昔 といってもつい最近まで 人間の感性って自然にかなり近かったようだご法話で北陸のある地方の漁村に伺ったことがある70代ほどの古老の漁師さん 船着き場に立って風を浴びて 「今日は雨になりそうだね」と一言晴れた朝だったのでまさかと思っていたら
神奈川の田舎寺の僧侶が、日頃の出来事をつれづれなるままに綴った日記ブログです。
主催者は、親鸞の教えに生きる平凡な僧侶。日常の出来事や、ニュース、ご門徒とのコミュニケーションで見えてきたことなどを、筆に(キーボードに)まかせて綴った随筆ブログです。 楽しく、時にはうーんと唸りながら読んでいただけたらと思います。
アニマルウェルフェアは 世界的動向。 今 世界の消費者も 投資家も アニマルウェルフェアを遵守しない業者・企業は相手にしない そんな流れになり 企業の社会的価値を諮る基準の一つとして アニマルウェルフェアは重要な要素となりつつある
お正月のお飾りがひととおり終わった30日の朝・・・(*’ω’*)
餅つきも無事終わり 本堂 客殿 そしてぼくの部屋のお内佛さんのお供えのお餅とお飾りも完璧な状態。 30日の今日は カレンダーの掛け替え。 昨年も書いたけれど ここ数年 近くのJAでいただいたカレンダーを掛けて
29日につく餅は 「くんち餅」っていうんだ・・・(#^^#)
年末も押し迫って 今日は29日。 寺の餅つきの日だ。 この日につく餅のことを 「くんち餅」っていうそうだ。 「くんち」とは「9日」 9のつく日のこと。 通常29日って 餅つきは忌避される。
今日は12月28日。 今年最後のお講(親鸞の月命日)の日。 そのお勤めを終えたら 本堂と庫裡の大掃除。 本堂のじゅうたんを外し 座布団を本堂の欄干に並べて天日干し。 内陣に溜った一年の埃をはたく。 今
今年は 年末になって寒い日が続いた。 まぁ ここ数日は暖かになっているけれど。 1月2月の気候を先取りしたような寒気 そして雪。 天候の状態って どうなっているのかと思ってしまう。 西高東
一日の寒暖の差が大きいせいだろうか。 周りでも 風邪を引いている人が多い。 年末年始の忙しい時季。 こんな時期に風邪を引いては 洒落にならない。 そんなことで ストレッチし 食事に気をつけ 夜は熱い風呂に入った
罪を犯し 服役している人たち。 世間の眼はそういう人たちには冷たい。 悪いことをした者たち だから服役中も服役後も 一般人以上のハンデを背負うのは当然であり 服役中も人権配慮なんて必要ない そんな考え方・世論もある。&n
アニマルウェルフェアに関しての 串田誠一議員の岸田総理への質問
ESG投資ということばがある。 サスティナブル(持続可能)な社会実現に向けた 環境(Environment) 社会(Social) ガバナンス(Governance)の要素を軸に置いた投資。 ESGとは この三つの頭文字
メディアがほとんど取り上げなかった 森友改ざん賠償の高裁判決
12月下旬の押し迫った時季。 週末の土曜日 今日はご法事が立て込んでいる。 遠方に出かけるご法事も。 時間の配分が大変だ。 「忙しさ」。 ふっとそんなことばが 脳裏に浮かぶ。&n
黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』が ギネス認定された・・・(*^。^*)
暖かかった先週から 一気に寒くなったここ数日。 札幌では 連日氷点下10度近くになっていると同地の知人がいっていた。 氷点下10度! とても人間が暮らせる温度じゃない。 そんなふうに思ってしまう・・・(*_*)
静かさ。 そんな空気が支配している。 冬の朝って。 このブログでも 今まで何回か書いてきたけれど 冬の朝って 物音ひとつしない。 あたりまえのことだが 冬の朝は 夜明けが遅い。 その分 街の眠りが 遅
「念佛の口止め」。 地方によっては そんな風習があるという。 お正月・新年の期間って 歳神さまをお迎えする期間 つまり神事。 こんにちでは あまり意識されなくなっているけれど。 しめ飾りや鏡餅など あ
密集・密閉された空間。 もしあなたが そんな空間に ずっと たぶん一生 閉じ込められたら あなたはどうなっていくか。 それを考えてみてほしい。 たぶん 半日も経たぬうちに 精神に異常を来し 三日も経たぬうちに異
12月の午後。 部屋で寺務仕事をしていると 窓から射しこむ西日が ポカポカしてここちいい・・・(*´ω`*) 思わず眠くなってしまう。 3時近くなり 仕事の手を休め お茶を用意して 少し
ことばって もっとも基本的なコミュニケーションツール。 けれども 同時に ことばのちがいが 国同士や文化の交流の壁になったりもする。 異なった言語体系のことばを学ぶことには さまざまな困難が伴う。 しかし その
12月も半ば。 さわやかな気候 温かな日が続いたが ここ2〜3日は 寒さがもどったようだ。 夜明けの時間も これから年明けにかけて マックスに遅くなるけれど その分 日没時間も遅くなっていく。 冬至を中心とする
思いがけぬもの。 でもそれも資源として活用し得る CO2削減に貢献できる。 そんな方法って あるもんだなって思う。 牛の多い国 インド。 牛が神の遣いとしてあがめられ だからこの国の人たちは 牛をと
せかせかしたって 結果は変わらないのに・・・( ˘•ω•˘ )
せかせかしている。 街も 人も 車も。 そんなことを感じる。 特にこの年末の時期って。 市道を運転していると 後ろからぴたっとせっつかれる。 鬱陶しいので 脇によけて 道を譲る。
朝は冬の寒さ。 でも 日中はポカポカ陽気の週初め。 何となく世の中の動きがせわしなくなってきている年の瀬だ。 そういえば。 太陽と地球の距離って 夏よりも冬の方が短くなるって 聞いたことがある。&n
ヴィーガンが 今 世界の食生活の流行のようになってきている。 とくにセレブや比較的裕福な階層に 今 ヴィーガン食って広まってきている。 そんなことを聞いた。 徹底した動物性食品の拒否。 そんなヴィーガ
12月も 明日から中旬。年の瀬の中で 一日いちにちがとても貴重に感じられる・・・(´-ω-`) 先日 本堂に車いすの方のお参りがあった。 うちの寺には スロープってない(本山の東本願寺
滋賀県在住の知人から 京都市内のお寺の紅葉の画像を毎日送ってもらっている。 居ながらにして紅葉の色づきを楽しめる。 いい感じだ・・・(*^。^*) その紅葉も そろそろ終盤。 季節は本格的
心は冷えても 身体は冷えさせようとしない・・・(*’ω’*)
外は強い風が吹き キンキンに冷えた夜。 寝入りばなふと 昼間 車の中に置き忘れた書類があることに気づいた。 明日の朝取りに行ってもよかったが 何となく気が落ち着かないということで 布団から起き上がり 厚めのコートを羽織り
冬の朝って 静か。 物音一つしない。 夏であれば 日の出の少し前あたりからせみの声がし 夏休みなら早朝から子どもの声が聞こえる。 けれど 冬ってそれがない。 シーンとしている。 冬って休眠の
12月って寒い。 そして その寒さって空腹感を増幅させる。 だから師走というと 「ひもじい」というワードが ぼくの中にはつながってくる。その「ひもじさ」って なぜか 同じ冬でも 1月2月には感じない。 年末せわしなさ 正
12月というと 年末。 新年に向ける準備 そしてクリスマス。 そんなイメージ。 けれど。 ぼくらから言わせれば もうひとつ たいせつな 忘れてならない日がある。 それは お釋迦さまの成道の日
生活の上で絶対必要なもの 欠かせないものってある。 逆に 必要でもなく別の何かに代替可能なものというのもある。 水や空気 そしてカロリー源やたんぱく質 ビタミンって 欠かせない。 けれど 個々の具体的なものとし
社会が不安定になると 人って暴力的になる。 そんなことを感じる。 ここ最近の子どものいじめの異常な増加。 宝塚女優の急死事件も背景に重篤なパワハラがあったのではとささやかれる。 SNSでの過激な投稿。投稿者の匿
普段おとなしくおっとりしている そんな坊さんが走り出すほどの忙しさ せわしなさ。 12月を師走というけれど その「師が走る」(師とは法師 坊さんのこと)というのは そんないみがあるそうだ。 今日から12月。 月
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昔 といってもつい最近まで 人間の感性って自然にかなり近かったようだご法話で北陸のある地方の漁村に伺ったことがある70代ほどの古老の漁師さん 船着き場に立って風を浴びて 「今日は雨になりそうだね」と一言晴れた朝だったのでまさかと思っていたら
社会は進歩していくものそういう感覚を ぼくらは小さなころから教えられ 感じてきた人権 民主主義 差別の撤廃 戦争や核の廃絶は 時間とともに進展していくのだというような・・・けれども現実の今の社会 この数年の世界の動向は それと正反対の方向に
朝のひんやり感 今の時季 一日でいちばん過ごしやすい時間帯って朝日の出前後の時間 夜のひんやり感がまだそのままで 空気が温まっておらず 大気中の湿気が露になり あるいは霧になって草の葉に降り注ぐ そんな時間帯
7月のお盆も過ぎ いよいよ夏も本番 子どもたちも夏休みが近いらしいご門徒さんのお宅の高校生も 週内に期末試験が終わると言っていた 今年は空梅雨で 雨が少なかった 水不足が心配されるし また夏の後半の台風シーズン
熱中症ギラギラ照り付ける日をイメージしがちだが ほんとうは曇って湿度が高い日が意外と危ないのだとかこれからは台風のシーズンということもあり 湿度がマックスな状態になる時季だから適度にエアコンをかけ 食べ物などの衛生管理はきちんとして食中毒な
昨日から7月のお盆期間 お盆は7月に勤める所と 旧暦に則って8月に勤める場所とがあるうちの寺でも 地域によって7月8月まちまちだ 農村部では概して8月が多く 都市部のエリアでは7月が多い一応そんな区分けはできるけれど か
凶悪な事件が起きる そんな時世間はその容疑者に 厳しい眼を向ける その人の成育歴 仕事の状況 人間関係 それに通院歴 病歴などまでもが 洗いざらい暴露され 少しでも非難されることがあれば まるで鬼の首を取ったように 針小棒大にはや
基本的には テレビを見ずラジオを聴く生活そんな生活パターンがぼくにできたのは いつごろだったかふり返ると 大学に入って独り暮らしを始めたころから もう40年以上前からだったと記憶するラジオを主体とした生活テレビは視覚をともない だから「なが
毎年夏になると このブログで書いていることだけれど 夏という季節には どこか儚さが漂う その無常感にはいろんな要因があるけれど ひとつにはそれが 戦争のイメージと強くかかわっていることがあるようにぼくには感じられる&nb
近所の福祉会館でアイマスク歩行の体験会があった 視覚障がい者になった場面の疑似体験コースアイマスクをして 付き添いの人の合図で歩いてみる体験 視覚が取れないでもリードしてくれる相方が 「そこに段差がありますよ」とか 「右
夜の静寂感 憩いの雰囲気夏ってそんなものをひとしお感じる 日中の猛暑外歩きしているとすごい疲れがたまる体が暑さに対する防御をしているのか細胞が必死に 蓄積された熱を外に放出させようとしているのか 一日が終わると かなりの
ものすごい雨が降った朝けれどそれが通り過ぎると 茂みで鳥たちの声がする せみの声がする 何もなかったように いつもと全く変わらぬ様子で ぼくらは ちょっとした雨でも動揺するまして大雨で宿る所がなければ おろおろし大騒ぎす
7月7日七夕の日の朝 どんより曇った天気今夜は天の川が見られるだろうか? この時季は水っぽい 大気中の水分が多くなる時季なので ちょっとした気温の変化でも結露しやすいだから窓なんかでも びしゃびしゃになったりす
以前 伊勢神宮に行ったら 境内で鶏が飼われていた 神官の方にうかがうと 鶏は神の使いとされ「神鶏」と呼ばれているという 日本の神話に出てくる神様って大体 使いとしての動物(神使)をもつ(よく知られているのは稲荷神の狐だが
日中は猛暑 けれど そんな一日が終わった夕刻の涼しさよ 一日のしんどさも何も すべてこの一瞬のためにあるのではないかと思えるような夏の夕刻の涼風にはそんな憩い感がある 夏の夕刻や夜の楽しさや憩いのひととき&nb
電力の消費量がマックスになる時季がきた 電力会社や政府は節電を呼び掛ける けれど連日の猛暑エアコンの付けっぱなしで 今年も電力消費量はかなり高まりそうな雰囲気だ 電気のない生活 現代のぼく
蒸し暑い7月の日の午後 冷蔵庫で冷やした梨がおいしく感じられる 梨と言えば二十一世紀梨がまず思い浮かぶ 現在は鳥取 長野が名産地とされるこの梨実はそれとは離れた千葉県松戸市(かつての八柱村)がその発祥の地だという&nbs
人生の一日一日は 喩えて言えばランニングの一歩一歩 7月の初めは一年の中間点 つまり折り返し地点だ 正確には 昨日の24時あたりがちょうど真ん中だったらしい 毎年おきまりの感慨だが・・・ あっという間
今日から7月 一年の後半に入ったそれだけのことなのに 何か空気が新鮮なものに入れ替わったような感覚を覚える 不思議なことだ 7月の旧名は ふみづき もっとも旧暦なので 今の7月終わりから9
梅雨前線が表れては消えたり今年の梅雨は不可解 そんな感じ 長雨のじめじめは確かに鬱陶しい けれど・・・降るべき時に降らないと困る人たちがあり 困る草花や野菜がある そもそも 日本の農作業のスケジュール自体 梅雨の降雨を前
人間って どんなおとなしい人でも 温厚な人であっても 状況が変わると変化していく そんなことを実感する機会って 日常の中にも結構 というより頻繁にある 利害感情がかかわると どんなに上品にとりすました人でも 感情的になる
伸びきった夏草を草刈り機で刈る一気に刈り倒されたその切り株を見ると 小さな虫たちがうごめいているのが見えるぼくら人間にとってはうっとうしく煩わしく感じられる草も 地面に生息する虫たちにとってはなくてはならない生態系の一部草が影を作ることで地
日本人は英語を 学校で6年以上学ぶ けれども 普通の会話やヒアリングさえほとんどできない なぜなんだろう? ずっと疑問に思っていたお隣の韓国や中国では ある程度学べば会話や聴き取りができるようになるようだ&nb
7月もなかば過ぎ 例年なら梅雨の末期だけれど 今年の波動も関東地方はどうも空梅雨で終わりそう 最も先日の雨で愛媛では土砂災害があり 山口とか九州も大変だったけれど 雨がないのはいいこと ぼくら一般人
人間って恐怖に駆られると極端に走る 振り込め詐欺が無くならない 詐欺の犯人も それに引っかかる被害者も これだけ世の中が 詐欺の手口を紹介し気を付けなさいとか 不審があったらすぐ通報しなさいとか&n
人は疲れてくると なぜか海を見たくなる ぼくの住んでいる地域は 神奈川でも内陸だが 寺の仕事の合間のオフの日などには よく車を走らせ 湘南の海岸に行く 海岸に行って 何をするわけじゃない 浜辺に腰を掛け 目を閉
ぼくらは子どものころから 食前に手を合わせて「いただきます」という習慣を親や教師から教えられてきた この「いただきます」って 食膳に供されるいのちに対して「いただく」ということぼくら自身のいのちをつなぐために 他のいのちを「いただ
うちの寺のある地域では お盆はほとんどが8月に勤められる でも 中には7月の今の時季に勤められるお宅もある お盆って佛教行事(もともと佛教でなかった祖霊信仰を取り入れたという部分もあるけど)でも 季節の行事で
今日は12日 関東地方は一般に7月にお盆をする家が多い 明日13日が そのお盆の始まりだ うちの寺でも 昨日あたりからちらほらお参りの人が増え始めた もっとも 農村地帯なので お盆のお参り(お盆経)は
鳥たち 虫たち そして時々顔を出すけものたち・・・ うちの寺の境内には そんな生き物たちがいる 庭の樹の梢に くさむらの大きめの石の下に 墓地の奥の茂みに 彼らは強い そんなことを時々思う
ぼくは 年に二〜三回ほど地方に行った時などに温泉に入る 寒い時季の温泉ってたまらない 体の芯から温まるって感じ・・・(^◇^) 温泉の記号って ♨だ ちょうど くらげをひっくり返したような形昔 学校
パソコンの動きが悪い・・・”(-“”-)” 古い型の端末 なので 時々フリーズしたり 動作が重くなったり そんなことが起こる 知り合いのパソコンショップの人に尋ね
人は夢を見る さまざまな可能性に自分を託しその可能性の中に夢を見 それを人生の杖とする 辛いとき 苦しいとき 行き詰った時すらその夢を思い出して がんばりの杖とする でも 人生って時に そんなぼくの
安らかな死って すべてのいのちの理想 死に際に苦痛や心配事がなく 穏やかな気持ちで往きたいってどんな存在 どんないのちでも思うもちろん 人間でも いわゆる癌などの病名を隠したりするのも その配慮だろう・・・ 命
人間って不安な存在 どんな地位をもち どんな財産をもち どんな人間関係をもっても どこか不安をかかえる 不安の救いやはけ口をもとめている そう 虎視眈々とね 人間って不安をかか
・・・よろずやは雑貨や生活用品を扱う店 都市郊外のその地は開発がまだ進んでおらず のどかな田舎の雰囲気が残っていただからお客は地元の農家の人たち 主人とはまったくの顔なじみだ この街に鉄道の駅を造るという計画
寝ている自分に蚊が飛んでくる夜中 起きて蚊取り線香を焚く 昼間の疲れの中に寝入るぼくに その安眠をさまたげる蚊ほど煩わしいものはなく 起きて明かりをつけ 部屋の中を見回す修羅の形相のぼくがいる&nbs
地域のこどもに安価で食事を提供する子ども食堂 現時点で 全国に7万か所以上開設されているという 子どもの貧困率が6人に1人といわれるこの国 10年ほど前に子ども貧困対策法が施行され その後 社会的に
7月に入り 夏休みが近い 海に山に 楽しい旅行を計画! どこへいこうか 海なんかいいかもしれない そうだ ネットで検索してみよう! さっそくスマホで「神奈川の海 旅館」を検索する
人間って 安易な道に落ちやすい ここちよく 耳あたりがいい世界 得する 儲かる 自分が守られる そんな世界に 狡猾に 老獪に世を渡ろうとする者は そういう人間の弱さに たくみに取