chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
arrow_drop_down
  • 2-III-15

    十年以上も彼は自分の娘を探そうとは全くしませんでした。それぐらい敵を恐れていたのです。が、そういう時期を過ぎ、例の夫がどうやら捜索を諦めたらしいと確信を持つようになってようやく彼の方で捜索を始めました。長い時間が掛かり困難な仕事でしたが、ついに見つけ出すことに成功し、その子のもとに辿り着きました。一種の民間人のスパイみたいな怪しげな男の力を借りたのです。フォルチュナという名前の」男爵は激しく興味を惹かれた様子だったが、すぐにそれを圧し止めて言った。「それは……奇妙な名前の男ですな」「姓もそうですが、名もイジドールというのですからね!ああ、この男はさも優しそうに猫を被っていますが、危険な悪党でね。最悪の種類のならず者です。どう見たって徒刑場送りがふさわしい男で……こいつがどういう事情でそういういかがわしい仕...2-III-15

  • 2-III-14

    ド・ヴァロルセイ侯爵が男爵の取り乱すさまを見ながら、それが自分の話が原因なのだと全く気付かなかったのはさほど不思議ではない。この金満家の男爵と一攫千金を夢見てアメリカに渡った貧しい男を結ぶものは何もなかった!片や、カミ・ベイのパートナーであり、マダム・リア・ダルジュレの友人であり、賭け事なしには夜も日も明けぬ男、そして片や、愛に狂い、自分の妻を奪った男、そしてまた彼の人生のすべての幸福を破壊した相手を十年もの間追求してやまない男、この両者につながりがあるとは誰が思うだろうか。それにド・ヴァロルセイがたとえ疑いを持ったにしてもすぐにそれが消えてしまったのは、彼が到着したときトリゴー男爵がかなり動転した様子であったこともある。やがて彼は少しずつ平静さを取り戻していったのであったが……。というわけで、侯爵はいつ...2-III-14

  • 2-III-13

    それから四ヵ月経ったある朝一通の手紙が伯爵の愛人から届き、こう書いてあったのです。『私たち、もうおしまいです。今、夫はマルセイユにいて、明日ここに帰って来ます。もう二度と私に会おうとなさらないで。とにかく夫を避けてください。さようなら』この手紙を受け取るや否や、ド・シャルース氏は駅馬車を雇い、大急ぎでパリに戻ったのです。娘を引き取りたい、引き取らねば、どうあっても、という気持ちで。ところが遅すぎた。夫の帰還の知らせを聞くや否や、若い妻は気が動転してしまったのです。何としてでも自分の過ちを隠さねば、というただそのことしか頭になかった。そして夜、変装をし用心に用心を重ねて出かけ、小さなマルグリットをどこかの家の門の下に置いてきたのです。レ・アール近くに……」彼は突然言葉を止め、急いで尋ねた。「男爵、どうなさっ...2-III-13

  • 2-III-12

    男爵はハッとした。「え!ド・シャルース氏というのは途方もない大金持ちだったということではないですか。彼は独身だった筈です。その娘さんが、非嫡出の娘さんだったにせよ、一文も貰えないとはどういうことですか?」「運命ですよ!ド・シャルース氏は突然死したのです。彼女に財産を遺贈することも認知することも出来なかったのですよ」「予防措置をなにも講じなかったというのは何故でしょう?」「ああ、そうしたものですよ。認知に際してはあらゆる困難がつきまとうものです。危険も存在する。マルグリット嬢は捨て子だったのです。母親の手から離されたと言うべきでしょうか。生後五、六か月のときです。それからド・シャルース氏が八方手を尽くして彼女を探し出すのに何年も掛かったのです」これはもはやパスカルに聞かせるための話ではなくなっていた。トリゴ...2-III-12

  • 2-III-11

    確かなことは、私は虜になってしまったということです。長らく生きて疲弊し、しなびて色褪せ、何事にも無感動になり、もう終わりの人間だと自分では思っていたので、傷つくことなどもうあり得ないと高をくくっていたのですよ。ええそうですとも!ところがある朝目覚めたら、二十歳の若者の心になっていたのです。彼女をちらりと見かけるだけで心臓は早鐘のように打ち、顔には血が上って真っ赤になる始末。もちろん、自分にブレーキをかけようとしましたよ。自分が恥ずかしくなって……。でもどうにも制御が効かないのです。自分の愚かさをいくら自分に言い聞かせても、心はますます依怙地になるばかり……。しかし、私の愚かさの所為だけではなかったようで。というのは、あれほどの純潔な美しさ、高貴さ、情熱、正直さ、そして溌溂たる知性を持った女性と出逢うことは...2-III-11

  • 2-III-10

    主義から言っても、また必要上からも、彼は人に対しては寛大であること、そして赦すことを公言し、実践していた。というわけで、自分を訪れてきた客人を罠にかけるようなことには大いなる嫌悪感があった。しかしパスカルには真実を明確にするために出来る限りのことをすると約束していたし、自分でも明らかになる真実には非常に興味があった。「そうですか」と彼は侯爵に言った。「ニネット・サンプロンには煩わされずに済む、ということですな。それより私がちょっと首をひねってしまうのは、貴殿が結婚を前にして節約を口にされるということですよ。この結婚で少なくとも貴殿の財産は二倍にはなるでしょうに……。よほどしっかりした財政上の基盤がなければ、貴殿が自由を手放したりはするまい、と私には思われるのですが……」「それは違いますよ!」「どういう意味...2-III-10

  • 2-III-9

    「ええ、この私がです……してみると貴殿は噂をお聞きになりませんでしたか?私が正式にクラブで発表したのは三日前のことですよ」「いや、知りませんでした!確かに、ここ三日はクラブには行っていませんのでね。あのトルコの大金持ち、カミ・ベイの集いに行きっきりになっていましてね。八時間から十時間も続くパーティが開かれ、立派な彼の邸宅でゲームをしていたんです。それはもう快適なものでした……」「なるほど……」そんなことはどうでもよかった。男爵は思いがけぬ知らせを聞かされびっくり仰天していた。「そうですか、貴殿が結婚をなさる……」と彼は話題を戻した。「それはそれは!それを聞いて喜ばぬ人が一人おりますな……」「え、誰のことです?」「ニネット・サンプロンですよ、もちろん!」ド・ヴァロルセイ侯爵は大きな声で笑った。「まさか!」と...2-III-9

  • 2-III-8

    何かを売却するとか、所有していた不動産を処理するとか、現金化するというような話は、不吉な響きを持つ。売る、金が要る、ということは収入が不十分ということであり、やがて破産ということにもなろう……。トリゴー男爵はチッチッと舌先を鳴らしそうになるのを懸命にこらえていた。ゲームの際相手が怪しげな手を繰り出してきたときの彼の癖なのである。「競走馬を所有することが大貴族の贅沢以外のなにものでもない限り」と侯爵は続けた。「私は自分にそれを許してきました……ですが、それが相場よりは少し危険が少ない程度の、単なる投機の対象となったら、私は手を引きます。昨今の競走馬の厩舎というのは株式会社ですよ、製鉄会社みたいな。もう私向きではないです。個人は会社には太刀打ちできない。男爵、あなたがお持ちのような莫大な資金が必要です……更に...2-III-8

  • 2-III-7

    「なんと言われる!」「そういうことです……後に引けぬ決意をする羽目になりましてね。私のことを中傷する連中がおりまして」この返答は何でもないことのように言われたが、それでもトリゴー男爵が持っていた確信がなにがしか揺らいだ。「貴殿を中傷する者がいるとは……」と彼は呟いた。「全くけしからんことです!先週の日曜、私の厩舎の中で一番の名馬ドミンゴが三着という惨敗を喫してしまいまして……ドミンゴというのは一番人気で……どれぐらいの人々を落胆させたかお分かりでしょう……それで人がどんなことを言ったと思います?私が密かに自分自身の馬以外の馬に賭け、自分の馬が負かされることによって利益を得た、自分のジョッキーとは予め示し合わせてあったのだ、とこうですよ……そりゃ、こういったことが日常茶飯事のように行われていることは私も存じ...2-III-7

  • 2-III-6

    「どんなことですか、フェライユールさん」「では申し上げます。私はド・ヴァロルセイ侯爵とは面識がありません。それで……ドアをすっかり開け放つのでなく、細目に開けておいていただけませんか。そうすれば声を聞くだけでなく、顔もはっきりと見ることが出来ますので」「承知しました!」と男爵は答えた。彼は食堂に通じるドアを開け、一歩中に入ると愛想よく手を差し出しながら上機嫌な声で言った。「どうもお待たせして失礼いたしました。貴公からの手紙を今朝受け取ったので、お待ちしていたのじゃが、ちょっとした事件がありましてな……貴公はお変わりありませんかな?」男爵が入ってきたのを見て、ド・ヴァロルセイ侯爵は急いで彼の方へ進み出てきた。新しい企てを思いついて希望が出てきたのか、超人的な力で自分をコントロールしているのか、かつてないほど...2-III-6

  • 2-III-5

    「それでは何故?」「簡単なことです。彼女には何百万もの財産があります……」この説明はトリゴー男爵を納得させたようには全く見えなかった。「侯爵は不動産を所有していて十五万から二十万リーブルの年利収入がある筈です。この財産と彼の名前をもってすれば、フランス中の相続財産持ちの娘は選り取り見取りだ。何故あなたの愛する娘さんに言い寄る必要があるのか。納得が行きませんな。もし彼が貧乏だとか、彼の財産が危うくなったとでもいうなら、私の娘婿のように、金持ちの平民の娘と結婚して再び家の紋章を金ぴかにしたいと考えるかもしれませんがね……」彼は言葉を止めた。ドアをノックする音が聞こえたからである。入れという声に応えて従僕が入って来て言った。「ド・ヴァロルセイ侯爵が男爵にお目に掛かりたいと仰っておられます」なんと、当の敵ではない...2-III-5

  • 2-III-4

    パスカルがトリゴー男爵邸に自らのことを打ち明けるに来るには、多少の不安がないわけではなかった。が、ここまで内情を聴いてしまった今はもはや躊躇したり心配したりする必要はない。安心して彼は話すことができた。「ド・コラルト氏が予め準備していたカードを私に配ることで私を勝たせていたということは言うまでもないでしょう」と彼は話し始めた。「全く明らかなことです……何があろうと、私はこの仇は討つ所存です……しかし、彼をやっつける前に、彼が手先となっている黒幕を突き止めねばなりません」「なんと!ではあなたは疑っておられるのか……」「疑っているのではありません。確信を持っています。その悪事をする度胸もない卑怯者のためにド・コラルト氏が働いていることを」「それはあり得るな。しかし、奴にそんなことをさせられる悪党に心当たりがな...2-III-4

  • 2-III-3

    犯罪が行われるのを避けるため、私は前代未聞の予防措置を施こさねばならなかった。私が突然死を遂げたら、家族には一スーも行かないようにしたのだ。それ以来というもの、彼らは私が死なないように気を付けるようになった……」彼は急に錯乱したような様子で立ち上がると、パスカルの腕を掴み、骨も砕けるほどの力で握りしめた。「しかし、それで終わりではないのです!」彼は低くしゃがれた声で続けた。「この女、私の妻、あなたはすべてお聞きになりましたね。彼女のおぞましさ、悪辣さがどれほどのものか、お分かりになったと思います……それなのに……私は彼女を愛しておる」パスカルは一歩退き、思わず叫び声が出た。「そ、そうなのですか!」「そんな馬鹿なことが、とお思いでしょう?……全くのところ理解不能だ……人知を超える不可解さ……しかしそうなので...2-III-3

  • 2-III-2

    「おお、そうであった」と彼は言った。「今思い出しましたぞ」そしてたった今繰り広げられたばかりの悲惨な口論を思い出し、苦し気な口調で尋ねた。「で、いつからここにおいでで?」嘘を吐くべきだろうか、それとも真実を言うべきか……?パスカルは逡巡したが、それも十分の一秒ほどだった。「三十分ほど前からここにいます」真っ青だった男爵の顔に血の気が昇り真っ赤になったかと思うと、目が血走り、威嚇的な身振りをした。彼の隠しておきたい恥ずべき秘密を聞いてしまったこの男に飛び掛かって絞め殺したいという誘惑が容易に見て取れた。しかしそれは彼に残っていた最後の力だった。妻との激しい諍いで彼は憔悴しきっていたので、こう言ったときの彼の声は弱弱しかった。「それでは、何もかも……一言残らず……あちらの部屋での話は聞かれたのですな?」「はい...2-III-2

  • 2-III-1

    III.それは奇妙な信じがたい幻視を見る思いだった。パスカルは説明のつかない恐怖に捕らわれ、振り払おうとしたがうまく行かなかった。そのとき食堂の床を定まらぬ足取りでドスンドスンと歩く音が聞こえ、彼はハッと我に返った。「あれは彼だ、男爵だ」と彼は思った。「こっちへ来る。見つかったら俺は終わりだ。もう俺のことを助けてやろうなんて思わないだろう。こんなところを聞かれたら、その聞いた相手を許す男なんていない……」逃げればいい、姿を隠せば……。モーメジャンという名前が書いてあるカードが残るからといって彼がそこにいた証拠にはなるまい。機会を改めて別の日に、この屋敷以外で彼に会えばいい。そうすれば召使に見とがめられることもない。こういった考えが稲妻のように彼の脳裏を駆け巡り、彼はすでに立ち去ろうと動いていた。そのとき低...2-III-1

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、エミール・ガボリオ ライブラリさんをフォローしませんか?

ハンドル名
エミール・ガボリオ ライブラリさん
ブログタイトル
エミール・ガボリオ ライブラリ
フォロー
エミール・ガボリオ ライブラリ

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用