり映えない献立だが、皆で作り、皆で食べれば、何でも美味しい。「希美ちゃん、よく食べられるように...兎神伝(8)

  • 兎神伝(7)

    兎神伝紅兎〜惜別編(7)箱車暁七つ半…雪積もる庭先に座して瞑目…静かに呼吸を整える。ヒラヒラと、粉雪が一雫舞い落ちる。一尺離して左脇に置く、鍔無しの居合刀…狸の頭を象る柄に、胴を象る鞘…胴狸に手を伸ばす。刹那…鞘走る白刃の煌めきは息を凍らす風を切り、粉雪は二つに割れて地に落ちた。朧流居合術雫切り…一つ大きく息を吐きながら、既に鞘に収まる胴狸を再び左脇に置く。空を見上げれば、白む空から、粉雪がさらに舞い落ちる。気づけば、此処に来てもう半月…愛はどうしてるだろう…早く帰らねば…年が明けてしまったら…この雪が消えると同時に、あの子達も消えて行く…愛も…愛の産んだ私の子も…『愛ちゃん…』『大丈夫、怖がらないで…』あの夜…愛は、徐に着物を脱いで産まれたままの姿になると、ニッコリ笑って唇を重ねてきた。舌先で私の口の中を...兎神伝(7)

  • 兎神伝(6)

    兎神伝紅兎〜惜別編(6)重荷「ナッちゃん、親社(おやしろ)様と何かあったの?」岩戸屋敷を訪れ、数日経った夜。希美を挟んで、布団に入ると、和幸は尋ねた。「何もないわ。」言いながら、菜穂は、希美の頬を撫でたり、軽くくすぐったりする。希美は、今夜も、菜穂と和幸と川の字に寝られて、ご機嫌に笑っていた。「そう?何か気まずい感じがしたよ。」「気まずいんじゃないわ。私、怒ってるの。嘘つきだから。」「嘘つき?」「そう、大嘘つきよ。それより、カズ兄ちゃんこそ何かあったの?時々、親社(おやしろ)様と何か変だわ。」「何、親社(おやしろ)様が大嫌い…それだけさ。」「大嫌い?どうして?」「どうしてって…大嘘つきだからさ。」和幸が言うと、菜穂はクスクス笑った。「私も、あんな人、大っ嫌い!大嘘付きで、みんなを悲しませたり、寂しがらせるか...兎神伝(6)

  • 兎神伝(5)

    兎神伝紅兎〜惜別編(5)拾里岩屋谷奥深く入ると、冥府ヶ岳を背にして、一件の屋敷が建っていた。岩戸屋敷…岩屋谷に暮らす者達の中でも、完全療養を必要とする者達が暮らす所である。庭先には、様々な花の木が植えられているが、今は皆枯れている。新たな葉や蕾をつけるには、年越しの雪解けを待たねばならないだろう。見れば、一人の老婆が愛しそうに木々の手入れをしていた。「おやおや。カズ君、お帰りかい。」「どうも。トヨさん、今日も精が出ますね。」「いやー、ワシはこの子達だけが生きがいじゃからねー。早く、次の花、咲かないかねー。」果たして、彼女がこれらの木々に花が咲くのを見る事ができるかどうかはわからない。もう、内臓を侵す悪性腫瘍は末期状態なのだ。それでも、彼女は次の花を楽しみにしている。「トヨさん、お久しぶり。」私が声をかけると...兎神伝(5)

  • 兎神伝(4)

    兎神伝紅兎〜惜別編(4)幸福「良いところね…」菜穂は、そこに辿り着くと、辺り一帯を静かに見回しながら言った。「トモ姉ちゃんは、こーんな所に暮らしてたんだ。」東洋水山脈平坂山の峠を越えて、岩屋谷(いわやたに)に入ると、そこは別世界であった。物静かな森林に囲まれる中、一面、数多の田畑が広がっていた。収穫は既に終えていて、ここ数日の雪で埋もれた畑は、どれがいかなる作物を実らすかわからなくなっていた。ただ、白銀に染められ、キラキラ輝くのが美しい。身体の動く男女が、雪を掻き分け、役目を終えた作物の名残を取り除いている。「こんにちわー。」「こんにちわー、寒いですねー。」歩いていると、至るところで、声がかかる。「いやー、雪が止んでくれただけ、有難い事で…」手を振ると、穏やかな笑顔を浮かべ、手を振り返す人々。皆、一生懸命働...兎神伝(4)

  • 兎神伝(3)

    兎神伝紅兎〜惜別編(3)哭祠慰坂(なぐさみさか)の頂きには、括祠(くくりぼこら)と呼ばれる小屋がある。由来は、山中に捨てられる者と捨てる家族が、ここで最後の一夜を共にした時、今生の別れを祠の神に告げ、覚悟を決めた事に由来する。しかし…実際のところはそうではない。神領(かむのかなめ)の掟により、家族を捨てなければならなかった者が、捨てられる者と抱き合い、枯れ果てる程に涙を流した祠である。中には、どうしても家族を捨てる事のできない者もいる。すると、領境(かなめのさかい)を監視する忍…童(わらべ)衆が姿を現し、その未練を断つべく、家族の見ている目の前で、捨られるべき者を殺戮したのも、この祠であった。故に、巷では哭祠(なきぼこら)と呼ばれている。菜穂が囲炉裏に火をつけると、和幸は行李からダシ用の煮干しと米と味噌を取...兎神伝(3)

  • 兎神伝(2)

    兎神伝紅兎〜惜別編(2)慰坂兎喪(とも)岬の断崖を後にして、鱶見社領(ふかみつやしろのかなめ)外れの道をまっすぐ歩いて行くと、やがて、平坂峠に繋がる慰坂(なぐさみのさか)に入った。かつて、この坂は、黄泉津坂(よもつさか)と呼ばれた。名の由来は、子を産めなくなった兎神子(とみこ)は、死んだ者として、坂を登り、東洋水山脈の山中に捨てた事に由来する。長じて、障害を負って生まれた者、難病を患った者、酷い時代では、結婚して三年子を為さなかった女は、兎神子(とみこ)でなくとも、山中に捨てられた時代もあったと言う。顕国天領(うつしのくにあめのかなめ)では、戦国と呼ばれた時代…子を産めなくなった女性…特に、性技にたけた兎神子(とみこ)達は、若ければ異国(ことつくに)に高く売りつけられるようになった。その為、彼女達を山中に捨...兎神伝(2)

  • 兎神伝(1)

    兎神伝紅兎〜惜別編(1)潮騒潮騒…終わりなき悲しみの音色…果てる事なき音色…凍てつく海の彼方に、灰色の景色が広がって行く。何処まで見渡しても変わらぬ、激しい波の揺らめき…チラホラと降りしきる、銀色の雫が、枯れ果てた涙の代わりに、私の頬を伝う。『綺麗だなー…綺麗だなー…赤ちゃんの揺かごみたい…』耳の奥底をよぎるのは、小さな身体(からだ)で五人もの赤子を生み出して、命を縮めてしまった少女の声…『私も、もうすぐ、あの揺かごに揺られるのね…』ほのかな陽光を受けて煌めく黒い波を見つめながら、早苗はこう言うと、自らの生み出した命達よりも幼い笑みを、貴之の腕の中で、私に傾けた。『馬鹿を言うな…今までお前は、悪い夢をみてたんだ。ずっと七転八倒してな…苦しかっただろう、辛かっただろう…だからお前、これからなんだ、お前には、楽しい...兎神伝(1)

  • 兎神伝

    兎神伝舞台は、皇国北西部に広がる皇海離島の国…隠隅国は、西海の反乱討伐における功績で国造の地位を与えられて以来、隠隅国造一族が支配していた。しかし、律令時代、隠隅国は、大兎海峡を境に、北東の根国聖領、南西の幽国神領に分けられる事となった。そして、皇国親王が国司に派遣された事から、隠隅国の植民地であった幽国は親王任国となり、根国より格式が上となった。此処に、根国と幽国の長い確執の歴史が始まった。紅兎序章時代は現代。神領十二社領の一つ、鱶見本社領の社に、名無しと呼ばれる、新任宮司が奉職した。過酷な生立ちから、自ら名を忘れたと言う名無しは、兎幣の因習で囲われた兎神子と呼ばれる少年少女達との関りの中、心の癒しを見出してゆく。しかし、彼には、前任宮司の失踪と紅兎と呼ばれる謎の暗殺集団の関係を探る密命を受け、その正体は...兎神伝

  • ご無沙汰してます。

    ご無沙汰してますご無沙汰してます。大好きだった、karaのハラさんが亡くなって以来、すっかりやる気を無くしておりました。最近、ようやく立ち直る事が出来ましたので、再開します。長い間、書くのをやめてしまっていた作品…忘れてしまった部分、今ならこう書きたい部分も多々ありますので、最初から書き始めたいと思います。宜しくお願いします。ご無沙汰してます。

  • 未拔

    主典の高等授業にて、種供実技が行われる時。始めに試しと呼ばれる授業が行われる。それは、教室前の寝台に寝かせた幼巫女の身体を使い、教導司による行為の指導を施し、主典達に交代で練習させるものである。種付実技は、全裸で寝台に寝かされた一人の白兎や素兎を相手に、交代で行為する姿を、周囲を取り巻く他の者達に見せる形で行われる。対し、各々に与えられた閨房で行われる種供実技は、秘事として行われ、他の者が見てはならない決まりになっている。しかし、種付における兎神子と、種供における拔巫女では、扱い方に大きな違いがある。どう違うのか…簡単に言えば、行為中に、身体を舐めるか舐めないかの一言に尽きる。神職者は、基本、兎神子の身体を舐める事はしない。幼い頃より、相手を選ばずに開かれる兎神子の身体は、汚れているとされてるからである。特に、...未拔

  • 苦悶

    優子は、久太郎の股間の竿を掌で優しく包み込むように握り扱きながら、玉袋の裏側を丹念に舐め回していた。玉袋の付け根と肛門の狭間を走る、チロチロとした舌先の感触が、擽ったくも心地よい。『アァァ…』優子が、左右の玉を交互に口腔内で転がしながら、竿の先端を指先で撫で始めると、久太郎は思わず声を漏らした。かつて…木の葉で優子を夢うつつにしていた久太郎が、今は、優子の舌先と掌の動きに微睡み始めている。全てが消えてゆく…激しい胸の痛みも…深い悲しみも…しかし…『何グズグズしてるの!さっさと帯をお解き!』耳の奥底から響く、教導司である姉巫女の怒鳴り声…講堂広間の前に引出され、十二歳の幼巫女が帯を握りしめて涙ぐむ姿が脳裏を過ぎると、癒えかけた胸の疼きが、また蘇ってきた。『何やってんだよ!早くしろよ!』『さっさと脱げよ!』周囲から...苦悶

  • 誇り

    緩やかに過ぎて行く。二人だけの世界…二人だけの時間…束の間の至福…細い首筋をチロチロ舐め回していた久太郎の舌先が、胸元に向けてゆっくり這うのに合わせ、股間のソコを弄り出す。『アンッ…』優子は、肩と爪先を同時に窄めながら、思わず声を出す。『優子…』『凄く、気持ち良いです。』『そうか。』一瞬、心配そうに顔をあげた久太郎は、優子がニコッと笑って答えると、安堵した様に頷き返す。久太郎の中指が、ワレメに沿って撫でるのに合わせ、碗を逆さにした様な乳房を揉み出す。『アン…アン…アン…』優子は、また声を上げながら、腰を浮かせる。鬼座麿達に痛めつけられたソコ…傷だらけのソコ…発毛の気配もないソコは、ヒダがはみ出る程肥大し、色はすっかり黒ずんでいる。発情真っ盛りな年頃の少年達のモノを、日に何十何百と貫かれ、孔もおよそ十一をかなり前...誇り

  • 目覚

    優子の祭神が目覚めた。『どうした?痛むのか?』久太郎は、彼のモノを舐め出した時から、辛そうに下腹部を撫で回す優子に聞くと…『ううん…何でもない。』優子は、その度に久太郎の顔を見上げて笑みを返しては、また、久太郎のモノの付け根から尿道に沿い、先端に向けて舐め始めた。竿を包み込むように優しく握り、人差し指で先端を撫でながら、カリをチロチロと舐める小さな舌触り…しかし、また眉を顰めて下腹部を抑える優子の舌の動きは振るわない。今日も、一日中、鬼座麿達に激しく責め苛まれ、ソコは傷だらけであった。肉壁の擦り傷も、付け根の裂けた傷も手当てしたが…やはり、奥まで傷ついていたのだろうか…後で、もう一度見てやろう…基本、参道奥の祭神…子袋を傷つける事は、素兎に着物を着せるのと同じくらい、神領に置いて最大の禁忌である。神職見習いであ...目覚

  • 魔法3

    『私のお父さんはね、とってもよくお話なさるのよ。一緒に遊んだり、お出かけしながら、いろんなお話をして下さるの。お母さんは、いつもニコニコしているだけで、何もお話なさらないの。』『そうか、私の家と逆なんだね。』『そう言えば、そうでしたわね。久太郎様は、お父様のお声すら聞いた記憶がないと仰られていたけど…私は、お母さんの声を一度も聞いた事がない。でも、お母さん、とっても優しいの。いつも、三人一緒に眠る時、私を優しく抱きしめて下さるの。』優子は言いながら…『あっ、いけない、いけない。私ったら、また…』寸手で絶頂を迎えそうになった、久太郎のモノを揉み扱く手を緩め、先端に口を近づけチロチロ舐め始めた。今日は、どんな夢の中で遊んできたのだろう…久太郎は、優子の頭を撫でながら思った。優子の舌先は、先端の裏側から尿道をチロチロ...魔法3

  • 魔法2

    夜更…久太郎が土間に現れ着物を脱ぎ始めると、優子は満面の笑みを浮かべて起き上がろうとした。単座位になり、脚を広き、ソコを指で押し広げてあの口上を述べる為である。『ようこそご参拝を、参道は開かれております…』久太郎が、そうされる事を求めてもいなければ、ソコを貫きたがってもいない事は知っている。ただ、他の挨拶の言葉も、歓迎の気持ちを伝える術も知らなかったのだ。しかし…『ウーッ!』優子は、上体を起こしかけた途端、呻きを上げた。今日も一日、鬼座麿達に蹂躙された。また少し胸が膨らみ、三角形が半球状になりつつある乳房を握り潰されながら、股間二つの孔を抉られ続けた。何か理由を見つければ、情け容赦ない暴行を加えられる。見れば、全身に痣の跡がない箇所がない。それでも、殴る蹴るは、まだ生優しい方であった。痣と痣の間には、火傷の跡、...魔法2

  • 魔法

    優子の胸が膨らみを帯びてきた。まだ、掌に包まれるどころか、指先で摘める程度である。それでも、ほんの微かながらも、確実に大人の女になろうとしているのだろう。どんな大人の女になるのだろう…久太郎は、三角形をした小さな乳房を優しく撫で回しながらふと思う。結綿の髪に小袖姿の大人になった優子が、脳裏を過りながら無邪気に笑う。身体は大きくなっても、笑顔の無邪気さは変わらない。何処からとなく聞こえて来る祭囃子の声…周りでは、母に手を引かれ、父に肩車をされた子供達が、はしゃぎながら村の氏神社に向かって歩いていた。皆、つぎはぎだらけではあるけれど、銘々、艶やかな紅や朱に彩られ、桃や桜の模様や絵柄の着物に着飾ってた。収穫を祝う祭りの日。貧しくとも、この日を楽しみに皆精一杯働き、明るく暮してきたのだ。いつもより、ほんの少しだけ粧し込...魔法

  • 友達

    『何だ、今日も此処で寝るってか?』『おまえも、好きになったもんだな。最初は、あんなに嫌がってたのによう。』『いざ、便所兎の味を覚えたら、一晩中だもんな。』『それにしても…幾ら、便所兎を独り占めしてえからって、よくこんな子種臭え場所で寝られるな。』『まあ、汚え氏蟲(うじむし)の寝床には、お誂え向きって奴だろう。』『おかげで、俺達も氏蟲臭えおめえと枕並べて寝ずに済ませられるってもんだぜ。』同寮達が、口々に指差して揶揄して笑う中。久太郎は、淡々と着物を脱ぎ捨て全裸になると、土間に繋がれる優子を懐に包むように抱きしめた。『それじゃあ、ゆっくりな…』鬼座麿は、ニィッと笑うと…『おっと、こいつは朝まで預かってやるぜ。便所兎と寝るのに、必要ねえもんな。』久太郎の脱ぎ捨てた着物を掴み取り、持ち去って行った。『行ったようだね。』...友達

  • 約束

    『それは?』不意に顔を上げた優子は、久太郎が手に持ち眺めている物に目を留めて首を傾げた。それは、刃渡り二尺、鋭利な鐺の艶消しされた鞘に納められ、菱形の大きな鍔を嵌め込んだ直刀であった。『毛三本(けさんぼん)。我が大化家(おばけ)に伝わる忍刀だよ。』『しのび…かたな?』『そう…元々、我が家は忍の家系…』振り向き答えて言いかけ…『アァッ…』久太郎は、喘ぎ声を漏らした。『気持ち、良いですか?』優子が、久太郎の股間のモノを揉む指先を、一層丹念に動かしながら尋ねると…『アッ…アッ…アッ…』久太郎は更に喘ぎながら頷いた。優子は、久太郎の股間のモノも一緒に、大きく上下させるのを見て、クスクス笑う。久太郎は、これが好き…竿を激しく扱かれるより、先端を優しく撫で回されるのを悦ぶ。特に…『ハァ…ハァ…ハァ…』猫の顎を撫でるように、...約束

  • 宝物

    久太郎(きゅうたろう)は、皆が寝静まるのを待っては、毎晩のように素兎の繋がれる土間に足を運んだ。それは素兎への同情と言うより、自身の痛みから逃れる為と言うのが正しかった。あの日以来。久太郎は、連日のように素兎とする事を強いられ続けた。それも、久太郎が心底嫌がってる事を知ると、わざと散々責め苛み、傷だらけになった素兎を、何度もさせられた。『嫌だ!こんな幼い子を、もう嫌だ!』久太郎が拒めば…『何だ?おめえ、氏蟲(うじむし)の分際で、産土(うぶすな)の俺に逆らおうってのか?』鬼座麿が胸ぐらを掴み、凄んで言う。久太郎は、大化村(おばけむら)村長の家系である。村長は、村社の氏神宮司を兼ねるところから、家系を氏宮(うじみや)家と言う。対し、鬼座麿は、木佐町(きざまち)町長の家系である。町長は、町の産土社の宮司を兼ねるところ...宝物

  • 改訂しました

    これまでの記事、全て改訂しました。改訂しました

  • 青鳥14

    養生所と保育所の間に、養命舎と呼ばれる棟がある。此処には、成人に達しても一人で生活するのが困難な病人や障害者が暮らしている。彼らは、里人達が栽培や採集してきた薬草を調合して暮らしている事から、この棟は、薬堂とも薬堂養命舎とも呼ばれていた。その日も、作業場では棟の住人達が熱心に薬草を振り分け、摺鉢で擦り、混ぜ合わせて様々な薬を調合していた。「お帰りなさいませ、兄上。」よくすり潰された薬草を秤に乗せ、眉をしかめながら調合していた応次郎(おうじろう)は、薬草の束を担いだ男が庭先に姿を現すと、爽やかな笑顔で出迎えた。「お帰りなさいませ、久太郎(きゅうたろう)様。」周囲で働く住人達も応次郎に続き、一斉に正座して平伏した。久太郎は大きく頷くと…「そのまま、そのまま…」軽く手をかざし、楽にして仕事を続けるよう皆に促した。再び...青鳥14

  • 青鳥13

    塩辛い…英五郎はこねりを一齧りすると頬を引きつらせた。玖玻璃がせっかく持ち込んでくれた差し入れ、せめて一口でもと思って頬張ってみたが…やはり、何を口にしても同じ味しかしない。『お兄ちゃん、アレして、アレして…』可愛いべべを着た女の子を象るこねりをもう一齧りしようとした時、耳の奥底にまた同じ声が聞こえてきた。『よし…それじゃあ、そこに座って。』目を瞑ると、こねりの女の子と同じべべを着て、古びた赤い下駄を履く桃割を結い上げた少女が、兄に言われるままに岩石に腰掛け脚を広げた。まだ少年だった英五郎は、少女が着るべべの足裾に伸ばしかけた手を引っ込めた。ふと振り向くと、少し離れた所から、初老間近に控えた男が一人、意味ありげにこちらを見つめている。当時…鱶見一之末社を預かっていた眞吾宮司である。英五郎が、救いを求めるように目...青鳥13

  • 紅兎〜想望編〜青鳥13

    塩辛い…英五郎はこねりを一齧りすると頬を引きつらせた。玖玻璃がせっかく持ち込んでくれた差し入れ、せめて一口でもと思って頬張ってみたが…やはり、何を口にしても同じ味しかしない。『お兄ちゃん、アレして、アレして…』可愛いべべを着た女の子を象るこねりをもう一齧りしようとした時、耳の奥底にまた同じ声が聞こえてきた。『よし…それじゃあ、そこに座って。』目を瞑ると、こねりの女の子と同じべべを着て、古びた赤い下駄を履く桃割を結い上げた少女が、兄に言われるままに岩石に腰掛け脚を広げた。まだ少年だった英五郎は、少女が着るべべの足裾に伸ばしかけた手を引っ込めた。ふと振り向くと、少し離れた所から、初老間近に控えた男が一人、意味ありげにこちらを見つめている。当時…鱶見一之末社を預かっていた眞吾宮司である。英五郎が、救いを求めるように目...紅兎〜想望編〜青鳥13

  • 青鳥改訂2

    以下の記事を再度改訂しました。後で見直せば、まだまだ書き直さなければならないところがありそうですが…まずは、僕の望んだ形に書き上げる事ができた気がします。それにしても…いつかは気合入れて描きたいと思っていた智子ですが、いざ書き始めると、今まで描いた登場人物の中で一番難しい少女でした。特に心理描写です。この物語に登場する兎と呼ばれる子供達から最も愛され、憧れられている少女であり、和幸と彼女は理想のカップルとみなされていると言う設定であり…僕自身、早苗と並んで一番好きな女性です。しかし…いざ書き始めてみると…記事もお粗末なら、智子と言う女性もお粗末な出来になり、青鳥を描き始めてから、ジレンマの連続となってしまいました。何度書き直しても、智子はメンヘラな女性に仕上がってしまったからです。書いては読み返して、読み返して...青鳥改訂2

  • 青鳥12

    「どうした?会いたくないのか?意識が戻るまでの間、君はいつも和幸の名を口にしていたぞ。」智子は、尚も無言で着物の裾を握り続けた。伊織も大きく溜息をついて口を閉ざした。死の境を彷徨っていた智子は、あの過酷な手術に耐え抜いた。呑舟と共に施した手術の奇跡を、伊織自身がまだ信じられていなかった。奇跡の手術を目の当たりにしたのは、これが初めてではない。五年前、鱶見本社に忍び込んでいた、主水配下である大化けの久太郎と応次郎兄弟に連れてこられた美香。四年前、主水率いる中村組と平蔵率いる火盗組が大量に連れ込んだ、目明組の少年達と弍十手組の男達。三年前、主水の配下である神鳴の尾夜地と泥波親子に連れ込まれた早苗。いずれも、絶対助からないと思われた命であった。しかし、それらと比較しても、智子を死地から連れ戻したのは、奇跡と言うより神...青鳥12

  • 青鳥11

    「男だっ~たら~一つにかける~かけてもつれた謎をとく~」厨房の台所で、次郎吉が素っ頓狂な声で歌い出すと、洗い場を手伝う平次は、側でニコニコ笑って聞き入る琴絵と反して不機嫌であった。「誰がよんだか~誰がよんだか~銭形平次~花のお江戸は八百八棟~今日も決めての~今日も決めての~銭が~とぶ~」一番歌い終え、琴絵が満面の笑みで手をパチパチ鳴らすと、次郎吉はニィッと笑って、また見事な包丁捌きで魚を捌き出した。そしてまた…「やぼな十手は~みせたくないが~みせてききたいこともある~」次郎吉が得意満面の顔で歌い出すと~「やめろ!やめろ!その歌はもうやめだー!!!」平次が溜まりかねたように、怒鳴り声を張り上げた。ただでさえ、養生所を出てから平次は機嫌が悪い。事もあろうに、ドブと次郎吉が彼の目の前で智子を口説くような真似をして見せ...青鳥11

  • 青鳥11

    「おい!哺乳瓶はまだか!哺乳瓶!哺乳瓶を暖めるのに一体どんだけ時間かけりゃー気が済むんだ!赤子達が餓死するぞ!」「哺乳瓶!哺乳瓶!哺乳瓶ーーーー!!!」「哺乳瓶が足りねーーーーー!!!!」保育所は、その日も朝から戦場状態であった。いや、一人の男が、戦場にしてしまってるのかも知れない。三年前…何処からとなく、主水が大勢の負傷した少年達を隠里に担ぎ込んできた。自らを目明組と名乗る彼等は、社の黒兎であったと言う。黒兎と言えば、元々は、白兎と呼ばれる少女達に性行為を仕込む為の練習台として囲われた少年達である。それが、いつの頃からか、白兎達同様に男色を好む社領の男達の相手をするようになっていた。当然、色事には長けていても、日常生活の仕事は殆どできない者が多い。玖玻璃は、彼等の傷が癒えたら、赤子を教えるように一から教えなく...青鳥11

  • 青鳥10

    「どうした?会いたくないのか?意識が戻るまでの間、君はいつも和幸の名を口にしていたぞ。」智子は、尚も無言で着物の裾を握り続けた。伊織も大きく溜息をついて口を閉ざした。死の境を彷徨っていた智子は、あの過酷な手術に耐え抜いて…呑舟と共に施した手術の奇跡を、伊織自身がまだ信じられていなかった。奇跡の手術を目の当たりにしたのは、これが初めてではない。五年前、鱶見本社に忍び込んでいた、主水配下である大化けの久太郎と応次郎兄弟に連れてこられた美香。四年前、主水率いる中村組と平蔵率いる火盗組が大量に連れ込んだ、目明組の少年達と弍十手組の男達。三年前、主水の配下である神鳴の尾夜地と泥波親子に連れ込まれた早苗。いずれも、絶対助からないと思われた命であった。しかし、それらと比較しても、智子を死地から連れ戻したのは、奇跡と言うより神...青鳥10

  • 青鳥9

    「平次、コトちゃん。」平次と琴絵は、伊織に目配せされると軽く一礼して去り…「トモ母さん、また後でね…」美香もまた、伊織に無言で目配せされると、その場を去って行った。「それじゃあ、トモちゃん。」伊織にうながされると、智子は無言で頷き、着物を脱いで仰向けに身を横たえた。呑舟は、厳しい眼差しで智子の全身に手を当て、丹念に触診を始めた。彼は、その人の身体に触れただけで、あらゆる病状がわかり、その見立てに狂いはないと言う。少なくとも彼を知る者の中で、数十年に亘って診断を誤ったのも、治療を失敗したのも見た者はいない。智子は、また天井に目を移した。顔から始まり首筋の辺りを這っていた手の感触が、ゆっくりと胸元まで移動する。脈の動き、内臓の働き、血の流れ…自らの施した神業とも言える手術の経過を、注意深く観察しているのである。智子...青鳥9

  • 青鳥8

    「智子さん、お加減如何ですか?」不意に部屋を訪ねて来たのは、元目明組の平次であった。後ろからは、美香と同様、元素兎であり、今や平次と婚約を交わしている琴絵が恥ずかしそうに顔を覗かせていた。「お陰様で…琴ちゃんもすっかり元気になって来たようね。」「はい。食欲もでて来て、憩い小屋まででしたら、かなり長い時間外も出歩けるようになってきましたよ。春先には、屋敷の外にも出かけられそうです。」「そう、それは良かったわ。」「やっぱり、平次兄ちゃんの愛の力かしら。平次兄ちゃん、コトちゃんが此処に来てから、片時も離れないで世話をやいていたものねー。」智子の膝の上から美香が言うと、平次と琴絵は揃って顔を真っ赤に俯いた。「ほーら、美香ちゃん、二人をかまわないの。」智子が後ろから抱きしめ、頬擦りしながら言うと…「だって…食事の世話から...青鳥8

  • 青鳥7

    お母さんか…智子は、自分の倍の背丈になっても未だにそう呼びかける五歳年下の美香を抱き、子守唄を歌い続けながら、人知れぬもの寂しさを覚えた。『此処は…』半年前…拾里で永い眠りについたかに思われた智子は、目覚めると見知らぬ部屋に寝かされていた。小綺麗ではあるが、実に簡素な部屋。和幸と過ごした小屋の木の香りの代わりに、何処からとなく薬草の香りがする。しかし、岩戸館の部屋とも違っていた。ゆっくり目を開けると、最初に映り込んできたのは、白髪に見事な口と顎髭を蓄えた老人であった。『呑舟…先生…』智子が信じられないものでも見るように呟くと、老人は深々と頷いて見せた。岩戸館で何度か見かけた顔。彼は呑舟と言う、百合に医術を教えたと言う医師であった。百合が素兎だった頃から知っていると言う彼は、正確な年齢を知る者はいないが、かなりの...青鳥7

  • 青鳥6

    細い腕…美香は、智子の優しく細い歌声に微睡ながら、自分を抱きしめる腕を見て思った。頬を預ける小さな胸も、以前にも増して痩せ細り、骨と皮しかないのではないかと思われた。『私は良いの。ほら、もうこんなに大きくなったから。美香ちゃんは、まだ小さいんだから、いっぱい食べて大きくならないとね。』社にいた頃…智子は、そう言っては、自分は殆ど食べないで、僅かに出された食べ物を、美香に差し出していた。あの頃…十二になっていた智子は既に成長が止まっていた。背丈も、七歳だった美香とさほど身長が変わらなかった。聞けば、美香にだけでなく、他の兎達にも同じ事を言って、自分の食べ物を殆ど与えてしまっていたと言う。<br>由香里が、厨房に盗みに入るようになったきっかけの一つ…それは、歳上の由香里にまで自分の食べ物を差し出そうとする智子に、腹...青鳥6

  • 青鳥5

    「智子母さん。」不意に、天井を眺め続ける智子の顔を、美香が覗き込み満面の笑みを傾けてきた。「美香ちゃん、どうしたの?」智子は、美香の頬をなでながら、ゆっくりと起き上がろうとした。「サナちゃん達と赤ちゃん見に行ったんじゃないの?」「うん、行ってきたよ。凄く可愛かった。みんな、今日もよく笑って、ミルク呑んで、元気にしてたわ。」美香は、身動きとるのが辛そうな智子の背中を支えて助け起こしながら、明るく笑って言った。小春日和のような笑顔…社にいる時からそうだった。いつも全裸で過ごさせられ、男達に目をつけられては、その場で弄ばれる地獄の日々…股間をいつも血塗れにしていた彼女に、どうしてそんな笑顔ができるのだろう…智子は、股間の手当てをし、弄んだ男達の性に塗れて臭いの染みつく身体を洗ってやりながら、いつも不思議に思っていた。...青鳥5

  • 青鳥3

    目を開けると、また、天井の景色が広がっていた。寝たり起きたりを繰り返す同じ日々の中、見上げる天井の景色は変わらない。一生、自分は同じ景色を見つめて生きて行くのだろう。生きてる事にどんな意味があるのだろうか…生まれてきた事に何か意味があるのだろうか…ただ、自分の歳だけが積み重なるだけ、古びて煤汚れて行くであろう天井板を見つめながら、智子は、また同じ思いにとらわれた。『アッ…アァァ…アウッ…!』再び脳裏をかすめる遠い記憶の中。全裸に剥かれた智子は、首を振り立てながら、呻き声を上げていた。『智子、どうだ、気持ち良いか?気持ち良いだろう。神漏様達に可愛がって頂いて、天国だろう。』側では、どうにか男を受け入れられるくらいには大きくなった白兎を弄びながら、父がニヤけて見つめている。『決まってるじゃないか。この子達は、ワシが...青鳥3

  • 青鳥3

    微睡む智子の脳裏に、また、遠い記憶が過り始めた。来る日も来る日も…朝起きては、繰り返される同じ日々…父は、全く働かぬ男であった。日がな一日、目覚めてる間は、酔い潰れるまで、ひたすら酒を煽り続けていた。その金は、母が生きてる間は母に稼がせ…母が死んでからは、オシメが外れて間がない智子の身体で稼がせていた。遅い朝。泥酔の眠りから覚めた父は、一晩近く弄び、全裸のままの智子に着物を一枚羽織らせると、外に連れ出した。どうせまた、すぐに脱がされる着物の下には何も身につけた事はない。帯をつける代わりに、荒縄をすぐ解けるよう縛りつけ、風が吹けばすぐに裾は巡りあがり、裸でいるのと大差無いほど、智子の身体を露出させた。羞恥を感じる事はなかった。寒さには慣れきってしまっていた。どうせ、とってつけたように着せられた着物も、着ているのは...青鳥3

  • 青鳥2

    「おはよう、トモ母さん。」目覚めると、美香の明るい笑顔が覗き込んでいた。「さあ、ご飯にしよう。今朝は、私と結路(ユジ)ちゃんでこしらえたのよ。辰三兄ちゃんと花姉ちゃんに習いながらね。」「まあ、美味しそう。筍と里芋の煮物ね。それに、揚げ豆腐の味噌汁。」智子は、ゆっくり上体を起こすと、布団の側に置かれたお膳を見つめて、ニッコリ笑った。「美味しい?」美香は、智子が一口箸をつけると、また顔を覗き込みながら小首を傾げた。「ええ、とっても。」智子は、満面の笑みで答えながら、ふと箸を留めて、ジッと美香の顔を見返した。「どうしたの?お母さん。」「何か、不思議。また、こうして美香ちゃんと顔を合わせているのがね。」智子が言うと、今度は美香がクスクスと笑いながら…「ほら、ちゃんと足がついてるわ。」と、それまで正座していた足を前に出し...青鳥2

  • 青鳥2

    深い眠りの中にいた。沈むような深い眠り…眠りは、記憶の深淵へと誘い、気づけば智子は四歳の幼い頃に返っていた。黴臭く狭い部屋の中。ゴミに囲まれた寝床の中で、酔い潰れた父は、いびきをかいていた。このいびきが、永遠に止まらなければ良いと切に願う。いびきをかいている間は、意味のわからぬ事を怒鳴り散らされながら、殴り蹴られる事はない。全身あざだらけになるほど暴行を受けた後に訪れる、更に痛い事も…智子は、その夜も血塗れの股間を押さえながら、全裸で蹲っていた。目の前の、乱暴にはぎ取られた着物に手を伸ばす事など思いも寄らない。許しもなくそのような真似をして、万が一にも父が目覚めでもすれば、また、激しい暴行を受けるだろう。何より…口腔内に、父が際限なく放ったものを呑み干しても尚収まらぬ空腹が、裸の羞恥も寒さも忘れさせていた。智子...青鳥2

  • 青鳥改訂

    いつも紅兎をお読みくださりありがとうございます。思う所あり、青鳥を最初から改訂しようと思います。理由は、改めて読み直した時、微妙に辻褄の合わない点が多々見られたのが一つ…もう一つには、一度死んだとされた人物を生かす事で表現したい事が、うまく伝えられていないと感じた事です。一度死んだとされた人達を生かす事を通して僕が描きたかった事は、一言で言って、人は皆、生きる事それ自体に価値がある事です。例えば、早苗が再登場早々に、殺される筈だった熊を助けた。もし、早苗が本当に死んでしまっていれば、あの熊は助からなかった。早苗が生きていたからこそ、あの熊は助かり、しかも、金太郎と呼ばれる雄熊とも出会えた。そして、これは後の話になりますが、この熊は、隠里や谷間の人々…更には、鱶見社領の人々とも親しくなり、彼らを守る存在になって行...青鳥改訂

  • 青鳥12

    花のお江戸は八百八棟…これは、ドブが谷間の子供達に広げた大風呂敷であり、一つの村が丸々入ってしまうような屋敷などこの世に存在するわけがない…が…隠里の江戸屋敷が、お城に見えてしまう程大きく、中に沢山の建物が立ち並んでるのは確かである。その数、八棟…屋敷の門を潜って最初に目にするのは、病人や怪我人の治療と療養を目的とする養生所である。智子が部屋を出て最初に目にしたのは、雪積もる庭先の向こうを流れる小川…小石川のせせらぎであった。養生所は、小石川の流れに添って建てられている事から、小石川養生所とも呼ばれている。眩しい…部屋の縁側に立ち、銀色に煌く庭の雪化粧と川面の輝きに目が眩み、智子は微かな目眩を感じた。何か月振りだろう…こうして外の景色を直に目の前にしたのは…此処で目覚めてから、智子は部屋の奥からしか外の景色を見...青鳥12

  • 青鳥11

    「男だっ~たら~一つにかける~かけてもつれた謎をとく~」厨房の台所で、次郎吉が素っ頓狂な声で歌い出すと、洗い場を手伝う平次は、側でニコニコ笑って聞き入る琴絵と反して不機嫌であった。「誰がよんだか~誰がよんだか~銭形平次~花のお江戸は八百八棟~今日も決めての~今日も決めての~銭が~とぶ~」一番歌い終え、琴絵が満面の笑みで手をパチパチ鳴らすと、次郎吉はニィッと笑って、また見事な包丁捌きで魚を捌き出した。そしてまた…「やぼな十手は~みせたくないが~みせてききたいこともある~」次郎吉が得意満面の顔で歌い出すと~「やめろ!やめろ!その歌はもうやめだー!!!」平次が溜まりかねたように、怒鳴り声を張り上げた。ただでさえ、養生所を出てから平次は機嫌が悪い。事もあろうに、ドブと次郎吉が彼の目の前で智子を口説くような真似をして見せ...青鳥11

  • 青鳥10

    「おい!哺乳瓶はまだか!哺乳瓶!哺乳瓶を暖めるのに一体どんだけ時間かけりゃー気が済むんだ!赤子達が餓死するぞ!」「哺乳瓶!哺乳瓶!哺乳瓶ーーーー!!!」「哺乳瓶が足りねーーーーー!!!!」保育所は、その日も朝から戦場状態であった。いや、一人の男が、戦場にしてしまってるのかも知れない。三年前…何処からとなく、主水が大勢の負傷した少年達を隠里に担ぎ込んできた。自らを目明組と名乗る彼等は、社の黒兎であったと言う。黒兎と言えば、元々は、白兎と呼ばれる少女達に性行為を仕込む為の練習台として囲われた少年達である。それが、いつの頃からか、白兎達同様に男色を好む社領の男達の相手をするようになっていた。当然、色事には長けていても、日常生活の仕事は殆どできない者が多い。玖玻璃は、彼等の傷が癒えたら、赤子を教えるように一から教えなく...青鳥10

  • 青鳥9

    「それじゃあ、トモちゃん。」伊織にうながされると、智子は無言で頷き、着物を脱いで仰向けに身を横たえた。呑舟は、厳しい眼差しで智子の全身に手を当て、丹念に触診を始めた。彼は、その人の身体に触れただけで、あらゆる病状がわかり、その見立てに狂いはないと言う。少なくとも、彼を知る者は、数十年に亘って診断を誤ったのも、治療を失敗したのも見た者はいない。智子は、また天井に目を移した。最初は首筋の辺りを這っていた手の感触が、ゆっくりと胸元まで這ってゆく。脈の動き、内臓の働き、血の流れ…自らの施した神業とも言える手術の経過を、注意深く観察しているのである。智子は、老医師に身体中触れられる事も、二人の男に裸体を見られる事も、今更恥ずかしいとは思わない。これまで、何百何千と言う男達に弄ばれ、猥雑な視線を浴びせられてきたか知れないの...青鳥9

  • 青鳥8

    「智子さん、お加減如何ですか?」不意に部屋を訪ねて来たのは、目明組の平次であった。後ろからは、美香と同様、元素兎であり、今や平次と婚約を交わしている琴絵が恥ずかしそうに顔を覗かせていた。「お陰様で…琴ちゃんもすっかり元気になって来たようね。」「はい。食欲もでて来て、憩い小屋まででしたら、かなり長い時間外も出歩けるようになってきましたよ。春先には、江戸屋敷の外にも出かけられそうです。」「そう、それは良かったわ。」「やっぱり、平次兄ちゃんの愛の力かしら。平次兄ちゃん、コトちゃんが此処に来てから、片時も離れないで世話をやいていたものねー。」智子の膝の上から美香が言うと、平次と琴絵は揃って顔を真っ赤に俯いた。「ほーら、美香ちゃん、二人をかまわないの。」智子が後ろから抱きしめ、頬擦りしながら言うと…「だって…食事の世話か...青鳥8

  • 復活7

    お母さんか…智子は、自分の倍の背丈になっても未だにそう呼びかける五歳年下の美香を抱き、子守唄を歌い続けながら、人知れぬもの寂しさを覚えた。『此処は…』半年前…拾里で永い眠りについたかに思われた智子は、目覚めると見知らぬ部屋に寝かされていた。小綺麗ではあるが、実に簡素な部屋。和幸と過ごした小屋の木の香りの代わりに、何処からとなく薬草の香りがする。しかし、岩戸館の部屋とも違っていた。ゆっくり目を開けると、最初に映り込んできたのは、白髪に見事な口と顎髭を蓄えた老人であった。『呑舟…先生…』智子が信じられないものでも見るように呟くと、老人は深々と頷いて見せた。岩戸館で何度か見かけた顔。彼は呑舟と言う、百合に医術を教えたと言う医師であった。百合が素兎だった頃から知っていると言う彼は、正確な年齢を知る者はいないが、かなりの...復活7

  • 復活6

    細い腕…美香は、智子の優しく細い歌声に微睡ながら、自分を抱きしめる腕を見て思った。頬を預ける小さな胸も、以前にも増して痩せ細り、骨と皮しかないのではないかと思われた。『私は良いの。ほら、もうこんなに大きくなったから。美香ちゃんは、まだ小さいんだから、いっぱい食べて大きくならないとね。』社にいた頃…智子は、そう言っては、自分は殆ど食べないで、僅かに出された食べ物を、美香に差し出していた。あの頃…十三になっていた智子は既に身長が止まり、七歳だった美香とさほど身長が変わらなかった。聞けば、美香にだけでなく、他の兎達にも同じ事を言って、自分の食べ物を殆ど与えてしまっていたと言う。由香里が、厨房に盗みに入るようになったきっかけの一つ…それは、歳上の由香里にまで自分の食べ物を差し出そうとする智子に、腹一杯食べさせてやりたか...復活6

  • 復活5

    「智子母さん。」不意に、天井を眺め続ける智子の顔を、美香が覗き込み満面の笑みを傾けてきた。「美香ちゃん、どうしたの?」智子は、美香の頬をなでながら、ゆっくりと起き上がろうとした。「サナちゃん達と赤ちゃん見に行ったんじゃないの?」「うん、行ってきたよ。凄く可愛かった。みんな、今日もよく笑って、ミルク呑んで、元気にしてたわ。」美香は、未だに身動きとるのが辛そうな智子の背中を支えて助け起こしながら、明るく笑って言った。小春日和のような笑顔…社にいる時からそうだった。いつも全裸で過ごさせられ、男達に目をつけられては、その場で弄ばれる地獄の日々…股間をいつも血塗れにしていた彼女に、どうしてそんな笑顔ができるのだろう…智子は、股間の手当てをし、弄んだ男達の性に塗れて臭いの染みつく身体を洗ってやりながら、いつも不思議に思って...復活5

  • 復活4

    目を開けると、また、天井の景色が広がっていた。寝たり起きたりを繰り返す同じ日々の中、見上げる天井の景色は変わらない。一生、自分は同じ景色を見つめて生きて行くのだろう。生きてる事にどんな意味があるのだろうか…生まれてきた事に何か意味があるのだろうか…ただ、自分の歳だけが積み重なるだけ、古びて煤汚れて行くであろう天井板を見つめながら、智子は、また同じ思いにとらわれた。『アッ…アァァ…アウッ…!』再び脳裏をかすめる遠い記憶の中。全裸に剥かれた智子は、首を振り立てながら、呻き声を上げていた。『智子、どうだ、気持ち良いか?気持ち良いだろう。神漏様達に可愛がって頂いて、天国だろう。』側では、どうにか男を受け入れられるくらいには大きくなった白兎を弄びながら、父がニヤけて見つめている。『決まってるじゃないか。この子達は、ワシが...復活4

  • 復活3

    微睡む智子の脳裏に、また、遠い記憶が過り始めた。来る日も来る日も…朝起きては、繰り返される同じ日々…父は、全く働かぬ男であった。日がな一日、目覚めてる間は、酔い潰れるまで、ひたすら酒を煽り続けていた。その金は、母が生きてる間は母に稼がせ…母が死んでからは、オシメが外れて間がない智子の身体で稼がせていた。遅い朝。泥酔の眠りから覚めた父は、一晩近く弄び、全裸のままの智子に着物を一枚羽織らせると、外に連れ出した。どうせまた、すぐに脱がされる着物の下には何も身につけた事はない。帯をつける代わりに、荒縄をすぐ解けるよう縛りつけ、風が吹けばすぐに裾は巡りあがり、裸でいるのと大差無いほど、智子の身体を露出させた。羞恥を感じる事はなかった。寒さには慣れきってしまっていた。どうせ、とってつけたように着せられた着物も、着ているのは...復活3

  • 復活2

    「おはよう、トモ母さん。」目覚めると、美香の明るい笑顔が覗き込んでいた。「さあ、ご飯にしよう。今朝は、私と結路(ユジ)ちゃんでこしらえたのよ。辰三兄ちゃんと花姉ちゃんに習いながらね。」「まあ、美味しそう。筍と里芋の煮物ね。それに、揚げ豆腐の味噌汁。」智子は、ゆっくり上体を起こすと、布団の側に置かれたお膳を見つめて、ニッコリ笑った。「美味しい?」美香は、智子が一口箸をつけると、また顔を覗き込みながら小首を傾げた。「ええ、とっても。」智子は、満面の笑みで答えながら、ふと箸を留めて、ジッと美香の顔を見返した。「どうしたの?お母さん。」「何か、不思議。また、こうして美香ちゃんと顔を合わせているのがね。」智子が言うと、今度は美香がクスクスと笑いながら…「ほら、ちゃんと足がついてるわ。」と、それまで正座していた足を前に出し...復活2

  • 悪夢

    深い眠りの中にいた。沈むような深い眠り…眠りは、記憶の深淵へと誘い、気づけば智子は四歳の幼い頃に返っていた。黴臭く狭い部屋の中。ゴミに囲まれた寝床の中で、酔い潰れた父は、いびきをかいていた。このいびきが、永遠に止まらなければ良いと切に願う。いびきをかいている間は、意味のわからぬ事を怒鳴り散らされながら、殴り蹴られる事はない。全身あざだらけになるほど暴行を受けた後に訪れる、更に痛い事も…智子は、その夜も血塗れの股間を押さえながら、全裸で蹲っていた。目の前の、乱暴にはぎ取られた着物に手を伸ばす事など思いも寄らない。許しもなくそのような真似をして、万が一にも父が目覚めでもすれば、また、激しい暴行を受けるだろう。何より…口腔内に、父が際限なく放ったものを呑み干しても尚収まらぬ空腹が、裸の羞恥も寒さも忘れさせていた。智子...悪夢

  • 悪夢

    深い眠りの中にいた。沈むような深い眠り…眠りは、記憶の深淵へと誘い、気づけば智子は四歳の幼い頃に返っていた。黴臭く狭い部屋の中。ゴミに囲まれた寝床の中で、酔い潰れた父は、いびきをかいていた。このいびきが、永遠に止まらなければ良いと切に願う。いびきをかいている間は、意味のわからぬ事を怒鳴り散らされながら、殴り蹴られる事はない。全身あざだらけになるほど暴行を受けた後に訪れる、更に痛い事も…智子は、その夜も血塗れの股間を押さえながら、全裸で蹲っていた。目の前の、乱暴にはぎ取られた着物に手を伸ばす事など思いも寄らない。許しもなくそのような真似をして、万が一にも父が目覚めでもすれば、また、激しい暴行を受けるだろう。何より…口腔内に、父が際限なく放ったものを呑み干しても尚収まらぬ空腹が、裸の羞恥も寒さも忘れさせていた。智子...悪夢

  • 添寝5

    そこへ…「サナ…ねえ…目…覚ました…か…」大きな鉞を担いだ、身の丈六尺近くあろうかと思われる、十二歳くらいの少年が姿を現した。後ろには、その半分もない盲目の女の子が、少年に隠れるように立っている。「まあまあ、金時君に結路(ゆじ)ちゃんじゃない。そっか、二人、仲良しさんになれたのね。」早苗が言うと、結路は頬を赤くして、金時の後ろに隠れた。「仲良しさんになれたのは、金時君と結路ちゃんだけじゃないのよ。」美香が言うと…「ほーら、金時君、早く呼んであげないと。美唯紗ちゃん、また、森に帰れなくなっちゃうわ。」智子が、金時に何やら促し始めた。金時は、大きく頷くと…「金太郎…嫁さん…嫁さん…来る…来る…」聾唖の金時は、喉の奥から漸く絞り出す声を上げながら、何やら手招きを始めた。すると…「金太郎君!」早苗は、美唯紗より更に一回...添寝5

  • 添寝4

    その時…「サナ姉ちゃん!」早苗は、手を握りしめる声に、はたと目を覚ました。「美香…ちゃん…」早苗は、今の今まで、腕に抱きしめていたはずの少女が、上から覗き込む顔を見て、ぼんやりと呟いた。八歳になったばかりの筈の少女は、何故か急に大きくなって、十五歳になっている。「美香ちゃんじゃないでしょう。みんなに心配かけて…本当、しょうのない子ね。」今度は、美香より背が低く、顔つきも幼な顔だが、明らかに目つきも物言いも成熟しきった少女が、隣から覗き込んできた。「トモ姉ちゃん…」早苗がぼんやりと呟くと、智子は美香の握るのとは反対の手を握り、大きく頷いて見せた。「あ…熊さんが…熊さんが…村里で迷子…撃たれちゃう…」早苗は、急に一週間以上も前の事を思い出して、血相を変えて起き上がろうとした。そう…山の羆が、冬眠に備えて餌を探す最中...添寝4

  • 添寝3

    『美香ちゃん、どうしたの?』いつしか、赤子に毎日聞かせていた子守歌を歌い出していた早苗は、不意に歌い止めて、美香の顔を覗き込んだ。美香が、シクシク泣き出していたからである。『だって…だって…赤ちゃんが…』美香は、未だ張り続けている早苗の乳房に頬を当てながら、ついこの前連れ去られた赤子の事を思い出したのである。年齢よりも更に小さく幼い身体で、文字通り死に物狂いで産み落とした赤子を、早苗は可愛がっていた。片時も離さず赤子を抱き、泣いても笑っていても、赤子が腕の中にさえいれば幸せそうな顔をしていた。美香もまた、そんな早苗の姿を見てるだけで、自分の置かれた境遇を忘れてしまう程、幸せであったのだ。美香は、毎日、時間を見ては、赤子の為に小さな手袋や襟巻きを編んでやっていた。小さな手袋をつけ、襟巻きを巻いては、ケラケラ笑う赤...添寝3

  • 添寝2

    『美香ちゃんの匂い、赤ちゃんみたい。良い匂い。よしよし、良い子良い子。』『サナ姉ちゃん…』『お願い、私の事、暖めてくれる?』早苗が美香の頬を撫でながら尋ねると、美香は唇を噛みしめ、頷いて見せた。『ありがとう。』早苗は、満面の笑みを浮かべると、御贄蔵の座敷牢に敷かれた布団に、美香と潜り込んだ。素兎は、いかなる時も全裸でいなければならないだけでなく、いかなる物で身体を覆う事も許されていない。布切れ一枚見に纏う事も許されず、眠る時、掛け物を掛ける事すら、身体を隠す行為として禁じられていた。但し、身体を求める者に抱かれる時だけは例外であった。弄ばれている間、相手と床に入っている時、相手が一緒に掛け物に包んむ時だけは、床に入る事も、掛け物を掛ける事も許されたのである。その相手が、男であっても、女であっても…である。そこで...添寝2

  • 添寝

    早苗は、高熱に魘されながら、夢を見ていた。十一歳を迎えて間がない頃の夢…『美香ちゃん、こっち、こっち…』早苗が、土間で過ごさせられている全裸の美香に手招きすると…『サナ姉ちゃん、何してるの!駄目じゃない!』美香は声を上げ、素兎は種付けや仕込みの時以外、屋内に上がってはならない決まりも忘れ、早苗の元に駆けつけた。最初の子を産んで一月…未だ、産後の肥立ちの悪さで優れぬ早苗の体調は、赤子を連れ去られた悲しみで更に悪化していた。にも関わらず、美香と同じように全裸でそこに立ち、尚も笑みを浮かべて手招きしていた。『ほら、着物着て。ちゃんと、寝てないと…』美香が、急ぎ脱ぎ捨てられた着物を拾い上げると、三つも歳上なのに、自分と然程身長も体型も変わらぬ早苗に着せようとした。すると、早苗は大きく首を振り…『美香ちゃん、私、こっちの...添寝

  • 早苗4

    「おじさん達、見送ってくれてありがとう。」少女は、羆の姿が見えなくなると、猟師達の方を振り返って、満面の笑みを浮かべて見せた。「お嬢ちゃん、凄いな。」「この辺の村里では見かけない顔だけど、何処の子だ?」口々に尋ねる猟師達に…「早苗です。隠里から来ました。」早苗はまた、懐っこい笑みを浮かべて答えると…「隠れ里!」「それじゃあ、貴方様は、奥方様の養い子様!」猟師達は、忽ち愕然として、互いに顔を見合わせた。隠れ里と言えば、村里に流行病や飢饉が広がると、必ず姿を現し里人達の救済に奔放する、山の奥方様の住む所として知られていたからである。すると…「養い子様!」突然、早苗と名乗った少女が、力尽きたように倒れた。「養い子様!」「如何なされましたか!」猟師の一人が早苗を抱き上げ、その頬に手を当てると顔色を変えた。「酷い熱だ!」...早苗4

  • 早苗3

    羆もまた、少女をすっかり母親と思い込んでいるのか、全く離れようとしなかった。もし此処で、無理にでも少女を引き離せば、羆は再び凶暴な爪牙を剥いて、襲いかかってくるだろう。さりとて、このまま撃てば、間違いなく少女に当る。少女もまた、猟師達が撃てば、羆の盾となるつもりでいるのは、ありありと感じられた。「さあ、もうすぐ、お家に帰れるよ。お家に帰ったら、近くに美味しい蜂の巣もあれば、川でお魚も獲れて嬉しいね。それとも、森を駆け回って遊ぼうか。疲れたから、気持ち良い巣穴でゆっくりお昼寝したい?」少女は、相変わらず頬をすり寄せる羆を撫でながら話し始めた。「なーに?お母さんに抱っこして、一緒に寝て欲しいの?甘えん坊だなあ。」羆はもまた、まるで返事でもしてるように、鼻を鳴らし続けた。「そうねえ。抱っこして一緒に寝たら、暖かくて気...早苗3

  • 早苗2

    「おい!おまえ、此処で何してる!」そこへ、数人の猟師達が猟銃を構えて小屋に侵入すると、羆は再び眼光を光らせ獰猛な声を上げ出した。「大丈夫、大丈夫、怖くない怖くない。お母さんが守ってあげるからね。」少女は宥めるように言いながら羆の頬を撫でると、そっと羆を背に、猟師の前に立ちはだかった。「危ない!そこを退け!」「退くんだ!」少女は静かに首を振りながら…「お願い、この子を撃たないで。この子を撃ったら可哀想。」「何だって?」「おまえ、何を言ってるんだ?」「この子を撃ったら可哀想。この子、まだ子供じゃない。」そう言うと、ハラハラと涙を溢れさせた。「何?」「子供だと?」猟師達は、思わず大口開けて互いの目を見交わした。身の丈一丈重さ二百五十貫はあろうかと思われる羆を、子供だと言われ、呆気に取られたのだ。「そうよ、この子、まだ...早苗2

  • 早苗

    灰色の羆は、荒い息を吐きながら、喉の奥底で獰猛な声を鳴らしていた。怒りとも恐怖ともつかぬ眼光を放ち、四方を見渡している。「おい!気を付けろ!」「奴は何人もの里人に手傷を負わせてるんだ!」小屋の外は、猟銃を構えた山裾の猟師に包囲されている。最早、何処にも逃げ場はない。十人弱の猟師達は、小屋を遠巻きに囲みながら、ジリジリと迫ってきた。朧山麓の村里を荒らし回った、凶暴極まりない羆の命運も、愈々尽きる時が来ようとしていた。羆は、鋭い牙を剥き、耳をつん裂くような声を一声上げると、最後の一戦に打って出るべく、小屋を飛び出そうとした。その時…「大丈夫…大丈夫よ。」小屋の何処に潜んでいたのか、幼く優しい声と共に、楓の絵柄の着物を着込んだ小さな少女が、羆の前に姿を現した。羆は、更に一声唸り声をあげ、前足の鋭い爪を振りかざそうとし...早苗

  • 溜息10

    「お掃除は、お父さんが引き受けるか…仕事を人に押し付けるな…じゃなかったのかな…和幸は、日頃、里一に仕事を全部押し付けるお兄ちゃんお姉ちゃん達を怒鳴りまくる菜穂の剣幕を思い出しながら、投げ渡された箒を見つめて溜息をついた。すると…「さといっちゃん、お姉ちゃん、結婚!結婚!お嫁さん、きれーねー。」希美は、里一の去った方角を見て、満面の笑みを浮かべた。「お嫁さん、綺麗って…ユカ姉がか?」和幸が思わず😳←こう言う顔をして聞き返すと…「うん!お姉ちゃん、お嫁さん、きれー、きれー。」希美は一層大はしゃぎして言った。「成る程!ゴンちゃんが、痩せた狸の嫁さん貰ったら、さながら、あー言う似合いの夫婦になるだろう!」和幸は、思わず吹き出して言うと、腹を抱えて笑い出した。そこへ…「誰が、痩せた狸の嫁さんだって?」口...溜息10

  • 溜息9

    翌日…「里一さーん、御贄倉のお掃除お願ーい。」「あっしには関わりねえこって…」「里一さーん、お手洗いのお掃除お願いだポニョ~。」「あっしには、関わりねえこって…」里一は、宮司屋敷の庭先を掃除しながら、矢継ぎ早に仕事を押し付けようとする子供達を、軒並み断り続けた。「お母さん、さっきから何ずっと里一さんばかり見てるんだ?」宮司屋敷の風呂掃除を終えた和幸は、廊下を磨きながら、厳しい目つきで里一を見つめる菜穂に目を留めると、不思議そうに尋ねた。「何ずっと、見てるんだ?」和幸の隣では、愛の赤子をおぶる希美が、例によって意味も分からず、首を傾げて和幸を真似て言う。「まさか、僕より里一さんを好きになったとか…」和幸が少し不安げに首を傾げると…「さといっちゃん、好きになったか…」希美が、また、和幸と同じ顔して首を傾げた。「そう...溜息9

  • 溜息8

    「成る程。お前達、やけに元気ないと思っていたら、そう言う事か。」「親父さん…」「お前達の間を取り持とうとして、返って気まずくさせて、アッちゃんとナッちゃんは落ち込んでるわけだ。」祭祀を一つ終え、本殿を出ながら一部始終を見ていた私が声をかけると、里一は一度あげた顔をまた俯かせて溜息をついた。「愛ちゃんが、お前達を心配していた。いや、苛々していたと言うべきかな…」「愛さんが…で、ござんすか?」「みんな、不器用過ぎて見てられないんだそうな…」私は言いながら、懐から一枚の切り絵を取り出し、里一に触れさせた。「これは、希美さんの作ったものでござんすね…花嫁の絵…」「その隣は?」「三度笠に引き廻し合羽、口に長楊子…これは…」里一は言いながら、思わず顔を上げて見えぬ目を私に向けた。「床上げ祝いの次の日、愛ちゃんはユカちゃんに...溜息8

  • 溜息7

    どんなに遠回りしても、いずれは、着くべき所に辿りつく。気づけば、そこは社の前であった。由香里は、一層重くなる足取りで鳥居を潜り抜けると、今日もまた、山程押し付けられた仕事にてんてこ舞いな里一と境内ですれ違った。「まあ!また…」一瞬、声を上げ掛けた由香里は、そのまま押し黙り、俯いた。里一もまた、由香里の気配に俯いた。二人の間に、気不味い空気が流れている。ここに菜穂がいれば…『何、女の子に山のような荷物担がせてるの!里一さん、男でしょ!ユカ姉ちゃんの荷物、持ってあげなさい!』と、思い切り里一の背中を押すところなのだろう。或いは、政樹と茜がいれば…『よう!お二人さん!』『アツアツだポニョ!』『この後は…』『上から攻めて十回!』『下から喘いで十回!』『合計二十回は行けるぜ!』『更に二十回、合わせて四十回は励むポニョ!』...溜息7

  • 溜息6

    男に抱かれる時の感触なら、十一の歳から嫌と言うほど味合わされてきた。最初は震えが止まらぬ程恐ろしかった。死んでしまいたい程恥ずかしかった。引き裂かれる程痛かった。締め挙げられる程苦しかった。回を重ねるうちに、恐怖が消え、羞恥が消え、苦痛が消え、最後は何も感じなくなった。ただ、醜いものが自分の中をすり抜けてゆく。何か、醜いものがすり抜ける度に、自分も汚くなってゆく。事を終えた後、何度も何度も身体を洗った時期もある。もう自分は穢れた存在なのだと思った時、それすら感じなくなっていた。ただ、機械的に何かが自分の中を通り抜けてゆく。それだけの事になっていた。それが、心地よいとか、嬉しいとか、見当もつかなかった。ところが…和幸と智子が深い関係に結ばれた時、抱き合う二人の姿を初めて美しいと思う自分に驚いた。政樹と茜が結ばれた...溜息6

  • 溜息

    昼少し前…市場からの帰り道、由香里の足取りは重かった。山のような買い出し荷物を担いだまま、幾つもの道を遠回りして、なかなか社に戻る気になれなかった。今日も朝から、社の子供達は、それぞれの恋人と睦まじくしていた。菜穂は、希美と二人困り果てた顔する朱理の前で、酔い潰れてる和幸に盛大にバケツの水をぶっかけていた。政樹と茜は、コソコソ肩を寄せ合い、これから作るお菓子の事で話を弾ませていた。亜美はしおらしく秀行に肩を抱かれていた。雪絵は龍也といちゃつきながら摘み食いをしていた。いつもなら、微笑ましく思える子供達の姿も、今は目にすると切なさに涙が溢れ出す。何より…里一と顔を合わせるのが辛い。このまま、何処か遠くに行ってしまいたい…そう思いながら立ち止まり、大きな溜息をつくと、あの日の光景が、また、脳裏を掠めた。『里一さん、...溜息

  • 溜息4

    権と兎達を連れ帰った日、菜穂と亜美は気を利かせて隠砦の湯を沸かし、里一と由香里を二人きりにした。覗きが大好きな政樹と茜を、始終見張ってもいた。今度こそ、二人を男女の仲にしてやろうと言う思いからである。しかし、結局何も起こらなかった。由香里は、その気十分であった。ところが、里一は身体を洗われている間中、固まっていた。由香里の背中を流し始めると、手の震えが止まらなくなった。業を煮やした由香里は、遂に自分から行動を起こし、里一の手を乳房に運んだ。すると、里一は、顔を耳朶まで真っ赤にし、慌てて手を引っ込めて逃げ出してしまったのである。「全く!その話聞いた時、私、里一さんが本当に男なのか疑っちゃったわよ!それで、ユカ姉ちゃんに聞いちゃったわ!里一さんに、ちゃんとついてるモノついてたかってね!」菜穂が怒り心頭に言い放つと、...溜息4

  • 溜息3

    「そこにいなさるのは、菜穂さんでござんすね。」「菜穂さんでござんすじゃないわ!」そっぽ向いて言う菜穂は、頗る不機嫌であった。「どうしたでござんすか?今朝も呑んだくれ和幸さんに、バケツの水を掛けまくって、まだ怒りがおさまりやせんか?」里一が苦笑いして言うと…「私、里一さんに怒ってるの。」「えっ?あっしに?」「ユカ姉ちゃん、一人で市場に行かせる気?」菜穂が眉を顰めて言うと…「仕方ござんせん。これですから…」里一は、手に持つ箒と塵取りを差し出して言った。「もう!里一さんって、どうしてそうなの!」菜穂は遂に業を煮やしたように声を上げた。「そんなんだから、せっかく隠砦で二人きりにさせてあげたのに、何にもできないのよ!」「やっぱり、そっちでござんしたか…」里一は、頭を掻きながら、困ったような苦笑いを浮かべた。「私と亜美姉ち...溜息3

  • 溜息2

    厨房を逃げるように飛び出した里一は、宮司屋敷の門前に立ち尽くし、大きな溜息を一つついた。早朝…厨房には、始終気まづい空気が漂っていた。由香里はがっくり肩を落とし、溜息ばかり吐いていた。側で政樹と茜がお菓子の材料を物色しようと、龍也と雪絵がつまみ食いしようと、まるで気づかぬ風であった。理由はわかっている。わかっているだけに、声をかけるに掛けられず、里一も無言で惣菜作りと汁物作りに取り組み続けていた。そこへ、菜穂と亜美がやって来ると、二人の視線が思い切り刺してくる。幸い、朝食が終わると同時に、亜美には種付け参拝が訪れたのでその場を去って行ったが…今にも泣きそうな由香里と、鬼の形相の菜穂の視線に、針の筵であった。里一は、いつまで考え込んでも仕方ないと思い、足元に置かれた物に手を伸ばして、また溜息をついた。「おーい!ま...溜息2

  • 溜息

    雪も深まり、山の動物達は冬眠に入ったのだろうか。憩い小屋には、誰も訪問者がいなくなった。彼らが訪れ、また、子供達を喜ばせるのは、雪解けを待たねばならないだろう。その時には、子供達はまた一段と大きくなり、動物達の何匹かは、新しい家族を連れてやってくるかも知れない。季節ごとに、同じ時が止まったまま、繰り返し回り流れてくるように思われる山の中でも、確実に新たな時が刻まれなる事を実感させられる瞬間である。玖玻璃にとって、一番楽しみな瞬間は、命あるものが新たに芽吹き、成長して行く姿を見る事である。屋敷の子供達、子供達が大事に育てている田畑の作物、庭の木々や草花、共に遊ぶ山の鳥や獣達…皆が大きく成長するのを見る時、山奥に籠る人生を選んだ自分にも、確かな時が刻まれてる事を実感するのである。『みんな、また、おいで。子供達が待っ...溜息

  • 誤解

    恋の形に決まりはない。相手を好きになって仕舞えば恋が芽生え、芽生えてしまったものはどうしようもない。殊に、それが人ではなく、動物であれば尚更の事である。「おまえ、朱理さんに惚れてござんすか?」境内を掃除する里一は、神饌所付近に大人しく座ってる権に声をかけた。権は、答える代わりに一鳴きし、懐っこく里一に纏わり付いた。彼はもう立派な大人であり、結婚もしている。かつて、可愛い嫁さんと子狐をたくさん連れてきて、余命幾ばくもない早苗を大いに喜ばせたものである。妻子持ちになって、二年が過ぎている。今、山でその妻子がどうしてるかはわからない。夫婦仲が円満なのかどうかもわからない。ただ、言えるのは…「兎小屋の連中が帰っちまった後も、ここにいなさるのは、朱理さんが目当てでござんすね。」里一が権を撫でながら言った時、当の朱理が、種...誤解

  • 贈物

    小さな生き物達には、そこにいるだけで誰かを元気付ける力があるようだ。早苗がそうだった。子兔を飼い始めてから、まず、外に出るようになった。外に出て、皆と遊ぶようになると、少しずつ長い距離を歩くようになった。やがて、屋敷から兎小屋までなら、歩けるようになった。最も…早苗には過保護な友達が二人いた。一人は、亜美であった。亜美は、歩いて行こうとする早苗を見つけると、すぐ箱車に乗っけて連れ出した。そもそも、兎型の箱車自体、亜美が和幸に命じて…いや、頼んで作らせたのだ。一人は、今は亡き貴之であった。貴之は、外に出歩こうとする早苗を見つけると、ひょいと抱き上げて連れ出した。最も、貴之の場合、早苗を外に連れ出すのは、若干の下心もあったのだが…あれから五年…久し振りに訪れた兎の親子達は、希美を元気にした。これまで、希美は宮司屋敷...贈物

  • 子兔

    亜美にのしかかる男は、乱暴に乳房を揉み、執拗に乳首をしゃぶりながら、一層激しく腰を動かし始めた。早朝一番、種付け参拝に訪れた男は、半刻の間に何度精を放った事だろう。にも関わらず、股間を抉るモノは萎えるどころか、益々硬く怒張していた。男は、乳首から口を離すと、獣の如き咆哮を上げた。また、次の絶頂が近づいているのであろう。亜美は、天井を見上げながら、歯を食いしり布団をグッと握りしめて腰を上げた。十になるかならずで、当時の神職者達の手で破瓜を迎え、幼兎となった。幼兎の間、来る日も来る日も、絶え間なく性技を仕込まれた。十二の時、初種付けを迎えた。以来、数えきれぬ程の男達を受け入れてきた。子供も二人産んだ事がある。今更、これを辛いとか思わない。かと言って、男好きな雪絵や茜のように、楽しむ気にもなれない。まして、早苗のよう...子兔

  • 兎幣

    宮司屋敷の裏側。純一郎は、神饌所の前に佇んでいた。神饌所は、御饌倉、御贄倉、御種倉と呼ばれる三つの建物からなっている。神領には、年貢や貢租と言った概念はない。財政は、全て、建前の上では領民達が自発的に納めているとされる、初穂料と玉串料で賄われている。初穂料とは、年月毎に社の祭神へ捧げられる供物もしくは供物に代わる金品であり、玉串料とは祭祀・祭儀毎に社に捧げられる供物もしくは供物に代わる金品である。初穂料と玉串料には、三通りある。一つは、職種に応じた収穫物や生産物。一つは、兎と呼ばれる幼い子供達。一つは、兎を抱いて付ける子種である。御饌倉は、収穫物や生産物を納める建物である。また、収穫物や生産物に代えて捧げられる金品も、此処に納められる。作りは、三階建の無数の部屋に分かれた土蔵である。どの部屋に何を納めるかは社毎...兎幣

  • 独白

    「希美ちゃん、お正月、何食べたい?」和幸は、目を開けると同時に呟いた。『おーもーち、おーもーち。』ニコニコ笑いながら答える希美の声が、脳裏をかすめた。『ペッタン、ペッタンして、食べるー。』脳裏の中で、希美はまたクスクス笑いだした。『希美ちゃんは、お餅つけないわよ。』『どーしてー?』『お餅をつくのは、男の人のお仕事なの。女の子は、お餅つけないの。』菜穂は、例によって、希美の頭を撫でながら、噛んで含めるように話して聞かせた。『お餅つくー。』『その代わり、餡子やきな粉、好きなものをつけて美味しくするのは、女の子の仕事でごじゃる。』べそをかき出す希美に、朱理が慰めるように言う。『私と里一さんで、美味しいお雑煮の作り方も教えてあげるわよ!』由香里が威勢良く言うと…『俺と茜ちゃんは、お汁粉の作り方を教えてやるぞ!』『そうだ...独白

  • 子守

    玖玻璃は、赤子を抱いて上機嫌であった。「よしよし、繋(つなぐ)は本当に良い子ね。」腕の中の男の子は、一段と大きな声でケラケラ笑うと、手足を大きく動かした。「まあまあ、こんなによく動いて、何て元気なのでしょう。」玖玻璃もクスクス笑いながら、今にも落としてしまいそうな赤子を必死に抱いていると…「ほら、坊。もう少し大人しくなさい。」赤子の母親は、見えぬ目を向ける代わりに、両手で赤子の頬を弄りながら、嗜めるように言った。「良いのですよ。赤子はこのくらい元気な方が良い。あなたも、私の腕の中でもっと暴れて、いつ落としてしまうかハラハラしたものですよ。」玖玻璃が言うと、赤子の母親は恥ずかしそうに笑った。「でも、嬉しい。いつも、里一に甘えて、だだを捏ねてばかりいた千穂が、こんな元気な子供を二人も産むなんて、何だか信じられないわ...子守

  • 窓景

    前触れもなく、主水が私の部屋を訪れたのは、早朝であった。彼が社を訪ねて来る時、私以外にその姿を見る者も、来ていた事に気づく者も誰もいない。そもそも…まだ紅兎となっていない龍也と白兎達は、未だその存在すら知っていないだろう。別に秘密にしてるわけでもなければ、身を隠さねばならぬ理由があるわけでもない。仮にそうだとしても、別人に成りすましてやってくる事など、忍なれば容易な事でもある。ただ…何につけても、主水は無駄を嫌う。用のある者以外に顔を合わせるのも無駄ならば、用のない場所を通って来るのも無駄と考える彼は、何処も通らず、密かに直接、私の前に姿を現わすのだ。その日も、気づけば襖越しに跪いていた。「主水か、久しぶりだな。茶でも呑まぬか?」主水は、何も答えず、無言で平伏したまま微動打にしない。「相変わらずだな。」私は、思...窓景

  • 雪夜

    雪夜。鱶背社領街道沿いの祠に、神職者一行が宿泊していた。鱶背本社宮司俊雄が、末社所領の視察から戻るところである。祠周辺では、焚き火を囲み、俊雄宮司と護衛の神漏兵達で、酒盛りを始めていた。「ウッ…ウッ…ウゥゥゥゥ…」少し離れた木々の狭間から、絶え間なく呻き声が聞こえてくる。「そーら、出るぞ出るぞー。おまえの御祭神様に、たーんと供えてやるからなー。」積もる雪の上に仰向けられた全裸の幼い少女にのしかかる、下半身を剥き出した神漏兵は、一層腰の動きを早めて言った。「よしよし、もっと舌先を使え、舌先を…次は俺が下の参道を通って、御祭神様にお参りだ。」やはり下半身剥き出しにして、そそり勃ったものを少女の口に押し込む神漏兵が、少女の頭を乱暴に撫でながら言うと…「その次は俺だ。この後、おまえの上の参道を通った後、下の参道もお参り...雪夜

  • 連鎖

    気づけば夜更けであった。どれ程の時間、日数が過ぎたのか、検討もつかなかった。ただ…社で五十人からいる神漏兵達に、入れ替わり立ち代り犯された後、首に縄をつけられ、道久宮司に社領内を引き摺り回された事は覚えている。『ほら、立て!立って、しっかり歩くんだよ!』ほんの少しでも立ち止まり、まして倒れ込みでもすれば、情け容赦ない鞭の雨が降り注がれた。背中一面が、鞭の傷で血塗れになっている。意識が薄れそうになると…『おやおや、こんなに傷だらけになって、可哀想に。それじゃあ、少し薬を塗ってやろうかしらね。」そう言っては、手にいっぱい握りしめた粗塩を、背中に塗りたくられた。地獄…それは、まさに地獄の責め苦以外のなにものでもなかった。『お兄ちゃん…平次兄ちゃん…』琴絵は、何度も譫言のように呟き続けた。いつもなら、散々犯され、痛めつ...連鎖

  • 父親

    渾身一撃…空高く舞い上がり、逆手に振り下ろされた奥平の長太刀は、地中深く柄際まで突き刺さった。周囲に土煙の煙幕が立つ。間一髪…真横に躱した和幸は、土屑に塞がれた目を擦りながら、急ぎ上体を起こしかけた。奥平は、容易に引き抜けぬ長太刀を見捨て、空かさず和幸に横蹴りを入れる。吹き飛ばされる和幸に、起き上がる間も与えず回し蹴り。返す足で、後ろ回し蹴り。手を地につけ、四つ足に立ち上がろうとするや、更に腹部を激しく蹴り上げた。『どうだ、和幸。これが、本物の鬼道拳士…青い巨星の拳術の味だ。男色共を垂らし込み、尻の穴を抉られ、イチモツをしゃぶる男娼風情が、小手先器用に俄仕立てで会得した拳術とは一味違うだろう?』奥平は、地を転げ回る和幸を、嬲るように見下ろしながら、ひたすら蹴飛ばし、踏みつけ続けた。『青い巨星…三人目にして最強の...父親

  • 決着

    全てが遠のいて行く…剣戟銃声の音も…敵味方双方の張り上げる鬨の声も…激しい戦闘そのものが、夢幻の如く現実味を失い、今そこに立つ一点だけが、世界の全てであるかのように思われる。和幸は、真っ直ぐに奥平を見つめた。憧れ続けてきた人…心酔し続けてきた人…不思議と怒りも憎しみも湧かなかった。ただ、激しく胸が疼いていた。脳裏には、ヘラヘラ笑いながら尿と子種にまみれた股間を広げ、ボロボロに傷ついた陰部を血塗れになる程自分で掻き回す少女の姿が脳裏を過っていった。どんな目に遭わされてきたのだろう…どんな事をされてきたのだろう…素兎の悲惨な姿は、数え切れない程目にし続けてきた。あの子達を救う為だと言われて、数多の人々の命を奪い続けてきた。それでも、あそこまで悲惨な姿になった素兎を見るのは初めてであった。しかも…それをやったのは、他...決着

  • 決戦

    間に合った…林の彼方に、和幸の声を聞いた時、心の中で安堵の吐息を漏らした。しかし、本当に息などついている暇はなかった。こうしている間にも、和幸達は殺されるかも知れないのだ。一人も死なさない…一人たりとも失ってなるものか…和幸にも、秀行にも、貴之にも、政樹にも、待っている人が、私の社にいるのだ。いつも偉そうに振舞っているけれど、彼らを待っている子達は皆幼いのだ。彼ら無しでは生きられないのだ…闇夜を疾駆する遥か前方に、朧な人影の群れが見えてきた。紫と黒の甲冑…兜は十字の形をしている。名の知れた、鱶背社領名物、昴田組神漏衆…私は、疾駆しながら、居合刀の柄に手を掛けた。神漏兵達の彼方から、奥平の甲高い声が響いてくる。『大いなる革命を成功させる為には、多少の犠牲は必要なのだ。お前達も、我が革命の肥やしとなって死ぬが良い!...決戦

  • 幼心

    どの社でも、素兎に寝起きする部屋は与えられていない。そもそも、種付け参拝者が、種付けで浴室と種付け部屋に連れ込まない限り、屋内に入る事も許されない。真冬でも、用を足すのは境内裏手にある素兎用の便所であり、身体を洗うのは素兎用の便所近くにある井戸の水であった。唯一与えられた居場所は、神饌所の玄関先である。種付けで連れ出されてる時、学校に行かされる時以外は、常に此処で種付け参拝を待つ事になっていた。琴絵は、その日もまた、鱶背本社の神饌所で誰かの訪れを待っていた。しかし、いつもと違って、待つのは種付け参拝者ではなかった。全裸でもなかった。緑のチマを履き、白いチョゴリを着て、幼い恋心を寄せる少年を待ちわびていたのだ。『コトちゃん、よかったわね。もうすぐ、平次兄ちゃんと楽園に行けるのねー。』『良いなー、私も平次君と楽園に...幼心

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