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小説 *ベンチ* https://blog.goo.ne.jp/sawakitsukiko

さわやかに残りの人生を生きたい。力を抜いて生きるほうがいいかも。 初夏の風の中で読みたい話、聞きた

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2016/07/13

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  • <七> 月の位置

    これは贅沢すぎる。こんなに沢山のお湯を独り占めするなんて。月からの光が滑らかな水面に反射する。なにか聞こえないかと耳をすませてみたが、何も聞こえなかった。何の物音もしない、というのは不思議な事、なんだか落ち着かなくなって、手を動かして水音をたててみた。あまりにも「一人」というのはやはり落ち着かないというものなのだろうか。月というものがこれほどの情緒をかもしだすことを知らなかった。老人、といわれておかしくない年齢の日本人なのにだ。死んだ夫はどうだったろう。こんな露天風呂に入ったことはあっただろうか。二人で温泉に、なんて、まだこれからいくらでも、と、少なくとも私は思っていたけれど。五十代で死んでしまうこと、運命とはいえ、虚しすぎる。三年間、夫のいなくなった家にひとりで暮らしたけれど、今この湯船の中にいて感じるような...<七>月の位置

  • <六> 恋

    夜が明けているのだろうか、なにかの物音がした気がして目が覚めた。家の中に人の気配か、と一瞬どきりとする。そうだ、洋子か。そのことに気づくのに数秒かかったか、よく眠っていたのかもしれない。わずかな音で目覚めるのはいつものことだが、昨夜のお酒のせいで、いくぶん眠りが深かったらしい。三年ぶりの再会で、ふたりともかなり高ぶっていた。もう起きたのだろうか。ほろ酔い気分で眠ってしまえる楽しい夜だった。もう昔のようには飲めない。わずかな量で酔ってしまうようになった。わずかな量で饒舌になった。けれど、昔のように、何を話したか覚えてない、などということはないし、台所を片付けてから、ちゃんと顔を洗い、着替えて寝た。年を取っただけなのだろうが、そんなことがなんだか大人になった気分。昔だったら、その場に眠るまで飲んでいたから。洋子とい...<六>恋

  • <五> 引っ越さないでね

    そろそろじゃないか、とただ漠然と洋子のことが頭に浮かんだ。桜が咲いたからかもしれない。洋子というのは、十代のころからの友。友達の少ない私の、親友、といえるのか、同い年だ。四十才が近くなっても結婚せず、とにかく人生を楽しんでいるもの、とばかり思っていたが、あるとき突然、「アメリカに住むことにした」といって、いとも身軽に引越していってしまった。「引っ越す」は、私にとっては、家財道具を移動、家の中のものを箱に詰め、それをトラックに積む、という行程。洋子が「アメリカに引っ越す」といったときには、それって、どうやるの?と言ってしまった。その後の二十年のあいだ、私の暮らしは平凡で、地味で、夫が亡くなったこと以外にはたいした変化もなかったが、洋子のほうはどうだったろうか。まだインターネットがなかったころには、たまに電話がかか...<五>引っ越さないでね

  • <四> 四角い庭

    丸信太郎は、自分で淹れたコーヒーを飲んでいる。気持ちの良い日差しのなか、春の花が咲き始めている。マンションではあるが、一階を選んでよかった、と思う。四角い庭でも、低木を植える余裕があり、春になれば沈丁花が香る。足元には妻が植えた鈴蘭が増えて愛らしい。毎日通っていた大学へ行かなくてもいい、ということになると、はて、一日をどうして過ごしたものか。読もうと思っていた本がいくらでもあったが、なかなか思うようにはいかない。予定表には、ぽつぽつと講師の仕事に行く記述があったが、そのための下調べを済ませると、ずいぶんと家の中が静かに思えた。キッチンへ行き、コーヒーを淹れたのだった。妻の智子は、その老いた両親の暮らしを心配して毎日のように実家へ行っていた。台所に立つ母があぶなっかしい、だの、おとうさんがときどきへんなことを言っ...<四>四角い庭

  • <三> 三年間

    その部屋を、私は「死の底」と思うようになっていた。眠っている人の肌は青白く光っているように見え、するっとして、蝋人形のようでもあり、一人で対面するのも怖い気がした。眠っているのは私の夫だ。突然倒れて眠ってしまった。その傍らにただ座り続けた。何も考えていなかったと思う。自分の顔に表情がないかもしれない、と洗面所の鏡の前で棒立ちになったが、鏡の中の自分の顔を覚えていない。無表情だろう顔に涙はいくらでもでてきた。「聞こえてるからはなしかけたほうがいい」、「楽しかった思い出なんかをね、話してあげて」といわれるが、とてもそんな気になれないのだった。世の中の夫婦って、そうなの?そんなことを正面から語ったりするの?今にも目を覚ますかもしれない、と一瞬一瞬緊張していたが、ひと月を過ぎるるころには、この人はもう死んでいるのではな...<三>三年間

  • <二> 幸運と脱皮

    基本的に、雨の日には出かけない。家の中ですることは沢山ある。雨の日は暗くて気分も落ち込みがち、とはもう思わない。雨を見れば天の恵みと思う余裕、どこにも行かなくて良い幸せ、静かな午後に聞く雨の音を淋しいとも思わず楽しむ。かつて経験した、濡れた者たちの触れ合う満員電車、強風に弱い折りたたみ傘、土砂降りに駆け込む地下鉄駅、濡れながら待つタクシーの順番、置き去りにされた繁華街に降り始める小雨、もうみんな記憶の中にしか存在しない。そのことだけでも、私は自分の最期の四分の一に満足できる。晩年のことだから、私の意志には関係なく、偶然、一人暮らしをするようになったのだが、じつは一人暮らしに憧れていたものらしい。その憧れの暮らしは努力して得たものではないが、たどり着くのに時間はずいぶんかかった。その時間がなければ、一人暮らしが憧...<二>幸運と脱皮

  • <一> 四分の一のはじまり

    なにごとも、おしまいの四分の一くらいが良い方向に向かって盛り上がっていれば成功、といえるのではないか。一年生の一学期、中学生時代、婚約期間、結婚披露宴、企画会議、10分で終わるセックス、そして人生も。おしまいの四分の一がよければ。終わり良ければすべて良し、とはたいがいのことにあてはまってしまう。人生の残りがどれほどなのかはわからないことだけれど、おおよその見当でいけば、55歳からの10年くらいの間に「残り四分の一」のスタート地点がありそうだ。わたくし、名前はルナ、58歳。たいした志もなく生きてきてしまった。不幸でも、とびぬけて幸運に恵まれるでもなく。二十歳のころ、老後のことをずいぶんと気にして、一億円あれば、リッチな老人ホームにはいれる、とか、一億円あれば銀行利子だけで生活できるのね、とかやみくもに、『一億円』...<一>四分の一のはじまり

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