髪を結んでも姓によっても生まれによってもバラモンとはなりません「真理と法」をそなえたなら楽があってバラモンとなります 「真理のことば393」【まねび】「真理と法をそなえたバラモン」とは。四聖諦(ししょうたい):「苦・集・滅・道」をよく観て、深く観透(みとお)し、洞察します。「真理・諦(たい)の智慧」が保たれて、「道」を究めた、阿羅漢と呼ばれる人です。煩悩[四苦八苦]が滅し尽くし、安らぎ、楽があり、清...
「ブッダの語ったとされることばに最も近い教え」 「ブッダの説いた教え」「法の句」を物語ります。
ふつ庵 「茶室で坐る坐禅と一服の茶 そして ブッダのことのはをまねぶ庵」庵主 2500年前、ブッダは、誰に、どのような時に「法の句」を説いたのか? ブッダの「教え・法」を物語ります。
裸(はだか)の行(ぎょう)髪(かみ)を結(ゆ)う身(み)を泥(どろ)で塗(ぬ)る断食(だんじき)、露地(ろじ)に臥(ふ)す塵(ちり)や垢(あか)に塗(まみ)れ跪(ひざまず)いて坐(すわ)るこれらの 修行(しゅぎょう)も疑(うたが)いを離(はな)れていない者を浄(きよ)める事はありません 「真理のことば141」【まねび】疑(うたが)いを離れていない者 とはブッダの教えに 疑いをもっている修行者です。ブッダの教え以外では内に、恥じらいの気...
暴力(ぼうりょく)も 害意(がいい)も無い人を暴力に よって害した ならば「多種(たしゅ)の苦(くる)しみ」のどれかにいたる智慧(ちえ)の劣(おと)るその者は苦しみの世界に向かいます 「真理のことば137~140」【まねび】智慧の 劣る者が汚れの無い人に暴力を加えたなら 様々な苦しみの いずれかに向かう事になるでしょう。四苦八苦(しくはっく)「四苦」:生 老 病 死 ⑴ 生まれて 生きる苦しみ ⑵ 老いていく 苦しみ ⑶ ...
愚(おろ)かな 者は悪(わる)い行(おこな)いをしても気(き)づいて覚(さと)る事が 無い智慧(ちえ)の無い者は自分自身の行いによって火に焼(や)かれたように苦(くる)しみ悩(なや)みます 「真理のことば136」【まねび】気づいて覚る事が無いとは悪い行いを する者は確かに「自分は悪い行いをしている」という事は、知っています。しかし「この 悪い行いにはこのような報いがある・報いが来る」という事を 知りません。...
牛飼(うしか)い人が鞭(むち)をもって牛を牧場(ぼくじょう)に追(お)いやるように老(お)いと死(し)は追い立(た)てます生きとし生けるものの生命(いのち)を 「真理のことば135」【まねび】老いと死は 追い立てます とは牛飼い人-老いと 死の たとえです。牧場-死の たとえです。生けるものの「生命(いのち)」をまず、生まれが、老いの 近くへ次に、老いが、病の 近くへそして、病が 死の 近くへと 追い立てます。月日の経...
乱暴(らんぼう)な 言葉(ことば)を発(はっ)してはなりません怒(いか)りの言葉は苦痛(くつう)です鞭(むち)が戻(もど)ってきます壊(こわ)れた銅鑼(どら)のように沈黙(ちんもく)しているならばすでに完全な安らぎに達(たっ)した人 です怒りは見られないからです 「真理のことば133,134」 【まねび】すでに完全な安らぎに達した人が、沈黙を解く時は内にも外にも慎(つつし)みがあって安らいで 楽...
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髪を結んでも姓によっても生まれによってもバラモンとはなりません「真理と法」をそなえたなら楽があってバラモンとなります 「真理のことば393」【まねび】「真理と法をそなえたバラモン」とは。四聖諦(ししょうたい):「苦・集・滅・道」をよく観て、深く観透(みとお)し、洞察します。「真理・諦(たい)の智慧」が保たれて、「道」を究めた、阿羅漢と呼ばれる人です。煩悩[四苦八苦]が滅し尽くし、安らぎ、楽があり、清...
皆様 お陰様でございます。Amazonキャンペーン、ベストセラーとれました‼️👑詩歌の新着第1位👑詩歌の売れ筋第1位👑民間信仰の新着第1位👑民間信仰の売れ筋第1位👑原始宗教の新着第1位👑原始宗教の売れ筋第1位6部門でベストセラー1位を獲得することができました!ベストセラーマークもつきました。㊗応援📣いただいたみなさま、ありがとうございました😃‼️‼️‼️✨✨これからの出版の予定をお知らせさせて頂けましたなら嬉しく有り難く...
皆様 お変わりなくお過ごしでしょうか、お伺い申し上げます。 いつもご厚情を賜りまして真に有難く篤く御礼申し上げます。 さて、本日4月10日(水) 午前9時より『あなたを怒り・悲しみ・苦しみから解放する ブッダ「真理のことば」 』第五巻 が出版される運びとなりました。☆今だけ99円出版キャンペーン開催!☆です。これもひとえに 皆様の温かい励ましと支えそして、応援を頂いたからこそでございます。お目...
正しく自(みずか)ら覚(さと)った人によって説き示された教え・法を誰から学んで知っても教えてくれた人を篤(あつ)く敬(うやま)うべきですバラモンが火を祀(まつ)るように 「真理のことば392」【まねび】ゴータマ・シッダッタは、正しく自ら覚って、正自覚者(しょうじかくしゃ)・ブッダとなりました。ブッダの「教え・法」とは。1. 原因と結果の法則: 原因があって、それに条件(縁)が加わって結果が起る事。 ...
身体(からだ)にも言葉にも意(こころ)にも悪い行いが見られない三つの処(ところ)を防護(ぼうご)している人その人を 真実の人バラモンと呼びます 「真理のことば391」【まねび】「三つの処」とは。私たちには、3つの行い「身体・口(言葉)・意(こころ)の行い」があります。1. 意(こころ)で思う事2. 思った事を言葉(口)にして言う事3. 思った事を手足・身体で行う事確かに 身体・口(言葉)・意(こころ)これらの3つに過(あやま...
真実の人・バラモンを打ちつけてはならない真実の人・バラモンはその者を怨(うら)んでは ならない真実の人・バラモンのこの利(り)は些細(ささい)ではない愛(いと)しいものとして怒りを 起こさず心を 抑(おさ)えて害する 心が消えた時苦しみは 静まる 「真理のことば389、390」【まねび】「真実の人・バラモンのこの利は些細(ささい)ではありません」とは。真実の人・煩悩を滅尽した人は、怒る者に対して、怒り返さない。...
悪を除いた人だから「バラモン」と寂静(じゃくじょう)の行(ぎょう)の人だから「沙門(しゃもん)」と言われる自分自身の垢(あか)を追い出す人は「出家(しゅっけ)」と言われる 「真理のことば388」【まねび】「バラモンと言われる」とは。悪・不善が完全に除かれている「バーヒタ」[バラモン]だからである。「沙門(しゃもん)」とは。寂静(じゃくじょう)の行、即ち、一切の不善を鎮(しず)めて「サーメーティ」行う人だから「...
太陽は 昼に輝き月は 夜に照らし 王族は武具(ぶぐ)をつけて 輝き 真実の人・バラモンは「気づきの呼吸」坐禅瞑想をして 輝くブッダは威光(いこう)によって昼も夜も輝きわたる 「真理のことば387」【まねび】「真実の人・バラモンは、気づきの呼吸・坐禅瞑想をして輝く」 とは。煩悩を滅し尽くした「真実の人」・「バラモン」は、独り静かに坐って「気づきの呼吸」「坐禅瞑想」に入って、輝く。 「ブッダは 威光に...
「気づきの呼吸」坐禅瞑想をそなえ垢(あか)が 無く独坐(どくざ)し務めを 果たして煩悩が 無い最上の目的に達している人その人を 真実の人・バラモンと呼ぶ 「真理のことば386」【まねび】「真実の人」・「バラモン」とは。好ましい、妙なる 欲望から起こる、悪・不善の行いの 侵入を防ぐために、全ての 感覚器官が、防(ふせ)ぎ護(まも)られている者。また、苦の根源執着、貪り・怒り・気づきの無い愚かさ= 煩悩の無い境地...
彼岸(ひがん)も此岸(しがん)も見られません彼岸此岸も見られません恐れも離れて束縛(そくばく)もありませんその人をバラモンと呼(よ)びます 「真理のことば385」【まねび】「彼岸」とは。身体の、内(うち)の6つの感覚器官:「眼・耳・鼻・舌・身・意」です。「此岸(しがん)」とは。外の6つの知覚作用、6つの感覚器官が捉える対象:「色・声・香・味・触・法」です。「彼岸此岸(ひがんしがん)」とは。その内・外の12、内の「眼...
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皆様いつもこのブログを開いていただき、真に有難うございます。この度、これ迄このブログに投稿していたブッダ「真理のことば」を『 あなたを怒り・悲しみ・苦しみから解放する 「ブッダ真理のことば」 』 として第一巻、第二巻、第三巻に続き、第四巻 を電子書籍出版させていただく運びとなりました。ブッダの教えを分かりやすく解説いたしました。これもひとえに皆様からの温かい励ましがありましたからこそと深く感...
二つの法において極(きわ)めた智慧者(ちえしゃ)となるならばその時真実のとおりに知る人の縛(しば)りは消えて無くなる 「真理のことば384」【まねび】「二つの法」とは。坐禅瞑想・禅定の「止」と「観」です。「止」「観」という「二つの法」が確立されて「極めた人」は、「智慧」を得た人となります。「止」とは。戒律と禅定に基づく「心の禅」:「心一境性(しんいちきょうしょう)」の事です。「禅定」とは、正しい精神統...
流れを断ち切るがよい勇敢(ゆうかん)に諸(もろもろ)の欲を除くがよい諸の行(ぎょう)の滅を知ったならば作られないもの不作(ふさ)を知る智者である 「真理のことば383」【まねび】「諸の欲を取り除く」とは。「執着・渇愛・欲の流れ」は、僅(わず)かばかりの努力では、絶対に、断ち切る事はできない。「智慧」に基づいた、強い意思の努力で「勇敢(ゆうかん)に」努め 励んでこそ、その流れを、断ち切る事ができる。実行に移...
どんなに若くて練修・修行する人であってもブッダの教えに勤(いそ)しんだならばその人はこの世を輝かす雲を離れた月のように 「真理のことば382」【まねび】「ブッダの教えに勤しんだならば」とは。どんなに若くて練修・修行する人であったとしても、ブッダの「教え・法」を勤勉(きんべん)に努め励んだならば「道」を成就・達成し「智慧」を獲得する。年齢に 関係は無い。「道」を成就・達成したその「智慧」によって、5...
仏・ブッダの教えに心が清まり喜びに満ちている修行僧は諸(もろもろ)の行いが寂滅(じゃくめつ)し安らいで楽のある寂静(じゃくじょう)の境地に達するでしょう 「真理のことば381」【まねび】「ブッダの教えに心が清まり」とは。ブッダの「教え・法」を練修し、心が清まっている人は、諸(もろもろ)の行いを作り出す、自分自身の身体と心が、安らいで「寂静であり安らいで楽」という「寂静の境地」に達します。「喜びに満...
自(みずか)ら 自分自身を責(せ)めるがよい自ら 自分自身を省(かえり)みるがよい自己こそ自己の寄る辺 である自己こそ自己の拠(よ)り所 であるそれ故自分自身で 自己を調えるがよい 「真理のことば379、380」 【まねび】「自ら自分自身を 責めるがよい」とは。あなたは、自分自身でのみ、自己を叱(しか)り咎(とが)めるようにする。「自ら 自分自身を省みるがよい」とは。あなたは、自分自身でのみ、自己を省(かえり...
皆様 お陰様でございます。Amazonキャンペーン、ベストセラーとれました‼️👑民間信仰の新着第1位👑民間信仰の売れ筋第1位👑詩歌の新着第1位👑詩歌の売れ筋第1位4部門でベストセラー1位を獲得することができました!ベストセラーマークもつきました。応援📣いただいたみなさま、ありがとうございました😃‼️‼️‼️✨✨これからも御教導賜りますようどうぞ宜しくお願い申し上げます。 合掌 庵主...
皆様いつもこのブログを開いていただき、真に有難うございます。この度、これ迄このブログに投稿していたブッダ「真理のことば」を『 あなたを怒り・悲しみ・苦しみから解放する 「ブッダ真理のことば」 』 として第一巻、第二巻に続き、第三巻 を電子書籍出版させていただく運びとなりました。ブッダの教えを分かりやすく解説いたしました。これもひとえに皆様からの温かい励ましがありましたからこそと深く感謝致して...
皆様いつもこのブログを開いていただき、真に有難うございます。この度、これ迄このブログに投稿していたブッダ「真理のことば」を『 あなたを怒り・悲しみ・苦しみから解放する 「ブッダ真理のことば」 』 として第一巻、第二巻に続き、第三巻 を電子書籍出版させていただく運びとなりました。ブッダの教えを分かりやすく解説いたしました。これもひとえに皆様からの温かい励ましがありましたからこそと深く感謝致して...
林(はやし)を切(き)りなさい木(き)は切らないように恐怖(きょうふ)は林から現(あらわ)れるから林も林叢(りんそう)も切って林を離(はな)れた者となりなさい 「真理のことば283,284」 【まねび】出家してまだ日が浅かった、老齢の修行僧たちは、ブッダから「林を切りなさい!」と言われて、こう思いました。「ブッダは、私たちに刀などを持って林に行って、木を切るように、と言っているのだ。私たちは、林の木を切ろう」と...
坐禅瞑想(ざぜんめいそう)があれば智慧(ちえ)が生(しょう)じ坐禅瞑想がなければ智慧が滅(めっ)する生(しょう)と滅(めつ)の二種(にしゅ)の道(みち)を知(し)って智慧が増大(ぞうだい)するように自分自身(じぶんじしん)を確立(かくりつ)するがよい 「真理のことば282」【まねび】心の不散乱を修(おさ)め「智慧」の成就の練修をします。まず、「止」の禅定:瞑想 ― 静かなところで独(ひと)り静かに坐ります。「坐禅瞑想」に...
言葉(ことば)を慎(つつし)み意(こころ)を護(まも)り身体(からだ)によって不善(ふぜん)を行(おこな)わずこの三つの行いの道(みち)をよく浄(きよ)めて仙人(せんにん)の説(と)く道を成(な)し遂(と)げなさい 「真理のことば281」 【まねび】ブッダの教えは「意・口(言葉)・身体」「3つの行い」を浄(きよ)める事です。「意(こころ)を護り」とは。 1. 貪る(貪 とん) 2. 怒る (瞋 じん) 3. 愚かな事を思う (痴 ち)貪・瞋・痴...
務(つと)める時(とき)に務めず若(わか)くて力(ちから)があっても怠(なま)け意思(いし)も思考(しこう)も薄弱(はくじゃく)で怠ける者は智慧(ちえ)によって道(みち)を見(み)ることはできません 「真理のことば280」 【まねび】人生は、今、この時しか無い、とは考えない者。「後でしよう」、と怠けて、放逸(ほういつ)に耽(ふけ)る者は、「3つのよくない考え」に陥(おちい)ってしまいます。「3つのよくない考え」とは。 1....
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作(つく)られたもの「行(ぎょう)」は苦(く)、と智慧(ちえ)をもって観(み)る時(とき)に苦(くる)しみから遠(とお)ざかり離(はな)れるこれは清浄(しょうじょう)にいたる道(みち)です 「真理のことば278」 【まねび】「すべての作られたもの「行(ぎょう)」は苦」ブッダの教えの根幹「三相」:「無常」「苦(不安定・空虚)」「無我」の2つ目である「苦」について学びます。「苦」とは。1.私たちには、生きる苦しみ「四苦八...
生(しょう)じたものは無常(むじょう)、と智慧(ちえ)をもって観(み)る時(とき)に苦(くる)しみから遠(とお)ざかり離(はな)れるこれは清浄(しょうじょう)にいたる道(みち)です 「真理のことば277」【まねび】「すべての生(しょう)じたものは無常(むじょう)」ブッダの教えの根幹「三相」:「無常」・「苦(不安定・空虚)」・「無我」この「三相」の1つ目である「無常」について学びます。無常とは。常に変化しています(無常の...
道(どう)の中(なか)では「聖八正道(せいはっしょうどう)」が最上(さいじょう)諦(たい)の中では「四聖諦(ししょうたい)」法(ほう)の中では離欲(りよく)が最上二本足(にほんあし)の中では智慧(ちえ)の眼(め)を具(そな)えた如来(にょらい)が最上この道(みち)の他(ほか)に道はない見方(みかた)・考(かんが)え方が清(きよ)まるようにこの道を歩(あゆ)むがよい苦(くる)しみの終(お)わりを作(つく)るがよい矢(や)の断(た)ち切(き)り破壊(...
私は戒(かい)や務(つと)め多(おお)くの知識(ちしき)禅定(ぜんじょう)の獲得(かくとく)離(はな)れた臥所(がしょ)だけでもなく凡夫(ぼんぷ)の親(した)しむことのできない離欲(りよく)の楽(らく)に触(ふ)れている[とは、まだ言わないように]心(こころ)を緩(ゆる)めてはなりません 真(まこと)に煩悩(ぼんのう)を滅(めっ)し尽(つ)くさないうちは 「法句271,272」【まねび】煩悩の滅し尽くした人とは。漏尽者・阿羅漢をいいま...
生き物を害(アリ)する者は聖者(アリヤ)とはならない生き物すべてを害さない(アーラー)から聖(アリ)なる者(ヤ)と称えられます 「真理のことば270」 【まねび】「アリヤ」は「敵・アリ」に通じます。害する者、殺す者の意味があります。それ故に、生き物を「害する事・アリヤ」によって「聖者・アリヤ」となるのではありません。それでは「聖者」を意味する「アリヤ」とはどのような人でしょうか?「聖者」の原語は「アリ...
愚(おろ)かに迷(まよ)う無知(むち)な者が沈黙(ちんもく)しても牟(む)尼(に)・賢者とはなりませんすべての悪(あく)を避(さ)け善(ぜん)と悪の両方(りょうほう)の世界(せかい)を考(かんが)える人が牟尼と称(たた)えられます 「真理のことば268,269」 【まねび】牟尼とは。「ムナティ・正しく考える」人・賢者です。無知の者が、言葉を発しないで、ただ黙っている「沈黙・モーナ」によって「牟尼(むに)・ムニ」になるのでは...
愚(おろ)かに迷(まよ)う無知(むち)な者が沈黙(ちんもく)しても牟(む)尼(に)・賢者とはなりませんすべての悪(あく)を避(さ)け善(ぜん)と悪の両方(りょうほう)の世界(せかい)を考(かんが)える人が牟尼と称(たた)えられます 「真理のことば268,269」 【まねび】牟尼とは。「ムナティ・正しく考える」人・賢者です。無知の者が、言葉を発しないで、ただ黙っている「沈黙・モーナ」によって「牟尼(むに)・ムニ」になるのでは...
食(た)べ物(もの)を乞(こ)う者だからといっても不正(ふせい)な法(ほう)を保(たも)つならば比丘(びく)とはなりません教(おし)えにおいて梵行(ぼんぎょう)をそなえ善(ぜん)と悪(あく)を除(のぞ)き去(さ)って思慮(しりょ)し世界(せかい)をゆくならばその人こそ比丘と称(たた)えられます 「真理のことば266,267」 【まねび】ブッダの「教え・法」を練修する人は「善」― 功徳を積んでいるという思い、考え「悪」― 不善の行い...
頭(あたま)を剃(そ)っても戒(かい)を保(たも)たず偽(いつわ)りを語(かた)る者欲(よく)貪(むさぼ)りのある者は沙門(しゃもん)とはなりません僅(わず)かなものも粗大(そだい)なものも悪(あく)をすべて静(しず)めている人は悪が鎮静(ちんせい)しているから真(まこと)の沙門と称(たた)えられます 「真理のことば264,265」 【まねび】悪を鎮静している事は「サミタ」と言います。それ故に「沙門(しゃもん)・サマナ」と呼ばれ...
言葉(ことば)も美貌(びぼう)も嫉妬(しっと)や物惜(ものお)しみ偽善(ぎぜん)があるならば端正(たんせい)な人にはなりませんこれらが断(た)たれ根(ね)こそぎ除(のぞ)き去(さ)られているならば怒(いか)りを吐(は)きだした端正(たんせい)な人賢者(けんじゃ)と言われます 「真理のことば262,263」【まねび】端正な人とは。怒りなどを吐きだし尽くした人や、不善な行いのまったく無くなった人は「真理・法」を、身体と心の...
頭(あたま)の髪(かみ)が白(しろ)いからといって長老(ちょうろう)とはなりません歳(とし)をとっただけならば空(むな)しく老(お)いた者です真理(しんり)と法(ほう)をそなえ傷(きず)つけ害(がい)さない自(みずか)ら慎(つつし)み調(ととの)えたその人こそ汚(けが)れを吐(は)き捨(す)てた賢者(けんじゃ)長老(ちょうろう)と称(たた)えられます 「真理のことば260,261」【まねび】長老とは。外からは見えない、内にある「陰(い...
多(おお)くを語(かた)るからといって法(ほう)を保(たも)つ人とはなりませんわずかを聞(き)いても身(み)により法を観透(みとお)して法に怠(おこた)る事がなければ法を保つ人となります 「真理のことば259」【まねび】「諸の意路」とは。すべての意(こころ)の路(みち)「三学」:「戒律」「禅定」「智慧」の3つの学びです。「牟(む)尼(に)」とは。智慧の人です。寂黙(じゃくもく)の人として、静かに坐禅瞑想して、黙(もく)し...
多(おお)くを語(かた)るからといって賢(かしこ)い人とはなりません安穏(あんのん)無怨(むおん)無畏(むい)の人その人こそが賢い人といわれます 「真理のことば258」 【まねび】安穏(あんのん)無怨(むおん)無畏(むい)の賢者とは。初めに、自分自身が安らぎ、穏(おだ)やかであること、です。そして「5つの戒」を守っている人です。なぜなら、「五戒」: 「殺生」 「偸盗」 「邪淫」 「妄語」 「飲酒」これらは「5つの...
正(せい)と不正(ふせい)の両方(りょうほう)を見極(みきわ)めてこそ賢(かしこ)い人力(ちから)によらず法(ほう)によって他(た)の人を公平(こうへい)に導(みちび)くならば法(ほう)を守護(しゅご)する人智慧(ちえ)の人法に住(す)む人と称(しょう)されます 「真理のことば256,257」 【まねび】「力で事を処理」とは。「欲」「貪り」「怒り」「愚かさ」「恐怖」などに基づいて、嘘(うそ)をつき、不正に無理やり、強引に処理(...
虚空(こくう)には足跡(あしあと)が無くブッダの教(おし)えの外(そと)には沙門(しゃもん)がいない人々は虚妄(こもう)を大喜(おおよろこ)びし如来(にょらい)は虚妄を離(はな)れます作(つく)られたものに常住(じょうじゅう)不変(ふへん)は無くすべての仏(ほとけ)に動揺(どうよう)は無い 「真理のことば254,255」 【まねび】「虚妄(こもう)」とは。愛着・慢心・我見による、不正な思いの迷妄です。愛着― 私のもの、という...