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日々の便り https://blog.goo.ne.jp/hansyoodll84

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

老若男女を問わず、人夫々に出逢いの縁が絆の始まりとなり、可愛く幼い”蒼い”恋・情熱的な”青い恋”・円熟した”緑の”恋を辿って、人生観を形成してゆくものと思慮する そんな我が人生を回顧しながら、つれずれなるままに、出合った人々の懐かしい想い出を私小説風にブログに記してみた

日々の便り
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秋葉区
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大田区
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2015/11/08

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  • 蒼い影(9)

    健太郎の家は、先々代から受け継がれ、床柱や梁それに唐紙戸などに欅材を豊富に用いて建てられている。茅葺で間数も多く居間の天井も高く造られた、今では村でも古い骨董品のような家であるが、どことなく重厚で威厳の趣きがある。周囲は防風雪の杉木立に囲まれ、裏庭は小高い丘に向かって杉や楢の木に柿や栗の木が数本混じって、あまり手入れされることもなく少々荒れて繁茂しているが、片隅には小川から流れ落ちる水を利用した人工池があり、飯豊山脈を遠くに望む東向きの玄関脇は50坪ほどの芝生の庭や畑となっている。家を出ると道に沿って農業用の狭い小川が流れており、両側の田圃の畦には昔ながらに稲をはさ架けするハンの木が5本くらいずつ適当な間隔をおいて植えられ、整備された土の農道を3百米位東に行くと、街の中心部に通ずる舗装された県道が一本はし...蒼い影(9)

  • 蒼い影(8)

    残雪に映える飯豊連峰を遠くに望み、ゆるやかな傾斜に棚田が連なる小高い山並みに囲まれた農村は、昼の陽気も余熱を残すことなく夕方は冷え込む。この村の、古い家は、たいてい座敷が広く天井も高いので朝夕は部屋も冷えて、この時期、夕方になると部屋の中央に作られた大きい囲炉裏に炭火を赤々と燃やし薪ストーブで暖をとることが慣習となっている。夕暮れも迫った頃。健太郎は、母親に連れられてピアノの練習に来ていた理恵ちゃんを相手に話を交しながら囲炉裏火を用意しているところに、突然、なんの前振れもなく節子さんが訪ねて来てたので二人はビックリし、秋子さんも台所から顔を出して機嫌よく出迎えた。節子さんは新潟大学に用事に行き、その帰りに寄ってみたと話していた。健太郎と理恵ちゃんは、挨拶もそこそこに大急ぎで拭き掃除をして部屋を整え、秋子さ...蒼い影(8)

  • 蒼い影(7)

    今年の越後の春は例年と異なり、豪雪がまたたく間に消雪した後、急に初夏が訪れた様に気温が上がり、遅れていた棚田の耕作も始まる頃には、丘陵の緑も増して夏の香りが漂っていた。連日晴天が続き、空はつき抜けたように青く、人々の心も何となく軽るそうだ。連休が終わるころには、辺り一面の田圃が若々しい早苗で緑の世界に変貌することであろう。樹齢8百年と言い伝えられる鎮守様の杉の大木数本も薄黒く繁り、祖霊が宿り村を守っていてくれると思える。境内に設けられた保育園では、幼児達が賑やかに戯れて微笑ましい光景を見せてくれ、嬉しそうにはしゃぐ声が明るい春の到来を告げていた。健太郎は、杉木立に取り囲まれた、お寺の参道脇にある、お稲荷様の門前に生涯学習会の帰りに差し掛かると、留守居を頼んでおいた理恵ちゃんが、同級生らしき3名の女の子と賑...蒼い影(7)

  • 蒼い影(6)

    晩春の麦畑は蒼さをまし、日中は初夏を思わせるような陽気になり、、遠く飯豊連峰の峰が透き通るような青空に白銀を輝かせ、思わず神秘的な虚空の世界にいざなわれる様な明るい気分になる。温暖な日和は、人々も外に出て田畑の耕作や家屋周辺の清掃補修などの仕事に励み、永い雪の世界から開放された雪国ならではの味わえない充実した幸福感を人々に与えてくれる。そんな或る晴れた日の午後。街の公民館で青年会と老人会が合同で慰安会が開催され、併せて、遥か昔に、卒業した高校(男女共学以前の旧制中学)の同窓会が、隔年おきの今年も開かれた。開催のたびに、大先輩の懐かしき姿が、集う仲間から一人二人と欠けてゆくことに、”諸行無常”の寂寞感を禁じえないのは、口に出さないまでも皆同じ思いと察しられた。老いたりとわいえ70歳を過ぎた現在も、診療所の医...蒼い影(6)

  • 蒼い影 (5)

    毎年、卒業式間近になると、街の恒例となっている町民の慰労会を兼ねて卒業生を見送る音楽祭の行事がやって来た。近隣の中・高生による合同吹奏楽演奏会の日は、あいにく朝からの時雨模様の肌寒い日であり、健太郎も体調を考慮して、遠慮しようと考えていたところ、相変わらず元気で明るく、常にマイペースな秋子さんの娘である理恵子が、玄関に顔をのぞかせて、大声で「小父さ~ん!。音楽担当のK先生がどうしてもお爺ちゃんに出席して欲しいと、私にお願いに言って来なさい。と、言われたので・・」と、無理やり誘いにきてくれ、その際、最後にみんなで練習した、小父さんの好きな行進曲「旧友」と「泳げタイヤキ君」を指揮してくれと頼みこまれ、この日のために全員で音合わせした練習風景をこまごまと説明するので、彼の教え子であるK先生の思いやりのある心情と...蒼い影(5)

  • 蒼い影(4)

    飯豊山脈を遥か彼方に眺望する様に、遠い昔となった青春時代を語り合うちに、健太郎と節子の二人の間には確かに存在した、互いに抱いた浮き雲の様な淡い恋を覚えたころを、夫々が思いを巡らせているとき、突然、鳴り響いた携帯で、二人は夢を見ているような雰囲気も中断されてしまった。健太郎が携帯電話を取り出して返事をすると、通話の相手は彼の村で美容院を経営している秋子さんであった。彼女は一人身であるせいか世話好きで、時々、娘の理恵子を連れて訪ねてきては、各部屋をこまめに掃除してくれたり、庭の花壇を手入れしてくれ、その合間には、彼女を取り巻く人達の評論や愚痴を話して気を晴らして行った。彼女は、節子さんと同じ郷里で確か高校2年先輩であったと思うが、今は離婚して中学3年生の一人娘の理恵子と二人で暮らしていた。秋子さんは、彼の遠慮...蒼い影(4)

  • 蒼い影(3)

    彼女は話すことに躊躇いながらも、この機会にと意を決したのか、俯いて囁くような声で「健さん。亡くられた奥様との結婚生活はさぞかし幸せだったでしょうね。ピアノ教師をなさっていたとか聞いておりましたが・・。職場での恋愛で結ばれたのですか?」「それだけに、今は心が空虚になり寂しい日々を送られているんでないかしら。奥様のご冥福を祈りますともに、ご同情申し上げますわ」と呟いたが、彼はフフッと笑って「ご心配。有難う」「恋愛だなんてとんでもないよ。親戚の勧める見合いですわ」と言葉少なに答えたあと、近況について「幸い貴女と同郷で貴女の先輩である秋子さんが近所に住んでおり、時折、娘さんを連れて訪ねて来ては、家事をしてくれて凄く助かっていますわ」「一人娘で小学生の理恵子さんは、亡妻の律子が元気なころはピアノの練習に来ていたこと...蒼い影(3)

  • 蒼い影(2)

    枝折峠の頂上付近は、松や楢や雑木等に周囲を囲まれ中心部分は名も知らぬ草などの雑草が生えた平地で、西側の崖渕から下方を見ると、なだらかなに続く棚田や畑の先には、防風林越しに青い穏やかな海が見え、その彼方には佐渡が霞んで見える。背後は標高2.000m級の霊峰飯豊山が遠くに眺望できる、この地方では名の知れた憩の場所である。丘の中ほどに建つ石碑の前で、健太郎と節子さんが並んで腰を降ろし、青空を見上げると、ゆつくりと流れる小さな白い浮雲が流れていた。健太郎が感慨深く周囲の風景に見とれている間に、いつの間にか、海岸に面した崖の方に行っていた節子さんから「先生アッ!健さん。来て、きてぇ~!」と、若々しい透き通った声で叫んで白いハンカチーフを振りながら手招きし、続いて「海岸線に沿つた渚がキラキラと眩しく光っていて、まるで...蒼い影(2)

  • 蒼い陰(1)

    近年にない豪雪に閉ざされていた飯豊山脈の麓に位置する健太郎の住む街にも、平野部に比べておよそ月遅れの春が漸く訪れ、川原の堤防に並んで植えられた樹齢30年位たつたであろうか、古木の桜並木の蕾もほころびはじめた。早春の晴れ渡った日。奥羽連峰の高い峰々の白銀が、青空のもと陽に映えて神々しく輝き、小高い丘陵の麓には、整然と並んで植樹された八珍柿や林檎の畑が広がっている。やがて芽吹くであろう林檎の樹を見ながら、曲がりくねった小道を通り抜けると、越後から羽越に通ずる歴史的にも名のある枝折峠へ至る。小径は山合いを縫う様に小石混じりの緩急が織りなし、途中所々に先人が通ったであろう昔ながらの石畳みが敷かれた道が連なる。永年の風雪に耐えて型良く曲がった幹の太い数本の松の古木の周辺を楢や雑木と若い笹が繁茂する道を時間をかけてゆ...蒼い陰(1)

  • 山と河にて (21)

    鬱陶しかった梅雨も明け、初夏の訪れらしく風薫り空もカラット晴れた土曜日の昼下がり。この時期、親睦と健康志向を兼ねた、町内青年会有志による毎年恒例の登山には絶好の日和となった。肉店を経営する健太(愛称健ちゃん)の店先に集合していた大助達一同の前に、永井君が会社の大型ジープを運転してやって来たので、健ちゃんの指示で助手席に遠慮する珠子が乗せられ、皆は、ゆとりのある後部座席に乗り込んだ。誰に言われるともなく、大助と奈緒が前方に並んで座り、六助とフイリッピン出身の看護師のマリーの二人が大助に向かい合って席をとり、後部に町内青年部のソフトボール練習に積極的に参加している、小学校教師の直子と健ちゃんが並んで座った。この様な席順になったのも、健ちゃんと直子のペアを除き、お互いに心の中で相手に惹かれているものがあり自然の...山と河にて(21)

  • (続) 山と河にて 20

    美代子は、全身に喜びを漲らせて甲斐甲斐しく朝食を用意したあと、食事をしながら、お爺さんに何時も以上に明るい声で「今日は、大ちゃんが思う存分勉強し易いように、お部屋を整理するので、学校はお休みするゎ」「勿論、大助君も一緒よ」と言うと、お爺さんはキャサリンが留守でも大助がいるだけで、こうも変わるものかと思うと、二人の自主性を尊重して「今日一日で何もかもいっぺんに終わらせることもなく、ゆっくりと時間をとり、よく相談してやるが良いさ」と頷いていた。二人は、お爺さんの機嫌のよい返事に勇気をえて、早速二階に上がって行った。彼女は自分の部屋に入る前に、廊下で立ち止まり「大ちゃん。わたしマリア様に、君と一緒に過ごせる様になったお礼と、今後、健康で和やかに暮らせるように、お祈りして行くので、君も一緒にお祈りしてね」と言って...(続)山と河にて20

  • (続) 山と河にて 19

    大助も、寅太や三郎とオンザ・ロックを飲んでリラックスし、囲炉裏端で気心の知れた朋子さんや若い看護師の賑やかなお喋りに雑談が弾んで愉快な雰囲気に溶け込み、皆のテンションが上がって取り留めもない会話をまじえていたとき、三郎が言いずらそうに「あのぅこんなことを聞いて悪いが、前から気になっていたんだが、美代ちゃんは東京のイケメンをどうやってゲットしたんだい」「施設の婆さん達が、時々、美代ちゃんと大ちゃんのことを不思議がって、俺に対しボヤボヤしているからこの街きっての美人をよそ者に攫われてしまうんだ。この意気地なしめ。と、きつい皮肉を言われたことがあり、こればっかりは返事の仕様がなくホトホト弱ってしまうんだ」と、ひょうきんな彼にしては珍しく愚痴めいて零した。寅太は、これを聞いて「今更そんなことを聞いても仕様がないさ...(続)山と河にて19

  • (続) 山と河にて 18

    老医師と熊吉爺さん達は、囲炉裏端に用意された、お膳に盛られた御馳走を見て顔をほころばせ、好物のイワナの塩焼きや魚卵の澄まし汁を肴に、秘かに作った自家製の白い濁り酒を満足そうに酌み交わしながら四方山話に花を咲かせていた。熊吉爺さんは、気分良く酔って饒舌になり、不動明王の祭祀に初めて参列し緊張気味な寅太達に対し「お前達は、中学生時代、街や学校での厄介者であったが、最近は見違えるほど真面目になり、街中のものも感心しておるわ」「昔は暴れたもんだからなぁ。変わればかわるもんだわい」「これも、お不動様のお陰だ」と、愛想よく話しかけた。寅太は古傷に塩を擦りこめられた様に、眉毛を逆八の字にして不機嫌な形相をして、イワナの塩焼きをつっいて食べながら聞いていた。相棒の三郎も渋い顔をして、わざわざ少し横を向いて熊吉爺さんの視線...(続)山と河にて18

  • (続) 山と河にて 17

    中秋の朝早く、大助達が寅太の運転する車で新潟へ向かう車中で寅太は、出発前に病院の入り口脇で老医師から指示を受けていたとき、その直立不動の姿勢を休日出勤してきた若い看護師達に見られ、また、何かやらかして叱られていると勘違いしてか、彼女達が首をすくめてクスクスと笑っていたことが、癪に触り、三郎に対し「いやぁあの若い看護師達の冷ややかな目には参ったなぁ」「でも、結構美人だぜ」「お前、いっそうのこと、美代ちゃんから、あの看護師の中から恋人を紹介してもらえよ」と言うと、三郎は「とんでもねぇ~や。ゴメンだな。恋人なんて面倒でいらんよ」「お前も大助君も、彼女に振り回されてテンテコマイしている様子を見ていると、俺はイヤだなぁ」「施設に入っている昔の娘で沢山だ。皆、俺のことをイケメンだ。と、言って可愛がってくれるからなぁ」...(続)山と河にて17

  • (続) 山と河にて 16

    大助は、お爺さんが隣の大座敷で毎朝恒例の勤行のために打ち鳴らす、心地よい余韻を残して流れる鐘の音で目を覚ますと、美代子が何時起きたのかわからなかったが、枕元に用意してあった下着を着替え、廊下の藤椅子に腰掛けて窓外の松の大木をボンヤリと眺めていると、美代子が「アラッ起きていたの」と言いながら機嫌良さそうに爽やかな笑顔で入ってきて「枕元に用意しておいた下着を着替えたでしょうね」と声をかけたので、彼は「アァ今、お爺さんの鳴らす鐘の音を聞いて起きたところだよ」と答え、彼女に促されて洗面所に向かった。彼は、彼女のあとについて廊下を歩きながら、彼女のタイトスカートでクッキリと引き締まった魅力的な腰の曲線に魅せられて、昨夜の余韻が甦り、深い意味も無く悪戯っぽく軽くタッチしすると、彼女は振り返って「Hッ!アサカラナニヨ」...(続)山と河にて16

  • (続) 山と河にて 15

    大助は、美代子がイギリス滞在中に書き溜めたラブレターを読み終えると、今日、突然降って湧いたような巡るましい出来事で神経が疲れ、枕元のスタンドを薄暗くして横臥し浅い眠りに誘われウトウトしていた。暫くすると襖戸を静かに開けて美代子が部屋に忍び込むようにして入って来るや、彼の脇にソーッと添い寝して足首を重ねたが、彼は彼女の足先の感触でハット気がつき目が覚めたが、知らんふりして背を向けたまま横臥していた。彼女は、彼の足先は温もりがあり気持ちが良いので、そのまま、暫く触れていていたが、突然、大助が背を向けたまま、けだるい声で「ヤァ~君の足は冷えてるなぁ~」「今日のことで頭がのぼせあがっているから、血液の循環が悪いのかなぁ」と小声で言ったので、彼女は彼が眠っているとばかり思っていたので、一寸、ビクッとし「アラッ、大ち...(続)山と河にて15

  • (続) 山と河にて 14

    大助は、美代子に案内されて階段を上がり、毎年遊びに来ては泊まらせてもらっている2階の広い12畳の座敷に入ると、すでに暖かそうなフックラとした布団が用意されていた。部屋の床の間には”月落ちて烏啼き・・”の七言絶句の見慣れた漢詩が掛けられ、中庭の松の大木が枝先を窓際の廊下の近くまで伸びている、落ち着いた雰囲気の部屋である。この部屋の南隣は美代子が使用している洋式の部屋である。隣りの部屋は家の中央に位置した12畳の座敷で、東側には煌びやかに装飾された大きな仏壇と少し小さい仏壇が並んで設けられ、反対側の隅の棚には木彫のキリストの十字架像、その脇にマリア様の優しい眼差しの絵画が飾られた部屋になっている。案内されて泊り慣れた部屋は、この両側に挟まれている。美代子は、枕もとのスタンドを用意したあと、自分の部屋から紙の手...(続)山と河にて14

  • (続) 山と河にて 13

    老医師が、大助と暫く振りに再会した機縁等を愉快そうに雑談し終えて、機嫌よく部屋を去ると、美代子は待ちかねていたように、彼に「わたし、どうしても自分の考えをお爺さんに判って貰いたいので少しオーバーに言うので、大ちゃんも遠慮せずに考えていることを話してネ。頑張ってよ」「お爺さんの顔を見ていて、大ちゃんが反対しなければ大丈夫だわ。わたし自信が湧いてきたわ」「なにしろ、お爺さんは君と一緒にいたいのよ」と話すと、大助は「美代ちゃん、僕達の生活を大事にするなら、少し落ち着いて考えてくれよ」「若し、お爺さんが納得してくれなければ、本当に家を出るつもりかい?」「大体、僕が君の稼ぎで勉強できるとも思っているんかい。そんなこと、とても出来ないわ」と答えると、彼女は怒りを込めた目で「わたし本気よ。パパも応援してくれると言って...(続)山と河にて13

  • (続) 山と河にて 12

    美代子は、ラーメン店で寅太と三郎に礼を言って帰宅する道すがら、大助の腕に手首を絡めて甘えていたが、自宅の玄関前に来ると立ちどまり大助に念を押す様に、普段の強気な彼女に戻り「明日は、わたしの家に引越しするのょ。わたしも、お手伝いするゎ」と、彼の腕に絡めた手に力を込めて、当たり前のことの様に、こともなげに言うので、彼はとっぴなことを急に言はれ「エッ!そんなこと誰が決めたんだい」「僕は、そんなことは頭の中に全然ないよ」と返事をすると、彼女は言葉に力を込めて「わたしが、決めたことょ。いいでしょう」「これから、お爺ちゃんとママに、わたしの堅い決心を説明するの」「大ちゃんも、わたし達の幸せのために、お爺さんに対する説得を応援してね」と、平然とした顔で答え、彼に反論の隙を与えなかった。彼は、彼女に逆らって感情を刺激して...(続)山と河にて12

  • (続) 山と河にて 11

    老医師であるお爺さんは、美代子の切羽詰った話と表情を見ていて、孫娘の誇大すぎる悲壮な話と思いつつも、内心では彼女の心情を理解出来き、余りにも自己中心的な考え方に困惑を覚えた。その一方、中学生の頃から可愛いがっていた、大助を自分のそばに置いておきたい願望もあり、考えも纏まらないままに「よしっ、ご飯にしよう」と言って、彼女の話を遮り、キャサリンに夕飯の用意を催促して用意させ、皆が食卓についてキャサリンが大助君のお茶碗に御飯を盛り付けようとしたとき、彼女は「ママッ!大ちゃんのことは、私がするからいいゎ」と言って、キャサリンからお茶碗をとり上げて、自分で不慣れな手つきでご飯をよそって、祖父や母の目をチラット見て恥ずかしそうに大助に差し出した。お爺さんは、その様子を見ていて、思い込みの強い彼女の性格から、彼女の言い...(続)山と河にて11

  • (続) 山と河にて 10

    姉妹編「河のほとりで」・「雪の華」・「山と河にて」に続くあらすじ}地方の医院で裕福に育った美代子は、所謂、英系のハーフなるがゆえに中学・高校時代、厳しい批判や差別に悩みながらも、抜群の運動神経を発揮して水泳では常に県大会で入賞するほど逞しく、培われた忍耐力で数々の苦難を凌いできた。そんな彼女も中学2年生の夏に、街を縦断する河で水泳中に起きた偶然の出来事から、東京から知り合いに遊びに来ていた、城大助の陽気で優しい思いやりのある態度に、何時しか自然と心を惹かれて恋に落ち、高校時代を通じて華やかな青春を満喫して過ごし、逢う瀬を重ねる毎に二人の淡い恋を深めていった。高校卒業直後の春。家庭の事情とはいえ街を離れて、母親のキャサリンの故郷であるロンドンに移住したが、初秋に帰国後、地元の医療福祉関係の大学に進学して日...(続)山と河にて10

  • (続) 山と河にて 9

    老医師は、玄関口で挨拶もそこそこに済ました大助を、満面の笑顔で手を引いて居間に連れて行ってしまった。やがて、お茶では物足りなくなったのか、老医師が大声でキャサリンに愛飲のウイスキキーと氷を持って来る様に催促し,機嫌のよい声にキャサリンも心が和らいだ。何を話しあっているのか二人の愉快そうな明るい笑い声が、病院の入り口にいる美代子と朋子にも廊下の空気を揺るがすように聞こえて来た。気が抜けた様に入り口の廊下に座り込んでいた美代子は、看護師の朋子さんから「美代ちゃん。恋人が訪ねて来たとゆうのに、なによ、そんな青ざめた顔でしゃがみ込んで・・」と、声をかけられ受付の部屋に連れて行かれた。親しい朋子の説得に少し落ち着きを取り戻した美代子は朋子に対し、今日の出来事を涙混じりに愚痴を零していたところ、今度は老医師が大助を連...(続)山と河にて9

  • (続) 山と河にて 8

    美代子が、何も語らず腕組みしている大助を、兎に角、いったん飯豊町に連れて帰るべく、懸命に促していたところ、正雄とともに部屋に戻って来た静子が「美代子さん、貴女のお悩みと、これからのことについての考えをお聞きしましたゎ」「私も、そのお考えに賛成で是非協力させていただきますが、私のマンションでは何かと精神的に抵抗感があると思いますので、あくまでもお父様の所有するマンションと理解してくださいね」と、思いやりのある言葉をかけてくれ、続いて正雄が「順序を踏んで冷静に話を進め、普段通りに勉強するんだよ」「転居することについては、お爺さんやキャサリンの考えもあり、又、相談しましょう」と口添えしてくれ「皆で、レストランで夕食を食べようか」と誘ってくれた。寅太と三郎は、昼をカップラーメンで過ごし物凄く空腹を覚えていたが、立...(続)山と河にて8

  • (続) 山と河にて 7

    美代子達は、新潟駅近くにある高級ホテルに入ると、広い座敷の中央に置かれた大きいテイブルを挟んで座った美代子に、養父の正雄はにこやかな顔をして「やぁ~暫く見ないうちに、大学生らしく立派な女性に成長したねぇ」「急な電話で驚いたが、さぁ~ここに来て、どんなこでもよいから遠慮せずに話してごらん」「美代子も判る通り、今の私には出来ることは限られているが、それでも私に出来ることなら精一杯のことをしてあげるから」と、優しい言葉を掛けられ、彼女が心の落ち着く間もなく、医師らしく「少し顔色が冴えないが・・」と言葉を繋いだ。彼女は、久し振りに対面した父に、懐かしさと憎さが入り混じった複雑な思いを抱いたが、高ぶった気持ちを抑えられず、養父である正雄に対し、青ざめた顔で、いきなり「わたし、本当に生きる力を失ってしまったゎ」と返事...(続)山と河にて7

  • (続) 山と河にて 6

    秋の夕暮れは早く、美代子達が屋外に出ると夕闇で薄暗かった。寅太が運転する車は、家並みが関散な町を通り抜けて、ビルの乱立する市内の中心部に入ると、街灯とビルから漏れる明かり、それに彩りの綺麗な店舗のネオンやイルミネーションに街頭が華やかに照らされ、人々が群れて華やいでいた。寅太は、後部座席に乗った大助と美代子の様子に気配りしていたが、助手席の三郎が「明るいところに出ると少しは気も晴れるなぁ」「オイ寅っ。これからどうなるんだ」と声をかけると、彼は憮然として「そんなこと、俺にも判らんよ」と答えたので、三郎は「話が段々と悪い方に進んで行くみたいで・・、昨日は高いカツ弁を食ってしまったわ」と悔やんで、溜め息混じりに呟いた。美代子は、無言で正面を見ている大助の左腕に両手を絡ませ、縋りつくように身を寄せて顔を近ずけ、小...(続)山と河にて6

  • (続) 山と河にて 5

    寅太が、美代子を連れて突然訪れたことで、異様な雰囲気に包まれた薄暗い部屋の空気を破る様に、大助がポツリと小声で「寅太君、階下でお湯を沸かしてきてくれないか。お茶でも飲もうや」と口火を切ると、寅太は予想外の大助の言葉に緊張感がほぐれ一瞬の安堵感から反射的に「ヨシキタ!。ヤカンはどれを使ってもいいんだな」「急須と茶碗はあるんかい」と返事して、勢いよく立ち上がり、三郎を連れて部屋を出て階下の共同炊事場に行った。階下の流し場に行くと、三郎が寅太の顔をジロジロと眺めまわして「なんだ、殴られたアザや傷跡がないが・・」と呟くと、彼が「これからだよ、コレカラダッ!」「俺一人より二人の方が、間隔があいて、少しは大助君の力もやわらぐので痛くないだろうしな」と答え、薬缶をレンジにかけると、三郎にむかい「さぁ勇気を出して、お湯が...(続)山と河にて5

  • (続) 山と河にて 4

    中秋の飯豊山麓の街は、秋雨がシトシトと降っていて少し肌寒い日であった。土曜日の昼頃。美代子と三郎の二人が、約束通り山崎商店の入り口脇の軒先で、一つの傘の中で身を寄せる様にして話し合うこともなく、なにか怯えるようにして佇んで寅太の車が現れるのを待っていた。すると、山崎社長が突然店から出てきて二人を見つけ「いやぁ、二人揃って珍しいねぇ、店の中に入ればいいさ。何か特別の買い物かね?」と声をかけたので、三郎は正直に「これから新潟に行くので、寅太の車に乗せて行ってもらうんだ」と返事をしているところに、寅太が空のダンボール箱を抱えて出てきてワゴン車に積み込んだ。彼は社長に平然とした顔つきで「大学に定期配達に行ってきます」と作業予定を話すと、社長は美代子達の顔をキョロキョロ見ながら、寅太に「診療所のお嬢さんを乗せ、お喋...(続)山と河にて4

  • (続) 山と河にて 3

    寅太は、同級生とはいえ成績が優秀であったことと、大学生になって一段と大人らしい艶を増した美代子に対する畏敬で、内心では、大助と交わした約束もあり、いざ、この場に及んでも話すことを一寸躊躇した。それでも、日頃、彼女の元気のない表情を見るにつけ気になり、同情心から、やはり話してしまおうと腹を決めるや、重い口を開いた。彼は彼女の表情を伺いながら用心深く、そろりと小声で「美代ちゃん。大助君は新潟にいるよ」「俺、一瞬、他人の空似かと自分の目を疑ったが、思いきって近寄り話し掛けたところ間違いなく大助君だった」「この話しを、社長や老先生に話ししようかと、散々悩んだが、大助君の立場を考えた末、美代ちゃんも大学生だし、直接話す方が一番良いと思い、今、話すんだよ」と、話し出した。美代子は寅太の話を聞いた瞬間、驚いて青い瞳を輝...(続)山と河にて3

  • (続) 山と河にて 2

    寅太は、校舎裏の丘陵に綺麗に咲いている赤茶色のカキノモトの畑を通り過ぎて、眼下に駅舎が望める杉の下に僅かばかり広がる野原につくと、自転車を横に倒して腰を降ろし「ここが人目につかずいいや。美代ちゃんも座れょ」と言ったとき、繁茂するススキの中から三郎が大声で「オ~イ何処に隠れた~」と叫んだので、寅太は苦々しく「あの野郎辺りをはばからず無神経で大声を出すので、これだから嫌になっちゃうんだよなぁ~」と、眉間に皺を寄せて不機嫌そうにムッとして「此処だよもっと小さい声で静かにいえッ!」と、愚痴ったことも忘れて、三郎に負けず劣らず大声で返事をして場所を教えた。裏山に誘われて来るときは、ご機嫌で明るかった寅太が急に不機嫌になったことに対し、美代子は「寅太君。そんなに怒ることないわ」「私達、中学生時代の同級生で普段仲良しに...(続)山と河にて2

  • (続) 山と河にて

    母親の母国であるイギリスから帰国して間もない美代子は、前日の校内マラソン大会の疲労で熟睡していたが、大助が沿道でニッコリ微笑んで手を振っている夢を見てハッと目を覚ました。この夢は果たして良い知らせなのか、或いは怪我や病気の不幸な暗示なのかと、しばしベットの中で思い巡らせていたが、思案するほどに胸が締め付けられる様に息苦しくなり、起き上がって出窓のガラス窓をあけて大きく息を吸い込んだ。飯豊山麓の晩秋の冷えた柔らかい風が頬をなで、空を見上げると、十三夜の月が煌々と夜空を明るく照らし、そのため他の星は、遥か遠くの方に離れて霞みチラチラと瞬いていた。俗に”西郷星”と呼ばれる火星だが,月とほどよい距離を保ってポッンと妖しげな光を放って瞬いていた。眺めているうちに、神々しさを感じて冷静さを取り戻した。彼女は妖しげに...(続)山と河にて

  • 山と河にて (31)

    ハプニングに富んだ結婚式が終わり、皆が休憩室で休んでいるうちに、式場が披露宴の会場に変わると、珠子は化粧直しをして、薄緑色のスーツに衣替えして、昭二と連れ立って各席をニコヤカニ笑顔を振りまきながら挨拶廻りしていた。健ちゃんは、隣席に座った永井君の手を堅く握り、感激した面持ちで「やっぱり、君は頭がずば抜けていいわ、感心したよ」「それにしても、随分、手の込んだ脚本と演出で、今日の演技はアカデミ~賞ものだよ」と言って、彼の肩をポンと叩き頭を下げて礼を言った。永井君は、健ちゃんのお礼に対し、手の掌を顔の前で何度も横に振って、にこやかな笑顔で「とんでもない。僕こそ先輩にお礼をしたい気持ちで胸が一杯ですよ」「僕の真意は、ホレッ!。夏の登山訓練で、健ちゃんから結婚後の大人の生活について色々と教えてもらった頃から、珠子さ...山と河にて(31)

  • 山と河にて (30)

    永井君が、宣誓に答えることなく沈黙を続けていたので、牧師は優しく諭す様に「永井さんには、私の言葉が聞こえましたか?」と聞くと、彼は「ハイ」と、か細い声で素直に返事したので、牧師は親切に、再度「貴方は、新婦を生命のかぎり愛し・・」と、繰り返して告げると、彼は暫し間を置いて、参列者にも明瞭に判る様に、はっきりとした言葉で「僕は、誓うことができません!」と、自信たっぷりな口調で、牧師の顔を見て答えた。珠子は、永井君らしい聞きなれた何時もの元気のある声で、はっきりと答えたので、、瞬間、目前でおきた突発的で奇妙な現実を理解出来ず、訳もわからずに心の中で、アッ!救われた。と、思った。それは、今のいままで、官能小説の主人公とダブって連想していた屈序と羞恥に対する嫌悪感。重苦しく息の詰まるような思いで、今夜からの猥らな行...山と河にて(30)

  • 山と河にて (29)

    錦秋の9月25日は結婚式にふさわしく、東京にしては珍しく空が透き通る様に晴れあがっていた。それに爽やかな微風も吹いて残暑をいくらかでも凌ぎ易いものにしてくれた。珠子は、朝早く起きて狭いながらも芝生のある庭に出て、日頃、心を癒してくれた百日紅やツツジ等の木々に、お別れとお礼の言葉を心の中で呟やいていたが、何気なしに庭の隅に目を移すと、大助が幼いころ多摩川の土手から採ってきて生垣に植えられている、わずかばかりのススキの穂が朝風に揺れており清々しい気持ちになり心が洗われた。隣のシャム猫のタマが遊んでくれるのかと勘違いして、垣根から飛び出してきて足元に絡みつき日頃可愛がっていただけに何時も以上に愛おしくなり頭を撫でてやったが「今日でお別れょ」と告げるのが忍びなかった。生垣のススキは、まだ大助が幼稚園児だったころの...山と河にて(29)

  • 山と河にて (28)

    二人姉弟である大助の姉、城珠子は、老人介護施設に勤めてから2年目となり、最初は戸惑った仕事の運びも、入所者の心情を少しでも理解仕様と日々努力したことが実を結び始めてきて、悩みと障害を抱えるお年寄りの人達とのコミュニケーションも、どうやら上手くとれるようになり、職場でも人気が出てきて、それにつれ仕事にも幾分心に余裕を持って臨める様になった。そんな珠子の周辺では、永井君との結婚話が秘かに進んでいた。彼女は毎日お年寄りを見ているためか、自分が嫁いだあと、一人身である母親の孝子に、将来、必ず訪れる介護のことが時に触れ脳裏をよぎり、確かに結婚するには若すぎる弟の大助と、日頃、まるで親戚同様、お互いが家族的な付き合いをして気心が知れ、実の妹の様に可愛がっている奈緒との交際関係が、自分が望んでいる様に進んでいないことが...山と河にて(28)

  • 山と河にて (27)

    大助は、奈緒から美代子のことについて聞かれたとき、彼女の胸の中を慮って正直に答えてよいかどうか迷って、返事を躊躇していたので、二人の間に少し沈黙の重苦しい時が流れたが、この際、ある程度のことは正直に話しておいた方が彼女の心の霧が晴れるんでないかと思い『美代子は、家庭内の複雑な事情で、母親のキャサリンの故郷であるイギリスに行ってしまったよ。春、別れる時、お互いに、美代子は見知らぬ土地での生活、僕は規則の厳しい大学の寮生活と、夫々が、これからの生活に馴染むまで、連絡は取り合わないことにしようと約束したんだ。最も、これは、彼女のお爺さんが、僕達のことを気遣かって好意的に言ってくれたことなんだが・・。考えてみれば、若い僕達には当然のことで、目先の恋愛感情に溺れて、大事な勉強がおろそかにならない様にとの気遣いで言っ...山と河にて(27)

  • 山と河にて (26)

    皆が黙々として、前を行く組に従い歩いているうちに、雲の切れ間から下界の緑が眺められる様になり、やがて暑い日ざしが照り映え、下からソヨソヨと吹き上げる生温かい微風は、風雨に濡れた身体や衣服を乾きやすくしてくれた。マリーは、ちゃっかりと六助に負ぶさっていたが、健ちゃんが大声で「もう直ぐ休憩小屋に辿りつくので、そこで服を乾わかし、休んで行こう」と声をかけて、疲労気味の皆を励ました。山の中腹にある休憩小屋に辿りつくと、荒れた天候も一変して雲一つなく晴れ渡り、夏の陽光が眩しく草原を照らし、薄紅色のハクサンコザクラや白や黄色の名も知らぬ小さな草花が綺麗に咲き乱れていた。暑い日差しにも拘わらず、そよ風が心地よく吹いていて、疲れた身体を癒してくれた。直子は、健ちゃんの背から降りると、まだ、六助の背から降りようとしないマリ...山と河にて(26)

  • 山と河にて (25)

    登るときには天候もよく、それほど苦にならなかった頂上への最後の急勾配の断崖も、下山するときには霧を含んだ風も吹いて岩石がぬれて滑りやすく、皆が、崖に吸い付くように足元に神経を集中して、緊張のあまり背筋に冷や汗を流しながら、一歩一歩足元を確認しながら降りた。大助は崖を降りる途中、眼前の奈緒の豊かに丸味を帯びた尻を見て、彼女も立派な大人なんだわと妙に触りたい衝動にかられながら、やっとの思いで登り口の勾配がやや緩やかになった尾根の登山道に降り立った。尾根の両側の下方を見ると、すでに霧が渦を巻いて奔流の様に湧き出てきて、左右の下方から吹き上げてくる風を遮るものが無いので、身体に当たる風も強く感じるようになった。一息入れて入る間にも天候が瞬く間に急変し、視界は全く塞がれて3メートル位離れた、前を行く六助達の組が見え...山と河にて(25)

  • 山と河にて (24)

    健ちゃんは、皆が崖淵の方に景色を見に行った後、残ってもらった永井君と草わらに対面して座り「今度から、町内会や商店会に積極的に参加してくれるとのことだが、君は頭も良いと言うことだし、人当たりも如才なく柔らかくて、会員の親睦と商店街の発展に頑張ってくれ」「町内会は任意団体で法律的な裏付けがなく、纏めるのに苦労もあるが、君なら性格的にも適任だと期待しているよ」と言ったあと「聞くところによれば、珠子さんと結婚するらしいが、彼女とは同級生だろう?。兎に角、おめでとう」「俺が口出しするのも、出すぎている様で失礼だが、城(珠子)さんの家族は店のお得意様で古くから親しくさせてもらっているので、差し支えなければ、これまでのいきさつを聞かせて欲しいのだが」「君、珠子さんを幸せにする確かな自信があるんだろうな?。極めて当たり前...山と河にて(24)

  • 山と河にて (23)

    皆が、お喋りしながら賑やかな昼食を終えると、マリーは六助をせきたてて仲良く手を繋いで池のほうに駆けていったが、健ちゃんは「お~ぃ!池に近ずくなよっ!」「はまったら、底なしの無限地獄だからなぁ~」と声をかけると、六助は振り返って「脅かすなよぅ~」と真顔で返事をし、興味深そうに覗いているマリーの手を引っぱって、水溜りの周辺から離して崖の方に駆けていった。皆が、健ちゃんの言葉にビックリしていると、教師をしている直子が、珠子達に対し「健ちゃんは、二人を冷やかして言ったのょ」「ポツポツとある池は、”池塘”と言って、ホラッ、尾瀬や火打山でも見られるゎ。高い湿原地帯に出来る、雪解け水等が泥炭層に溜まった沼なのょ」と説明したところ、皆は、納得して安心していたが、健ちゃんは「あの二人、単なる仲良しか、恋愛中なのか、よぅ~判...山と河にて(23)

  • 山と河にて (22)

    冷えた微風が漂う暗夜の午前3時。珠子達女性群は目覚まし時計で起きると、外の井戸端で洗面したあと、各人は昨夜健ちゃんから指示された通りに、宿のお女将さんのお握り造りの手伝いを終えると、部屋に戻って日焼け止めの薄化粧をしたあと薄手の長袖ブラウスにジャケットを着てジーパンを履いて装い、珠子の勧めで首に予め用意してきた色とりどりのタオルを巻き、揃って入り口前に出ると、すでに、男性群は支度を整え彼女達を待っていた。健ちゃんは腰に吊るした鉈で小枝を落とし杖を作っており、各人を見ると皆に渡していた。彼女等は、男性群は二日酔いで自分達より遅いと思っていただけに、口々に「流石に、男性は違うわね」とコソコソ囁いていたら、六助は彼女達の服装を見て「いやぁ~、登山訓練とはかけ離れて華やかだなぁ。まるで、フアッション・ショウーのよ...山と河にて(22)

  • 山と河にて (20)

    奈緒は、健ちゃんをカウンターに呼び寄せたが周囲のお客さんが気になり、落ち着いて話が出来なく、二人だけで部屋に入ることに少し躊躇したが、思案の末、奥の居間に健太を案内した。健ちゃんも、彼女の部屋に入るのは初めてで、彼女の誘いに一瞬躊躇ったが、奈緒の顔つきから難しい内緒話かと察し、オンザロックを手にして部屋の丸テーブルの前に座ると、奈緒は「真面目に話を聞いてネ」と念を押すと、彼は「少し酔ってはいるが大丈夫だよ」と返事をしたので、彼女は冷えた水を一口飲んだあと、俯いてコップを見つめながら、重苦しい口調で呟くように『実は、一昨日、お店が休みの夜、母さんとお店の飾り幕に刺繍をしていたとき、母さんがいきなり「お前、好きな人でもいるのかい?」と聞いたので、わたしビックリして「いる訳ないでしょう」と答えたら母さんは言いに...山と河にて(20)

  • 山と河にて (19)

    珠子は、ベットの端に座らせられた瞬間、真新しい白い敷布を見て反射的に、このベットの上で自分と同様に見知らぬ女性達が感情を無視されて、彼の一方的で単純な性的欲望の対象として弄ばれているのかと直感的に思い浮かべ、嫌悪感から彼の話も耳にはいらなかった。珠子は取り立てて話す気にもなれず、早く立ち去りたいと思っていると、彼の母親がコーヒーカップをのせたお盆を運んできて、彼女の顔を見るると、安堵感から和やかな表情で「この子は、仕事はお父さんも驚くほど上手にこなすが、人生で一番大事な結婚のことになると、好きな人がいても、恥ずかしくてプロポーズなんて言えないよ。と、弱気になり、まさか、私が代わってプロポーズする訳なんて出来ないでしょう。と、言っても取り合わないんですよ」「珠子さんなら、この子の性格を補ってくれると、私は、...山と河にて(19)

  • 山と河にて (18)

    大助は、美代子と別れて帰宅した夜、彼女の身辺に起きた複雑な事情を思案して、彼女の行く末を心配するあまり、精神的な疲労と寂寞感から、家族に詳しい内容も説明せずに自室に引きこもり床に入ったが、思考が整理出来ず寝付かれないままに真剣に考えた。それは、経済的に未熟な自分では、今は、彼女を幸せな生活に導けないが、彼女が自分を信じて献身的に尽くしてくれる愛情と、老医師であるお爺さんの自分に寄せる期待に背かぬ様に努力することで、何時の日かは、彼女の夢を叶えてあげることが、自分に与えられた男の責任だと堅く心に誓った。彼が寝静まったころ。母親の孝子は娘の珠子を部屋に呼んで、お茶を飲みながら静かな声で、美代子の家庭事情から、二人が別離したことを教え、大学生になったとはいえ、我が子ながらよく厳しい環境に耐えて一切表情に表さずに...山と河にて(18)

  • 山と河にて (17)

    大助は、帰京の車中、窓外に広がる越後平野の田園風景と、残雪をいただいて晴天に映える青い山脈を眺めながら、美代子が用意してくれた海苔巻き寿司をほおばり、彼女と過ごした休日の出来事を色々と思い出して感慨にふけっていた。彼女は、朝、自分が気ずかぬうちに起きて朝食と昼の海苔巻きを用意してくれ、なんとなく心に漂った不安をユーモアな語り口で不安をかき消してくれ、長い別れの寂しさを億尾にも出さず、あくまでも自分の意志を貫く逞しい精神力と、時折、見せる気弱く感受性の烈しい彼女に、今更ながらその一途な気持ちがたまらなく嬉しかった。しかも、目標を定めて得心したら、家庭内の複雑な問題を少しも顔に出さず、目標に向かって励む精神の強さは、確かに自分を超えるものがあると思った。それに、死線を幾度と無く越えて老境を迎えた老医師が、孫娘...山と河にて(17)

  • 山と河にて (16)

    大助は、隣室の広い座敷にある豪華な仏壇の前で、お爺さんが朝の勤行である読経の際に鐘を打つ音で目を覚ましたが、隣に寝ていたと思っていた美代子がおらず、枕もとの水を一口飲んで、そのまま、再び腕枕をして仰向けになり、桜の小枝を巧みに張り巡らした天井を見つめているうちに、昨夜のことを想い出し、その余韻の残った頭に、もしやと一抹の不安がよぎった。お爺さんの読経が終わると、美代子が薄青色のカーデガンと黒のロングスカートに白いエプロンをまとった姿で襖を開いて入って来て、枕元に膝をついて布団の襟元に手をおくと、少しハニカミながらも明るく爽やかな笑顔で「目が覚めているの?。そろそろ起きてよ。お爺さんも待っているゎ」と言いながら「ハイッ!下着を着替えてね。ズボンもアイロンをしておいたゎ」と言って、何の屈託もなく差し出したので...山と河にて(16)

  • 山と河にて (15)

    大助は、浴槽から上がり脱衣場に行くと美代子も後について上がってきたが、長湯したうえに戯れた興奮で、汗が拭いても拭いても湧き出る様に皮膚を濡らし、美代子が見かねて自分のバスタオルで背中を拭いてくれたが、その時、大鏡に彼女の裸体が映っているのがチラット見えたので、大助は本能をそそわれて、彼女を抱きしめて可愛い桜色の乳首にキスをしたところ、彼女はビックリして「イヤッ!ヤメテェ~」と叫び声をあげ、慌ててバスタオルで上半身を隠して後ずさりしたので、彼は自分のとった衝動的な行動と恥ずかしさが、ない交ぜになって複雑な思いで振り向きもせずに「チェッ!さっきは、すきな様にして、といったくせに・・」「コレダカラワカンナイナァ~」と文句を言うと、彼女は少し間をおいて「ゴメンナサイ」「ナゼカジブンデモワカライヮ」と申し訳なさそう...山と河にて(15)

  • 山と河にて (14)

    大助は川辺に立って、遠くに霞む残雪に映える飯豊山脈の峰々を、種々な想い出を浮かべながら眺望し、そのあと小石を何度か河に投げては眼前をゆったりと流れる河を凝視し感慨深げに「この河で、無邪気に水泳をしていたとき、美代ちゃんと初めて知りあったが、あれから4年過ぎたのか・・。時の流れは振り返ると早く感じるもんだなぁ~」「あの時。君が河底の石に躓き足を滑らせて、僕に咄嗟に抱きついたが、その時の、君の体の柔らかい感触を今でも覚えているよ」「それに・・。毎年、夏休みに理恵子さん達と水泳しり織田君達と河蟹やカジカを取ったりして遊んだのが、今となっては、懐かしい想い出だなぁ~」と言いつつ美代子の隣に腰を降ろすと、彼女の指を一本ずつ手にとって見ていて「透明なマニュキアは健康的で綺麗でいいなぁ~」「女子大生は、皆がしているのか...山と河にて(14)

  • 山と河にて (13)

    山の懐に囲まれた街では、春の夕暮れは陽が峰々の端に沈むのが早くても、晴れた日は空が明るく、時の過ぎ行くのを感じさせない。大助と美代子は、大川に架かる赤く塗装された橋の袂に差し掛かると、彼女の案内で堤防の階段を手を繋いで降りて行き、河川敷に作られた広い公園のお花畑に着いた。町内の老人倶楽部の有志が丹精こめて手入れしているお花畑は、中央の芝生を囲むように、真紅のサルビヤ・黄色nマリンゴールド等色とりどりの小さい花が植えられ、その外側を小道を挟んで、ボタンやチュウリップにツツジの花畑となっている。愛好家の人達が長年の知恵と経験を生かして手入れしているため、ボタンとチューリップは赤・色・紫と色とりどりに植えられ、山ツツジが花びらを大きく開いて春を謳歌している様に咲き誇り、一面が憩いの公園となっている。大助が一人ご...山と河にて(13)

  • 山と河にて (12)

    大助の挨拶を聞いて、老医師は彼の沈着冷静な態度と返事に少し驚き、顔の前で手を振りながら困惑した顔つきで「大助君、誤解しないでくれ給え」「ワシは、君と美代子の交際に水を差す気持ちは毛頭ないが、君に対し、我が家の内情を隠し通すのもワシの気性に反し、純真な君の将来にとって参考になればと思って、恥を忍んで話したまでで、君には一切責任は無いので気にしないでくれ」と、慌ててシドロモドロに答えた。美代子は、頑固なお爺さんが覚悟し、母親も承知のこととはいえ、思いもしなかった自分の出生と今後の行く末に目が眩むほど驚いてしまったが、彼の自信に満ちた返事で気を取り直して、それなら尚更のこと大助の考えを確かめたい思いにかられながらも、二人の話を注意深く聞きながらも、彼が肝心なことを話し出さないので、お絞りの布巾をたたんだり広げた...山と河にて(12)

  • 山と河にて (11)

    老医師は苦渋の思いで大助に対し家庭内の話しをした日の夜。京都から帰る途中で夫の正雄を新潟に残して一人で帰宅したキャサリンに対し、昨日、家庭内の事情をある程度大助に説明したことを話したところ、キャサリンから予想もしないことを告白された。キャサリンが、今迄に見せたこともない悲しい顔で語るには『昨年夏頃から、日々の暮らしの中で、なにかにつけ、夫の正雄の態度が冷たく感じる様になり、はしたない話で口にもしたくありませんが、この際、私達夫婦の関係について本当のことを知っていただくために、敢えてお話いたしますが・・。夫とは日常の会話も少なく味気ないもので、夜の生活も一方的に自分の性欲を満たすだけの、しかも、屈序的な体位を要求し、こばむと力ずくで半ば暴力的に無理やりsexを求める様に変化してきたので、どうしたのかしら、若...山と河にて(11)

  • 山と河にて (10)

    大助と、お爺さんが談笑していたとき、大きな笑い声に誘われる様に、賄いの小母さんが「先程、寅太君が山から採ったばかりだが、大助君に食べさせてくれと言って、ヤマウドを持って来てくれたわ」と、胡麻和えした葉と素切りしたウドを皿に乗せて味噌と一緒に運んで来た。お爺さんは、それを見て、益々、上機嫌になり顔をくしゃくしゃにして、彼に「これは、山菜の王者だ!。天然ものは香りが強いが凄く旨いんだよ」と言って彼に薦めた。美代子は、彼がお爺さんに調子を合わせてビールを呑んでいて、必死に頼んだ肝心なことを言い忘れてしまわないかと、一寸、心配になったが、二人が愉快そうに笑って話している様子を見ていて、まるで、実の祖父と男の孫のようで、和やかな雰囲気が羨ましくもあり、とっても嬉しかった。彼が、洋上でのカッター訓練で尻の皮が剥けるほ...山と河にて(10)

  • 山と河にて (9)

    大助は、風呂場から逃げるようにして居間に戻ると、お爺さんは新聞を見ていたが、彼の顔を見るや「おやっ!早かったね」「また、美代が悪ふざけでもしたのかね」と苦笑して言ったので、彼は額の汗を拭きながら「いやぁ~、突然、美代ちゃんが飛び込んできたので、僕、魂消てしまったよ」と返事をして、浴場での出来事を正直に話そうとすると、美代子が浴衣姿で冷えたジュースを持ってきて、彼の話を途中から聞き、彼を睨めつけるようにして「余計なことを、喋らないのっ!」と話を遮ったところ、お爺さんは追い討ちをかける様に「大助君、美代は恥ずかしがらずに、君の背中を流したかね」と言ったあと「ワシが言いつけたんだが、迷惑だったかな」「もう、二人とも子供でなく、中学・高校と長い間、仲良く交際しているので、ワシは構わんと思うがな」と、からかうように...山と河にて(9)

  • 山と河にて (8)

    大助は、散歩から帰って居間で一休みしていると、眼光は鋭いが小太りで丸顔の、如何にも人の良さそうな好々爺の老医師であるお爺さんが、浴衣姿で風呂から上がって来て、大助を見るや「あぁ~、お帰り。先に入ったが、丁度いい湯加減なので、君も汗を流して来なさい」と、風呂を勧めてくれたので、彼は遠慮なく素直に返事をして浴場に向かい、脱衣場で着衣を脱ぎかけていたところ、廊下に足音が聞こえたので、慌てて風呂場に飛び込んだが、案の定、美代子が脱衣場に入ってきて、曇りガラスの扉を少し開けて、彼を覗きみるなり「新しい下着を用意しておいたわ」と言ったあと「アラッ!大ちゃん、腕時計もお風呂に入れるつもり?」と言って扉の隙間から、早く寄越しなさいと言わんばかりに、物をつかむ恰好をして白い手の掌を広げて差し出し、五本の指をヒクヒクと屈伸さ...山と河にて(8)

  • 山と河にて (7)

    美代子は、長い髪をターバンで束ね、胸元にフリルのついた白い長袖のワイシャツに長めの黒いスカート姿で、紫色のソックスと白い運動靴を履いて、玄関先で、大助が出てくるのを、もどかしそうに自転車の脇に立って待っていた。大助が、スーツを脱ぎ、白いワイシャツと黒のズボン姿で彼女が用意してくれた運動靴を履いて外に出ると、彼女は新しい自転車を彼に渡たし「これ、大ちゃんが乗るために、朝、大急ぎで寅太君に頼んで貸してもらったの」と言ってニコット笑い、二人揃って遊び慣れた裏山の方に向かった。途中、街の人達に会ったが、皆が、笑顔で軽く頭を下げて挨拶をしてくれたが、大助は、こんな素朴な人達の住む街がこよなく好きである。裏山のゆるい下り坂の農道にさしかかると、大助は自転車をこぐこともなく両足をたらして惰性で先になり進み、美代子も後に...山と河にて(7)

  • 山と河にて (6)

    珠子も、自分の恋愛経験から大助と美代子の心情を察して、母親の話に続いて「大ちゃん、母さんも言ってくれているのだし、この際、顔を見せてきてあげなさいよ」と、大助の気持ちを後押したが、大助は返事もせずメールを何度も読み返していた。大助の態度に痺れを切らした珠子が「ねぇ~、どうするつもりなの」「美代ちゃんも、首を長くして待っているのに・・。男らしくしなさいよ」「彼女からのメールを見ると、わたしも切なくなるわ」と話すと、大助は力なく「電話で様子を聞いてみようか。大学に進学して友達とのコミュニケーションで困っているのかなぁ」と言って渋々受話器を取った。大助は、入学後、初めての休暇で帰宅したが、美代子に簡単な挨拶をしたあと、防大は起きてから寝るまで規則ずくめの生活で、通常の学習のほかに訓練もあり、耐え切れずに退学して...山と河にて(6)

  • 山と河にて (5)

    ”雨後の筍”と言う諺があるが、一夜の雨で、翌朝、驚くほど筍が伸びており、一週間も放っておくと孟宗の竹林が様相を一変している。若い人達も、これに負けず劣らず心身の成長が著しい。此処、飯豊山脈の麓にある町の風景も、5年もすると、各人の生活様式に合わせた廃家や転居それに新・増改築もあり、加えて、各家とも若年層の都会への流出と老齢化現象で、家族構成や職業事情等から変化する。”栄枯衰勢”は、人の世の常であり、浮世の習いとわいえ”諸行無常”移ろい易いのはいなめず、すべてが様変わりしてゆく。人の年代を区別する表現に、季節の”春・夏・秋・冬”の言葉になぞらえて、”青春””朱陽””白秋”に”玄冬”の言葉があると聞いたことがある。この表現でいけば、白秋に近ずいた健太郎は、朱陽で燃え盛るような情熱と艶やかな体をしている妻の節子...山と河にて(5)

  • 山と河にて (4)

    理恵子達が、久し振りに顔を合わせた江梨子の営業担当として培われた巧みな話しに乗せられて、彼女の近況報告を交えて賑やかにお喋りしているとき、裏庭の方で父の健太郎の笑い声が聞こえたので、節子が廊下に出てガラス戸越に庭を見ると、織田君と二人で池の囲い板を取りはずしながら、なにやら愉快そうに話あっている姿が見えた。節子は、座敷に戻り理恵子にソット耳打ちし「織田君が来ているわ」と告げると、理恵子の肩を江梨子がいたずらっぽく叩いて「ソ~レ真打登場だ」と言って、彼女をからかったあと、皆が廊下に出て庭を見ると、織田君が作業着姿で健太郎と池を覗いていたので、理恵子は、ガラス戸を開けて大声で「織田く~ん、なによ声もかけてくれないで~」と叫ぶと、彼は健太郎と揃って池を覗いたまま振り向くこともなく「お~ぅ!理恵子。いま、お袋から...山と河にて(4)

  • 山と河にて (3)

    健太郎と理恵子が帰宅すると、節子は庭先で慣れない手付きでスコップを手に残雪を取り除いていたが、二人を見ると居間に入りお茶を入れて一休みした。理恵子が「お墓も、美容院のお部屋も手入れされており綺麗だったわ」と母親に話していると、彼は「よしっ、ついでに池の周りを片付けてこようか」と言って裏庭に出て行った。二人になると、理恵子が「お父さんの後ろ姿を見ていて、一寸、老けてきた様に思え寂しく感じたわ。体調は大丈夫なの?」と聞くと、節子は「そうかね。毎日一緒にいると、わたしには気ずかないが、そうかしら?」「わたしも、その様に見えるのかしら」と言って、笑みを零し手で髪をなでていた。暫くして、庭に面した廊下のところで、健太郎が「お~い、マスを救っておいたので、塩焼きにしてくれ」と叫んだので、理恵子がバケツを持ってゆくと「...山と河にて(3)

  • 山と河にて (2)

    春の彼岸前。飯豊山脈の麓に佇む静かな町の残雪も、木陰や道端に残すほかは、すっかり溶けて跡形もなくなり、久し振りに穏やかに晴れわたった小春日和である。朝食後、節子が花束と布袋を出して健太郎に渡したたあと、理恵子に「今日は、お父さんと二人で秋子母さんと律子さん(健太郎の先妻)のお墓にお参りに行ってきなさいね」「無事、卒業出来ましたと丁寧にお礼を言ってくるのよ」と告げたので、彼女は「お母さん、私に言ってくれれば、お花くらい買いに行ってきたのに・・」と答えると、節子は「いいのよ。朝、あなた達が散歩に出掛けたあと求めて来たのよ」「わたしの、気持ちをもこめてあるのよ」と、さりげなく言うので、彼女は母親の花に託した故人の追憶と思いやりのある心の優しさを改めて思い知らされた。理恵子は、節子が用意してくれた、お墓掃除用にと...山と河にて(2)

  • 山と河にて (1)

    雪深い山里の春の訪れは、厳しい寒気に耐えて咲いていた雪椿に続いて、雪解けを待ちかねていたように可憐な顔を覗かせる黄色い水仙と梅の蕾が、ゆっくりと流れる時にあわせて知らされる。また、そのころになると遠くの山並みの色合いが変化してゆく風景の中でも自然と知らせてくれる。この時期、健太郎は家や庭木の雪囲いをかたずけたり、ときたま、朝早く起きて池の鯉に餌をまきながら話しかける生活の始まりは、年々歳々、変わることもないが、季節の巡り変わりに、ふと気ずくとき、時は確実に流れて我が身も年輪を重ねていることに思いをいたす。山上健太郎と妻の節子夫婦は、夕食後の団欒の際、お互いに「貴方の髪の毛も山の残雪のように、最近、大分白さが増してきましたね。でも、艶があるので、とても健康的で素敵だわ」「そうかね。君も前髪に銀髪が少し見える...山と河にて(1)

  • 雪に戯れて (30)

    大助は、池上線の久が原駅で美代子を見送った後、帰りの道すがら姉の後ろから呟くように「昭ちゃんが、待っているだろうからカラオケに寄って行けば」と話かけたら、珠子は「さっきの話は、健ちゃん達に挨拶代わりにしただけで、行く気なんてないわ」と、つれない返事したあと、肩を落として後ろから歩いてくる弟の気落ちしたようね表情から察して、美代子さんとはどの程度の交際かわからないが、やはり別れは寂しいんだろうなと気遣いながらも、反面、自分が望む奈緒ちゃんのことが気になり「それより、あんたこそ、たまに奈緒ちゃんのところに顔を出してあげたら」「また、中学と同様に同じ高校に通うんでしょう」と言って「たまにわ、奈緒ちゃんのところで一緒に夕飯を食べて来なさい。奈緒ちゃんも喜ぶと思うわ」と、夕食代を気前よく渡してくれた。彼は「姉ちゃん...雪に戯れて(30)

  • 雪に戯れて (29)

    『親愛なる大助君に先日は、地震のお見舞い電話を下さいまして、本当にありがとうございました。電話を頂けるなんて夢にも思っておりませんでしたので、地震の恐怖も忘れ、嬉しさが心の底から込み上げてきて、思わず泣いて取り乱してしまい済みませんでした。この飯豊山麓の町も、TVでは震度3と放送しておりましたが、その後、余震が数え切れないほどあり、最近では、私も地震慣れした様で騒ぎたてしませんが、これがいけないことは充分に判っております。然し、最初の揺れは、心がちじみあがるほど怖かったです。大きな揺れを感じた直後、お爺さんは棚に飾っておいた愛玩のガラスの花瓶が落ちて壊れたのが癪にさわったのか、わたし達に当たり散らすように、大きな声で怒鳴る様に指示したので、ママと二人して咄嗟にテーブルの下に身を隠しましたが、そのとき、お爺...雪に戯れて(29)

  • 雪に戯れて (28)

    キャサリンは、ホテルで早く起床すると身支度を整え、朝食時、美代子に対し「あなた、昨晩から、何故、そんなに不機嫌なの?。母さんも切なくなるゎ」と、節子さんの手助けを得て、気にかけていた城家への挨拶も滞りなく終えてホット息抜きしているのに、彼女の動作が遅く気になったので声をかけると、彼女は「ベツニナンデモナイヮ」と素っ気無く答えたので、やっぱり大助君とのことで悩んでいるのかと思いながらも、病院や家事が気になり「学校を見学したあと早く帰りましょう」「母さんもお爺さんやお仕事が心配になので・・」と促して、せきたてるように彼女を連れてミッションスクールを見学して簡単な説明を受けたあと、急ぎ足で帰郷の新幹線に乗った。新潟に向かう途中、美代子はキャサリンの問いかけにも満足に答えず、ボンヤリと窓外の景色を見ていた。キャサ...雪に戯れて(28)

  • 雪に戯れて (27)

    美代子やタマコとの話に夢中になっている大助に、廊下から珠子が「大ちゃ~ん。そろそろ、美代子さんのお母さんと節子小母さんがお帰りになるわよ~」と、手招きして呼んだので、大助達三人がワイワイお喋りしながら家に入り、彼がキャサリンと節子さんに笑顔で挨拶すると、キャサリンは大助に高校入学の祝意を述べたあと「春の連休には是非遊びに来て下さいね」「お爺さんも、貴方が来られる日を楽しみにして待っているわ」「もしも来られないと、お邪魔したのに君をお誘いしなかったのか。と、私がお爺さんに怒られてしまうゎ」と、笑いながら話すと、タマコちゃんがすかさず、ピョコンと頭を下げてお辞儀をして、はにかんだ顔で「小母さんの金色の髪と宝石のような青い目が、映画やグラビヤの写真で見る様に素敵ダヮ」と、ウットリとした目で見つめながら、見た感じ...雪に戯れて(27)

  • 雪に戯れて (26)

    大助は、隣に寝そべって漫画本に笑い転げているタマコちゃんの愛用の布袋からお菓子を取ろうとして、漫画本に夢中になって布袋に手を伸ばしたところ、彼女の胸をまさぐる様に偶然手が当たり、不意をつかれた彼女がビックリして「ナニヨッエッチ!」と声を上げて彼の頭を叩いたので、彼は「イテテッマチガッチャッタゴメンヨ」と彼女の手を払い、彼女が「今度は、何が欲しいの、もう、お煎餅しかナイヮ」と言ってお煎餅を出して渡すと、彼は相変わらず本を見ながら美味そうにパリパリと音をたてて食べていた珠子は、二人の仕草を見ていて呆れてしまい、美代子の顔を覗き気まずそうに苦笑して「ホレッ!ごらんの通りで、高校に進学するとゆうのに、あの有様ょ」「なんだか、頼りないようで悲しくなっちゃうゎ」と呟くと、美代子は「そんなことないゎ」「わたしには、歳下...雪に戯れて(26)

  • 雪に戯れて (25)

    2月の末にしては珍しく続いた晴天も、3月に入ると寒気が舞い戻り、雪深い飯豊山麓にある美代子の住む街は、連日、重苦しい鉛色の雲が空を覆い、朝晩の冷え込みも例年並に厳しい。診療所の朝は、春夏秋冬変わることなく毎朝5時、お爺さんが二階の仏間でリズミカルに打ち鳴らす団扇太鼓と鐘の響きにあわせて読経する”南妙法蓮華経”の朗々とした声を、まるで合図にした様に皆が動き出す。卒業式を間じかに控えた日曜日の朝。読経を終えたお爺さんは、キャサリンと美代子を仏間に呼びよせ、何時もの厳しい顔つきで、緊張して正座しているキャサリンと美代子の前に、二通の白い封書を大事そうにだした。その一通には、自分の晩年において、キャサリンと美代子の二人の人生に夢と希望を叶えさせるべく尽力することが、自分の余生に残された責任と願望であり、日夜、彼女...雪に戯れて(25)

  • 雪に戯れて (24)

    健太郎夫婦は、老医師の外見からは伺い知れぬ、人生や家族問題等の秘めたる苦悩を聞かされて強い衝撃を受け、適切な返事を返せぬまま、健太郎は「ハイハイ」とか、ときには「ウ~ン」と深い溜め息を漏らし、只管、一方的に聞くのみで、節子さんは、目を合わせることもなく、俯いて静かに聞き入っていた。健太郎は、節子さんが座をはずした隙に、沈んだ雰囲気の間を埋めるように、これ迄人に対して口にしたことのない、自分達夫婦の若き日の出会いと、結婚にいたるまでの不運な出来事を、年配の老医師に告白する様にポツポツと回顧する様に話していた。節子さんは、重苦しい雰囲気を少しでも和らげ様と思い、老医師の好物であるお酒とブリの刺身に野沢菜漬けを用意してきて、二人にお酌をしてあげながら「先生、あまり思いつめない方がよろしいですヮ」と静かに言いなが...雪に戯れて(24)

  • 雪に戯れて (22)

    大助達が帰京する日の朝。外は厳しい冷気に満ちていたが風もなく、雲一つない透き通る様な快晴で、美代子は母親のキャサリンと節子さんと共に、彼を見送るために温泉宿に向かった。途中で、美代子はキャサリンの肩に手を当てて促すように笑顔で「お母さん、ほら、珍しくダイアモンドダストがキラキラと瞬間的に輝いて綺麗だヮ」「大ちゃんにもう一晩泊まってもらい、この美しいダイアモンドダストを見せてあげたかったゎ」と、昨夕彼を宿に帰したことを残念がり、感嘆しているうちに宿に到着すると、寅太達の三人組が上着を脱いで鉢巻姿で顔を紅潮させて、入り口の除雪や健ちゃん達の車を洗車していていた。彼等は、車から降りた彼女を見るや明るい笑顔で元気よく朝の挨拶をしてくれたが、美代子はチョコット頭を下げて笑顔をも見せず無言でキャサリンと節子さんの後に...雪に戯れて(22)

  • 雪に戯れて (21)

    美代子は、お爺さんの話を渡りに船と、戸惑う大助を連れて二階に行くと、自室の隣の座敷に用意されていた布団を丸めて運び出して、自分の部屋のベットの脇に敷き、彼に「ハイッ朋子さんが、洗濯しておいてくれた君の下着ョ。着替えテェ~」と差し出したので、大助は「少しの間、隣の部屋に行っていてくれないか」「女性の前で着替えるのは嫌だなぁ~」と、きまり悪そうに呟くと、彼女は顔をくもらっせて「そんなことを言はないでぇ~」「わたし、外の方を見ているから、早くしなさいョ」と言って窓の方を向いたので、彼は素早く着替え終わると、チラット盗み見していた彼女はニコッと笑いながら「大ちゃん、運動しているためか、腿と腰の筋肉が発達していて頼もしいヮ」と言ったので、彼は「コラッ!約束違反だぞ」「淑女らしく約束をまもれよ」と照れ隠しを言うと、彼...雪に戯れて(21)

  • 雪に戯れて (20)

    大助は、美代子が朝食を知らせてくれたが、これまでに彼女の家で食事をしたことは無く、堅苦しい雰囲気の中での食事も嫌で、ベットで寝転がり思案していたら、再度、彼女が迎えに来たので「僕、宿に帰ってからにするよ」「だいいち、僕は入院患者で、お客ではないし・・」と告げたら、彼女は「ナニイッテイルノヨ朝から、難しい理屈を言って困らせないでョ」「君は、この家と、わたしにとっては、将来がかかった、大切なお客様なのョ」「お爺さんも、君とお食事をするのを楽しみにして、待っていてくれているのに・・」と誘ったが、彼は動こうとせず頑なに嫌がって、彼女をてこずらせていたいたら、看護師の朋子さんが顔を出して、爽やかな笑顔で「お爺様が早く呼んで来なさい言っているゎ」「貴方のカルテは作っていなし、患者さんではないので、病室にお食事を用意す...雪に戯れて(20)

  • 雪に戯れて (19)

    健ちゃん達は、大助を診療所に預けて宿に帰ると、早速、三人が手分けして知恵を絞り備え付けの大きい鍋に、持参の野菜や隣の商店から仕入れた豆腐やイトコンに、診療所から貰った解凍した熊の肉を入れて、チャンコ風な鍋の準備をし、炭火が赤々とともる広間の囲炉裏の吊り手にかけると、炊飯器にスイッチを入れて夕食の準備を終えると、浴衣に着替えて揃って温泉浴場にむかった真っ先に入った六助は、熱すぎる湯を浴場に用意されていた消防用のホースを利用して小川から流れる豊富な水で湯加減したあと、熱い源泉の落ち口に、蜜柑を入れてきた網袋に入れたワンカップの酒瓶を吊るし、缶ビールを窓外の雪の上に出して、大きい岩石に囲われた豪華な浴場で温泉気分を満喫しながら入った。健ちゃんが、ワンカップや缶ビールを見て「六助、お前は相変わらず機転がきくなぁ」...雪に戯れて(19)

  • 雪に戯れて (18)

    二人は、思いおもいに、各自がおかれている現実と未知の夢を話しあったあと、眠ろうとしたが共に眠つかれず、大助は「フ~ン僕は草食系か」と言いながら、美代子の首下から腕を抜き、痛む足を庇ってうつ伏せになり、仰向けになっている美代子の顔に頬を寄せて軽くキスをした。美代子は、静かにして目を閉じていたが、大助が顔を離すと薄目を開けて彼を見つめ、自分の期待に応えてくれないことに不満なのか、毛布の襟布に顔を隠して皮肉混じりに小声で「そうよ、草食系もいいとこょ」「アノネ~、同級生の中にはsexをしていると噂されている子もいるゎ」「大ちゃんは、手を触れようともせず、大器晩成型なのかもね」「女のわたしから、この様な話をすることは凄く恥ずかしく勇気がいることなのょ」と、つまらなそうに呟やいた。大助は、美代子の呟きに反応して、再び...雪に戯れて(18)

  • 雪に戯れて (17)

    美代子は、入院室にベットを二つ接して並べ枕元には氷嚢を提げて準備を終えると、彼女の行動に戸惑う大助に有無を言はせず無理矢理診察室から連れて来て寝かせると、朋子さんから渡された老医師が処方した安定剤と痛み止めの薬を飲ませた。彼女はそのあと大急ぎで浴室に行き汗を流すと急いで風呂から上がり、留守中のキャサリンの部屋に行き香水を無断で借用して首から胸に鏡を見ることもなく無茶苦茶に噴霧して入院室に戻ると、大助が目を閉じて静かにしている様子を見とどけると少しばかり安堵して、彼の横に用意したベットに入り、二人して額に氷嚢を当てて寝込んでしまった。部屋の入り口には、彼女の文字で『入室厳禁』と白いボール紙に赤色のサインペンで大きく書き、その横に小文字で『患者名城大助(病名裂傷・打撲)重症』と書き、その左に『同美代子(病名p...雪に戯れて(17)

  • 雪に戯れて (16)

    健ちゃんが、美代子を連れて校庭裏の駐車場に辿りつくと、先着の六助以下の者達がスキーを脱いで車の前に整列して待っていたが、彼は寅太達三人に対し「ヨシッ!今日のことを忘れずに、家に帰って除雪でも何でもいいから人に喜ばれることをしろ」「それが、お前達が今出来る最善の償いだ」「さぁ元気を出して行けっ!今日のことは決して人には言うなよ」と言って返したら、寅太達は「ハイッ」と元気良く返事し、大助と美代子に黙って頭を下げて謝ると、興奮している美代子は彼等に目もくれず、大助の腕を取って一緒に車に乗り込んでしまった。健ちゃんは、美代子に携帯を渡し「これから、君の診療所に大助の傷の手当てに行くので連絡してくれ」と頼むと、彼女は大助のズボンから滲んでいる血を見て喧嘩を思いだしたのか、再び、取り乱して泣き出してしまい、健ちゃん達...雪に戯れて(16)

  • 雪に戯れて (15)

    健ちゃんは、雪の上に蹲っている三人を見て、懸命に応援している六助に対し語気鋭く「奴等を起こせ!」と言うや、彼は手際よく、倒れている三人を順次、雪を顔に擦り付け片っ端から尻を蹴り上げて無理矢理起こすと、いかにも海上自衛隊出身らしく、きびきびした命令調で「お前等、肩を丸めて姿勢が悪いっ!」「学校で正しい姿勢を教わっていないのか!」と気合をかけて、彼等の前で自ら<キオツケッ!。ヤスメッ!>と号令を発しながら模範を示して実行させ、疲労困憊している彼らを渋々ながらも横隊に並ばせると、健ちゃんに対し威勢の良い寒空に響き渡る声で「整列、終わりっ!」と叫んで挙手の敬礼をすると、健ちゃんは彼等の前に仁王立ちして拳を握り締め「お前等、不服があったら俺に向かって来い、幾らでも相手をしてやる。その代わり段々と厳しくなることを覚悟...雪に戯れて(15)

  • 雪に戯れて (14)

    大助と美代子は、互いに滑降に熱中し話掛けることもなく懸命に滑降と登坂を繰り返して、炭焼き小屋の近くまで辿りつくと流石に疲れて、彼女が振り返って「疲れたわぁ~、ねぇ~少し休んで行きましょうよ」と言い出して、二人はスキーで雪を踏みしめたあとスキーを雪中に立て、健ちゃん達の声が聞こえる遥か彼方を見ると、小屋に向かって来るのが見えたので、二人は白と赤色の帽子を頭上でグルグル廻して居場所を教えたら「スグユクゾ~」と遠くで叫んでいるのが聞こえた。二人は小屋の前の窪地を踏み固めて腰を降ろすと、彼女は膝を揃えて立ててしゃがみ、両足を投げ出している大助の右側に擦り寄り、彼の右腕を手繰り寄せて内緒話をするかの様に、顔を近ずけて「ネェ~、どうしても聞きたいのだけれど、大ちゃんって、お手紙書くの苦手なの?」「何時下さるのかと、来...雪に戯れて(14)

  • 雪に戯れて (13)

    圧雪され滑りやすい道路の両側には除雪された雪が高く積まれ、山肌に沿い眼下に流れる川幅の広い川に沿う様に細い道が続き、運転中の健ちゃんが後ろを振り向くこともなく「まだ、大分先なの?」と声を掛けたところ、美代子が「もう少し行くとバスがUターンする駐車場があるわ」と、大助とのお喋りをやめて答えた。ほどなくして、除雪された雪が壁の様に積み上げられた広い場所に到着して、皆が車から降りて頂上を見上げると、想像していた以上に丘陵は広く急斜面や平地を織り交ぜて高く、美代子が「右上に細長く灰色に見える校舎がわたしの通う中学校なの」「私の家は校舎の近くだゎ」「頂上の真ん中辺りにポツント見える小屋が炭焼き小屋ょ。今は正月休みが終わって皆都会に帰りスキーをする人が少ないゎ」と地形などを説明していたが、健ちゃんが「これは登るのに大...雪に戯れて(13)

  • 雪に戯れて (12)

    地図や旅の案内書にも記載されていない、飯豊山麓にただずむ、こじんまりした村営の宿に到着すると、彼等の自動車の音を聞きつけて外に出てきた宿を預かるお婆さんは、カヤの柵と板で頑丈に雪囲いされた入り口でニコニコと笑みを浮かべて彼等を出迎え、事務室脇の控え室に案内して皆にお茶を出すと「この時期はお客さんもなく、夕方、部落の人達数人が風呂に入りに来て、帰りに当番の男の人が風呂場を掃除して行く以外に、お客さんはおりませんので、ゆっくり遊んでいってください」「あなた達が来られることは、村の指導者である山上先生の娘さんから聞いておりましたので・・」「一人娘の理恵子さんも、この春には東京の美容学校を卒業して村に帰って来るそうで、親御さんも楽しみにしておりますわ」「この温泉は、それこそ湯量が豊富で勿論掛け流しですが温度が高く...雪に戯れて(12)

  • 雪に戯れて (11)

    商店街恒例の正月初売りの日。八百屋の長男で大学卒業後、親の後を継いで仕事に一生懸命に励む昭二は、毎年正月は大勢の人出で店が賑やかになることを予想して、珠子にレジ係りを、大助には配達を担当してもらうことを臨時に頼んで、相変わらず店頭で威勢のよい掛け声でお客さんを呼び込んでいた。一方、通りを挟んで昭二の店と向き合っている精肉店の健太は、八百屋の人だかりを時々羨ましげに見ながら、両親と三人で黙々と精肉と揚げ物の仕事をしていた。健太は、自衛隊の降下部隊出身で、背丈も高く体は鍛え抜かれて頑丈で、見るからに頼り甲斐があり、夜間は公民館で青少年達に空手を指導している。年齢は昭二より2歳上で、普段、兄弟の様に親しく付き合っているが、町内の青年達を巧みに纏め、人の面倒見の良さは天性のものがあり、商店街の若者の間でも信頼感は...雪に戯れて(11)

  • 雪に戯れて (10)

    美代子は、お爺さんと話し終えると、今度は両親に対し御節料理を食べる箸を丁寧に置いて伏し目がちに「わたし、どうしても理解出来ないんだけれども、キリストには父がいないのに、マリア様は聖霊に感じておはらみになった。と、書物で読んだことがあるが・・」「これって、不思議よネ」「想像妊娠って、本当にあるのかしら」「わたし、学校で生物の時間に30歳位のお腹の大きい女の先生に対し質問したら、宗教的な問題は別の時間にお話いたしましょう。と、先生は顔を赤らめて恥ずかしそうに、ていよく断わられてしまったが・・」「その時、クラスの男子生徒の声で、俺が後から実地に教えてあげるよ。と、声を上げると、皆が大笑いしてクラスが騒々しくなって授業にならず、隣の教室から保健体育の男の先生が飛び込んできて、怖い顔をして大声で騒ぎを収めたことがあ...雪に戯れて(10)

  • 雪に戯れて (9)

    美代子は、おせち料理が豪華に並べられたテーブルを家族で囲み美味しそうに食べながら、お爺さんや両親に対して、彼女なりに自分が上京した後に気になることを話したところお爺さんとキャサリンは、彼女が改まって言い出したことを、一寸、いぶかしげな目で見て強張った顔で聞いていた。父の正雄は、返事に少しとまどったが、直ぐに「美代子も、精神的に立派に成長したね」「お父さんは、そんなつもりは全然なかったが、美代子の言うことは良く判ったよ。心配しないで勉強しなさいね」と、少し照れ笑いしながら答えていた。キャサリンは、数日前、化粧中に鏡に映った二人の顔の相似性について思いがけないことを、彼女が口にしたことを思い出して、また、同じことを言い出すのかと気が気でなかった。一方、老医師は、最近、彼女が急に大人びいて来たので、近い将来に、...雪に戯れて(9)

  • 雪に戯れて (8)

    今冬は、東北地方の山沿いが豪雪で交通が混乱している様だが、越後の平地は近年にない積雪の少ない珍しい正月である。けれども、俗に言う爆弾低気圧のせいか、奥羽山脈に連なる飯豊山や大日岳の麓にある診療所の町は、例年通り雪が深く寒風もつよい。診療所の老医師は、若き日に経験した軍隊生活の習慣と、老人特有の性癖から、早寝のため朝寝ているのに飽きて薄暗いうちにコッソリ起き出し、玄関前の除雪を黙々としていたら、近所の顔馴染みの老人達3人が夫々に白い息混じりに「ヤァー」と元気な声を弾ませて近寄って来て、子供達の通学路を踏み固めたあと、除雪の手を休めてタバコを燻らせながら雑談に花を咲かせていた。「近頃、紅白歌合戦も、歌っているのか騒いでいるのか、俺等にはチットも面白くなく、北島三郎が愚痴を零していたいた様に、日本人の心が失われ...雪に戯れて(8)

  • 雪に戯れて (7)

    大助は、ケーキを食べるのを止め無言で腕組みをして、奈緒の身の上話を神妙な顔をして聞いていたが、話が途切れたところで「奈緒ちゃん、判ったよ」「これまでに、そんなことを少しも顔にも出さずにいたので、まさかと思い驚いてしまったが、奈緒ちゃんの我慢強さの秘密が判り、女の子なのに凄い精神力の持ち主だなぁ。と、今更ながら感心してしまったよ」と呟くように言って慰めた。彼女が頬に流れる涙を拭いて語り終え、少し落ち着きを取り戻したところで、彼は「さっきも、一寸、話したけれども、どおりで僕のお袋が<お前が、奈緒ちゃんと仲良く交際してくれるなら母親として安心して見ていられるわ>と言っていたが・・」「勿論、ほかの女友達については、レット・カードだってヨッ!」と苦笑して話したあと、何時も姉に厳しく言われているためか、余計なこととは...雪に戯れて(7)

  • 雪に戯れて (6)

    大助は、姉達が出かけるとすぐに、奈緒に電話をして「これから遊びに行くよ」と一方的に告げるや、愛用の黒革ジャンバーを着てジーパンのポケットに手をれ、周囲に気配りしながら小走り気味に彼女の家に向かった。自宅から近い、池上線の久が原駅前にある、居酒屋の二階にある裏口の階段を上がって、彼女の部屋の入り口戸を軽くノックし、勝手に「ワァ~今晩は寒いっ!」と挨拶代わりに言って、暖められた部屋に入ると、X”ツリーを作っていた彼女は少し慌て気味に「アラッ!早いのネ。こんな時間にどうしたとゆうの。珠子さんと喧嘩でもしたの?」「それとも、遠くの青い瞳の恋人を思い出して、逢えない寂しさで気持ちが落ち着かないの?」と、突然訪ねて来た大助を見てビックリした顔で尋ねたので、彼は座るなり「ヤダナァ~奈緒ちゃんまで。人の噂で勝手に恋...雪に戯れて(6)

  • 雪に戯れて (5)

    美代子は、鏡の中の母の顔を見ていて、特別な意識もなく相似性を直感的に話したことが、キャサリンの心の奥深に存在する襞に触れてしまったのかしら。と、瞬間的に思い、今迄に見たこともない険しい表情の変化にビックリして、その場から何も言わず静かに自室に戻った。キャサリンは化粧を終えると、彼女の部屋に来て、鏡の中の顔つきとはうって変わって、優しい声で「これから、お父様の大学病院の研究会に一緒に出掛けてきますが、先程、口した様なことは、貴女のためにもならないので、軽はずみとは言え、人様の前では絶対に話してはいけませんョ」と話すと、彼女の両肩を軽く叩き、判ったわね。と、言う様に目を光らせて諭す様に言ったあと「慰労会の準備を貴女もお手伝いして、山上先生御夫妻やお爺様のご機嫌を損ねない様にして下さいネ」と告げると部屋を出て行...雪に戯れて(5)

  • 雪に戯れて (4)

    大助は、なかなか寝付かれないので、皆が寝ついたと思って忍び足で風呂場に行き、お湯を温めて身を沈め手足を思い切り伸ばし、窓から見える庭の松に掛かる冷気を放つ様な満月を気分よく眺めていたら、突然入り口戸から珠子が顔を覗かせて、迷惑そうな顔つきで「こんな時間に・・」「夕方入ったでしょうに。ガス代が無駄だゎ」と小声で言ったので、彼は慌てて咄嗟の思いつきで「姉ちゃんも一緒に入ればいいさ」「筋骨逞しい男性の肉体を、月明かりで拝めば、精神的にもリラックスしていいんじゃない」と駄洒落を飛ばしたら、彼女は「コノバカッ!頭がお可笑しくなったみたいだわネ」と戸を閉めながら怒った声で「明日、精神科に行ってきナッ!」「少し位勉強したからといって・・」と言い放って戸を勢いよく閉めてしまった。彼は姉の小言などいつものことと意に介せず、...雪に戯れて(4)

  • 雪に戯れて (3)

    大助は、田舎で過ごした夏休みに偶然知りあって交際をしていた、英国系の同じ歳の美代子から貰った手紙を、姉の珠子に巧みに散歩に誘いだされて、初冬の多摩川べりで渋々ながらも見せてしまった。その日の夕食後。姉から内容を聞いていたらしい母親の孝子が「母さんは、病院で一度しかお逢いしていないが、別に外国人だからとゆう訳ではないが、美代子さんは裕福なお医者さんの娘さんであることだし、これから珠子やお前の高校・大学への進学を考えると、情けないことだが母さん一人の稼ぎでは経済的にも楽でもなく、それに彼女と満足に交際するお小遣いも渡せないし、お前達二人が寂しい思いをしてもと思うと、心配にもなるわ」と、布巾をいじりながら静かに話すと、珠子も母親に同調するかの様に、話の内容が自分にも触れる微妙な問題だけに、俯き加減に目を伏せて遠...雪に戯れて(3)

  • 雪に戯れて (2)

    母子家庭の城家では、母親の孝子が看護師として勤めているので、朝晩の家事等は高校生の珠子が殆ど取り仕切っており、剽軽で明るい性格の大助は日頃小言を言われながらも、そんな姉の珠子には頭が上らず素直に従っている。珠子は、大助から渋々渡された美代子さんからの手紙を一通り読み終えると、彼女らしく「これからは、外国の人と、お友達になることも視野が開けて素晴らしい経験になるわネ」「夏休みに河で遊んでいる様子を見ていて、いずれこうなるかもと薄々想像していたわ」と言いながら手紙を封筒に丁寧にしまって彼に返してくれたが、大助にしてみれば予想に反し穏便に済んだことに、ホットした安堵感から気持ちもほぐれ、珠子の話しかけにも上の空で、彼女の立膝の黒いフレアスカートから品良く伸びている脛をチラッと見ていて、直感でひらめいた艶かしい印...雪に戯れて(2)

  • 雪に戯れて (1)

    庭の銀杏の葉が黄色に色ずんだ初冬の日曜日の昼前。大助は暖かい陽の差し込む部屋で期末試験の準備に追われていたところ、姉の珠子が廊下に続く物干場で洗濯物を干しながら機嫌よく独り言で「大ちゃん朝から勉強するなんて珍しいわネ。何時もその調子で勉強してくれればいいんだけれども・・」「折角、洗濯物を干したのに、大ちゃんの気紛れで、お天気が崩れなければよいが・・」と廊下の窓越しに空を見上げて心配そうにブツブツ言っていたが干し物を終わると、いきなり彼の部屋の襖戸をあけたので、彼は不機嫌そうな顔つきで「姉ちゃん勝手に部屋に入らないでくれよ」「僕、入院中に遅れた勉強をしているんだから」「試験の成績が落ちたら姉ちゃんのせいだぞ。後で、僕を怒らないでくれよ」と不機嫌そうに答えて教科書とノートを閉じてしまった。珠子は彼の傍らに座り...雪に戯れて(1)

  • 河のほとりで (50)

    大助が、初めて異性に思慕を抱いた美代子に対し、お見舞いに対する返礼の手紙を出してから数日後、母親等と夕食後の寛いだ和やかな雰囲気でお茶を飲みながら、とりとめもない雑談をしていたとき、姉の珠子が「ア~ッ!そうだわ、大ちゃんにラブレターが来ていたヮ」と言って、茶箪笥の引き出しから白い封書を取り出して笑いながら渡してくれた。彼が、どうせ遊び仲間のミツワ靴店のタマコちゃんからの悪戯の手紙かと思い、フーンとたいして気も無い返事をしながら、手紙の裏面を見ると美代子からであったので、彼も母親の前だけに少しきまり悪そうな顔をして、内心、なにもわざわざこんな時に出さなくてもと、姉も意地が悪いなぁ~。と、思いつつも言い訳がましく「美代ちゃん僕が出した手紙の返事を随分早く出してくれたもんだなぁ~」と、照れ隠しにわざと平然を装い...河のほとりで(50)

  • 河のほとりで (49)

    『美代子さん、この前は遠路お見舞いに来てくださいまして、大変有難う御座いました。貴女のことについては、夏休みに山や川で楽しく過ごしたことを、日頃、走馬灯の様に懐かしく想いだしていただけに、予想もしてなかった突然の訪れに、テレパシーと言うのか、或いは、君が日頃熱心に信仰しているマリア様の姿絵を思い浮かべて、心の中で秘かに祈れば夢や願望も叶うもんだなぁ。と思い、心が舞い上がるように嬉しかったです。東京も、最近は朝晩冷え込み、校庭や神社の境内等も落ち葉が重なり、晩秋を実感します。お陰様で全快では有りませんが、なんとか退院できて通学しております。貴女の街を取り囲む飯豊山脈の高い峰々も冠雪をいただいていることと思います。得意のスキーの季節も近ずいて来て、準備に余念が無いことでしょうね。僕も、スキーは好きですが、街場...河のほとりで(49)

  • 河のほとりで (48)

    大助が美代子の介助でやっと排尿を終わり、フーッと息を大きくはいて「あぁ~お陰様で、さっぱりしたわ。さっきは膀胱が破裂して、もう命の終わりかと思ったよ」「イヤナコトをさせて済まなかったネ」と、あっけらかんとした顔をして、お礼のつもりで照れ隠し気味に大袈裟に言うと、彼女は初めての体験からか興奮して、彼のオオジサマをジーット見つめて神経を一点に集中し、彼の言葉も耳に入らないのか答えることもなく、少し慌てて独り言を呟くように、小声で「アレッモウオワッタノ」「チョットマッテテサキノホウヲテエシュデフクカラ」と言って、テエシュペーパを取り出そうとすると、彼は落ち着いた声で「いいんだよ。男は2~3回サキッポを軽く振れば・・」と教えると、彼女は不思議そうな顔をして「アラソウナノオトコノヒトハズイブンケイザイテキニデキテイ...河のほとりで(48)

  • 河のほとりで (47)

    美代子は、心配と不安感で落ち着かない気持ちのまま電車を乗り継いで駅を降りると重い足取りで、大助の入院している都立病院の付近に差し掛かると、珠子が美代子の動揺している気持ちを感じとって、彼女の気持ちを静めるために喫茶店に案内した。皆がコーヒーを美味しそうに飲みながら互いに近況を笑顔でお喋りしていたが、彼女だけは出されたコップの冷や水を元気なさそうに一口飲んで黙りこくっていた。彼女は出発の朝、外科医である父親から「怪我をした状況から判断して、多分、捻挫だけと思うので、1週間位で腫れがひき歩行できると思うよ」と聞かされていたが、それでも心配でならなかった。キャサリンが、理恵子と珠子に対し家庭内の近況の雑談にまじえて、美代子の横顔を見つめながら「この子は、普段、運動部に所属しているためか、家でも私がハラハラするく...河のほとりで(47)

  • 河のほとりで (46)

    奥羽山脈に連なる飯豊山の麓にある、村の診療所である田崎家の夕食時に、美代子の姿が見えないので、老医師が晩酌の杯を置いて怪訝そうな顔で、キャサリンに対し「美代子はどうしたんだ」と、聞いたので、キャサリンは答えにくそうに渋々ながら「お爺様と主人にお話して、どうしても御承知して頂きたいたいことがあるの。と、顔をこわばらせて言張って、私を部屋にも入れてくれず、言うことも聞いてくれないんです」と、寂しそうな表情で話したあと顔を伏せて恐るおそる、美代子が怪我で入院中の大助君のお見舞いに上京したいと言い張っている。と,簡単に訳を話すと、晩酌をしていた老医師と養父の正雄の二人は、顔を見あわせて小首をかしげて断片的にキャサリンから事情を聞いていたが、美代子の我侭に困惑気味のキャサリンと、美代子の考えに深い溜め息を漏らした正...河のほとりで(46)

  • 河のほとりで (45)

    穏やかな秋日和が続く土曜日の昼下がり。美代子は、午前中の診療業務を終えた節子が職員の控え室に戻り昼食の終わるのを、廊下の片隅でもどかしそうに待ち構えていたが、節子が入口に顔をのぞかせるとサット素早く近ずき「小母さん、少しお話をしたいことがあるので、裏山に散歩に行きませんか」と誘い、二人は診療所の裏手に続く丘陵の公園に出かけた。彼女は、語ることもなく道すがら節子に甘えて腕を絡ませて寄り添う様にして、初秋の温もりのある陽ざしを心地よく受けて、白樺林の木漏れ日を縫うように通り過ぎると、村の愛好家が丹念に手入れし咲き揃ったコスモスの花弁を撫でながら、時々、節子の顔を覗き見して視線が合うとニコット笑みを浮かべ、小高い丘陵の坂道をススキの穂波がそよ風に揺れてなびくのを掻き分けながら、ゆっくりと歩いて公園に辿りついた。...河のほとりで(45)

  • 河のほとりで (44)

    大助は、成績優秀でクラス委員をしている隣席の和子が、何故自分に親切にしてくれ、交際を求めてくるのか理由が良く判らないので戸惑っていたが、均整のとれたスマートな容姿と、彼の好む顔立ちであるため、それなりに内心では喜んでいたが、奈緒や他の同級生達が深入りするなとゆう忠告が頭にこびり付いていて、不思議な思いがしてならなかった。彼が、普段、勉強中に接する限り彼女が自分に特別な感情を抱いているとは、これまでに感じたことは無く、クラスでも評判の美人で世話好きなところがあり好感を抱いていても、自分には遠い存在のオンナノコ位にしか思っていなかった。それだけに、彼女の希望で帰校途中神社境内での出来事で、心の中がモヤモヤとした気持ちで自宅に帰った。何時もは遅く帰る姉の珠子が先に帰宅していて、一生懸命に布団干しや洗濯をしており...河のほとりで(44)

  • 河のほとりで (43)

    校庭の銀杏も黄色さを増し始めた晴れた日は空気が澄み渡り、教室の窓から眺める浮雲の流れる青空は気持ちを明るくさせてくれる。大助は、額の傷も大部癒えていたが、朝、母親の孝子が「もう~少しで瘡蓋もとれるヮ」と言いながら念のためにと絆創膏を張り替えてくれた。3時限目の国語の時間に、担当の教師が会議のため30分早く授業を打ち切り、残りの時間は自習と告げて教室を出て行ったので、大助は教科書の間に挟んでおいた、美代子からの手紙を取り出して改めて読み直し、返事をどの様に書こうかと思案していたところ、隣席の和子が急に足先を強く踏みつけたので思わず「痛てぇ~」と声を上げたら、その隙に彼女は手紙を取り上げて服のポケットに仕舞い込んでしまった。彼は「和ちゃん返してくれよ」と、彼女の腕を掴んで言ったところ、和子は「わたしの身体に触...河のほとりで(43)

  • 河のほとりで (42)

    透き通るように澄んだ青空の晴れた日の午後。毎年恒例となっている町民・商店街合同の親睦リクレーションである野球大会が、小学校内のグラウンドで開催されことになった。今年は、事前の打ち合わせで老若男女混合でソフトボール試合をすることになり、秋の柔らかい日差しのもと、町内会長である80歳の呉服屋のご主人が実行委員長でアンパイアーも兼ね、ホームベースの前に4チームが色とりどりの服装で整列して、会長の挨拶を聞いた。いざ、開始前になると、会長は一同を見回したあと事前の想定になかった、小学生以下はゴロの投球とする旨突然ルールの変更を説明したあと、更に各町内の女子4名ずつは八百長を避けるために他の町内の女子と入れ替わることにする。と、突然言出だし、1丁目の女子の珠子・奈緒・タマコに保育園のママさんは、2丁目のチームの女子と...河のほとりで(42)

  • 河のほとりで (41)

    健太は、思いがけないハプニングから、珠子と昭二の出会いに失敗したことで気落ちして、大助を伴い顔見知りの居酒屋でママを相手に半ばヤケザケを飲んで雑談をしていた。健ちゃんの図太い声を聞きつけ、暖簾の隙間から顔を覗かせた、大助と同級生である奈緒が、カウンター席にソット近ずき大助の脇に座り、二人でジュースを呑みながら普段学校では話せない同級生達の噂話しを熱心に話込んでいた。奈緒は、同級生でクラス委員をしている葉山和子に遠慮して、普段、近くで話せない大助に対し、この時とばかり、胸に秘めていたクラス内の大助に対する噂話を喋り出し、大助も予想もしない自分に対する評価を聞いてビックリし心を曇らせた。奈緒が語るところによれば和子は、自分から進んで担任教師に申告して大助と席を隣合わせたことを非常に喜んでおり、彼の額の絆創...河のほとりで(41)

  • 河のほとりで (40)

    昭二の瞼の痙攣は、相変わらず眼瞼がパチクリと続いていた。なんとも奇怪な表情である。豪胆な健太も、昭ちゃんの一生を左右する重大な場面で、彼の眼瞼が連続してピクピクする異様な様子を見ているうちに、彼が気の毒になり、このまま痙攣が続いたらどうしようと流石に心配になってしまった。大助は、彼等のそんな騒ぎにも無感心に刺身定食を旨そうに食べていたが、珠子が余り心配するので横目で顔をチラット覗いたら幾分青ざめていたので、姉を連れ出す約束は果たしたが、このまま知らぬ振りをしているのもどうかと思い、昭ちゃんに対し「僕、前に本で読んだことがあるが、逆立ちして血流を良くすれば治ると書いてあったが・・」「ハタシテドウカナア~」と、確信なんて全くないが、咄嗟の思いつきで喋ったところ、健ちゃんも「そうかも知れんなぁ~」と自信なさそう...河のほとりで(40)

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