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逢魔時堂 https://yuzuriha-shiho.hatenablog.jp/

闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

杠 志穂
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2016/07/11

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  • 四月馬鹿.11

    「やだぁ、会長ったらかっこいい!」 「すてき! 惚れ惚れしちゃう!」 その場の空気にはいささか場違いな嬌声が上がった。 「さあさあ、こんな場所で野暮は禁物。お入りになって。もっとずずいと」 「こちら、どこの国のお方?」 「はじめましてぇ、渋くてもう、男前ねぇ」 「まあまあ、とりあえず一献一献。仲直り。ねえ、この場は私たちに免じて日本のおもてなしを楽しんでくださいましな」 ベテランのお姐さんにかかればかくも他愛なくなるものか。その場の空気は一変していた。 「あ、お酒もっと追加――ねえ、新しくいらしたお兄さんたちも足崩して、さあさあ」 そのまま廊下に向かって「こちらお料理追加でお願いしまぁす」と声…

  • 四月馬鹿.10

    「うーん、この屁理屈は理解不能だ」 飛び上がった猫と茶碗がそれぞれ大人しくなったころ、私とひなこは溜息をついた。気になるのは「経緯はどうでもいい。我が国で作ったものは我が国のものだ」というその不可思議な価値観だ。 それが正しいのであれば件の茶碗は正当な返還理由があることになる。私たちの信念である「私たち以上にふさわしい持ち主が現れるのなら……」という項目にレ点がつくことになる。 そんなことに頭を悩ませていた頃、上京組の方もいよいよ第三ラウンドのゴングが鳴ろうとしていた。 *** 廊下が慌ただしい。遠くから女将のものらしい声で「もし、お客様、困ります」という必死の声が聞こえる。それと同時に聞こえ…

  • 四月馬鹿.9

    その空気に水を差すかのように御大尽が一言、 「この茶碗は本来私たちの祖国のもの。返していただきたい」 と言い放ったそうだ。はじめこそ冗談だと皆笑っていたらしい。しかし目が真剣である。 「どういうことですかな? 私はその持ち主から買い取ったのですよ。まあ、ほんの少し安くはしていただきましたがね。今の言葉、まったく解せませんな」 柊氏も軽く受け流したらしい。しかし御大尽は尚も言ったのだという。 「あんたに渡った経緯など私の知ったことではない。その茶碗は我が国の宝となるべきものなのだから返していただきたい」 元々はひなこが作った偽茶碗であることもすっかり忘れ、私たちは「どういうこと? どういう理屈?…

  • 四月馬鹿.8

    十分後にはすっかり元気になったのだが、それでも足音を忍ばせて恐る恐る事務所の戸口に戻った。三人でそっと耳を澄ますとカタカタの音は止んでいるようだ。 しかしその代わりにカリカリ、ポリポリという聞き慣れた音が聴こえてきた。そっと覗き込んだ私たちの目に映ったものは、三つの茶碗を器用に押さえながら楽しげに、嬉しげに食事をしている猫たちの姿だった。 『――見てごらん、何かあったらこんなにやんちゃしとらんじゃろ。大丈夫じゃ』 不意に以前ハセガワが行方不明になったとき、ボスが言った言葉が蘇った。 怖がることはない。この茶碗に恐怖を感じることはないのだ。 私たちはしゃがみ込み、艶やかな猫たちの背中を撫でながら…

  • 四月馬鹿.7

    夕方、ささやかなリフレッシュタイムだったがすっかり元気になった私たちは逢摩堂へ戻り、しばらくすると上京組から第一報が入った。 「首尾は上々。追って詳細」 とある。まるで電報のようなメールである。 こう、なんていうか――もうちょっと具体的に書けないものか、とイライラするのだが、首尾は上々という文言にとりあえずは胸を撫で下ろした。 その五分後には「稀代の詐欺師。惚れ惚れする口上」と第二報が入った。 計画によると例の会が開かれている会場の隣の部屋に、ボス、最所、京念が詰めることになっており、襖越しに聞こえる会話に耳をそばだてているらしい。 それから小一時間ほど経った頃、ハラハラしながら待っている私た…

  • 四月馬鹿.6

    さて、いよいよの四月一日。 ここまで来たらあとは氏にお任せするしかないのは重々承知しているが、留守を守っている私たちは早朝から落ち着かないことおびただしい。 慎重なひなこがガラスの置物に躓いて割ったり、いつもにも増して丁寧に煮物の下準備をしていたふたばが鍋を焦げ付かせたりしているし、私は私で動物園の熊のように訳もなく店内を歩き回っていた。 もうなにも手に付かない状況に、思い切って店を臨時休業することに決め、この日は出かけることにした。 考えてみれば三人揃って出かけるというのは久し振りだ。それも遊びが目的で、ということになると初めてと言ってもいいくらいかもしれない。 そう考えると妙に心が浮き立ち…

  • 四月馬鹿.5

    明くる日、再訪した柊氏に私たちはすべてを白状した。 しばらく呆然と偽茶碗を見つめていた柊氏だったが、本物の在り処を尚も打ち明けられたあと爆笑していた。 「ああ、こんなに笑ったのは生まれて初めてです」 氏は眼鏡を外し、目尻を拭いながらまだ笑いが収まらない様子だ。 「本当に申し訳ありません」 平身低頭の私たちに 「いやいや、まったく騙されました。ああおかしい。しかも猫のご飯茶碗になっているとは。本当にあなた方は面白すぎる」 「取り替えていたこともすっかり忘れていて――気付いたときにはあんな状態で。騙すつもりは全く無かったんです。本当に申し訳ないことをしました」 眼鏡を掛け直した柊氏は咳払いをひとつ…

  • 四月馬鹿.4

    ボスがその箱を受け取り、開いて「これですじゃ」とごく自然に手渡そうとしてその手が止まった。 「ん?」 急いで残りの二つの箱も開く。 「ん?」「んん?」 ボスのその一連の動きの間に柊氏は最所に開かれたそれを見て 「すばらしい……」 と息を呑んでいた。 「まさに至高! 人類が生んだ奇跡の宝物ですな。眼福とはこのことです。これは守らなければならない! 俄然、ますますやる気になりました」 柊氏は熱を帯びた声であとの二つも飽かず眺めている。それをよそにボスが私たちの顔を見る。その視線に頷き、目で詫びた。そのまま視線を事務所の隅に移動させると視線を追ったボスが目を丸くした。 そこには猫たちのドライフードが…

  • 四月馬鹿.3

    // とにかく、その会が開催されるまであと一月あまりしかない。自然な形でその場に加わる方法はないものか。 その御大尽が何者なのか、事件との関連性があるのかどうかは別問題としても、私たち全員の動物的な勘が動いたからには探りを入れたい。 ひとつには、例の窃盗団の黒幕がどこの何者なのか未だに正体が突き止められていないせいもある。その筋では幻のミスターXと呼ばれているほどだ。 そのものずばりのミスターXとは思えないのだが、なにか手がかりらしきものが得られるかもしれない。ようやく「骨董品」という一つの共通点らしきヒントが与えられたのは確かだった。被害にあったのは古物商、蔵を持つ旧家、そして骨董の収集家が…

  • 四月馬鹿.2

    // 「それは……しかし、その方の身になれば大変なことですねえ」 京念も話を合わせた。 「やはり、それだけ奥深い世界ということなのでしょうねえ」 会長は茶碗を桐箱に戻しながら低い声音で吐き出すように言った。 「いや、あいつはどう見ても世間に憚る稼業に関わっとるに違いないから、痛い目にあっても同情する必要もない。大体において物の良し悪しはすべて金で決まると思い込んどる。まったく、骨董好きの風上にも置けんやつですよ」 それ以上のことは口にしなかったらしいが、その後も厳格なことで定評がある会長にしては笑いが止まらなかったという。 その話をじっと聞いていたるり子姉さんの目が細くなった。 「ちょいと、そ…

  • 四月馬鹿

    さて、意外なことに新しい情報は京念からもたらされた。 それはここのところずっと「振り回されている」感が強い彼のクライアントの話題からだった。 古い馴染みの同業種からぜひとも、と紹介されたそのクライアントは、不動産業を幅広く手掛けている人物で、国内はもちろんのこと、海外のリゾート施設も多く所有しているということなのだが、最近は古書や骨董といった趣味にのめり込んでいるのだという。 それもどちらかというと、仲間内での目利き自慢ごっことでも言うのだろうか。全国のがらくた市で掘り出し物を見つけ出すのに血道を上げているらしい。 若い頃から趣味らしいものも持たず、仕事一筋だったが老境になってからのこの道楽に…

  • 語り継ぐもの6

    // 折しも咲良さんの部屋も夕焼けに染まり、それが段々と群青に変化しだしたころ、庭の木戸口を開けて誰かが厨房の方へ小走りに急いでくるのが見えた。 「あ、麦ちゃんだ!」 それは忙しくなった「塀のむこう」が新しく雇い入れた娘さんで、コロコロとよく太り、働き者で力持ちで頬が赤く、およそ現代の美人という評価からは外れているのだが、なんとも言えない愛嬌があり、皆からは「麦ちゃん」あるいは「大麦」とからかわれている娘さんだった。 麦ちゃんは片手に大きなバスケットを持っており、急いで厨房のドアを開いた。 「マスターと奥さんからです」 はにかみながらバスケットを差し出す。 「新作のお料理、味見してみてください…

  • 語り継ぐもの5

    つまり私の考えは、咲良さんの茶碗を追う一味と、駒鳥を忘れるなとメッセージを送ってきた人物は同一ではない。全く別の人物ではないだろうか、ということである。たまたま時期が重なったのではないだろうか。 しかしそうであれば誰が一体、なんのためなのか。そこで堂々巡りになってしまう。――お前たちの罪を忘れるな。お前たちがしてしまったことを忘れるな――とリフレインするように、何度も何度も囁きかける「忘れるな、忘れるな、忘れてくれるな」という想い。 そしてそれは娘たちの霊ではなく、生きている人間が考えることのような気がしてならない。 語り継げ。自分たちの罪を語り継げ。決してお前たちの心を平安にはさせない。どこ…

  • 語り継ぐもの4

    // そして私はもう一つの、これもずっと引っ掛かっていたことを話しだした。実はずっと感じていたモヤモヤをひなことふたば、咲良さんに聞いてほしかったのだ。 通りの衆も、件の茶碗についての知識はほとんど無いと言ってもよい。 それは夜咄の夜の驚きぶりを見ても想像がついた。後日佐月さんでさえ「なにか大切にしているものがある」と聞かされてはいたが、その価値は知らなかったし、それ以上考えたこともなかったと言っていたのだ。 事実、逢摩堂に頻繁に出入りし、また、以前あのからくり棚に置かれていた三つの箱を見ていても全く無関心だった。 佐月さんでさえその程度だったのだから、ましてや事故以降に逢摩堂と疎遠になってし…

  • 語り継ぐもの3

    // そうこうしている内にテーブルにひょいと飛び乗った小雪が茶碗の中の水をちょろちょろと舐め始めた。 「こら小雪。ちゃんとお水茶碗持ってるでしょ。そっちのお水を飲みなさい」 そう言いながら慌てて小雪を抱き上げた私はふと何かが心に引っかかったような気がした。 猫の食器――どこかで、いつだったか私はこんな景色を見た。あるいは思ったことがある。あれは何だったろうか――思い出せない。 「父さんは――」 二つ目の練り切りをさくっと黒文字で切りながらふたばが口を開いた。 「父さんはこの茶碗、他の人に見せたこと無いって――あの夜咄以前に見せたこと無いって言ってましたよね。と、言うことは追っ手はどれがどれだか…

  • 語り継ぐもの2

    // 「いいのぉ」 しげしげと作品を見るボスにひなこは「単なる道具ですよ」と恥ずかしがったが、 「ひなちゃん、みんな道具として作られるんじゃよ。初めっから名品と呼ばれるものは無いんじゃないかの。作り手の目的は元々はそういうもんじゃないかの」 と語ったボスの言葉を私は深く胸にしまった。 確かに後世まで残るような品であっても、作り手が初めからそのことを意図していただろうか。 その時の土の状態やら釉薬の調合、天候や湿度、火の勢いやら実に様々な条件がまるで神からの贈り物のように重なって結果が出るのではないだろうか。元々は誰かのために作りたい、その人が便利に、そして喜んでくれるように――という至極単純な…

  • 語り継ぐもの

    その後も話し合いは何度も開かれた。というよりかは、今やほとんど夕食を共にしている我々だったので食後のコーヒータイム、デザートタイムは咲良さんの部屋で、というスタイルが定着したに過ぎないのだが、みんなで車座になってはああだこうだ、と話し合うと時として不安になる心も穏やかになっていく。 るり子姉さんを中心とするその筋の方々が捜査を進め、磐石の布陣となっている安心感もあってこそのことだが、それ以上に強い連帯感が私たちを強くしている。 そんな中、私たちは茶碗に秘められた謎解きに全力を尽くしていた。 咲良さんの一族が脈々と伝えてきた三つ揃いの価値とは一体何なのだろう。その一つ一つでさえ価値がありすぎる物…

  • 玉響6

    「そんなことはない!」 私たちが叫ぼうとしたとき、会長がふと顔を上げた。 「ん?」 怪訝な顔で私たちを見る。 「え?」 「今誰かわしの背中を撫でたかの?」 「いえ……」 会長の椅子は私たちと少し離れた場所にあり、もちろん後ろには誰もいない。虚ろな表情を浮かべたまま視線は咲良さんの絵に留まった。 咲良さんの絵を見た会長は急に目を見開いたかと思えば目をこすり始めた。 「逢摩――いや、逢摩さんよ。いよいよわしもヤキが回ったかの。今――今咲良さんがわしを見て優しく頷いたように見えた」 その言葉を聞いた私たちも一斉に絵を見た。絵から私たちも咲良さんのメッセージというのか、想いのようなものを受け取ったよう…

  • 玉響5

    そのようなことを話していると、店のドアが開く音が聞こえ、店番の猫たちの甘えるような声も聞こえた。 「ごめんなさいよー!」 どうやら来客者は鬼太郎会長のようで、私がはーい、と飛び出す前に会長はすでに部屋まで来ていた。 「おおう、まあ揃いも揃って揃っとる。お、新婚さんも揃っとるな」 相変わらず賑やかな人だが、咲良さんの絵の前で手を合わせ、頭を垂れることは決して忘れない。 差し出された椅子にどかんと座り、ふたばが用意したお茶を一口すすると、言いにくそうに口を開いた。 「あのなあ……。実は、こんなもんが通りのもんのところに来とってなぁ……」 そう言いながら一緒に持ってきていた紙袋から大きなビニール袋を…

  • 玉響4

    「やっぱり、それほどの価値があるんだ……」 私たちは件の茶碗が納められた古ぼけた箱を見つめた。 価値があるとは聞かされていたものの、それがどれほどのものなのかを実感する機会があまりなかった。 しかし国際的に狙われているということを聞かされた以上は、その価値を改めて感じざるを得ない。 「それだけではないかもしれん。実は……」 その話を聞いていたボスが口を開いた。 「まだあるのじゃ。三つ揃って価値がある、と咲良は言うた。それがどういう意味かわからず、咲良に尋ねたが昔話だ、と笑っておった。その頃は骨董品やら焼き物やらには興味がなかったしあまりに気にも留めんかったがの。――次にその話になったのは、咲良…

  • 玉響3

    「こんなところでしょうか。他にある?」 私はそう言って両隣を見る。それを聞いたひなことふたばは口々に、私もそう思ってました、と応じた。 その様子を見ていた男たちは目で相談し合ったようだった。ボスが頷き、るり子姉さんが口を開いた。 「その内のいくつかは私から説明するわ」 そう言うとゆっくり私たちの顔を見回し、少しの間を置いて言葉を続けた。 「簡単に言うと、ここ四、五年――不可解な事件や事故が続いたのね。はじめこそ単なる偶然が重なったもののように思われたその一連の出来事が、内偵を進めていく内にどんどん的が絞られてきたかのようにこの近隣県に頻発してきたの。――そしてどうもこの地方がターゲットなのでは…

  • 玉響2

    // ではみいこさんから――と話を振られ、私は話を始めた。 「いくつかわからないことがあります。それはるり子姉さんが以前この店が――たしか色んな筋から狙われている、と言ったこと。あの後の露敏君の指輪事件やら逢魔時堂の都市伝説やらで、このことなのかなと納得はしてたんですけど……なんだかそんな程度――まあそれはそれで大きな出来事ではあったんですけど、これだけのことだったのかなぁって思ってるんです。もっと他に何かあるんじゃないのかって」 数年前に店にやってきた更科露敏はこの店のどこかに隠されているという指輪を店に探しにきたのだが、その際に「どっかのヤバい兄さんたち」に指示された、と話していた。 私の…

  • 玉響

    最所とふたばが新婚旅行へ飛び立ってから一週間後、帰国した二人はかのハリー・ポッターグッズを山のように買い込んできたのでしばし私たちはもちろんのこと、通りの皆もそのコスプレを充分に楽しんだ。 猫たちも各々、作中に登場する四つある寮のシンボルカラーというのか、おしゃれなマフラータイプの首輪をもらってご満悦だったし、あの重い告白の後、しばらく体調を崩したボスも元気を取り戻した。 もっとも、元気になった大きな要因は実は咲良さんが夢に出てきてくれたのだと照れくさそうにボスが話していた。 ――黙って優しくてを握りしめ、キスをしてくれた――と少年のように恥じらいながら語るボスを、咲良さんの絵の横に立たせ、全…

  • Who Killed Cock Robin? 6

    「それ以来咲良も、五人の娘たちもおらん」 「たくさんの犠牲者が出て変わり果てた姿で見つかった。しかし見つからんかった。五人の娘たちがいた置屋は、他の者は皆逃げたそうじゃ。五人の娘らは誰も見かけんかったと言うておった。――いや、自分の身と自分の家族のことだけで精一杯じゃったと。――あとで聞いた話じゃ。娘らの部屋は外から鍵がかかっておったそうじゃ」 「――それから時は止まったままじゃった。わしも、そして通りの皆も。今でも咲良の『嘘つき』の声は忘れられん。その声は、わしはもちろん通りの衆にとっても永い間心の枷になった」 ひなこが立ち上がり、黙って厨房へ向かった。きっと何か温かい飲み物を用意するだろう…

  • Who Killed Cock Robin? 5

    「あの夜――」 少しの沈黙が訪れたあとにボスはまた口を開いた。 「山が崩れた」 「そうじゃ。予兆はあった。昼間から山鳴りがしとった。長老たちはこんな音は聞いたこともない、逃げろと言うた。若いもんは――わしらは、大丈夫じゃ、ちゃんと土留めもしてある、と言うて気にもせんかった」 「――咲良は、咲良は心配した。他の娘たちは――そうじゃ、あのひと飲みに崩された斜面にあった置屋に住まいしとったから。あそこは危ない、こっちに連れてきてくれと、わしに縋りついて頼んだ。わしは大丈夫じゃ、と。心配するな、と。ちゃんと向こうは向こうで避難しとるからお前はここにいろと――まずお前が無事でいろと伝えた」 「――咲良は…

  • Who Killed Cock Robin? 4

    あれらがどんな経緯で売られてきたのか知っとるもんはおらんかった。 この地には流れに流れてきたのじゃろう。その世界ではよくあることじゃった。 しかし、咲良にはもちろんのこと、あの娘たちもそんな世界にいたにも関わらずなんとも言えぬ品格があった。 ――そうじゃ、泥沼の泥に染まらぬ蓮の花、という風情があった。 しかし、しかしじゃ。人の心は恐ろしい。わしらはこの品格が気に入らんかった。そこが一番惹かれた部分じゃったのに、わしらが持たぬこの品格が気に入らんかったのじゃ。 特にわしは鼻についたのじゃ。その美しい蓮の花びらに思いっきり泥水をかけてやりたい。所詮金で取引されてきた身じゃと言ってやりたい。そんな思…

  • Who Killed Cock Robin? 3

    「駒鳥? 駒鳥じゃと?」 ボスが呻くように呟いた。 「ひなちゃん、すまんがそれ全部読んでおくれ」 はい、とひなこがその歌詞を読み始めた。マザー・グースの中では異例なほど長いのだ。 朗読を続ける途中でボスの顔色が悪いのに気付いた。 「父さん、顔色悪いですよ。お疲れでしょう? 休みますか?」 小声でそう聞いたのだが 「いや、大丈夫だ」 と目を閉じたまま答える姿が妙に弱々しく、気になって仕方がない。 「――空の小鳥は一羽残らず溜め息ついてすすり泣いた」 ひなこの朗読が静かに終わり、しばらくの沈黙が訪れた。 「……話しておきたいことがある」 まるで時が止まってしまったかのような室内で、ボスが静かに呟い…

  • Who Killed Cock Robin? 2

    「うーん、なんともはや」 ボスがうめいた。 「こりゃまた疲れるもんじゃのう。まだこの後二回もあるのか。いやいや、楽しみなことじゃな」 それを聞いたひなこと私は噴き出した。 「父さん、私たちは――いえ、少なくとも私は当分行きませんから」 「私も――ごめんなさい。多分行きませんからね」 「いやいや、まあ、嬉しいような――寂しいような、じゃの」 「あ、そうだ」 何かを思い出したのか、ひなこが急に立ち上がる。 「お祝い箱の中、一応検めておかなくっちゃ!」 そうだった。途中忙しくなった私たちは、とりあえずお祝いのメッセージやらお祝儀やらを入れてもらうために、箱を設置していたのだ。 きちんと検めて、失礼の…

  • Who Killed Cock Robin?

    こうしてすったもんだの末、ふたばと最所は結婚式を挙げた。 家族のみ立ち会った厳粛な挙式の後は、咲良さんの庭で流行りのガーデンウェデイングパーティーが行われた。 「誰でもウェルカム!」 という二人の希望のまま、それはそれは賑やかな祝宴となった。中には「たぶんコスプレイベントなのだろう」と最初から最後まで信じて疑わなかった一般客も多くいたに違いない。 「入場料はいくらか?」「食べ物のチケットはどこに売っている?」と、受付をしていた私とひなこは質問攻めにあったし、それが全て無料だと理解してもらうのにも一苦労した。ましてやこれが結婚式だと説明するのはもっと重労働で、しまいには『お気持ちをお入れください…

  • ひいふうみい11

    「ふーたちゃん! ひーなちゃん!」 やはりふたばはそこにいて、その側にひなこがいた。二人は子どものように足を投げ出し座っている。夜空を見上げながら座っている。 「いーれて!」 そう言って私もふたばの隣に座る。 「風邪ひくぞ、ふたりとも」 三人で毛布をすっぽり被る。しばらくしてふたばがぽつりと言った。 「父さんたちは?」 「うん――たぶん事務所で大反省中」「きっと今ごろ青菜に塩」「ていうか、まだグズグズ小声でやりあってるかも」 事務所に残された二人のその後が容易に目に浮かぶ。 「さむーい!」 ふたばが私とひなこにしがみついた。 「さむーい!!」 私たちもふたばを抱きしめる。 「寒いけど暖かーい!…

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