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2016/11/13

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  • 歩行器は、旅でもすこぶる便利です。

    今回の車一人旅では、歩行器(シルバーカー)をフルに利用しました。これがすこぶる便利なのです。 ◆コンビニやスーパーでの買い物時 買い物かごを座席の上に置いて買い物し、レジが終わると商品は、座席の下のかごの中に納めます。 ◆施設見学時 写真の様に、パンフレットは座席に挟んで、購入した土産品は下のかごへ。 ◆雨の日も安心 杖の様に滑る危険性はなく、安定感があり、安心して歩行できます。 これで傘も差せます。 ◆手すりのない階段 一段一段昇り降りしますので時間はかかりますが、コツを掴めば、安定しています。 ◆旅行中でも1万歩 私の様に、重度障害でかろうじて歩行している人間は、杖に頼るより、より自然な歩行になり楽なのです。だから歩行数が自然に増えます。   それじゃ~また   ..

  • 会津28万石から7千石の米作不適合地への転封

    夜、岩手県から青森県に入った。雨が降り気温もどんどん下がってきた。 青森県の太平洋側(南部藩)に来たのは、戊辰戦争で敗れた会津藩が、いわれなき朝敵と見なされ、藩ごと転封された土地だからだ。 それを斗南(となみ)藩と言う。28万石の会津藩は7千石の地に封じ込められた。その荒野に藩士と家族1万7千人が移り住んで、飢餓に追い込まれたのだ。 その跡地を見てみたかった。最初は八戸市の西側の三戸郡中心に移り住んだのであるが、そこからさらに下北半島へ移動させられた。 八戸市のネットカフェ で一泊し、翌日下北半島の入口三沢を目指した。 三沢は言わずと知れた空港・基地の街である。   ただただ広い平原が広がっているのだが、ここは米作りには全く不向きだ。太平洋からヤマセという冷たい風が吹いて来るからだ。 新政府により豊かな会津盆地から..

  • 片麻痺から回復しなかったが、夢は達成できた。

    宮城県から北上する三陸沿岸道路は復興支援道路であり、海はほとんど見えない。 長年の夢であった三陸リアス式海岸は見ることができないのだ。 30代の時、石川県の霊峰白山(はくさん)のホテルで偶然、車で日本一周をしている初老の方と知り合った。 これまで、どこが一番良かったかと何気に尋ねた時、即座に三陸のリアス式海岸と答えられた。 その時、俺も60才で仕事を引退し、キャンピングカーを購入し三陸リアス式海岸を見に行こうと決めた。 54歳で脳卒中で倒れ重度の障害が残り、翌年東日本大震災が起きた。 夢は完全についえたと思った。 それでも、日本の各地を車旅しようと、リハビリを続けた。 しかし、重度の障害は、力めば力む程、むしろ身体は強張り、痙性が進んで一層歩き難くなった。 10年が過ぎ、もうこれ以上身体が大きく回復しない..

  • 東北地方、太平洋側の農民の惨事

      奥羽(東北地方の太平洋側)の北部(岩手、青森)の農民は、日本の歴史上、本当に凄惨な暮らしを強いられた。 本来は、縄文時代の古墳が発見されるなど、漁業を中心に畑作、山の幸を加えれば、豊かな土地であったにもかかわらずだ。 全ての不幸の始まりは、武士による年貢取り立て。その土地に不向きな米作を強要されたことだ。 ここは太平洋側からの冷たい風である山背(やませ)が吹いて、南国産の米作など元来不向きな土地なのだ。 山背、冷害、凶作のパターンで農民は飢餓にあえいだ。 最近、Yu-Tuber歴史家が「農民は飢餓の年は、藩により備蓄米の放出があり幸せだった」と物知り顔で、平然と言うのを聞いてぶったまげた。 歴史上、そんなレベルでは全くないのだ。数年に一度は、ここそこで、餓死が当り前の様に起こるのだ。 それでも盛岡藩は年貢を強制..

  • 宮城県塩釜市 ガロ編集長長井勝一漫画美術館

    高校を卒業した頃、「漫画には小説や詩と同じように大人が読むものもある」ということを教えてくれたのが、漫画雑誌「ガロ」でした。 つげ義春さんの「紅い花」,永島慎二さんの「フーテン」夢中になって読みました。 編集長であった長井勝一さんの「まんが美術館」が塩釜にあると知って訪ねました     入場者は私一人で、普段見ることのない漫画の生原稿をじっくりと味わうことができた。やはりみんなうまい! ガロは紙質が悪いこともあり、なんだか下手に見えた作品も、生原稿を見るとやはりものすごくうまい。プロもどきは生き残っていけない厳しい世界だと、実感させられた。 作家の息遣いを感じる生原稿はやはりいい。     ★仙台の先にある塩釜という街、初めて訪れた者には何とも走りにくい街でした。交差..

  • 脳梗塞回復可能領域(ペナンプラ)どう救う

         【神戸新聞 2022年9月29日】 いいですねえ~。脳梗塞に関しては、こんな風に血液検査で、回復の可能性の目途が付く事、時間が経っても血栓回収治療の効果が見込める患者が発見できる事、素晴らしい。 患者の中に、奇跡の回復を自称する人が時々いて、当惑することがありますが、そのメカニズムが明らかになるかもしれません。 患者にとっても、回復を科学的に考えることは大切なことです。その 一助にもなります。    それじゃ~また        

  • 「私」のみ 視野の狭さは少し寂しい

    ◆以前、脳卒中などの中途障害者は、仲間意識、社会的意識に乏しい面があると話した。  障害は一時的なもので、自分は、直ぐに元の健常者に戻るという意識、また、損傷部位・機能、程度は10人10色の為、同じ仲間だという認識が乏しい。 ◆SNSでも、「我々」でなく「私」でしか表現出来ない人が多い。だから競争の面も強く出る。私は、これ程回復しているのだという自己アピールである。もちろん日々のリハビリの努力の結果だからいいのではあるが。 また、「中途障害者程、悲しい者はない」という当事者の言葉を目にした時は、正直ぶったたまげた。どれほど自己中なのか?!   ◆中途障害者は、社会生活を長きにわたって営んできた人が多い。相応の社会経験を積んでいるのだ。 だから「私」のみの視野の狭さは少し寂しいなと思うのだ。 ◆..

  • 廃墟となった町々

    いわき市から北上して驚いた。 大熊町に入ったところで、窓ガラスがなく、ボロボロのカーテンが乱雑につり下がっている家がある。屋根瓦が落ちている。そして何より町に人の気配がしないのだ。   ある日突然住民がいなくなった町。そんな不気味さを感じるのだ。 阪神淡路大震災を経験したが、その時は一戸建ての多くが倒壊し、あるいは火災に巻き込まれ焼け果てた。しかし街に人は溢れていた。 だがここは家はあるが、人がいない廃墟のような町だ。 道路わきには「帰還困難地域」という立看板が出ていた。 他にも、幹線道路の寿司チェーン店、牛丼チェーン店、トヨペットといった本来なら盛況な全国チェーンの店々も突然廃業したという趣なのだ。   双葉町、浪江町、南相馬市とこんな風景が続いた。 ガソリンスタンドも、復興工事を当て..

  • 中途障害者たちの新しい動き

     私は普段から同病の方に対して結構厳しいことことを言っている(スイマセム) これひとえに、大きな期待の裏返しなのだが、そんな中で YouTuber 、SNSに、新しい動きが出てきた。大変喜ばしいことだ! ◆一つはyou-tuberが、 ニッチな脳卒中市場で、視聴回数を獲得するため「私」以外の同病者も意識した動画が上がるようになってきたことである。さらに、片麻痺you-tuber同士の連携も生まれている。   市場における「神の見えざる手」が働き始めているのだ。     ◆もう一つは 片麻痺障害者がyou-tub,SNSを通して、自分の趣味で、健常者の新しいフォロワーも獲得し始めたことだ。鉄道、ハンドメイド・アクセサリーなどの部門だ。 障害が暮らしのベースにあるも、多様性に開かれている。素晴らしい!   ネッ..

  • 脳を損傷した後、粗食を心がけている

    脳を損傷してからは、粗食を心がけている。 外食も、コロナ以降は、3か月に1度程度だ。 私の場合、その方が気力も充実し、頭の回転も良いと感じるからだ。 美味しい物お腹いっぱいは、スポーツにはOKかもしれないが、他は、 美食・過食ー>気力減ー>美食・過食の悪循環を引き起こすように思う。 食べることで、気力を充実させようとしても、逆効果にしかならない。 重要な商談を前に、腹いっぱい食べる人は少ないだろう。腹八分目で、神経を研ぎ澄ますであろう。 外食もコンビニやスーパーの総菜も、スパイスが多用されており味付けも濃い。だから刺身を時々買う程度だ。   ただ、3時のおやつは、きっちりいただく。あんこ好きだ。 疲れた頭はこれで補っている。   しかし病気前は辛党で、あんこなど、気味悪い食べ物だった..

  • 円谷幸吉記念館(福島県須賀川市)

    私が小学生の頃、テレビが爆発的に普及しました。東京オリンピックが開かれるからです。 期待に胸膨らませた東京オリンピック陸上競技では、惨敗つづきでシュンとなりました。 ただ一人、最終種目のマラソンで、円谷選手がメダルを取ったのです。歓喜しました。 円谷選手は首を傾け本当に苦しそうに走るのです。アベベに次いで、競技場に戻ってきた円谷選手は、そこで一人の白人選手に抜かれましたが、何とか銅メダルを獲得しました。 私もこれに大いに刺激を受けて、「円谷選手のようにオリンピックに出る」と人生初の目標を立て、毎朝走るようになりました。円谷選手は私のヒーローでした。 何年か後、あの円谷選手が自殺したという衝撃のニュースが飛び込んできました。   「なぜ?」という疑問は脹らみましたが、それでも毎朝一人で走ることは止めませんでした。 家..

  • あんた自慢してるのかい⁈(2)良友を得るチャンス

      ◆「脳卒中後遺障害は10人10色、心情にも大きな差がある」 前回話したように、同病者と会話する場合や、ブログ等で情報を発信する場合に。このことだけは常々留意している。 それでも「わかったような口きくな」と時々お叱りを受ける。 情報発信の受け手の大部分は同病者と家族なのだ。読み手の事は、常に意識の角に置いておくことが必要だ。 俺は自分のやりたいようにリハビリし、それを記録としてSNS上に残しているだけだ。という方もおられる。でも、それでは人間関係は広がらない。 ◆脳卒中後の生活で何が一番大切かと、問われれば   経済基盤を除けば、躊躇なく人間関係と私は答える。 人間関係は、家族と友人だ。信頼できる友人の中に同病者がいれば最高だ。しかし、10人10色の中で中々得難いのも事実。   ◆脳卒中を経験した方、実..

  • あんた自慢してるのかい⁈(1)

      ◆同病の方に、面と向かって、あるいはSNS上で、「あんた自慢してるのか?」と言われた経験ある方、おられるのではないでしょうか? SNSや動画が、単なる自己アピール(自己顕示欲)のステージになっており「結局自慢したいんかい!」と感じる事が確かにある。 だが、リハビリ話が、多少自慢めくのは、ある意味仕方がない。 地道にリハビリを続け、多少進歩した。これは大変嬉しいことで、それをSNS等で発信したくなるのは、人間心理としては当然であろう。   ◆私は、あけっぴろげな関西のオッサンなので、日頃、リハビリ室で同病者に気楽に話しかけ、冗談言って笑い合っていた。 だが、これまで同病の二人の方に、強い目で睨まれ、話を拒否されたことがある。 お二人とも障害が重く普段は車イスで、リハビリ室で必死で歩行リハビリされていた。 そんな..

  • 宮沢賢治よりどちらかといえば草野心平が好きです

    共に東北出身で同世代を生きた偉大な詩人二人、私は教科書で草野心平の「冬眠」という詩を読んで?(見て)衝撃を受けました。それ以来草野心平のファンです。 もちろん宮沢賢治の詩にも感動しました。特に高校の女性教師が読んでくれた「永訣の朝」は衝撃でした。感動のあまり呆然自失の私に、教師がにっこりと微笑んでくれました。 ですが、宮沢賢治というのは、育ちがいいという感がどうしても拭えないのです。百姓仕事をしたこともないのに、理想に燃えて農学校の教師になる等、少々青っぽさを感じるのです。 草野心平は、家庭を持ち生活に貧窮しながらも創作を続けた。その骨っぽさが好きなのです。   ちなみに吉野せいの夫で詩人の三野混沌は詩作に夢中なあまり農作業がおろそかになり、また農地解放運動にのめり込んで、百姓仕事、子育ては全てせいに任せっぱなしだったそうです。私は..

  • 同じことの繰り返しの中で創造性は生まれる

    ◆SNS など毎日見ていると   正直こう叫びたい時がある。   犬も猫も嫌いじゃないが、毎朝毎晩、人の愛しいイヌや猫の写真見せつけられると、正直キツイのだ。 しかしアップする当人は愛しくて仕方ないのだから、正面切って言っても大人げない。   「イヤなら見ないでやり過ごせばいい」そんなこと言われてもイヤでも目に飛び込んでくる。   ◆反面、岡本画伯のお言葉ではあるが   私は、一つのことを10年15年と続けることは非常に価値あることだと思う。 職人の修行などがそうであるが、まず親方の言うこと、やっている事を100%鵜呑みにして自分で毎日毎日やってみる。   そうするとある時、自然と自分のやり方といったものが生まれてくる。継続から創造への飛躍だ。     ◆リハビリなどもそうだ   ..

  • どうやって自己承認を得るのか

      ◆過剰な承認欲求 twitterやブログでの「いいね」等、他人からの承認欲求が過剰だと思われる人がいる。ランキングサイトでの上位表示も根は同じだ。 裏を返せば、自分に対する承認が弱い人とも言える。 脳卒中で中途障害者になると、後悔からか自分を認めることが出来にくくなる。 だから病後、自分で自分を認めてやる自己承認が、精神的には大切だと思う。 ◆どうやって自己承認を得るのか 重要なのは、他人からの承認でなく、自分で自分を認めるという自己承認だ。   これがあれば、他人からの過剰な承認は必要ない。   では、どうやって、これを得るか。   その前に、まず己を知らなければならない。 自分がどんな奴か分からなければ、承認のしようがない 。   つまり前提は「自己理解」だ。     ◆自..

  • 「土に書いた言葉」百姓バッパ作家 吉野せい

    百姓バッパ吉野せいは、夫の死後その友人に小説を書くことを勧められ、鍬(クワ)に親しんだ手にペンを持った。70才になっていた。 勧めたのは近郷の詩人、草野心平である。その心平をして、「これは単なる農民小説でも記録でもない。恐ろしい文学である」と言わしめた。 せいは夫で詩人である吉野義也(三野混沌)とともに、阿武隈山脈の南はしの藪野を開拓して50年作物を作り続けてきた。   「土に書いた言葉」と表現した人がいたが言いえて妙である。 今回の東北旅で、その菊竹山の開墾地をどうしても見ておきたかった。 しかし唖然とした。 そこはもう住宅が立ち並び、狭い畑が僅かに存在しているだけの場所である。 吉野せいが開拓し奮闘した跡地は見られない。道路の端にわずかに竹やぶの跡が残っていた。 落胆し..

  • 不治の障害ゆえ恋人と別離

      大石邦子歌集「冬の虹」   大石さんは、20代の一番きれいだった頃、通勤バスの事故により、半身麻痺の身となり不治の宣告を受けた。 これにより、結婚したいと思っていた恋人との別れが訪れる。   私も、トラウマとなった辛い別れを経験していますが、大石さん程の深い悲しみ無念は知りません。 それでも、名を伏せ祝電を打つ。   この大石さんの強さに、私は救われる思いがしています。   冬の虹―大石邦子歌集 (国民文学叢書 第 215篇) 作者: 大石 邦子 出版社/メーカー: 歴史春秋社 メディア: 単行本 大石さんは、会津の人です。私は、戊辰戦争に敗れ新政府に苛酷な仕打ちを受けた会津藩の人々に、興味をかきたてられます。 今回の旅も会..

  • 豊かな会津盆地から下北半島へ

    会津地方、なんて落ち着いたいい町々であろうか。 高速道から初めて眺めた会津の町。周りを山々に囲まれた盆地。その中に豊かな田園地帯が広がっている。猪苗代湖の豊富な水系がもたらすのだろう。 そして山々の中で一段と、神々しくそびえ立つ磐梯山。   こんな町では、ひとは、日々落ち着た心持で暮らせるように思う。 だから古く会津藩の時代から、教育に熱心で、その成果も上がっていたのだろうと想像させる。 こんな豊かな土地から戊辰戦争に敗北したことにより、米の取れない極寒の青森県下北半島に藩ごと移封させられたのである。斗南藩である。 大きな落差のある暮らしに、人々の嘆きはどれほど大きかったであろうか? それを確かめるべくここ会津若松から、青森県下北半島に向かおうと思う 。     ..

  • 亡き友と同行二人旅

    【北三陸リアス式海岸】 岩手県田野畑村の北山崎付近です。友が好きだったJAZZのCDに写真を入れました。 meganesaru707同行二人先月亡くなった友を、道連れに今週、旅に出ます。皆さま良い一日を https://t.co/NbbWefXXiZ10/01 14:00 meganesaru707友の葬儀は、家族葬でしたので、弔電打ちました。Amazonから自由な文面で打つことが出来ました。突然の訃報で悲しみにくれています。18歳で京都で出会ってからの楽しい思い出が次々とよみがえります。これまで本当にありがとう。安ら… https://t.co/G5yrlXgVNA09/22 02:30 ◆亡き友へ いい学校、いい企業 18歳でその外に置かれても ひるまない..

  • 大きな傷を与えた側じゃ無くて、本当に良かった

      ◆10代の体験ってどうしてこんなに長く尾を引くのだろう。 壮絶な体験と言えば戦争体験であろうが、10代でなら深い傷となって消えることはなく一生尾を引くのだろう。 他にも、親からの虐待、学校でのいじめ、恋人の裏切りといったことは若いだけに防御のすべを知らず、トラウマとなってフラッシュバックする。   ◆私も今も時々うなされることがある。しかし、初老に差し掛かって命の先行きが見え始めて、別の感慨も生まれてきた。 それは、こんな深く、大きな傷を与えた側じゃ無くて本当に良かったということだ。     ◆逆なら、自分の人生は、やはり罪深い。死に近づいても 後悔と懺悔の気持ちから逃れられないだろう。 もちろん、傷つけた側にも、言い分、理由はあるだろう。ただ、ほとんどは引きずることなく忘れ去っているだろう。   だか..

  • 「かしこ阿呆」と「阿呆かしこ」

    私が社会人になって、雇い主である師匠に初めて教えてもらったのはこのことだ。   ◆「かしこ阿呆」は、賢そうに講釈垂れるが、本質は馬鹿な奴。関西の商売人では最も嫌われ、冷笑される。   大阪の「阿保」に対して、東京の「エエカッコしい」のイメージだろうか。   ◆一方「阿呆かしこ」は、普段バカな冗談ばかり言ってるが、本当は非常に賢い人だ。   師匠もそうだった。同じアホでも、こんな人が混じっているから、油断ならない。 ◆「あんたが、民間人(商売人)として生きて行くなら、最初にそのプライドを削らんとあきまへんで」鼻っ柱の強い私に、師匠は鋭い目つきで言った。 ◆あれから40年、この言葉は本当に役に立った。「かしこ阿呆」が多かったのは公務員、教師、国に守られている一流企業のサラリーマン、芸術家(きどり)、政党ヒモ付き市民運動家等..

  • 障害は自己責任か⁈(その6)補足しますと

    「障害は自己責任か⁈」を5回にわたって書いてきましたが、知人たちに感想を聞いてみた所、ちょっと誤解があるように感じました。そこで少し補足します。     ◆「過失がゼロだから自己責任を問うな」   と私は言っている訳ではありません。 ◆自己責任(自己過失)が100%と言えない状況   で、自己責任のみを問われるのは、納得できないと言っているのです。 義父は脳梗塞を発病しましたが、酒は飲まず、煙草も発病の数年前にはぴったりと止めていました。楽しみはコーヒーだけという暮らしで、血圧も血糖値も問題ありませんでした。 一方私の母は、高血圧、糖尿病でした。しかし94歳で大往生するまで脳卒中とは、無縁でした。 義理の父に大きな過失があったとは思えないのです。一方、母には過失はあったと思いま..

  • 2022年秋 東北の旅 行程

    東北地方6泊7日の旅を終えて自宅に戻ってきました。 主な立ち寄り地は次の所です。 1.新潟県 長岡市 良寛の里 2.福島県 会津若松市 3.福島県 猪苗代湖 4.福島県 白河の関 5.福島県 須賀川市 円谷幸吉記念館 6.福島県 いわき市 百姓ばっば「吉野せい(作家)」開墾の地 7.福島県 いわき市 草野心平記念館 8.宮城県 塩釜市 長井勝一漫画美術館(ガロ編集長)   9.宮城県 南三陸町 JR志津川駅 10.岩手県 田野畑村 民俗資料館 北三陸リアス式海岸 北山崎 11.青森県 八戸市 12.青森県 三沢市 斗南藩記念観光村 13.青森県 十和田湖 14.秋田県 男鹿半島大潟 15.山形県 酒田市 土門拳記念館 16.新潟県 胎内市 最後の..

  • 現代人が失った旅心

    現代は、鉄道網も道路網も発達し、地方の飛行場も整備され、気楽に国内旅行出来る。国内であれば、一週間もあれば、ゆったり旅ができる。 歩き旅の昔はそれなりの覚悟を決めて旅をした。行き倒れということがあったからだ。四国巡礼は死に装束をまとっての旅だ。 1000年以上前の西行も、500年前の芭蕉も旅に非常に強い思いを持っていた。歌を詠む人には、歌枕(歌に詠まれた場所)を訪れたいという共通の思いがあり、先人の歌を思い、旅先へ思いを馳せていたのである。 今は便利に行けるぶんだけ、旅への思いは強くない様に思う。簡単に観光地にアクセスし写真を撮り、素敵な宿に泊って、温泉と美味しい料理を食べる。それが主で、旅情はあまり感じない。 古人に比べ、旅への思い(旅心)は明らかに軽い様に思う。  もちろん、現在でも歩き旅、自転車やバイク旅の人はいる。あ..

  • 津軽へのあこがれ

    【竜飛岬】 二十歳前からなんとなく津軽への憧れがある。 自分でも何故かよくわからない。何かの拍子に太宰治の紀行エッセイ「津軽」を読んだからじゃないかと思う。もう詳しいことは覚えてないが太宰が乳母に会いに行った下りをかすかに覚えている 。人を斜めに見ているような太宰が、素直に甘えの感情を出してるのが印象的だった。 何年かして石川さゆりの「津軽海峡冬景色」の歌が出た時、津軽への憧れを持っていることがはっきりした。 しかしこの曲が大ヒットしたことを思うと、これは日本人には共通した心情なのかもしれない。日本人の地下水脈を流れる抒情なのかもしれない。 後年、津軽地方が古代史上大変な地域であることが分かってきた。オホーツク人が大陸と津軽を行き来した跡がある事。縄文時代の大集落であった三内丸山遺跡が発掘された等である。 ..

  • 障害は自己責任か⁈(その5)障害者自己責任論に抗う

        ◆障害者に対する偏見や差別は、これまで悲惨だった。 障害のある人間は前世の報いだの、障害のある子を生んだのは母親に原因があるなどという自己責任論がまかり通っていたのだ。   その上、これを利用し食いものにする新教宗教も多い。   ◆差別に対し義務教育というものが有効に働いているかといえば、経験上全くそうは思わない。   友人は中学校で、障害者学級の受け持ちを長く勤めてきたが、彼が言うにはやはり教師は差別意識が強いとのことだ。 実際私の中学時代も差別的な言動をする教師は何人もいた。 彼らは差別が生み出された歴史を知らないし、職業上、表面的に人権意識をつくろっているに過ぎない。関西は、差別が顕著に現れる社会だから化けの皮がすぐ剝がれるのだ。 差別に関しては、人権教育のみならず、歴史教育が必須だと思う。東アジアでは、釈迦が..

  • 脳卒中は自己責任か (その4)自己責任論の先に何があるのか

    自己責任論の先にはなにがあるのか。 これまでの3回の話とは視点を変え、社会における障害者の位置付けについて考えてみたい。   ◆古代から征服した側は、   自分たちを貴い人(貴人)、征服された側を劣った人とし、身分(差別)制度をつくり、歴史を書き換え洗脳し国を治めてきた。 西欧のアーリア人がインドを征服したことによりカースト制が始まり、それは統治法として中国、朝鮮を経て日本に入ってきた。 ところが階層を作るに際し、見た目が変わらない場合も当然多い。そこで、一見でわかる肌の色の違う人や、障害者を真っ先に劣っているグループとした。 ◆日本では、貴族を頂点に、   実質支配者の武士、年貢を治め富をもたらす農民を良民とし、それ以外は劣った身分にされた。農民には高税率の年貢から逃げ出せば身分を落とされる恐怖が..

  • 東北への旅 白河の関

    老いゆく門出に 北へ向かう秋旅がプレゼントされた 亡き友と道連れ 白河の関跡 関東から陸奥(むつ=道の奥)国に向かう最初の関所が「白河の関」です。 西行も松尾芭蕉(奥の細道)も、福島県の白河の関から陸奥の旅が始まりました。吉田松陰はここから日本海側の出羽を北上し津軽へ行っています。 西行は「白河の 関路の櫻 さきにけり あづまより 来る人のまれなる」と詠み。 芭蕉は、「心許なき日数重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ」と記しましたました。 寂しい本州の奥への旅の始まりです。相当の覚悟を決めた出発だったでしょう。   今の世は道路網が整備されていますので、悲壮感はありません 。片麻痺の私でも車一人旅が、出来ます。でも便利さ故、失く..

  • 2022年秋の旅は東北地方を巡ります

    東北地方は、奥羽(おうう)とも呼ばれ、奥羽山脈を挟んで太平洋側が陸奥(むつ)国、日本海側が出羽(でわ)国です。   今回は太平洋側の陸奥国を北上する予定です。陸奥(むつ)は、すなわち陸(みち)の奥、本州最北端への旅です。具体的には、福島県、宮城県、岩手県、青森県(南部側)を北上します。       私は、新潟県の長岡から会津若松へ、そこから白河の関に行き福島県から北上します。   戊辰戦争(ぼしんせんそう)に敗れ青森県八戸市の西側(三戸郡)及び下北半島に移封さられた会津藩(斗南藩)の跡も追ってみたい。   またこの東北地方は黄金の地でもあります。   このような様々な興味をかきたてられます。     【追記】     悪夢の様な..

  • 脳卒中は自己責任か⁈ 脳梗塞と脳卒中の原因(その3)

      慶応義塾大学病院の医療情報サイトによると、脳出血と脳梗塞の原因は以下それぞれが考えられる。原因は脳出血と脳梗塞では違っており、また必ずしも高血圧に起因するものばかりではない。   ◆脳梗塞の原因   その原因によって以下の3つのタイプに分けられる。 1.大きな動脈の動脈硬化によって血栓が出来て詰まるもの(アテローム性) 2.心臓に出来た血栓が流れて来て詰まるもの(心原性) 3.脳の細い動脈が高血圧のために細くなって詰まるもの(ラクナ) 上記の1~3以外のタイプの脳梗塞も存在する。   ◆脳出血の原因 大部分は高血圧が原因で起こるが、以下の様に高血圧が原因ではない脳出血もある。 1.脳血管奇形 脳の血管が正常に作られない ..

  • 脳卒中は自己責任か⁈ (その2)

      私事だが、5月末に倒れた時、正月以降は2日しか休みが取れていなかった。 自営業で、定期・定額に給料が入ってくるわけではない。そのころ売上が落ち、債権回収も上手くいかず正直焦ってもいた。 自分の体調を考える余裕などなかった。その上、家族と離れての単身生活だったから朝起きてから寝るまでの仕事中毒。 しかし、これは私だけでなく、結果責任の激しい世界で生きている中小企業経営者や厳しいノルマがかかる民間企業のサラリーマンならよくある事だ。 救急車で運び込まれた集中治療室(ICU)で、これでしばらく休めるとホットした。死にかけてるのに(笑) 確かに自己管理の問題はあるのだろう。高血圧体質だのに毎日ではないが、酒を飲む日もあった。また、自分はプレッシャーに強いとの過信もあった。 だから「自己管理出来ていないと」と指摘されれば、思い..

  • 脳卒中は自己責任か⁈ (その1)

      ◆脳卒中で倒れた時、あわてて駆けつけた私の家族に医師が「きちんと自己管理しておれば、こんなことにならなかった」と言い放ったそうだ。 そして回復期の病棟でも女性看護師から「あなたは自己管理を怠っていたからこんなことになったのよ」と面と向かって言われた。 倒れてから幾日も立っておらず何も言い返せなかった。しかし未だこの2人の顔を覚えている。   ◆野球の長嶋監督もサッカーのオシム監督も日本代表監督の時に脳卒中で倒れたが、彼らも自己管理に失敗したのだろうか⁈ 医師や看護師は同様のプレッシャーの中で、自己管理し暮らしているのだろうか?   ◆温泉に入れば、でっぷりと腹が出て、尻の肉が落ちた中高年男性が、そかしこにいる。 彼らは自己管理ができているから脳卒中にならないのだろうか、私は不思議で仕方がない。   ◆高血..

  • ささやかですが、花のある暮らしになりました

    野に咲く花、鉢植えの花。現役時代は、何も目に写り込んで来なかった。 脳卒中で仕事を失い、田舎暮らしになって、ささやかですが、花のある暮らしになりました。 ミントの花が、雨に濡れ咲いています。 爽やかな香りがしてきます。 ニチニチソウです。 鉢植えの千日紅です。 庭に自生している三尺バーベナです。   涼し気な色のアメリカンブルー。 それじゃ~また

  • 目的を達成できればOK

    PCのCドライブ容量が満杯に近づいたので、 SSDを250Gから500Gへ置き換えることに。 元々ゲームも動画編集もしないから高性能マシーンは必要としない。 安価なSSDの置き換えで対応することにした。 初期化やクローン作製は順調にいったが、問題はここから。 片手ではコードの抜差し、ネジ止めの物理的作業が難しいのだ。 最後は、古いSSDの上に両面テープで貼り付けた! 片手では完璧を目指さない。目的が達成できれば不格好でもOK! それじゃ~また

  • 私を見つける

    ------------ 風の中に   土のにおいに   もういちど日本を見つける   私を見つける。   ------------ 松たか子さんのやわらかな声で始まるNHKの「新日本風土記」。毎回録画するのですが、溜まっていくばかり( ;∀;)   ですが究極、これを求めて旅をしているんじゃないかと、 いまさらながら気づいた次第です。 同局の「ファミリーヒストリー」のようなご立派な先祖はいなですが、英雄や権力側の歴史でなく、多くの日本人、庶民に古くから流れる地下水脈のようなものを感じてみたいものです。  それじゃ~また             ..

  • ガソリン現金支払い

    一人車旅を始めて困ったのが、ガソリン代の支払い。 普段は、いつも行くセルフのガソリンスタンド(以下「GS」)でカード払い。 しかし、旅では高速など、満タン、現金払いが多くなる。 また、私自身が自営業者であったので、下道では、できる限り小さなGSで給油したいとの思いがある。 そこで、片手で、素早く、端数まできっちり支払いたい(釣銭の受取は片手では落としそうで怖い) それで次の様に小銭を整理している。外から小銭が見えるのも不用心なためメガネケースに入れている。   meganesaru707レギュラー、満タン、現金!片手でもスムーズ支払い、メガネケース入り https://t.co/62qvPD5wt607/19 18:00 支払いはこの革の小..

  • リハビリの歌(1)

      脳卒中で倒れから、多くの新しい出会いがありました。 最初の出会いが、急性期病棟で、看護実習生として私に付き添ってくれた彼女です。 倒れた先にスミレの花が咲いていたのです。  当り前ですが、一旦失ったものは身体が元に戻っても、元通りにはなりません。 例えば、一旦壊れた人間関係は残念ながら元通りなりません。 それよりも、新たに一から作っていく、と考える方がいい気がします。 リハビリは、確かに何かをするための手段ですが、 その人の「生きる様」が表れてもいます。    それじゃ~また

  • 障害者が安心して利用できる無人駅へ指針

    車イス、歩行器(老人車)、杖で移動している場合、無人駅での乗車は、本当に頭の痛い問題です。 しかも電鉄会社の合理化で、無人駅はますます増えていきそうです。 【神戸新聞2022/8/12】 meganesaru707障害者が安心して利用できる無人駅へ指針【神戸新聞2022/8/12】◆国交省https://t.co/18zTxj4aIt https://t.co/o4cmFCJ28H08/11 19:21 国交省ガイドライン https://mlit.go.jp/tetudo/content/001491831.pdf それじゃ~また      

  • プラスチック容器にヒモの取っ手

    片手で暮らしていると持ち手のない器(うつわ)ほど扱いにくいものはない。 プラスチックの容器は安くて、軽くていいのだが、持ち手がついてないのが沢山ある。また持ち手が付いているのは、重ねられないということもある それでプラスチックの蓋に穴を開けてPPロープを通して持ち手とした。   もちろん蓋と下部がフック等でしっかり閉じられる必要があるが。   見た目チープだが、丈夫でかさばず意外と便利だ。 穴は電動ドリルで空けるのが簡単だ。       それじゃ~また    

  • 白山巡回、近江の旅(2022年6月)

    ◆行程・ブログリンク2022年6月の白山巡回、近江の旅のまとめです。記事は下記にリンク張っていますのでよろしければご覧ください。 自宅~敦賀~福井平野~三国市~東尋坊~朝倉一乗谷~大野市宝慶寺~九頭竜湖~白川郷~富山県散居村~白山市一向一揆跡~小松市木場潟公園~琵琶湖高島~福井熊川宿~自宅   ◆エッセイ   ・歩行器をポリバレントに使う   ・片手(右手)だけでフロントサンシェードをセットする   ・日本人の知恵、箱膳は優れもの。     ・車用クーラーボックスを冷蔵庫に変えた   ◆旅行中のツイート meganesaru707巡礼の旅は通常時計回り。この私、あっちこっち寄り道、引き返すのはめんどくさいと結局、逆回りになっていました。あ..

  • 今苦しみの中のあなたへ(小倉くめ)

        ■今苦しみの中のあなたへ(小倉くめ)   私にも、もがき苦しんだ時期がある。先天性障害者という天からの贈り物を拒否しようとした時期がある。   私のことなんか、ほっといてください。   どうぞその手を離してください。     と抗議と哀願を繰り返した時期があるが、36歳で無職、無年金の障害者となり何にもなくなった。と天を仰いだ時、今がその時とでも言うように生まれでた「秘めだるま」     自分が自分を見捨てぬ限り、あなただけのために天が用意した大きな大きな幸せを必ず手にすることができる。   くさるな。投げるな。あきらめるな。   ーーーーーーーーーーーーーーーー   「天は自ら助くる者を助く」です。   人に安易に頼らないで、まず自分で懸命に努力する。そうすると思わぬ助けが得られる。   仏教の「自力」と「他力」の教えとも共通す..

  • 日本人の知恵、箱膳は優れもの。

    皆さん箱膳というものをご存知だろうか、これを普段の食事で使った経験がある人はかなり年配の方だと思う。 お椀やお皿、お箸などを入れておいて、食事時には蓋を裏返してその上に置いて食事するのだ。 この箱は大きいものから少しずつ小さいものへと変わっていき、入れ子式に簡単に数箱を1つにまとめることも出来、場所とらず収納できる優れモノだ。 大人数で食事する時も、大きなテーブルが必要ない。   知人が古い蔵を壊すことになり、古いものが好きな私は、その時に出てきたものをもらった。 これが車中泊での旅行に結構役に立つのだ。   中に食器など入れておいくだけでなく、火にも強いから蓋を裏返して IH調理器を置いて調理する。 片手では、少し重いことと、持ち手がない事が欠..

  • 砺波平野の散居村

    白川郷から金沢に向かう峠で久しぶりに砺波平野の散居村がかすかに見えた。 30年前、砺波平野のど真ん中を車で走っていて驚いたことがあった。立派な屋敷林に囲まれた家が点在している。この地方は、豪農の集まりかとびっくりした。 今回は、その散居村を見下ろす形で見ることができた。改めて米作地帯といっても色々な形があるものだと感じた 【富山観光ナビの写真と説明文です】   「散居村」とは、広い平野の中に屋敷が散らばって建てられている村落のことをいい、なかでも砺波平野の散居村は日本最大といわれており、およそ220平方キロメートルの広い敷地の中に約7,000戸もの屋敷が建てられています。 砺波平野に広がる散居村は、田んぼに囲まれたそれぞれの家が「カイニョ」と呼ばれる屋敷林をめぐらせ建てられて..

  • 今更ブログかよ。そんなしちめんどくさいもの、読んでられるか!

    ・・・と、ほとんどの皆さんは感じられると思う。   パッと見て直ぐわかる画像や動画といったものが理解が楽で面白い。 表現する側からしても写真や動画は反応がよくて、やりがいがある。おまけに収入の期待も持てる。人気 YouTuber は子供の憧れの職業である。   人気ブロガーと呼ばれた人たちも次々撤退していく。ネタも乏しくなり人気もピークアウトし意欲が衰えていくのだろう。 しかし私はブログにこだわりたい。文章でしか表現できないことがあると思うからだ。   その時の複雑な気持ち、思い、意志といった「心」の領域だ。また考えを伝えるのも、だらだら話すより、要点をまとめた文書の方がシンプルで伝わりやすい。文書には、考察が伴う。 たとえ流行遅れであろうと、「一周遅れはトップ(に見える)」の心構えでいきたい。   周りが次々やめていく..

  • 謎の少年像

    meganesaru707越前海岸の東尋坊のそば、この子は何を見ているのか⁈ https://t.co/q9XxJXW1rF06/16 22:58 meganesaru707おじさんは片麻痺で足が悪いので、椅子に座って眺めます https://t.co/ySGoGUa2Iy06/16 23:15 旅から帰って、あらためて調べてみました。 この少年像は、福井県のいくつかの小公園に点在する”謎の少年像”らしいのです。 誰が、何のために設置したのか、作者等々、全て謎らしいです。   おもしろい! それじゃ~また            

  • 突然の雨に濡れた日は、装具をそのままに靴を脱ぐ

    私は靴のサイズは26㎝です。装具を付けると28㎝ の大きになります。 2㎝差は、あまりにもアンバランスですし、市販のウォーキングシューズでは一足づつのバラ売りはされてません。 それで福祉用具として販売されているリハビリ。シューズを一足ずつバラで買っていました。これ一足1万円と少々お高い。 にもかかわらず、 「こんなぶっさいくなシューズ履きたない!」 同病の方、男女1人づつが、異口同音に言い放ちました(関西人は本音で話すからキツイ!) そりゃ私、見た目は大昔より諦めてますが、シューズまでもボロカスにけなされるとは・・・( ;∀;) その上、このリハビリ・シューズ歩きやすいとは言えません。 そこで27㎝ の幅広ウオーキング・シューズを愛用しています。これだと市販品で多くの種類があります。値段も圧倒的に安い。 ..

  • 中学部活教師との対決 (その2)

    玄関先にいた先生に、校長先生に取り次いでくれるように頼んだ。 直ぐに校長と、部活の部長と名乗る年配の女性教師が現れた。 経緯を話すと、私の中学の教師で間違いないです。 ご迷惑かけて、嫌な思いまでさせてすいませんでした。教師にはこちらから注意します。 といった謝罪を受け、引き上げた。 家に帰って改めて考えてみると、私は自分の見解は正しかったのかどうか今一つ確信が持てなかった。特に教師が名を名乗るべきかどうかについて。     そこで翌日、教育委員会の学校指導課という所に電話を入れて見解を聞きたいと申し入れた。 担当者の見解は次の通りであった。 ・今回の件に関しては、教師がまず自転車の生徒を止めるべきであった。あなたの見解が正しいと思う。 ・名前を名乗るということに..

  • 車用クーラーボックスを冷蔵庫に変えた

    meganesaru707狭い車内で、片手での開け閉めには苦労した。売却した。 https://t.co/Oo4sU5qwzr07/04 18:07   meganesaru707新しく買った車内用冷蔵庫。夏は車旅しないので、当面自室に置くことにした。飲み物入れておくだけなのだが、結構、これ便利。友人用のビールもたくさん冷やした。値段も売却したクーラボックスとほぼ同じ https://t.co/5AGC1ZRB7407/04 19:40  車中泊ギア(道具)は、当たり外れがある。道具そのものだけでなく、使うシチュエーション、私の様に片手で使いやすいかなど様々な要素が絡まってくる。 今回のクーラーボックスは、狭い車内で、片手での開け閉めが、スンナリといかなかった。 ..

  • 中学部活教師との対決 (その1)

          「中学生が自転車で通るから気をつけて!」 リハビリで市の体育館の入口正面の階段を上っていると、階段の上に立っていた中学部活教師と思しき女性が言ってきた。 体育館の正面入口前を、自転車に乗ったままの中学生が横切るから気をつけろというのだ どうして、横からくる自転車に優先権があるのだ?   そもそも体育館の軒下は駐輪場に指定されていない。それを勝手に、我が物顔に駐輪しているのだ。それに身障者・車イス用のスロープを自転車に乗ったまま昇り降りしてるから、時々スロープを使う私は恐くって仕方なかった。         正面出入り口を自転車に乗ったまま横切るなんて危ないじゃないか!あなたが、まず中学生の方を止めろ。 柱の大きなでっぱりが、互いに死角になるし、見ての通りこちらは杖..

  • 西行最後の歌

    西行は心身共に熱い男であった。常識人からすれば”阿呆(アホウ)”であろう。釈迦と同様、妻子を捨てて出家するなど思考が飛んでいる。 若い頃は、皇室の警護兵(北面の武士)として平清盛と同僚であり、そこで見染めた皇后待賢門院珠子に激しく恋した。 出家の後も、歌を詠むため関東から、東北地方まで広く旅をした。 だが、苦しさは常につきまとっていた。   こんな西行が、晩年にどんな心境に至ったのか。最後に詠んだとされる歌は、比叡山の無動寺(むどうじ)(大津市)から琵琶湖を眺めた作である。 にほ照るや 凪(な)ぎたる朝に 見わたせば 漕(こ)ぎゆく跡の 浪(なみ)だにもなし ※現代訳 朝日に照る穏やかな鳰(にお)の湖(琵琶湖)は、舟の浪の跡さえ無い静けさだった 西行は、こんな静かな心に達した。ほかにも富士山を仰ぎ見て詠んだ歌は、..

  • 100年続いた「百姓の持ちたる国」が、ついに滅びた(白山市鳥越)

    越前加賀は、日本の歴史上、類まれな地域である。それは庶民による自治共和国が100年も続いた歴史を持つからである。 この旅で、白山市鳥越の一向一揆歴史館を訪れることを楽しみにしていた。 この地は「百姓の持ちたる自治共和国」が大抵抗の末に、最後に滅んだ所である(1582年) 滅ぼしたのは織田信長である。 信長との戦いは、石山本願寺(後に大阪城)、金沢御堂(後の金沢城)と二つの大拠点が陥落し、大勢は決していたが、鳥越は、なお最後まで徹底抗戦した地である。陥落後は、周辺の集落に人が全くいなくなるほど残虐な殺戮(さつりく)を受けた。浄土宗門徒は武士の世を揺るがす危険集団とみなされたのだ。 その100年前、本願寺門徒による一向一揆で守護大名を打ち破って百姓の持ちたる国が誕生した。百姓による自治共和国である。 百姓とは、中心となった..

  • 白山が一番きれいに見えるところは?

    【木場潟公園からの白山の眺め googlemapより】 白山が一番きれいに見えるところはどこですか? 白山市のガソリンスタンドで、年配の経営者の方に聞いてみた。 今回の旅は、霊山白山の巡礼ということで、福井県九頭竜川を遡って岐阜に抜け、さらに白川郷から金沢、そし白山市まで来た。 だが、肝心の白山の姿を拝むことができない。 木場潟公園からが一番いい! 老人は、そう教えてくれた。 ここから、30分ぐらいかけて戻る必要があるけれども、そこからがいちばんいい。ここは近すぎて全体がよく見えない。 それで小松市の木場潟公園まで来たのであるが、今日は曇り空、白山は全く見えない。 もう少し粘ってみよう。近くの道の駅で休息した後、翌朝もう一度戻ったが、やはり雲って見ることができなかった。 心を残しながら、次の..

  • 歩行困難者がたどり着くのが困難な道の駅

      この道の駅(若狭熊川宿)、夕方休憩させていただいた。個人的には建物のデザイン、ヒューマンな規模など好き部類に入る道の駅である。 だがもし歩行困難者用の駐車場に車を入れて、食事をしでもしようと思えば、これは大変である。 写真下が駐車場、左上がレストラン等が入っている道の駅の施設である。途中にトイレがある。 つまり障害者の駐車場と道の駅とは一番離れているのだ。   せめて、トイレの近くに車を駐車しようとする。私はそうした。     ところがこの段差が大変なのである。写真の車止めと見比べていただきたいのであるが、車止めの倍以上の高さがある。これ一般の高齢者でも越えて行くのは苦戦すると思う。 付近にスロープはない。 結局私は近くにあった柱を支えにしてなんとか上り下りした。 事故防止で..

  • 車中飯 ご飯があればいい

        前日スープをぶちまけてへこんだ。今日はとにかくご飯を炊こう。車内用の炊飯器で、ご飯を炊き上げた。   一合をづつを、お椀に二つ炊ける優れモノだ。 炊飯器の上に、はごろも いわしで健康 ごまみそ煮を置いておいて温めた。   はごろも いわしで健康 ごまみそ煮 (パウチ) 90g (1597)×12個 出版社/メーカー: はごろもフーズ メディア: 食品&飲料 半分食べて残りは次の日だ。 私は昆布の佃煮と梅干しがあればそれでいい 。梅干しは幼馴染が毎年作って、くれるのだ。     子供の頃に観た西部劇、やせたカーボーイ(スティーブマックイーンだったかな?)が旅をする。 夜は小さなクッカーで豆を煮て食べ、コーヒー豆をガン..

  • 早朝の道の駅、性犯罪男か?

      道の駅の朝は早い。 夜明け前に、トラックがエンジン音高らかに出ていく他、朝6時前には、車が頻繁に入って来て、ドアを開閉する大きな音がする。早くから仕事に行く人がいるのだ。 大概作業服を着た人が多い。たぶんこれから離れた現場に行くのだろう。 昨晩からトイレの前に止まったままの車から、高速作業員のオレンジ色の服を着た男も出てきている。この方々の朝も早い。   その時トイレから、珍しくネクタイを締めた30代ぐらいのおとなしそうな男性がでてきた。   すぐ60代と思しきおばちゃんが追いかけてきて何か大きな声を出している。ここの掃除のおばちゃんかも知れない。   「どうして女子トイレで~」   「男性トイレが、いっぱいだったから・・・」サラリーマン風男は言い訳めいた事言っている。 これに、お..

  • 車中飯 やっちまったぜ!

      取りおいたカレーヌードルのスープ、車の中にぶちまけてしまった。 私はカレーヌードルを食べた時、大概スープが残ってしまう。車内では、それを処分出来ないので、それなら夜に料理で使おう。という目論見でいた。 スープをステンレス・クッカーに二重に入れ、さらにプラスチックの箱に入れていた。 ところが、ステンレス ・クッカーが大変滑りやすい。片手で持った途端に、グラリと傾いた。床はスープだらけ。慌てて車内の貴重なタオル3枚も犠牲にし、拭きまくった(アァ~、片手はツライ!!)   気を取り直して、残ったスープに水を加え生米を入れ、さらに玉ねぎのスライスとウインナーを入れ炊き始めた。 30分後、色合いは少々薄いが、炊きあがった。スパイシーでお焦げもついてうまかった。 生米を入れるからカレーピラフと呼んで..

  • 車中飯 何食べてんの?朝昼編

     朝はまずコーヒー。昼食の分まで、たっぷり淹れます。 キャベツとウインナーソーセージを炒めて卵で和える それを食パンに挟んで、ホットサンドにして、半分にカット。   朝は食パン2枚でホットサンドを作る事が多い。半分はアルミ箔に包んで昼用にします。 アルミ箔に包むのは、温められるようにですが、たいがい冷たいまま食べてます。   下はオムレツサンドです。何もつけずこのまま食べても、パンの塩味が感じられ美味しい。車中飯はシンプルなのがいいです。       他に昼に好物のカレーヌードル食べました。その後、やらかしてしまいました。その話は次に・・     それじゃ~また

  • 老婆に勇気をもらった(九頭竜湖)

      九頭竜川の道の駅を出発しようとすると、雨の中、カッパを着た一人の老婆が、必死でカートを押して横切ろうとしている。道の駅横で販売する野菜でも運んでいるのだろう。 何とはなしに歩く姿を見ていたのだが、それにしても足が出ない。一歩必死に足を出し、また一歩必死で足を出す。 車降りて助けに行こう。 「何かお手伝いする事ありませんか」 と、そんな衝動が突き上げた。 だが、暫くして我に返った。 私自身が重度の身体障害者だ。何の手助けが出来るというのだ。 それから、ただ、頑張れ!頑張れ!と心の中で念じた(その後、カメラ取り出してパチリ、まだ・・目の前だ) それは、近い将来の自分の姿だ。 年老いても、この老婆の様に頑張らなければ。 そんな勇気をもらった。   それじゃ~また ..

  • 車中飯の基本食材

      車旅で持っていく食材、大分整理されてきました。これで、四泊五日分の食材です。 コロナということもあって基本外食はしていません。 コンビニにもできるだけ寄りたくない。初老となって、見た目美人のコンビニやスーパーの弁当に魅力を感じなくなってきました。 普段は、見た目も飽きない古女房(笑)と、とりとめないこと喋りながらの食事が私には一番楽しい。   そんなわけで車中飯は簡単なものです。 基本色食材は、卵とウインナー、野菜は玉ねぎのスライスとキャベツ(これは女房に事前にカットしてもらています)、ミニトマトです。   これに魚類のレトルトパック、パスタ、カレーヌードルでしょうか。 そうそう主食は、6枚切りの食パン、無洗米も欠かせません。車旅を重ねるにつれて車中飯はシンプルがいいと思えてきま..

  • 歩行器をポリバレントに使う

    ポリバレントとは多用途の事です。    私は、普段の歩行に、装具と杖が欠かせない。   雨の日に、外出し買い物しなければならない。どうする? 自宅では、外出を諦めるか、女房に頼むかですが、旅先ではそれが出来ない。 ただし店の近くに駐車出来るので、歩く距離はそう長くない。最大50m程度だろう。 どうすべきか考えた末、義父の使っていた歩行器があったことを思い出した。   ◆傘をさし安全に歩く   雨の日、杖をついての歩行は滑る事への注意が必要だ。この点歩行器は車輪が四つもあり安定している。傘は自転車や乳母車で使う傘の固定器具を使っている。但し要注意は風である。風の強い日は、これまで通り帽子プラスパーカーフードでいく。     ◆買い物カート化   コンビニや道の駅など買い物カートがないと..

  • 道元を慕って海を渡った中国僧(大野市宝慶寺)

    一乗谷から九頭竜川遡って大野市を抜けようとした道端に「宝慶寺」と書かれた小さな矢印案内が目についた。 あれ⁈これ司馬遼太郎さんが、「街道をゆく」で書かれていたお寺では? 中国で道元と一緒に修行していた中国僧は、道元が日本に帰国した1年後、道元を慕い永平寺にやってきた。 その後道元の死ぬまで側で修行を続けた。道元の死後は永平寺を離れ、大野の山奥の小さな寺で、死ぬまで修行を続けた。 道元の修行形態(禅風)を引き継ぐ真の後継者は、この僧(帰って調べると「寂円」だった)だ。そんなことを、司馬さんは熱く語られていた。 やっぱり引き返そう。十数キロ通り過ぎていたが、そう思った。 その看板に従って山奥に入って行った。道はかなり整備されていて(といっても一車線であるが)割と楽に登っていくことができた。   ..

  • 鉄壁の守りと油断すれば滅びる(朝倉一乗谷)

      一乗谷に本拠地を構える戦国大名の朝倉家は、越前の国を支配し、それが五代103年も続いた。 一乗谷は、三方を山で囲まれ鉄壁な守りの城下町である。外から侵略困難な安全な都市であり、その一方で越前という豊かな米どころからの年貢で、朝倉家は大いに潤った。     その繁栄の下、積極的に京文化を取り入れて文化面でも国内最高水準の都市であったとされる。 豊かな年貢と鉄壁の守りが朝倉家を支えたのだが、結局は織田信長によって滅ぼされる。 浅井・朝倉連合が、織田信長と戦った有名な姉川の戦い(滋賀県)では、朝倉家当主義景は一乗谷から動かなかった。内紛が続くお家事情により動けなかったという説がある。 百年一日のごとく国を守っておくだけではだめなのだ。守りに入ると、家臣が一致団結する目標がなくなり、力が内側に向かい、結..

  • 障害者目線お出かけマップ

    【神戸新聞2022年6月24日】 こんなマップが全国で広がればいいなと思います。 特に私が欲しいと感じるのはお寺情報です。   お寺は古い建物なので、バリアフリーになっているところは少ない。ですから逆に貴重です。 他には、やはりトイレが一番気にかかります。簡単でいいので障害者対応の状況(車イス取り回し易さ、ウォシュレット、オストメイト等の設備・機能等)は是非載せていただきたいです)   私も身体障害者の車旅に役立つ、道の駅や高速道のサービスエリアの情報出していきたいと思います。   それじゃ~また        

  • 瑞穂の国なのに農民は苦しい

    【平岡浩絵 画「瑞穂の国を描く」】 6月13日、霊峰白山周辺と、琵琶湖・近江旅をはじめた。 まず敦賀から国道8号線を海岸沿いに北上した。 沿岸部を抜けて平野部に入ると、道が真っ直ぐになり、ここが豊かな田園地帯だったことがわかる。 広い平野部と白山水系の豊富な水量。きわめて稲作に適した地であるのだろう。 こんな豊かな地で、なぜ「一向一揆」が起きたのか、今回の旅の目的の一つは、それを考えることにある。 我が国は、古事記にすでに記されていたように、みずみずしい稲穂の実る瑞穂の国である。 この実りを吸い上げることで、膨大な富が権力者にもたらされた。   どの程度徴収されていたのかは藩により違い諸説あるが、五公五民(50%)といった所だろう。ただし大問題は、豊作でも凶作でも毎年一定の年貢を納める必要があ..

  • 山陰~若狭旅(2021年秋)

    脳卒中で倒れて11年が過ぎた2021年秋の日、初めて車中泊一人旅に出ました 兵庫県最高峰氷ノ山の明延鉱山跡地から始まって山陰海岸~若狭の旅記録です。 コロナ禍での神戸ナンバー車で、人との接触を出来る限り避け。山陰丹後半島2泊3日、続いて宮津~若狭2泊3日の旅をしました。 ◇初回 氷ノ山~山陰海岸の旅     氷ノ山・明延鉱山(兵庫県)~道の駅はが(兵庫県波賀町)~岩美・浦富海岸(鳥取県)~新温泉町(兵庫県)~久美浜(京都府)     ◇二回 宮津~若狭の旅   宮津(京都府)~若狭大飯町(福井県)~若狭美浜町(福井県)~三方五胡(福井県)~名田庄(福井県)       自宅からの全行程距離は、おおよそ550km程度でしょうか。 のんびりした行程でした。車旅の楽しさを再認識しま..

  • 今年の上期、半年間の投資について報告です。

    この半年は大幅な下落傾向です。日経平均は、22/07/01に25,935円です。22/01/05に29,388円付けてますので、半年で約12%の下落です。 コロナ、米インフレ、ロシアの侵略等々、先行きの見通しも真っ暗、暗。そんな状況でしょう。 そんな中で、2015年から投資を始め初心者の域を出ない私が、どう投資行動を取っているのかの報告です。同病者の方の多少の参考になりますれば。 ◆投資信託積立(毎月) 年初より変わりなし。これからも続けます     ナスダック100 5万 S&P500 5万 その他(先進国等) 2.1万 計 12.1万 ..

  • 四国旅(2021年初冬)

    2021年11月末~12月初の、四国旅4泊5日の記録です。コロナ禍での神戸ナンバー車で、人との接触を出来る限り避ける4泊5日の旅でした。 自宅~佐田岬半島(愛媛県)~遊子水荷浦(愛媛県宇和島市)~愛南町(愛媛県南宇和郡)~足摺岬(1) (2)(高知県土佐清水市)~仁淀川(高知県)~安芸市(高知県)~室戸岬・歩き遍路さん(高知県)~淡路島(兵庫県)~自宅     ◆距離、燃費 自宅からの全行程距離 1400km ガソリン代 14000円 1リッター当たり走行距離 16km 1リッター当たりガソリン代 162円   端数は切っ..

  • リハビリで必要なのは「自力」+「他力(感謝)」

    ◆自力の欠点   先に「自力(じりき)リハビリのすすめ」を書きましたが、それだけでは、ちょと足りない気がします。     自力の欠点は、個人主義、競争優位の側面が強くなることにあります。 片麻痺同病者で「俺は、死に物狂いのリハビリやって、奇跡の回復遂げたんだ!」と鼻高々な人いますよね。 脳損傷が軽かったケースが大半だと思いますが、問題は同病者間で優位に立ったと勘違いし、その方法を重度の人にまで押し付けようとする事です。SNSの同病者グループでもこんな人多く見かけます。 自力には鼻持ちならない人を生み出す側面があるのです。 ◆他力の良さ   一方、日本人は古来より他力本願という美徳を持っている。「おかげさまで」という感謝の心です。 こうしてリハビリできるのは、医療関係者のおかげ、理解ある家族のおかげ、といった..

  • 片手(右手)だけでフロントサンシェードをセットする

      駐車したらサッとセットしたいサンシェード。特に夏場は。 これまで、サンバイザーを下ろして何かとサンシェードを立ててましたが、安定せずしかも隙間だらけ。   サンシェードを吸盤でピーンとセットしたいのですが、片手では、これが難しい。私は左片麻痺なので運転席から、左上にを吸盤を押し付けることが出来ない。     そこで、一旦車を降りて助手席ドアを開けて、吸盤を止めていました。これ、本当にめんどくさい。 できれば、涼しい車内の運転席から簡単に取り付けたい。   そこで考えました。材料はほとんどが100均か、家に転がっていたものです。   1.左窓の左端に小さなスチールプレート(マグネット吸着用)を貼り付けます。   スチールプレート(マグネッ..

  • 軽キャンパーのろのろ運転

      福岡市郊外の高速道路でのことだ。大都市近郊でかなり混んでいる。そんな中でひどく遅い車がある。 遠目から見ると自転車を積んでいるので一見、廃品回収のトラックかな思った。それにしても極端に遅い、60 km ぐらいしか出てないのじゃないだろうか!? まあ重い荷物を積載してるので致し方がないかなと思いながら近づくと、それは軽キャンピングカー(軽キャンパー)であった。元々馬力が無い上に荷物を満載しているのだ。これ車流を停滞させ、迷惑で危険だ。 高速道だけでなく地方の道は、狭くて急傾斜で急カーブが続く、そんな峠道が多い。海岸沿いや山間部では特にそうだ。 そんな中を、軽キャンピングカーが、スマートに走れるとはとても思えないのだ 脳卒中片麻痺の立場から言えば、キャンピングカーの最大の利点は立ったままで室内移動できることだ。自作..

  • 利用できなかった道の駅

      それは九州北部の焼き物で有名な町の道の駅であった。 あいにくその日は大雨であったが、道の駅に行けば、駐車場の近くにトイレがあり、焼き物も見れるだろう。 そんな期待で、道の駅に到着し、唖然とした。 トイレが道の駅の一番奥なのだ。 しかも車両進入禁止、周りは塀に囲まれているので、他からアクセスすることもできない、道を隔てた駐車場から歩くより仕方ない。     道の駅というのは、地元特産品などの販売所でもある。そこで、トイレを施設の奥に置くことで、みんなが店の前を通ってくれる。それは理解できるのだが、歩行が困難な者には何とも厳しい。 小一時間、雨がやむの駐車場で待っていたが、なかなか小降りにならなかった。結局、諦めて次の道の駅を探すことにした。   塀に囲まれたクローズドな道の駅。なぜ、このよ..

  • 驚く程親切な隣人

      ある時、女房が、実家に行くと、草がなくなってきれいになっている。 女房は直ぐにピンと来た。ご近所の T さんです。 父親が特別養護老人ホームに入居した後、女房は時々、実家へ風を入れたり、雑草を引いたりで、行っていました。 でも草はどんどん生えてきて厄介です。  T さんは元自衛官、とても親切な方です 。特に義父が脳梗塞片麻痺で不自由になった後は、何かと面倒を見てくれるのです。 直射日光がまぶしいと義父が言えば、本格的な木製のひさしを作ってくれる。 女房が、その立派さに慌てて、お礼に伺うと「仕事柄慣れています。大したことありません」と涼しい顔。お金を支払おうとしても、材料代以外は頑として受け取られない。 「九州の自分の父はすでに亡くなっているので、父親の様に感じています」とも言って下さいました。 それに..

  • 自力(じりき)リハビリのすすめ

      日本の仏教では1000年前から、他力本願と自力という二つの大きな流れがあります。 大乗仏教と小乗仏教です。 この複雑怪奇な現在社会において、心身の安らぎ安定を得、また能力(脳力)開発する為に、瞑想(マインドフルネス)・座禅、ヨガ・ストレッチをする人が増えています。 自力で脱しなければ、どうしようもない現実があるのです。 脳卒中のリハビリはもちろん自力です。他力本願では現状維持も出来ません。もちろん専門家の指導を受けないということではありません。慢性期には自主リハビリの比重が高まるということです。 また、中途障害は、心に大きな傷を負います。 自主リハビリという修行で、自らの力で、心も浄(きよ)め、調(ととの)えたいものです。   これを禅宗では「 自浄其意(じじょうごえ)」といいます。   人生後半に目..

  • 息子たちへ残るメッセージ

      久々に会う二人の息子たちですが、結構私のリハビリを気にしているようなのです。 家の中ウロウロしている私を見て「今日は歩き(歩行リハビリ)行かんのか?」とか、部屋に入ってきてトレッドミルを見て「ちょっと埃かぶってるんとちがう?」とか言うのです。 脳卒中で倒れた時には「治るんじゃろ?」と不安そうにしていた高校生の息子たち。   今は、さすがに元通りに治るとは思っていないと思いますが、それでも私の身体は気になるようです。 二十歳を過ぎた息子に、今更説教出来ることは事はそう多くはありません。   が、最後まで諦めずにリハビリを続けること、単に与えられる事をこなすのでなく、自ら工夫すること。そんなメッセージが自然に伝わり、残っていけば、いいなと思っています。 それじゃ~また   ..

  • シニアカーの活動出来る範囲を広げて

    【6月5日の神戸新聞】 大変喜ばしい記事です。実現を求めて戦ってこられた男性の方、誠にあっぱれです! 我が田舎町にも、ご老人でシニアカーに乗る人が増えてきています。 この影響でしょうか、スーパーやドラッグストアで店内乗り入れ出来るお店も増えてきました。 この阪急バスさんの取り組み、もっともっと全国に広がっていってほしいものです。     それじゃ~また

  • 次の旅は、霊峰白山周辺と、琵琶湖・近江です 。

    次の旅は、福井県、石川県、岐阜県にまたがる日本三名山、霊峰「白山」周辺と、琵琶湖近江です 。   白山周辺では、福井県では勝山市、大野市。石川県の白山市、岐阜県の郡上市など訪れたい町は色々あります。巡礼の基本を踏襲し、時計回りで行きます。   琵琶湖周辺では近江八幡市、長浜市、高島市などです。 一度は行ったことがある所が多いのですが、仕事絡みであり、今回は, 賑やかな湖東でなく、湖西地域をゆっくりと訪れたいと思います。    それじゃ~また    

  • 寅さんとさくらは、決して一緒には旅をしない

        「奥さんと一緒ではないの・・?」 最近、日本のあっちこっちを車一人旅をしていると言うと、よくこんな質問を受ける。  YouTube では、熟年夫婦とペットが、キャンピングカーでゆったり旅行したり、若い夫婦が軽バンに乗って一緒に旅をしてるのをよく見るから、当然といえば当然の質問である。   しかし寅さんと妹のさくらは、決して一緒には旅しないのである。   女房は結婚前、家族旅行でさえ旅行社さんにお世話になって団体旅行のように行程を決めてもらっていたと言う。私は、そんな旅はまっぴらごめんだ。 旅のスタイルが全く違うのだ。 だから若い時から二人で一緒の旅は、ホテルに泊まって、夜はその町の居酒屋に出掛けるというのがパターンであった。まあこれは楽しかった。   女房は、旅に出てもホテルのベッド..

  • 「勝手にせえ」亭主

    【神戸新聞6月7日】 男は、長年携わった仕事の癖が抜けない面があるのでしょう。 しかし、もう仕事ではありません。単位を1㎝から10cm、ぐ~んと拡げ1mぐらいに変更しましょう。   もういい加減亭主でいいのです。   また妻だからと気楽に仕事の手伝いを頼んではいけません。作業は出来るだけ単独走。一人で出来る工夫をしましょう。 しかし、どうしても出来ないことがあります。ほとほと困り果てると、妻への助っ人依頼も、謙虚、丁寧になる。 勝 手 に せ え !! #59121;   には、くれぐれもお気をつけあそばせ。     それじゃ~また  

  • 病後初めて家の階段の掃除

    病後11年、初めて家の階段の掃除しました。 車用のコードレス掃除機が届いたのでそれでやってみる気になったのです。   写真の通り古い家屋で、階段も急です。 普段は、手すりを持っての上り下りがやっとなのですが、やれば何とか出来るものです。 休みながらの上り下りで、1時間(30分×2回)もかかりましたが、妻も普段は手が回らない所なので、喜んでくれました。 こんな身体ですが、探せば家事に貢献できる事、まだまだありそうです それじゃ~また    

  • バトンを何とか次に繋いだ様な安堵感

      ◆「赤ちゃんが死んじゃう!!」 女房が半狂乱で叫んだ。 次男の生後2週間目、悪夢の様な阪神淡路大震災が起きた。 赤ん坊の上に、大型の本箱が倒れこんだ。 薄暗がりの中、本箱を起こすと、散乱した本と、割れたガラスが布団に覆いかぶさっていた。 それを女房が素手で必死で払いのけた。   赤ん坊は、何事もなかった様にすやすやと眠っていた、顔に傷一つない。 前の晩、女房が枕元に、何気に、椅子を置いていたのだ。 本箱の倒れた衝撃で、椅子の脚は折れたが、これで命が救われたのだ。     ◆脳卒中で倒れた時、息子は、高校生になっていた。 54才の時、脳出血で私が倒れた時、次男は高校生になっていて、進学を希望していた。 進学資金をどうする。回復期病棟で私は青くなった。 大学生にな..

  • 5DKの一戸建、駐車場付。家賃1万で貸してほしい。

      しばらくして、前回御登場の「クレ!クレ!」Aさんから、また女房に電話があった。   「実は離婚してこちらに戻って来られる男性がいて、そのお父さんが家を探しておられる。今は家賃6万円のところに住んでおられるらしいが、家貸してもらえないだろうか」 「田舎に帰って来て、何をされるのか」など詳しい事情は分からないとの事だが、とにかく「月額1万円で貸してほしい」のだそうだ。 JR駅まで徒歩15分とはいえ、5DKの一戸建て、駐車場付きだ。しかも義父が脳梗塞で倒れ退院する際、私はトイレもお風呂もリフォームし、各部屋にエアコンも入れた。 「いくら何でも、見知らぬ人にそんな非常識な家賃で貸すわけにいかない。後々トラブルを起こす可能性もある。断ったほうがいい」と女房に強くいった。   ちなみに、自治会費は年間3万3千円である。上下水道料は月1..

  • 義父の老人ホーム入所後、クレクレ攻撃が始まった

    義父は、老人ホームに入所したのですが、その前に自宅の庭で、尻餅をついて動けなくなったりして、近所の方々に随分と助けていただきました。 それで女房が、近所の方々に「この度老人ホームに入所することになりました」という挨拶をして回りました。 そこから始まったのです。クレクレ攻撃が。 まず 一人暮らしの父と交流のあった近所の女性Aさんから、女房に「玄関先に歩行器が置いてあるけど、近所に足の悪い人がいて、その人が欲しといっている」と連絡がありました。 父が使っていた歩行器で、もうずいぶん古くなっていましたし、義父がもう自宅に戻ることはないので、女房は、そんなにお困りでしたらと、無償で差し上げた。 しばらくしてその歩行器を受けっとったYさんからお礼の電話がありました。女房も知っているご近所さんでした。 「紹介してくれたAさんに..

  • 家康の本質は超臆病者

      株式投資において難しい局面が続きます。投資家の判断が問われる難所です。   今回、司馬遼太郎さんの「街道をゆく」の絶筆となった1147回目を紹介します。 ---------------------------- 「家康の本質」    知者は、性(さが)、臆病と考えていい。   その人の中の臆病が、敵の意図を忖度(そんたく)させ、情報を集めさせ、事態の本質を察せさせるかのようである。 若い頃の家康は、露骨に臆病だった。ときに茫々(ぼうぼう=ぼんやり)と思案し、爪を噛み続けた。 ときに劇的なほどに勇者になった。つねに思慮を重ねた末の切所(せつしょ=難所)においてそうだった。   -----------------------------------   ..

  • 九州北部旅記録

    九州北部旅4泊5日の記録です。   ◆行程 自宅~山口県下関市~大分県中津市~国東半島~長崎県平戸市~佐賀県唐津市~ 自宅 ◆距離、燃費 自宅からの全行程距離 1940km ガソリン代 20,331円 1リッター当たり走行距離 16.8km 1リッター当たりガソリン代 179円   高速道での走行が9割程度だったと思います。高速道での給油も多く、ガソリン代割高になりました。走行はECOでなく通常モードでの走行です。 ◆費用   ガソリン代 20,331円  ..

  • 身体に障害を持つゆえに、人の親切を受けやすくなる

    「お土産は、洗濯物だけかいな!?」 旅の終わりに、食いしん坊の女房の顔が目に浮かんだ。しかし、外は激しい雨が降っている。 濡れても仕方ない(ため息)何か美味しそうなものを見繕うか。 帽子の上にパーカーのフードを深くかぶり「道の駅山内(佐賀県武雄市)」の店内に立ち寄った。 強い雨が降っていたこともあり、客はまばらだった。商品を選んでいると、レジの女性が声をかけてくれた。 「お手伝いしましょうか、カートがあれば良かったんですけど」 この方、よく分かってらっしゃるのだ。   「どちらから」   「兵庫県からです」 レジで言葉を交わして、 車に戻りかけると、この女性が建物の横からサッと出て来られ、傘をさしかけてくれた。 そしてノロノロ歩行の私が車に乗り込むまで付いてくれた。   「ご親切にあ..

  • 片麻痺で歩行困難でも、ひとつの夢をかなえられた

      私は、室外では装具と杖がなければ10 mも歩けない。   回復期の終わりごろ家の前で何度か挑戦したが、バランスが取れず足がすくんで早々に引き返した。 当初は懸命にリハビリすれば大丈夫と思っていたが、結局10年経っても杖も装具も離せなかった。 そんな私が、 自宅から西へ750 km 離れた九州の西の端で一人、コーヒー飲みながら早朝の海を眺めている。       これは、脳の回復と自動車のおかげだ。     運転再開当初は、片道40分の病院の行きかえりで、脳に尋常でない疲労が残り、1週間も寝込んでいた。   だが今は、高速道も苦にならず運転できるまでに回復した。   自動運転テクノロジーの発展にも大いに助けられている。高速道路でのオート・クルージング機能で、アクセルから足を離せ、..

  • 島々との架け橋/長崎県、佐賀県

    今回の旅では、古来より他国との交流のあった肥前(長崎県、佐賀県)沿岸の島に行きたいと思っていた。   それで、島々への架け橋を何度も渡った。この橋の景色が、何れも本当に美しいのである。   ◆平戸大橋 長崎県平戸市 45年前に平戸島に架けられた全長665mの橋 ◆生月(いきつき))大橋 長崎県平戸市 全長: 960 mで、開通は 1991年である。 生月島はこの生月大橋と平戸大橋を通し本土と繋がった。 ◆鷹島肥前大橋 佐賀県唐津市肥前町と長崎県松浦市鷹島町を結ぶ 長崎県と佐賀県をまたいでかかる大橋。全長は1,251mと長い。 ◆呼子大橋 佐賀県唐津市呼子町 加部島 ..

  • 元寇襲撃の地/松浦市・鷹島、唐津市・呼子

    ◆松浦市 鷹島(たかしま) ここは、蒙古襲来の戦場跡で、鷹島周辺の沖合の海で沈んだ元寇遺物が多数発見されている島だ。 この日は、台風が接近するかもしれないとのことで、やたら雨も風も強い。   元寇もこの風なら苦労したはずだ、と実感させられる。   旅の3日目は、ここの道の駅で車中泊した。トラックベースのキャンピングカー(キャブコン)の60代男性、軽バンの30代男性、私と計3台だった。強風、大雨であったが、快適に眠れた。     ◆唐津市 呼子(よびこ) ここまで来たからには、どうしても呼子の港を見たかった。呼子へゆき、入海の水の色を一目見ただけで陽が落ちても構わない。 司馬遼太郎「街道をゆく<11> 呼子の浦」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー..

  • 古来より海外に開かれた地/平戸オランダ商館

    肥前(長崎県から佐賀県)の沿岸は、閉鎖的な日本にはめずらしく、古来から海外に開かれていた。他は薩摩半島の坊津くらいだと思う。 今は貿易港と言えば、横浜や神戸という太平洋側の都市が思い浮かぶが、1000年前は、こちらが日本の表玄関だったのだ。 この地で、まず朝鮮半島、それから中国との貿易が始まり、元寇という海外からの初の侵略を受けたエリアでもある。 西欧諸国とは、鹿児島から始まり、やがて平戸を拠点にポルトガルやスペインとの南蛮貿易が始まる。これは、貿易の利益を餌に布教の許可を迫られる面があった。   やがてオランダとの交流が始まる。これを機に「西洋の知」が初めて入ってくるのだ。医療等「蘭学」というものである。先日訪れた中津藩もこの習得に熱心であり、若き福沢諭吉も、長崎に遊学し蘭学を学んでいる。   かってのオランダ..

  • 理想的な障害者用の駐車場とトイレがありました。

        大分自動車道の由布岳PA(上り)です。 小さなパーキング・エリアですが、非常に使いやすかった。駐車場とトイレもすぐそこで近い。   おまけにトイレには乾燥機能もついている。今回の九州北部の旅でも唯一ここだけでした。 こんな施設が、どんどん増えてくれないかなあ。 身体障害者の旅において最重要問題はトイレです。  由布岳PAのような駐車場とトイレが全国で増えれば、断然、旅しやすくなります。 国や地方自治体はじめ、高速道パーキングや道の駅の施設設置・管理をする方々、現状は理想とかけ離れています。 是非、早急な改善をお願いします。     それじゃ~また

  • たかちゃんと、たった一度の再会

            (ご存知バリバラ出演の玉木さんです。男性ですが笑顔がたかちゃんと似ているのです)     たかちゃんは、その後おじいちゃんおばあちゃんが高齢になったことにより私が小学生の終わりの頃、福井県の田舎の施設に預けられました。   私は脳卒中片麻痺になった時、たかちゃんと過ごした経験がありましたので、例え寝たきりになったとしても、満足にしゃべれなくても、他人に貢献することは出来るとの思いがありました。笑顔さえ見せることができれば、他人の気持ちを和らげることが出来るという思いです。   また一方で、脳障害の回復と言うのは本当に難しいということも経験して感じていました 。   【たった一度の再会】 その後たった一度だけたかちゃんと再会しました。 たかちゃんはおじいちゃんおば..

  • 夢のシーンはこれだった!/花吹雪

    本当に、驚きました!! 私が見た「ちあきさんの夢」のことを前回記事にしました。退院後2年も経った頃でしょうか、ブログで、ちあきさんの歌を紹介するためにYou-tubeで曲を探していて、動画を偶然見つけました。 ちあきさんが、夢で私に歌ってくれたシーン。この「花吹雪」を歌うシーンと本当にそっくりなのです。 当時、歌詞やメロディーは、はっきり聞こえなかったのですが、透明で澄んで声が、この曲に一番近い。それだけでなくドレス、顔の表情も、この動画に驚くほど似ているのです。 私、かろうじてこの曲は知っていましたが、ヒットした曲でもないし、好きな部類の曲でもなかっただけに印象には殆ど残っていません。もちろん、聞いていたCDの中にこの曲は入っていません。 脳の底深くに眠っていたTVの歌番組の記憶が、脳損傷とその回復..

  • 石仏と山岳信仰の地/国東半島

        今回の旅で身体障害者であることが、これほど悔しかった日はなかった。 大分県中津市の南にある「宇佐神社」は、「伊勢神宮」とともに皇室の祖先を祀っており、日本人の原点と言える神社だ。 そのすぐ東に国東(くにさき)半島はある。神仏融合の舞台として数多く寺院や石仏などが点在する。山岳信仰の修験者の修行の山々でもある。 石段や、山の悪路に備え、事前に4本杖を用意し練習していた。 だが、そんなものはこの険しい山々で全く役に立ちそうになかった。 お寺も、石仏も諦めた。ただ霊山の間の、くねくね曲がった険しい山道をひたすら車を走らせた。 気が付けば、海に出ていた。   おだやかな海だった。   それじゃ~また        

  • 回復期病棟の夢枕/ ちあきなおみさん

    回復期病棟のある真夜中、ふっと目覚めると引退したはずのちあきさんが私のベッドのそばに、立っていました。 二十歳のころ紅白歌合戦で「夜へ急ぐ人」を聞いて以来、私、ちあきなおみさんの強烈なファンになりました。シャンソン、ジャズ、ファドなど感情豊かな外国の歌のカバーも本当にいいのです。 脳卒中で倒れた後の回復期病棟に、女房が、私を励まそうと、ちあきさんのCD持ってきてくれました。 それを、リハビリのあと毎日聞いてたのです。   ある夜中、ちあきさんが、青いドレス姿でマイク持って立っていたのです。 「あれ、ちあきさん引退したんじゃ・・」 「あなたの為に一曲だけ歌います」 そう言って歌いだしました。 歌い終わ..

  • 歩行困難な人が健常者より、長く歩かなけれ行けないトイレ

      写真1のパーキング   写真2のパーキング   「歩行が困難な方の専用駐車場」と「多目的(障害者用)トイレ」はどういった位置関係が良いのだろうか? 「そんなん出来るだけ近い方が、良いに決まってるやん!」多くの人が、そうお答えになると思う。 だが、現実には、首をかしげざるえないケースを天下の高速道で見かけるのだ。 写真1のパーキングは多目的トイレと一般トイレが、建物の右端にある。歩行者困難専用駐車場は建物の左端である。そのためから多目的トイレまではかなりの距離がある。 健常者がトイレに行く距離 < 歩行困難者がトイレに行く距離 とおかしなことになっている。   だから歩行困難者は一般の駐車場に入れた方が便利だ。ただし乗..

  • 霊験(れいげん)の地 耶馬渓(やばけい)・青の洞門

          旅の2日目は、大分県中津市である。私はこの地に「霊験(れいげん)」や「知」を感じるのだ。 軍師黒田如水の治めた地、蘭学、福沢諭吉、修験者の修行の地である。   ◆耶馬渓(やばけい) 耶馬溪は20代の頃、職場の団体旅行で訪れた。 何とも不思議な場所であった。これを「霊験(れいげん)あらたか」(注-1)と言うのであろうか。磁場を感じるのだ。今風に言うとパワースポットと呼ぶのだろうか。 こんな場所で心行くまで滞在したいなと思ったのであるが、そこは団体旅行の悲しさである。次の目的地の宇佐神社へと急がされた。 団体旅行でバス1台をチャーターして、夜を徹して走らせてようやくたどり着いた所である この場所に二度と来ることがあるかなと、漠然と感じもした。 40年を経てようやく再訪できたのだ。..

  • 壇之浦(関門海峡)

      息を呑むほど美しかった。 ご存知、壇ノ浦は1000年前の平家と源氏の古戦場である。関門海峡は、幅わずか700m程度であり、もう目と鼻の先は、九州である。     祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 沙羅双樹(サラノ樹)の花の色、盛者必衰の理をあらはす。 奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。 猛き者も遂にはほろびぬ、偏(ひとへ)に風の前の塵におなじ。 平家物語の有名な冒頭部分である。滅びゆくものの哀愁と美も併せて表現されているのかもしれない。         だが、ここは風景そのものが本当に美しいのである。 戦いは、潮の流れが形勢を一転させたといわれ、栄華を極めた平家はここで滅んだ。 勝者の指揮官であった源義経もここから奇妙な運命をたどる。 彼はこの勝利..

  • 今年初の車一人旅は九州です

    新型コロナの蔓延防止解除されましたので、今年初めての車一人旅に出ます。 行先は九州の北部です。 今回は、豊ノ国から、 肥前に抜けます。   具体的には、大分県の中津から国東半島。そこから九州北部を横断して長崎県の平戸まで行く予定です。     片道700 km 弱ぐらいの行程です。1週間程度時間をかけて旅します。     旅記は帰ってからゆっくりアップします。     それじゃ~また

  • 片手で縦横に使える車内テーブル作成

        今日は、片手の工作です。 車内に動くバー取り付けて、横にも縦にもテーブルセットできるようにしました。 電動工具の使い方慣れてきました。これがあれば。穴あけ、ネジ打ちが片手でも容易です。 DIY出来ることが、少しづつ増えてきました ◆横置き (横のドア・ガラスに直角に) ◆縦置き (車に沿って、右がバックドアです)   ◆片麻痺の軽バン車中泊仕様 私(片麻痺)の場合、軽バンでよく行われている床を上げてフラットにする車中泊仕様では、生活動作が困難です。 何故なら和式(床座り)での生活になるからです。これは半身麻痺にはつらい。また床を上げることで乗り込みが難しくなります。 だから、洋式(椅子)で生活できるような仕様..

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