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団塊シニアのひとりごと https://blog.goo.ne.jp/ta31875

1948年生まれの団塊世代です、定年後の生き方について日々思うことを伝えたいと思っています。

趣味は音楽、読書です。老後の生き方、夫婦のあり方、年金、介護などについてブログを通して自分なりの視点で伝えたいと思っています。

団塊シニア
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盛岡市
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2016/11/05

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  • 老年期はかけがえのない時間

    若い頃の時間はゆっくり流れる、しかし齢を重ねると、だんだん速く流れる、だから老化とは実は時間の流れを速く感じるようになることだと齢を重ねるたびに思うようになった。 年をとって楽しく生きる一番の秘訣は自分の時間を持つこと、自分とは何かを問う、かけがえのない時間が老年期、自分自身と向き合い、自分が何をしたくて何をしたくないかを見極めること、そのために必要なのがひとりで考えることのような気がする。 人生は未知との出会いの積み重ね、そして人生という軌道を歩いて行く、何とかここまで生きてきたし、これからも生きていくだろう、この先何があるかわからないけれど、かけがえのない時間である今を楽しみ、あとは流れに身をまかせて生きていきたい。老年期はかけがえのない時間

    地域タグ:仙台市

  • 何歳であろうと悩んで迷ってあたり前

    毎日が楽しいとか、こんな幸せはないというふうに語る人は、どちらかというと少数である、それではどこでこの差が生れるのかを考えてみると、それは運とか収入とかそういうものではなく、その人の考え方だと思う。 生きてれば、いい日もあれば悪い日もあるのはあたり前、それでも毎日をいい日と考えることはできる、つまり毎日を否定しない、病気のときは苦しみ、楽しいときは笑う、そのことこそ大切な気がする。 ひとりひとり違う道を私たちは歩いている、老後はこうあるべきという意見にふりまわされることはない、実際老いを上手に生きる方法などない、それでも人は悩みがあるから生きていけるものだ、何歳であろうと悩んで迷ってあたり前だと私は思っている。何歳であろうと悩んで迷ってあたり前

    地域タグ:仙台市

  • 64歳男性リタイア後の新しい生き方

    「実は自分は会社で生きるのがつらかった、仕事が生きがいと信じ込むことで感受性が摩滅させてしまった、会社では人の中で気をつかっていた、今は平日の週3日、午前10時から午後3時までスポーツジムで過ごす日々を続けてる、休憩を挟みながら黙々とこなす、誰とも口をきかないで済むことに深い安堵感がある、自分にとってはこの時間がかけがえのないものだ」 これは10年前私が定年退職後にある雑誌に掲載された64歳男性のリタイヤ後の日々を綴った一節である、当時の私と同じ年でサラリーマンだったこともあり、喪失感と解放感、なぜか共感できるものがあったことを記憶している。 日々の暮らしに大きな変化があるわけではない、それは現役時代もリタイヤしてもあまり変わらないものだ、違いがあるとすれば一日の流れに起伏があるかないかだ、仕事をしていればある...64歳男性リタイア後の新しい生き方

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  • 思い出は過去のものではない

    人生の多くは過ぎてしまえばなんでもないようなことかもしれない、それでも忘れられない、そしていつも記憶のどこかで色褪せずに蘇ることがある、断片的であるが楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、過ぎ去ったことだけど時々思い出すことで私の中で一緒に生きてるような気がする。 そう考えると思い出は決して過去のものではない、それはすでに過ぎ去ったものではなく、むしろ過ぎ去らなかったもので、自分の中に確かにとどまってる、まるで映画のワンシーンのように今まで生きてきた証となって生き続けてる。 過ぎ去った過去は現在の中にいる、だから思い出は過去のものではない、思い出は今も生きていて私を深いところで支えてると言っても過言ではない。思い出は過去のものではない

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  • 肉体も知力もおとろえても

    肉体はおとろえる、知力もおとろえる、しかしひょっとしたら魂が最も活発に活動するのは高齢期かもしれない、それでも人は老いるということを素直に認めたくないものだ、それは若さという経験を先に経ているからだろう。 老いるのも病気もいやだと不可能なことを望んだところで心にストレスを感じるだけ、そのストレスを脱出するには思いどうりにすることなどできないと、ありのままの現実を受け入れることかもしれない。 生きるということは齢をとること以外なにものでもない、肉体はおとろえ、知力もおとろえても魂が活発に活動する今こそ前向きに自分の物語を作っていきたいものだ。肉体も知力もおとろえても

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  • 父の延命治療から学んだこと

    多くの人が一生懸命に人事を尽くせば必ずよい結果が出るという根拠のない幻想を抱いてるから延命治療に走るのかもしれない、実際家で看取ると決めていた家族でさえ容態が急変して患者が苦しみ始めると慌てて救急車を呼ぶことが多いという現実。 1%でも命が助かる可能性があるなら相手が何歳であろうと最後まで救命努力をするのが正しい、どんな命でも死より尊いと医師は思っている、実際11年前に亡くなった父は86歳だったが逡巡したすえ私と母は延命治療を選択した、一刻を争う中正直医師の有無を言わせない説得にノーと言えなかった。 ただ命が助かるという言葉は元どうりになる、元気になると同じ意味に家族は理解している、一命はとりとめたが植物状態になったという結果など想定していないものだ、父はそれから半年間家族と一度も言葉を交わすことなく亡くなった...父の延命治療から学んだこと

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  • わかってもらいたいという人間の弱さ

    人間の弱さというのは誰かにわかってもらいたいという欲望があるものでこの気持ちは他者に向いたものである、自分の気持ちをわかってもらいたい、自分のつらさをわかってもらいたい、自分の努力や我慢、自分のやりたいことをわかってもらいたい。 私自身若い時はどんな人にも関心があったものだ、だから誰とも親しくなろうとしたし、腹を割って話せる人間も多かったような気がする、お互い悩みを語り合ったものだが、それは自分をわかってもらいたいという気持ちが強かったのかもしれない。 しかし齢を重ねるにつれ、自分でさえわからない自分を他人がわかるはずがない、他人に過度に期待するのはよそう、そう思ってから人生が生きやすくなった、他人にわかってもらいたいという弱さを抱えてるけれど自分をわかってくれるのは結局自分自身だと思っている。わかってもらいたいという人間の弱さ

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  • 認知機能を維持するうえで大切なことは

    認知症の早期発見の目安として挙げられてるものとしては、無表情、無感動の傾向がある、ぼんやりしてる、反応が遅く動作がもたもたしてる、同じことを話したり尋ねたりする、相手の意見を聞かない等が挙げられてるが、認知症でなくても高齢になると起こりうることでもある。 私が一番感じたのは両親が認知症だったこともあり、前兆としてあったのは新聞を読まなくなったことである、そしてTVのドラマを見なくなったこと、多分頭に入らなかったのではと思う、それから進行すると古い記憶は鮮明に覚えてるが短期の記憶力が衰えて尋ねても覚えてないことが多かった。 年をとって認知機能を維持するには、老いに対して悲観的にならないこと「もう年だから〇〇できない」「いい年なのに〇〇するなんて」といった年齢を理由にした根拠のない思い込みや偏見、さらに自分は認知症...認知機能を維持するうえで大切なことは

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  • 自分を楽しませることこそ人生の基本だ

    今まで出来たことができなくなったり、体調が日替わりであちこち悪くなったりすることが多くなったが、齢を重ねると仕方がない事だと最近はそう思うようになった、よくいえば現状を受けいれる、落ち込んでもしょうがない。 今は亡き映画評論家の小森和子氏が言った言葉を思い出すことがある「いかに自分で自分を楽しませるかが人生の基本だ」自分で自分を楽しませる、老年期の人間にとって、これほど豊かな自分へのご褒美はないかもしれない。 人はいつか去っていく、どんなに心残りでも、誰でもその時がやってくる、だから人の目に映る自分など気にしないで、とにかく自分を楽しませる、このことこそ人生の基本であることは間違いない。自分を楽しませることこそ人生の基本だ

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  • 60代シニア夫婦のメリハリ年金生活

    先日シニア雑誌で画家の69歳の夫と木彫りの作者67歳妻の二人暮らしの年金生活の記事が掲載されてた、収入は年金収入が夫婦合わせて13万5千円、支出は税・社会保険料抜きで8ヵ月の平均が15万円であった。 今回の月15万円の支出の事例をよく見ると支出のなかで社会保険料(市県民税、固定資産税、国保、介護保険料)が欠落しているが純生活費のなかで食費が4万円、光熱費が1万円、住居費が2万円、自動車は所有してない、贅沢感はないが、老後の二人の生活を楽しんでるように見える。 そしてこのご夫婦の素敵なところはお二人とも健康で仲がいい、絵とクラフトの二人三脚で作品を作り上げて、身近な自然を楽しみ豊かな気持ちを心掛けて暮らしてる、まさにメリハリ年金生活といえるかもしれない。60代シニア夫婦のメリハリ年金生活

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  • 幸せな人は幸せについて考えない!?

    「幸せのメカニズム」の著者前野隆司氏は健康は幸福に強く影響するもので最も強く影響するのは「自分は健康だと思っている」ことだという。 例えば健康診断結果の中で「中世脂肪は標準値をこえている、でもこのぐらいだったら大丈夫」と思っていれば幸せで「標準値を超えているから大変だ」と思っている人は不幸せ、これは一理あるかもしれない、ただ物事を楽観的にとらえるか悲観的にとらえるかで、必ずしも健康に限ったことではなくその人の生き方ともいえることである。 同じように「人生論ノート」の著者三木清はこんな言葉を遺している「健全な胃を持っているものが胃の存在を感じないように幸せである者は幸せについて考えない」なぜかこの言葉は私には腑に落ちるところがある言葉である。幸せな人は幸せについて考えない!?

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  • シニア女性のストレスや悩みは人それぞれ

    高齢者のストレスや悩みは多岐にわたってる、家族のこと、友人、健康、高齢者施設での人間関係、実際人間関係でストレスをためるほど厭なことはない、ある雑誌でそんなシニア女性の人間関係の悩みの声を集めてみた。 ■高齢者の友だちづきあいは深入りするとしんどくなることもあり、あっさりを心掛けてます(73歳) ■リハビリは週2回で迎えの車の時間が決まっているので私は5分前に外で待っていますが、やっと出てきたのに再び家に入って探し物をする人がいます、車で待たされる10分は長くイライラします(89歳) ■4年前から我が家には下宿している大学生の孫息子がいます、最初は用心棒のようと心強く思いましたが、コロナ禍で授業はオンライン、昼夜逆転で三度の食事にも2階から降りてきません、大阪から嫁が見にきますが孫に甘い私は何も言えず、次第に感...シニア女性のストレスや悩みは人それぞれ

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  • 老いた親とは距離をとりながら寄り添う

    11年前父が亡くなってから母は一人暮らしになった、それから9年間母が亡くなるまで月2回離れた実家に通い続けた、一緒に同居という提案もしたこともあったが母は乗り気でなかった。 90歳になってからの転居、それまで住んでた場所での友人や近所、デイサービス、ケアマネジャー、かかりつけ医との関係が途絶えてしまう、そして見慣れた景色馴染んだ食べ物の味、生活のリズムやスタイルの違い、今思えば半世紀以上も住み慣れた街を離れることは間違いなくストレスになったことだろう、結局母は今までどうり一人暮らしを選択した。 私自身同居が必ずしも幸せとは限らないと思ったことも確かでる、ただ毎日一定の時間に安否確認の電話は高齢者施設に入居するまでの7年間一日も欠かさず続けた、距離を取りながら精一杯寄り添う、母にとってギリギリまでひとり暮らしだっ...老いた親とは距離をとりながら寄り添う

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  • 団塊の世代が75歳以上になる日

    1990年は75歳以上の後期高齢者は597万人だったが、3年後の2025年には2180万人、約4倍になるといわれてる、いわゆる団塊の世代が75歳以上になる日である。 団塊の世代はどの世代よりも人口ボリュームが大きく、現在650万人、なにかとこの世代について書かれてる記事が多い、例えば小学校は1クラス60人ですしずめ状態、競争意識が強く、恋愛に貪欲でマイホーム主義、かつて高度経済成長を支えた世代。 人間関係では競争意識が旺盛で協調性に乏しい面がある、元気な人が多く人の世話になりたくないとウオーキングやジムに通うなど介護予防をする人が8割から9割にのぼる、競争意識が強すぎて老人ホームでマドンナ争奪戦、まさに言いたい放題面白おかしく書かれてる、一面はとらえてるものの団塊の世代への偏見に思えてならない、そんな団塊の世代...団塊の世代が75歳以上になる日

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  • いい人と思われるよりいい人でありたい

    自分の気持ちというのは意外とわからないものだ、それは今までの考え方や経験で判断しようとする、だから自分の本当の気持ちとズレを感じることは誰にも経験があるかもしれない。 たとえば飲みに誘われる、本当は行きたくないけど断るとまずいかなと思う、葛藤しながらも結局断らない、やっぱりいい人と思われたい、人間関係が絡むと自分の気持ちが見えない、それは人間関係を優先しようとするためだ、自分の気持ちに目をつぶってしまう、そうすると次回も断れない。 本当は誰かに評価されるためではなく自分が信頼できる自分になるためにいい人と思われたいでなくいい人を目指したいものだ、そのためにも自分はどうい生きたいのか?自分の本当の気持ちは?何度も問いかけることが大切だと思っている。いい人と思われるよりいい人でありたい

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  • 人間は痛みのまえでは謙虚になるけれど

    齢を重ねると年々、体力は落ちてくる、特に65歳を過ぎると思わぬ病気で通院することになる、私の場合60歳を過ぎて高血圧症、大腸憩室炎、65歳を過ぎて緑内障、それでも入院することはなかったので、まだいいかなと思っている。 ただモグラたたきゲームのように次から次と不具合が出るのは困ったもんだ、通院する度に、早くこの痛みがとれないか、なんでこんなに身体にガタがくるんだろう、と自分の身体に文句をいいたくなるものだ。 人間は痛みのまえでは打ちひしがれ謙虚になるものである、今はなにもいらない、痛みさえとってくれればと思うものである、それでも痛みがとれるとケロッと何事もなかったように謙虚な気持ちなどなくなってしまう、勝手なものだと痛感してる。人間は痛みのまえでは謙虚になるけれど

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  • 長い結婚生活で感じることは

    人間というのは一人で生きてるのではない、人との関わりのなかで生きている、その中で結婚はむつかしい男女の関係が延々と続くもの、そして結婚生活はまさに人生そのもの、そして日常生活の連続である。 恋愛時代は相手の本当の姿をみないで美化してしまう、相手が神経質なのを繊細ととらえ、粗雑な人を男らしいと思い込んだりするものだ、ただ結婚は生い立ち、育ち、環境が違った二人の人間が同じ屋根の下に住むと恋愛時代に見せなかった素顔を見せるのも確かである。 本当の結婚生活はある意味お互いに対する失意の瞬間からスタートするのかもしれない、だからこそ長い結婚生活で感じることは夫婦というのはお互い長所で支え合っていると同時に短所で支え合ってるものである、そして小さな感謝の積み重ねとさりげない日常の会話が夫婦の風通しをよくするし、夫婦円満の秘...長い結婚生活で感じることは

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  • つらいときの恩は忘れない

    「新人編集者時代、雲の上の存在だった作家五木寛之氏の連載を獲得するため作品の感想を手紙にして送った、新作がでるたび5日以内に手紙を出した」これは幻冬舎社長の見城徹氏71歳、角川書店の編集者時代のエピソードである。 それから手紙を出して17通目で五木氏から返事、25通目で念願叶って初対面すぐ連載が開始された、五木氏に「あそこまで自分の作品を読み、ものをいってくれる手紙はなかった」と絶賛された手紙、感想こそ人間関係の一歩、始まりはいつも手紙という見城氏の熱意が報われた瞬間だった。 その後見城氏は独立した際、社名の幻冬舎の名付親になってくれたのが五木氏だった、厳しい冬を生き抜いて成長せよとの気持ちが込められた幻冬舎の命名の由来である、そして五木氏は同社で「大河の一滴」を始めとする数多くのベストセラーを見城氏に委ねた、...つらいときの恩は忘れない

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  • 嫉妬の感情は誰にでもある!?

    人間誰でも嫉妬する、聖人君子も嫉妬する、子供から老人までみんな嫉妬する、嫉妬心を少しも持たず、友人の成功を喜ぶ強い性格の持ち主はは皆無かもしれない、実際失敗したときに一緒に悲しんでくれる友人はいても成功したときに一緒に心底喜んでくれる友人はなかなかいないものである。 嫉妬は男女に関係ない、男性の嫉妬は女性と比較して陰性、特に政治家や企業のトップクラスの嫉妬はすさまじいものがあると言われてる、また私たちが経験する嫉妬心は不特定多数の他者でなく、身近な人間に対してである、サラリーマンでいえば同僚、同期、決して社長に嫉妬することはない。 嫉妬心は前進のエネルギーになることもあると言われるが、たやすいことではない、嫉妬は感情であり、自然に湧きあがってくるものなのでやめるのは無理、頭でやめようと考えても抑えられないのが嫉...嫉妬の感情は誰にでもある!?

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  • たぶん後悔も人生なのだ

    「かつて私は自分の父親が死んだとき、どうしてもっと話を聞いておかなかっただろうと後悔した、父のことをほとんど何もしらなかった、だが生きていくというのは、そうした後悔を無数にしながら歩むことなのだろう、後悔なしに人生を送ることなどできない、たぶん後悔も人生なのだ」 これは作家の沢木耕太郎氏が亡き父について語った言葉である、同世代として私も11年前に亡くなった父に対し同じ思いを抱いていただけに共感するものがあった、私の父は小さい頃は厳格で近寄りがたい存在だった、話しやすくなったのは社会人になってからで、無口な父がなにかと気を使って話かけてくる感じだった。 人は他人の内面を知ることができるのだろうか、私は無理だと思う、どれほど長いつきあいでも親子でもそれは同じで人の心の内側をのぞくことなど誰にも出来ないよう気がする、...たぶん後悔も人生なのだ

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  • 自分が楽しむことに価値がある

    自分で自分を楽しませる、特に齢を重ねると日々の生活で大切だと痛感する、一瞬でも一日でも、ああ楽しかったと思えることがあったらそれでいい、そのためには自分で工夫するしかない。 人生をふりかえってみると他人との競争の勝ち負けなど一瞬のことほとんどの時間はひとりで走っている、人間誰でもひとりなのだ、だから自分の評価を信じ、自分が満足すること、こんな素敵なことはないし自己満足こそ生きる力になるといっても過言ではない。 それは音楽、美術、映画、写真、旅行、スポーツ、野菜を作ること、そしてブログ、なんでもいいはずだ、なければこれから見つければいい、社会の価値観でなく自分の価値観を信じ、自分が楽しみ、そして満足する、これこそ価値があると思って生きていきたい。自分が楽しむことに価値がある

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  • 積極的にひきこもる生活から2年

    「当たり前だった日常が失われてしまった、友人にも会えず多くの人が今の状態に苦痛を感じている、ただこれを一人で過ごす貴重な時間ととらえ積極的にひきこもることを意識して欲しい」 これは精神科医の斎藤環氏が2年前コロナ禍のなか、若者に向けたコラムのなかの一節である、私はこの積極的にひきこもるという言葉は若者に限らず、私たち高齢者にもいえることだと思ったものだ。 それから2年コロナは終息していないが、自分の人生の流れにコロナは不思議なほど影響していない、なんとなく毎日、ぼんやりと家にいることが多くなった、誰かに会いたいとも思わない、心は静かで落ち着いていい状態だ、だから人間関係でのストレスはない、快適ではないものの、それなりに充実している。 自分で自分を楽しませる、特に齢を重ねるとひとりでいる時間の楽しみかた、孤独との...積極的にひきこもる生活から2年

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  • 大切な人こそ全力で庇いたい

    3年前に亡くなった漫画家の小池一夫氏が「人生の結論」のなかで経験にもとづいた含蓄のある言葉を遺している「自分の噂を立てられたとき、そんな人じゃないよと庇ってくれる人はもちろんありがたいが、その噂が本当だったとしてもそれでもいいよ、といってくれる人、そんな人を生涯大切に思いたいと常に思ってます」  私たちは日常のなかで「みんなが言ってますよ」という言葉に遭遇することは誰にでもあることだ、学生時代、会社員時代、友人関係で噂話、悪口、それぞれの場面で「〇〇さんのことみんな言ってますよ」それで座が盛り上がる場面があるかもしれない。 しかし「みんなが言ってますよ」の正体を探ってみると言った本人ひとりだけで単純に相手に悪意を抱いてるだけということはよくあることだ、問題は、その人の悪い噂を聞いたとき、毅然と反論できるかである...大切な人こそ全力で庇いたい

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  • 年金生活15万円で暮らせる!?

    あるマネー雑誌で月15万円の年金生活という記事が掲載されていた、67歳の夫66歳の妻と二人暮らし、夫の厚生年金13万円、妻の国民年金5万円合計18万円の年金収入、現在働いてない、1ヵ月の支出を見ると確かに15万円を切ってる。  一般的に夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦だけの無職世帯の平均支出は月約27万円、衣食住や光熱費のほか税金、社会保険料、医療費や交際費なども含む、一方収入は公的年金を中心に計22万円弱、約5万円を貯金を取り崩す等で補ってる。 今回の月15万円の支出の事例をよく見ると支出のなかでウエイトとして高い社会保険料(市県民税、固定資産税、国保、介護保険)が欠落している、それと支出のなかで食費が4万円、光熱費が1万円とかなり節約されてる、又持ち家で住宅ローンは完済してる、自動車は所有してないことも影響...年金生活15万円で暮らせる!?

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  • 死生観が変わったのかもしれない

    人の死についてあまり心を痛めなくなった、なぜか若い時より他人の死について哀しみを覚えない、以前は喪失感が大きかったのにいつから鈍感になったのだろうか?と時々思ったりする。 11年前に父が亡くなってから実家の近所の人達が毎年のようにひとりふたりと亡くなっていった、そして2年前に母が亡くなった、みんな長生きして闘病生活を送り苦しんで亡くなっていった、父も母もそうだった、亡くなったときは哀しみもあったけど苦しみから開放された父と母の穏やかな表情に安堵したものだ。 人間はずっと大人になる過程でやさしさや傲慢さや他人への無関心など色んなものを身につけると思うが死生観もこの11年で私自身変わったような気がする、苦しんでの長生きは本人も家族もつらいものである、私自身薄情になったとは思わないけど、哀しみに鈍感になったことは確か...死生観が変わったのかもしれない

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  • 毎日おなじことの繰り返しだけれど

    毎日同じような日、毎日同じというのはすべての基本である、新聞を読んで、軽い筋トレ、それからブログの更新、気になる記事は後で熟読、これが私の一日の始まりである。 朝食後、妻と掃除してから朝ドラを見る、買い物、時々病院、たまには外食、その後は本を読んだり、音楽を聴いたり、TVを見たり、夕食の当番(妻と隔週の交替制)のときはちょっと忙しくなるものの平穏な毎日である。 齢を重ねるごとに大事になってくるのは習慣、この時間にこのことをすると決めてることは心が安定するものである、昨日と同じ今日、今日とおなじ明日がくることのありがたさ、平凡な日々だけれど感謝の念を持って生きていきたい。毎日おなじことの繰り返しだけれど

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  • 子どもが親に言われた嫌いな言葉とは

    今日は「子供の日」以前新聞で読んだ記事を紹介したい、それは親に言われた言葉で一番嫌いな言葉を3つあげて下さいという小学生を対象にしたアンケートをとり同時にお母さんたちを集めて子供がいう3つは何だと思いますか?と問いただす、これが母親と子供ではみごとに違う回答結果が出た。  母親サイドの3つは「静かにしなさい」「勉強しなさい」「お手伝いしなさい」、子供サイドの3つは「どうせ、あんたはそんな子よ」「あんたなんか、うちの子じゃない」「あの子と付き合うのはやめて」→これがワーストワン  実際親が考えていることと子供が考えていることは全く違う、子供の回答ワーストワンの「あの子と付き合うのはやめて」は親の気持ちとしては理解できないわけではない。 逆に「あの子は評判が悪い、だからこそあなたがついてあげれば、何とかなる、あの子...子どもが親に言われた嫌いな言葉とは

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  • 孤独がネガティブという声を気にすることはない

    タバコや肥満よりも健康に悪影響を及ぼすのが孤独だという声がある、孤独に陥る大きな要因といえるのが単身世帯の増加で全世帯に占める単身世帯の比率は2020年38%、2040年には5割以上に上昇すると言われてる。 孤独死の7割以上を占めるのがセルフネグレクト(自己放任)といって生活や健康状態が悪化してるのに改善する意欲や周囲を頼る気力がなくなってしまう状態は深刻な問題である、それはコミュニティの弱さが生れる要因という指摘は否定できない。 しかし本来人は誰かと一緒にいてもある意味孤独である、どんな時でもどんな所でも孤独感がついてまわる、孤独でつらいという人はもしかしたら、その人のなかに孤独であってはならないという思い込みがあるような気がする、群れることがポジティブ、ひとりでいることがネガティブという声を気にしないことだ...孤独がネガティブという声を気にすることはない

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  • 老年期に大切なことは

    高齢になると身心に様々な変化が起きる、記憶力、注意力、集中力が衰え体力が低下する、老いる変化が心の不安やストレスを感じるのが老年期の特徴でもある。 過去がいいという気持ちと今がいいという気持ち、自信がある部分とない部分、誰かに頼りたいという思いと自分でできるという思い、話したい気持ちと話しても無駄だという気持ち、今日はイエスでも明日はノー、人間は矛盾に満ちた存在、特に高齢期になると矛盾する心を合わせ持つというのは齢を重ねたからこそ理解できることである。 ときおり厭世的になり気分が塞ぐことがあるものだ、そこから抜け出すために何を心の支えにするか、人生をふりかえり懐かしい記憶を思い出すことも生きる力になるだろう、そして自分で自分を励まして生きることこそ老年期には大切なことだと思っている。老年期に大切なことは

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  • 先立つものがないというシニア女性の声

    お金は必要なもの、お金があればもっと楽なのにという場面は結構あるし、お金があれば人生の大体の問題は解決することは間違いない、実際生活レベルをダウンサイズしても予期せぬ出費は必ずでてくる、そんなとき、もっとお金があったらと思うのは当然な気がする、そこでシニア女性の悩みのなかでお金の悩みの声を集めてみた。 ■夫が退職金と解約した企業年金を酒と女性に使ってしまったため80歳まで住宅ローンがある、息をする限り払い続けなければならない(74歳) ■自営業だったので年金は夫婦合わせて15万円、家のローンもまだあり夫の介護に月4万円はかかる、青息吐息です(79歳) ■38歳で出産したので、あと10年は教育資金がかかる、夫の会社はコロナの煽りを受けて不景気だし私たちの老後のことで娘の負担になりたくないと思っている(51歳) ■...先立つものがないというシニア女性の声

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  • 70代の自分への挑戦

    老いてから楽しいとか老いてこそ人生が輝くなんてことは、そうあるものではない、今の私の生活は爆発的に幸せということもないかわりに死にたくなるほど絶望を感じることもない、憂鬱とうっすら幸せが小刻みにいったりきたりという感じというのが当てはまるのかもしれない。 老後を生きるうえで大切なのは物事を悲観的にとらえない、できるだけ可能な限りポジテイブにとらえるよう心がけたい、それは自分への挑戦である。 老いていくにしたがって誰にも必要とされなくなったのではと思うことがあるものだが、必要とされないということは見方を変えれば自由だともいえる、一瞬一瞬を自分の選択で生きていける自由、何事もポジテイブにとらよう、それが70代の自分への挑戦だと思っている。70代の自分への挑戦

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