向井恭一と加代⑦

｢薬王寺？｣ ｢お醤油屋さんの近くの｣ ｢ああ、九市役所の近くにある。分かりました。……ところで、お名前を伺っていいですか？僕は、向井恭一と申します｣ 向井恭一は、財布から名刺を取り出した。 いつかの出版社主催のパーティのときに、編集者に言...

向井恭一と加代⑥

｢トトロが好きで、所沢に越してきたんです｣ ｢そうなの？｣ 向井恭一は、老女の視線を思わず避けた。 確かにトトロは嫌いではないが、ここに越してきた理由のすべてではない。 ただ、あまりにみんなが ｢なぜ、所沢？｣と訊くから、｢トトロ｣を引き合...

向井恭一と加代⑤

｢小説家に見えませんか？｣ 向井恭一は苦笑いを浮かべた。 ｢ええ、……まあ｣ ｢なんに、見えますか？｣ ｢外国の……前衛音楽家？｣ 向井恭一の苦笑が、くだけた笑みに変わる。そして、金髪に染めた自身の髪を無造作に撫で付けた。 ｢顔は、バリバリ...

向井恭一と加代④

｢所沢にも、遊郭があったんですか？｣ 向井恭一の声が、アイドルに声援を送るファンのように甲高く響く。 ｢遊郭、興味あるの？｣ ｢実家の近くに、風俗街があって。それで興味を持ったんです。でも、知りませんでした。所沢にも遊郭があったなんて。川越...

向井恭一と加代③

｢そういうものですか｣ ｢わたしも今日、写真を何枚か持ってきたんですよ。でも、ばら売りよりも年代ごとに分類してアルバムに貼り付けた方が、いい値がつくっていうものですから、今、仕分けをしていたんです｣ 老女は、番台に、数枚の写真を広げた。それ...

向井恭一と加代 ②

先週は、それこそ好奇心がぶんぶんと揺さぶられるものが入荷していた。 アルバムだ。 写真を貼る、あのアルバムだ。どこをどう見ても、個人の、しかも有名でもなんでもない一般人の写真が貼り付けてある、アルバムだ。 ｢こんなものまで、扱っているんです...

向井恭一と加代 ①

所沢駅から歩いて十五分ほどの古い寺で、向井恭一は田中加代を待っていた。 寺は薬王寺といった。 南北朝の武将新田義宗所縁の寺で、その案内板には、武蔵野合戦に敗れた義宗が再起を図りここ所沢に潜伏するも挙兵は果たせず、そのまま隠れ家のお堂で薬師如...

実家暮らしでの将来

実家で暮らしています。 仕事が休みの日は料理や家事も少しは手伝うし、たまに友人と旅行に行ったりして、そこそこ充実しています。 たまに険悪になったりもするものの、同居の母ともそこそこうまくやっていると思います。 何となく家を出て一人暮らしをし...

もう少しだけ そっとしておいて欲しい

彼と母親との板挟み状態に悩んでいます。 私も彼も20代後半、付き合いも5年になります。 そろそろ結婚も考えないといけないのですが、彼は仕事が忙しく、まだ余裕がない状況です。 しかし、母親はなかなか煮え切らない彼にイライラしている様子。 私に...

「一人暮らし」にわくわくする

「一人暮らし」にわくわくするには何歳までだろうか。 私は25歳の時に実家を出たけれど、ともすると重たくさえなる気分を無理やり明るくしていた記憶がある。 いろいろと事情があったからだけど、なにより、おっくうだった。足を引きずらないためにわくわ...