あなたが何かを決意したときあなたのたましいの矢は 放たれる 現実は何も変わらず 何も動かなくても微細なエネルギーは 構成要素を変えたましいの流路に呼応して 徐々に その構造を 流れを 変え始めている 決意は 放たれた矢 それが たま
苦しみや不安に満ちた人生を、自由に、楽に生きられる方法を、人生の法則から語るメッセージ。
現代は、不安やストレスに満ちた時代。こんな時代を、自由に、楽に生きられたらいいと思いませんか? 本サイトでは、人生のいろんな法則に基づいて、私たちがよりよい人生を送れる方法や、物の見方がわかりやすく語られています。すでに多くの方から、人生が変わったと喜びの声をいただいています。
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あなたが何かを決意したときあなたのたましいの矢は 放たれる 現実は何も変わらず 何も動かなくても微細なエネルギーは 構成要素を変えたましいの流路に呼応して 徐々に その構造を 流れを 変え始めている 決意は 放たれた矢 それが たま
たいせつなものって眼の前にあるときには たいせつだという顏をしない でも 過ぎ去ったとき それがたいせつだったとわかる けれど そのときには もう遅い あなたの手の届かぬところに いってしまっている 人との出逢いと別れ たいせつなつなが
直観をだいじにするということ しっくりくる感じ なんとなく温かく 軽い感じ 明るく なつかしい感触・・・ ことばでは説明できないが あなたのエネルギーがそう感じるのが 直観智 直観って 使えば使うほど 研ぎ澄まされてくるやがて 自分の芯
世界ってあなたがそれを認識したときに 創まった あなたが母親を認識したときに 母親はこの世界に「誕生」しあなたが宇宙を認識したその刹那に 宇宙の歴史は 始まった みほとけの眼からみた世界って そんな世界 みほとけが ほほえまれた・・・
人は 便利さ快適さをもとめる 便利さって 空気みたいなものそんな感じになっている でも 便利さがなくても 人は生きられるもの 便利さから しばし距離を措いてみる そうすると 便利さに煩わされたくないというそぼくなこころに 帰れるも
流れのあるものって 腐らない動くものって 劣化しない しあわせの本質って? 至福の本質は 流れ そして循環そうみほとけはいう しあわせを「もの」として追い求める限り永遠にそれに到り得ない 固定した「もの」という思いを手放したとき
大自然の声を聴こう耳を澄まして 大自然はやさしくあなたをつつみ あなたの存在を丸ごと愛してくれている 自然はやさしく温かいそしてすなお あなたが自然に語りかけ 自然に好意を示せば自然はかならず あなたに応えてくれる 歓んでね あ
水分を含んだ生の竹って 弱いけれど いったん枯らし 乾燥させると 竹ってとても強くなる 水分は潤いけれど その水分がときに 竹の繊維を脆弱にさせる 枯れることって 死なせることいったん死なせ 水分を落すこと そのことによって 竹はあらた
食べること 寝ること それ以上に愛することって たましいに約束された本能 そうみほとけはいう 人は 自分だけの充足ではなく 他者の歓びを満たすことで自分の充足が果たされる そのようにできている その領域って 食や睡眠よりも もっと深く
人生って 太く短くよりも細く長くをこころがけて 生きる方がいい 単発的なものって 結果的にもろい 呼吸も 長くたもつことにより 精気が溜まる 細く長くは 宇宙の波動の属性 あなたが健康に 壊れぬ至福を求めるならものごとすべてを 細
がんばりの意識 ねばり強く何かに取り組むって だいじなこと けれども そのときにもあなたはあなたの中に流れるエネルギー流れを意識し それを抑えること さまたげることのないように思いを向けていかなければならない 目的への意識 そこにこころを
人間の幸福度って その人が体験した世界が多いほど 高まっていく そんな研究データが あるそうだ たとえば 生まれてからずっと同じところに住み続けているよりも いろんな場所 いろんな地方 いろんな国に移り住みそこでいろんな人 いろんな言葉 い
親は子どもによって 親であることが引き出される教師は生徒によって 教師であることが引き出される兄は妹によって 兄としての自覚が引き出される みほとけは? みほとけは 衆生によって みほとけであることが引き出される 苦しみあなたがいなかっ
いつものおきまり ルーティーンって ある けれど たとえば あなたの仕事の段取りを いつもとちょっと変えてみたり毎日通っている通勤の道を ちょっと別のルートにしてみると 今までの 正面からでは見えなかった ものかげに隠れていた花がふっと
あなたの存在って ほんとうは 公的なもの「私」なんて じつは存在しない あなたの存在そのものが 宇宙エネルギー その循環の中にあるそこに「私」なんて 存在しない あなたは 公的存在 人を 世の中を 環境を しあわせに より良くするために
念(おも)いって エネルギーの流路を創るハンドル あなたが 明るく 自信をもって人のしあわせを想って歩み出すとき微細な流れって すでに始まっている すべてが あなたの願いのもとに集まりエネルギーの配置換えが始まり あなたが実現しやすいエ
笑顔って 美しさって 癒しってその主から独立した 宇宙の所属 そうみほとけはいう あなたに悪意をもち あなたを貶めようとする同僚の女性 でも その女性の幼い子どもが ふっとあなたに笑いかけるときあなたはしあわせに満たされ 憎しみとか
愛はぬくもり愛って 硬くなったつぼみをひらく 愛はやわらかさ 愛はかろやかさ愛は あなたのたましいを構成する粒子を 微細にする だから どんな人のかなしみにも あなたの存在が浸透し 力を与えられるのだ 歓喜は光のしずくとなって・・
4月初めの週末の朝 さわやかな風が吹く 春の朝の おだやかなぬくもり 風は ひだまりの温かさを伴い頬をやさしくなでる 春の風は 精気に充ちこの世のすべてのいのちに 芽生えと力とをうながす 鳥も花も虫たちもすべてが 新しいいのちの
忙しいとき 何かがさし迫っているとき 余裕のないとき そんなときこそ 鏡を見よう鏡にあなたの顏を映し ほほ笑んでみよう せかせかした空気とはちがう流れがその場に生まれてくるよ あなたの動き出しは それからだ 鏡を持つこと・・・
人生の重心は 低い位置に そしてシンプルに 重心が高いと 風が吹いただけで倒れてしまう あれこれ持ちすぎると バランスを崩し 簡単に倒れてしまう 低く やや控えめに そして 欲を出さず たくさん持ちすぎず そんな人生って ちょっとやそっとでは倒れ
ぼくのことばは 筏(いかだ) それに乗り 向こう岸に渡るよりどころ でも 渡り終えたらそのあとは あなたの歩み 河の向こう岸に渡り終えてなお 筏にしがみついて それを持ち歩く人はいない ぼくのさぁさな(メッセージ)も同じ あなたが 苦しみ不安の向こ
張り合うことで成長していく そういう関係って ある でも 無為に張り合う意識ばかりが先に立つと 競争って あなたのだいじなものを見過ごさせる お店同士が 味やサービスを競争し合う それによって 互いを高めていければいい でも 競争の意識ばかりが先
現代人って 一生懸命 不安のたねをさがそう・見つけようとしているんだよね 安全管理 安心できる生活を求める そんな名目で 不安をしらみつぶしにしようとする その意識が 逆にこころを不安にフォーカスさせ 不安のシミュレーションを こころの中でし その
花が咲くの「咲」って ほほえむこと 花って草樹のほほえみ ほほえみって しあわせの徴 だから積極的に あなたから笑みを見せていこう 笑みは カルマを浄化する 笑みは エネルギーを透き通らせる 今日一日 すばらしい笑顔 すばらしい出逢い そんなカ
青い澄んだ空 そこに 白い飛行機雲が すーっと延びていく そんな光景が見える 青の背景に白のストライプが加わる そんな取り合わせはなぜか さわやかさ 清涼感を感じさせてくれる 青も映え 白もほんらいの爽快感が引き出される 色の取り合わせってある 青
人生の醍醐味って あいまいなところにある あいまいさって 模範解答のないこと これが決定版という枠がないこと 白か黒かの二者択一しか受け入れぬ思考ではなく 白にもなれぬ 黒にもなれぬ でも その中間のグレーもまたいいと その中に深みと味を見いだして
前に進むことだけが 前進とは限らない ときには 後退することも ほんとうのいみで あなたを前に進めることがある 力を注ぐことだけが 人を歓ばせることではない ときに その力を抜いてあげることが
瞑想は 宴坐 そうよばれる 宴坐の宴って くつろぎ リラクゼーションということばがあるが 瞑想って 究極のリラクゼーション くつろぎって ゆるさ きつきつの服では 動作ってできない きつきつのズボンは 脚やふとももを締め 血流も悪くする ゆるさ
帰っていける軸を あなたのなかではっきりもつこと それは だいじなこと そういう軸のある人って 壁にぶつかっても 悩みがそれ以上 広がらない 複雑化しない 問題がぶれていかない シンプルな軸 それが 悩みの膨張をくいとめる そんな軸を あなたの中
シンプルは 安定 人間って 安定が壊れると 「複雑化」のわだちにはまる 逆に あなたがシンプルさをたもつほど あなたのすべては 安定していく 困難があっても 起き上がり小法師のように さっと元の姿勢に もどれる 重心がはっきりしているから シンプ
ブッダ・シャカムニは たたき起こす人 みほとけ・サルマプッティは ほどく人 前者は 幹を揺り動かし 枯れた葉を落そうとする人 後者は そのまま自然に葉を落としていく人 枯れ葉 余計なものって 揺り動かしては落ちない それよりも 内面を成熟させること
便利になりたいというこころ でも 便利になりたいと思う瞬間 こころはあなたのさまざまな「不便」を 拾い出す らくになりたいというこころ そのこころを起こした瞬間 あなたの思いって 過去の苦しかった思い出ばかりを 拾い出す 美人になりたいと思った瞬間
エネルギーって 我により 粗大化する エゴが入るほど エネルギーって 重く粗く 何というか 粘液質になってくる 我って? 私有化 ひとことでいえばそういうことになるかな・・・ あなたの体って あなたのものじゃない あなたのいのちさえも あなたの所有
ぼくみほとけは 観る人 見えたままを 語る人 思索家や思想家ではない 思索・思想の生ずる その以前 それがぼくの領域 観るって? みんなが目を向ける みんなが関心をもつ でも その奥に 目を当てながら見えていない世界ってある ぼくは こころの眼で
あなたの 思い ちいさなやさしさって 確実にまちがいなく 波動となって 宇宙空間に記憶されている だれもみていなくても だれも評価してくれなくても あなたが あなたとして誠実に生きること ささやかなあなたらしいやさしさって 宇宙は ちゃんと見てくれて
お金を気にするという「土俵」を あなたが離れたとき 貧しさは あなたを苦しめない 勝ち負けという「土俵」に乗らねば 勝敗に あなたが振り回されることはない 問題は 「土俵」に乗らぬ 思い切り 決断 それだけだ 軸足を内側に移す・・・
苦しみって 因と果の呼応関係から起きる その呼応関係って 微妙な息の合致 だから もしあなたが その微妙な歯車の合致点を 1ミリでもずらしたら 苦しみという積木は 崩壊していく 苦しみ たとえば あなたがだれかから 無視され 仲間はずれにされるいじ
痛みを受けるって だいじなこと なぜなら 痛みって そこから先ははいっていけませんよというサイン もしあなたの体に痛みがなければ 病気の進行にも気づかず放置し そのままなら 手遅れになっていく 痛みがあるから異常を察知し 適切な手当てを施すことになっ
あなたのカルマに約束された 苦しみ 痛みは 逃げれば逃げるほど 大きくなって やがて あなたを呑みこんでいく 受けるべきカルマ それを受けていくことって だいじ 逃げるのではなく 楽しんで受けること それによって カルマの あなたを苦しめる作用は