塾の入っているビルは、商業施設が並ぶ建物に囲まれている。人通りも多く、平日はサラリーマンや買い物客で賑わっていた。舗道を人にぶつからない様歩いて行くと、ビルに着いてエレベーターに乗り込む。5階が学習塾のあるフロア。下の階は色々な会社が入っていた。エレベーターに乗り込むと、一緒になった生徒が3人居て、顔を見るのも恥ずかしくて俯く千晶だった。少し緊張が走る。 5階に着くと、それぞれ自分の教室に向かっ...
R18有。切ないけど楽しい物語。同級生、リーマン、日常系のお話です。
オリジナル小説・イラスト・漫画など 何でも思うまま創作中
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塾の入っているビルは、商業施設が並ぶ建物に囲まれている。人通りも多く、平日はサラリーマンや買い物客で賑わっていた。舗道を人にぶつからない様歩いて行くと、ビルに着いてエレベーターに乗り込む。5階が学習塾のあるフロア。下の階は色々な会社が入っていた。エレベーターに乗り込むと、一緒になった生徒が3人居て、顔を見るのも恥ずかしくて俯く千晶だった。少し緊張が走る。 5階に着くと、それぞれ自分の教室に向かっ...
岸の事を考えると、千晶を抱く手に力が入る。「イ、タイ........」と、腰を掴んだ正美の手が千晶によって解かれると、慌てて「ゴメン」と謝った。「部活で疲れてるんじゃないの?........ま、いいけどさ。でも力強すぎ」 千晶はくるりと向きを変えると、正美の顔に近寄って口を尖らせる。見つめ合うと、正美も本当に反省した。岸の言葉が気に障って、在り得ない事だけど千晶を取られるような錯覚を覚えてしまい、つい自分の手の...
千晶がキッチンで夕飯を作っていると、帰って来た正美がやって来て後ろから抱きついた。「どうかした?........熱いんだけど」 家には二人きりなので驚きはしないが、正美がこんな事をして来るのは珍しいと思った。自分の部屋以外では極力離れているし、ふたりの秘密が両親にバレない様に気をつけていたから。「千晶、料理上手くなったよな。オレの作れるものは殆ど千晶も作れるようになったし。帰るの遅くてごめんな、手伝えな...
* * * 正美は部活、千晶は受験勉強を頑張っていると、やがて夏の陽射しが照り付ける季節となった。インターハイ予選のレギュラーはもちろん、控え選手にもなれなかった正美は、相変わらずの厳しい練習に耐え続けている。岡部もまた、控え選手のひとりにはなれたが、一度も試合には出る事がなかった。「結局、インハイの決勝までは行けなかったな。上には上がいるって事だよな」 部室のカギを閉めながら岡部は云った。2回戦ま...
正美が家に着く頃には既に辺りは暗くなっていて、玄関のドアを開けると中からはいい匂いがして、今夜のメニューがビーフシチューだと分かった。急いで靴を脱ぐとキッチンへと向かう。「ただいまー」と声をかけると、キッチンに居る京子が振り返って「お帰りなさい」と笑みを浮かべた。千晶の姿は見えなくて、「着替えてきます」と云うと急いで二階にあがって行く。 トントンと軽やかに駆けあがり部屋に入ると、鞄を置いて着替え...
部室で着替えを済ませると、正美は岡部と共に体育館に向かう。1年生は床のモップ掛けをして、その後ボールを出したりと用意をしてからの準備体操。10人だった1年生が今は7人しか残っていない。準備体操をしていると、2年生や3年生がやって来て一気に緊張が走る。「おーい、1年生集まれー」 主将の富永が入口から入ってくるなり声をかける。すると、一斉にドタドタッという足音が響いて1年生たちは富永の前に整列した。ピンと背...
午前の授業が終わると、食堂に行ってバスケ部の同級生と昼食を食べる正美。平日は弁当を持って来て食べる事もあるが、食堂のメニューも色々あって、土曜日はそこで食べるのも楽しみだった。正美の友人で、バスケ部員の岡部はランチの唐揚げ定食の大盛を前に、眉を下げて浮かない顔。そんな顔を見つつ、正美はナポリタンを口に入れて様子を窺う。「1年生部員、3人は他の部に移るってさ。隣のクラスのヤツじゃなかったっけ?」 ...
心地よい微睡みの中、目を覚ました千晶。隣を見ればそこに正美の姿は無かった。「あ、そうか.......学校........」 正美は、今日は午前中授業で、午後には部活があると云っていた。千晶は休みなので起こさずに行ったのだろう。布団から抜け出ると、一応自分の身なりがどうなっているのか確認した。下着もスウェットの上下もちゃんと着ていて安心する。千晶の中では半分夢のような出来事で、自分のくちびるに指を添えると恥ずか...
二人の言葉が止むと、自然に身体が引き寄せられて、ふたりのくちびるが触れ合う。少し熱を持った湿り気のある感触。正美の舌が千晶の咥内に入ると、歯列をなぞる。「ん、..........ふぅ..............」 徐々に激しくなる口づけに、千晶も興奮を覚えると、身体は自然に正美を求める。昨日の事もあるし、江本の本の内容も頭を過ぎると、どこかで期待している自分が居た。 正美の手が胸に触れると、先端の小さな粒を捏ねてくる...
布団に入り、暫くは互いに天井を見ていたが、ふいに正美の手が隣の千晶の手に触れて握ると、横を向いて軽く頬にキスをした。千晶は一瞬だけピクっとなったが、すぐに正美の方に向き直ると笑みを浮かべる。近くで体温を感じる事だけでも幸せだと思えた。「昨日、ビックリしたよな?ごめんな」と正美に云われて、「え、何が?」と返すが、すぐにアノ事だと思った。正美が千晶の性器を舐めた事しか想像できない。「............そ、...
浴槽に浸かりながら、千晶の人差し指が膝を割った先の付け根に伸びると、恐るおそる後ろの窄まりに触れる。指の先を少し入れようとするが、心臓がドキドキして中々入れる事が出来なかった。触った感触は固く閉ざされていて、江本が云う様に一本も入る気がしない。いや、そもそもオイルもないし、爪の当たる感触も怖かった。 千晶は深いため息を吐くと、水面のお湯をパシャっと叩いた。それから頭を抱える。------ ダメだ。漫画...
食事が終わると、正美はすぐにシャワーを浴びたくて浴室に行ってしまった。後片付けをする千晶は母親からのメールが来ているか確認するが、来ていないのが分かると、一応レトルト食品と冷凍食品があるか調べておく。-------母さんもちょっとメールくれたら楽なのに 呟き乍ら、仕方なく自分からメールを送ると、食材が無くてレトルトか冷食しかないと伝えておいた。何か買って来るように、と打っておいたが、母親の事だし外食...
急いで家に戻り、千晶は鞄を置いて着替えを済ますとキッチンに降りて行く。正美が戻るまでには時間がある。が、今日は作り置きのおかずがなかったので、パスタを茹でる事にした。明日は土曜日なので学校は休校。母の仕事は予定が分からないので、もし休みなら一緒に買い物に行けるはず。スーパーでまとめ買いをしなければいけないな、と思う。 冷蔵庫から玉ねぎとピーマンを出して刻み、ベーコンを切って炒める。フライパンに炒...
目の前に差し出された本の中身に視線を注ぐと、そこには江本が言った通りの描写があって、白抜きにはなっているが、確かに男のものが受けらしき男の尻を捉えていた。千晶は本を手に取るとじっと見つめる。そして、心なしか頬が熱を持っている事に気付くと、我に返って江本に見られているのが分かった。視線が合うと、口元がニヤッと緩んで千晶の横に立つ江本。「やっぱ、藤城って可愛いな。ほっぺとか、ニキビひとつも出来てなく...
江本がドアを開けて入って来るが、何故か沢山のコミック本を抱えていた。「えっ、そんなに持って来ちゃって大丈夫?!」と、声をあげる千晶。いったい何冊あるんだろう。「大丈夫、この中から良さそうなの選んでいいよ。続きのはコレだけどさ」 江本が一冊を先に千晶に渡し、残りの10冊ぐらいは机に置いて自分の読む本もそこから一冊手に取った。「オレ、この作家好きなんだ。受けの子がメッチャ可愛い」「ウケ?」 江本の言...
「オレの部屋二階にあがって直ぐのとこだから、先に入ってて。お菓子と飲み物持って行く」 江本は階段の手前に来ると千晶に云った。江本の家は白木が使われていて、全体的に白っぽい感じ。玄関を上がって直ぐに部屋がある様で、その奥がリビングとかキッチンになっているんだろう。千晶が階段を上がりながら見ると、奥のドアを開けて入って行った。 云われた通り二階に上がると、すぐに扉があってドアを開けると入ってみる。友達...
校舎の窓からぼーっと運動場を眺め、昨夜の事を思い出す千晶。途端に臍の下辺りがズクンと疼き焦る。___何思い出してんだ、俺 すぐに頭を振ると黒板に意識を向けた。今は授業中で、英語の教師が流暢に教科書を読んでいる。千晶は窓際の席で、半分開いた窓から入る風を頬に感じながら、気を抜くと正美の顔が浮かぶので困ってしまう。そんな千晶の事を2列前の廊下側の席から眺める江本。千晶の顔が高揚したり素に戻ったりして...
正美の咥内は温かく、うねる舌が肉壁の様に千晶の硬芯を締め付けると、声が出そうになるのを必死で抑えた。飛びそうになる意識の中で、ふいに松下の事が頭を過ぎって、こういうの、アイツも経験したんだろうか、なんて思ってしまった。両手で口を塞ぎながらも、中心に集まる快感の嵐を抑える事は出来ない。「んんっ、.......ぁ、...............んふっ...............ゔっ..............」 自分から発する吐息交じりの声が頭の...
背中に回された腕が解かれると、千晶の頬にフッと唇が当たる。正美の指先は首筋を撫で、反対の頬を軽く支えると口づけをした。甘いくちづけをされると、身体は宙に浮いてしまう程心地よくて、千晶は先程までの不安や怯えも飛んでしまいそう。何度もくちびるを食む様に、キスの雨が降って来る。その度に身体が熱くなるのを感じると、自然とへその下あたりがムズムズしてきて、足の置き場に困った。「硬くなっちゃったね、ここ」 ...
急に胸の奥が痛くなった。千晶は自分の手の中にあると思っていた。それが、こんな事を云いだすだなんて............「カノジョ、ってなに?........どうしてそんな事云うの?」 正美は千晶の肩をギュッと掴むと訊いた。多分、今までで一番低いトーンの声だったと思う。自分で云ってちょっと驚くが、千晶は目を伏せたまま答えなかった。「オレが部活ばっかで、千晶との時間が少ないのは悪いと思ってる。ご飯も手伝えなかったし。...
応援、拍手コメントしてくださった皆様、本当にありがとうございました。ふたりと1匹の休日はこんな感じで過ごしております。日向ぼっこって最高! お日様の有難みをひしひしと感じる今日この頃です。みなさまも風邪に気をつけてお過ごしください。...
* * * リキとの生活にも少し慣れて、いよいよ明日から仕事に復帰する事になった俺。心なしか緊張してしまい、布団に入ってからも中々眠れずにいた。 リキは、相変わらず布団の上に乗っかると、俺とマナトの間にすっぽりと埋まって眠る。寒いから仕方ないが、少々重くて寝返りもうち辛いし何より寝息が気になってしまう。時折鼻の奥からぶぶぶ、という音が聞こえてきて、おもわず笑ってしまいそう。早く寝ないといけないのに....
夕飯は近くのコンビニで買ってきた弁当で済ませると、俺とマナトはリキがやって来るのを待つ。新居は2LDKでリビングダイニングが思ったより広く、前のテーブルがオモチャの様に見えて笑ってしまう程。リキのゲージを置くスペースもあると思う。が、マナトはゲージに入れるという提案にはいい顔をしなかった。トイレ以外は自由にさせたいらしい。「やっぱりテーブルが必要だな。これじゃ客が来てもお茶を出すスペースしかない。」...
マナトとの生活は本当に楽しくて。仕事に復帰するまでの間、マナトの仕事の日は俺が夕飯を準備して休日になればマナトが料理を作ってくれるという生活。出来る限りの節約をしながらも楽しく暮らせていた。 二月になるとマンションへの引っ越し準備に入る。中頃になりそうだと云っていたのが思ったよりも早まって、引っ越し業者の手配や荷造りに追われる。小嶋さんにも連絡を入れると、リキを預かってくれていた人が引き渡しの日...
待ち望んでいた感触。俺の手が触れたマナトの肌は温かくて、心臓の鼓動が伝わってくると互いに生きているという喜びが溢れ出す。二度と抱きしめる事は出来ないだろうと悲観した日。あの日からずっともう一度マナトを抱きしめたいと願っていた。それが漸くかなって涙が溢れそうになる。「ずっと、こうしたかった。」「.....オレだって」 くちびるを重ねながら背中に手を伸ばすと、骨の隆起の一本一本を確かめるように撫でた。「...
久々の蕎麦を堪能してアパートに戻る途中だった。 マナトのアパートが見えてきたところで、向こうから歩いてくる人物に見覚えがあり、一瞬俺の目は釘付けとなった。「あ、小嶋さん」「やあ、...........久しぶりだね」 男は小嶋という獣医だった。もちろん向こうは俺の顔なんて見た事もないし、会釈をするとマナトの前に来て嬉しそうに話しだす。「リキは元気みたいだよ。保護猫を預かってる友人が大事に世話してくれてるから...
取り敢えず俺の衣類を押し入れに置き、邪魔にならない程度に片づけをすると辺りは薄暗くなっていた。「お腹空いたね。晩ご飯は何が食べたい?」 マナトに訊かれて、うーん、と頭を捻った。病院に居る間、出されたものを食べていたから正直何でも良かった。「俺は特に食べたい物とかないんだけど。マナトと一緒なら何でも美味く思えるだろうし。近くの店に食べに行く?」「..........じゃあ、蕎麦屋に行こうか。年越し蕎麦は食べ...
翌朝、バッグに詰めた取り敢えずの身の回り品を車の後部座席に置き、段ボール箱をトランクに押し込むと少々危なげな母親の運転でマナトの待つアパートへと向かう。平日なので道も混んではいない。スマホで連絡を入れつつ、近付いてくると気持ちも高ぶった。もうじきマナトと一緒に暮らせるんだ。「母さんの運転、前よりは怖くなくなったな。俺の方がペーパードライバーだからヤバイかも。」「まあね、運転は慣れないと。たまには...
* * * 意識が戻ってから、あんなに落ちていた筋力もリハビリと筋トレのお蔭で前の様に戻り、いよいよ退院の日を迎える事が出来た。 流石にその日の晩は実家で過ごす事にして、荷造りもあるし翌日母親の車でマナトのアパートに送ってもらう事にする。実家の前に立ち、久しぶりに帰って来た事を実感すると、生きていて本当に良かったと思った。一瞬だが、あの時自分の身体に戻れなかったらと、そんな事を考えたら怖くなる。「...
母親が来るまでの間、少しだけ緊張していた俺たちだったが、覚悟を決めると気持ちを入れ替えた。 病室の扉が開いて母親の顔が見える。俺たちの顔を見ると一応ニコリと笑みを浮かべてくれた。「こんにちは、先日は料理を頂いてありがとうございました。とっても美味しくいただきました。あ、タッパーもお返しします。」 マナトは立ち上がって挨拶をすると、バッグからタッパーの入った袋を取り出す。それを母さんに渡すと、今度...
真紀が帰った後で、もう一度じっくりと考えてみる。俺とマナトのこれからの事。真紀が云ったように、10年後も一緒にいるかどうかわからない。それは、俺たちの様に同性の恋愛関係を続けるには互いの信頼と愛情を保つ以外に継続の道がないからで。 男と女なら、結婚して子供が生まれれば家族になれて、そういう中で何十年も一緒に暮らしていける場所を作れる。でも、俺たちはどちらかの愛情が薄れてしまえば、その時は形式にと...
翌日からのリハビリを頑張ると、体力も回復してきたのかスムーズに身体を動かせるようになってきた。漸く眼の前が開けてきた感じもしたが、ただ、あの日から母親が顔を見せない事が心配ではある。やはり怒っているのだろうか。真紀に訊ねても知らないというし、仕事が忙しいんじゃないかというだけ。うちは両親が共働きで、父親は普通のサラリーマン。母親は趣味で始めたアクセサリー作りが本格的に売れるようになって、今はワー...
取り残された俺とマナトだったが、入れ違いに病室に戻って来た患者がいて一瞬で空気は変わった。「こんにちは」と挨拶をしているマナト。患者も挨拶を返してくれて、自分のベッドに戻るとカーテンを閉めた。 俺は立ち上がると、「なにか飲みに行こうか」と云ってマナトを連れ出す。気持ちを入れ替えたかったし、話しもしたかった。俺が勝手に告白した事で、マナトが傷付いたかもしれないと思いそれを謝りたかったからだ。「ごめ...
狭い空間に佇む3人。マナトは顔を伏せたまま動かないし、母さんは何処を見たらいいのか探るような視線で左右に頭を振っている。「.............急にこんな話してごめん。でも、嘘をつくのは嫌だから。」 俺は出来るだけ冷静な口調で云ったが、マナトは小さな声で「力哉、.......やめようよ。」と呟いた。マナトの気持ちは分かる。でもこんな所を見られてしまって、今更何でもないなんていう方が不自然だと思う。それに、これは...
病室の朝は早くて、6時には目が覚める生活にも慣れてきた。洗面や身の回りの事も不自由なく出来る様になると、逆にリハビリ以外にする事もなく時間がもったいないと思ってしまう。が、今日はマナトが見舞いに来てくれる日。 午前中のリハビリをしっかりとこなし、昼食を平らげるとマナトが来るのを心待ちにする。 すっかり伸び切った髪を綺麗に整えると、着ていた服も取り替えてベッドの上で音楽を聴いていた。「お邪魔します...
食事が摂れるようになると、俺は実家に近いリハビリ専門の病院へと移って行った。マナトとの暫しの別れが辛かったが、笑顔で見送ってくれた気持ちを考えると俺がくよくよしている訳にはいかなかった。一刻も早く元通りにならなければ。「お兄ちゃんさぁ、..........学人さんと会えなくなって辛いでしょ?」「...........は?」 妹の真紀は俺のベッドに腰を下ろし、椅子に足を乗っけながらニヤついて云った。一応看病という名目...
リハビリが進む中、新たな年明けを迎えたが実感はなく。固形物は少しづつ摂れるようになったが、人間の身体って本当に神秘的だと思った。医療で生命の維持は出来るが、機能回復は自力でしなくちゃならない。それは意外と辛くもあり..............猫の身体に入っていた頃はあんなに軽く走れたのに、この脚は身体を支えるのがやっとだ。俺がイラつきながら歩行器に体重をかけて歩く姿を見て、マナトは背中を支えながらため息をつい...
精密検査の結果、不思議な事に俺の身体は頭に裂傷を負ったくらいで、打撲の痕も寝ている間に消えていた。頭の傷はかろうじて髪の毛で隠せる部分で、手術のために短くされたが伸びてくれば問題ないだろう。知らない間に抜糸も済んでいたし、少し動かしても問題なさそうだった。 少しづつリハビリも始まって、最初はベッドの上で足や手を動かしていたが、自分で上体を起こせるまでになった。筋肉は見事に細くなってしまって、まだ...
猫のリキの事が気になる俺だったが、まだうまく喋れなくて聞けないまま。夜遅くに父親が病院にやってきて感動の再会を果たした後、家族は近くのホテルに泊まると云って帰って行った。取り敢えず俺の身体は安定しているらしく、家族もホッとした様子で病室を後にしたが、マナトだけは残ってくれた。医者には大丈夫だといわれても、やはり心配らしい。それに、2ヶ月半も死んだように眠る顔ばかりを見ていたから、俺が目を開けてい...
俺の意識が戻ってからというもの、医者や看護士が入れ替わりたち替わりやって来ては「奇跡です」と云って驚きの表情をする。もちろん俺も奇跡だと思わずにはいられない。だって、さっきまで猫の身体に入っていたんだから。 母親や妹、マナトに囲まれて、俺は上手く表情が作れないけれど笑って見せた。どの位眠ったままだったのか、顔の表情筋もだけど手足の筋肉も自分で歯痒いくらいにまどろっこしい。言葉を話そうとしても舌が...