『生き直す』という新しい選択肢/自己発信できる優しい社会と和の共同体/人生をロールプレイングする
【41年間のわたしへ ~自分に浸ってた2ヶ月。そしてみらいへ~】
正直ずっと走り続けていたね。 何者かなりたかったんだろうって。 今振り返ればそんな風にも思う。 たくさんの人に助けられ、支えてもらいながら、ずっと答えを探してきた。 ずっと頭で考え続けてきた。 探すことがいつの間にか発想の前提として位置付けられて、そこから思考が始まってたね。 その場その場に合わせた都合の良い答えをいつも自分だと思って。 その私が私であることに微塵も疑うことなく、根拠の無い自信でいつも虚勢張ってた。 『上書き保存しますか?』⇒はい いいえ 常にこれの繰り返しだった。 自信のない自分はとても弱く、一人で立つことすら出来ないと、心のどこかで思ってた。 立つ為に、進む為に、私は「私」…
私は2016年4月10日に雇われで働く事を辞め、独立して生計を立てていこうとしていた。 きっかけはこちらの記事に その矢先、2016年4月17日にある人と出会った。榊みや子である。 私は自分の中の整理できない感情・思い・実現したい未来をぼんやりと持ったまま、熱意とやる気だけで独立しようとしていた。 わたしは私自身を全然知らなかった。 榊と出会ったのは私にとって物凄く幸運なことだった。 何から始めたらいいのかもはっきり決めていなかった私を、根気強く支え、導いてくれた。 榊と出会わなければ今の自分はなかった。 同年5月に「J humind association」という屋号を決め、それ以降は常に榊…
自分の想像を超えていくワクワクの人生を送れない理由はズバリ②
前回の記事はこちら。 3つ目は「自分でやるのが好き」というスタンス。 「自分の行動の結果によって感謝されるのも好き」とも言っていた。 これを、 「ん?当たり前じゃね?」 と思った人。 私はそのスタンスで沢山の可能性を台無しにしてきたことをご報告致します。 「自分でやるのが好き」というのは、 =「独りでやらなきゃ気が済まない」と同意なんです。 これは、誰の助けも借りずにどんな困難も孤軍奮闘するということ。 ひとりで何かを成し遂げるのは確かにカッコいいかもしれない。 でも、自分一人で出来ることは実はそんなに多くない。 誰かに助言を貰ったとしても、 やる時は結局自分一人でやってしまうと、 過去のパタ…
自分の想像を超えていくワクワクの人生を送れない理由はズバリ①
前回の記事はこちら。 次の休みの日。 人に会いに行った。 約1年振りかな。 会おうってなったらその週に時間作ってくれた。 いろんな話をしたんだけど、 中でも印象的だったのは3つ。 1つ目は「自分はそれ出来ない」とハッキリ断言してること。 出来ないと決めている事を無理にしないというスタンスは素敵だと思った。 出来るようになりたいと思った事はやるけど、 出来ないことだと位置付けることで無理に出来るように頑張る必要が無い。 相手がどんな意図でそうしているのかは聞いてないからわからないけど、 この発言から発想を得た私は、 今後出来ないを決めるという選択肢を得た。 2つ目は「何がしたいか自分でわかってな…
前回の記事はこちら。 まず手始めに、いきなりガチのやったことないことを始めるのではなく、 最近やったことないことから始めてみた。 約1年ぶりに友人が切り盛りしているBARに行ってみた。 ここ。 私は2年前にVALUというサービスをほぼ初期の段階から始めて、 そこで知り合ったのがここのマスター。 この男である。 ちなみにVALUはこちら。 実は今私は、 この男が借りている物件に住み着いている。 寝床を提供してもらっている。 私は普段酒をほとんど呑まないが、 給料出たら行こうとは思っていた。 日替わりマスター制で貸し出したりしている。 ここに集まるメンツは本当に濃い!! 久しぶりに行ってもやっぱり…
前回の記事はこちら。 さぁどうしよう・・・ 想像できないことを生活の中に取り入れていくってどゆこっちゃ(;゚Д゚) 考えました。 そして2日で答え出ました。 超簡単。 単的に言えば、 今迄にやったことない事をやってみる。 行ったことない場所に行ってみる。 会ったことない人に会いに行ってみる。 この3つ。 思い付くのは簡単。 いざ実行しようと思っても、こんな冒険を私は人生でほぼやってきてない。 そんな勇気はない。 そんなわけないだろヽ(#゚Д゚)ノ┌┛(ノ´Д`)ノ 生まれてから繰り返しやってるわ! やったことないって言うんなら私は完全に実家からほぼ出ない引き籠りになってないとおかしいやろがぃ!…
チームワークを作る為のシステム作りに必要なのは最後にはゲーム性だと思う③
前回の記事はこちら。 出来る事や思い付く事は、想定を超えない。 私が職場でやったことは出来る事であり思い付く事。 ちょっと先読みすれば、あれをやることによってどんな未来が待っているのかはほとんど予測が付く。 改善したその先も、それによって起こる問題も。 そして共感はされるが協同はほぼされない。 どれだけ想定される未来を伝えたところで、変化を嫌い、変化に対するバッシングの対応を面倒がる。 自分自身の手で叶えられるところまでは叶えるが、決定権が自分にない場合は結局は先に進まない。 出来ない理由ばかりを並べて保守的に今を継続しようとしたがる。 それって手間ばかりを考えて実行するに気持ちが追い付かない…
チームワークを作る為のシステム作りに必要なのは最後にはゲーム性だと思う②
前回の記事はこちら まずは何をしようと考えた時に、 土台作り。 何かを始める為にはまず環境整備から。 乱雑とした環境ではクリアに自分を保つことは難しい。 いろいろなことが気になって文字通り「気が散る」。 よく使うものはどこに何があるのか一目瞭然にし、滅多に使わないものは奥に片付けた。 不要な物、纏められるものを徹底的に仕分けた。。 勿論確認の上で。 その成果としては、導線と視界が広がった。 就業3日で環境づくり完了。 次に着手したのはアナログのデジタル化。 データ系を紙媒体で残してるものを全てデジタルファイル化しにかかっている。 これは現在進行中で、開始から1か月半経過。 あと1週間もあれば全…
チームワークを作る為のシステム作りに必要なのは最後にはゲーム性だと思う①
今、昔働いていた会社に期間限定で戻って仕事をしている。 久しぶりに雇用されてる立場を味わう為に。 昔の私は基本的に会社の思い通りに動くことはなかった。 気に入らないことやもっとこうした方が良いと思った事は上にバンバンあげて、 受け入れてもらえない場合も結構勝手に動いて結果を出して事後報告したりしていた。 自分なりに面白おかしく楽しく仕事をしようと環境を作っていた。 もちろん自分一人が楽しくても、一緒に働いてる人も楽しくないと全っ然楽しくなくなる。 だから必ずみんなを巻き込んで楽しくなる職場を作るように、仲間の話を聞きながら進めていた。 自発的に考えてどうやったら与えられた環境で最大限ワクワクイ…
【拝啓 私】毎日に変化が無くて面白くなかった時の私へ【手紙note】
手紙noteの新作です note.mu
【拝啓 私】死にたくなった私へ【手紙note】※実話~私の回顧録~
【本当に、これは出すかどうか本気で迷った。】 でも、私自身が私をちゃんと受け入れるために、出そうと決めました。 人それぞれ見方・感想はいろいろあると思いますが、これは私に起こった真実の物語です。 私のかけらを受け取ってくれた方、心から感謝致します。 note.mu
【拝啓 私】何で生きてるのか迷っていた時の私へ【手紙note】
手紙noteの新作です。 毎日書いてます。 今の私から、昔の私への応援メッセージ note.mu
【拝啓 私】私の考えが、心のどこかで1番正しいと思っていた時の私へ【手紙note】
【手紙note 新作を書きました】 たくさんの私に届きますように。 note.mu
【拝啓 私】人の為にと思って頑張ってた時の私へ【手紙note】
noteを書き始めました。 手紙形式で、昔の私に今の私からのメッセージを届けています。 たくさんの私へ届きますように。 note.mu たくさんのわたしへ届くといいな
今何を思ったか 今何を感じたか ⬆️ ⬆️ 何故そう思ったのか なぜそう感じたのか ⬆️ ⬆️ それは過去のどんな出来事がきっかけか ⬆️ その出来事でどう思い・感じ・考えたのか ⬆️ それを機に自分がどんな時にどうなりやすくなったのか ⬆️ どんな思考言動パターンを自らにプログラミングしたのか これが解れば自分の今の人生における世界の見方感じ方考え方の原点を把握でき、 これを土台とした言動パターンを解析することが可能となる。 自分が創り出す自分以外との関係性を生み出している根源がここにある。 これを理解せずして自分の思い通りに人生を描くことは難しい。 自分がどんな経験から何を積み重ね、それを…
所有 独占 執着 多く抱え過ぎると 不自由が増えていくだけ。 もっと共有できるものは、 気軽に手放していいと思う。 見極め・再定義は定期的にすることで、 自らの自由度は保たれる。 歳や時間を重ねると、 沢山の出会いがあり、 守りたいと思うものも増えていく。 その時に、 如何にその多くのものに対して どう思う自分がいるのかを確認していくことが大切。 個性とはいつの間にか習慣化してしまって 知らずに沁み付いてしまっているしまっているものもある。 今の自分を把握することは、 自らの人生を自分自身で動かしていく為には 必要不可欠な重要な要素である。
貰ってばかりの人生だった。 いろいろな経験をさせてもらった。 抱えきれないほど沢山貰って、 その全部が俺をここまで生かせてくれた。 だから今度は、 そろそろ渡す側になりたい。 今迄育ててもらったのと同等ぐらいは、 周りが飛び立つ助けになろう。 ある瞬間に解ると思う。 貰うと渡すは相互で同時に行われていることに。 知識ではなく、 経験し 実感として。 その為に 自分が今迄何を貰ってきたかは 充分に整理できた。 あとは形にするだけ。 俺はもうそれだけでいい。 その中でまた、 新しいことと出会えるさ。 いざ、次のステージへ。
人間の一生とは、 知り 気付き 学び 変化し 試し 修正し 磨き 習慣化する。 これの繰り返しだと思う。 今を最高のポテンシャルを発揮できる瞬間にする為に、 自分に何をしてげていますか? 二度と戻ってこない今に後悔しない為に、 今の自分の全力を注がないのは、 やらない理由や出来ない言い訳を 他者や環境のせいにして、 自分を甘やかしているからに他ならない。 自分の人生の主人公は自分である。 他の誰かの人生の脇役・アシスタントになって生きたいのなら今のままでいい。 自分の人生を、 いつから本当の意味で始めるのか。 決めれるのは自分だけ。 歩き出すと決断したその時、 そして周りがその決断を真摯に感じ…
偏見 先入観 既成概念 そういうフィルターを通る前の ありのままの感情を感じる。 自分で引いた線を超える時、 見慣れた景色さえ 別世界になる。 それまで思っていたことなんてまるで、 感情と呼べるものではなかったと気付く。 思考は確かに人間が地球上で絶対的進化を遂げた。 だが動物から進化した人間は、 感情や研ぎ澄まされた勘という 動物時代から引き継いだものを、 思考という新たな能力によって 大きく欠落させた。 地球誕生から 今この瞬間に至るまでの 人間が歩んできたすべての進化の産物を、 自分の心と体に取り戻し、 磨いていくことで、 人間は更なる進化を遂げるだろう。 線の内側から出よ。 その前に、…
未来を憂えて今を頑張るんじゃなく、 解らない不確定で余計な心配を抱えず、 今だけに集中して全力で取り組む。 未来は、どうせ来る。 未来の為ではなく、 今に悔いを残さない。 今を生きる動機の起因を 心配や絶望などからではなく、 充実ややる気などで満たした時、 迷い・邪念無く 今にひたむきに集中することができる。
【人生RPG論】セーブポイントとロード時期を自作・自認・自覚する
今の自分は意識的に自分で組み上げた結果である。 誰の意見を採用したかも自分で決めてきたし、 誰の影響や支配に従って何かをしたというのも、 自分がそうすることを認めたからである。 誰のせいでもない。 現在の自分の取り巻く状況・環境・人間関係などは、 すべて自分自身が選択してきたことが、 現実となって反映されている結果であると言える。 多くの人は流れていく時間に追われ、 今に集中することに忙しく、 過去のどんな時にどんなことを決断し、 どんな自分になることを選んできたのか、 そのデータを保存したことを気付くことなく生きてしまっている。 自分が変化したタイミングにどんなキッカケがあって、 それまでが…
人には、常に不足を感じている人と、常に満たされている人がいる。この違いによって質問の仕方なやコミュニケーションに違いが出てくる。■ 常に不足していると感じてる人不足がある人は不安感から質問をする。相手の情報・リアクションによってその不足を埋めようとする。自分の欲しいリアクションの形が決まっている。不足を満たすために相手からのリアクションを求める。もらえなくてもいいや、という気持ちがどこかにあるので得たいものが得られないと諦める。それ以上追求することはしない。■ 常に今が満たされていると感じてる人満たされている人の質問は好奇心からくる。満たされている中ではそれ以上変化がおきないことをわかってる。…
権力・財力・暴力 人間が人間を支配できる大きな力 それを手にしたいと、人は一度は思い描くだろう それは支配される側に立った時に、そこで生きたくないと思ったから出てくる想いじゃないかな そして、途方もない努力をして手にし、望むのと同等の力を得たと自ら認識でき、実感したとしよう 一時的にはそれに酔いしれるだろうね それを得たと実感できる閾値は人それぞれ そこに多い少ないは関係ない 人がどう思うかは、その人の人生観によるものだから、人によって違って当然のこと 力を持たない時には弱者、力を持った時には強者となる これが今の世の当たり前の縮図 力とは、自分以外の存在が畏怖や尊敬に値すると認められた時、初…
【セーブポイントとは?】なぜこの時代に成立しているのか【交換から循環へ】
●「 交換 」から「 循環 」へ ● 今の資本主義は『交換』が主流で経済が回っている。 物の価値は自分で決めるのではなく、先に他者に決められた状態で選ばざるを得なく、1円でも足りなければ手にすることが出来ない。 『等価交換』が絶対的に適応され、等価かどうかはすべて例外なく『お金のみ』によって計られる。 人が価値と思うモノを創出し、同等のものを創出していない者は自分の生み出した価値との交換ではなく、『お金』という指標一つのみで交換が成り立つのが今の社会構造。 自分が出した分だけの同等のものを、出したらその場ですぐに受け取らなければ損をすると思い込んでいる。 その当たり前に染まりきってしまい、それ…
まずはこちらをお聞きください www.youtube.com 学生が現代社会の大人を見る時、果たして『 自分がなりたい大人の見本 』にしたいっていう人が居るだろうか。 今の学生から見たら、今の大人を見てどう感じるんだろうか。 昔の自分が子供の頃、大人になって何をしたいかなんて夢は非現実的なものだった。 インターネットなんてなかったし、取り入れられる情報なんて少なかった。 どうやったらなれるのかという必要資格的な一般情報は入るけど、その職に就いてどうやって生きていけるのかなんて事は誰も教えてくれなかったし、誰も知らなかった。 だって、大人は自分がやったことしか語れないから。 聞いて出てくるのは、…
繋がりを創りたい【一億総活躍社会の創り方とそこに生きる人の在り方を纏めてみた】
J mindとは日本特有の和心を指し、それを持つ人をJ humindと称す。 その人の集団をJ humind associationと総称。 和心とは脳5感覚・時代・社会・常識・人種種族等あらゆる境界を超えて全てとの繋がりが知識理解でなく腑に落ちている状態を言う。 これが備われば、互いの意見を建前無く出し合え、それを受け入れ合える心の余裕を創れる。その上で違いを認め合ったり尊重し合ったりする『和の中での深層相互交流』が行える関係性を構築できる。 そして相互交流が出来ることによって人と自分の違いか明確になり、自分という個を活かした能力や技術を最大限に活かせる集団を、解決や創造に合わせて自由に編成…
【心の循環=経済循環】の完成 ~polcaチャレンジを終えて~
私は今回、物凄く現実離れしたことをチャレンジしてみた。 それは『自分以外の人の気持ちで、家族を養う生活費を捻出してみよう』という試みだ。 現代人の当たり前であり、人生の大半を費やしている《自分の分は自分で稼ぐ》という、世の中の常識的発 想とは真逆の概念でお金を集めるということをやってみました。 フレンドファンディング「polca」をはじめとして、VALE・Twitter・Facebookなどで、自分の在りのままの 現状と自分が持っている未来構想を価値として、文字通り丸裸状態で人目に晒すことをしました。 当然のことながら、この行動には賛否両論ありました。 ・「お金ないなら働いた方が良い」という時…
評価経済の成り立ちと現実に【拘束されている】という見えにくいトラップ
親・近所に始まり、保育(幼稚)園・学校教育(先生や国)の評価基準、社会(世間)や会社(上司部下など)、或いは1ヶ月毎にリセットされる支払い(お金)…私達は生まれた時から段階的あらゆる形の人からの評価を通過して今を迎えているだから、『人に評価されて当たり前』という常識を無意識のうちに作り上げてしまっているそして・・・それは自分で自分を評価することを忘れさせるに、言い換えればその発想すら持つことすらないままに人生を生きさせるに、充分な大前提を作り上げている人からの認められなければ価値はない人からの賞賛がなければやる意味などないそうして相手や世間に合わせることで、自分という出し方の限界の層を厚く塗り…
鬼頭哲也はどうやって社会を変えていこうと企んでいるのか!? 貧困・戦争・殺人・高齢化・鬱。。。色々な社会問題が溢れている現代。 その問題一つ一つに対して対処療法的な解決方を模索している政府・地方・団体は沢山あります。私は違う側面からの解決方法を考えています。 この世界を作っているのは一体何なのか。それは言うまでもなく『人』です。人が創りだした世界は、人によってでしか改善しないと私は思っています。 だから考えました。 人類は、空を飛べないから飛行機を造り、走るより早く移動したいから自転車や自動車・電車や新幹線などを開発してきました。言わば『「人」が扱う道具』ばかりを進化発展させてきたのが歴史であ…
【志々島國創り計画】鬼頭案 私が提唱する新しい社会の在り方『個が立つ和の共同体社会』の実現を前提とした案となります。 それに必要な要素として、人が間を作らず壁を作ってしまっている現状を打破するために、教育課程では教えてこなかった『人間関係』を、勉学ではなく体験しながら自分の在り方を更新していける滞在型の村(テーマパーク)を作ろうと思っています。 人によって態度を変えたり、自分がいろいろな条件状況を理由に出来ないや無理を勝手に決め付けて、自分の可能性をフル活用出来ず、自分の人生なのに誰かのルールの上で生きていっているのが現代社会だと思っています。 誰とでもちゃんと自分自身の全てを表現し、正面から…
私鬼頭 哲也は、『個が立つ和の共同体社会』実現の為に昼夜を問わず活動しています。昔に比べて希薄になった人付き合いの在り方を見直し、村や地域ぐるみで助け合って子育てや生活の支え合いをしていた、血の通った温かみのある人間社会を現代に合ったら形で再び取り戻したい。唯一日本人が持ち合わせている『和心』という世界に誇る概念によって、地域・日本・世界に平和と活気を共有していきたいと本気で考えています。生活はお金だけでの流通や交換だけでなく、人は想いで生きていける。そう信じています。現在の私は、電子書籍の執筆活動や香川県にある志々島の開拓に心血を注いで、一日でも早くまずは日本に『個が立つ和の共同体思想』を知…
今までの人生を通して得た知識・経験・情報などを精査し直し、私が今語れることの一部ではあるけど、それを電子書籍という形で出版しようと思い、書き始めて1ヶ月・・・。ようやく文章構成が完成した。思えば去年の4月、日本で起きるあらゆる犯罪の根本原因は現代社会の在り方にあると思い、どのような社会であれば孤独感や差別・偏見がなくなり、日本の和心を大切にした誰も敗者にならない、誰もが自分の人生の主人公として楽しく人生を歩んでいける。それを探求し続けた結果として、この書籍が生まれた。私が提唱した【個が立つ和の共同体社会】の一端を担う重要な要素について触れています。私自身が、自分で長年悩んでいたこと。素直な自己…
自分に行動制限してしまう理由① 【 自分の信念を曲げて、周りの人や環境に合わせすぎる】
あなたという人間は、この世でたった一人しかいません。人生観は生活し得てきたものが各々違うので、一卵性双生児であっても全く同じ状況で同じ事情報を得るわけではないので人格は似ていても違ってくるわけです。 そんな個性や価値観の違った人が集まるこの現代社会の中で、義務教育で叩き込まれた『全体行動の合一が正しい』という刷り込みによって個性や創造力、周りへの気遣いや自分の意見を主張するすらをも《みんながしてないから》という理由だけで押し殺してしまう日本人が出来上がってしまいました。 集団生活を送る上では、足並みを揃える事はある程度必要ですが、だからと言って自分の意見や感情を表に出すことを場の雰囲気から勝手…
今日僕は初めて、この世に生まれて、泣いた今日僕は初めて、喜ばれた今日僕は初めて、褒めてもらった今日僕は初めて、怒られた今日僕は初めて、怖さを知った今日僕は初めて、好き嫌いを知った今日僕は初めて、嘘を知った今日僕は初めて、楽しさを知った今日僕は初めて、悲しみを知った今日僕は初めて、努力を知った今日僕は初めて、達成感を知った今日僕は初めて、喜びを知った今日僕は初めて、危険を知った今日僕は初めて、死を知った今日僕は初めて、常識を知った今日僕は初めて、喧嘩を知った今日僕は初めて、理不尽さを知った今日僕は初めて、我慢を知った今日僕は初めて、どうやったら怪我をするのかを知った今日僕は初めて、逃げることを覚…
前回の投稿 からの続きです。 自分とは何なのか、ここから考え直していこう。 自分の定義はいろいろな見方からできると思うけど、ここではこの2つで定義してみようと思う。 自分の認識できている『意識的な自分』と、自分で認識し難い『無意識的な自分』。 意識的な部分に関しては制御可能なので、今回は無意識にフォーカスしていきます。 一生、自分の無意識に気付けなくても生きてはいける。 でもそれじゃずっと、己で認識できている意識的な部分だけが自分だと言っているようなもので、【自分】とは自分の半分しか指していないと言える。 非常に勿体無い!! どうせなら全部使いたいでしょ!? 人はちょっとしたことで、相手はこう…
【個が立つ和の共同体社会体感の場創り】香川県のとある島に視察に行きました
この話を貰ったのは5月19日。 秘書の新潟出張に同乗する友人との会話から始まった。 香川県にとある島があり、その島に親族の家があるんだが過疎で何か出来ることはないかという話。(それ以外にも沢山の物語がありましたが割愛します) その話を聞いた時に、ハッと気が付いた。 私は今まで【個が立つ和の共同体社会】の構想や必要性は沢山語ってきましたが、それを実際に体感・体験できる場所がなかったということ。 フワフワした受け取りにくい話や考え方だけでは理解し難いものがあるし、どうやって現実的に実現可能となるのかという『目に見えた形』を作れてなかったなぁと。 そこで、ここにそれを作れないかという構想が思い浮かん…
【個が立つ和の共同体社会】実現が、なぜ今必要なのか ~アインシュタインや先人達の想いに報いる~
前回の投稿 からの続きです。 人類はいずれ自分の外に出ることを考えなければならないと思う。 それは、今までの歴史の積み重ねで定義付けられてきた『自分』という壁を突破することと言い換えることができる。 自分とは何なのか。 どこまでが自分なのか。 これを改めて考えていく必要がある時代に突入しているようだ。 なぜかと言えば、今の問題意識は過去から今に蓄積によって生まれたものであり、既存の思考・発想で解決しきれないからこそ、問題として表在化してしまっているからだ。 アインシュタインの名言の中にある【いかなる問題も、それをつくりだしたときと同じ意識によって解決することはできない。】という思想から考えるな…
【個が立つ和の共同体社会】の実現していない今、どんな問題が起こっているのか ~アドラーの一つの思想に辿り着いた~
前回の投稿 からの続きです。 日本人には、古来より【和心】というものが無意識的に備わっている。 和心を表す英語はない。日本特有のものである。 例をあげるならば、日本では震災に見舞われる機会が多い。 震災時、日本人は学校の体育館などで集団生活を強いられるが、そんな中でも人は助け合い、気遣い合うことができる。 だが、残念なことに和心を持っているはずの日本人であっても、それを発揮することは有事の時以外では1年でも数えるほどだ。 天災であるなら人は団結できることもある。 資本至上主義社会の現代は、弱肉強食。強いものが弱いものを喰らう。その世界でずっと生きていくなら、自分が喰われる覚 悟も必要だ。だが、…
なぜ【個が立つ和の共同体社会】を実現させなければと思ったのか
人は、幸せになることを願ってきた。 人類史が始まって以来ずっと。 様々な発明をし、テクノロジーの発達をしていきながら。 今この瞬間が、過去最高に便利で住みやすいことは間違いないと思う。 だが、果たして今、全人類は幸せであると言えるだろうか。 長い年月をかけて追及してきたはずの幸せを、人は手に入れられていると言えるだろうか。 今のこの世界を見てみよう。 国の権力を握っている一部の人間が、自分の国以外を差し置いてでも自国が肥えることを考え、そしてその国に生きる一般市民は【国】という支配の中で、今までの積み重ねてきた『当たり前の生活』を何の疑問も感じずに不満を吐露しながらも生きている。 自分を定義す…
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