chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
安土桃太郎
フォロー
住所
中央区
出身
彦根市
ブログ村参加

2016/03/17

arrow_drop_down
  • 祝550回 久保田城にゆく 其の参:北西御隅櫓

    今回は通算550回目の更新になります。引き続きよろしくお願いします。秋田県秋田市にあります久保田城址です。3回目の今回は、本丸跡北西部にあります隅櫓よりスタートです。御隅櫓説明板です。御隅櫓の外周を回ります。御隅櫓は、当時は城内に8ヶ所ありました。物見や武器

  • 久保田城にゆく 其の弐:表門から本丸へ

    秋田県秋田市にあります久保田城址です。2回目の今回は、二ノ丸跡から石段を登り、表門をくぐるところからスタートです。久保田城表門です。一ノ門とも呼ばれていた本丸の玄関口になります。説明板です。表門は、本丸の玄関口として警備上からも重要な地点とされており、南

  • 久保田城にゆく 其の壱:大手門から二ノ丸へ

    秋田県秋田市にあります久保田城址です。当ブログ134城目となる久保田城は秋田二十万石佐竹氏の居城として秋田初代義信公が1602年に入部し、築城しました。 ただし天守閣と石垣のない城として知られています。本丸は明治十三年(一八八〇)七月の火災で全焼し、同二十三年公

  • 脇本城にゆく 其の参:大土塁

    秋田県男鹿市にあります脇本城址です。三回目の今回は内館にあります大土塁の上に向かうところからスタートです。大土塁を少し登った先に館神堂跡があります。ここから見る大土塁です。高さがよくわかります。大土塁を進みます。こちらは東曲輪です。ここには城主の館があっ

  • 脇本城にゆく 其の弐:南西部の曲輪から内館跡へ

    秋田県男鹿市にあります脇本城址です。二回目の今回は、西方面へ向かうところからスタートです。パンフレットでいうと左上の竪堀と記載されている方面になります。西へ進みます。ここからは東西に250メートルにもおよぶ土塁を見ることができます。説明板もありました。さらに

  • 脇本城にゆく 其の壱:天下道から中央曲輪へ

    秋田県男鹿市にあります脇本城址です。当ブログ133城目となる脇本城址は、当ブログ秋田初登場となる城址になります。 JR脇本駅より徒歩30分ほどで到着します。脇本城の城歩きモデルコースです。今回はこのルートを参考に進むことにします。脇本城の当時の縄張りです。脇本城

  • 2020年総集編

    今回は2020年に訪問しましたお城を一気に紹介していきます。(1月)大多喜城(千葉県)小丸山城(石川県)高田城(新潟県)長篠城(愛知県)古河城(愛知県)新城城(愛知県)掛川城(静岡県)伊賀上野城(三重県)(2月)新発田城(新潟県)(11月)福山城(広島県)下記は

  • 大多喜城にゆく 其の弐:本丸跡から二ノ丸跡へ

    千葉県夷隅郡大多喜町にあります大多喜城址です。2回目の今回は天守内部に入るところからスタートです。天守からの景色です。こちら側からは大多喜城の遺構である大井戸と薬院門を見ることができます。それぞれの説明と写真も展示されていました。また、天守内部には、ジオ

  • 大多喜城にゆく 其の壱:大多喜城天天守

    千葉県夷隅郡大多喜町にあります大多喜城址です。当ブログ132城目となる大多喜城址は、大多喜駅より徒歩15分ほどで到着します。駅に降りると本多忠勝公によるお出迎えを受けます。本多忠勝公は、徳川四天王の一人で、初代上総大多喜藩主を務めた人物です。この像は発泡スチロ

  • 19年下半期訪城記

    半年間の総集編として今回は2019年下半期に訪問しましたお城を一気に紹介していきます。(9月)志苔館(北海道函館市)松前城(北海道松前市)根城(青森県八戸市)九戸城(岩手県二戸市)将門塚(東京都)(11月)米沢城(山形県米沢市)山形城(山形県山形市)新庄城(山形

  • 新庄城にゆく 其の弐:二ノ丸跡から戸沢神社へ

    山形県新庄市にあります新庄城址です。二回目の今回は二ノ丸跡よりスタートです。内濠を見ます。二ノ丸から見る武器櫓土塁です。再び本丸跡へ戻ります。表御門跡を通ります。続いて本丸西側へ。新荘天満宮と心字池の説明板です。心字池です。本丸北側の出入口に来ました。こ

  • 新庄城にゆく 其の壱:本丸跡から二ノ丸跡へ

    山形県新庄市にあります新庄城址です。当ブログ131城目となる新庄城址は、JR新庄駅より徒歩20分ほどで到着します。道中このような説明板もあります。ニノ堀跡がありました。しばらく進むと内濠跡が見えてきました。到着しました。現在は最上公園として整備されています。土橋

  • 山形城にゆく 其の四:二ノ丸東大手門から北不明門へ

    山形県山形市にあります山形城址です。四回目の今回は二ノ丸東大手門から城内へ戻るところよりスタートです。あらためて二ノ丸大手門をじっくり見ます。枡形へ戻ります。櫓門をくぐります。本丸へ戻り、旧済生館本館にきました。旧済生館本館です。国の指定重要文化財に指定

  • 山形城にゆく 其の参:最上義光公騎馬像から二ノ丸東大手門へ

    山形県山形市にあります山形城址です。三回目の今回は、本丸跡を後に二ノ丸へきたところからスタートです。最上義光の騎馬像です。説明板です。1600年上杉軍がここ山形城を急襲した際、迎え撃ったのがこの最上義光公でした。これが有名な上杉軍と伊達・最上連合軍の三者が雌

  • 山形城にゆく 其の弐:本丸一文字門

    山形県山形市にあります山形城址です。二回目の今回は、本丸一文字門へ向かうところからスタートです。一歩ずつ歩くごとにシャッターを押してしまうほど、迫力満点です。霞城本丸•義松桜花之図です。最上義光公の時代に想いを馳せ、2010年作製された日本画のいわゆる妄想図

  • 山形城にゆく 其の壱:ニノ丸南大手門

    山形県山形市に山形県山形市にあります山形城址です。当ブログ130城目となります山形城址は、JR山形駅より徒歩10分ほどで到着します。内濠が見えてきました。山形城内濠です。西へ濠沿いを進みます。南大手門口に到着しました。橋を渡ります。橋からの景色です。石垣が途中か

  • 米沢城にゆく 其の参:上杉伯爵邸から春日神社へ

    山形県米沢市にあります米沢城址です。三回目の今回は境内を後にし、内堀跡沿いを散策します。境内を出て西方面へ進みます。本丸土塁が見事です。南西部へ来ました。その正面にあります上杉伯爵邸跡です。明治時代の上杉家の屋敷がここにありました。現在は料亭のようです。

  • 米沢城にゆく 其の弐:上杉神社境内から謙信公祠跡へ

    山形県米沢市にあります米沢城址です。二回目の今回は、上杉神社一ノ鳥居を抜け、境内に入るところからスタートです。上杉神社境内です。ニノ鳥居の手前には謙信公家訓示の碑があります。全部で十六ヶ条あります。こちらは稽照殿です。上杉神社の宝物殿でした。上杉家の宝物

  • 米沢城にゆく 其の壱:舞鶴神社から上杉神社正面参道へ

    山形県米沢市にあります米沢城址です。当ブログ129城目となる今回は米沢城址は、山形・秋田スタンプラリーツアーとして1人旅を決意しやってきました。JR米沢駅より徒歩30分ほどで到着します。現在は上杉神社として整備されており、まずは一の鳥居までの参道を進みます。参道

  • 平成尼崎城にゆく

    兵庫県尼崎市にあります平成尼崎城です。以前までは城跡でしたが、天守が復興されたということで、再訪しました。駅を降りると早くも前回まではなかった天守の姿が見えてきました。尼崎城址公園に入りました。戸田左門氏鉄公顕彰碑です。江戸時代の尼崎城天守の絵図がありま

  • 龍岡城にゆく

    長野県佐久市にあります龍岡城址です。当ブログ128城目となる龍岡城址は,函館とともに日本に2つしかない五芒星形の西洋式城郭のうちのひとつです。函館の五稜郭に3年遅れ、1867年(慶応3年)に龍岡藩主・松平乗謨(のりたか)公によって築かれました。完全な完成前に明治維新

  • 小諸城にゆく  其の四:天守台跡

    長野県小諸市にあります小諸城址です。4回目の今回は天守台跡周辺の散策からスタートです。本丸跡まで戻りました。本丸御案内の板がありました。本丸に残っている史跡が記載されています。これは珍しいですねー2007年に放映されました大河ドラマ風林火山の説明板です。それで

  • 小諸城にゆく  其の参:本丸跡から天守台跡上へ

    長野県小諸市にあります小諸城址です。3回目の今回は、稲荷神社があります木橋を渡るところからスタートです。この木橋は黒門橋です。黒門橋からの景色です。木々が生い茂っておりわかりにくいですが、空掘になっているようです。橋の先にあります黒門跡です。黒門の先は本丸

  • 小諸城にゆく  其の弐:二ノ丸跡から北ノ丸跡・南ノ丸跡へ

    長野県小諸市にあります小諸城址です。2回目の今回はチケット売り場よりスタートです。チケット売り場正面にあります石垣です。一つ一つがかなりの巨石が採用されているのがわかります。石垣に木札がありました。やはりこちらの石垣は復元のようです。元々の石垣は道路整備

  • 小諸城にゆく  其の壱:大手門から三の門へ

    長野県小諸市にあります小諸城址です。当ブログ127城目となる今回は、JR小海線小諸駅もしくは、しなの鉄道小諸駅より徒歩5分にて到着します。小諸駅の北側にあります大手門公園に来ました。大手門公園案内図です。土塁の先に屋根が見えます。大手門が見えてきました。高石垣

  • 2019年上半期訪城記

    今回は、2019年上半期に訪城しましたお城を一気に紹介していきます。(1月)・吉田城・松坂城(2月)・岩櫃城・諏訪高島城・松本城・能島城・八王子城・菅谷館・杉山城※日没のためスタンプのみ・姫路城(4月)・和歌山城・為朝館(5月)・彦根城・犬山城・江戸城(一般参賀

  • 江戸城にゆく特別編  其の七:上野東照宮

    特別編七回目の今回は東京都台東区にあります上野東照宮です。上野東照宮は1627年創建の東京都台東区上野公園に鎮座する神社です。 東照宮とは徳川家康公(東照大権現)を神様としてお祀りする神社で、日光や久能山の他、全国に数多くあります。こちらは上野公園のシンボル

  • 江戸城にゆく特別編  其の六:徳川将軍家墓所

    特別編六回目の今回は東京都港区にあります徳川将軍家墓所です。増上寺の境内にあります徳川家墓所ですが、戦災にて焼失したしまいます。戦災した旧徳川家霊廟は、現在の大殿南北(左右)に建ち並ぶ壮麗なものであったと伝えられています。昭和33年夏、文化財保護委員会が中

  • 江戸城にゆく特別編  其の五:浜離宮後編

    東京都中央区にあります浜御殿跡です。後編となる今回は潮入の池の伝い橋を渡りきったところからスタートです。富士見山へ登ります。園内を一望できます。東京湾沿いを西へ進みます。橋が見えてきました。海手伝い橋です。その先にあります庚申堂鴨場でした。こちらは覗場で

  • 江戸城にゆく特別編  其の五:浜離宮中編

    東京都中央区にあります浜御殿跡です。中編となる今回は、鷹の御茶屋からスタートです。御茶屋の屋根です。You 御茶屋の中に入る前に、敷地内の奥にあります鷹部屋へ向かいます。鷹部屋です。もちろん鷹はマネキンですが、当時はこのように鷹を養っていました。鷹部屋の説明

  • 江戸城にゆく特別編  其の五:浜離宮前編

    特別編五回目の今回は東京都東京都中央区にあります浜御殿です。この日はゴールデンウィークに実施されます無料開放の日ということもあり、多くの観光客で賑わっていました。大手橋を渡ります。沿革板です。浜御殿跡は、現在は、浜離宮思賜庭園として整備されています。大手

  • 江戸城にゆく特別編  其の四:芝口御門跡

    特別編四回目の今回は東京都銀座八丁目にあります芝口御門跡です。新橋駅より御門通りを銀座方面へ進みます。この付近には今春屋敷の跡地になります。今春氏は幕府直属の能役者として保護を受けていた家柄でした。銀座まで来ました。その先のひっそりと石碑がありました。芝

  • 江戸城にゆく番外編  其の参:毛利甲斐守邸跡

    特別編三回目となる今回は、東京都港区六本木にあります毛利甲斐守邸跡です。長門長府藩主(長州藩毛利氏の分家)だった毛利綱元の麻布上屋敷の跡地です。現在は六本木ヒルズ内の毛利庭園として整備されています。ひょうたん池です。1650年に、初代長府藩主毛利秀元公が上屋

  • 江戸城にゆく番外編  其の弐:吉良上野介邸

    特別編二回目の今回は、東京都墨田区両国にあります吉良上野介邸です。江戸時代の旗本であった吉良上野介義央公の屋敷跡です。吉良上野介は『忠臣蔵』の敵役として知られる人物で、赤穂浪士が討ち入って吉良上野介公を殺害したのがこの屋敷跡になります。現在、屋敷跡の一部

  • 江戸城にゆく番外編  其の壱:高輪大木戸

    今回より特別編として、直接的には江戸城とは関連は低くとも、間接的に関連性があった史跡を中心に紹介していきたいと思います。特別編最初の今回は、東京都港区にあります高輪大木戸跡(たかなわおおきどあと)です。高輪大木戸跡は、東京都港区高輪二丁目国道15号の泉岳寺

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の三十五:北橋詰門/其の三十六:平川見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。三十六見附編最終回となる今回は三十五見附目となる北橋詰見附および三十六見附目となる平川見附跡です。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用北橋詰見附跡です。現在地は本丸天守台近くの門になります

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の二十七:西ノ丸大手門から三十四:朱雀門

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。内濠沿い巡りを終え、今回より皇居正面から本丸へと突入します。二十七見附目から三十四見附目までは、先に執筆しました一般参賀編および皇居東御苑編にて紹介済みのため、今回は一気に紹介していきたいと思います。江戸城見附図 

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の二十六:和田倉門見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。二十六見附目となる今回は和田倉見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用行楽通りより和田倉濠沿いの日比谷通りを進みます。和田倉橋が見えてきました。橋の入口に来ました。和田倉見

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の二十五:馬場先見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。二十五見附目となるの今回は馬場先見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用日比谷公園より日比谷濠沿いの日比谷通りを進みます。しばらく進むと皇居へ向かう馬場先通りにぶつかります

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の二十四:日比谷見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。二十四見附跡となる今回は日比谷見附跡です。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用日比谷公園に来ました。石垣がありました。ここが当時の日比谷見附跡になります。説明板です。日比谷門の古くは土塁を

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の二十三:外桜田見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。回目の今回は見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用桜田濠沿いを進みます。この対岸沿いにも石垣が見えます。道中、江戸城跡の石碑もありました。桜田濠沿いを進みます。これまでの

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の二十二:半蔵門見附後編

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。今回は二十ニ見附目となる半蔵見附跡後編です。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用対岸側の石垣を見ながら内濠通りを進みます。しばらく進むと鉢巻石垣が現れます。土塁の上に石垣が積まれているのが

  • 江戸城にゆく三十六見附跡編  其の二十二:半蔵門見附前編

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。二十ニ見附目となる今回は半蔵見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用にほんブログ村田安見附跡より日を改め、東京メトロ九段下駅より半蔵門を目指します。九段下駅から牛ヶ淵沿いの

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の二十一:田安見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。二十一見附目となる今回は田安見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用北の丸公園より田安門へ向かいます。北の丸公園案内図です。公園内を通り向かいます。当時はここが北の丸でした

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の二十:清水門見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。二十見附目となる今回は清水見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用竹橋より反時計回り方面へ清水濠沿いを進みます。清水濠まちかど庭園があります。石垣の上に首都高速。。。ものす

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の十九:竹橋見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。今回より外濠めぐりを終え、内濠めぐりに突入します。内濠めぐり最初の目的地である竹橋見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用竹橋に来ました。ここが当時の竹橋見附跡です。現在は

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の十八:雉知橋見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。十ハ見附の今回は雉子橋見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用今回はいよいよ外濠最後の見附跡となります雉子橋見附跡を目指します。p一ッ橋から日本橋川沿いを歩いていきます。歩道

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の十七:一ツ橋見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。十七番目となるの今回は、一ッ橋見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用神田橋よりさらに外濠沿いを歩きます。この周辺には気象庁旧生物季節観測の木が植えられていました。こちらは

  •  江戸城にゆく三十六見附編  其の十五:常盤橋見附/其の十六:神田橋見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。今回は常盤橋見附跡および神田橋見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用呉服橋から徒歩で常盤橋まで来ました。常磐橋は、1590年に家康公が入府して真っ先に架橋したといわれ、江戸で

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の十四:呉服橋見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。回目の今回は見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用東京駅八重洲中央口に来ました。この近くに自転車が置かれている場所があるのですが。。。なんとここに石垣があるんです。実はこ

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の十三:鍛冶橋見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。十三回目の今回は鍛冶橋見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用有楽町より東京駅方面に向かい、東京国際フォーラムに来ました。国際フォーラムでは、江戸城を最初に築城した太田道灌

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の十一:山下見附 /其の十二:数寄橋見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。十一回目の今回は山下見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用新幸橋石柱から有楽町町方面に進みます。ここが山下橋見附跡です。山下橋見附門は、1636年に肥後国熊本藩主細川忠利公が

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の九後編:虎ノ門見附/其の十:幸橋門見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。虎ノ門見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用東京メトロ11番出口付近です。こちらは工部大学校趾碑です。ここにも石垣がありました。刻印もあります。そしてここが虎ノ門見附跡です

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の九:虎ノ門見附前編

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。九回目の今回は虎ノ門見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用東京メトロ銀座線の虎ノ門駅に来ました。ここには石垣が展示されています。外濠跡の石垣です。刻印もあります。東京メト

  • 496江戸城にゆく三十六見附編  其の八:赤坂見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。八回目の今回は赤坂見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用清水谷公園からしばらく歩きますと弁慶濠と弁慶橋にたどり着きます。弁慶橋の説明板です。1889年の明治時代に架けられまし

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の七:喰違見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。七回目の今回は喰違見附跡を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用四ツ谷見附跡から土塁の上を歩きながら外濠跡沿いを進みます。l土塁の下にあります真田濠です。現在は真田濠は埋め立てられ

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の六:四ツ谷見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡です。六回目の今回は四ツ谷見附跡へ向かいます。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用再び外濠の土塁上の遊歩道に登ります。進んでいくと橋が見えてきました。同時に土塁がまた途切れます。土塁を降り、四ツ

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の五:市ヶ谷見附

    東京都にあります江戸城三十六見附跡巡り。五回目の今回は市ヶ谷見附へ向かいます。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用飯田橋駅にある牛込門跡から、市ヶ谷、四谷へと外堀沿いに土塁が続きます。この土塁上は遊歩道となっていますが、土塁の下

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の四:牛込見附

    東京都にあります江戸城見附です。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用四回目の今回は牛込見附へ向かいます。その途中、少し寄り道で小石川後楽園に来ました。水戸徳川家の上屋敷跡だった場所です。現在は庭園として市民の憩いの場になっていま

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の参:小石川見附

    東京都にあります江戸城見附です。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用三回目の今回は小石川見附に向かいます。昌平橋を渡り、神田川沿いに外堀通りを歩きます。途中、神田明神の方に右に曲がって登る昌平坂(相生坂)に来ました。説明板です。

  • 江戸城にゆく三十六見附  其の弐:筋違見附

    東京都にあります江戸城見附巡り。二回目の今回は筋違見附を目指します。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用浅草橋から西へ進み、その途中に柳森神社に立ち寄ってみます。太田道灌公が江戸城の鬼門避けに柳を植え、京都の伏見神社を勧請した神

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の壱 :浅草見附

    東京都にあります江戸城見附です。江戸城見附図 ※画像は人文社刊行の「江戸切絵図で歩く」より引用一回目の今回は浅草見附です。 浅草見附は、江戸時代に江戸城の外堀に作られた枡形の城門です。この浅草の城門は明治7年頃に撤去されてしまい、現在は

  • 江戸城にゆく三十六見附編  其の零:江戸城三十六見附

    東京都にあります江戸城です。江戸城は寛永13年(1636年)、3代将軍家光の時代に完成したと云われています。外堀と内堀を有し、江戸城内に入るには堀に架かる橋を渡る必要がありました。橋には、見附と呼ばれる渡櫓を持つ門と見張り番所を置き、人の出入りを監視していました

  • 江戸城にゆく皇居東御苑編  其の八:梅林坂から二ノ丸庭園

    東京都にあります江戸城址です。皇居東御苑編の最終回となる今回は平川門より梅林坂へ引き返すとこからスタートです。下梅林高麗門まで戻ってきました。地面には礎石も残っています。下梅林渡櫓門跡まで戻ってきました。三叉路より右に進み梅林坂へ向かいます。梅林坂です。1

  • 江戸城にゆく皇居東御苑編  其の七:平川門

    東京都にあります江戸城址です。七回目となる今回は汐見坂を下り平川門へ向かうところからスタートです。この先にあります梅林坂と先ほど登った汐見坂の区間の石垣についての説明板がありました。汐見坂下には2005年から2007年にかけて石垣の工事が行われました。そ

  • 江戸城にゆく皇居東御苑編  其の六:汐見坂

    東京都にあります江戸城址です。六回目の今回は前日に行けなかった二ノ丸跡を散策します。百人番所まで来ました。j本日はここから二ノ丸へ向かいます。この付近の石垣です。進みます。白鳥濠です。白鳥濠の手前は、二ノ丸雑木林が広がっていました。しばらく進むと坂が見えて

  • 江戸城にゆく皇居東御苑編  其の五:外桜田門から楠正成公銅像

    東京都にあります江戸城址です。五回目の今回は、皇居正門前広場からスタートです。その先にあります外桜田門へ向かいます。西ノ丸石垣を眺めます。外桜田門です。こちらは、城内から見た渡櫓門です。江戸城には、其の四で紹介した「内桜田門」と今回の「外桜田門」のふたつ

  • 江戸城にゆく皇居東御苑編  其の四:大手門から正門前広場へ

    東京都にあります江戸城址です。四回目の今回は、本丸跡を後にし、大手中之門跡まで戻ってきたところからスタートです。百人番所前です。来るときは人が多すぎて後回しにしたのですが、番所前に石垣が展示されています。本丸中之門の説明板です。石垣が展示されているそばの

  • 江戸城にゆく皇居東御苑編  其の参:本丸跡

    東京都にあります江戸城址です。三回目となる今回は天守台散策を終えた本丸跡よりスタートです。では本丸跡をしっかり散策していきます。まずは石室です。内部は20m2ほどの広さで、伊豆半島産の安山岩(伊豆石)の切石で築かれています。残念ながら中に入ることはできません

  • 江戸城にゆく皇居東御苑編  其の弐:中雀門から天守台へ

    東京都にあります江戸城址です。二回目の今回は中之門跡を抜けたところからスタートです。本丸までの道のりは、直線ではなく180度カーブの坂になっています。この坂は、江戸城東側に広がっていた低地(以前は低湿地)と本丸の位置する台地との境にあたります。石垣を堪能しま

  • 江戸城にゆく皇居東御苑編  其の壱:大手門から大手中之門跡まで

    東京都にあります江戸城址です。当ブログ126城目となる江戸城址は、ご存知、江戸幕府将軍の居城として政治の中心を担っていた東西約5.5km、南北約4km、周囲約14kmの城域を誇り、名実ともに近世城郭として国内最大の巨大城郭でした。1475年に太田太田道灌によって創築され、15

  • 江戸城にゆく一般参賀編  其の参:桔梗門

    2019年5月4日令和天皇一般参賀に行ってきました。陛下の辞を拝聴し、退城するところからスタートです。前回の一般参賀では坂下門から出ましたので、今回はもう一つの特別な日でしか見れない桔梗門から退城したいと考えます。宮内庁です。こちらも特別な日でしか見ることがで

  • 江戸城にゆく一般参賀編  其の弐:長和殿までの道のり

    2019年5月元号が平成より令和に変更になりました。5月4日令和天皇による一般参賀がありましたので行ってきました。この日の一般参賀参加者数が歴代2位となる約14万人参列し、朝早くからかなりの方々が並んでいました。筆者も朝7時から並びました。この日の御目当ては他にもあ

  • 江戸城にゆく一般参賀編  其の壱:坂下門

    平成天皇最期の天皇誕生日の一般参賀に行ってきました。この日は8万人の方々が参列し、朝早くから並んでいました。筆者も朝の7時半から並び参加しました。yこの日の御目当ては他にもあります。普段は遠目でしか見ることができない正門や二重橋・平川門などを歩ける(間近で観

  • 為朝館にゆく

    東京都大島町にあります為朝館址です。大島町とは1986年に噴火した三原山でも有名な伊豆大島のことです。当ブログ125城目となる為朝館址は、大島町の元町地域にありますホテル赤門になっています。この当地は、流刑された為朝の住居跡といわれており、源氏ゆかりの朱塗りの門

  • 松代城にゆく  其の七:真田邸後編および周辺武家屋敷

    長野県長野市にあります松代城址です。最終話となる今回は、真田邸内の散策を終え、庭園に向かうところからスタートです。庭園にはここより入ります。庭園から見る真田邸です。土蔵です。中には真田家の大名道具や藩の公文書などが収められていました。土蔵は全部で七つあり

  • 松代城にゆく  其の六:真田邸中編

    長野県長野市にあります松代城址です。六回目の今回も真田邸の続きよりスタートです。御湯殿です。現代でいう風呂場のことです。床には角度がついてあり、ここで湯を流します。さらに奥へ向かいます。手洗いの間です。手を洗うところがここになります。便器です。こちらはお

  • 松代城にゆく  其の五:真田邸前編

    長野県長野市にあります松代城址です。今回より城外の周辺の史跡を巡っていきます。武家屋敷が見えてきました。真田邸です。正門の目の前に100名城のスタンプが設置してありました。真田邸は、松代城跡附新御殿跡として国の史跡に指定されています。真田邸に入ります。真田邸

  • 松代城にゆく  其の四:搦手口から埋門を経て城外へ

    長野県長野市にあります松代城址です。四回目の今回は、北不明門の手前にあります搦手口からスタートです。搦手口からの風景です。こちらは当時の外濠の跡になります。城内に戻ります。目の前に見えるのは北不明門です。西に進みます。井戸跡です。ここから見る天守台石垣で

  • 松代城にゆく  其の参:二ノ丸から北不明門へ

    長野県長野市にあります松代城址です。三回目の今回は、東不明門跡を出た二ノ丸跡よりスタートです。門跡が見えます。ここは二ノ丸石場門跡です。ここの地表にも門礎石があります。説明板です。石場門の礎石も地表に埋めてあり、現在見れる門礎石はレプリカのようです。外側

  • 松代城にゆく  其の弐:戌亥櫓跡から北不明門・東不明門へ

    長野県長野市にあります松代城址です。2回目の今回は本丸跡よりスタートです。まずは本丸北西部にあります戌亥櫓跡へ向かいます。戌亥櫓台の上へ向かいます。木で階段が作ってあり、石垣の上は展望台になっています。登っている途中から石垣を見ます。二層櫓であった戌亥櫓の

  • 松代城にゆく  其の壱:二ノ丸南門から太鼓門を経て本丸跡へ

    長野県長野市にあります松代城址です。当ブログ124城目となる松代城址は、JR 長野駅よりバス20分ほどで到着します。松代城址説明板です。松代城は元々、海津城と呼ばれていた城で、武田信玄公が山本勘助公に命じて築いた城です。甲州流築城術の特徴を強く持ち、武田氏築城の

  • 川中島古戦場にゆく

    長野県長野市にあります川中島古戦場址八幡原です。武田信玄公と上杉謙信公の戦いとして有名な川中島の戦いですが、合戦は総計五回にわたって行われました。その中でも壮絶な戦いであったとされる第四次川中島合戦の主戦場とされるのがここになります。副将の武田信繁公や山

  • 再び松本城にゆく  其の弐:外堀沿いから博物館へ

    長野県松本市にあります国宝松本城です。再城編二回目となる今回は外堀沿い北東方面からスタートです。北東方面から松本南東方面へ進みます。少し先に太鼓門が見えます。道路沿いの石垣です。二ノ丸跡の土塁です。ここまで歩いてきた外堀南側を振り返ります。ここから見る二

  • 再び松本城にゆく  其の壱:本丸跡から内堀沿いへ

    長野県松本市にあります国宝松本城址です。2回目の訪城となる今回は前回できなかった内濠沿いの散策を中心に進めたいと思います。駅からの道中広場に説明板を発見しました。前回はなかったと思われる西外堀復元事業の説明板です。お久しぶりの松本城天守です。相変わらずのカ

  • 諏訪高島城にゆく  其の参:本丸跡から内濠沿いへ

    長野県諏訪市にあります高島城址です。3回目の今回も本丸跡よりスタートです。本丸跡中央です。当時はここに本丸御殿がありました。本丸北東部にきました。隅櫓です。高島城の本丸にはかつて角櫓、持方月櫓、富士見櫓と3つの櫓が建てられていました。そのうちの角櫓が1970年

  • 諏訪高島城にゆく  其の弐:天守内部から諏訪神社へ

    長野県諏訪市にあります高島城址です。2回目の今回は、天守内部へ向かうところからスタートです。石段を登っている最中に右手に石垣を発見しました。小天守跡です。1871年の廃藩置県により高島県となり、しばらくは県庁舎として利用されましたが、1875年に天守以下の建造物は

  • 諏訪高島城にゆく  其の壱:冠木門から本丸跡へ

    長野県諏訪市にあります高島城址です。当ブログ123城目となる高島城址は、JR上諏訪駅より徒歩10分ほどで到着します。こちらは衣之川です。当時からこの川を堀の代わりとして利用していました。左側の石垣は少し古い感じがします。道中、説明板を発見。説明板によるとここは当

  • 菅谷館にゆく  其の参:ニノ郭跡から三ノ郭跡へ

    埼玉県比企郡嵐山町にあります菅谷館址です。三回目の今回はニノ郭跡から三ノ郭跡へ向かうところからスタートです。ニノ郭跡と本郭跡の境目の堀跡です。かなりの特徴のある堀跡です。説明板がありました。出桝形土塁だそうです。枡形の土塁は珍しいですね。正面から堀跡をみ

  • 菅谷館にゆく  其の弐:本郭跡から南郭跡へ

    埼玉県比企郡嵐山町にあります菅谷館址です。2回目の今回は二ノ郭跡かより本郭跡に向かうところからスタートです。先ほどとは別の説明板がありました。現在見られる菅谷館跡の姿は300年後の戦国時代に築城された菅谷城であり、発掘調査でも当時の面影は見られないそうです。

  • 菅谷館にゆく  其の壱:博物館からニノ郭へ

    埼玉県比企郡嵐山町にあります菅谷館址です。当ブログ122城目となる菅谷館址は、東武武蔵嵐山駅より徒歩15分ほどで到着します。菅谷館(菅谷城)は山内上杉家の家臣である太田資康公が扇谷上杉家の拠点である河越城に対するおさえとして城主をつとめました。もともとは鎌倉幕

  • 八王子城にゆく  其の六:御主殿の滝から氏照公墓へ

    東京都八王子市にあります八王子城址です。最終回となる今回は、御主殿曲輪跡よりスタートです。会所跡の奥にあたる曲輪最北西部になります。曲輪跡の南西部にも説明板がありました。御主殿曲輪跡を後にします。坂を降ります。御主殿の滝です。い落城の際、御主殿にいた女子

  • 八王子城にゆく  其の五:御主殿跡と会所跡

    東京都八王子市にあります八王子城址です。五回目となる今回は、御主殿曲輪跡よりスタートです。御主殿跡より見ていきます。御主殿は八王子城の中で最大の建築物で、そして、中心となる建物です。御主殿地区の本格的な発掘調査は、1992年~1993年にわたり行われました。その

  • 八王子城にゆく  其の四:御主殿虎口から御主殿曲輪跡へ

    東京都八王子市にあります八王子城址です。四回目の今回は、曳橋を渡り御主殿に向かうところからスタートです。曳橋のゴールの目の前の石垣です。左下には巨石も見えます。曳橋を渡った左手です。ここから見る曳橋です。説明板がありました。左側の石垣が発掘時に崩れずその

  • 八王子城にゆく  其の参:古道から曳橋への道のり

    東京都八王子市にあります八王子城址です。三回目の今回は要害地区より下山し、居館地区の散策に向かうところからスタートです。居館地区の説明板です。居館地区では、城主であった北条氏照公が政務や生活を営んでいた居住地区になります。近年、発掘調査や整備も進み、御主

  • 八王子城にゆく  其の弐:本丸跡および本丸周辺曲輪跡

    東京都八王子市にあります八王子城址です。二回目の今回は本丸跡の手前の曲輪よりスタートです。パノラマの絶景を楽しんだあと少し進むと広場に出ました。この石段を登ると八王子神社になります。説明板がありました。説明板がありました。本丸周辺の曲輪の説明板です。本丸

  • 八王子城にゆく  其の壱:本丸跡への道のり

    東京都八王子市にあります八王子城址です。当ブログ121城目となる八王子城址は、国の史跡や日本100名城に選ばれ、発掘調査や整備も進み、御主殿跡付近の石垣、虎口、曳橋などが復元されています。駐車場のそばに八王子城ガイダンス施設も建てられています。駅からバスで10分

  • 甲府城にゆく  其の六:鍛治曲輪から二ノ丸へ

    山梨県甲府市にあります甲府城址です。最終話となる今回は鍛治曲輪跡よりスタートします。こちらは、水溜跡です。その名の通り水を溜めておく場所になります。ここから見る高石垣です。そのまま橋の方へ向かいます。橋を渡ります。遊亀橋です。橋の近くに神社がありました。

  • 甲府城にゆく  其の五:稲荷櫓内部

    山梨県甲府市にあります甲府城です。五回目の今回は稲荷櫓内部よりスタートです。こちらが一階中央になります。金箔の鯱瓦です。歴代城主の家紋入りの垂れ幕も展示されていました。出土瓦も展示されています。中央の周りを一周します。城下町の名残の説明板です。こちらは甲

  • 甲府城にゆく  其の四:稲荷曲輪跡

    山梨県甲府市にあります甲府城址です。四回目の今回は、数奇屋曲輪跡から稲荷曲輪跡へ向かうところからスタートです。石垣の排水を見つけました。中はこんな感じになっていました。稲荷曲輪へ向かいます。門をくぐりました。稲荷曲輪跡です。曲輪の周りには石垣で囲まれてい

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、安土桃太郎さんをフォローしませんか?

ハンドル名
安土桃太郎さん
ブログタイトル
廃城にゆく
フォロー
廃城にゆく

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用