夜の病室はカーテンが閉められている。暗闇の中で器械が緑色の点滅を繰り返している。司はカーテンを開けた。窓を開けると生ぬるい春の風が頬に触れ、月明りが寝ている彼女を照らし出した。司は待合室で待つ夫に手術は成功した。身体に巣食った腫瘍は完全に取り去ったと言った。だが司が夫だと思っていた男は彼女の夫ではなかった。「私はつくしの母方の従兄です。つくしは一人暮らしで家族はいません。ですので、私が入院の保証人...
花より男子二次小説。大人になった司とつくしの物語。いくらかの涙と幸福を感じていただければ幸いです。
新作シューズの発表会は、会社が道明寺グループの企業になったことでメープルの部屋を貸切られて行われた。だから、つくしが走っているのは本来なら静かなホテルの館内。だが今は男と女の声がうるさいほど響いていた。「牧野!待て!」「嫌よ!待たない!」設備管理部の男性従業員は館内設備の点検のため廊下にいたが、突然後ろから聞こえて来た大きな声と足音に何事かと振り返った。するとそこには自分の方に向かって必死な表情で...
司の眼下で動いているのは黒髪の小さな頭。それは、ひざまづいた女が自分の腰に顏を押し付けている姿。その黒髪に指を埋めて引き寄せたいと思いながら、そうすることを抑えているのは、「触らないで」と言われているから。司は恋人が突然部屋を訪ねて来たことを喜んだ。だが恋人は酔っていて、部屋に入ると暑いと言ってスーツの上を脱ぎ、スカートを床に落としブラウスも脱いだ。キャミソールを脱ぎ捨てブラのストラップを片方おろ...
司の日曜の予定。それはほぼといっていいほど決まっていて恋人とのデート。そして夜はナニをする。そう決まってナニをする。ナニ以外考えられない。「ダメよ道明寺…..あっ、ダメだってば!」「ダメなもんか。お前、ココが一番感じるんだろ?」「あっ!あっ……ん….ダメ!」「牧野。お前の口は嘘つきだ。ダメだって言うが身体は正直だぜ?」司は恋人の反応を見ながら、もっと声が訊きたいと華奢な身体を掴む手に力を入れた。「どうだ...
立ち上った男はマイクを手に会場の一番後ろにいるつくしに視線を向けた。そして暫く見つめた後、記者たちに視線を向けた。「わたくし事ですがお話したいことがあります。これは私の人生にかかわる話ですがご興味のある方はどうぞそのままお座り下さい」その言葉に会場はざわついた。道明寺司が自らの人生にかかわる話をマスコミの前で語る。ビジネスに関してのインタビューは受けたことがあっても、自らについて語ることのなかった...
「それでは皆様。この度当社のイメージキャラクターに就任されたジョナサン・テイラー氏をお招きしたいと思います。どうぞ拍手をもってお迎え下さい!」進行役を務める広報課長の言葉と共に新作シューズの発表会に現れたジョナサン・テイラーは、にこやかな笑顔で手を振りながら拍手に応えた。そして用意されていた席に着くと隣に座った通訳から何かを囁かれ了解した様子で頷いた。「そして本日は我社の親会社である道明寺ホールデ...
「牧野さん。ジョナサン・テイラーがうちの招きで来日するって本当ですか?それにうちの会社を訪問するって本当ですか?」社員食堂でつくしに話しかけて来たのは、かつてつくしが働いていた営業課の後輩社員だ。そしてジョナサン・テイラーは前回のオリンピック陸上100メートルで金メダルを取ったアメリカ人。家族の病気を理由に引退をしたが、次のオリンピックに出ることを目標に現役復帰した。そんなジョナサンは会社が契約し...
「そうか。お前。えのきとアスパラを間違えたのか!それにしても牧野が海って女の名前まで出したってことは、あいつあの時のこと今でも相当根に持ってるってことだな」あきらは訪ねてきた男の話を訊いて大笑いした。そんなあきらの前にいる男は、片肘をついた姿勢でソファに腰掛けムッとした表情を浮かべていた。「それにしても、どんな女も欲しいと言えばすぐに手に入れることが出来る男も牧野つくしには弱いのは昔と変わってねえ...
「牧野。朝飯を一緒に食おう」土曜日の朝早くから部屋のチャイムが鳴った。インターフォンの画面に映し出されたのは上のフロアの住人。かつて朝が苦手だった男だが今は違うようだ。無視しようと思ったが、出なければいつまでもチャイムが鳴らされることは既に経験済みだ。それにこの部屋を用意したのはこの男で恐らくだが合鍵を持っていることは間違いない。つまり出なければ踏み込まれる可能性がある。だからそうなる前に扉を開け...
「ここがお前の部屋だ。どうだ?気に入ったか?」と訊かれたが、つくしは口を開くこともなければ眉ひとつ動かすことなく案内された部屋を見ていた。そこは男が暮らすペントハウスのひとつ下のフロアにある部屋。本来ならこのフロアには他にも部屋があるはずだが、男が全ての部屋を買い取りつくし専用のフロアに変えた。部屋の中は豪華ではなくシンプルで上品な家具が配置されているが、このマンションも家具も飾られている調度品も...
つくしは唖然として男を見ていた。男はつくしに対して責任があると言ったが、それは彼女の身体に対しての責任。その身体は自分以外の男に抱かれることを望まないはずだと言い切った。それにしてもこの男は昔から自信過剰な人間だったが、自分が抱いていた女が12年も忘れていた女だったと思い出した途端のその言い方は昔と同じ横柄で変わっていない。そして、つくしが他の男に抱かれることを望まないと言い切ったが、その自信はど...
「どうした?何か言えよ。罵ってもいい。怒ってもいい。俺に言いたいことがあるはずだ。長い間お前を忘れていた男を許せないはずだ。だから殴りたければ殴ればいいし蹴りたければ蹴ればいい。だが俺は今でもお前のことが好きだ」と、言われたが、つくしは口をつぐんで何も言わなかった。それは単に突然目の前に現れた男が自分のことを思い出したと言ったことに驚いて言葉が出なかったに過ぎない。だが、その驚きが過ぎると、それと...
つくしは一目でイタリア製と知れる上等なスーツに身を包んだ男の姿に、ゆっくりと息を吐いた。そうしたのは肺から空気が漏れて、肺が小さくなったような気がしたからだ。だが何故そんな気がしたのか。それはここにいるはずのない男がいることに驚いたからだ。いや…..この男は世界でビジネスを展開する道明寺ホールディングスの副社長だ。だからベトナムにいたとしてもおかしくはない。だがホーチミンの街角に、それも自分の前に現...
「マキノさん!こっちです。こっち!ホーチミンで一番美味しいフォーを食べさせてくれる店は早く行かないと座れません。それにあの店は麺が無くなり次第閉店です。だから急いで下さい!」「トランさん、ちょっと待って!もう少しゆっくり走ってくれない?」「マキノさん。あなたシューズを作っている会社で働いているのに足が遅いのは問題です。日本人は自分の足を使わず車ばかり乗るから足が退化しているんですね?でも安心して下...
つくしの部屋を訪ねてきた桜子は出された紅茶を飲むと口を開いた。「先輩。道明寺さんとのこと。本当にいいんですか?」「いいわよ。12年間の片想いは終了。だからベトナムへの転勤を受けることにしたわ」つくしはスポーツ用品会社のフットウエア事業部で営業をしているが、そんな彼女にベトナムにあるシューズ生産工場で管理の仕事をしてみないかと打診があったのが3ヶ月前。個人的な事情もあるとは思うが考えて欲しい。引き受...
「ブログリーダー」を活用して、アカシアさんをフォローしませんか?
夜の病室はカーテンが閉められている。暗闇の中で器械が緑色の点滅を繰り返している。司はカーテンを開けた。窓を開けると生ぬるい春の風が頬に触れ、月明りが寝ている彼女を照らし出した。司は待合室で待つ夫に手術は成功した。身体に巣食った腫瘍は完全に取り去ったと言った。だが司が夫だと思っていた男は彼女の夫ではなかった。「私はつくしの母方の従兄です。つくしは一人暮らしで家族はいません。ですので、私が入院の保証人...
どこかで幸せに暮らしていることを祈っていたが、15年振りで見る彼女は変わっていなかった。司は医者だ。仕事柄感情を出すことなく常に冷静な表情を浮かべている。そんな司を前にした彼女は、いかにも彼女らしい笑顔を浮かべ「元気そうで良かった」と言ったが、彼女は自分が医師である前に、昔の恋人の診察を受けることについて特別な感情はないのか。過去にこだわりはないのか。あの頃のことは遠い過去なのか。しかし、不治とい...
司は人生の中で一番愛した女性と別れてから女を好きになったことがない。ふたりが別れた理由は司にある。司は優秀で将来を嘱望されている若い医師。治療を担当した患者に気に入られ娘と結婚して欲しいと言われた。娘は都内でも有数のお嬢様学校に通う大学生。父親は大手出版社の経営者。あの頃。司の父親が経営する会社は窮地に立たされていた。娘の父親は娘と結婚してくれるなら力を貸そうと言った。会社を助けようと言った。それ...
「ねえ、先生。今夜は来てくれる?」看護師はパソコンの画面を見ている司の肩に触れながら言った。司は新堂つくしのレントゲン写真を見ていた。彼女の身体に巣食っている腫瘍は簡単には切除できない場所にある。しかし司なら切除出来る。そして失敗しない。「ねえ先生、聞いてる?今夜は来てくれるんでしょ?」「悪いが今夜はすることがある」「え~つまんない。今夜は先生と一緒にいたかったのに!」この病院の看護師は司に抱かれ...
こちらのお話は明るいお話ではありません。お読みになる方はその点をご留意下さい。*********************「新堂さん。お入りください」看護師が患者の名前を呼んだ。「こちらにどうそ」と言われた患者は椅子に座った。そして「先生。お願いします」と言われた司は見ていたパソコンの画面から、ゆるりと顏を向けた。すると見覚えのある顏がそこにあった。そこにいたのは昔の恋人。高校時代に付き合い始め、一...
『Deception 161』話をUPしました。にほんブログ村...
『Deception 160』話をUPしました。にほんブログ村...
「あなた、そんなことも知らないの?」義理の母は厳しい人で何も知らない私は叱られっぱなしだった。「駄目ね。行儀作法がなってない」と言った義理の母の目は笑うことがなかった。「その服はなに?下品ね。着替えてきなさい」品のいいスーツを着たその人は隙の無い物腰で言った。「気持を声や顏に出すのは頭の悪い人間のすること。あなたは少なくとも頭はいいはずでしょ?」きつい言葉。冷やかな声。表情が変わらない無情このうえ...
『Deception 159』話をUPしました。にほんブログ村...
『Deception 158』話をUPしました。にほんブログ村...
『トランクひとつだけで浪漫飛行へ In The Sky 飛びまわれ このMy Heart 』懐かしい曲に導かれて…..*********空港に迎えに来ていたのは白いリムジンのロールスロイス。そこはパスポートもビザも要らない場所。上着を脱ぐとネクタイを外した。靴下を脱ぎ棄てると、靴を脱いだ。腕時計を外すと放り投げた。そして「よし!行くぞ!」と言った男は隣に立つ女の手を掴むと、砂浜を海に向かって走り出した。「え?ちょ__...
『Deception 157』話をUPしました。にほんブログ村...
『Deception 156』話をUPしました。にほんブログ村...
「あの。この傘、電車の中にお忘れではありませんか?」その声に振り返えると、そこにいたのは20代後半と思われる女性。その女性が青い傘を差し出してきた。それは僕の傘だ。だから僕は「すみません。ありがとうございます」と言って傘を受け取った。すると女性は「どういたしまして」と言うと背中を向け改札を出て行った。それが彼女との最初の出会いだ。ラッシュアワーの満員電車。朝のダイヤは過密で、何もその電車に乗らなく...
『Deception 155』話をUPしました。にほんブログ村...
『Deception 154』話をUPしました。にほんブログ村...
パーティー会場から逃げ出した司は地下にある駐車場を目指し走っていた。だがそんな司を女たちが追ってきた。「ツカサ!どうして逃げるのよ!」「ちょっと!私とのことは遊びだったの?!」「ねえ!感謝祭の前の日の夜に言ったことは嘘だったの?!」「一緒にジェットコースターに乗ったとき私のことを好きだと言ったじゃない!」「ハワイで夕陽を見ながらクルージングしたとき愛してるって言ったわよね?!」「シドニーのオペラハ...
それにしても恋人はどうして司の言葉を信じないのか。だが、それらのことを別としても思うことがある。それは恋人が何故あの時間、あの場所にいたのかということ。恋人は会社員で平日のあの時間は仕事中だったはずだ。だからあのことが何故か仕組まれたような気がしてならない。誰かが司と恋人との間に揉め事を起こし、ふたりの仲を引き裂こうとしているのではないか。もしかして母親の楓か?いや。そんなはずはない。かつて恋人の...
「違う、違う。そうじゃない。そうじゃない!まて、待ってくれ!誤解だ!」男は叫んだが女は背中を向け去って行った。叫んだ男は金も権力も持つ男。体脂肪が4.8パーセントしかない男。おかしいくらい濃くて長い睫毛を持つ男。そして、コンプレックスなど無いと言われる男。つまり男は男性的魅力を持つ男で神の憐憫の情を必要としない男。そんな男が恋人にフラれた。そしてそんな男の前にいるのは心配する男。面白そうに笑う男そ...
壺の中にいる私の耳に届いた彼女の言葉は心に突き刺さるもので、真冬の湖の水底に沈んだナイフだった。私はすぐにでも壺から出て彼女を抱きしめたかった。外見は違うが私は記憶を取り戻した道明寺司だと名乗りたかった。しかし私は自分の意思で壺から出ることは出来ない。それに生きていた頃の私は人には言えないようなことを平気でやってのける人間であり、暗闇の中で人生を終えるに相応しい行いをしてきた。だからそんな人間であ...
『Deception 154』話をUPしました。にほんブログ村...
パーティー会場から逃げ出した司は地下にある駐車場を目指し走っていた。だがそんな司を女たちが追ってきた。「ツカサ!どうして逃げるのよ!」「ちょっと!私とのことは遊びだったの?!」「ねえ!感謝祭の前の日の夜に言ったことは嘘だったの?!」「一緒にジェットコースターに乗ったとき私のことを好きだと言ったじゃない!」「ハワイで夕陽を見ながらクルージングしたとき愛してるって言ったわよね?!」「シドニーのオペラハ...
それにしても恋人はどうして司の言葉を信じないのか。だが、それらのことを別としても思うことがある。それは恋人が何故あの時間、あの場所にいたのかということ。恋人は会社員で平日のあの時間は仕事中だったはずだ。だからあのことが何故か仕組まれたような気がしてならない。誰かが司と恋人との間に揉め事を起こし、ふたりの仲を引き裂こうとしているのではないか。もしかして母親の楓か?いや。そんなはずはない。かつて恋人の...
「違う、違う。そうじゃない。そうじゃない!まて、待ってくれ!誤解だ!」男は叫んだが女は背中を向け去って行った。叫んだ男は金も権力も持つ男。体脂肪が4.8パーセントしかない男。おかしいくらい濃くて長い睫毛を持つ男。そして、コンプレックスなど無いと言われる男。つまり男は男性的魅力を持つ男で神の憐憫の情を必要としない男。そんな男が恋人にフラれた。そしてそんな男の前にいるのは心配する男。面白そうに笑う男そ...
壺の中にいる私の耳に届いた彼女の言葉は心に突き刺さるもので、真冬の湖の水底に沈んだナイフだった。私はすぐにでも壺から出て彼女を抱きしめたかった。外見は違うが私は記憶を取り戻した道明寺司だと名乗りたかった。しかし私は自分の意思で壺から出ることは出来ない。それに生きていた頃の私は人には言えないようなことを平気でやってのける人間であり、暗闇の中で人生を終えるに相応しい行いをしてきた。だからそんな人間であ...
「クリスマスイブ。何か予定がありますか?」クリスマスが近づいてきた。私はいつものように私が作った料理を食べている彼女に言った。「え?」「ですからクリスマスイブです」「いいえ。別に予定はないわ」「そうですか。では私と一緒に外出してくれませんか。何しろ私はひとりでこの部屋から出る事が出来ません。ですが壺の持ち主であるあなたと一緒なら外に出ることができる。だから私を外へ連れ出して欲しいのです」彼女は私の...
私の記憶はあるところで止っていた。だから私は彼女が誰なのか分からなかった。だが私の周りにいる人間は口を揃えて言った。「思い出せ。そうしなければお前は一生を暗闇の中で過ごすことになる」と。だが私は彼らの言葉に耳を貸さなかった。そして彼女を思い出さなかった。だから私の人生は彼らの言う通り暗闇の中で終った。「ご主人様。ご用ですか?」「ええ。悪いけど、あそこの電球を取り替えて欲しいの。私じゃ手が届かないか...
『Deception 153』話をUPしました。にほんブログ村...
『Deception 152』話をUPしました。にほんブログ村...
「司!頑張って! 」「司!頑張れ!お前なら出来る!」「そうよ司!司なら出来るわ!」「そうだぞ司!頑張れ司!あとひとり抜いたらお前が一番だ!」若い男女は目の前の直線コースを駆けて行った男の子にそう声をかけた。そして、最初にゴールテープを切った男の子の姿に歓喜の声を上げて抱き合っていた。「ねえ。さっきのご夫婦の息子さん。あんたと同じ名前みたいね」妻は隣にいた男女が立ち去ると、そう言って司の顏を見た。そ...
『Deception 151』話をUPしました。にほんブログ村...
『Deception 150』話をUPしました。にほんブログ村...
『Deception 149』話をUPしました。にほんブログ村...
『Deception 148』話をUPしました。にほんブログ村...