住所
-
出身
-
ハンドル名
きんたろうさん
ブログタイトル
きんたろうの家 すい臓がんのブログ
ブログURL
https://www.kintaro-o.com
ブログ紹介文
膵臓がんステージ4b,多発肺転移,2年12か月目になりました。トルーソー症候群、胸水あり。
自由文
すい臓がん、手術不能、3年の闘病を終えました。すい臓がんとの闘いの他に、もう一つの戦いがありました。それが、医療過誤。あまりに悪質、そしてあまりにお粗末。こんなのがまかり通っていいのか?4コマ漫画を通してゆる~く、そして鋭く、なぞ解きをしていきます。どなたかのご参考になれば幸いです。
更新頻度(1年)

45回 / 832日(平均0.4回/週)

ブログ村参加:2016/11/08

きんたろうさんの人気ランキング

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きんたろうさんのブログ記事

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  • No.6 調査結果の説明

    医療連携係の城(じょう)係長一人とわたしの2人が、なんとか情報室などと言う小部屋に入り、城係長の説明を聞くことになりました。 4コマ漫画では起承転結をつけられない(その能力がない)ので、今回8コマになりました。そのうち、上達してくると思います。ふぅふぅ。 2015年12月11日の時点では、 ①がんの影を見落としていたこと、 ②それから父がしつこく悔やんでいた、「3回も『がんじゃありませんか』と聞いたのに、『がんじゃありません。すい臓なんか立派なもんです。』と言うやり取りが、どういう書き方であったかは聞きませんでしたが、カルテに書かれていたということ、 ③そして、「ルーチン血液検査」(基本の血液…

  • No.5 上司登場

    投稿が遅くなってすみません。何しろ、4コマ漫画なんて書くの、はじめてなものですから。(厳密に言うと、中学3年生の時に学級新聞に「ハエの一生」という4コマ漫画を1度だけ書いた記憶があります。オチは忘れたけどタイトルだけ覚えてる。) そんなことより。 2015年12月4日、「何の根拠があって『がんではない、膵臓なんか立派なもんです』とおっしゃったのか」そして、「同じことを繰り返さないためにも、この結果のことを魚手医師に伝えてほしい。人の命にかかわることだ。」と言って、その日は帰りました。 一週間後、12月11日金曜日に、またSM病院に赴いて、説明を聞くことになりました。 苦情に行ったことは父にはま…

  • No.4 SM病院に苦情に行く

    「苦情を言う」と言う行為は、平和的な日本人にとって、眉をひそめられる行為かもしれません。わたしたろ娘にとって、「なぜですか」と聞きに行くことは、ただ苦情を言いに行ったのとは違うし、決して「モンスター」的な思考ではないと思っています。 ただ、わたし、この頃(父のすい臓がんが判明したばかりのころ)外国に住んでいまして、父の見舞いのために一時帰国していたのですが、一般の日本人のように「右に倣え」と言う考え方では、なくなっていたと思うんです。 外国生活で、イエス・ノーをはっきりさせる思考回路が身につきすぎてしまって、逆に今、日本の生活で、「わたし、苦情を言っていると思われてる!ち、ちがう!ただ事実を報…

  • No.3 SM病院…

    SM病院とは、新しくてきれいでホテルみたいな病院。検査機器も、最新のものがそろっていて、紹介状なしでいける病院としては最大規模でした。 たろ夫は、一番ちゃんと検査してくれそうな大きい病院に、2015年9月3日に、かかっていたのです。 もはや4コマ目はマンガじゃない…。文字だ。漫画で表現するのは難しい…。 どうしたものか…。 マイペースで頑張るわ。 ちなみに、「医師」と言う立場の方は、「公の人」と見なされます。 にほんブログ村 すい臓がんランキング ↑左がにほんブログ村、右が人気ブログランキングです!よろしくお願いします! //

  • No.2  事実確認に行きましょう

    お話はまだ始まったばかりです。うちのおばあちゃん、リューマチだったのにステロイドの注射打たれて、いきなり昏睡状態になり、亡くなりましたが、訴えたりしませんでした。 父の「がん告知を希望しません」と書いたのに告知された件も、訴えたら100万円以上は慰謝料が得られる案件ですが、文句を言っても始まらないので、訴えるつもりはありません。 たろ夫は他の胃腸内科にかかって、そこでエコー検査をして見つけてもらえませんでした。そこも、全く訴えるつもりなどありません。下手だったから見つけられなかった。それだけのことです。 もっと重大な、医師免許はく奪されるようなことがあったから、記事にしているのです。テーマが重…

  • No.1「俺が死んだら慰謝料を請求してくれ」

    このブログを書き始めるに至った理由…ここからは、文章で書くと難しくなるので、分かりやすく漫画で書いていきたいと思っております。(と言っても漫画初心者~~!!) これだけではわかりませんね。次の2枚の証拠をご覧ください。 「膵臓がんの見落としか!」と思われたアナタ、あなたは普通の人です。 しかし残念。そうではありません。 エコーの見落としで文句を言うのは「後出しジャンケン」のようなもの。見つけられなかったからと言って、医療過誤ではありません。ただの、残念なヤブ医者です。 2枚目の「超音波読影報告書」は、3重のトリックが仕掛けられていました。 3つの罠の2つ目までは、結構すぐ見破ることができました…

  • 最期の瞬間

    10月24日(水)18:00 母きんたろうの泊まり込みの番です。 血中酸素濃度70%台になってしまった。袋付きマスクに変えた。(酸素と二酸化炭素を分ける) 酸素生成器のレベルもMAXに。(10→14がMAX)血圧99-65 これ以上増やせないレベル 19:30 元主治医(A先生)見舞ってくださる。本人、ゆったり落ち着いているようだ。むくみがある。 23:00 血圧128-95 熱37.9℃。氷枕をしても熱が上がってきた アセリオ解熱鎮痛剤投入 むくみ、かなり増 23:50 ゴロゴロ痰が詰まっているし、呼吸が荒い。少しきつそう。 血中酸素濃度93%(回復したというよりは、これ以上は出来ないほど酸…

  • 最後の入院 生かすも地獄、だけど…

    10月22日(月)午後~10月24日(水)夕方まで 緩和ケア病棟に移って1日目の夜は、母きんたろうが2日連続の当直をしました。 きんたろう本人がそばにいたいということだったのですが、翌日、10月23日(火)朝8時か9時ごろ母から電話があり、「見てると気が狂いそうになって帰ってきた。」と、実家からでした。 たろ夫はずっと眠っていて、何回か酸素マスクを無意識に外すくらいでしたので、その前日、前々日の夜に比べれば、もう、看護は大変じゃないのに、と、わたしは思いました。 しかし、母きんたろうは 「帰ろうとしたとき、たろ夫が無意識に酸素マスクをまた外した。このままマスクを元に戻さないで帰れば、苦しむ時間…

  • 最後の入院 腫瘍マーカーの推移と、ずっと気になっていた疑問の答え

    10月22日月曜日、午後からは、たまに酸素マスクを外していましたが、たろ夫は眠り続けていました。 緩和ケア医と母とわたし、そして新しい緩和ケアの担当看護師さんとの4人で面談。 今胸水が7リットルくらいだ、と。 右肺はとにかく胸水で話にならない状態で、残る左肺も転移がんが無数にあり、それぞれも少し大きめになっているため、こちらに胸水が出てきてもおかしくない、と言われました。 血液検査の腫瘍マーカー検査をしてほしい、と、頼んだら、過去のデータを見てくださり、一般病棟の時に9月25日に検査をしていました。 元主治医、4,5回頼んだのに知らせてくれなかった。とにかくこの数値が、たろ夫の最後の腫瘍マーカ…

  • 最後の入院 やっと緩和ケア病棟へ移動

    10月22日(月)入院13日目 朝8:00 唇を時々変に動かすしぐさをする(おそらく下顎(かがく)呼吸:下顎呼吸とは、努力呼吸の一種で、最期に顎をかくかくして呼吸する) 8:15 新しい担当医が見に来る 母きんたろう 「体位を変えたり、血圧を測ったりすると、目覚めて、もがく」 担当医「血圧は医療上必要なので最低限させていただきたい。薬液を速めることは出来るのでその時はナースコールしてください。」 きんたろう「マスクを外そうとする」 担当医「マスクを外すと窒息する。」 きんたろう「…早く楽にしてあげてほしい。」 担当医「僕だけの判断ではできない。A先生(主治医)とも話します。」 8:45 ぐっす…

  • 最後の入院 記憶にない部分、知らない部分

    10月21日(日)入院12日目 3:00「麻薬どんどん入れて!死んでいいけ!」 3:10 左足に点滴の管が入る(ナルベイン麻薬を皮下注射から静脈注射へ切り替え) たろ夫「お母さんに電話して!!」(もうすぐ自分は死ぬと思っている。) 3:40 フラッシュ麻薬 4:10 母きんたろうと次男が来る 5:20 フラッシュ麻薬 6:45 フラッシュ麻薬 6:55 「これだけ苦しんでいるのに何とかできないのか」 看護師「看護師にはこれ以上手が出せない。当直医(主治医)の許可が必要」 7:20 ドルミカム(ミタゾラム)鎮静剤10mg(ナルベインの1.5倍)(誰か知らないが医師の許可が下りたらしい) 鎮静剤の…

  • 最後の入院 一生忘れられない光景

    10月20日(土)入院12日目 14:00 「なんかあったらすぐ救急車を呼んでくださいね!」と看護師さんに念を押され、14時、介護タクシーのおじさんが来てくれていざ出発。 準備には、麻薬の外出用装置の使い方の確認や(30分以上たたないと、何回も連続してボタンを押しても意味がない)、レンタルしている酸素ボンベには往復分の酸素量があるか確認、点滴も携帯用に移し替え、車いすのストッパーなどの操作の確認、などなど、細心の注意を払いました。 13:40出発前、まずはレスキュー麻薬注入 14:10病院出発(レスキュー押し忘れた…写真撮ってる場合じゃなかった…) 14:40自宅到着 レスキュー麻薬 15:3…

  • 最後の入院 いよいよ「ご親族に連絡を」宣告 

    10月19日(金)入院11日目19:00 母きんたろうが泊まり込みをしています。 主治医と担当医が2人で来られて、「容態が急変するかもしれない。合わせておきたい方がおられたら早めに連絡を。」と母きんたろうが聞かされました。 わたしは母から電話で聞かされました。たしかに、急変ぶりはすごいですが、毎日お見舞いに行って様子を見ていたわたしは全然驚きませんでした。努力呼吸を始めましたし。チアノーゼっぽいのも出ていますし。 むしろ、おととい夕方まで「退院しても良い」となどという結論を(一時的にでも)下した医師たちに言いたかったです。 「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起こってるんだ!」 21:0…

  • 最後の入院 最後の入浴(11日目後半)

    10月19日(金)10:00 朝から晩までジ~ッとベッドの上で寝たり起きたりしているのも何なので、気分転換に車いすに乗ってちょっとお散歩に行くことを提案したら、たろ夫も行く気になりました。 「車いすを貸していただけませんか。」と看護師さんにお願いすると、快く酸素ボンベなど手際よく準備してくださいました。 準備ができてさあ出発、という時に、父たろ夫、「今日はお風呂に入れないんですかね。」と看護師さんに声かけ。 ぎくぅっ。…呼吸器外科病棟に入院していた時はなぜか入浴介助をさせられて、びしょびしょになり、へとへとになったことがあったので、まさかまた…と焦りました。 取り敢えず、車いすで気分転換のお散…

  • 最後の入院 徹夜の父娘トーク(11日目前半)

    10月19日(金)入院11日目 4:15 この日の早朝、5時から6時までの間に採血に看護師さんが来ることになっていたので、もう、起きておくことにして、父たろ夫と時間つぶしに、おいしいもの&退院したら行きたいレストランなどのリストを書き始めました。 脳梗塞もあるので大変たどたどしい字で、「あわび イカ刺 アン肝 〇〇屋 △△ メロン・・・」 最近うっかり以前たろ夫と来たデパ地下に立ち寄ったら思い出して号泣しちゃった(天ぷらと豚カツ食べて死にかけた事件参照) たろ夫は食いしん坊でおいしいもの大好きです。わたしたろ娘もおいしいものが大好きで、たろ夫はよく、「子供たちの中で一番俺に似てるのはたろ娘」と…

  • 最後の入院 人生初の泊まり込み(10日目後半)

    10月18日(木)夕方以降 母きんたろうは18時ごろ家に帰り、わたしは21時に病院につきました。人生初の病院の泊まり込みです。 一般病棟の個室は、特別料金はかからないので助かりますが、泊まり込むのには結構狭いです。緩和ケア病棟には、すぐには移れないらしく、土、日は手続きできないから月曜日になりそうだと言われました。(明日金曜日はだめなの??) 簡易ベッドは片付けちゃったのか、見つからなくて、ストレッチャーを貸していただきました。狭い個室で病人のベッドの横に寝るのにはぴったりの幅でした。むしろ、簡易ベッドは入らなかったんじゃないかな? 21:15 「娘さんが来たら睡眠薬を出しますからね。」と言わ…

  • 最後の入院 未明の呼び出し電話(10日目前半)

    10月18日(木)入院10日目 未明4時40分、母から電話がかかってきました。「お父さんが背中が痛いって。 痛みが10(MAX)って。コーラとパソコンを持ってきてって電話してきたんよ。」 たろ娘「コーラね!(この期に及んでもコーラ!)わかった。今から準備していくから。」 母きんたろう「あわてんでいいよ。」 昨日のことがあったので、わたしも心配で2時半ごろからあまり眠れていなかったので、電話にはすぐに応答しましたが、頭がボーッとしていて30分ぐらいかけて準備をし、車で母を迎えに行きました。 しかし、実は母の電話から2,3分後、今度は父たろ夫から直接電話があり、「大変やったら無理せんでいいよ。」と…

  • 最後の入院 担当医より偉い看護師長(9日目後半)

    「明日退院になりました」と宣言し、「10割食べてる!」と言い切ってそのまま去っていこうと廊下に出た担当医に、母きんたろうは一生懸命食い下がって父について説明していました。 わたしはこんな人に掛け合っても意味がないと思い、たろ夫のベッドの脇に腰かけました。そしてせっせと起きたことをメモっていました。 すると、しっかりしていて感じのいい看護師長さんがわたしに近づいてきて、「わたしたちもこのままでは帰せないと思っています。A先生(主治医)は直接見てないからですね。明日の朝まで見てみましょう。」とおっしゃってくださったので、ほっと一安心しました。 きんたろうは10分くらいでくのぼう担当医に何やら一生懸…

  • 最後の入院 体調急変 あり得ない担当医(9日目前半)

    10月17日。母きんたろうと、12時ごろ病院につきました。父は昼食がもう運ばれてきていたので体を起こしていましたが、ご飯を前にうとうと居眠り。 リンゴを一切れだけ食べましたが、意識がもうろうとしていたので、「眠そうね。寝たらいいよ。」と言って、薬を飲ませて横にならせました。 なんとなく、直感的に、これが最後の食事になるんじゃないかなと思って写真を撮りました。何か不穏な感じがしました。 酸素のレベルが4.5にまた増えていました。それでも血中酸素濃度は86です。 12:40 たろ夫が目を開けたので「なに?」と聞いたら、「何か言った?」とうわごと。なんだか変。 汗をびっしょりかいているので、「シャツ…

  • 最後の入院 体を起こしていられなくなった(8日目)

    10月16日。今日は母きんたろうとお見舞いに行きました。父たろ夫はぐったりした感じで横になっていましたが、わたしたちの気配に気がついて起き上がりました。 病院に着いたのは11時45分でしたが、実は今朝、父から母に電話があって、 「背中が痛いから、バンテリン(塗る鎮痛剤)を持ってきてくれ。」と頼んできたそうです。 バンテリンでは効かないでしょう、痛み止めを看護師さんにもらったらいいよ、と母きんたろうは答え、父たろ夫はしぶしぶ「そうする。」と。入院しているんだから素直に頼めばいいのにねぇ。 その後、お薬をもらって飲んだら痛みは和らいだようです。 現在、痛み止めの中で麻薬と言われるものは「ナルサス」…

  • 最後の入院 ぼけぼけ記憶障害 麻薬(5,6,7日目)

    10月15日(月)。13日土曜日はダーリンと遠方から来た次男が、14日日曜日は次男とわたしとがお見舞いに行ったのですが、疲れているので3日分まとめて書きます。 13日にダーリンがお見舞いに行った時には、「お小遣い」と言ってたろ夫がダーリンに5千円くれたそうです。「たろ娘に言ってもいいし、秘密にしていてもいいよ。」と言って。 でも昨日14日、わたしがお見舞いに行ったら、「あれ、〇〇さんからもらったお見舞いの1万円をくずした5千円札はどうしたんだったかな。もう、ボケて忘れてしもうた。」というので、「昨日、ダーリンに5千円やったんやろ。たろ娘に言っても言わんでもいいって言われたって言いよったよ。」 …

  • 最後の入院 望まなかった死に方になりそう(4日目)

    10月12日(金)。今日、たろ夫から電話があり、「主治医が今後のことでご家族を交えて話をしたいから、午後に来てもらっておいてくださいと言われた。」とのこと。母きんたろうと12時ごろ、おでんを持っていきました。 朝食のパンは、「ほとんど全部食べた。」というたろ夫。 本当に?全部?とさらに何度も突っ込んで聞いてみると、「耳の部分は残して、柔らかいところは全部食べた」のだそうです。 別に、それはそれでいいのだけど、「ほとんど食べた」と表現する父たろ夫は、本当にポジティブです。 お昼食べられたのは、持って行った大根一口、厚揚げ一口、煮卵半分、病院食のジャガイモ2かけ、でした。 午前中、理学療法士と一周…

  • 最後の入院 退院の見通しにあ然(3日目)

    10月11日(木)。今朝は母きんたろうからメールがあり、「お父さんは昨夜ゆっくり眠れて、朝はパンを食べれたそうです=」だそうです。 え?昨日は牛乳も飲み込めていなかったのに?と思いつつ、「よかったね」と返信して、お昼頃母と一緒に病院に行きました。 見かけは昨日よりさらにやつれてて、今までで一番、目の下のクマが激しく、だるんと膨らんでおり、顔色も青黄色かったです。(青白い+黄色っぽい) 「パンが食べられた」と聞いていたので、1枚ぐらい食べられたのかと思っていたら、人差し指と親指でわっかを作ったくらいの大きさのパンを、すごく念入りに咀嚼して、それでも飲み込んだら吐きそうになったからもうやめたのだ、…

  • 最後の入院 麻薬のせいでいきなりぐったり(2日目)

    10月10日。まだ入院2日目なんですが、既に本人もわたしたちもなぜか4,5日目のような感覚で、疲れています…。 今日は、母きんたろうと午後にお見舞いに行ったのですが、父が寝ている姿が、とてもやつれていて、びっくりしました。 わたしたちに気づいて起き上がり、「痛みが3割になった。楽になった。」と、本人はとても喜んでいたのですが、見かけは、急激に生気がなくなっていました。 昨夜からの様子を聞くと、夜も背中が痛くて眠れなかった。今日か、昨日からか、オピオイド(麻薬)と吐き気止めの点滴がつけられるようになって、痛みが取れた。 背中が痛いから、横向きに背中を丸めて寝る姿勢が癖になってしまっているのだ、と…

  • 最後の入院  また、緊急入院(1日目)

    10月9日。9月29日土曜日に退院して、ちょうど10日経ったところでした。 朝11時に、冷戦状態に入っていた母きんたろうからメールがあり、「〇〇病院に来ています。朝、胆汁を吐いて緊急入院したので取り敢えずの報告デス。」 こうなると、休戦せざるを得ません。 たろ娘メール「わたしも駆けつけてもいいですか?何か必要なものは?」 母きんたろうメール「勿論デス。入院の用意はしてきました。」 デスをなぜいつもカタカナで書くのか知りませんが、とりあえずバタバタと病院に駆けつけたところ、苦しそうに横たわっていました。 昨日、おとといから、膵臓の痛みが激しくて眠れなかったそうです。 今朝7時ごろ、胃液を吐いてし…

  • 終末期あと1か月 「たろ夫の日常」最後の日

    昨日、10月7日(日)に様子を見に行ってみたら、ベッドに座っていました。わたしがインターホンを鳴らしてやってきたから、起き上がったんだろうと思います。 ほぼ毎日顔を見ているので、はっきりとはわかりませんが、頬がさらに少し、こけているように見えました。 10月8日月曜日は電話で話しただけですが、市場もどきと、JA直売所にも行ったようです。合計で50メートルくらい、歩いたんじゃないかな。酸素ボンベ&杖をついてですが。(運転は母きんたろうです) もはや、「元気」って、何をもって言うのかわかりませんが、とりあえず、生きて、動けているようであるので元気だということにします。 昨日わたしが訪問した時、咳を…

  • 終末期あと1か月 敵は本能寺にあり

    10月5日金曜日。今日は、11時半に、注文していた中華料理をわたしが取りに行って、実家でみんなでお昼を食べました。 たろ夫はどのくらい食べるかな~と思いながら見ていましたら、全種類、一口ずつ…。これじゃあ、痩せるよね…。 顔色も悪くなってきて、顔色悪いよと言うと、「さっきの薬飲んだら気分が悪くなってきた。」と。 さっきの薬って、吐き気止めのノバミンです。吐き気止めを飲んだら吐き気を催すものなんですかね…?もう、何が何だかわからない。 薬を飲んで、効き始めるのを待ってから食べたほうがよかったのかもしれません。 みんなでゆっくり食事を終え、父たろ夫は自分の部屋に入っていきました。 「一太郎」(今の…

  • 終末期あと1か月 とうとう麻薬…緑色の便と血痰、胃痛、腹痛、体重減

    10月4日、木曜日。下剤のおかげもあり、今日は3日ぶりに便がやっと出たそうですが、緑色だったそうです。 たろ夫曰く、「ブドウの皮は緑だからブドウのせい」だそうですが、今までずっと食べていたのは巨峰とピオーネです。紫色です。中身は緑っぽい透明色ですけど。ポジティブです。 胃が痛くて、長男に、「薬局で胃薬買ってきてくれ。」と依頼しましたが、既に大学病院から強い鎮痛剤や胃薬はもらって飲んでいます。 終末期患者に普通の胃薬など効くはずがない。 便が出る前も出た後もおなかが痛いそうで、今日午前中来てくださった訪問看護師に報告いたしました。明日金曜日は診察予約日ではないけど、明日病院に行った方がいいんじゃ…

  • 終末期あと1か月 嘔吐。背部痛

    10月2日。今日は父たろ夫に会いに行きました。 9月29日に退院してから、また脳梗塞を起こしたと聞いていたので、どんなことになっているのか心配しながらお見舞いにブドウと白菜の漬物を持っていきました。 ベッドに横になっていたたろ夫は、酸素チューブをつけているものの、起き上がって元気そうに振舞います。 が、ちょっと体を起こしただけで、ハァハァ言っています。 本当はとてもきついのでしょうが、娘が来てうれしいのもあるのでしょう、歩けないけど、「足は上がる」と、足を挙げて見せて、あくまでもポジティブです。 中華料理屋に行く話はキャンセルになったものの、中華料理は食べたいから家で食べようという話になり、結…

  • 終末期あと1か月 また脳梗塞。足がちぎれるほど痛い

    10月1日。昨日たろ夫は、イオンともう一か所に母きんたろうの運転でいったのですが、その時すでに、息も絶え絶えで、それぞれ一つだけ用事を済ませて、車に戻って座っていたのだそうです。 もはや、運転する気持ちはあっても、どうしても体が言うことを聞いてくれない段階になってしまいました。ゆっくり、必死に、数十メートルくらい歩くのが精いっぱいです。 それは正直、・・・ほっとしています。運転して事故を起こさずに済んだから。ごめんね、お父さん。運転できなくて、残念だよね。 今日午前中、父たろ夫にメールしました。 「〇〇中華料理屋は、評判いいみたいよ。これにしようか?」 うまいもの好きなたろ夫と、退院したらおい…