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落合順平 作品集 https://blog.goo.ne.jp/saradakann

現代小説を中心に、連載で小説を書いています。 時々、画像もアップします。

落合順平 作品集
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2017/03/26

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  • 上州の「寅」(55)子連れ再婚

    上州の「寅」(55)「受け入れたのですか、彼からのプロポーズを?」「言ったでしょ。子持ち女の恋の成就は難しいって。ひとつだけ条件を出しました。ユキがあなたのことをあたらしい父親と認めれば、そのとき再婚しますって」「ユキはあたらしい父親として彼を認めたのですか?」「ひとの心の奥底の変化を読むのは難しい。ユキは拒否しなかったけど、積極的に自分から近寄っていくこともしなかった。いつまで経っても微妙な距離が残っていた。それでも彼のことを、家族のひとりとして受け入れた。とわたしは勝手に思い込んでいた・・・ユキが中学2年になったとき。再婚することを決めました」「経済的な理由からですか?」「うふふ。ホント鋭いわね、あなたって。そう。いちばんの理由はこれから重くのしかかるユキの学費。高校大学とすすんでいけば、女ひとりの働きでは...上州の「寅」(55)子連れ再婚

  • 上州の「寅」(54)バツイチの恋

    上州の「寅」(54)「結婚して鹿児島で暮したのは、5年あまり。離婚が成立し、3歳のユキを連れ、生まれ育った小豆島へ帰ってきました。実家へもどらずとなり町で、ちいさなアパートを借りました」「実家を頼らなかったのですか?」「駆け落ち同然で実家を出た身です。わずか5年で離婚しましたと、実家の敷居をまたぐことはできません。そのぶんユキに苦労をかけました」「でもユキはお母さんと暮らした7年間は、楽しかったと言っていました」恵子さんの手が止まった。沈黙の時間が過ぎていく。どうやら予期しない言葉だったらしい。「ユキがそんな風に言っていましたか。そうですか・・・再婚するまでの7年間のことを」恵子さんの眼が宙を泳いでいる。ユキと暮らしたふたりだけの7年間を思い出しているのだろうか。またすこし、沈黙の時間が流れていく。「再婚相手、...上州の「寅」(54)バツイチの恋

  • 上州の「寅」(53)駅まで

    上州の「寅」(53)降りるべき乗客はおり終わった。しかしバスは停留所から動かない。動きだす気配がない。・・・なんだ?、どうした?。乗客がざわつきはじめた。駅へ向かうバスはほぼ満席。(なにかトラブルの発生か?・・・)乗客の目が運転席の脇で立ちすくむ恵子さんへ集中する。運転手が恵子さんへ声をかける。「お母さん。ほんとうはどこまで行きたいのですか?」「駅までです。駅まで行きたいのですが、この子がこの通り泣きはじめて、わたしには手に負えません。みなさんにご迷惑がかかりますので、ここで降りたいと思います」「そうですか。わかりました。ちょっと待ってください」運転手がマイクのスイッチを入れる。「混雑している中、お時間をかけてすみません。みなさんにお願いがあります。こちらのお母さんが赤ちゃんが泣いて皆さんに迷惑がかかるので、こ...上州の「寅」(53)駅まで

  • 上州の「寅」(52)泣き虫

    上州の「寅」(52)「あの子は泣き虫でした」昨日よりやわらかい笑顔の恵子さんが、寅とチャコを出迎える。「どうぞ」手招きされた。「紅茶?。コーヒー?。今日はわたしにおごらせて」こころが落ち着いたせいか、物腰も昨日よりはるかにやわらかい。「ユキはね。とっても泣き虫な赤ん坊でした」コーヒーが2つ運ばれてきたあと、恵子さんがユキの話を始めた。「わたしも泣き虫だったよ。私のDNAを受け継いだようです。うまれたときからユキはとにかくよく泣きました。何が気に入らないのか、火がついたように泣くの。はじめてのことでどうしたらいいかわからず、一晩中、抱っこしたまま公園を歩いたこともあります。好きなだけ泣いて泣きつかれるとようやく眠るの。その時の寝顔が可愛いの。泣くときは悪魔、眠るときの顔は天使。とにかく手を焼きました。それが産まれ...上州の「寅」(52)泣き虫

  • 上州の「寅」(51)渡したいもの

    上州の「寅」(51)「あんたのせいでまた、ホームセンターへ行く羽目になったじゃないか」次の日の昼休み。背後からあらわれたチャコが唇を尖らせた。「おれはなにもしてないぜ。君がぜんぶ話をしたくせに、なんでいまさら俺のせいなんだ」「寅ちゃんが運転してね。あたし、疲れた」「それはかまわないが、怖いぞおれの運転は」「だいじょうぶ。寝ているから」「いいのか。なんどもホームセンターへ行くとユキが疑うぜ」「ユキには買い忘れが有ると言っておいた。それよりなんだろう。渡したいものがあるからもう一度来てくれというのは」別れ際、準備していたものがあるの、と恵子さんが言い出した。ユキに渡してほしいという意味か。明日用意するから午後3時過ぎにまた来てほしいという。断る理由はない。わかりましたと2人で答え、ホームセンターから帰って来た。4月...上州の「寅」(51)渡したいもの

  • 上州の「寅」(50)休憩室

    上州の「寅」(50)周囲が騒がしくなってきた。「不審者あらわる」の一報が警備室へ伝わる。警備員が駈けつけてきた。「なに?」「どうしたの?」買い物客たちも立ち止まる。寅の周囲へ物見高い人垣が出来上がる。おおくの視線が寅へ集まる。「だから言ったのに・・・」人垣をかきわけてチャコが出てきた。店長へペコリと頭を下げる。「ごめんなさい。この人はわたしの連れです。こちらのレジにいた女性の娘さんのことで話があり、戻ってきました」人垣の背後へ3番レジにいた女性が戻ってきた。「わたしの娘、ユキをご存じなのですか!」声がふるえている。「この人の娘さんのことを知っているのか、君たちは」「はい。どうやら誤解があったようです。最初にそう言えばよかったのに、このひと、やたら口が不器用なんです」「なんだ。そういうことか。よかった」店長がほっ...上州の「寅」(50)休憩室

  • 上州の「寅」(49)もう一度行く

    上州の「寅」(49)「もう一回行く?。何か考えがあるの?」慌ててチャコも立ち上がる。「策はない。でももういちど三番レジのおばちゃんに会って来る」「会ってどうするの。策もないのにどうするつもり?。会いに行くだけじゃなにも解決しないわ」「それでもおれは行く」「石橋を叩いても渡らないくせに、へんなところでやる気をみせるわね。お願いだから無茶しないで。家族が崩壊するようなことになったら逆効果になるからね」「それでもおれを止めるな」「止めないわ」「じゃ、行ってもいいんだな」「行きたいんでしょ。どうぞご自由に」自分でもよくわからないまま寅が動き始めた。なにかがはげしく寅を突きあげる。黙って座っていられない気分だ。「無茶しないでよ」チャコの声を背中で聞きながら、寅が喫茶店をあとにする。こんな気分になったのははじめてだ。寅は人...上州の「寅」(49)もう一度行く

  • 上州の「寅」(48)妹が出来た

    上州の「寅」(48)「貧しいけど楽しかった?。そんなはずはない。おかしいだろう、矛盾していないか?」「あんたみたいに恵まれた家庭に育った子には、わからないさ。人は仲良く暮せることが一番だ。わたしたちは仲間をまもる。どんなことがあっても裏切らない。テキヤは人と人のつながりを一番大切にする集団だ。一攫千金を夢見ているけど実態はほとんどが、額に汗して働く貧民層さ」「貧しいのか?。テキヤの暮らしは?」「裕福な人はすくない。お金には恵まれないが、こころまで貧しくはない。どんな状況でも事実を受け止め、笑顔で仲良く暮らす。笑顔は大切だ。こころの栄養になるからね。ユキは3歳から10歳までお金には恵まれなかったけど、母の愛に恵まれた」「10歳のとき。なにが起きたんだ」「窮状を見かねたかつての同級生が救いの手をさしのべた」「再婚し...上州の「寅」(48)妹が出来た

  • 上州の「寅」(47)旅はおわらない

    上州の「寅」(47)「そんな風にユキはの君の屋台へ居着いたのか。そこまでのいきさつはわかった。でもさ。金髪になった理由はいままでの説明じゃわからない」カラリとメロンソーダーを寅がかき回す。「この島にはユキの母親の生家がある。ここは母親の故郷。でもユキが産まれたのは別の場所。ここから遠く離れた鹿児島県」「鹿児島?」「さいしょに巣箱を設置した鹿児島の山を覚えているだろ。あそこからすこし先のちいさな町でユキは生まれた」「あ・・・」「みつばちの旅は、ユキが生まれた土地のちかくからはじまったのさ」「スタートがユキが生まれた土地のちかく。2ヵ所目が母親の生家があるこの島。なにか意図的なものを感じるな」「離婚した母親は3歳のユキをつれてこの島へ戻ってきた。ユキは父親の顔をよく覚えていないそうだ。そのくらいだから自分が生まれて...上州の「寅」(47)旅はおわらない

  • 上州の「寅」(46)年齢不詳?

    上州の「寅」(46)「おい。おまえ。名前は!」「ユキ」「その名前はさっき娘から聞いた。そうか。ユキというのは本名だな。住所は・・・生まれは何処だ。中学生を使うわけにはいかん。親に知らせる。親がいるだろ。電話番号と住所を言え。」「親はいません」「いないわけがないだろ。その歳で天涯孤独の独り身か!」「家出中です。親はいません」「ほら見ろ。やっぱり居るじゃないか。住所は何処だ。親の携帯番号を教えろ。すぐ連絡を取る」「知りません」「嘘を言うな。親の電話番号を知らないはずがないだろう」「忘れました」大前田氏の追及をユキがのらりくらり逃げていく。収穫の無い展開に、やがて大前田氏の怒りが頂点へ達していく。顔がみるみる赤くなる。「いい加減にしろ!」大きな声を出したとき。大前田氏が背後のざわざわに気がつく。いつのまにか同業者の人...上州の「寅」(46)年齢不詳?

  • 上州の「寅」(45)14歳の金髪

    上州の「寅」(45)「はじめてユキと出会ったのはいまから半年前。場所はさぬき高松まつり。開店準備していた出店の前へ、はでな金髪の女の子があらわれた。金髪?。そのわりに年が若すぎるな。見た瞬間、そんな風に感じた。もしかしたら中学生かな?チラリと横目で見たけど、その子はそのまま通り過ぎていった」「さぬき高松まつり?、何それ?」「3日間で58万人をあつめる香川県最大のおまつり。学校は夏休み。だから若い女の子が金髪で通っても別に不思議じゃない」「でも中学生で金髪はまずいだろ」「そうでもないさ。夏休みの間だけ金髪や茶髪にそめる女の子はたくさんいる。2学期がはじまるまえ黒髪へ戻しておけば、どうってことないからね」「そんなものか?」「そんなものさ。すこししたらまた、金髪の女の子がもどって来た。わたしの店の前で立ち止まった。2...上州の「寅」(45)14歳の金髪

  • 上州の「寅」(44)メロンソーダ

    上州の「寅」(44)メロンソーダ喫茶店で寅が頼むのは、いつも決まってメロンソーダー。メロンソーダー以外、頼んだことがない。母といっしょに初めてカフェへ寄ったとき。寅の目にいきなり、涼しそうな緑の飲み物が飛び込んできた。なんだろう?。サイダーのような液体に、鮮やかな色がついている。「ママ。シュワシュワしている、あの緑が呑みたい」「ダメ。あれは身体によくない炭酸飲料です。それにあの緑色は人工甘味料のかたまり。どちらもこどもの体によくありません。他のものを頼みなさい」「身体によくないの?」「炭酸飲料に子供にひつような栄養ははいっていません。炭酸は骨を溶かすのよ」「骨が溶けるの?。でもあの人は呑んでるよ」「大人は良いの」「大人になれば呑めるのか。いつになれば呑めるの。ぼくは」「親から独立した時。お給料をもらい、ちゃんと...上州の「寅」(44)メロンソーダ

  • 上州の「寅」(43)誰かに似ている

    上州の「寅」(43)「どうだった?」チャコが真正面から寅の目をのぞきこむ。「なにが?」「言ったでしょ。3番レジのおばちゃんの印象よ。あのおばちゃん。あんたの目に、いったいどんな風に映った?。それが聞きたいの」「俺には関心がなかったようだな」「あたりまえです。あんたに感心示すような女はこのあたりにいません!。そうじゃないの。聞きたいのはあのおばちゃんの印象です」「お釣りをもらったとき。手が荒れていたような気がしたな。家事が忙しいのかな。あのおばちゃん」「顔は?」「顔?。普通だ。美人じゃないけど、ブスでもねぇ。どこにでも居るごく普通のおばちゃんだな」「誰かに似ていると思わなかった?」「似ている?。誰に・・・」「やっぱりだ。ピンと感じるものがなかったか、あんたには。無理ないか。もともと感度が低いもんね」チャコがストロ...上州の「寅」(43)誰かに似ている

  • 上州の「寅」(42)3番レジ

    上州の「寅」(42)3番レジ「突き当りを右。そのまま直進して2キロ。左前方に建物が見えてくる。そこが目的地のホームセンター」助手席へ座ったチャコがすらすらと指示を出す。まるで何度もこの道を走った様な雰囲気だ。「前にも来たことがあるの?。この島へ」「ある。2回来た」「2度も来たの?。なにか特別な用事でもあったのか?」「普段はぼんやりしているくせに、ときどき鋭くなるわね、あんたも。行けばわかる。そこに答えがある」「どんな答えだ?」「そのうちわかる。いいから前を見て運転してちょうだい。あんたの運転は下手くそなんだから」「そこまで言うなら君が運転すればいいだろう」「可愛いレディは助手席が似合うの」(ホントに18歳かこいつ。なんだか年上に思えてきた・・・)寅が口の中で毒づく。実際、寅の運転はたどたどしい。とにかく危なっか...上州の「寅」(42)3番レジ

  • 上州の「寅」(41)ユキの変化

    上州の「寅」(41)次の日から巣箱造りがはじまった。老人との朝食がおわると寅は、少し離れた作業小屋へ向かう。午前9時。巣箱造りがはじまる。海を見おろす作業小屋で、3人並んで巣箱造りの日課がはじめる。丘から見下ろす3月の海の色は心地よい。瀬戸内海は内海。そのため太平洋や日本海と海の色が異なる。水深が浅く、水の交換がさほどない。島が多く点在し、影ができるなどの条件のため紺碧の色は出ない。そのかわり場所により緑やヒスイ色に見えるときもある。作業手順は頭に入っている。鹿児島で30個ちかく製造している。ここでの目標も30個。会話もなく、もくもくと3人で作業する日がつづく。そんな中、寅には気になることができた。小豆島へ来てから急にユキが無口になったことだ。あれほど快活だったユキが口をひらかず、黙々と作業している。寡黙なユキ...上州の「寅」(41)ユキの変化

  • 上州の「寅」(40)ハチと自然

    上州の「寅」(40)オリーブの栽培が本格化したのは1908年(明治41年)。日露戦争に勝利した日本政府は、北方漁場の海産物を保存する方法として、オリーブオイルを使用したオイル漬けに着目した。オリーブオイルを生産するため、農商務省がオリーブの試験栽培を開始。香川・三重・鹿児島の3県が栽培地として指定された。その中で香川県の小豆島のみが栽培に成功した。1911年(明治44年)。74㎏の実を収穫することができた。小豆島の気候が地中海沿岸とよく似ていたこともあるが、技師たちのたゆまぬ努力が実を結んだといえる。3年後。オリーブ栽培が島全体に普及した。いまに続く栽培の礎が築かれた。「なるほど。それでこの島がオリーブの島になったのですか。で、ご老人はこの小豆島で日本ミツバチを飼う元祖になったと伺ったのですが、なぜハチ飼いをは...上州の「寅」(40)ハチと自然

  • 上州の「寅」(39)オリーブの島

    上州の「寅」(39)「いまから15年前だ。作業小屋の換気口に見慣れぬものがあった。日本ミツバチの巣じゃ。ほう。こんな島にも日本ミツバチがいたのか。それがわしとハチの出会いじゃ。それからわしの養蜂がはじまった」自転車店の店主・麦わら帽子の老人は、小豆島における養蜂の先駆者。大学や専門家たちに聴きながら試行錯誤の養蜂を学んだ。いまは七ヶ所の畑に巣箱を置き、年間50キロのハチミツを採るという。「ひとつの巣箱に1匹の女王バチがいて、群れが暮らす。群れの大きさは様々だ。たいてい1万~2万匹。収穫は一年に一度。とれたはちみつは売らん。ちかくの人へおすそわけじゃ」「もったいないです・・・高価なのに」「欲をかくとロクなことがねぇ。日本ミツバチがたくさんいて、いろんな花があちこちで咲く。そんな風景を子や孫にのこせれば、それで充分...上州の「寅」(39)オリーブの島

  • 上州の「寅」(38)元祖のはちみつ

    上州の「寅」(38)「おやっさん。居るかい?。若い者を連れてきたぜ~」店の前へベンツを停めた大前田氏が窓から顔を出す。奥へ向かって呼びかける。返事はない。明かりはついているが人の気配はない。古い自転車店だ。組み立て中の自転車が数台、店の中で乱雑に置かれている。ということはまだ自転車店として成り立っているらしい。だが店名を書いたペンキは、すでにじゅうぶん色あせている。「居ねえのか。しょうがねぇ。探しに行くか」大前田氏が店の裏手へむかう。足取りが慣れている。その先に店主が居ることを知っているようだ。はたして・・・「なんだよ。居るじゃねぇか。居るんだったら返事してくれ」「おう。おまえさんか。おれはまた性質のわるい仲買人が、はちみつを買いに来たと思った」麦わら帽子が巣箱の前から立ち上がる。「この子たちがつくるはちみつは...上州の「寅」(38)元祖のはちみつ

  • 上州の「寅」(37)小豆島

    上州の「寅」(37)九州の南端から小豆島までを、大前田氏の黒いベンツは7時間余りで走破した。「ほら見ろ。おれがその気で飛ばせば、こんなものだ。小豆島といえば二十四の瞳とオリーブの島。おまえ。二十四の瞳を知ってるか?いろんな女優が映画やドラマで新任の教師・大石先生を演じたがおれがいちばん好きなのは1987年に公開された田中裕子だ。初々しくて、じつにチャーミングだった」田中裕子は知っているが、1987年と言えば寅が生まれる13年も前のことだ。いまの田中裕子なら知っているが、生まれる前のことなどまったくわからない。はて?、と寅が首をかしげる。「知らんのか。昔の田中裕子は・・・。そういえば男はつらいよシリーズの、30作目にも登場しているぞ。花も嵐も寅次郎のマドンナ、蛍子だ。鼻にかかった甘い声。猫のように男にしだれかかる...上州の「寅」(37)小豆島

  • 上州の「寅」(36)もと暴走族

    上州の「寅」(36)鹿児島から小豆島まで756㎞。九州縦貫自動車道と山陽自動車道を経由しておよそ11時間。寅を助手席に乗せ、後部座席にチャコとユキを乗せたベンツが一ヶ月を過ごした荒れた日本庭園をあとにする。九州縦貫自動車道へ乗る少し前、ベンツが弁当店の前で停車した。「昼のぶんだけでいい。途中はトイレ休憩以外は停まらんからな。夕方には小豆島へ着くだろう。着いたらうまい魚を食わせてやるから感謝しろ」夕方には小豆島へ着く?。「そういえばお前。約束手形を持っているだろう。そいつをよこせ。現金にかえてやる」寅が額面10万円の約束手形を大前田氏へ差し出す。「たしかに。じゃこれ。遠慮なく受け取れ」分厚い封筒を寅へ手渡す。手ごたえが有る。10万円にしては重すぎる。寅が中を確かめる。真新しい帯封がひとつ。100万円がおさまってい...上州の「寅」(36)もと暴走族

  • 上州の「寅」(35)黒いベンツ

    上州の「寅」(35)寅がこの地へやってきて3週間。カレンダーが3月になった。鹿児島の春は早い。青く芽生えた野原に、あっという間にさまざまな野草が乱れ咲く。「気がついたら春だ。九州の最南端は春がはやいな」荒れ果てた日本庭園をとりまく森にも春が来た。あれから2度。分蜂の群れを発見し、2度とも無事、捕獲に成功した。設置した20個の巣箱のうち、3ヵ所で分蜂した群れが入居したのも確認できた。ぜんぶで5つの日本ミツバチの群れを確保した。どれほどの確率で巣に入るのか分からないが、素人が設置したにしては上出来と言える結果になるだろう。それから数日後。あたたかい南風が吹く日の朝。眼下へ車がやってきた。この奥に集落は無い。道も行き止まりになる。ということは此処へ用のある人物が、車を走らせていることになる。「誰か上がって来た。なんだ...上州の「寅」(35)黒いベンツ

  • 上州の「寅」(34)おっぱい?お尻?

    上州の「寅」(34)それから15分。網がからになった。あれほどいたハチがすべて、巣箱の中へ居場所をうつした。「凄い。ホントに巣箱へ移った。まるで魔法を見ているようだ」「ニホンミツバチの群れは女王蜂、働き蜂、雄蜂で構成されている。数千匹の群れがまるでひとつの生物のように振舞うんだ。とても興味深い生き物さ」「巣箱から逃げ出さないのか?」「よほどのことがないかぎり定着すると思う。ここは南にむかってひらけているし、木陰で夏も過ごしやすい。こんな環境はめったにない。気難しい日本ミツバチもここなら気に入ってくれそうだ」「ということは捕獲成功、第一号、ということだな!」「そうよ。大成功。成功を祝って祝杯をあげよう。今夜は」「待て。まずいだろ。未成年が祝杯をあげるのは」「あら18歳は大人でしょ。選挙権もあるし」「酒とたばこは駄...上州の「寅」(34)おっぱい?お尻?

  • 上州の「寅」(33)女は度胸

    上州の「寅」(33)「準備は良いかい。落とすよ」チャコが枝の下へ忍び寄る。群れは動かない。ハチたちはまだ真下へ迫ったチャコに気づいていない。(しっかり網を構えて)チャコの目が指示を出す。(おう・・・)寅がおよび腰で網を差し出す。(そこじゃない。ずれてるよ。ちゃんと真下に構えて!)チャコの眼が鋭く光る。言われた通り、寅がせいいっぱい腕を伸ばして網をかまえる。チャコがすこしずつ体を起こす。群れはまだ動かない。手を伸ばせば届く位置まで立ち上がる。(あいつ。どうするつもりだ・・・まさか手で払い落すつもりか!)(落とすよ。準備は良いね)(あいつ、手で払い落とすつもりだ・・・なんという大胆な女だ)立ち上がったチャコがを群れに向かって手を伸ばす。茶色の群れはまだ無警戒。ためらいなく伸びた手が、無造作に枝から群れを切り離す。バ...上州の「寅」(33)女は度胸

  • 上州の「寅」(32)強制捕獲

    上州の「寅」(32)半分ほど設置が終ったとき、ぶ~んというかすかな羽音が聞こえた。いや聞こえたような気がする。「ハチか?・・・」耳を澄ます。遠くに羽音があるような気がする。しかしハチの姿は見えない。「羽音を聞いたような気がしたけど・・・空耳かな」「あんたも聞こえた?。偵察隊かもしれないね」「偵察隊?」「ちかくに分蜂した群れがあるかもしれない。住処を見つけるため、はたらきバチたちが偵察に出る」「群れが居るのか!。俺たちの近くに・・・」「おおきな声を出さないで。驚いて逃げちゃうから」チャコが軽トラックの荷台へ立ち上がる。前方に一本の巨木がある。引っ越し途中の群れは一時的に、巨木の枝に集合することがある。「遠すぎるね。気配を消して近づくか」念のため防護ネットをかぶっていこうと、チャコが助手席から取り出す。「顔をおおっ...上州の「寅」(32)強制捕獲

  • 上州の「寅」(31)キンリョウヘン

    上州の「寅」(31)巣箱の設置がはじまった。まとめて一ヶ所へ置くわけでは無い。ひとつずつ離して置いていく。それも最低300mは離す。巣箱は全部で20個ある。300mずつ離して置いていくと、トータル距離は6000mを超える。ゴルフ場を一周するのとほぼ同じ距離。「新居を置いたって、それだけでミツバチが入ってくれる訳じゃない。魚を釣るときだって集めるため、撒き餌をするでしょう」「撒き餌が有るのか。ミツバチ用の?」「あるわ。それもとっておきのやつが。それがこれ。はい。日本ミツバチ捕獲のための強い味方、その名も待ち箱ルアー」「なんだこれ?。新手の芳香剤か」「当たらずとも遠からず。これは蜜蜂蘭(みつばちらん)と呼ばれるキンリョウヘン(金稜辺)。キンリョウヘンは日本ミツバチを誘引する花なの。そのフェロモンを科学的に再生したも...上州の「寅」(31)キンリョウヘン

  • 上州の「寅」(30)刺されると・・・

    上州の「寅」(30)「準備はできたね。じゃ巣箱を仕掛けに行くよ」チャコとユキが立ち上がる。「おう」すこし遅れて寅がたちがる。女たちが防護服のようなつなぎを着始めた。「防護服?。刺されないための用心か?」「それもあるけど、分蜂を見つけた時の強制捕獲にそなえるの。寅ちゃんも着て。そこへ用意してあるから」なるほど。大きめのつなぎが置いてある。「春になると、新しい女王蜂が生まれる。そうすると母親の女王蜂が、働き蜂の約半数を連れて巣を飛び出す。新たな場所に巣を作るため母親が家を出る。それが分蜂。飛びだしたハチの群れの捕獲は自然入居と、強制捕獲の2つ」「自然入居と強制捕獲?」「巣を飛び出した群れは新しい巣の場所を探す。巣箱を新しい巣として選んでもらう。それが自然入居。新しい場所に引越し中の群れは、木などに一時的に集合する。...上州の「寅」(30)刺されると・・・

  • 上州の「寅」(29)蜜蝋(みつろう)

    上州の「寅」(29)「今日は天気もいいし、出来上がった巣箱の設置に行こう」朝食を終えたあと、チャコが表の様子を見てつぶやいた。今日は朝から天気が良い。温かそうな日差しが軒下へ差し込んでいる。「天気がいいとハチも行動的になるのか?」「分蜂の時期にはまだ早い。でも早めに仕掛けておいた方が自然になじむ。古ければ古いほど日本ミツバチは安心するからね」「建ったばかりの家より中古の方がいいのか。日本ミツバチは」「用心深いの。野生の虫は」表に並べて置いた巣箱は、雨とホコリのせいで古ぼている。寅が九州へ着いてはや二週間。毎日つくりつづけた結果、巣箱は20個ちかくになっている。「巣箱の天井へ蜜蝋(みつろう)を塗るよ」「蜜蝋?。なんだ、それ」「蜜蝋はその名のとおり、ハチがつくりだすロウ。巣をつくるときの材料。それが蜜蝋。中世のヨー...上州の「寅」(29)蜜蝋(みつろう)

  • 上州の「寅」(28)朝餉(あさげ)

    上州の「寅」(28)朝食の用意が整った。寅が床の間を背にして座る。金髪2人は1メートル以上離れ、テーブルの隅に相対して座る。「おかしいだろう。こんな座り方」「男女7歳にして席を同じゆうせず。7歳になれば男女の別を明らかにし、みだりに交際してはならないと言います。食をともにせず、と続く場合もあります」「家庭教師をやれと言っておきながら、ずいぶん勝手な理屈だな」「そうじゃないの。ユキが風邪気味です。だから離れて座っているだけ。いいでしょ。あなたは家長として床の間を背にして座っているんだもの」「いつから家長になったんだ。俺は」「あなたがいちばん年上です。あたしは18。ユキは15。適役でしょ。あなたが家長で」「よくわからんが・・・まぁ・・・いいか」食卓に生野菜は無い。漬物だけがならんでいる。今日に限ったことでない。毎朝...上州の「寅」(28)朝餉(あさげ)

  • 上州の「寅」(27)家庭教師

    上州の「寅」(27)寅とユキ、チャコの3人だけの生活がはじまった。朝5時に起きだす。寒い。2月の外はまだ暗い。寅がかまどの前へ坐る。それを合図に女2人の朝食の準備がはじまる。寅がかまどで飯を炊く。金髪2人が土間を行きかう。トントンと包丁で刻む音が寅の耳へひびいてくる。女2人がせっせと朝食の準備をすすめていく。そんな様子を横目で見ながら(まるで昭和初期の朝餉の風景だな・・・)寅がつぶやく。「なに?。朝餉って?」ユキが寅の背後で足をとめる。「知らないのか。永谷園の味噌汁のことさ。朝はあさげ、夜はゆうげ」寅の答えにチャコが振り向く。「こら寅。手をぬくんじゃない。ちゃんと教えてあげな。これからあんたはユキの家庭教師になるんだから」「ユキちゃんの家庭教師になる?。俺が?。なんだいったい。どういう意味だ。それは・・・」「あ...上州の「寅」(27)家庭教師

  • 上州の「寅」(26)巣箱は自前で

    上州の「寅」(26)「いい話ばかりじゃないよ。日本ミツバチはもともと野山で暮している虫。悪い面もある。まず集める蜜の量がすくない。西洋ミツバチの10分の1くらいかしら。気難しい性格で、すぐ野山へ逃げてしまう。だから日本ミツバチをつかった養蜂は難しい」「ひよっとして、その難しい日本ミツバチの養蜂に挑戦しょうという話か?」「そう。ここは日本ミツバチをつかまえる最適の地なの」「日本ミツバチを捕まえる最適の地・・・ここが・・・ホントかよ。ということは日本ミツバチを捕まえるため、おれはここへ呼ばれたのか」「そう。大正解。ハチを捕まえるのが最初のあなたの任務」「最初の?。なんだ。ほかにもなにか有るのか。俺の任務が」「あっ・・・気にしないで。ふたつ目は。あとでくわしく話すから。ということでまずは、これ。今日は捕獲したみつばち...上州の「寅」(26)巣箱は自前で

  • 上州の「寅」(25)貴重なハチ

    上州の「寅」(25)「こんなひろい庭。手入れするだけでかるく3~4年かかる。やるだけ無駄さ。そうじゃない。わたしたちの目的はハチ。ここには特別なハチが住んでいる」「特別な蜂?。人をチクリと刺す、あのハチか?」「そう。そのハチ。貴重なハチが住んでいる」「貴重だって?。別にめずらしくないだろう。たかがハチだぜ」蜂と聞いて寅が苦笑する。「なんだよ。ハチのため、九州のこんな山奥まで俺を呼び寄せたのか。冗談じゃないぜ。まったく。大前田氏も君もいったい何を考えているんだ」寅があらためて周囲を見回す。目にはいるのは荒れ果てた日本庭園、ところどころにそびえる造園の木々。その向こうにうっそうと森が広がっている。どこにいるというんだ。貴重なハチとやらは・・・「あなたの言っているハチは、外来種の西洋ミツバチのことでしょ。西洋ミツバチ...上州の「寅」(25)貴重なハチ

  • 上州の「寅」(24)夢の跡

    上州の「寅」(24)「なんだ?。この景色は・・・」古民家を出た寅が目の前にひろがる景色を指さす。荒れ果てた日本庭園が、寅の目の前に横たわっている。荒れようが酷い。手入れが放棄されていったい何年たつだろう。「男の夢の跡だよ」「男の夢の跡?。・・・どういう意味だ?」「見た通りさ。広いだろ。ぜんぶどこも荒れ果てているけどね」「どのくらい有る。ここは」「4万坪」「よ・・・四万坪だって!」まわりを囲むのはすべて深い山。その中にここだけぽっかり、異空間のように広大な日本庭園がひろがっている。敷地はぜんぶで4万坪あるという。「どんな男が作ったんだ?」「孤高の画家。いや、陶工だったかな・・・。20年前のことだ。その男は50万円で、このあたりの山を買い取った。蕎麦屋をつくるためにね」「こんな山奥に蕎麦屋?。わからなくもないが、そ...上州の「寅」(24)夢の跡

  • 上州の「寅」(23)かまど炊き

    上州の「寅」(23)「なんだぁ・・・ここは!」翌朝。表へ出た寅が目を丸くする。目の前に、大量の枯れたアジサイの木がひろがっている。ところどころ桜や椿、木蓮の木が立っている。しかしどう見ても、手入れが放棄されたままの巨大な日本庭園。女たちが住んでいるのは藁ぶきの古民家。農家ではない。商いをしていたような雰囲気が漂っている。「起きたかい。ご飯だよ」古民家からチャコが呼ぶ。「なんだ。此処は?」「説明はあと。ご飯にしょう。食べたらすぐ仕事だ」「なんの仕事?」「ついてくればわかる。さぁ食べよう」「はい」と白米の茶碗が目の目に出る。「ありがとう」と受け取り、ぱくりと炊きたてを口の中へほうりこむ。旨い。いままで口にしてきたコメとあきらかに味が違う。「なんだ・・・これ」「はじめチョロチョロ、中パッパ。ここにはかまどが有る。慣れ...上州の「寅」(23)かまど炊き

  • 上州の「寅」(22)路は2つ

    上州の「寅」(22)「あなたの未来に、赤信号が点灯してるのよ。デザイナーの才能がないことを知らないのは本人だけ。ホントに気がついていないんだ。自分にデザイナーとしての才能がないことに。ああ・・・可哀想。お気の毒さま」「だからどうだというんだ。おれの将来は俺が決める。テキヤの自由にさせない」「あら。わたしにそんな大口をたたいていいの?。じゃ警察へ行こうか。雑魚寝を強要されたうえ、毎晩、痴漢されたと訴えるわ。困るでしょ。そんなことされたら?」「何だよ。君までおれを脅迫するつもりか!」「脅迫じゃないわ。事実だもの。実際に触ったでしょ。わたしの胸とお尻に」「たまたまだ。寝返りしたらおれの手が君の胸に触れただけだ」「ウソつき。しっかり触ったくせに」「うん。まんざらでもなかった・・・」「ユキのお尻にも触ったでしょ。ユキは1...上州の「寅」(22)路は2つ

  • 上州の「寅」(21)赤信号

    上州の「寅」(21)それから1時間後。チャコが軽トラックに乗ってやってきた。軽トラック?。「軽トラ?。いままで乗っていたワンボックスはどうしたの?」「仕事の都合上、こいつのほうが便利なのさ。これ。悪路でも走れるフルタイムの4WD(4輪駆動)よ」「農業でもはじめたの?」「行けばわかる。これからまた携帯の圏外まで帰るけど、覚悟はいいね」「覚悟?。いったいなんの覚悟だ」「3日や4日じゃ帰れない。はやくて1年。ひょっとすると3~4年は帰れないかもね」「ちょっと待て。聞いてないぞそんな話!。初耳だ」「あら。義父から何も聞かされていないの?。おかしいな。長くいられる奴を送り込むと言っていたのに。候補がいるのと聞いたら、うってつけの奴が居ると自信たっぷりだった」「それが僕だというのか?。大学はどうすんだ。あと1年で卒業だ」「...上州の「寅」(21)赤信号

  • 上州の「寅」(20)満天の星

    上州の「寅」(20)見上げると、一面に星が輝いている。空港からあるくこと30分。寅のまわりに丘陵がひろがってきた。(満天の星だ・・・田舎なんだな。鹿児島は)当てなどない。空港から北へ向かう道を寅はトボトボあるいている。山のむこうが明るい。ということは歩いていく先におおきな市街地があるだろう。と、勝手に思い込んでいる。寅が北へ向かってあるきはじめたのは、北極星を見つけたからだ。北極星を探すために、まず北斗七星を見つける。大きなひしゃくの形をした7つの星の連なり。それが北の北斗七星。ひしゃくの受けの形をしている2つの星を、線で結ぶ。その長さのおよそ5倍ほどの位置に、真北をしめす北極星がある。そのさらに5倍ほどの先にアルファベットのWの形の星座、カシオペア座がある。南をしめす星座、南十字星は鹿児島からぜんぶは見えない...上州の「寅」(20)満天の星

  • 上州の「寅」(19)空港ひとりぽち

    上州の「寅」(19)羽田から1時間50分。搭乗中に日は暮れた。空港のそとはすでに夜。「鹿児島空港へ着いたらすぐ電話しろ」大前田氏に指示されたとおり、ロビーへ降りた寅が携帯を取り出す。番号に覚えはない。電話をかける。数回呼び出すが相手は出ない。「電話番号は合っているはずだが・・・出ないなぁ」やがて「おかけになった電話をお呼びしましたが、お出になりません」のアナウンスが流れてきた。「はぁ?。どういうことだ。いったい・・・」寅が途方に暮れる。「どうするんだ。こんな場所で一人ぽっちだぞ」当てはない。相手が電話に出ない限り、この先一歩もすすめない。まぁいい。すぐ返信があるだろうと空港前のベンチへ座り込む。空港は鹿児島市の北東28キロの高台にある。東に霧島連峰がそびえ、南に桜島を眺望できる絶好のロケーションだが、日が落ちて...上州の「寅」(19)空港ひとりぽち

  • 上州の「寅」(18)中味は?

    上州の「寅」(18)「大量の白い粉が出た!」保安検査場が騒がしくなってきた。係員たちがいそがしく出入りする。緊張ぎみの警備員たちが、ぐるり寅のまわりにあつまってきた。麻薬犬までやって来た。(なんだいったい・・・なんの騒ぎだ)寅はただぼんやり立ち尽くしている。無理もない。騒ぎの原因が自分にあることにまったく気づいていない。係員のひとりが寅を、こちらへと手招きする。テーブルの上に15個の白いビニール袋が、積み上げてある。「なんですか?。これは?」「知りません。大事な荷物だと知り合いからあずかりました」「開封していいですね」係員が白い袋を指さす。いまさら嫌だと断れる雰囲気でない。「念のためです。中身を確認させていただきます」係員が白い粉の入ったビニール袋をもちあげる。ハサミで開封する。匂いを嗅ぐ。匂いはなさそうだ。少...上州の「寅」(18)中味は?

  • 上州の「寅」(17)白い粉

    上州の「寅」(17)出口でサングラスの大前田氏が待っていた。「無事に来たな。ご苦労」片手をあげて合図する。「これが当座の軍資金。これがチケット。心配するな。あとで給料から天引きするから前借だとおもえ。それからこれは先方へわたす大事な荷物だ。機内に持ち込んでだいじに管理しろ。ぜったい無くすな。これが現地の連絡先だ。着いたら電話しろ。じゃな。気をつけていけ」手にしていた中型のボストンバッグをひょいと差し出す。寅が受け取る。ずしりと重い。なんだ、この重さは・・・「まっ、待ってください。これから僕はどこへ向かうのですか?」「言ってなかったか?。チケットの行き先を見ろ。九州だ」「き・・・九州!。なんでまたそんな遠いところへ!」「新幹線じゃ時間がかかりすぎる。遠いから飛行機を使うのさ。気をつけていけよ。あとのことは現地の人...上州の「寅」(17)白い粉

  • 上州の「寅」(16)実は高所恐怖症

    上州の「寅」(16)「不純異性交遊?。まったく身に覚えがありません」「忘れたとは言わせないぞ。雑魚寝したとき。未成年のチャコとユキの尻とおっぱいに触っただろう。どうだ。身に覚えがあるだろう」「たしかにすこしは触ったかもしれません。しかしそれはあくまでも雑魚寝という非常事態の中での出来事です。濡れ衣です。責任はありません」「黙れ。理由はともあれ、未成年の尻と胸に触ればりっぱな犯罪だ。警察へ訴えて出れば、おまえさんは前科一般の性犯罪者になる」「警察は勘弁してください。おまわりさんは嫌いです」「免許証のコピーがある。実家の住所もわかっている。では両親へ電話してこれこれこういうわけですと、俺から説明しょうか」「あっ・・・両親も勘弁してください。わかりました。羽田空港へ行けばいいんですね」「おう。3時間以内に来いよ。制限...上州の「寅」(16)実は高所恐怖症

  • 上州の「寅」(15)羽田へ来い

    上州の「寅」(15)それから一ヶ月。寅のあたらしい年は可もなく不可もなく時間と日にちだけが過ぎた。2月。明日が節分という夜。年末年始に稼いだアルバイト代が、ついにきれいになくなった。何に使ったか記憶にない。気が付いたらいつものように、すっからかんになっていた。「大将。いつもの!」「なんでぇ寅ちゃん。成金生活はもう終わりか。計画的に使わないからそういうことになる。早すぎないか。散財するのが」「うるせぇ。江戸っ子は、宵越しの金なんざ持たねぇ」「江戸じゃねぇだろう。上州生まれだろ寅ちゃんは。ここは江戸だが、武蔵野といったほうが世間にわかりやすい」「いいから早くつくってくれ。腹が減って死にそうだ」いつものラーメン屋でのやりとり。仕送りが振り込まれるまで、まだ一週間ある。それまでの間は倹約という名の、ぎりぎり食生活をおく...上州の「寅」(15)羽田へ来い

  • 上州の「寅」(14)関東テキヤブルース

    上州の「寅」(14)「ご苦労さんだったな。約束の日当だ」1月4日の夕刻。ようやく寅は屋台の仕事から解放された。朝9時から開店準備。初もうで客の姿があるうちは終日、仕事。夜の11時近くまで働いたあげく、いつものように3人で雑魚寝をする。4日目。参道に初もうで客の姿はすくない。「すこしばかり色をつけておいた。また頼むかもしれねぇから、そんときはよろしく。じゃなぁ」人事担当の大前田氏が寅の肩をポンとたたき、歩き去っていく。「あたしらも行くか。寅ちゃん。あんたどこまで帰るんだ」「おれ?。おれは八王子」「八王子か。すこし寄り道になるが帰る方向は同じだ。乗りな。送っていくから」「送るって・・・君。運転できるの?」「ひと月前にとったばかりだ。ほやほやの双葉マークさ」「心配だ。やめておく」「なんでさ。あたしの運転が不安かい?。...上州の「寅」(14)関東テキヤブルース

  • 上州の「寅」(13)親分が来る

    上州の「寅」(13)元旦の午前10時。参道に初もうで客の姿がふえてきた。昨夜と違いみんな着飾っている。そんな中。派手なスーツを着た男が屋台へ挨拶に来た。「ご商売中すいません。わたくし地元の〇△組の者です。これから親分が初もうでにまいります。これは些少ですが新年の名刺代わりに」ペコペコ頭を下げながら、1万円札の入った封筒を置いていく。「おい。〇△組の親分が初詣に来るってよ・・・」「なんだって。おい、えらいこっちゃ。のんびりしている場合じゃねぇ。おまえらぐずぐずするな。焼き鳥、イカ、タコを、どんどん焼け!。シケネタ(古い素材)なんか使うな。マブネタ(新しい素材)を使えよ」にわかに屋体が騒々しくなってきた。あわてて鉄板を磨きだす者。車のアイスボックスへ入れておいたマブネタを取りに行く者。あちこちで歓迎の献上品つくりが...上州の「寅」(13)親分が来る

  • 上州の「寅」(12)半返し

    上州の「寅」(12)「はじめまして。あなたがこんど加入されたポテト屋さん?」「へぇ。銀二と言います。で、あなたさんは?」「露天商組合の理事、大前田です」「これはまたずいぶんお若い役員さんで」「父の代理で来ました」「ご苦労さんです。どんなご用件でしょう?」「契約違反がある場合、出店が取り消されることはご存知ですね」「へぇ。聞いておりやす。それが何か・・・」「こちらの場合、フライドポテトのみに許可が出ています。無届けでアメリカンドッグと、から揚げを売るとなると契約違反に該当します。売りつづける場合、組合員証を没収します」「えっ。ち・・・ちょっと待ってください。組合員証を没収されたら露店で商売できません。ほんの出来心でアメリカンドッグとから揚げに手を出しただけで、本心じゃありません。すぐやめます。お願いですから穏便に...上州の「寅」(12)半返し

  • 上州の「寅」(11)根回し

    上州の「寅」(11)元旦の午前9時。金髪娘2人の屋台が開店した。参道に早い初もうで客が姿を見せる。「いまはまだ嵐の前の静かさだ。本番は11時頃からさ」「どのくらい人が来るの?」「3日間で30万人」「さ、さんじゅうまん!」「そのうちの半数、およそ15万人が今日、押し寄せてくる」「じゃ昨夜の・・・二年参りのあの人出は・・・」「小手調べだな。本番前の」チャコは涼しい顔で仕込みに専念している。今日も売るのはもつ煮とおでん。(せっかく商売するんだ。もっといろいろ売ってもいいと思うが)もつ煮とおでんだけを売る屋台が、もったいなく思えてきた。(いろいろ仕込めば、もっと売れるかも・・・)と言おうとしたとき、「姐さん」チャコの背中へパンチパーマの男がやって来た。「なんだ。もめ事か?」「へぇ。向こうのフライドポテト屋がちょっと・・...上州の「寅」(11)根回し

  • 上州の「寅」(10)生まれは東北

    上州の「寅」(10)午前8時。どこかで起床のベルが鳴っている。朝だ。いつの間に眠りに落ちたのだろう。2人の間に挟まれ悶々としているうち、いつのまにか寝息を立てていた。隣りにチャコの姿はない。ユキはまだ眠りの中。寅の背中でスヤスヤ寝息をたてている。「起きたかい。朝食はこっち」部屋の片隅でチャコが手招きする。朝食は部屋の片隅に用意された長机のうえ。(ここはタコ部屋か)ユキを起こさないよう、そっと布団から抜け出していく。半分以上の布団がすでにたたまれ、部屋の隅で山になっている。残った布団に数人が、頭だけを出して眠っている。鮭の焼き物。納豆。海苔。薄く切ったキュウリと大根の漬物。おひつの飯はすでに冷えている。(元旦の朝飯だというのに、これじゃまるで田舎旅館の朝飯だ・・・)「贅沢を言うんじゃないよ。はやい連中は6時から動...上州の「寅」(10)生まれは東北

  • 上州の「寅」(9)雑魚寝

    上州の「寅」(9)午前3時。参道から人の姿が消えた。最後の2年参りを見送ったチャコが、屋台のハダカ電球を消す。「寝よう。明日のために」あんたも来な。こっちだよと首を振る。「寝る場所が用意されているの?」「5日間。3食のまかないと寝る場所がある。嬉しい限りだろう」「ということは、途中で帰れないという意味か!」「書いてあっただろ。募集要項に」「聞いてない。そんな話は・・・」「どっちでもいいさ。ごちゃごちゃいわず、着いといで」テントの裏から細い路地へ入りこむ。路地の道を3分ほど歩く。なんだか連れ込み宿のような建物の裏へ出た。(あやしい建物だ・・・)ここじゃないだろうと否定する寅をしり目に、チャコが裏口のドアを開ける。(入っていく。ホントかよ・・・)うす暗い廊下を歩くと大広間のような部屋へ出た。20畳ほどはある。10数...上州の「寅」(9)雑魚寝

  • 上州の「寅」(8)30秒で食え

    上州の「寅」(8)深夜2時。参道が閑散としてきた。あれほど賑わっていた参拝客の姿が嘘のようだ。「安心するんじゃないよ。嵐のまえの静けさだ。本番はこれからだからね」チャコが、ふうっと青い煙を吐きあげる。「あ、やっぱり吸うんだ君は。未成年だろ。やめた方がいい。体によくない」「ひと稼ぎしたんだ。自分へのご褒美だ。いいだろう、これくらい」「よくない!。大人になってから吸え。それがルールだ」「18歳は大人だ。選挙権もある。2022年から成人年齢は18歳になる。大目に見ろ。そのくらい」「本番はこれからだと言ったね。どういう意味だ?」「元旦の朝からが本番さ。着飾った連中が今年一年の幸福のため、わんさか神頼みにやってくる。大晦日の人出なんて嵐の前の前兆だ。覚悟しな。トイレへ行く暇もないくらい忙しくなるから」そのとき。チャコの携...上州の「寅」(8)30秒で食え

  • 上州の「寅」(7)二年参り

    上州の「寅」(7)午後10時を過ぎると人の数がふえてきた。除夜の鐘を聞きながら初詣でする人たちが、これほど居るかと驚いた。10時半を過ぎると参道に長い行列ができた。「すごいなぁ。この寒さだというのに、この人出は」「兄ちゃん。ぼんやりしてんじゃないよ。あちらのお客さんに熱燗を一本。それからそちらのお客さんに、もつ煮のおかわり!。ぼやぼやしてんじゃないよ。仕事はまだ、はじまったばかりだからね!」チャコに怒られた。人の数はさらに増えている。「熱燗をくれ」行列の中から千円札をふる人がいる。「500円です」「ぼったくりだな。酒屋で250円で売ってるワンカップが500円か」「本日は除夜の鐘が鳴る特別な日ですから」「ちげぇねぇ。面白いことを言うねぇ。金髪の姐さんは。気に入った。釣りはいらねぇ。もう一本くれ」「はい。毎度。年明...上州の「寅」(7)二年参り

  • 上州の「寅」(6)金髪の乙女

    上州の「寅」(6)「此処がお兄ちゃんが働く職場だ」案内されたのは参道の最先端。山門の向こうは境内だ。小さなテントにパイプ椅子とテーブルのセットが4つ。奥に厨房がある。売っているのはもつ煮とおでん。「料理の経験は有るか?」「自炊はしません。すべて外食です。あっ、インスタントラーメンくらいなら作れますが」「問題外だ。じゃウエイターだ。おい。おまえら。新入りを連れてきたから仕事をおしえてやれ。言っておくがちょっかいを出すんじゃねぇぞ。こいつは上州生まれの寅だ。顔は可愛いが国定忠治の血を引く兄ちゃんだ。気をつけろ」紹介された2人は、ジャージ姿の金髪娘。ひとりは中学を卒業したばかり。もうひとりも18歳の未成年に見える。「包丁を持ったことは?」「握ったことはある」「握れりゃ十分だ。こっちへきてこいつをとにかく切りまくってく...上州の「寅」(6)金髪の乙女

  • 上州の「寅」(5)正月用品を売る

    上州の「寅」(5)アパートへ戻った寅が電話をかける。威勢のいい男性が電話に出た。「君で3人目だ。やる気があるなら即採用だ。どうする?」「はぁ・・・僕でいいのですか。本当に?」「やりたいだろ。短期バイト。その気があるのなら大晦日の昼に、履歴書はいらんから、免許証のコピーを持って、これから指定する寺院の境内へ来てくれ」即採用ということで話が決まった。免許証のコピーがあれば、履歴書はいらないという。変った会社だと思ったが、ふかく詮索しなかった。5日間の短期仕事だ。問題はないだろう・・・とタカをくくっていた。暮れの31日。予定の時間より早く寺院へ着いた。有名寺院はすでに、初詣客を迎えるための屋台があふれている。(正月用品を売るということは、まさかテキヤの仕事・・・)準備にいそがしい屋台の様子を見ているうち、不安がわいて...上州の「寅」(5)正月用品を売る

  • 上州の「寅」(4)年末年始のアルバイト

    上州の「寅」(4)寅は冷めているわけではない。しかし熱くなることはほとんどない。彼女は居ない。いや、女ともだちすら存在しない。欲しいと思ったこともない。20歳を過ぎたというのに、いまだ初恋を経験していない。「親もおらんし、兄弟はアルバイトと部活で留守か。となると実家へ帰っても意味はない。ということは年末年始は八王子の、この部屋で過ごすことになる」困ったもんだと、ごろり寝転ぶ。石橋を叩いて渡らないどころか、そのまま帰ってしまうのんき者。対策を考えているうち、いつしかウトウト。そのまま深い眠りの中へ落ちていく。「あれ・・・」目覚めた時。窓の外はすでに真っ暗。いつの間にか日が暮れている。「よく寝た。腹減ったな」冷蔵庫を開けてみる。中は空だ。何もない。買い出しもしていない。実家へ戻る予定でいたからだ。「しょうがねぇ。ラ...上州の「寅」(4)年末年始のアルバイト

  • 上州の「寅」(3)デザイナーへの道

    上州の「寅」(3)寅は都内の大学へ進学した。住んだのは八王子市。アパートの窓から多摩丘陵が見える。「グラフィックデザイナーになりたい?。どんな仕事じゃ。いったいそれは」「広告や看板、チラシなどをデザインする仕事です」「広告?、看板?。看板屋になりたいのか。おまえは」「看板屋じゃありません。いろいろデザインする仕事です」「絵描きになるのが夢だったはずだ。気持ちが変ったのか?」「芸術は食えません」「賢明な判断だ。デザイナーになるための学校なんか有るのか?」「多摩にあります」「高尾山のふもとだな。ハイキングに行くときの宿泊に便利だ。いいだろう許可する。看板屋の学校へ行け」「だから、グラフィックデザイナーだって・・・もう」父のひと声で、造形大学への進学が許された。寅の熱意がつうじたわけではない。ハイキングに凝り始めてい...上州の「寅」(3)デザイナーへの道

  • 上州の「寅」(2)エピソード2 柔道ワルツ

    上州の「寅」(2)「寅」のエピソードをもうひとつ。「寅」の幼年期の習い事はふたつ。体育教師の父のすすめではじめた柔道と、音楽教師の母が得意とするピアノ。両親は文武両道の息子を育てることが夢だった。学校から帰って来ると毎日1時間、ピアノの練習。柔道は近所の道場で、月・水・金の3日間。練習時間は90分。これで文武両道の息子が完成するはずだった。しかし。母がさきに音をあげた。なにを弾いても、テンポがまったく同じ。「寅ちゃん。この曲はもうすこし速い曲なのよ。テンポよく、チャチャと弾くことができないのかしら。この子は」「寅ちゃん。この曲はもっとゆったり遅めに弾く曲なのよ。もっとゆっくり、ゆったり、優雅に弾くことができないのかしら。この子は」母がピアノのうえにメトロノームを置いた。メトロノームは、リズムを取りながら練習する...上州の「寅」(2)エピソード2柔道ワルツ

  • 上州の「寅」(1)エピソード1 もつ煮

    上州の「寅」(1)石橋をたたいても絶対に渡らない。いつも引き返してしまう。それが「寅」という男。生まれは群馬県。むかし風にいうなら「上州」。姓は諏訪。名は寅太郎。教師一家、諏訪家の長男として生まれた。父親は国民的名画「フーテンの寅さん」の大ファン。「いやです。寅太郎なんて野暮な名前。だいいちテキ屋でしょ。寅さんは。こどもが将来、そんな人間に育ったらどうするの。あたしは反対です。翔太か、翔(かける)にして!」「遅い。手遅れだ。もう役所へ出生届を出してきた」「もうっ、あんたって人は・・・」というわけで上州に「寅」が誕生した。フーテンの寅さんこと車寅次郎の生業は、ご存じの通りテキ屋。ばくちうちではないが旅ガラスの渡世人。「遅ればせの仁義、失礼さんでござんす。わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。渡世上故あって、親...上州の「寅」(1)エピソード1もつ煮

  • 北へふたり旅(119)最終話

    北へふたり旅(119)新函館北斗駅から2時間40分。乗り換え駅の仙台へ到着する。ここで別の新幹線に乗り換えて、宇都宮まで南下する。東北を走る新幹線はぜんぶで5種類。はやて・はやぶさ・こまち・なすの・やまびこ、の5列車。はやて・はやぶさは新青森が終点。その先は北海道新幹線として北へ行く。なすのは郡山が終点。こまちの終点は盛岡。一部が秋田新幹線として秋田へむかう。やまびこの終点は盛岡。やまびこ号だけが、栃木県の宇都宮駅で停まる。言葉を変えればほとんどの新幹線が停まらない駅。それが宇都宮駅。宇都宮で降りるため、この旅最後の新幹線へ乗り込む。宇都宮から先は各駅停車の、ローカル線2本の移動がまっている。「最後まで手を振っていましたね。あの娘」「いい子だった。ホントに」「旅は楽しいですね。あんな娘さんと出会うことができるも...北へふたり旅(119)最終話

  • 北へふたり旅(118)メロン記念日⑬

    北へふたり旅(118)半熟黄身の卵焼きと3本のウインナーが白飯の上に載っている。「合法ハーブはどこだ?」卵焼きをそっとめくる。みどりの座布団があらわれた。これか・・・合法ハーブは。「お手紙が添えられています。合法ハーブのつくりかた。1。ニンニクは1mm幅に薄くスライスする。しそは良く洗い、キッチンペーパーでよく水気を取る。2。容器にしそ、ニンニク、醤油、ごま油を入れる。味がなじむまで漬け込んだら完成。万能調味料として幅広く、なんにでも活用できる、とあります」「若いものの考えるメニューは、なんとも刺激的だ。ユンケルより効き目があるかもしれない」「そういえばすっかり忘れていました。ユンケルを呑むことを。いまからでも遅くありません。念のため、呑んでおきましょ。ねぇあなた」妻がバッグの中からユンケルを取り出す。30ml...北へふたり旅(118)メロン記念日⑬

  • 北へふたり旅(117)メロン記念日⑫

    北へふたり旅(117)札幌を出て25分。木立のむこうに銀色の尾翼が見えてきた。新千歳空港だ。乗客の3分の1が立ち上がる。「みんな降りていきますねぇ。函館までいくひとは少ないのかしら・・・空席が目立ってきました」「夏休みも終わりだ。人の動きもピークを過ぎたんだろう」「そういえばユキちゃんからもらった、はじめてのお弁当。いったいどんなお弁当でしょう」「厨房を借りてつくったと言ってたね。材料的に問題ないだろうが、問題はユキちゃんの腕前だな」「開けてみましょうか?」「早くないか。昼には」「見るだけです」風呂敷のつつみに妻の手がかかる。するりと風呂敷がはずれる。中から4段重ねの重箱があらわれた。「4段重ねのお重です。和食かしら?」「いいにおいがするな。食欲がそそられる」「しょうしょう危険な匂いです。でもなんでしょう、この...北へふたり旅(117)メロン記念日⑫

  • 北へふたり旅(116)メロン記念日⑪

    北へふたり旅(116)札幌駅のホームは2階。発車まであと10分。特急・北斗号はすでに入線している。メロンの箱をかかえた妻が、ホームの中ほどで立ちどまった。のぼって来たばかりのエスカレーターを振りかえる。(誰か来るのかな?)乗客の数は、意外なほどすくない。エスカレ―ターから人があらわれるが、すぐ車両の中へ消えていく。(乗車率、3割以下かな・・・)すこし寂しい出発風景だ。発車まで5分を切った。(そろそろ乗り込もうか)妻を振りかえったとき。エスカレータを駆けあがる足音が聞こえてきた。妻の顔がやわらぐ。まちびとがようやく来たようだ。(妻がメロンを欲しがったわけは、そういうことか)メロンが欲しいと言った妻を、ようやく理解することができた。ユキちゃんがエスカレータを駆けあがって来た。両手におおきな風呂敷包をかかえている。「...北へふたり旅(116)メロン記念日⑪

  • 北へふたり旅(115)メロン記念日⑩

    北へふたり旅(115)午前9時40分。2日間、世話になったホテルを出た。大きな荷物は無い。妻のキャリーバッグは宅急便で送り出した。最小限の荷物をいれたリュックと、妻の愛用のバッグだけの軽装でホテルを後にする。ゆっくり歩いて駅まで10分。西口に接続するデパートはまだ、重いシャッターが降りたまま。「すこし早かったな・・・」ベンチでも有れば座れるがと周囲を見回した。あいにく空きがない。どこかの団体客が30人ほどのベンチを完全に埋め尽くしている。振りかえると広場のベンチに空きが見える。しかしそこまで戻る時間が惜しい。中途半端な時間を持て余しているとシャッターが開きはじめた。(3分前だぜ・・・)静かにゆっくり、シャッターが上昇していく。気配に気付いた団体客がたちあがる。(なんだよ。電車待ちじゃなくて、デパートの開店待ちの...北へふたり旅(115)メロン記念日⑩

  • 北へふたり旅(114)メロン記念日⑨

    北へふたり旅(114)「あなた。もう7時半です」妻の声におこされた。今日は旅の4日目。最終日の朝。夕べはけっきょく呑みすぎた。ジェニファとアイルトン、ユキちゃんとすすきのの大衆食堂でラーメンを頼み、乾杯したことまでは覚えている。しかしその後のことは記憶にない。気がついたらホテルのベッドで石のように眠っていた・・・「かるくひと風呂あびてくる」「朝食は8時からです」「わかってる。カラスの行水で出てくる」「体調、いいようですね」「あ・・・」そういえば身体の重さも虚脱感もない。「くれぐれも無理しないでください。今日は長旅になりますから」「わかった。レストランで合流しょう」着替えを持ち、エレベーターへ乗り込む。大浴場は1階にあり、朝食は地下1階のレストラン。部屋へ戻るより、そのまま直行したほうが効率がいい。こちらのホテル...北へふたり旅(114)メロン記念日⑨

  • 北へふたり旅(113)メロン記念日⑧

    北へふたり旅(113)「締めはやっぱり、ラーメンでっしょ」「パフェじゃないのか?」「パフェは昨日食べたでしょ。すすきのの締めはやっぱりラーメン。それも大衆食堂の!」「大衆食堂のラーメン?。やってるか?。もう午前零時だぜ」「だから困るっしょ。群馬から来た田舎者は。すすきのは眠らない街なの。食堂も午前3時まで営業しているっしょ」案内されて驚いた。入り口に定食と書かれた白い暖簾が揺れている。ホントに食堂が開いていた。中へ入ってもっと驚いた。カウンターだけの狭い店。7~8人が座ればもう満席だ。壁にびっしり定食の名前がならんでいる。ラーメンは・・・あった!。しかし、いちばん最後に貼ってある。「末席に貼ってあるぞラーメンは・・・。だいじょうぶか?」「真打は最後に登場。だいじょうぶっしょ。ここのラーメンは絶品ですから」「じゃ...北へふたり旅(113)メロン記念日⑧

  • 北へふたり旅(112)メロン記念日⑦

    北へふたり旅(112)「次は立ち呑みっしょ」すすきのにも立ち飲み屋がある。繁華街からちょっとはずれた路地に何軒もある。立ち飲みには作法がある。少人数で訪れること。ほとんどの立ち飲み屋はスペースが限られており、大人数は入れない。ひとつのグループでカウンターを占拠することは、お店の側からも他のお客さんからも嫌がられる。多くても3人程度で行くのがいい。客が増えたときは一人でも多く入れるように、客同士が斜めになり、スペースを詰めることもある。つまみは少しずつ頼む。ひとりずつのスペースが限られているのでつまみの注文は、人数×2くらいにする。もちろん、無くなったら追加で頼めばOKだ。支払いにも独特のシステムがある。それがキャッシュオンデリバリー。ほとんどの店が採用している帰り際に代金を支払うのではなく、料理と引き替えにその...北へふたり旅(112)メロン記念日⑦

  • 北へふたり旅(111)メロン記念日⑥

    北へふたり旅(111)「2次会は、断然すすきの!」ジェニファが多数決で、行き先を決めましょうと手をあげる。しかも「女子優先で」と片目をつぶる。どうやら勝算があるらしい。数分後。「わたしも混ぜて」と、仕事を終えたユキちゃんがやって来た。女子はユキちゃんをふくめて3人。男子はわたしとアイルトンだけ。最初から勝ち目はない。すすきのは札幌を代表する繁華街。同時に全国に名をはせた歓楽街でもある。すすきのの歴史は古い。明治2年。開拓使がおかれ、札幌の建設が始まった時期までさかのぼる。定住者わずか13人だった札幌へ、労務者1万人が集まった。街づくりがおおいな活気を見せた。しかし彼らのほとんどは一稼ぎすると、本州へ戻ってしまう。開拓使判官・岩村通俊が労務者たちの足止め対策を考える。「金があれば男は遊ぶ。カギは女だ」官営の遊郭設...北へふたり旅(111)メロン記念日⑥

  • 北へふたり旅(110)メロン記念日⑤

    北へふたり旅(110)「呆れたぁ~。また来たの2人して。いったい何を考えてんのさ。忙しいって言ったっしょ、今夜は」店の一番奥へ通された瞬間。ユキちゃんが飛んできた。額に汗がうかんでいる。ほんとに今夜は忙しそうだ。「札幌へ2泊して、2晩ともウチで呑むなんて。バカじゃないの。2人とも。もうすこしまともなところで、最後の夜を楽しめばいいのに」「いや・・・味噌ラーメンを食べに行こうと思ってホテルを出たんだが、気がついたら足が勝手に、こっちへあるいていた。悪いね。とりあえず生ビールを2つ」「団体客で今夜はてんてこまいっしょ。つまみは途中で適当にくすねてくるから、それでいいかしら?」「くすねてくる?。ただ事じゃないね」「もっかのところ、厨房は戦争騒ぎです。オーダーを出してもたぶん、出てくるまで1時間はかかるっしょ」店はたし...北へふたり旅(110)メロン記念日⑤

  • 北へふたり旅(109)メロン記念日④

    北へふたり旅(109)ホテルへ戻ったのは午後6時。とりあえず部屋へはいる。窓の外、まだ陽は高い。夕食の予約はしていない。したがって今夜もどこかで札幌の食を楽しむことになる。「なにが食べたい?」「そうねぇ。最後はやっぱり札幌の味噌ラーメンかしら」「どうせ行くなら、地元のおすすめがいいね」「フロントのお姉さんに聞いてみましょう」「すこし呑みたいけどね」「駄目です。明日は長旅になります。無理して途中で調子がわるくなったら大変です。今夜は自重して、はやく寝ましょう」「旅の最終日は早寝か・・・味気ないな」「なに言ってんの。不整脈が悪化したらそれどころではありません。ラーメンを食べた後、すこしでいいのなら特別にユキちゃんのお店でビールくらい、許可します」「ユキちゃんお店に出るの?。休みのはずだけど」「きゅうな予約が入り、忙...北へふたり旅(109)メロン記念日④

  • 北へふたり旅(108)メロン記念日③

    北へふたり旅(108)床面積の広いスーパーマーケット。そんなイメージで地下へ降りていく。エレベーターのドアが開いた瞬間、目を見張った。そこはまるで食のテーマパーク。洗練された店舗が華やかに並んでいる。(いまどきのデパ地下は、こんな風になっているのか・・・)(ホント。じつに美味しそうです)メロンを見にいくはずが、妻の目は華やかな弁当にクギづけになった。北海道の食材をふんだんに盛り込んだ弁当が、これでもかとばかり並んでいる。「駅弁よりこちらのほうがおいしそうに見えます」「問題は時間だ。朝10時だ。買えるか、ここで」デパートの開店は10時。その時間、弁当はここへ並んでいるのか?。「だいじょうぶです。開店とどうじに販売できるよう、ご準備しております。駅弁として楽しんでいただけるようお茶もセットで用意してございます」妻の...北へふたり旅(108)メロン記念日③

  • 北へふたり旅(107)メロン記念日②

    北へふたり旅(107)「この味がいいね」と君が言ったから、8月27日はメロン記念日」「何。それ?」「俵万智。1987年に発売されたサラダ記念日。そこからの盗作」「あら。懐かしいです、俵万智。『寒いね』と話しかければ『寒いね』と答える人のいるあたたかさ。ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう、という作品も好きでした」「そういえば、おしまいにするはずだった恋なのにしりきれとんぼにしっぽがはえる。なんて作品もあったね」「えっ。いったいなんのお話ですか?」ユキちゃんがキョトンと振りかえる。無理もない。40代から上の年齢層なら知っているが、平成生まれは俵万智を知らない。「サラダ記念日は、280万部のベストセラー。口語体で現代短歌を詠んだ人、それが俵万智というひと」「へぇぇ・・・」「ここだけの話、サラ...北へふたり旅(107)メロン記念日②

  • 北へふたり旅(106)メロン記念日①

    北へふたり旅(106)2人が手ぶらでわたしの前にあらわれた。「あれ・・・どうしたの?。買ったものは?」「大きな荷物をもって戻って来ると思っていたの?。もしかして。遅れていますねぇ。いまどきはお店から送ってくれる時代です」なんでも宅配で送れる。おおきな荷物をかかえ電車へ乗りこむわたしが、いきなり時代遅れになった。「ユキちゃんにすっかりお世話になりました」「本当だ。あらためてお礼をしたいね」「なにか欲しいものがある?。遠慮なく言ってちょうだい」「わたし・・・メロンが大好物なんです」「メロン。いいわね。わたしも大好き!お世話になったお礼にメロンを買いに行きましょう。ねぇあなた」女2人ですでに筋書きが出来ているようだ。「このさき。西の出口にメロンを売っているデパートがあるそうです。駅弁も置いてあるそうですから、あしたの...北へふたり旅(106)メロン記念日①

  • 北へふたり旅(105)北の赤ひげ⑧

    北へふたり旅(105)「こちらだべ」ユキちゃんがアンテナショップの前で立ち止まる。北海道どさんこプラザと書いてある。コンビニよりすこし大きな店構えだ。「こんなところにぜんぶ揃っているの?」「こんなところだから全部そろっているっしょ」定番みやげの菓子。毛ガニをはじめとする海産物と加工品。チーズ、バター、地酒、ビール、ワイン・・・なるほど。コンパクトな中に、北海道らしい品物がこれでもかとばかり並んでいる。これならリクエストされた土産のほとんどが手に入りそうだ。「土産はぜんぶ揃いそうだ。ユキちゃん。もうひとつ教えてくれないか。少し疲れた。ひと休みしたい。ちかくにそんな場所があるかな?」「たっぷり歩いていますからねぇ。ユンケルを過信し過ぎて無理すると、あとで祟るっしょ。すぐそこの通路を右へすすむと、喫茶店があります」「...北へふたり旅(105)北の赤ひげ⑧

  • 北へふたり旅(104)北の赤ひげ⑦

    北へふたり旅(104)タクシーが札幌駅の北口へ滑りこんだ。繁華街に面している南口と様子が異なる。こちらはすこし、閑静な雰囲気がただよっている。「駅中へ入るの?」「はい。ここがおすすめの場所です」札幌駅は駅としての機能だけでなく、おとずれる人が買い物をたのしめる。商業施設としての役割もはたしている。4つのショッピングセンターに、600以上の店舗がある。そのどれかへ行くかと思ったら、西の改札を目指してあるきはじめた。東西をつなぐ通路にたくさんのコインロッカーが並んでいる。コインロッカーの数を見るだけで、駅の観光度がわかる。そういえば北陸新幹線が開通したばかりの金沢駅で、コインロッカー探しに苦労したことがあった。どこを見ても、すべてのコインロッカーが使用中。一時預かりのフロントも、荷物を預けたい観光客でごった返してい...北へふたり旅(104)北の赤ひげ⑦

  • 北へふたり旅(103)北の赤ひげ⑥

    北へふたり旅(103)気がついたら時計が午後の1時をまわっている。今日は旅の3日目、明日の午前10時30分から、帰路の長い電車旅がはじまる。(ということは札幌へ居るのは、実質あと半日か・・・)学生たちの喫茶店でゆっくりコーヒーをのんだ後、海鮮丼が食べたいという妻の希望で、北大近くの食堂へ場所を移した。メニュー表を見て驚いた。一番高い海鮮丼でも1400円。「安いな。大丈夫か此処・・・鮮度は?」「ご心配なく。ここは学生向けの極安食堂だべさ。でも間違っても大盛を頼まないでほしいっしょ。驚くなかれ、普通サイズがすでに超大盛ですから。うふっ」「大盛りの店なのか。ここは」「当たり前です。あなたと違い若い人たちは食欲旺盛。学生たちの胃袋を満足させるのが、こちらのお店の売りなのでしょう。スペシャルをひとつを頼んで、あなたとわた...北へふたり旅(103)北の赤ひげ⑥

  • 北へふたり旅(102)北の赤ひげ⑤

    北へふたり旅(102)「驚いた。薬は出さない。心配だったらユンケル皇帝液を呑めば大丈夫、なんて言いだした。大丈夫か、あの医者は・・・」「うふ。いつもそうなんだべさ。あの先生」診察が終ったあと。あるいて5分ほどの、学生たちが集まる喫茶店へ移動した。「よかったじゃないの。たいしたことなくて」妻は紅茶をかきまぜながらほほ笑んでいる。「他人事だと思って冷静だね。君は」「だってぇ。大病院へ行っていたら診察待ちで、まだ時間を浪費している頃です。ユキちゃんの機転のおかげで短時間で済んだのよ。感謝しなさい。ユキちゃんと赤ひげ先生に」「赤ひげ先生?。さっき診察してくれたのは藪医者じゃなくて、赤ひげだというのか?」「正真正銘の赤ひげ先生、だそうです。ねぇユキちゃん」「はい。赤ひげ大賞というのを知っていますか?。おじさま」「赤ひげ大...北へふたり旅(102)北の赤ひげ⑤

  • 北へふたり旅(101)北の赤ひげ④

    北へふたり旅(101)心電図を受け取った先生が、「ふ~む」と覗き込む。「よく見えんな」メガネを上へずらす。「なるほど。ふむふむ・・・」先生の口の中で言葉が消えていく。すこしの間、沈黙がつづく。沈黙の間が気になる。それほど悪いのか?。危険な状態だろうか・・・「急を要する事態ではないですな」大丈夫でしょうと先生が顔を上げる。「しかし、油断は禁物です。甘く見るとたいへんなことになるかもしれません」「どっちなのですか先生。わたしの症状は・・・」「心電図を見る限り、不整脈が出ています。しかしまぁ、いますぐ入院する必要はないでしょ」「ということは、このまま旅をつづけても大丈夫ということですか?」「旅をつづけても大丈夫。ただし・・・」「ただし?」「群馬へ戻られたら、はやめに心疾患専門病院で検査したほうがいいでしょう」「それは...北へふたり旅(101)北の赤ひげ④

  • 北へふたり旅(100)北の赤ひげ③

    北へふたり旅(100)大病院へ行くかと思ったら、タクシーは小さな医院の前で停まった。(ここか?・・・大丈夫か。古い看板がかかっている町医者だぞ)「学生たちが良く来る病院です」とユキちゃんがささやく。「学割がきくの?。ここは」「うふっ。よかった。冗談が出るまで回復したようです」「タクシーの中ですこし休めたからね」「でも急に動かないで。気を付けてくださいな。病院へ着いたからと言って、安心するのはまだ早いっしょ」孫に諭されるジイャのように病院へみちびかれていく。受付で容態を説明するユキちゃんによどみは無い。「てきぱきしています、あの娘は。おかげで助かります。わたしが説明したのでは要領を得ず、たぶん、しどろもどろですから」待つこと5分。診察室へ通された。中で50代半ばくらいの、メガネをかけた先生がまっていた。「とりあえ...北へふたり旅(100)北の赤ひげ③

  • 北へふたり旅(99)北の赤ひげ②

    北へふたり旅(99)自分なりに元気に歩きはじめた・・・つもりだった。しかし、疲れはすぐにやってきた。改札は無事に通過した。だがさいしょの階段を中ほどまで降りたとき、重い疲労感がやってきた。足が止まった。「まただ。いったいどうしたんだ・・・足が重い」「壁に寄りましょ」妻が声をかけた。階段を乗客たちがつぎつぎ降りてくる。流れをよどませないよう、わたしを壁へと軽く押す。「だから言ったのに。無理は禁物ですって」「すまん。急に体が重くなってきた」「大丈夫ですか?」ユキちゃんが心配そうにのぞき込んで来た。「喫茶店へ行く前に行かなければならない処ができたようです。地下鉄のホームより、地上のほうが近いです」来た道を戻り、改札を左へ曲がると地上へ出る階段があります。先に行きタクシーをつかまえますので、あとからご主人と来てください...北へふたり旅(99)北の赤ひげ②

  • 北へふたり旅(98)街の赤ひげ①

    北へふたり旅(98)ベンチで休息しはじめてかれこれ30分。気分が落ち着いてきた。「なんだったんだ。さっきまでの重い疲労感は・・・」「だいじょうぶ?」妻が顔をよせてくる。落ち着いたみたいだ。もう歩けるだろうと立ち上がる。「無理しないで。若くないんだから」妻が心配そうに見つめる。「どこへ行こうか。ユキちゃん。おすすめはどこだ?」「大通駅には札幌の地下鉄、3路線すべてが乗りいれています。地下歩道を北へあるけばJR札幌駅。南へいくともうひとつの地下街、ポールタウンへ出ます」さすが札幌の中心地、選択肢はやまほどありそうだ。「ランチはまだ早い。どこか落ち着ける所でコーヒーなんか呑みたいな」「それなら3択っしょ。観光客向け、地元民向け、学生御用達、どれがいいべ?」「へぇぇ。学生御用達の店があるの、北の都・札幌に!」「北海道大...北へふたり旅(98)街の赤ひげ①

  • 北へふたり旅(97) 裏路地の道産娘⑪

    北へふたり旅(97)「あれ・・・」急に違和感をかんじた。身体が重くなったような気がした。目まいではないが、一瞬視界も暗くなった。足から急激に力がぬけていくのを感じた。思わず妻の肩へ手を置く。妻が振りむく「どうしたの、あなた?」「ちょっと目まいがした、ような気がする」「だいじょうぶ?」「座りたいな。すこし」ユキちゃんがあわてて通路を見回す。「通路にベンチはあらないべ。もうすこしさきに大通駅の広場があるっしょ。だいじょうぶですか。そこまで歩くことができますか?」「ゆっくりなら・・・」感覚のなくなった足をひきずりながら歩きはじめた。妻が肩を貸し、反対側にまわったユキちゃんが背中をささえてくれた。「遠いの。駅は?」「あと50メートルくらいっしょ」その50mが果てしなく遠い。踏みこんだはずの足が頼りない。まったく力がはい...北へふたり旅(97)裏路地の道産娘⑪

  • 北へふたり旅(96) 裏路地の道産娘⑩

    北へふたり旅(96)妻が耳をかたむける。「小鳥の鳴き声が聞こえます」「小鳥の鳴き声?。まさかぁ。ここは地下街だぜ。小鳥なんて居るはずがないだろう」「そんなことありません。たしかに鳴いてます。可愛い声で」通行人がさざめく中。妻はたしかに小鳥の鳴き声を聞いたという。「そんな馬鹿な・・・」思わず左右を見回した。「飛んでいないぞ。小鳥なんか・・・」人の流れが途切れない地下の通路。こんな賑やかな空間に、小鳥が住んでいるはずがない。「空耳だろう君の」と言えば、「あなたったら、ずいぶん耳が遠くなったのね」と妻が切り返す。「通行人の会話は聞こえるが、小鳥の鳴き声なんか聞こえない。居るはずがないだろう。こんなにぎやかな地下街に」「たしかに聞こえました。ねぇユキちゃん」「はい。わたしも聞いたっしょ」女2人は口をそろえて聞いたという...北へふたり旅(96)裏路地の道産娘⑩

  • 北へふたり旅(95) 裏路地の道産娘⑨

    北へふたり旅(95)「これからお2人を、札幌の特別な空間へご案内します。その場所は、こ・ち・ら」どさん娘が自分の足元を指さす。「君の足元・・・地下?・・・地下に何かあるの?」「大通公園の真下に、地下街のオーロラタウンがあるっしょ。突き当りを左へ曲がるともうひとつの地下街、ポールタウンへ行けます。それだけじゃあらまないべ。北へ曲がれば札幌駅まで直通の、ひろい歩道空間がつづいています」「えっ、公園の下が地下街になってるの!。知らなかったわぁ!。だから地上の通りに、お店が少ないのね」「ぼくらの足元に巨大な地下街と、札幌駅まで行ける歩道空間があるのか!。・・・おどろいたなぁ」「びっくりしたっしょ。うふっ」うれしそうどさん娘が目をほそめる。「どこから降りていくの?」「入り口はわんさあるっしょ。交差点の向こう。あそこさ見え...北へふたり旅(95)裏路地の道産娘⑨

  • 北へふたり旅(94) 裏路地の道産娘⑧

    北へふたり旅(94)翌朝9時。時間きっかり、妻の携帯が鳴った。きのう別れ際に番号を交換した、釧路のどさん娘からだ。「テレビ塔の下で、9時30分に待ち合わせです」「若い娘さんが、おれたちみたいな年寄りと付き合ってくれるんだ。嬉しいね。北海道の人はみんなやさしいな」「呆れた。あなたが言いだしたのよ、昨夜。それほどおせっかいを言うのなら、どこでもいいから俺たちを連れて行けって。覚えてないの?」「えっ、そんなこと言ったか俺・・・まったく覚えてないぞ」「困った酔っ払いですねぇ。うふふ」妻が着替えをはじめた。妻は初めての人と、たやすく仲良くなれる。秘訣は「袖振り合うも多生の縁です」と目をほそめる。「地球の総人口は77億人。日本の人口は、1億2616万7千人。いちどきりの人生で、何人の方と袖を振りあうことができるでしょうか」...北へふたり旅(94)裏路地の道産娘⑧

  • 北へふたり旅(93) 裏路地の道産娘⑦

    北へふたり旅(93)「信じられないべ。大金をつかい、何しに本道(北海道)までやって来たのさ。札幌にだって見どころはわんさあるっしょ。時計台に大通公園、テレビ塔もあるし、明治に建てられた赤レンガの庁舎、それから大志をいだいたわが母校、北大のポプラ並木・・・どこもおりがみつきの観光名所です」「したっけ(でもさ)」とどさん娘がため息をつく。「目いっぱい観光しようとして、無茶な計画をたてる人もいるっしょ。2泊3日で函館の夜景と札幌市内の観光と、小樽の寿司と旭山動物園と温泉をまわりたいけどどう回れば効率がいいと思う?なんて平気で聞いてくるお客さんがいたっしょ」「なかなかの観光コースだと思うけどなぁ。でもそれって無茶すぎる日程なの?」「北海道の大きさをなめとんのか、てことさ。函館と札幌と旭川回るは、東京から名古屋と京都まわ...北へふたり旅(93)裏路地の道産娘⑦

  • 北へふたり旅(92) 裏路地の道産娘⑥

    北へふたり旅(92)パフェを食べるのは50年ぶり。高校生の時。学校帰りに入った喫茶店で頼んだ、チョコレートパフェ以来。あまりの甘さに後悔したが、かろうじて完食した。しかし、その体験がトラウマになった。以来、パフェと言えば必ず避ける甘味の筆頭になった。女子2人は一番人気の「プリンスピーチ」をオーダー。わたしは「ひまわりの約束」と、スパークリングワインを注文した。待つことしばし。目の前にいかにも北海道らしいパフェがやってきた。「プリンスピーチ」は、グラスにふたをするようにモモが敷き詰めてある。上に乗せてあるお姫様は、クッキーで出来ている。グラスの中央付近にあるハートの飴(あめ)は、フランボワーズマカロン。グラスの底にシャンパンクリームが横たわっている。「なんとも壮観だね。桃のお姫様は」「ひまわりの約束」も良く出来て...北へふたり旅(92)裏路地の道産娘⑥

  • 北へふたり旅(91) 裏路地の道産娘⑤

    北へふたり旅(91)9時をすぎて店の中に空席が目立ってきた。気が付けば、3時間ちかくこの店で呑んでいたことになる。「君。しめのおすすめは?」通りかかったどさん娘を呼び止めた。「締めは、パフェがおすすめです」「パフェ・・・?。締めラーメンは聞いたことがあるが、締めパフェは初めてだ」「最近の女子は飲み会の後さ、パフェでシメるのが定番です。夜遅くまで営業しているおしゃれなカフェも、わんさ有るっしょ。よかったらご案内しましょうか?」「君。仕事は?」「お店はまだまだ営業してますが、わたしはお昼から働いていますので、9時30分に終わるっしょ」「パフェですか・・・うふっ、おいしそう!」妻が目を細める。女2人がその気になっているのに、男があとに引くわけにいかない。「いいだろう。行こうじゃないか、その締めパフェとやらへ」と、啖呵...北へふたり旅(91)裏路地の道産娘⑤

  • 北へふたり旅(90) 裏路地の道産娘④

    北へふたり旅(90)「おかしくないか?」時計の針が6時を過ぎた頃から、客の数が増えてきた。毎日通い詰める客も多いという。この店がいかに愛されているか分かる。空席が見当たらないほど混んで来た。向かい席へ、外国からの観光カップルが座った。50歳前後の夫婦に見える。どちらも見るからに体格が良い。(肉ばかり食っているとこうなるのかな?)わたしのささやきに妻が(じろじろ見ると失礼にあたります)とたしなめる。「おかしいよな」ぼそっとつぶやく。「何が?」「鬼殺しと生ビールの2杯目は来たが、刺身とホッケが出てこない。どうなってるんだ。忘れたかな、釧路生まれのどさん娘ちゃんが」当のどさん娘ちゃんはあちこちから呼ばれ、店の中を走り回っている。「お姉ちゃん」と呼びとめてみた。しかし、「はぁ~い」と明るく答えて無視された。「忙しそうで...北へふたり旅(90)裏路地の道産娘④

  • 北へふたり旅(89) 裏路地の道産娘③

    北へふたり旅(89)「君の育った釧路って、どんなところ?」「人のすくない道東の町。夏は涼しい。暑くても20℃前後。半袖だと肌が寒い日もあるっしょ。冬。雪はあまり降らないべ。積もることはまれさ。私の家は釧路の町はずれ。ばん馬をそだてる牧場で育ちました」「ばん馬?」「ばんえい競馬のばん馬です」「どさんこじゃないの、北海道の固有種は?」「どさんこは北海道で生まれた品種と思われがちだけど、ルーツは内地です」「えっ・・・どさんこは内地馬なの!」「北海道が『蝦夷地』と呼ばれていた時代。夏、ニシン漁のためさ内地からおおくのひとがやってきました。そのとき東北地方から、南部馬を連れてきたのが始まりだ。寒さが厳しくなると人間は内地へ帰るけど、馬はそのまま残されました。春になるとまた捕えられて、使役馬として働いた。南部馬が北海道の気...北へふたり旅(89)裏路地の道産娘③

  • 北へふたり旅(88) 裏路地の道産娘②

    北へふたり旅(88)「内地からですか。お客さんは?」「札幌は遠いね。電車を乗り継いで10時間もかかった。あ・・・群馬から来たんだ。知っているかい、草津温泉が有る群馬県を」「飛行機ではなく汽車で来たのですか、お客さんたちは」「汽車じゃない。列車だよ」「北海道では汽車のことを汽車と言うっしょ。あっ・・・ごめんなさい。油断すると北海道弁が出てしまいます」「君はアルバイト?。学生さんみたいな雰囲気があるけど?」「大正解です。こう見えてわたし北大の学生です」店はかなりひろい。そこそこの数の客が居る。観光客らしい姿も見えるが、地元客の方がおおいような雰囲気だ。壁のメニューを目で追っていく。海産物の七輪焼きがメインらしい。どうりで店の中に煙が漂っているはずだ。「何にしましょう?」「とりあえずマグロの刺身と、ホッケの焼き物。そ...北へふたり旅(88)裏路地の道産娘②

  • 北へふたり旅(87) 裏路地の道産娘①

    北へふたり旅(87)「札幌らしいグルメが食べたいですね」午後6時。夕食をさがしてホテルを出る。駅南のここは札幌の中心部。しかしどこをみてもおおきなビルばかりで、北海道の商業とビジネスの拠点ビルがやたらと目立つばかりで、飲食店は見当たらない。「札幌グルメと言えば、北海道の美味がつまった海鮮丼。スープカレーにジンギスカン、札幌ラーメン・・・いろいろ思い浮かぶがここから見る限り、グルメの店はひとつもない」「ホント。目にはいるのはビルばかり。札幌の皆さんはいったい、どこで食事しているのでしょう?」ビルの通りから少し外れることにした。最初の角を右へ曲がる。もちろん当てはない。ただの当てずっぽうだ。曲がった途端「失敗したかな?」と後悔した。前方に何もない。ひとつ先の通りまで、ビルの裏通りがつづいているだけだ。まぁいい。むこ...北へふたり旅(87)裏路地の道産娘①

  • 北へふたり旅(86) 札幌へ⑪

    北へふたり旅(86)時計台から5分ほどで大通り公園へ出た。札幌市のほぼ中央。幅105m、6車線の道路が広場の左右にある。全長は1.5Km。起点にテレビ塔が建っている。テレビでよく見るあの札幌のテレビ塔だ。それがそのまま目の前にそびえている。「朝の天気予報のたびに、このテレビ塔が写ります。ホント。こんな風に見上げる日が来るなんて夢のようです」「夢じゃない。現実にこうして目の前に立っている」「小さいですねぇ。東京タワーの半分くらいかしら・・・」テレビ塔と大通り公園は内地の人に、いちばん馴染みのある光景。札幌といえばまずこの景色を思い起こす。テレビ塔の前へ、保母さんに引率された園児たちがあらわれた。黄色いお揃いの帽子が賑やかだ。「ここで30分、お休みします」先生の声とともに小さな集団がはじける。「遠くへ行ってはいけま...北へふたり旅(86)札幌へ⑪

  • 北へふたり旅(85) 札幌へ⑩

    北へふたり旅(85)札幌へ⑩札幌市の時計台は札幌駅から、大通公園へ向かう途中にある。正式名称は「旧札幌農学校演武場」。名前からわかるように札幌農学校(現在の北海道大学の前身)の演武場として建てられた。明治2年。開拓使が置かれ、北海道の開拓がはじまった。広大な北海道の土地を開拓するため、指導者を育成する必要があった。育成の場所として「札幌農学校」が1876年、開校した。マサチューセッツ農科大学から、ウィリアム・スミス・クラーク博士が指導者のひとりとして招かれた。「少年よ、大志を抱け(Boys,beambitious.)」のクラーク博士だ。クラーク博士が入学式や卒業式のセレモニーや、兵式訓練に使う施設として演武場の必要性を提案した。1878年。演武場が建てられた。このとき、時計のついた塔の部分はまだなかった。授業の...北へふたり旅(85)札幌へ⑩

  • 北へふたり旅(84) 札幌へ⑨

    北へふたり旅(84)列車が札幌駅へ到着した。ホームは2階にある。エスカレータで1階へおりていく。しかしあまりの広さに驚いた。西と東に改札口がある。「西と東。どっちが近いんだ・・・」想定を超えるひろさに思わず、立ち止まってしまった。はじめておとずれた観光客が、おなじように戸惑っている。案ずることはなかった。結果はどちらも同じ。改札のさき、構内を南北につらぬくコンコースがあった。西から出ても東から出ても、ぐるっと回れば好きな方向へ行くことができる。ただし西から出たほうが観光案内所やコンビニ・薬局・土産店などが豊富にある。めざす目標は、札幌のシンボルのひとつ時計台。今夜のホテルは、時計台通りにある。西コンコースから南へ出るすぐわかるだろうと簡単に考えていたが、広場へでてさらに驚いた。高層ビルが林立している。東へ目を向...北へふたり旅(84)札幌へ⑨

  • 北へふたり旅(83) 札幌へ⑧

    北へふたり旅(83)イヨマンテはこのように準備される。冬の終わり。アイヌの集落で、穴で冬眠しているヒグマを狩る猟が行われる。穴に仔熊がいた場合、母熊は殺して毛皮や肉を収穫するが、仔熊は殺さない。集落に連れて帰る。仔熊は人間の子供と同じように家の中で、乳児がいる女性が我が子同様に母乳を与え、かわいがられ育てられる。かつては集落の子供たちと仔熊が、相撲をとって遊んだこともあったという。仔熊が成長すると、屋外に丸太で組んだ檻を作り、そこに移す。上等の食事を与えやはり大切に育てていく。1、2年ほど育てた後、集落をあげて熊おくりの儀礼が行われる。イオマンテは1年前からはじまる。神々の世界へ帰る仔熊のため、様々な土産が用意される。祭壇が飾られる。神への祈りの後、仔熊が檻から出される。唄や踊りが捧げられる。仔熊に最後の御馳走...北へふたり旅(83)札幌へ⑧

  • 北へふたり旅(82) 札幌へ⑦

    北へふたり旅(82)「遠いですねぇ。札幌は・・・」乗車から1時間半が過ぎた。北斗は、噴火湾の最深部にむかって北上している。みぎの車窓に山。左の車窓にあいかわらずの海がある。妻が車窓の景色に飽きてきた。北海道はとにかく広い。おなじ景色ばかりがつづいていく。最初のうちは風景に歓声をあげていたが、それにも飽きてきた。内浦湾の最奥・長万部(おしゃまんべ)で北斗が、函館本線と別れる。函館本線は内陸部へむかいニセコ連峰をこえ小樽へむかう。長万部を出た北斗は、ここから3回、進路を変える。室蘭本線に乗り換えた北斗が、ホタテ養殖で有名な噴火湾を南下していく。室蘭がちかづいてくると海の様子が変化する。内海から外洋にかわるからだ。車窓から見えるのは津軽海峡ではなく、外洋の太平洋。つまり、海のむこうはアメリカということになる。2回目の...北へふたり旅(82)札幌へ⑦

  • 北へふたり旅(81) 札幌へ⑥

    北へふたり旅(81)アイルトンとジェニファーと駅の待合所で別れた。かれらの乗る列車は我々の1時間後。後続のスーパー北斗に乗り洞爺湖へ行き、内陸部で札幌へ向かうという。運が良ければまた会えるかもしれません、と手を振って別れた。ホームにはすでに特急列車が待機していた。函館発10時05分のスーパー北斗7号。札幌までの318㎞を、およそ3時間40分前後で走る。およそには意味がある。もっとも速いスーパー北斗2号は、3時間29分で走り抜ける。しかしスーパー北斗17号は、3時間56分もかかる。所要時間に27分の差が出る。単線区間での行き違いや、車両の違いによってこの差が生まれる。乗車するスーパ北斗7号は平均値の3時間41分で札幌へ着く。「車両に使われている色が、内地よりすこし派手だ」「北欧風ですって。JR北海道はデンマーク国...北へふたり旅(81)札幌へ⑥

  • 北へふたり旅(80) 札幌へ⑤

    北へふたり旅(80)1万坪あまりの敷地に鮮度の良い海産物をはじめ、農園からの直売品、衣料や青果、日用雑貨、食料品などの店舗がひしめいている。その数、250軒。午前9時。朝市の路地はすでにおおぜいの人でごった返していた。しかし会話のどこか違和感がある。よく聞き取れない。なにを話しているのかわからない。聞こえてくるのは中国語ばかりだ・・・店員ですら中国語で応対している。ガタゴトと旅行鞄を引きずる中国人が、四方八方から押し寄せてくる。そんな表現が当てはまるほど、中国人観光客の姿がおおい。今ここに居る大半が中国人だろう。そんな気がするほど中国人がおおい。「函館の朝市は中国人に占領されたのか?」「オーバーツーリズム。観光公害です」ジェニファーの旦那、アイルトンが流ちょうな日本語で答えてくれた。「観光公害?」「観光客があふ...北へふたり旅(80)札幌へ⑤

  • 北へふたり旅(79) 札幌へ④

    北へふたり旅(79)噂通り、ホテルの朝食は豪勢だった。海鮮丼をはじめどれも新鮮な素材が食べ放題のバイキング。妻はほかの物に目もくれず、一目散に山盛りのイクラの前。イクラは国産の極上品。海のダイヤの粒はおおきい。白米へたっぷり盛り付けた。おわりかなと思ったらさらに小鉢へ、イクラを盛りつけている。「お替わり用です。うふ。北海道のぜいたく。ひとつめの夢、極上のイクラをお腹いっぱい食べる。それがもう満たされました。ああ~美味しかった・・・しあわせです!」部屋へ戻るなり、しあわせですと踊り出す。「今朝のイクラでホテル代を取り返しただろう?」「夏です。カニは無いでしょ。そうなれば本命は当然イクラ。満喫しました。さて恋の町札幌をめざして、出かける準備をしましょうか」「恋の町札幌?」「あら。裕次郎の歌ですよ。しらないの?。♪~...北へふたり旅(79)札幌へ④

  • 北へふたり旅(78) 札幌へ③

    北へふたり旅(78)妻が中国のご婦人と手をつなぎ歩きはじめた。「一キロ通」の標識を過ぎて間もなく、広い道路へ出た。中央に分離帯がある。「さかえ通」と書いてある。分離帯に木が植えてあり、子供たちのためのブランコまで置いてある。「分離帯というより、ミニ公園みたいですねぇ」「グリーンベルトと呼ばれる緑地帯だ。函館は風が強いため、何度も大火に見舞われた。昭和9年の大火のあと防火帯として、中央分離帯をもつ道路を整備した。全部で15本。総延長14kmに及ぶという。2度と大火を起こさないという当時の人々の思いが、ここにこめられている」「いつの間に調べたの?」「君と中国のご婦人が手をつないだとき。手持ち無沙汰になったので、ちょっと携帯をググってみた」「ほかに何か有りましたか?」「このあたりから通りの雰囲気が代わるらしい」「そう...北へふたり旅(78)札幌へ③

  • 北へふたり旅(77) 札幌へ②

    北へふたり旅(77)「旦那さんは?」「ジャーンフゥ(旦那?)ホーァタイドゥオリヤオ(呑みすぎて)ザイシュウイジュエ(まだ寝ています)」市電通りを横切る。ちかくに魚市場通りの停留場が見えた。「市電。はじめて乗りました」中国のご婦人から日本語が飛びだした。なにかを見つけるたび、妻が日本語で教えている。次の交差点がやってきた。角に白亜のおおきな大きなホテルが建っている。ホテルショコラの文字が見える。「このあたりに1キロ通りと書かれた標識があるはずだけど・・・」「あら。公式名ですか。1キロ通りというのは・・・」「そうだよ。ちゃんとした函館市の公道だ」「あ・・・ありました!。あんな高いところに」妻が指さす先。3メートルの高さに1キロ通の標識がある。ほんとに高い位置だ。記念撮影のためには反対側の歩道へ行かないと、人と標識が...北へふたり旅(77)札幌へ②

  • 北へふたり旅(76) 札幌へ①

    北へふたり旅(76)「散歩へ行こうか」「こんな朝早くから?」「6時30分から朝食。かるく身体を動かし、腹を空かせておこう」5時15分。妻とホテルを出る。すでに表は明るい。赤レンガの塀に沿い、函館湾へ向かって歩く。海は見えない。突き当りに函館市の水産物卸売市場が建っているからだ。建物の背後から吹いてくる潮風が、海がちかいことを思わせる。セリの時間がちかいのだろう。ひんぱんに業者の車がやって来る。函館朝市で出される海鮮丼も、居酒屋で食べる新鮮な刺身やホッケの開きも、元をたどればここから提供される。「くびれを歩こう」「くびれ?。くびれはありません、もう。うふっ」「むかしはあった。君にもね。そうじゃない。函館のくびれだ。最短で横断できる路がある」「そう。細かったの、わたしも昔は。で、そのくびれを横断する路はどのくらい距...北へふたり旅(76)札幌へ①

  • 北へふたり旅(75) 函館夜景⑩

    北へふたり旅(75)最上階の空中楼閣を満喫した。内風呂のお湯は茶褐色。舐めるとすこし塩辛い。全面ガラスのむこう。ベイエリアと、函館山がそびえている。それだけでじゅうぶん満足した。しかし露天風呂へ出て、さらに驚いた。函館のくびれた夜景が、山頂から見下ろすのとまったく同じまま、岩風呂のむこうにひろがっていた。函館湾の沖合にイカ釣り船だろうか、漁火が揺れている。30分はあっという間に過ぎ去った。涼み処で身体を冷ましていると、40分ほど遅れて妻が出てきた。「ねぇあなた。知ってる?。函館のくびれは、北海道のくびれとは別だそうです。くびれは2つあったのね」遅くなったのにすずしい顏をしているアイスクリームを片手に、わたしのとなりへ腰をおろす。「くびれが2つ有る?。なんの話だ、いったい?」「雪印マーク。それが北海道でしょ。左下...北へふたり旅(75)函館夜景⑩

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